第五話 シャーリーと恋心の行方
「黒の騎士団が日本解放戦線の救出に失敗、ですか?」
キョウト六家が所有するトウキョウ租界の邸宅に客人として滞在しているエトランジュがそう報告を受けたのは、懇意になったキョウト六家の筆頭にして最後の皇族・神楽耶からだった。
年齢は彼女より二つ下だが、戦乱と言うこの時勢に否が応にも流され、政治・軍事にある程度通じていた。
「そうですの・・・片瀬少将が流体サクラダイトで自爆してせめてブリタニアに損害を与えんとしたので、それに乗じてゼロ様がコーネリアを討とうとなさいましたのに・・・例の白兜というナイトメアに妨害されたようですわ」
片瀬も無駄死にです、と腹立だしげな様子の神楽耶に、エトランジュはそれはご愁傷様でしたと弔意を示す。
「それで、ゼロは何と?」
「日本解放戦線の中核を担う藤堂中佐がまだ無事ですので、桐原が彼の捜索と保護を依頼しましたわ。
ゼロ様も有能な軍人が仲間になるのはありがたいと、協力して下さるそうです」
黒の騎士団は、まだまだ寄せ集めの軍隊だ。プロの軍人が仲間となるのは、必要かつ心強いことであろう。
「しかし、あれほど綿密な作戦を立てられるゼロが幾度もしてやられるナイトメアなんて・・・驚きです」
「ええ・・・戦略が戦術に敗れるなど、滅多にあり得ぬことです。
幸い機体性能が良すぎて量産出来ないタイプのようなので、あれが大量に戦場に出ることはないのが救いですな」
「え・・・機体ならたくさん作れるのではないですか?ブリタニアが資源不足というのではないでしょうし」
「ああ、そう言う意味ではございません。映像を拝見しましたが、あんな非常識な動きをする機体を操作出来るパイロットなど、そうはいないということです。
黒の騎士団の紅蓮も、滅多な人間では動かせないでしょうな」
我が愚息でもなかなか、と息子に厳しい評価を下したジークフリードに苦笑すると、エトランジュはそれならと提案した。
「戦場で倒せないなら、そのナイトメアのパイロットを割り出して暗殺などの手段を取れば、白兜とやらは何とかなるのではないのですか?」
「まあ、エトランジュ様ったら。怖いことをおっしゃる」
穏やかな口調であっさり暗殺を提案するエトランジュに、ころころと笑って応じる神楽耶も相当だとジークフリードは思った。
だが、同時に哀れだと思う。
まだ幼く、大人の庇護の元で生きていくべき年代に人の生死に関わり、時に厳しい判断を下さねばならない立場の少女達。
自らの主君も、本来ならこんな娘ではなかった。
暗殺など思いもつかない優しい少女だったのに、こんな言葉は聞きたくなかった。
「そういえば、妙ですわねえ。あれだけの成果を上げたパイロットなら、大々的に紹介してブリタニアの力を誇示しそうなものですのに・・・全く情報が入って来ませんもの」
「私ですら思い到ったことですもの、暗殺を警戒しているのかもしれませんね。
でもパイロットさえ解れば、アルカディア従姉様が片をつけて下さるかも」
アルカディアのギアスとゼロのハッキング能力を使えば、軍人を一人始末するくらいは何とかなりそうだとエトランジュは考えた。
「ゼロに言って、検討して頂く事にしましょうか。アルカディア従姉様にもお話しておかなくては」
「アルカディア様は科学者なのでしょう?暗殺などもなさるのですか」
神楽耶が驚いたように問いかけると、エトランジュはええ、と頷いた。
「本業は科学者ですが、従姉様はそれだけではなく罠などを仕掛けて戦うことも出来る方なのです。ナリタの時もそうでした」
「ああ、お話は伺っておりますわ、たいそうなご活躍だったと」
「もっとも、今はナイトメア戦が主流なのであまり出番はないとお考えのようで、イリスアーゲートの改造に全神経を注いでいらっしゃいますが」
現在アルカディアはキョウトの援助で、イリスアーゲートの改造をラクシャータという女科学者の協力で行っている。
イリスアーゲートはEU戦で壊れて戦場で打ち捨てられていたものを回収し、それを予算が許す範囲で何とか移動や物資の輸送に動かせる程度に直したもので、とうてい実戦に使えるものではない。
「戦闘サポートに特化したナイトメアにするおつもりだとか・・・ラクシャータさんや他の技術者の方も、それは面白そうだとおっしゃって下さいました」
「戦闘を援護するためのナイトメアですか・・・それは初めての試みですわね」
「ゼロもあの白兜を倒すためにも、いろんなタイプのナイトメアがあるのはいいかもしれないと賛成して下さいました。
