第十八話 闇の裏に灯る光
ユーフェミアは悩んでいた。
ナナリーからの電話があった後、カレンとアルフォンスに会ったユーフェミアは電話をしたのはナナリーの強い希望があったこと、もうあの二人はブリタニアには戻らない旨を伝えられた。
経緯を思えば自分は何も言えず、さすがに実父に嫌悪を感じたユーフェミアは出来ることならルルーシュと共に世界を変える方がいいのではないかと思った。
特に先日、他エリアから来た者達に他エリアでのブリタニアの振る舞いを聞いた後だったのでなおさらだ。
特区日本では順調に参加者も増え、利益も黒字続きでゲットー整備に回し、新たな特区を造ろうとユーフェミアは精力的に動いていた。
コーネリアも妹のすることに口を出さなくなってきたので、利益さえ上げればナンバーズに甘い方法でも許容するのだなと、主義者達も安心して積極的に協力するようになった。
コーネリアにはルルーシュの傍にいるだろうナナリーを捜すという名目のもと医療施設を造ることになったユーフェミアは、その事業を行うために現在多忙を極めている。
このままなら日本は大丈夫だと思っていたある日、他エリアを担当している官僚2名からの面会申し込みがあり、他エリアの状況を聞きたかったユーフェミアはそれを受け入れた。
「私はエリア9の執政官をしておりますコラリー・べアールと申します」
「私はエリア14の副総督秘書のクレマン・オダンと申します。ユーフェミア副総督閣下の御活躍は、かねがね伺っております。
お忙しい中お時間を賜りまして、恐縮至極に存じます」
クレマンは青みがかかった髪をした壮年の男で、コラリーはまだ若い二十代後半のブラウンの髪をした女性である。
二人は臣下の礼を持って頭を下げると、ユーフェミアは首を横に振ってすぐに二人をソファに座るように促した。
「いいえ、私も他のエリアのことを伺いたかったので、助かりましたわ。
その前に、ご用件をお聞き致しましょう。さあ、どうぞお座りになって下さいな」
二人が再度頭を下げながらソファに腰を下ろすと、単刀直入にコラリーが切り出した。
「実は特区日本におけるめざましい効果を伺いまして、ぜひ私どものエリアでも造りたいと考えております。
特区を視察させて頂くと同時にユーフェミア様にもお力添えを賜りたく、お願いにあがった次第なのです」
「特区を、他エリアでも?」
ユーフェミアが驚いたように反問すると、二人は頷いた。
「その、ナンバーズを区別するのはブリタニアの国是ですが、それでも職を斡旋しきちんと生活出来るようにすることこそが、政治ではないかと思いまして・・・。
特区日本はまさにそれを成功させていると感動し、是非に見習わせて頂きたいと」
悪しざまにブリタニアの国是はおかしいとは言えない主義者の二人は、何とか迂遠な言い回しを重ねた結果、要はナンバーズが虐待されろくに職もない状況ではテロが頻発するのが当然なので、きちんとした生活をさせてやることこそが肝要なのだと訴えた。
ユーフェミアがまことに正論であると頷くと、次はクレマンが嫌悪を顔に滲ませて言った。
「エリア14は先日途上エリアに昇格したのですが、副総督をしているカラレス閣下の手段がどうにもナンバーズを無理やり抑え込んだやり方でして・・・あれでは反発を強めるだけだと思うのです」
何とかうまく穏やかな統治をしたいのだという二人だが、国是に逆らうやり方では実行に移すことが出来ず、ナンバーズが虐げられているのを少しでも緩めるのが精いっぱいだった所に、特区日本のことを耳にした。
エリアの旧名を冠した区域を造り、衣住食を斡旋しまた自身で物資を造れる環境を整え、文化の保護や交流を進めていると聞いた二人は、これだと閃いた。
皇族、しかも現皇帝の第三皇女であるユーフェミアが提唱した特区ならばこちらでもやろうと言い出しても上は反発しづらいし、効果は既に実証されているのだからなおさらである。
「ユーフェミア皇女殿下の御人徳の賜でありましょうが、私どもも力で抑えつけるばかりでは解決が難しいこともありますので、各エリアに広めていきたいと考えております。
ですからぜひ我々に特区日本の視察をさせて頂いて、ユーフェミア様からの御助力をお願いしたく・・・」
「視察はいつでも構いません。すぐに手配いたしましょう。
