第二十四話 悲しみを超えて
政庁の屋上は一時間ほど燃え続け、消火されたことを確認するとまず行われたのはコーネリアおよびギルフォードの遺体の回収だった。
自らの無様な遺体を衆目に晒すまいとしたコーネリアが屋上を爆発させたというゼロの証言通り、寄り添うようにして見つかった二人の遺体は見る影もなかったが、政庁にあったコーネリアの歯形のデータと一致したため、コーネリアとギルフォードであると確認された。
棺に入れられた二人の元に来たのはユーフェミアとスザクで、見張りとしてきたアルカディアはクライスと共にドアの外にいる。
「お姉様・・・ギルフォード・・・私は後悔していません。
ですが出来ればお姉様と共に、新しい世界を見たかった・・・」
涙ぐむユーフェミアをスザクがどう声をかければいいものかと悩んでいると、ドアが開いて入って来たのはゼロの扮装をして小さな箱を抱えたルルーシュだった。
仮面を脱いだルルーシュは、仮面を手近なテーブルへと置いた。
「ルルーシュ・・・ここに来てもよろしいのですか?」
「ああ、一段落ついたからな・・・後は藤堂達に任せてきた」
ユーフェミアはコーネリア達の棺が納められている部屋に来る前まで、投降したブリタニア兵達を収容所に連れて行き、細かいことが決まるまではここにいるように命じ、また神楽耶とゼロに対して改めて礼を言った。
「先ほど政庁内のデータをこちらに集めていてな、延焼を免れたコーネリアの部屋も検めたんだが・・・そこに君への手紙があった。
悪いと思ったが中身を見せて貰ったよ。だが特にこちらの不利益になるものじゃないから、君が持っているといい」
「お姉様からの手紙?」
そう言いながらルルーシュが耐火性の箱に入っていたというコーネリアの手紙を差し出すと、ユーフェミアはおそるおそる受け取った。
震える手で手紙を取り出すと、おそらく出陣前のため時間がなかったのだろう、 パソコンで作成されてはいたがそこにはまぎれもない姉の字で署名が入っている。
『私の愛する妹、ユフィへ。
この手紙を見ていると言うことは、私はゼロに敗れ既にこの世にいないのだろう。
お前の反逆宣言には驚いたが、お前なりに考えて出した結論ならば私はもはや何も言うまいと決めた。
思えば私はお前の意見を何も聞かなかったが、今となってはそれをとても後悔している。
だが今私が主義主張を翻せばこれまで私につき従ってきた将兵達の立場がなく、かえって暴発する危険があるゆえ、私はゼロと戦わなくてはならなかった。
だから私は最後のブリタニア皇族としての仕事を、この命をかけて全うする。
今まで私はお前に自分の言うことを聞かせることばかりで、お前に何も教えて来なかったな、すまなかった。
だがお前は自分の力で為政者として成長し、ブリタニア人や日本人の支持を自らの手で掴み取ったお前に、今私が教えるべきことはなにもない。
しかし一つだけ、お前に言わせてほしい。決して目的だけは見失うな。
目的のための手段であり、手段を見るばかりで目的を忘れ去ってしまえば私のようになると思え。お前ならば解ると思うが、それだけは言っておく。
それからダールトンに伝えて欲しい。お前には辛いことになるかもしれないが、ユフィを守ってくれと・・・・もし拒否をしたならば、彼はお前の裁量に任せる。
最後に、お前達が創る世界をマリアンヌ様と共に見守っている。
お前達を心から愛している、ユフィ 。 コーネリア』
最後の“お前達を愛している、ユフィ”は手書きだった。不自然な空白をよく見ると、“Lel”とうっすらと見える。おそらく書きかけた文字を、修正液かなにかで消したのだろう。
それだけでユーフェミアは、姉は誰を恨むことなく散ったのだと理解した。
「私も愛しています・・・・お姉様・・・!!」
この手紙の発見者が何も知らない者であればまずかったから、ルルーシュの名前は出せなかった。
文字にされることはなくとも、最後の“お前達”は自分とナナリー、そしてルルーシュのことだと、ユーフェミアには解る。
いや、ルルーシュもそうだったのだろう、ユーフェミアはルルーシュの無表情を装っている中での感情を悟り、大事そうに箱にしまった。
「・・・私、誰も恨まないわルルーシュ。これから先何があっても、誰かを恨んだり憎んだりすることなく、先に進みます」
「ユフィ・・・」
「お姉様はその命を持って、少しかもしれませんが憎しみの連鎖を止めました。
そのご遺志を無駄にしてはいけないと思うから」
「・・・本当に君には負けたよ、ユフィ。解った、俺も最大限に協力しよう。
超合衆国日本の建国宣言の後、合衆国ブリタニアの建国を君に宣言して欲しいんだが」
憲法法律その他は後回しだが、どうせなら合衆国ブリタニアを戦後のどさくさにまぎれて作った方がいい。
「・・・私がその皇帝になるのですね」
ユーフェミアは目を閉じて震えたが、自分は逃げないと決めたのだ。
次にその瞳を開けた時、ユーフェミアはルルーシュに言った。
「・・・私、いろいろ調べてみたのだけど、皇帝や国王といっても間違った行為をすればその地位を剥奪出来る制度がある国があるそうね」
「ああ、立憲制君主国家のことだな。ブリタニアは長らく帝政だったから、いきなり民主制にするよりはその方がいいだろう」
「私もまだまだなところがありますから、その方がいいわ。
間違ったことを間違っていると言ってくれる方こそ、皇帝の宝物です」
はるか昔の中華では、諫議大夫という皇帝が間違ったことを命じようとしたらそれを諌めるのが役目の大臣までいたと聞いている。