パイロットはジークフリード将軍かクライスになると思いますけど、他にお使いになられる方がいらっしゃればもちろんお貸しさせて頂きます」
「マグヌスファミリアのものですもの、当然ですわ」
遠慮なさる必要はございませんと、神楽耶が完成が楽しみだと笑う。
「エトランジュ様はEUと他のブリタニア植民地と日本を繋いで下さる、大事なお役目を担っておいでの方ですわ。
この程度の援助をさせて頂かなくては、わたくし共はEUの信頼を失ってしまいます」
先日、キョウト六家は非公式にエトランジュを通じてEUと会談した。
その結果、EUは日本解放のための資金援助とブリタニアに関する情報の開示を行い、代わりにキョウトも同じく情報の開示とおよびサクラダイトの供給をEUに対して行う密約が締結された。
ただサクラダイトの密輸はブリタニアの監視の目が大きいため、その密輸を行うルートの開発が急務となりゼロがその構築に向けて動いている。
また、他の植民地でレジスタンス活動を続けているグループとの連絡網も、マグヌスファミリアが築きつつあった。
(ゼロがいろいろアドバイスして下さったおかげで、案外スムーズにいきそうだとのことですし・・・)
ゼロの主導で日本解放さえ成ったら、彼を中心として対ブリタニア戦線を築き上げてブリタニアを倒す、という絵が描けそうだ。
ちらっとエトランジュが時計を見ると、ちょうどゼロとの定時連絡の時間だった。
エトランジュはちょっと席を外しますと言ってお手洗いに立ちあがると、神楽耶はそれを見送ってお茶を手にする。
エトランジュがトイレに入って鍵を閉めると、ギアスを使ってゼロへ語りかけた。
《失礼します、ゼロ。定時連絡ですが、今は大丈夫ですか?》
いつもは何事もなくキョウトやEUの動きを報告して終わるのだが、今回は違っていた。
《お待ちしておりましたよエトランジュ様・・・さっそくお伺いしたい事があるのですが》
やけに焦った口調のゼロに驚きながらも、エトランジュは先を促す。
《どうかなさったのですか、ゼロ》
《心を読めるギアス能力者に、お心当たりはありませんか》
《心を読めるギアス能力者、ですか?・・・いいえ、ございませんが》
エトランジュはゼロのギアスのせいで、嘘がつけない。だからゼロはその言葉をあっさり信じて、言った。
《実はつい先ほど、そのギアス能力者と対峙したところなのですが・・・》
《え・・・マグヌスファミリアのギアス能力者でないですから、ブリタニアのギアス能力者ですか?!》
エトランジュは焦った。
ブリタニアが各地の遺跡を侵略して我が物としている以上、当然彼らもコードとギアスについて知っている可能性が極めて高い。もしかしたらコードやギアスも持っているかもしれないということは、ゼロも一致した考えであった。
《それはまずいですね・・・心を読むという強力なギアスなら、貴方お一人では厄介でしょう。すぐに援護に向かわせて頂きます》
《それがブリタニアのギアス能力者ではなく・・・C.C絡みのようです》
ゼロの言葉にエトランジュは目を大きく見開いた。
《C.Cは正直、完全に私の味方というわけではありません。ギアスについても、私は詳しく聞いていないのですよ》
《そういえば、コード所有者にはギアスが効かないということもご存じではありませんでしたね》
《そうです・・・だから貴女にお伺いしたい。ギアスについて》
《知る限りのことはお教えいたします。まず、こちらで把握しているギアスですが》
エトランジュが自国でこれまでいたギアス能力者のこと、“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”のタイプがあることなどを話した。
ゼロも今回会ったマオという心を読むギアス能力者の詳細について話すと、エトランジュは言った。
《その心を読むギアス能力者の方は、聞く限りでは範囲型と思われます。
もちろんそれにも差がありますから、どれくらいの広さで発動されるのかは解りませんが》
《範囲型?常時発動型ではなく?》
《常時・・・つまりずっと発動しっぱなしってことですか?》
《そうです・・・C.Cからはそう聞いているのだが、マグヌスファミリアではいなかったタイプのギアスですか》
《ずっと発動しっぱなしって、ギアスの暴走ですよそれ》
《ギアスの暴走だと?!そんなことがあるのか?!》