しかしそれ以外での協力となりますと、他エリアでのことですし私には難しいかと・・・」
いくら皇族でも、宰相でもない限り担当エリア外についての口出しはトラブルの元になるので難しいと言うユーフェミアに、クレマンはめっそうもないと首を横に振った。
「特区日本がどれだけの利益を上げているか、またナンバーズがどれほど穏やかに暮らせているか、報道させて頂きたいのです。
先日のユーフェミア皇女殿下のバースディパーティーの際も、実は他エリアでは既に特区を創ろうかという提案があったと聞き及んでおります」
「そういえばいくつかのエリアの方から、視察の要望がございましたわね」
目的はそれか、とユーフェミアは自分が作った特区が高い評価を得ていることに喜んだ。
日本ばかりに目が行っていたが、ルルーシュも他エリアのためにもとブリタニアを壊すと言っていた。
ここばかりにかかずらってばかりでは、根本的な解決にならないのだから当然だ。
(ブリタニアを壊すのは無理でも、ルルーシュがどうにかする間他の国の人達の生活を安定させるくらい、何とかしなくては・・・・)
ブリタニアが人材、資材、資金を持っているのだから、ブリタニアが積極的に動かなくては話にならないのだと神根島でもルルーシュに叱られた。
そして皇族はその最たる権限を持っているのだから、少しくらいの役に立つのならとユーフェミアは二人の申し入れを受け入れた。
「解りました。皆様の取材陣を受け入れるよう、こちらから働き掛けましょう。
ただ今は私の誕生日をお祝いして下さったイベントが成功しただけですし、もう少し時期を見て頂きたいのですが・・・。
とりあえず特区を造った際の計画書や特区内で起こったトラブルやその対処法などについてまとめた資料を、そちらにお渡しいたします」
「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下!
やはりその、軍ばかりに頼った統治は限界が来ますので・・・」
コラリーがほっと安堵したように息を吐いたので、他エリアではどんな統治をしているのかと眉をひそめた。
「・・・他のエリアではどのような統治をしているのか、お伺いしてもよろしいですか?
出来る限り正確に・・・どれほど酷くても、ありのままをお願いします」
先ほどまでの優しげな声音ではなく、厳しさを含んだ声に二人は顔を見合わせるも、皇女の命令ならばと覚悟を決めてまずコラリーが話し出した。
「・・・エリア9は現在、衛星エリアから途上エリアに落ちまして・・・その理由が去年の干ばつによる食糧難なのですが、それでも税金を下げず搾取を続けた結果、エリア民の大規模な反発があったのです」
「自業自得ではありませんか。柔軟な対応をしてこその政治でしょう」
少しくらい贅沢を控えて、本国からの食糧支援を頼むくらいはしたらどうなのだとユーフェミアは頭を押さえた。
「は、全く仰せのとおりで・・・もともと租界整備ばかりでナンバーズの生活を整える機構自体がないのでこういった事態を避けるためにも特区を・・・」
現に穏便な統治を行ったオデュッセウスや飴と鞭を使い分けたシュナイゼルが治めていたエリアは早々と衛星エリアになったと告げたコラリーに、軍を出動させまくった末の衛星エリアのナンバーズの人口は激減している傾向が強いと告げられ、ユーフェミアは改めて他国エリアについても調べた方がいいと思った。
「ミスターオダン、エリア14では今どのような状況なのですか?」
「・・・あまりいい状況とは申せませんな。現総督も副総督も、ナンバーズを必要以上に虐げておりますので」
特にカジノではナンバーズを戦わせて賭けの対象にするなどの行為を半ば公然と認めており、以前は兄弟で戦わせていたと告げるとユーフェミアは嫌悪に顔をゆがませた。
さすがに女性の前なので、クレマンはカジノで行われていた美しい女性をうさぎに見立てた“狩り”を行っていることは言わなかったが、それでも充分外道である。
「やっていいことと悪いことの区別がつかぬ者が、総督と副総督ですか・・・」
公的にはあくまでもカジノの従業員としているため、公然と批判出来ないらしい。