もっとも暴君ほどそんな諫言を無視するので、しばしば命がけの役職になったりご機嫌取りの人間がついたりしたため、いつしか廃れていったという。
「君ならいい皇帝になれるよ、ユフィ。俺がスザクとともに君を守ると約束しよう。
だがその前に、ちょっと決めておきたいことがある」
「何かしら?」
ユーフェミアが尋ねるとルルーシュは棺の方に視線を移しながら言った。
「この二人のことだが、身内だけの葬儀は出来るが埋葬場所が問題だ。
いつまでも放置しっぱなしでは、いろいろとまずい」
「そうか、日本は基本火葬だけど、お墓とかどうしよう・・・」
スザクも大きく溜息をつくと、ルルーシュはだからな、と提案した。
「ダイヤモンドにするのがいいと思う。そう言う技術について、聞いたことはないか?」
「はい、あります。皇族や貴族でも、なさっている方を見たことがありますから」
スザクがなるほどいいアイデアだと賛成すると、ユーフェミアも本国に遺体を送れるはずもないし、かといって日本に埋葬するのもはばかられたのでずっと姉と共にいられるのならと同意した。
「ぜひそうさせて下さい、ルルーシュ。どうしたら出来ますか?」
「既に手配済みだ。コーネリアとギルフォードということは隠してあるから、揉めることはないだろう」
相変わらず根回しのいいことだとスザクとユーフェミアが感心していると、彼は葬儀についても準備をしてくれていた。
「エトランジュ様が日本で知り合った神父を紹介して下さった。
俺も評判を調べて会ったが、弟子だという女性は大した守銭奴だが本人は確かに清貧な暮らしをして高潔な人柄で、死者を送るのは大事なことだから自分でよければとのことだ」
「そう、エトランジュ様が・・・何から何まで、お世話になりますわ。
その方と、エトランジュ様にも後でお礼を言っておかなくては」
「落ち着いたらその神父に連絡するから、今は混乱を完全に治めることを優先するぞ」
ルルーシュはそう言うと、ユーフェミアを抱き寄せた。
「だから今は・・・泣け。君は本当に、よくやった」
「ルルーシュ・・・私は、私は・・・!!」
目を見開いたユーフェミアはしばらく黙っていたが、ルルーシュの胸でやがて大きな声を上げて泣き始めた。
その慟哭をドアの外で聞いていたクライスはどんな顔をすればいいのか解らず、アルカディアはひたすら無表情で聞いていた。
その頃、日本中の日本人達が日の丸を掲げて快哉を叫んでいた。
日本各地のブリタニア軍の基地は抵抗する者達もいたが結局はゼロ率いる部隊に壊滅させられ、自らが作った日本人を収容する施設に放り込まれた。
逆に反逆罪や無法に有罪判決を受けて刑務所に入れられた者達は解放され、元日本の政治家などはその能力や意志に応じて暫定で内閣を組織したキョウト六家に招かれた。
カレンの母百合子はリフレインという薬物法違反だったので釈放は叶わなかったが日本の法律に照らして二十年では長過ぎるとされ、刑期が二年に短縮された。
またシュタットフェルトが特権を駆使して特別扱いをさせていたがそれも出来なくなったことを、父とともに面会に訪れたカレンが少々申し訳なさげに母に告げたが、母はそれは日本が解放された証拠だからと笑ってくれた。
しかしカレンが黒の騎士団のエースでありゼロの親衛隊長をしていたと告げると、さすがに顔を引きつらせて心配げに娘の顔を見つめた。
シュタットフェルトはお前からもやめるように言ってくれと懇願したが、カレンの強い意志を感じ取った百合子は頑張れと娘を励ました。
シ ュタットフェルトは丸一日かけた娘との話し合いの末に敗北し、彼女はそのままゼロの親衛隊長のしての職を続けることになった。
シュタットフェルトの心労はまだまだ続くようだが、愛する妻と娘が幸せならいいかと、前向きに考えることにしたようである。
日本が解放されるにあたり真っ先に問題になったのは、いわずもがな在日ブリタニア人の扱いである。
ブリタニア本国に戻りたがる者が多いのは当然として、どうやって彼らを帰すのか、留まりたい者はどのようにするべきかと、ルルーシュをはじめとする黒の騎士団幹部およびキョウト六家あらため京都内閣の面々、そしてユーフェミアが集まって協議を始めた。
「これは早急に処置すべき問題、幸いゼロが早期に手を打ってくれたゆえかブリタニア人を襲う日本人は少なかったものの、まったくいなかったわけではない。
治安維持のためにも、今月中には結論を出しておきたいのじゃが」
トウキョウ租界あらため東京の桐原邸で暫定首相となった桐原がそう切り出すと、あらかじめ考えていたのだろうルルーシュがまず提案した。
「ブリタニア人自治区を都道府県ごとに造り、そこに移住して貰おう。
日本人の家族や友人と同居するなら、移住する必要はないが」
「現在日本にいるブリタニア人は軍人を除いて約一万人弱、妥当な策じゃのう」
「ゲットーや租界と違って行き来を禁止することはしてはならない。
ただそれだと日本人がブリタニア人を迫害したり、またブリタニア人によるテロを警戒する必要があるが、前者の懸念は貴方がた日本内閣の手腕にお任せしたい。後者のほうは私が担当しよう」
ゼロではなく桐原達が日本人に呼びかけて迫害をやめさせ、ブリタニアを差別することを止めれば日本の国際社会の地位は上がる。
その意図を察した京都内閣が頷いて同意すると、ルルーシュは続けた。
「そしてかねてから提案していた超合集国連合だが、そこにユーフェミア皇女を元首とする合衆国ブリタニアを建国して加入させたい。
日本国から借り受けた地にある合衆国ブリタニアとすれば、反発はかなり減るはずだ」