さらりと当たり前のように告げたその言葉にゼロが驚いたため、知らなかったということにエトランジュの方が驚いた。
《はい・・・それもご存じなかったのですか。ギアスは使い続けると力がどんどん増していって、そのうちずっと発動しっぱなしになるんです》
《例外なく、ですか?》
《暴走するまでの期間が人それぞれですが、使い続けているといずれ暴走するのは間違いありません。
たとえばエマおばあ様・・・私の父の母の場合、“人の心の顔が見える”ギアスを持っていたのですが、十年くらいで暴走して見る人全てに発動したと聞いています》
エマは先々代のマグヌスファミリアの女王だった。
当時は開国したばかりの祖国のために“人の心の顔が見える”能力を使い、他国の人間が信頼できるか否かを調べて大いに外交に役に立てていたのだ。
その能力はマオのそれとよく似ており、たとえば顔は笑っているのだが内心では怒っていたりする場合、エマにはそれがすぐに解ってしまう。
どんな嘘かは解らないまでも、嘘をついているなというくらいはバレてしまうのだ。
《暴走した後、当時のコード所持者からコードを受け継いで暴走を止めたそうですが・・・》
《コードを受け取らないとずっとギアスは発動したままということですか?》
《いいえ、いずれはまた元通り自分でオンオフの切り替えが出来るようになるそうです。
ただそうなるまでは発動条件が満たされれば自動的に発動されてしまうため、かなり不便になるんですよ》
たとえばエトランジュの場合、相手に触らなければリンクは繋げない。暴走すれば触れただけで相手と自分との間にリンクが繋がってしまうということだ。
《アルカディア従姉様はもっと最悪です。効果の範囲に自分も含まれているので、暴走したらずっと自分の姿が認知されないことになりますからね》
《持続時間などの制約が外れるということですか・・・もしかしてギアスを王族直系限定にしているのは、暴走が怖いからですか?》
《そうです・・・接触型ならいいですよ、相手に触らなければいいですから。でも視覚型や聴覚型はうかつに相手を見たり声を発したり出来なくなります。
範囲型にいたっては言わずもがなですし、いくら便利でも暴走すると解っているものをばらまくわけにはいきません》
特に怖いのは、ギアスに伴う制約すらも暴走してしまうことだ。
記録に残った例では、ギアスを使っている間は自分の呼吸を止めてしまうという制約があった能力者がいて、暴走した際はすぐに命を落としたという。
《なので、マグヌスファミリアでは“使い続けていても影響が少ない者”にギアスの使用を義務付けて暴走状態にするんです。
そうすればコードを継承できる資格が持てるので、暴走した際にコード所持者がコードを渡すというわけです》
《暴走状態にならなければ、コードは受け継げないのですね》
《そうです。正確に申し上げれば、コード所持者が“コードを渡す”意志を持って暴走状態のギアス能力者に触れれば継承が成り立ちます。
さらに暴走状態が終わってオンオフの切り替えが出来るようになれば、ギアス能力者がコードを継承する意志さえあれば、コードを受け継げるようになるそうです》
マグヌスファミリアのコード継承は大部分が前者によって行われており、後者のギアスのオンオフの切り替えが可能になった“達成人”と呼ばれている状況のもとで行われたケースが少ない。
《どうして教えておかなかったんでしょう、C.Cさん。いずれこうなることは、コード継承者である以上ご存じのはずなのに》
エトランジュは不思議だった。
ポンティキュラス王家のギアス能力者は、ギアスを授かる時に全員がこのことを知らされている。
コード継承はともかく、ギアスの暴走については絶対に教えておくべきことであろう。
《それは私も解りませんが、マオの狙いはギアスが効かないために安心して付き合えるC.Cです。
諸事情あって私にもC.Cが必要なので、彼をどうにか排除したいのですよ》
《排除って・・・三人一緒にいるという選択肢はないのですか?》
いきなり最終的な手段に訴え出ようとするゼロにエトランジュはそう提案したが、ゼロは首を横に振った。
《彼は人間不信に陥っていて、とてもこちらの話を聞いてくれる状態ではありません。
今余計なことにかかずらっている余裕がないのはご存知でしょう》
《もしかしてゼロ・・・貴方の大事な方がそのマオという方に危害を加えられましたか?》
彼らしくもなく焦った様子のゼロを見てそう見当をつけたのだが正解だったらしく、彼から返答はなかった。