さらに資源を採掘するために過酷な労働をさせたり、逆らう者は裁判をろくに行わずに処刑するなどは日常茶飯事だと告げると、ユーフェミアはこんな行いを悪いとも思っていない者が上にいるうちは何をしても変わらないのではないかと思った。
「・・・それでも特区により多少でも保護が出来ればと思います。
全てを救えないからと言って何もしないよりは、はるかにましかと」
「確かに貴方のおっしゃるとおりです。私の方からも強く意見を申し伝えておきましょう。
・・・いっそ直接乗り込んで問いただしたほうがいいかもしれませんわね」
「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下・・・!」
自分では何も出来ず歯がゆいばかりだったクレマンに深々と頭を下げられたユーフェミアは、大きく肩をすくめた。
人の上に立つ身分である皇女の自分が、わずかな人々を救うのにも大したことが出来ないのだ。クレマンやコラリーも、こうして自分に上奏するだけでもどれほどの勇気が必要だったのかと思えば、自分達がいる場所は本当に高すぎて手が届かないのだろう。
「・・・視察の件ですが、まずはこの経済特区からになさってはいかがでしょうか。
今経済特区の責任者をして下さっているシュタットフェルト伯爵に来て頂きますわね」
「お手数をおかけして申し訳ありませんが、お願いいたします」
コラリーが礼を言うと、自身の秘書に指示して連絡すると、ほどなくシュタットフェルトが来て現在二人は経済特区内を視察して回っている。
こうして現在経済特区日本に滞在しているクレマンとコラリーだが、話をしていくうちに他エリアで行われているナンバーズ虐待の実態をつぶさに聞いたユーフェミアは、このまま特区という対症療法だけでは追いつかないのではないかと考えた。
もちろん穏やかな統治を行っているエリアもあることはあるが、それでも国是主義の統治である以上不平等があるのが当然で、彼らがどう思っているかは解らない。
上からの目線と下からの目線は違うのだから、ブリタニア人から見ればいい政治をしているつもりでも、彼らはいったいどう受けて止めているのだろう。
ブリタニアを変えるには、国そのものの形態を変えるかトップを変えるかしかない。
ルルーシュが目指しているのは前者であるが、それは他国による介入・・・すなわち戦争である。
一番他国に被害がないのはトップが変わることだが、それではブリタニアのデメリットが大きすぎるのだと、アルフォンスは言っていたという。
二人は言った。
『ユーフェミア皇女殿下のような方がご即位されて、穏やかにエリアを統治するよう命じて頂ければと思うのです』
ブリタニアの国是を否定する者は、ブリタニアに確かに存在していた。
他国の人間に任せれば次が自分達がやられると解っているからこそ、ブリタニア人にとってはそれが一番安心出来る国の変え方なのだろう。
問題は、誰がトップに立つことで変えるかということだ。
神根島以前の自分だったならその途方のなさを知らずに『自分が国是を変えてみせる』と無責任に言っていただろうが、実力不足を痛感した今、やり切れるとは断言出来ない。
ゆえにルルーシュなら才能、身分ともに申し分がないのでブリタニアのトップに立って貰えれば、うまくいくのではと考えた。
コーネリアはエトランジュがルルーシュと結婚し、ブリタニア皇帝に立てるという大義名分を得られることを危惧していたが、それを聞いた時一番丸く収まる手段ではと思い、あの電話の後呼んだアルフォンスに尋ねると彼は困ったような顔で言った。
『情を無視したら一番丸く収まる手段なんだけど、ゼロがブリタニアに戻りたくないと言ってるし、こっちもエディをブリタニア皇妃としてブリタニアにやりたくはないから、出来れば避けたい手段でね。
だから今は最後の手段として考えてる』
エトランジュのようにブリタニア人だからと言って嫌うような人間は少ないので、そんな彼女がブリタニアの皇妃となればブリタニアのためにも他国のためにも望ましいが、当人達が嫌がっているのなら自分は何も言える立場ではない。
(じゃあルルーシュは、誰をトップに据えるつもりなのかしら。
皇族は戦争に関わった皇族は戦犯として処刑ないし投獄、それ以外の者や未成年は特権を剥奪した上で軟禁、もしくは監視付きで市井に住まわせる予定と聞いているけど、やっぱり主義者の誰か?)