「ブリタニアを加入させる?!しかし、それは・・・」
さすがに驚いた者が出てきたため、国是主義を否定するブリタニアを建国することで主義者のブリタニア人が大勢ユーフェミアの元に集まってくる。
またシャルルを倒し旧ブリタニアを吸収した際、スムーズに戦後処理を終えることが出来る。
超合集国に加入していればもし国是主義のブリタニア人による暴動や反乱が起こっても介入しやすくなるなど、デメリットを補えるはずだとルルーシュは説いた。
感情論で政治を進めることの愚かさを知っている桐原は、長引く戦乱を終結させるには良案であると賛成すると、元首がユーフェミア皇女でゼロが彼女を抑えているのならと、それは認められた。
「では合衆国ブリタニアの建国を宣言して頂こう、ユーフェミア皇女・・・いや、ユーフェミア皇帝」
「はい、まだまだ力量不足ですが、よろしくお願いいたします」
ユーフェミアが頭を下げると、既にルルーシュは超合集国に入る予定の各国からユーフェミアが元首ならばと了承を得たことを告げた。
内心はまだ少女の彼女ならつけこみやすいと考えてのことだろうが、まさか真実ユーフェミアを思っているゼロ本人が彼女を守るつもりでいるとは予想していないだろう。
「では超合集国連合創立宣言と同時に、合衆国ブリタニアの建国を宣言する。
すでにディートハルトに手配をさせてあります」
「うむ・・・では日本国の方はわしらに任せて貰おう。
ゼロは超合集国連合および黒の騎士団のほうに専念して頂く」
約束通り日本解放を成し遂げたルルーシュに、桐原は心の底から感謝している。
これから世界規模になる黒の騎士団に加えて日本の治安や政治などにまでかかずらっていては、確実に過労死コースである。
さらにいえばゼロなくして日本は成り立たないと思われれば日本が軽んじられるばかりか、日本をひいきしているとゼロを誤解される恐れが高くなる。
こうして会議が終わると、桐原達は今後の日本について順次決定していった。
首都は京都に定め、日本最後の皇族である神楽耶が天皇の座についた。
これは戦前と同様に象徴天皇制であるが、内閣が機能しなくなった場合のみ政治・軍事に関与する権限が新たに付け加えられた。
神楽耶はまだ未成年ではあるが、非公式とはいえ後見人としてゼロがいる上トウキョウ租界戦では後方指揮の任を見事に果たしたこともあり、彼女に期待している者も多い。
日本解放が成ったことは世界中に既に知られており、エトランジュを通じて反ブリタニア活動をしているレジスタンスや国からは、次々に祝辞が届いた。
「日本解放、まことにおめでとうございます神楽耶様!私、中華連邦皇帝の蒋 麗華と申します。
以前はお手紙をありがとうございます」
「お初にお目にかかりますわ、天子様。今後とも我が国とのよきお付き合いをお願いいたします」
「はい、もちろんです!超合集国連合創立の際に、じかにお会いする日が楽しみです。
蓬莱島の整備も今急いで行っているところなのです。
まさかこんなに早く日本が解放されるとは思わなかったって太師が言っていたので・・・」
ついうっかり正直に告げてしまった天子は口を手で覆ったが、神楽耶は笑った。
「ええ、さすがゼロ様ですわ天子様。
誰も予想していなかったことを、こうも早く成し遂げてしまわれたのですもの・・・驚かれて当然ですわ」
「 私も日本に行ってみたいです神楽耶様。ブリタニアの人達も仲良くしている国なのでしょう?
喧嘩しないでみんなで暮らしている国を、私も見たい」
無邪気に日本に期待を寄せる天子に、何としても日本人とブリタニア人の関係を早急に改善させなくてはと京都内閣の面々は思った。
さらに各エリア支配されているレジスタンスからも希望の国とたたえられ、ひそかに黒の騎士団が渡した資金や武器などに感謝しつつ、次は自分の番だと燃えている。
EUでは本当に成し遂げてしまった日本解放に驚きながらも、それに微力ながら協力したマグヌスファミリアを通じてよしみを通じるべきだとの意見が出、世論もそれに傾いている。
特に中華のみならずEUを侮辱したシャルルの発言が動画でばら撒かれた事件以降は反ブリタニア派が多かったので、半年ほど前に結成されたばかりの黒の騎士団はエリア解放を成し遂げたのに、EUの軍隊は何をしているのかと批判される始末である。
一度EUに報告のため戻ったエトランジュは報道陣に取り囲まれ、ゼロや黒の騎士団はどういう人達か、日本はどんな国かなど質問攻めに遭っている。
EUの末席で座っているだけの幼き女王でしかなかったエトランジュは、早い段階で黒の騎士団の協力し日本解放の手助けをしていたとして、いまや時の人となった。
エリア支配されている国々にとって黒の騎士団は希望であり、それを束ねているゼロは救世主だった。
そしてそれに微力ながら協力していたエトランジュはEU内で植民地化された国や反ブリタニア派にとって格好の神輿となり、一気に面会者が増えた。
アルフォンスが危惧したとおり、それに絡んだ政略結婚の話もちらほら出てきており、そちらの方でもエトランジュの伯父や伯母達は頭を抱えているという。
おそらくそれは神楽耶も同じになるため、慎重に婿を選ぶ必要があった。それは相手がゼロであっても同じことだろう。
会議が終わってルルーシュがユーフェミアとともに会議室を出てユーフェミアに貸し与えられた部屋に入ると、彼女を椅子に座らせて言った。
「これからブリタニア人に対して逆風が吹く。
ある程度こちらで制御は出来るが、今まで豊かな暮らしをして来た彼らが普通の暮らしを強いられるとそれが“下の人間の暮らし”と錯覚し、不当なものと考えだす者も現れるだろう。非常に難しい環境になる」