《なるほど、そういう事でしたか・・・しかしゼロ、話を聞く限りでは原因はC.Cさんにあるようです。
あの人にどういうつもりでマオさんにギアスを与えたのか、そして何故捨てたかを伺ったほうがよろしいのではないのですか?》
《あの魔女にですか・・・孤児だったのを拾ってギアスを与えたが、契約を果たせそうにないと読んで捨てたとしか聞いていませんね》
《その契約内容について、詳しいことは聞いておられないのですか?》
《ええ、ブリタニアの崩壊が成った時に、契約を果たして貰うと》
ここまでの話をして、エトランジュはC.Cとの契約内容がおおかた予想がついた。
それはゼロも同じだったらしく、話を終えようとする。
《では、マオの件はこちらで片付けます。情報提供、ありがとうございました》
《お待ち下さい、ゼロ!このままでは、マオさんがあまりにもお可哀そうです!》
エトランジュもゼロも、C.Cがコードを押し付けるためにマオにギアスを与えたのだと解っていた。
暴走状態になればコードを譲渡出来るが、何らかの事情でそれをやめてゼロにその役目をして貰おうと考えたのだろうということも。
マオにコードを渡さないのなら、彼は再びオンオフが出来るようになるまで一人ぼっちで生活しなくてはならないことになる。
それはあまりにも哀れ過ぎる。
《しかし、彼は黒の騎士団や私の正体についても知っています。放置しておくにはあまりにも危険過ぎる存在です》
ギアスのことが世間に知られるのはマグヌスファミリアにとっても痛手のはずだと言われると、エトランジュは黙りこんだ。
《・・・それなら、いい方法があります。それで私が彼を説得してみますから、殺すのは少しお待ち頂けませんか?》
《いい方法、と申しますと?》
エトランジュがいい方法とやらを語り終えると、ゼロは納得したように頷いた。
《それはいいですね、ぜひとも成功させたい方法です。しかし、それにはマオがこちらの案に同意することが必須条件ですよ》
《解っております・・・ではC.Cさんに彼を呼び出すように言って下さい。
私は今桐原公のトウキョウ租界の邸宅に滞在させて頂いておりますので、すぐに向かいます》
マグヌスファミリアの一行は白人なため、ゲットーなどにいるよりは租界にいるほうが目立たないのだ。
《了解しました。では、トウキョウ租界の公園で》
ゼロから待ち合わせ場所を聞いて通信を切ると、エトランジュはお手洗いから出て神楽耶に言った。
「申し訳ないのですが、少し外に出てもよろしいですか?会わなければならない方がおりますので」
「それは構いませんけれど・・・大丈夫ですの?」
神楽耶の心配そうな問いに、エトランジュは頷いた。
「ええ・・・頼もしい味方が出来るようなので」
そう、エトランジュに危害が及ぶことはない。
彼女に先ほど届けられた予知は、サングラスをかけた白髪の青年に抱きつかれる自分の姿だったのだから。
一方その頃、ルルーシュは気絶したシャーリーを抱きかかえ、ゲットーにある自分しか知らない隠れ家にいた。
日本解放戦線を囮にしたコーネリアを討ちとるのに失敗したあの夜、見事にあの白兜にやられて自分はうかつにも気絶した。
そこへブリタニアの女性軍人に仮面を取られて素顔を見られたらしいのだが、それを阻止したのは誰あろうシャーリーだった。
話を聞いたところ彼女は父親が自宅でナリタで会ったという黒の騎士団の協力員の少女についての事情聴取を受けており、その時部屋に飾っていた生徒会メンバーで撮った写真からルルーシュを見つけた。
ヴィレッタ・ヌゥというその女性軍人はシンジュクゲットーで見たその少年だとすぐに気づき、彼が黒の騎士団に関係しているのではないかと疑いをかけ、シャーリーにその可能性があるから情報が欲しいと言ってきたという。
(あの時の女軍人か!くそ、うかつだった・・・)
シャーリーはその時は一笑に伏したのだが、確かにサボリやナナリーを放って旅行に行くというルルーシュらしからぬ行動があったことに気付き、こっそり尾行していたところあの戦いに遭遇したのだ。
そしてヴィレッタがゼロの仮面を取ってその予想が当たったことを知った際、これで貴族になれると高笑いする彼女を、無我夢中でシャーリーは落ちていた銃で撃ったのだと。
『だ、だってルルに捕まって欲しくなくて!ルルが意味もなくテロとかする人じゃないって知ってるもん!ルルが好きだから、ルルを取らないでって思ったから!!