まさか自分をトップにするつもりだと、ユーフェミアは思ってすらいなかった。 神根島で自分に皇帝たる能力がないと断言されていたことを、スザクから聞いていたからである。
特区の成功で自身が大きく成長しており、人間化ければ化けるのだなと驚きつつ賞賛を受けているとは想像していなかったのだ。
ユーフェミアは先の父親の言動に大きく絶望しており、父の元でブリタニアを変えることは不可能だと思い知った。
ブリタニアを捨てる覚悟はある。しかし、黒の騎士団や他国が姉を受け入れるとは思えず、姉を捨てる覚悟がなかなか持てないユーフェミアは情けないと思いつつも踏み出せずにいる。
それに、自分は万が一黒の騎士団がブリタニアに負けた場合、せめてもの最後の砦として日本人達を守るというのがルルーシュの望みなのだと聞かされては、正しいことをしているルルーシュの元に行くことは出来なかった。
欲望は制御するべきもの、と姉は自分に言っていた。
しかし見聞きする限りでは欲望を弱い者に向けるという形の制御しか行っていないようにしか感じられず、それを制御と呼ぶのは余りに気分の悪いものだった。
「ブリタニアは間違っているわ。
でも一番間違っているのは、間違っていることを間違っていると言えないこの状況なのではないかしら?」
迂遠な言い方でしか物事を言えなかったクレマンとコラリーを思い返して、ユーフェミアはブリタニアを捨てて初めて言いたいことを言えるようになった末の妹を羨ましく思ったのだった。
その頃、経済特区のシュタットフェルト邸ではカレンの父であるシュタットフェルト伯が嬉しそうな顔で娘に告げた。
「シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が、来週に行われるそうだ。
コーネリア総督がいずれ別エリアに赴任されてユーフェミア副総督が総督におなりになれば、辺境伯なら副総督になることも夢じゃない。
そうすればハーフだということがバレてもお前を排斥することは出来なくなるんだ。
よかったなあ、これで百合子も安心するよ」
『よかったねぇカレン・・・お前はブリタニア人になれるんだよ。
そうすればもう殴られることもない・・・電話だって旅行だって、自由に出来るんだよ・・・』
母を摘発したあの日、せめて自分だけでも自由にと望んだ母の言葉と父の言葉が重なった。
「うん、ありがとうお父さん。ねえ、叙任式には友達を呼んでもいい?」
「ああ、ああ、アッシュフォードの生徒会の人達だろう?もちろんいいとも」
シュタットフェルト家の格が上がったことよりも、それによる娘の利益の方を喜んだシュタットフェルトは友人の分のドレスも手配するぞと浮かれている。
「叙任式の様子はテレビ放送されるから、百合子が見られるようにするからな。
だた正妻が来るがあれも世間体のためにいつものような態度はとらないだろうから、適当に相手してやってくれ」
「大丈夫、解ってる。お父さんの顔は潰さないから」
著名なデザイナーや宝石商を呼んでカレンを豪華に着飾らせようと、シュタットフェルトは忙しい。
何故か娘は年頃だと言うのに一向に興味を示さないので、母親がいない以上自分が手配するしかなかったのだ。
「今流行りの色よりも、お嬢様の赤い髪に合わせて赤で統一するのはいかがでしょうか?
髪飾りはルビーよりも補色のエメラルドをあしらった物が・・・」
「ネックレスはこのビジョンブラッドがお勧めです。
ピンクがかかった上品な色で、お嬢様にお似合いかと・・・」
娘の支度を念入りに二時間以上もかけて終えると、自分の手配は生地を選んでデザインはデザイナーに丸投げし、タイピンを選んだ程度で終了した。
軽く家が建てられそうな値段をかけた準備だったが、いずれこの日本の中枢を担うのがシュタットフェルト家であり、その後継者がカレンだと印象付けるためにも手は抜けない。
「叙任式典が済んだら後は私に任せて、そろそろ学校に戻ったらどうだ?
家庭教師も飛び級制度を使えば一年あれば充分卒業出来るだろうと言っていることだし」
大学に進学したら高等部よりは時間もとれるし、フォローはするからと言う父にカレンは考えておくとあいまいな返事をした。
(・・・もうすぐ日本解放が始まるけど、お父さんせっかく辺境伯になれたのにごめん・・・今更後には引けないの)
ルルーシュは日本解放が成り、その後ブリタニアを滅ぼしてユーフェミアを皇帝に立てればその補佐に父をという青写真を立ててくれている。
苦労をさせてしまうので、申し訳なさを感じてしまうのも当然だった。
仲が良くなったが故に純粋に父や家の心配をするようになったのは、カレンにとって皮肉だった。
だが、後悔はしていない。家族みんなで幸福になるためにも、自分は一層の努力をするつもりなのだから
「どうしたカレン、そんな顔をして・・・不安なのか?」
ソファに座って険しい表情で考え込む娘に、シュタットフェルトは心配そうに声をかけた。
「大丈夫だぞ、お前に手出しはさせないからな。