「そうでしょうね・・・衣住食は保証して頂けましたけど、日本人を優先するのは当然ですものね」
「そこが君の勘違いだ。君が最優先すべきは日本人じゃない、ブリタニア人だ。
君は日本の皇帝ではなく合衆国ブリタニアの皇帝なんだから、合衆国ブリタニア人のことを一番に考えるべきだ」
ルルーシュがそう告げると、ユーフェミアは今まで自分達がして来たことを思えば、と顔を伏せると、ルルーシュは叱咤した。
「君の思いは解る。だがそれではブリタニア人が搾取される立場になる。
もちろん表立っては賠償金と銘打ったり、友好のためと称して綺麗に取り繕うだろうが・・・正当な分のそれは支払うべきものだが、不当なものまで認めれば過去の繰り返しになる。
君は間違った祖国を正しく導くために立ち上がったのだから、堂々と振舞い自身の意見を述べるんだ。
ただくれぐれもよく考えてから発言するようにだけ気をつけてくれればいい」
「解ったわ、ルルーシュ」
ユーフェミアが頷くと、少々危なっかしい異母妹に不安はあったが自分が守ると決めたのだからと目を光らせておくことにした。
「桐原は戦争を早期に終わらせるために、俺がある程度ブリタニアを保護することを黙認してくれるそうだ。
エトランジュ様の方もEUに働きかけてくれるだろう。幸か不幸か、エトランジュ様の発言力はこちらが予想していたより大きくなりそうだからな」
テレビ画面の中でエトランジュが報道陣に囲まれ質問攻めに遭ったり、マグヌスファミリアのコミニュティを取材する記者などを見て反ブリタニア派のヒロインとして印象付けようとしている様が見て取れた。
ただ反ブリタニア派といっても戦争をしているからブリタニア討つべしと主張する派閥は平和主義を掲げるブリタニア人なら手を取り合うことをよしとするだろうが、ブリタニア自体を滅ぼすべきだと主張する者達はどうなるか、まだ少し不透明だ。
また、反戦派では平和主義のユーフェミアがブリタニアを分裂させた、ならばそのブリタニアと手を取り合って国是主義のブリタニアを倒そうという一派も出てきたので、そちらの味方は多そうである。
「ではユフィ、合衆国ブリタニアの建国宣言の時間だ。
俺達ブリタニア人の新しい歴史の幕を、君の手で開けてくれ」
「ええ、ゼロ」
ユーフェミアはゆっくりと立ち上がると、顔を上げて合衆国ブリタニア宣言を行うべくルルーシュとともに会場へと向かうのだった。
その頃、経済特区日本では日本人達が中心になって炊き出しを行っていた。
「はーい、身体があったまる豚汁ですよー。おにぎりは一人二つまでです」
「黒の騎士団の基地で配給慣れしてるから、逆に計画的にかつ多めに配れてよかったですね」
何でも余裕が大事だ、と話し合いながら炊き出しをしていると、ブリタニア人の面々がカレンとともに列に並び始めた。
「お、カレンじゃねえか。一緒にいるのはあの制服・・・アッシュフォード学園の友達か」
カレンの姿を見つけた玉城がミレイ達を連れて並んでいるのを見て、気楽に話しかけた。
「よおカレン、見てたぜ大活躍だったな!用事は済んだのか?」
「あ、玉城・・・うん、報告書も書いたしゼロからも特区の様子を見て来てくれって頼まれたから」
「特区のほうは際立った騒ぎはねえな。起こしそうな連中は特区爆破テロ予告の時にとっとと租界の方に行っちまったからだろうって、扇が言ってた」
玉城が日本語でそう説明していると、何を話しているのか解らずどんな反応をすればいいのかと途方に暮れているミレイ達に、玉城は気楽に話しかけた。
「聞いてるぜ、アッシュフォードのカレンの友達だろ?
日本人でも差別せずに、枢木 スザクを生徒会に入れてくれたいい人達って」
「あ、どうも・・・私ミレイ・アッシュフォードといいます。
こっちはリヴァルで、そっちの女の子はシャーリーです。あと、後ろにいるのがニーナです」
「おお、俺は玉城 真一郎っていってゼロの親友だ!黒の騎士団特務隊長だ。よろしくな」
以前はブリタニア人というだけでブリキと呼んで嫌悪していたのにフレンドリーな玉城を見て、カレンが目を丸くしている。
「何かブリタニア人が怖がって炊き出しに来ないんだよなー。
今んとこ店とかもまだ開けそうにないから炊き出ししてるから、あんたらも手伝ってくんね?そしたら来るかもしれねーし」
「そういうことなら喜んで手伝います!日本人の人達って凄いですね。
だーれも文句言わずに並ぶんですから」
貴族だから、子供がいるからと勝手なことを言わず整然と並ぶ日本人にシャーリーが驚いたように言うと、まーなと玉城は胸を張った。
「変なことする奴は日本人でもブリタニア人でも俺がシメてやっから、安心しろよ。
基地にいたブリタニア人が何人か協力を申し出てくれてな、しょっちゅううまいメシ作ってくれる兄妹が今炊き出しの材料の運搬をしてくれてんだ」
玉城がブリタニア人に対して態度を軟化させているのは、真面目に協力してくれているブリタニア人に感化されたからのようだ。
しかもアッシュフォード学園の面々は日本人でも受け入れてくれた学園の者達でカレンの友人なのだから、喧嘩腰になる理由がなかったのである。
「ねえねえ、あのニーナって人はラブリーエッグを造ってくれた人じゃない?」
「あ、ほんとだ!ユーフェミア様に協力してた人だ」
怯えてミレイやリヴァルの背中に隠れていたニーナに気付いた日本人が、わっと彼女を笑顔で取り囲んだ。
「え、え・・・!!」
「ユーフェミア様もいろいろ大変のようですけど、大丈夫ですか?