だから、私、私・・・!ルル、ルル、どうしよう!!』
人を殺してしまったと泣きだしたシャーリーを気絶させたルルーシュは、マオがそのことをネタにシャーリーに近づき、ルルーシュと心中させようと心理誘導してきたことを思い起こして歯を噛みしめた。
マオのことを知って駆け付けたC.Cからマオの話を聞いていたところに、タイミングよくエトランジュから定期連絡があり、ギアスの暴走やコード継承についての情報を聞いたという訳である。
「・・・と、エトランジュ女王から聞いたわけだが。C.C、なぜこのことを話さなかった?」
「お前のことだ、もう想像がついているのだろう?ルルーシュ」
「ああ・・・お前の目的は、“そのコードを俺に継承させること”なんだろう?だからギアスを頻繁に使わせてギアスの力を強めさせようとしている」
エトランジュが言うには、ギアスは使えば使うほど力が増す。逆に言えば使わなければ力は増えず、コードを受け継げる資格は得られない。
ブリタニアとの戦争でギアスを使わせれば、短期間に暴走状態になる可能性は高い。
だからC.Cは積極的にルルーシュに協力しているのだと、ルルーシュは考えたのだ。
「・・・怒っているのか、ルルーシュ。何も言わずに契約だけを押し付けたことを」
当然の話だからそうだと言われてもC.Cは何とも思わない。だが、ルルーシュは首を横に振って否定した。
「いいや、この力を与えてくれた代償なら、いっこうに構わない。どのような裏があっても、俺はお前に感謝している」
「ルルーシュ・・・」
まさか真実を知ってなお感謝されるとは想像していなかったC.Cは、驚きに目を見張った。
「契約は契約だ、叶えよう。俺のギアスが暴走するか、もしくは“達成人”となった時お前のコードを引き継ぎ魔王となろう。
お前の呪いを俺が引き継ぎ、お前との約束を果たそう、C.C」
「ルルーシュ・・・本気か?」
「ああ・・・どれほどの呪いに満ちたものであれ、俺の目的を果たすためにはこの力は必要だ。
コードもナナリーが笑って暮せる優しい世界を見守っていくために必要だと思えば、永遠の生も悪くはない」
ルルーシュはそう言って笑った。
C.Cは泣きそうな顔で笑って、ルルーシュに抱きついた。
「初めてだよ、お前みたいなやつは・・・」
C.Cは嬉しかった。まさか己の呪いを知ってなお、否定しなかった人間がいるとは思いもしなかったから。
「それに、マグヌスファミリアもコードを消す研究をしていたと聞いている。
まだ結果は出ていないかもしれないが、それに俺も力を貸すつもりだしな」
「そう言えばそう言っていたな・・・お前の頭があれば、研究が成るのも早そうだし」
C.Cとルルーシュとの間に話がつくと、ルルーシュはシャーリーを見た。
「とにかく、マオの件を片付けないとな。シャーリーのほうは・・・彼女には悪いが、記憶を消すしかない」
ギアスを使って自分がゼロであったことを忘れさせ、学園に戻そうとするルルーシュに、気絶していたはずのシャーリーが飛び起きて言った。
「いや、消さないでルル!私、忘れたくない!」
「シャーリー・・・起きていたのか」
ルルーシュの非力な力では、大して効力がなかったらしい。
シャーリーはC.Cを押しのけてルルーシュに抱きつき、再度懇願した。
「ルルがゼロなんて、私絶対誰にも言わないから!ルルのこと忘れたくないの!」
「落ち着いてくれシャーリー。君が密告するなんて、これっぽっちも思っていない」
自分の正体を知った軍人を撃ってまで、秘密を守ってくれたのだ。今更そんな疑いなど持っていない。
しかし、その軍人の死体が確認出来ていない。万が一生きていてそこから情報が漏れれば、黒の騎士団に通じていたと思われてシャーリーの身が危ない。
「あ、あの変な男の人が・・・ルルがゼロならいずれ捕まるって・・・私も軍人撃ったからお父さんやお母さんも捕まって殺されちゃうから、その前にって言われて・・・ごめんなさい!動転してたの」
「やはりか・・・大丈夫だ、それは俺がどうにかするから。
君は何もかも忘れて、いつもの学校生活を送ってくれればいいんだ」