もう日本人だからと怯えずに済む特区もあるし、百合子も出所したらここで暮らせばいいんだから」
「・・・大丈夫。私も頑張るから、お父さんこそ無理しないでね」
ほんの数か月前には予想もつかなかった父娘の会話に、シュタットフェルトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
そして一週間後、シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が政庁にて行われた。
副総督たるユーフェミアもスザクと共に駆けつけており、テレビ中継もされている。
爵位叙任は皇族が行うものであるため、コーネリアも久々に軍服や総督服とは違う美しい皇族服をまとっていた。
「・・・神聖ブリタニア帝国における特区成功の功績により、汝に辺境伯の位を授ける。
今後も我がブリタニアに忠実であれ」
「ありがたきお言葉にございます。
今後とも我がシュタットフェルト家は、皇帝陛下および神聖ブリタニア帝国に永久の忠誠を誓います」
コーネリアが辺境伯の証である勲章をシュタットフェルトに授けると、これでシュタットフェルトは伯爵から辺境伯となった。
会場に祝いの拍手が鳴り響くと、パーティーに突入する前にユーフェミアが祝辞を述べた。
「シュタットフェルト辺境伯には特区日本において多大なご協力を頂き、感謝しております。
若輩のいたらぬわたくしを的確に補佐して下さっているシュタットフェルト辺境伯には、今後ともエリア11の発展に力を貸して頂きたいと思います」
続けてシュタットフェルトがカレンとともに壇上に上がり、謝辞を述べた。
「このたびは辺境伯という地位を賜りまして、皇帝陛下およびコーネリア皇女殿下、そしてブリタニアに貢献する機会をお与え下さったユーフェミア皇女殿下には感謝の言葉もありません。
今後とも娘ともどもエリア11における発展に尽くし、忠誠を示していきたいと決意を新たにした次第ですので、皆様のご協力を頂ければ幸いです」
その後形式的に長ったらしい台詞を続けて終わると、再び拍手が沸き起こる。
そしてさっそく立食式のパーティーが始まると、カレンはさっそく招待したアッシュフォード学園生徒会の面々に会いに行った。
「会長、シャーリー、リヴァル!」
「あ、カレン!壇上で見てたけど、近くで見るともっと綺麗だねそのドレス」
シャーリーがカレンの赤いドレスを見て賞賛すると、ミレイも水色のドレスを翻してやって来た。
「うん、カレンの赤い髪によく似合ってる。赤で統一したのね」
「会長も超似合ってて綺麗ですよー。いやーうちの生徒会メンバー美人ばっかだから、俺って超役得」
ルルーシュがいないので現在副会長になったリヴァルは女性ばかりの中に男性一人というハーレム状態になっていた。
ただし女性陣に使われているので、羨ましいと思うか否かは人それぞれであろう。
「リヴァルもそのタキシード似合ってるわよ。
今日は楽しんでいってね。それと、後で私のデジタルペットとアイテム交換しない?
ちょうどレアなのが手に入ったの」
「お、やるやる!パーティーが終わったら交換しようぜ」
カレンからのアイテムというのは、ルルーシュからの伝言である場合が多い。
時間を見てやろうとみんなで楽しそうに話していると、背後から厭味ったらしい声がかけられてきた。
「あら、アッシュフォード公爵の御令嬢ではありませんの。
失礼、元、でしたわね。わたくしとしたことが・・・」
おほほほと挨拶なしに声をかけて来たのは、ベロー子爵家の令嬢だった。
本国の名門校の寮に入っているのだが、父親がエリア11で地方長官をしているので、その関係でやって来たらしい。
周囲には取り巻きらしき少女達が、きらびやかに着飾りながらつき従っている。
「・・・お久しぶりですね、ミス・ベロー」
ミレイが無感動に挨拶すると、ベローは無礼にも挨拶を返さずカレンに視線を移した。
「初めまして、ミス・シュタットフェルト。わたくし、トウホクブロックで地方長官しておりますベロー子爵の娘ですわ。
このたびは辺境伯叙任、まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます」
何この女、とカレンが内心で不愉快に思いながらも挨拶すると、彼女は空気を読まずにカレンに言った。
「子爵の我が家ですら本国の名門学園に通っているのですから、このようなエリアの学園などで交友を深めるのはいかがなものかと存じますわ。
いくら以前は名門を誇ったとはいえ、既に爵位を失った方の学園の学歴では今後の評価に差し支えましてよ」
「なっ・・・!」
カレンは顔を赤くして怒鳴りつけようとするが、ミレイがカレンの腕を押さえて止めにかかる。
「落ち着いて!ここでキレたらカレンの評価に関わるから」
父親の顔は潰さないと約束した手前、カレンはしぶしぶ振り上げた拳を下ろさなければならなかった。
しかし友人を侮辱されて引き下がりたくないというジレンマに挟まれ、ぎりぎりと歯ぎしりする。