私達のためにブリタニアと決別までして下さって、どうしているかと気になっているんですが」
「貴女も残ってくれたのね。ありがとう!まだ長い行列ですから、よかったらこれどうぞ」
持っていた饅頭を手渡されてニーナは目を丸くしながら受け取ると、どう反応すればいいのか解らず返事が出来ない。
「あの、その・・・ありがとうございます」
(私ブリタニア人なのに、何でみんな親切にしてくれるのかしら。
やっぱりユーフェミア様がお慕いされているから、傍にいる私もついでなのかも)
ネガティブ思考のニーナは、ユーフェミアの傍から離れたらまた日本人に暴行されたりするのかもと考えている。
だが見渡してみると前に会った日本人は乱暴だったのにここにいる日本人は皆礼儀正しくて整然と炊き出しの列に並んでいるし、何か起こった時にすぐにけが人などを運べるようにと、通路の端を開けている。
日本語なので何を言っているのかニーナには解らなかったが、繰り返しブリタニア人だからと言って炊き出し拒否などの行為は禁止する、日本人として礼儀を守れと言い聞かせていたりもしていた。
目の前にいる玉城という男が何やら足が使えなかったブリタニア人の女の子がリハビリがてら俺達の手伝いを頑張っててなあ、と称賛しているのがニーナには不思議だったが、聞き覚えのある固有名詞にさらに目を丸くした。
「・・・ナナリーとロロってんだが、アッシュフォードにいたって聞いてんだけど・・・あんたら知ってるか?」
「ナナリーちゃんを知ってるんですか?!」
そういえばユーフェミアがゼロの正体はルルーシュだと聞いたニーナが、確かにそれならブリタニア本国に戻るはずがないのだから、当然彼女も黒の騎士団関係の場所にいるわけである。
「ああ、兄貴のほうが騎士団の協力者だからな。兄貴が頑張って稼いだ金で、足の手術したばっかだから、基地でリハビリしてるよ。
神経接続ってのが出来るナイトメアにも最近乗り出して、荷物の運搬とかしてくれてるんだ。
・・・ったくあんないい子を捨てるなんざ、ブリタニアってのはどうかしてるぜ」
「ナナリーちゃん、手術したんだ・・・」
まさか日本人がブリタニア人の手術をしてくれたのかとニーナは驚き、あらかじめ聞いていたのか、アッシュフォードの生徒会のメンバーは元気にしてて良かったと笑っている。
「あんたらあの子の知り合いなら、今度基地に来いよ。会わせてやっから」
「ぜひお願いします!ルルちゃんにも頼んでおこうっと」
ミレイが達がやっと堂々とルルーシュ達にも会えそうだと喜んでいるのを見ながら、ニーナはただ最初に遭った日本人とここにいる日本人達の違いに驚くばかりだった。
豚汁を食べて多少腹が膨れたニーナは、カレンとともに経済特区日本に戻って来たユーフェミアに会うべく特区庁にやって来た。
心なしか髪が薄くなったシュタットフェルトを見て、苦労が絶えない人だとニーナはひそかに同情した。
最近彼は特区庁に泊まりこんでいると聞いているが、仕事に一区切りついたのだろうか。
三人がユーフェミアの執務室に入ると、ユーフェミアは嬉しそうに三人を歓待した。
「お待ちしておりましたわ、シュタットフェルト辺境伯、ニーナ、カレンさん。
さあ、お座りになって下さいな」
「は、ではお言葉に甘えて失礼いたします。
三人がユーフェミアの前のソファに座ると、ユーフェミアは目の下にクマを造りながらも嬉しそうな顔で言った。
「今日、合衆国ブリタニアの建国宣言をします。
そのための法律草案や在日ブリタニア人の生活保護などについて、シュタットフェルト辺境伯にはお世話をおかけしました」
「いえ、それは私の夢でもありましたから・・・お気になさらず」
シュタットフェルトが頭を下げると、ユーフェミアは微笑んだ。
「これからいろいろと問題が起こると思いますが、何とぞお願いいたしますね。
カレンさんから伺ったのですが、シュタットフェルト辺境伯は日本で暮らしていた時期があったとのこと・・・頼りにしています」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
しばらくニーナにはよく解らない政治の話が続き、一段落ついたシュタットフェルトが席を立った。
「それでは合衆国ブリタニアの建国宣言の準備をして参ります。
カレン、時間になったらユーフェミア様を会場へご案内してくれ」
「はい、お父さん」
シュタットフェルトが一礼して退出すると、ユーフェミアは途方に暮れた表情のニーナに声をかけた。
「ニーナには突然のことで、戸惑わせてしまったわね・・・ごめんなさい」
「いえ、そんなことはいいんです。ただ、これからどうなるのかなって思って・・・」
「そうね、少しずつ問題が出てくるのは解ってるの。でももう引き下がれないから、私の全身全霊をかけて取り組むつもりよ。
・・・でもニーナ、ニーナがどうしても駄目なら、ブリタニア本国に戻っても構わないのよ?ただゼロの正体だけは黙っていて貰いたいの。
もしうかつに口に出したら、貴女の身が危ないから・・・・」
暗に口封じで殺されると告げたユーフェミアにニーナはあり得ることこの上なかったため、戦慄した。
「あれ、ニーナも知っちゃったの?後で知らせとかないと・・・」
カレンが驚くとカレンも知っていたのかとニーナも同じように驚いた。
「 どうしてカレンばかり知ってるの?!私は何も知らなかったのに!!」
ルルーシュがブリタニア皇子だったことはともかく、ゼロだったことまで知ってユーフェミアに頼られていたのかと嫉妬心全開でニーナが叫ぶと、いつもは大人しいニーナの激昂ぶりに二人とも仰天した。
「お、落ち着いてよニーナ!怒るのも解るわ、私がゼロの親衛隊長だって黙っててごめん・・・でもこっちも事情が重なっちゃったし・・・」
「え・・・?カレンが?どういうこと?」
中途半端にしか情報を知らされていなかったニーナが幾分か落ち着いて事情説明を求めると、カレンが自分がブリタニア人と日本人のハーフであること、初期の段階から黒の騎士団にいたこと、そしてユーフェミアと知り合った経緯とその後の特区について概要を話すと、ニーナはやっと納得した。
「紅月 カレンがカレンの本名だったんだ。だから紅蓮のパイロットがカレンだって解らなかったのね。
騎士団の人達が優しくしてくれた理由が解ったわ」
「私のことは公表するからいいけど、ゼロのことは口に出さないでね!
これ以上ことをややこしくしたら、ユーフェミア様の立場だってまずくなるから」
「そ、そうね、解ったわ。絶対誰にも言わない」
ニーナは崇拝するユーフェミアのために沈黙の誓いを立てると、ユーフェミアは彼女の手を取って感謝した。
「ありがとう、ニーナ。貴女には本当にいろいろ迷惑をかけてしまったわね」
「とんでもありませんユーフェミア様!私、ユーフェミア様のためなら・・・!」
ニーナは顔を真っ赤にしながら、彼女の傍で役に立つために合衆国ブリタニアの参加を改めて決意した。
「私、合衆国ブリタニアのために頑張ります!