「いや!ルル、やめて!どうして、どうして私じゃ駄目なの?カレンやその女の子の方がいいの?ゼロの協力者だから?!」
(マオのやつ、カレンが騎士団にいることまで教えたのか。それでシャーリーの焦りにつけこんだんだな)
C.Cはそのやりとりで冷静にそう分析する。
おそらくマオはルルーシュの記憶を読み取り、カレンが黒の騎士団の一員であることを知り、それをシャーリーに教えることでこのままでは自分がルルーシュの心に入り込む余地がないから今のうちにとでも言ったのだろう。
ルルーシュはだいたいの人間の心理を分析出来るが、女心だけは専門外であることを嫌というほど知っているC.Cは、助け船を出してやることにした。
「いいじゃないかルルーシュ。別に記憶を消さなくても」
「C.C!だがこのままではシャーリーが」
「だいたいその女が撃った軍人の生死が不明なんだろう?もし生きていたら、そいつの記憶を消したところで彼女が危険なのは同じじゃないか」
「それはそうだが・・・」
そこまで話した時、C.Cは契約者とだけ話せる精神会話でルルーシュに語りかけた。
《だったら、その軍人の始末がついた後で改めて消せばいい。今消すのは却って危険だ・・・マオの件もある》
《それまでは俺がシャーリーについて、ブリタニア軍から守るしかないということか》
C.Cの意見にも一理あると思ったルルーシュは、全力でシャーリーが撃ったという女軍人の行方を確かめることにした。
「解った、君の記憶は消さないよシャーリー。
だが済まないが、君が撃ったという軍人の情報をくれないか?この件をうまく処理するためにも、必要なんだ」
「ほんと、ルルーシュ?ありがとう!」
シャーリーは安堵した笑みを浮かべて、ルルーシュに言われるがまま自分が会った軍人の情報を話した。
「ヴィレッタ・ヌゥか・・・すぐにでも調べるとしよう。
シャーリー、カレンはゼロの正体が俺だということは知らない。だから、学校でもカレンとその話をするのはやめてくれ」
「そっか、カレンは知らないんだ・・・でも、あのカレンがねえ・・・」
あの病弱なお嬢様だと思っていたカレンが、黒の騎士団でルルーシュと付き合っていたと思っていたシャーリーはさらにほっとした。
ゼロの正体を知っているのは自分だけ。そう思うと、なんだかとっても嬉しい。
だがそう思った瞬間、マオの言葉が脳裏に蘇った。
『ルルーシュを救ったのは自分・・・そう思って彼を手に入れられるかもって醜い考えを持っただろう?』
「・・・・!!!」
青ざめた顔でうずくまったシャーリーに、ルルーシュは慌てて膝をついて彼女を抱きしめた。
「大丈夫だ、安心してくれシャーリー。巻き込んでしまった以上、俺が守るから」
「違うの、違うのよルル。私ね、ひどい女なの。ゼロの正体を知って、それを助けたから私、ルルに好きになって貰えるって思ってたの」
「それがどうしたというんだ、シャーリー。俺はもっと外道なことを考えて、そして実行に移してきた。
それに比べれば、君ははるかに純粋だよ、シャーリー」
「ルル・・・」
「君はただ友人を助けようとしただけだ・・・君は悪くない。俺がすべて片付けるから、何の心配もいらないから・・・泣かないでくれ」
全てが終わったら、本当に何もかも忘れさせるから。
ゼロのことも、彼女が犯した罪も、自分への想いも・・・嫌なことは全て。
「さあ、帰ろうシャーリー。俺達の学園へ」
「ルル・・・うん、帰ろう。みんなが待ってるもの」
シャーリーは安心したようにルルーシュの腕につかまりながら立ち上がる。
「C.C、マオの件は彼女達と連携して片付けることにした。詳しい事は彼女から聞いてくれ」
ルルーシュがエトランジュとの待ち合わせ場所を教えると、C.Cは了解した。
(彼女達って・・・ルル、他にも協力してくれる女の子いるんだ)
無意味に女を引き付ける想い人に、シャーリーは内心で大きく溜息をつく。
よもや無自覚な女たらし認定を横にいる少女にされているとは思ってもいないルルーシュは、大事そうにシャーリーと手を繋いでアッシュフォード学園へと戻るのだった。