それを聞いていたシャーリーとリヴァルも出来ることなら怒鳴りつけてやりたかったが、相手は子爵令嬢である。
しかしそれでも完全に怒りは押し隠せず、二人は鋭い視線でベロー嬢を睨みつける。
「まあ、育ちの良くない方は礼儀も知りませんのね。エリア11ではトップクラスの名門学園と伺っておりましたが、買いかぶりのようですわねえ。
つい先ほどお母様にお会いしましたけれど、そのほうがカレン様のためにもいいかもしれないとおっしゃっておられましたわ。
わたくしの学園は皇族の方もお通いになられている名門中の名門、アッシュフォードよりはるかに格の高い学園ですもの。付き合う相手はよく選べと言うのが家訓ですの。
ぜひ・・・・」
「せっかくのお誘いですが、私はアッシュフォード学園を気に入っているんです。
今は父の手伝いをしたいので休学させて貰っていますけれど、その間みんなも私の生徒会の仕事を代わりに引き受けて貰って迷惑をかけてしまったことですし」
シュタットフェルト夫人が余計なことを言ったようだ、とカレンが近くで談笑している義理の母親を睨みつけると、彼女はふいっと視線をそらした。
「・・・付き合う相手は選ぶべきというベロー家の家訓はごもっともですわ。
ですから私、会長達と卒業したいと思います」
「なっ・・・!」
暗に誰がお前と付き合いたいか、という意味を含ませた台詞を叩きつけられて、ベロー嬢は顔を真っ赤にさせたが今怒鳴れば主賓に対して何と無礼な振る舞いかとベロー家の醜聞の種になるため、必死で怒りをこらえている。
そしてミレイとシャーリーとリヴァルは見事に切り返したカレンに内心で拍手しつつ、必死で笑いをこらえていた。
「そういうことですので、どうぞベロー嬢は他のご友人の方々とパーティーをお楽しみ下さいな。
私達はこれから積もる話があるので・・・」
暗にどっか行けと言われたベロー嬢だが、このエリア11で出世するためにカレンと繋ぎを取れと父親から指示されている彼女はそうですかと立ち去るわけにもいかず立ち尽くしていると、シュタットフェルト夫人が高い声で言った。
「いけませんよカレンさん。ベロー嬢は貴女と仲良くなりたいと話しかけられてこられたのですから、むげになさっては非礼です」
「・・・・お義母様」
余計なことを、とカレンが思い切り嫌な顔をしたので、カレンがいる一帯の空気が凍っていると、シュタットフェルトが慌てて飛んできた。
「どうしたカレン?何かあったのか?」
「お父さん・・・」
「あらあなた。大したことではありませんのよ?
ベロー嬢がせっかくカレンさんと仲良くしようと話しかけて来て下さったのに、爵位のないお友達を優先しようとしたから注意していただけですわ」
シュタットフェルト夫人が当然だといわんばかりに説明すると、娘の表情からよほど気に障るもの言いをされたようだと悟った。
「・・・カレンを祝いにわざわざ来てくれた友人を大事にするのは当然だろう。
あまりこういうことに親だからと口にするのはよくないと思うがな」
「あら親だからこそ口を出すべきではなくて?
子供の頃はそういう教育をおざなりにしてきたから、今からでもしっかり爵位の重みというのを躾けなくては、シュタットフェルトの権威にも関わりましてよ」
だんだんことが大きくなってきたので周囲がざわめきだすと、空気を読まない伯爵が声をかけてきた。
「やっほー、こんばんは~ミレイさーん」
「ロイド伯爵?!」
ミレイが驚くとロイドはいつものように考えの読めない顔でグラスをかかげた。
「あ、カレン嬢もこのたびはおめでと~。
そっちの生徒会の人達は初めましてだね~。僕ミレイさんとこのたび婚約したロイド・アスプルンドでーす」
「伯爵家と・・・婚約ですって?!」
公表していなかったので知られていなかったが、ベロー嬢は驚いてミレイを凝視した。
いきなりの暴露にミレイはロイドを睨んだが、ロイドは飄々としたものだ。
「いやあー、ミレイ嬢は面白い方だし僕ゾッコンだから。ところで彼女がどうかした?」
「え、いえその・・・・」
ベロー嬢は途端にしどろもどろになった。
今でこそミレイは無位無官の名門の平民といった位置づけだが、ロイドと結婚すれば彼女は自分より爵位が上の伯爵夫人である。
しかもアスプルンド伯爵家は現宰相であり、最も皇帝に近いとされるシュナイゼルの後見人だ。
もしそうなればアスプルンド伯爵家が昇格することも考えられるわけで、ミレイは社交界の一角を担うようになるかもしれないのだ。敵に回すのは愚かというものだった。
こういう身分を拠り所にする人間を退ける時、より上の人間が撃退するのが一番面倒がないのである。
そういったドロドロのやりとりを垣間見たアッシュフォード生徒会の面々は、せっかく楽しい気分でいたのに一気に台無しになったと大きく溜息をついた。
「なにー、せっかくの席なんだからそんな顔しないでさ。
スザク君からたまに話は聞いてるよ~。そっちの長い髪の子はシャーリーさんで、男の子はリヴァル君って言うんだっけ?