ルルーシュとお話ししたいのでしたら、電話回線に盗聴防止システムでもお造りしますから!」
カレンには出来ない得意分野をアピールするニーナに、カレンは日本人を嫌っているニーナが何故こんなに燃えているのかと内心で首を傾げている。
「まあ、優しいのねニーナ。ルルーシュとも話してみるわね。
ニーナがいてくれるなら、私も心強いもの」
「ええ、私もユーフェミア様がいらしてくれるのなら・・・イレヴ・・・いえ、日本人はまだ怖いけど・・・でも今日優しくしてくれたし・・・」
急に困った様子になったニーナに事情を尋ねると、彼女から先ほどあった出来事を聞いたユーフェミアはなるほどと頷いた。
「それはきっと余裕が出来たからよ、ニーナ。
私達がもう日本人に何もしないと宣言して、そのために動いて来たから大丈夫だと思ってくれたからだと思うわ」
「余裕、ですか?」
「いいブリタニア人と悪いブリタニア人を区別する余裕がなかったから、日本人は弱いブリタニア人と見たから貴女を襲ったと思うの。
知っていたかしらニーナ・・・人間は余裕がないとね、弱い立場の人間をストレスの吐け口にしてしまうの。お姉様もそうだった・・・その人達もきっと同じだったのではないかしら」
失敗すれば父に見捨てられブリタニアから放り出されると、戦々恐々の毎日だったのだろう。思えば姉も、心の余裕がなかったのだ。
「“衣食足りて礼節を知る”と言うわ。私達は搾取するだけしてその程度のこともしなかったから、余計に怒りを買っていたの。
逆の立場になってみれば解るわ。私は逆の立場になって考えることだけは、絶対に忘れない」
静かにそう告げたユーフェミアを眩しいものを見るようにうっとりと見つめたニーナは、彼女はやはり女神なのだと確信した。
(そうよ、ユーフェミア様はこの戦争を止めるために頑張ってる方なんですもの。
日本人は確かにユーフェミア様を認めてるんだから、ユーフェミア様のおっしゃっているとおりに違いないわ)
ニーナは日本人はユーフェミアを支持しているのだから彼女の政策が正しいのであり、そのユーフェミアが日本人を理解していたからこそ成功したのだと考えた。
(なら日本人に余裕が出来たら、もう襲われたりすることはないのかしら。
タマキって人も何かあったら助けてやるとか言ってたくらいだし・・・ユーフェミア様がおっしゃってるんですもの、きっとそうだわ)
「そろそろ合衆国ブリタニアの建国宣言の時間ね。
これからブリタニア人にとって辛い時代になるかもしれない。でも、それはずっと他者を虐げることを続け何もしてこなかった私達への罰だわ。
幸いルルーシュがいるし全てのブリタニア人を悪とするのはをやめようと言ってくれる方々がいる。
それはとても幸せなことね」
ユーフェミアはゆっくりと立ち上がると、同時にドアをノックする音がした。
「お迎えに上がりました、ユーフェミア様。合衆国ブリタニアの建国宣言のお時間です」
ユーフェミアはルルーシュからコーネリアからの手紙を受け取った後、それを特区庁の一室で軟禁されていたダールトンと面会し、その手紙を見せた。
それを見たダールトンは涙し、亡き主君の宝物であるユーフェミア、および救おうとしたルルーシュとナナリーを護ることこそ己の使命と考え、合衆国ブリタニアに協力することを表明した。
ユーフェミアの護衛に限ってのみ活動することといくつか行動に対して制限が付け加えられたが、ユーフェミアが責任を持つということで解放され、ユーフェミアの護衛隊長という地位を与えられることとなったのである。
「今行きます、ダールトン。ではニーナ、また後で」
ドアを開けるとダールトンとともにスザクがおり、ユーフェミアは彼の手を取って歩き出す。
彼女達が会場に到着すると、そこには大勢の日本人や居残ったブリタニア人がいた。
檀上にはゼロとしてのルルーシュと神楽耶、京都内閣の首相である桐原が立っている。
ユーフェミアは卑屈になる必要はない、堂々としていろというルルーシュの言葉に従い、しっかりとした足取りで壇上に立った。
「ブリタニア人の皆さん、日本人の皆さん、私はユーフェミアです」
強く透き通った声でそう言ったユーフェミアは、しんと静まり返って聞き入っている民衆達に語りかける。
「このたびは私達ブリタニア人のために様々な協力をして下さって、まことにありがとうございます。
私はゼロと日本人の方々のご好意により、皆様の輪の中に入ることが出来たことを心より感謝いたします。
ですが未だ祖国ブリタニアは差別国是を掲げ、他者の尊厳を奪い支配し、暴力を受ければ人は悲しみ反発するという当たり前のことを忘れ、自分達の豪奢な生活のために犠牲になることが当然であると主張しています」
うんうん、と日本人が同意の頷きを返すと、ユーフェミアは続けた。
「私は幾度となくこの差別主義を疑問に思っていましたが、口に出すことすらブリタニアでは禁じられてきました。
間違っていることを間違っていると言えないことこそが一番の間違いだと思いながらも、私には日本に赴任してから対症療法を行うことが精いっぱいでした。
自分勝手な主張で殴ったり蹴ったり、果ては殺したりする者を、いったい誰が愛し信じてくれると言うのでしょう!
ゆえに私は黒の騎士団が掲げるあらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持を持つ国、人種も主義も宗教も問わぬ国に共感し、参加を表明したのです。この決断は私の人生の中で、もっとも正しい選択であると自負しています。
そして今、ゼロが掲げる世界を一つに繋げる計画を聞き、私もそこに参加させて頂くことになりました。
どうか彼から、その素晴らしい計画についてお聞き下さい」
ゼロの計画と聞いて一同が身を乗り出すと、ルルーシュが神楽耶と共に壇上に上がって宣告した。
「日本人およびブリタニア人の諸君、日本解放に改めてお祝いを申し上げる!!
だがブリタニアはまだ植民地を十七ヵ国も抱え、以前の日本のように搾取の限りを尽くしている。
これを許していては、自分だけ良ければいいというブリタニアと何ら変わりはない!!
解りきっている問いだが、あえて私は諸君に問おう!この国々を見捨て、日本だけの独立を守るべきだろうか?!」
「んなわけねえだろ!ブリタニアの横暴を許すな!!」
「日本解放のために助けてくれた国だってある!今度は我々の番だ!!」
「世界をブリタニアの脅威から救え!!」
一斉にゼロコールと打倒ブリタニアの声があふれると、ルルーシュは手を上げて声を止めた。
「それでこそ我が合衆国日本の国民たる資格、正義を行う者達の声だ!
しかし今だブリタニアは強大であり、日本一国だけでは戦い続けるのは厳しい。
だが世界と手を取り合い、互いに協力し合えばそれは可能だ!
よって私は超合集国連合の設立をここに宣言する!!
既に中華連邦、独立したインド軍区、現在ブリタニアに占拠された国の亡命政権などを始めとする国々から参加の了承を得た!
そう、我々だけではないのだ!!彼らとともに手を取り合い、平和への道を創造しようではないか!!」
「中華とインドだと・・・!マジかよ」
「さすがゼロだ!!それならブリタニアとだって戦えるぞ!!」
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」
凄まじいばかりの歓声に、マイクを通しているディートハルトは耳が痛くなりそうなものだが全く気にならず、ベストポジションでゼロを映している。
(ゼロ・・・日本解放のみならず世界をその手に収めるつもりか!!)
そしてゼロが再び手を挙げると、別にギアスを使ったわけでもないのに民衆は操られたかのように静まり返る。
「だがそのためには、敵を明確にしておかねばならない。
我々の敵は何か・・・そう、差別主義を掲げ戦争を肯定している者達だ!!残念ながら、それは決してブリタニア人だけではない。
そしてブリタニア人でも、差別主義を否定し平和を望む者は数多くいる!その者達の想いを、君達は今目にしている」
「ゼロ・・・」
「ささやかな箱庭だけでも、とう想いを偽善と取った者もいるだろう。だが、ブリタニア皇帝の力というものは長らく民主制に慣れた君達にはピンと来なかったのかもしれない。
だが理解して欲しい・・・ブリタニア皇帝に逆らうということは、全てを捨てるに等しいほど勇気のいる行為なのだと言うことを」
事実彼女は愛する姉を喪い、二度とこのままでは祖国の地を踏めないのだ。
自ら選んだこととはいえ、どれほどの葛藤があったのかと語るルルーシュに、民衆は同情の眼でユーフェミアを見た。
「だが君達はそんな彼女を支持してくれた。ゆえに私は彼女の想いを形にしたい。
さあユーフェミア、こちらへ」
ルルーシュが黒い手袋に包まれた手を差し出すと、ユーフェミアはその手を取って宣言した。
「私は超合集国連合の理念に共感し、その参加を表明します!
今この時を持ってわたくしユーフェミアは、ここに合衆国ブリタニアの建国を宣言します!!
ここ経済特区フジを仮の首都として使用させて頂けると、皇 神楽耶様よりご了承を頂きました。
未だ小さな力でも、束ねれば大きな力となることはすでに証明されています。
平和な国を、皆で仲良く暮らせる未来を諦めず、私達の手で掴み取るのです!!」
「私はユーフェミアを・・・いや、合衆国ブリタニア初代皇帝、ユーフェミア帝を支持する!オールハイル・ユーフェミア!」
ルルーシュがそう叫ぶと、他のブリタニア人はむろんのこと日本人からも同様の歓呼が上がった。
「ユーフェミア皇帝万歳!」
「オールハイル・ユーフェミア!!オールハイル・合衆国ブリタニア!!」
その叫びが日本中でこだまする中、それを唖然とした顔で見ていたヴィレッタが途方に暮れていた。
(何だこれは・・・コーネリア殿下が負けただけでも驚いたのに、あのお飾りと評判だったユーフェミア皇女が皇帝を名乗るだと?
ゼロの操り人形だろうが、こんな事態になろうとは・・・!)
隙を見て政庁に向かおうとしていた間にコーネリア敗北の報を聞いたヴィレッタは仰天し、そのまま何の動きも取れないまま戦闘が終了したため、今更何をしても破滅を招くだけになってしまったためにただ呆然となった。
扇は千草がついているから前線には行けないと補給部隊の指揮を買って出たせいでゼロの元はむろん政庁に向かうことが出来ず、扇に手伝うと言って同行したのだからなし崩しに炊き出しを手伝う羽目になり、彼女にとっては踏んだり蹴ったりだった。
特区は日本人が多かったため、下手に副指令である扇を始末しても脱出出来ない上、成功しても代わりが何人もいるため黒の騎士団に大きな混乱をきたすものではない。
「よかったなあ、これでブリタニア人でも心おきなく一緒になれるんだ。
玉城なんか落ち着いたら挙式しろなんて言うんだ。いずれ紹介しようと思っているんだが・・・」
ヴィレッタを拾った経緯を忘れたかのように呑気に笑う扇に、ヴィレッタは考えた。
(本国に戻りたい者はいずれ機を見て手配をする予定、か・・・その場合皇族クラスの方がおいでになられるはずだ。
この男を何とかその場に向かうように説得して私もついていけば、ゼロの正体を手土産に戻ることが可能だ。
ついでにゼロを撃つことに成功すれば、確実に爵位を得ることが出来る・・・!)