学園祭の時はガニメデに夢中になってて挨拶にもこれなかったから、悪かったね~」
うちの元パーツ君もお世話になってました、と笑うロイドに、スザクの知り合いかとシャーリーは少し驚いた。
「スザク君のお知り合いなんですか?ロイド伯爵」
「ロイド伯爵はランスロットの制作者なんですって。ナイトメアフレームの第一人者なの」
「え、スザクのナイトメアの?マジ?!」
ミレイの説明にリヴァルが感嘆の声を上げると、実は先ほどから会話のタイミングを計っていたユーフェミアがスザクとニーナを伴って話しかけた。
出来れば自分が庇いたかったのだが、ミレイが皇族と結びつきがあると思われればルルーシュがアッシュフォードにいたことがバレるかもしれないと考えて動くに動けなかったのである。
「まあ、皆様賑やかですこと。あら、ロイド伯爵もいらっしゃったのですね」
「ユーフェミア殿下、ご機嫌麗しく~。久々に婚約者殿と会いたくなりまして~。やあ久し振りだねスザク君~。
ねね、ランスロットのデータもっと欲しいんだけど~、シミュレーションだけでも付き合ってくんない?」
猫なで声でデータをねだるロイドに、スザクは自分は忙しいのでとあっさりと断った。
残念、とさほどそうでもなさそうにロイドはミレイにいろいろと話しかけていると、ニーナも久しぶりに会った仲間達と話を始めた。
「みんな、久しぶり・・・元気そうで良かったわ。
生徒会のお仕事が大変だって言ってたけど、大丈夫?」
「うん、何とかやってるよ。ニーナの活躍、テレビで見たよ!
ほら見て、“ラブリーエッグ”。可愛いでしょ?」
シャーリーがそっとバッグから取り出したデジタルペットに、ニーナも嬉しそうに、そして困ったような笑みを浮かべた。
「ふふ、ユーフェミア様も喜んで下さって・・・私も嬉しいの。
ただ本国でも発注がたくさんあって、ロイヤリティがいっぱい私に入ったんだけど・・・悪い気がして」
もともとのアイデアはルルーシュなので、正当な受取人は彼なのだ。
しかし彼がブリタニア皇室から逃げ隠れているブリタニア皇子だと知っているため、どうしたものかと悩んでいたのである。
「あ~・・・きっとルルのことだから気にしてないよ。受け取っちゃえば?」
「そうもいかないわ、あれはルルーシュ・・・」
「ニーナ!」
カレンと話していたユーフェミアが慌てて止めると、ニーナも口をつぐんだ。
「も、申し訳ありませんユーフェミア様」
「いえ、あまりそういうことをこういう場で相談するのはよくないの。
後で皆さんと改めて相談した方がいいと思うわ」
「は、はい。以後気をつけます」
ルルーシュの名前は禁句だったとニーナは縮こまったが、ミレイとシャーリーとリヴァルもルルーシュの名前はフルネームで口に出すまいとアイコンタクトを取った。
「急に怒鳴ってしまってすみません。今日は生徒会の皆様でいらしたの?」
「は、はいユーフェミア皇女殿下。カレンが招待してくれたので・・・」
ミレイが代表して答えると、ユーフェミアはにっこりと笑みを浮かべた。
「お久しぶりですねミレイ・アッシュフォード。
ご婚約おめでとうとお祝いさせて下さいな」
「ありがたきお言葉、嬉しく存じます」
「お勉強や生徒会の仕事で忙しいと伺っておりますが、お時間が空いた時にはぜひ、特区にいらして下さいな。
学園生活についても伺いたいと以前から思っておりましたから」
暗にルルーシュがどんな学園生活を送っていたのか知りたいと言うユーフェミアに、後でカレンを通してどのあたりまで話していいのかルルーシュに聞いておこうとミレイは思った。
カレンとミレイを中心にして学園の話で盛り上がるアッシュフォード生徒会メンバー達にベロー嬢は近寄ることが出来ず、悔しそうな顔で取り巻きと共に立ち去っていく。
ルルーシュがアッシュフォードから出た遠因になってしまっていたのでスザクはさりげなくふざけ半分でちくちくといじめられているのだが、ルルーシュは気にしていないからフォローしてやってくれと頼まれていることもあり、ほとんど以前の関係に戻っていた。
楽しそうに笑い合う次世代の少年少女達を、空気と化したシュタットフェルトは友人と仲良くやっている娘をうまく場が治まって良かったとシャンパン片手に見守っている。
特区に滞在中のクレマンとコラリーも、ナンバーズであるスザクが今は退学したとはいえ学園に通えて生徒会に所属して仲良くやっている様子を見て、やはりエリア11の日本こそが自分達の理想だからそれを自分のエリアに実現させるのだと、決意を新たにするのだった。