そう考えたヴィレッタは、それまで自身の顔をゼロにばれないようにするため、にこやかに扇に言った。
「でもまだ大変そうですから、結婚式はブリタニアを倒した後でもいいと思います。
この戦いで命を落とした人達もいますし・・・」
「それもそうだな。優しいなあ千草は」
嬉しそうにあっさりヴィレッタに賛成した扇は、善人だが無能な男だ。そしてそんな男を副指令にしている黒の騎士団など、ゼロを始末すればすぐに瓦解するに違いない。
そう考えたヴィレッタは、そっと扇の手を自ら握ってモニターを見つめるのだった。
東京郊外のとある崖の上の家の中で、紫色の髪をした女性と眼鏡をかけた黒髪の生真面目そうな青年が、古いテレビモニターの中でユーフェミアの合衆国ブリタニアの建国宣言を見つめていた。
「ユフィ・・・自分の国を創ったのか。やったな」
「姫様、ユーフェミア様の後ろにダールトン将軍がいます。
ユーフェミア様について下さったようですね」
「ああ・・・ダールトンには感謝している」
コーネリアはそう言いながら、包帯が巻かれた左手でテレビのボリュームを上げた。
トウキョウ租界戦でルルーシュに敗れたあの日、コーネリアは自らのこめかみに銃を当てた。
引き金を引いて撃とうとした刹那、その前に銃声が響き渡って手を撃たれ、その銃は地面へと落下した。
『どういうつもりだルルーシュ!!』
『話はまだ済んでいませんよ姉上。死ぬのも結構ですが、もう一つ別の道を聞いてからでもいいのではと思いましてね』
『もう一つの道、だと?』
ルルーシュがそう言いながら差し出したのは、一枚の地図だった。
『そこにいる医者は世界一の腕を持つと評判の優秀な闇医者です。整形手術も得意で、秘密は必ず守ってくれます。
闇医者なので法外の料金を取られますが、分割でもきちんと支払っていれば問題ないそうです』
『顔を変えて生き延びろ、と?馬鹿なことを・・・!私を憐れむつもりか、ルルーシュ!!』
逃亡の手助けをしたと知られればルルーシュは無論ユーフェミアの立場も危うくなるとコーネリアは拒んだが、ルルーシュは首を横に振った。
『貴女のためではありません、姉上。ユフィのためです』
『何・・・だと・・・?』
意外な答えにコーネリアは唖然とすると、ルルーシュは繰り返した。
『ユフィのためです。彼女は何としても貴女を助けたいと願い、俺やエトランジュ様に頭を下げた。
政治上の理由で公然と助けるのは無理ですから、“コーネリア・リ・ブリタニア”を殺してコーネリアという人物を生かすことにしようかと』
『ルルーシュ、お前・・・!』
『とはいえ、それでも充分生き地獄です。貴女はこれから皇族として当然のように受けていた恩恵をなくし、自分一人の力で職を得て他者に頭を下げて働き、衣食住を維持していかなくてはなりません。
子供の頃の俺ですら、一般市民なら誰もがしているごく当たり前の行為に相当の屈辱を感じたものです。当時ブリタニア人が憎まれていたせいもありましたが』
淡々と告げたルルーシュは、落ちたコーネリアの銃を拾って彼女に再度差し出しながら決断を迫った。
『それすら断ると言うのなら、今度は止めませんのでどうぞご自由になさって下さい。
ユフィには全てが終わった後に話すつもりです。それまで貴女が生きていれば、ルルーシュ・ランペルージの遠い親戚の一人として会う機会があるかもしれません』
『・・・口のうまいやつだ。そんなことを言われれば、道など一つしかないではないか』
生まれて初めて涙を流したコーネリアは、末弟が差し出した銃を振り払った。
コーネリアは自分についていくと言ってくれたギルフォードとともに、屋上から皇族しか知らされていない避難通路を使って地下に降り、トウキョウ租界の外に出た。
顔を見られないように細心の注意を払いながら、持ってきた軍で支給されている移動用の装備を使って二日近く歩き、ここに辿り着いた。
既にルルーシュが話をつけてくれていたのか、ここに少女と共に暮らしていた医者は別に深い事情を聞くことなく承諾してくれたが末弟の言葉通り、一人につき一億という法外な手術料金を請求された。
皇族だった頃は皇族費として毎年支給されていた金額でしかなかったが、末弟が最後の土産にくれた一般市民の平均年収や値段表などに照らし合わせれば一生かけて支払っていかねばならない値段だった。
だが命の代価としては安いくらいだと、コーネリアは了承し、前金代わりに身につけていたブルーダイヤモンドの指輪を差し出して契約は成立した。
そして今日、皮膚が手に入ったので手術を行うべく今医者は助手の少女とともに準備をしている。
「残りの代金は半分というところか・・・苦労をかけるな」
「私は姫様の騎士です。何があろうとも、私は貴女様について参ります」
ギルフォードは迷いのない声で言うと、騎士に任命された日に受け取った騎士の証を握りしめる。
「私が貴女をお守りします。今後の生活も、私が何とか・・・」
「いや、それはいい。ルルーシュも自分の力で己の生活を確立したんだ・・・お前に頼りきりでは、ルルーシュに顔向け出来ないからな」
「姫様・・・」
清々しい顔でそう言ったコーネリアは、仮面をつけている末弟を見た。
マグヌスファミリアの女王の姿はなかったが、先ほどテレビで合衆国連合に賛成し、EUが同盟を組むことを望むと表明していた。
コーネリアの実妹が元首の国がいますが、との意地の悪い質問にも、コーネリアに反対したからこそ建国した国に反対する理由がありませんと答えている。
「姫はよせ、私はもう皇女ではない。それにうっかり人に聞かれてみろ、奇妙に思われるぞ」
「は、それはそうですが・・・ではどのようにお呼びすればよろしいですか?」
ギルフォードに問われたコーネリアはしばらく考えていたが、やがて答えた。
「・・・フラーム」
「フラーム、ですか?」
「私は一度炎の中で死んだ身だ。だからフラーム・・・フラーム・ランペルージと名乗ることにする」
いつかルルーシュ・ランペルージの縁戚として妹に会うことが出来るかもしれないと、ルルーシュは言った。
ファミリーネームを勝手に名乗らせて貰うことになるが、弟なら許してくれるとコーネリアは思った。
「よきお名前と存じます。私も考えておきましょう」
と、そこへ医者が手術を始めると無愛想に告げてきた。
先にまずコーネリアから始めることになり、手術室へと向かっていく。
ベッドに横たわり麻酔を打たれると、急速に意識が薄れていく。
意識が途切れる刹那に聞こえてきたのは、ギルフォードが主君に届くようにボリュームを上げたのだろう、テレビの中から響く最愛の妹の力強い声だった。
「平和のために戦うと言うのは矛盾しているかもしれません。
ですが自らの欲望のために血を流させて平然としている人間を言葉だけで止めることは不可能だと、私にはよく解っています。
ブリタニア人の皆さん、これから私達は過去の行為からブリタニア人というだけで白眼視される時代が続くことでしょう。
私はある方から信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものであると教わりました。諦めないで信じて貰うために動きましょう!いずれ必ず報われる時が参ります!!」
今は辛く寒くとも、暖かい春は必ず訪れる。
そう語るユーフェミアに、期待と歓呼の叫びが消えることなく続いていた。