パーティーが終わると招待客は少しずつ帰宅していき、主賓であるシュタットフェルト一家に見送られたアッシュフォード生徒会のメンバーは実家に電話をかけていた。
「すっごく美味しかったよ、赤ワインに漬けたローストビーフとか美味しかった~。
え、お酒なんて飲んでないよ~。ノンアルコールのシャンパンだけ。
うん、今からみんなで寮に帰るところ。今度のお休みには帰るから」
シャーリーが両親に電話をかけている横では、リヴァルが父と話している。
「あ、親父?リヴァルだけど。今パーティーが終わったところ。
ユーフェミア皇女殿下と少しお話出来たんだぜ、すげーだろ。ま、他愛もない話だけど。
最近よく電話するなって?・・・まあ、思うところありまして」
以前は自分からは意地でも父親に電話をかけなかったリヴァルだが、育児放棄をする親友の父親を見てあれこれ口出しししてくるのが親であると学んだらしい。
何だかいきなり反抗期が終わった息子に面食らっていた父親だが、無理に自分の意見を押し付けない限りは息子が話をまともに聞くようになったので、態度を軟化させている。
(壊れる家庭あれば、直る家庭あり、かな・・・)
自身の家庭を見事に壊した自国の皇帝が、間接的に一部の家庭の関係を修復するのに一役買っているなど、いったい誰が想像しただろう。
ミレイは祖父にルルーシュのことはバレたがそれに対しておとがめはないようだと言葉を選んで報告しながら、世の中は不思議な縁で動いていることを実感するのだった。
最後の客であるアッシュフォード生徒会のメンバーが帰宅したのを見届けたシュタットフェルト一家は、自身も帰宅すべく車に乗り込んだ。
ちなみに夫人は本宅で、カレンとシュタットフェルトは経済特区にある別邸に帰るため、当然のように形式的に挨拶だけした後は別行動である。
「今日はみんなとお喋り出来て楽しかったわ。
でもお父さん、ベロー子爵嬢のことは・・・・」
「気にするな、どうせあちらが先に無礼なことを言っていたんだし、向こうも辺境伯になった私や伯爵家の婚約者だと言うアッシュフォード学園の生徒会長殿にどうこう出来るほどの覚悟などない」
ああいった手合いは相手の弱点を見つけると嬉々としてえぐりにかかるタイプだから、遠ざけておくに越したことはない。
それにユーフェミアも事のなりゆきを見ており、何かあったら遠慮なく言って欲しいと言ってくれたので問題があっても何とでもなる。
「うん、ありがとう。権力って、こういう使い方もあるのね」
今まで貴族という権力を醜いものだと信じて疑っていなかったカレンだが、使い方を間違いさえしなければ安全に目的が遂行出来るのだ。
父が爵位を上げるのに血道を上げていたのも、自分を守るためだったのだから。
「権力を得ること自体が目的になるとああいう手合いになるんだが・・・お前なら大丈夫だと信じているよ」
「もちろん、私はあんなのにだけはならないわ。絶対・・・!」
ベロー嬢は反面教師としては充分に役に立った、とカレンは思った。
「・・・シュタットフェルト夫人と言い争ってたら助けて来てくれて嬉しかった。
お父さん、かっこよかったよ」
「・・・カレン」
(娘からかっこいいと言われて喜ばない父親がいようか?いやいない!)
シュタットフェルトは辺境伯叙任よりも嬉しくなって内心で喜びながらも、最近やたら自分を褒めてくれる娘が少し気にかかったので、そっと尋ねてみた。
「何だな、私を最近気にかけてくれるようだが、何かあったのか?」
「・・・私の友達のお父さんが最低な人でさ・・・先日最低の父親だ、このだめ親父って言って子供の方から縁切ったの」
「それはそれは・・・子供から縁を切られるなど、相当だぞ」
「子供を利用した挙句に捨てたとかで・・・比較されるのはお父さんにも不愉快だろうけど、そういうの見ちゃったから・・・」
「そ、そうか・・・大変だなその友達は。今はどうしているんだ?」
言いにくそうにぽつりと告げた娘に、シュタットフェルトは自活するのも大変なら特区内での職を斡旋しようと申し出るとそこは大丈夫だと慌ててカレンは断った。
「何とかやっていけてるみたいだから、大丈夫。
でも、何かあったら助けてあげてもいい?もうすぐ誕生日だし、いろいろ贈ってあげたいの」
「友達だろう、遠慮せずに助けてやりなさい」
シュタットフェルトは安易に頷いたが、カレンの顔が少し赤かったのでその友達とやらが男であることを知った。
しかし今さら撤回することは出来ず、娘が誕生日プレゼントの思案に耽るのを少々後悔しながら見守るのだった。