第十四話 届いた言の葉
政庁内ではコーネリアを含めた軍人や職員達が突然の爆発音に来たか、と色めき立った。
「政庁の中庭にて爆発です。今モニターを・・・あれは?!」
「黒の騎士団か?!」
コーネリアの執務室でまさにナナリー捜索隊を出すべくギルフォードを見送ろうとしていたコーネリアは、送られてきた画像に目を見開いた。
「ル、ルルーシュ?!何故そこにいる?!」
「ルルーシュ殿下がお逃げになられたと?いったいどうやって・・・」
ギルフォードも絶句していると、モニターの中にいるルルーシュはアッシュフォード学園の制服を着た男と一緒になって中庭にいた。
「・・やはりルルーシュを奪還に来たか!ユフィに絶対に外に出るなと伝え、政庁を封鎖しろ!
ルルーシュを無傷で確保するのだ。あの男の方は殺しても構わん!!」
てきぱきと指示をするコーネリアはさすがだったが、ルルーシュに扮した咲世子とクライスには心を読めるマオがいるのでその隙を突いてうまく兵達を撒いていた。
しかしコーネリアも的確に二人を追い詰めるべく兵を動かしてくるので、マオから送られてくる情報を経由するエトランジュには相当な負担であった。
一方、ルルーシュが軟禁されている部屋に来たV.Vは外された眼帯と廊下の前で息絶えているギアス嚮団員を見て彼が自由になったことを知った。
こちらに来る途中でも、エレベーターと階段付近を守っていた“特定の人間を感知するギアス”能力者の男がいなかったことから、恐らく彼のギアスにより彼の下僕となり果ててしまっているであろうことは予想がつく。
「どうやって眼帯外して逃げたんだろ・・・やっぱりギアスだろうけど」
ギアスに慣れている者は、不自然な状況は皆そうだと決めつけてしまう傾向がある。
まさか人力でルルーシュに化けられる技術があるとは想像もしていない彼らは、つい先ほどエレベーターで下に降りたロロに期待した。
「ロロにギアスはかかってないよね・・・もしそうならルルーシュを救出する奴が解るようになってるあの男が気づかないはずないし」
彼のギアスならルルーシュに対抗出来るのだから、とりあえずルルーシュを捕捉して向かわせよう。
そう決めたV.Vは、コーネリアに指示してルルーシュを捕捉させるべく踵を返した。
「確か見つかったのは一階で、そっちは封鎖したんだっけ?
こっちの方が兵力が多いけどマグヌスファミリアのギアス能力がどんなのか判んないし・・・アレを早く持ってくればよかったなあ」
そう一人ごちているV.Vの下の階では、そのルルーシュが軍服に着替えているところだった。
先ほどドアの前を見張っていたギアス嚮団の男を刺殺したために血まみれだったので目立つし、制服というものはそれだけで味方と誤認されやすくなるのだ。
ギアス嚮団の男は、ルルーシュを助けに来た人物が来たらコーネリアから借り受けた軍人達に命じて捕らえるか殺すかする手筈になっていたのだが、そう命じるより早く兵士達がルルーシュに『俺に従え』とギアスをかけられてしまったせいで逆に取り押えられてギアスの餌食され、現在のV.Vのことを詳しく喋らせられている。
「現在V.V様は、コーネリアの元で指揮を執っておられます。
マグヌスファミリアのギアスユーザーを警戒しておいでですが我々三名しかギアスユーザーはおりません」
「たった三人だけなのは何故だ」
「ゼロのギアスが他人を操作するものであるなら、万一ギアスにかけられて逆に手駒にされてしまえば困るとの判断です。
そのため、ゼロのギアスより早く発動出来るタイプのギアスユーザーが主に集められたようです」
「なるほど・・・解った。ではお前も俺と共に来て貰おう」
「解りました」
特定の人物を感知するというのはそこそこ使える能力だ。
現在黒の騎士団に入る者を選別しているのはマオだけだが、この男も使えるようになれば地方でもレジスタンス集めがしやすくなる。
ルルーシュは一階で逃げ出そうと奮闘しているように見せかけて政庁を走り回っている咲世子とクライスに指示を出しながら、階段で一階を目指した。
エレベーターに乗り込めばすぐに停止させられてしまい、そうなれば閉じ込められて終わりだからである。
次々に来る兵士達を自身のギアスで支配下に置き、陽動させたりあるいはルルーシュを追う振りをするように指示をする。
監視カメラの方は、アルフォンスがハッキングをかけて使えない代物にしてある。
以前ゼロの身代わりをした時の報酬としてハッキングを伝授したのだが、ここに到って大いに活躍の場を得た。
何としてでも脱出せねば、己の正体を知りながらも危険な橋を渡ってくれた藤堂達や咲世子に、申し訳が立たない。
ルルーシュは次々にギアスを使ってはブリタニア兵を自身の手駒に変え、コーネリア達を攪乱させていく。
「お前達はここからコーネリアを通すな!そちらのお前達は俺とは逆方向まで行き、そこで互いに撃ち合って死ね!」
「イエス、ユアハイネス」
(マオからも正確な情報が送られてくる。これで失敗するわけにはいかない!)
ルルーシュはそう決意すると、己のジャンルではないと口にすることなく一路一階を目指すのだった。
「19階にてブリタニア兵の死体が数名、確認されました。
また、数名のブリタニア兵が離反、ルルーシュ様についた模様です」
わざと送られたブリタニア軍人達がルルーシュを逃がす行動を捉えた画像を見せられたコーネリアは、額を押さえて呻いた。
近くにはV.Vがモニターを見つめながら、足をぶらぶらさせて応接椅子に座っている。
「何ということだ・・・ここまでルルーシュの影響力があったとは」
ギアスを知らないコーネリアは、かの有名な閃光のマリアンヌの忘れ形見であるルルーシュにブリタニア兵が付き従っていると思い込んだ。
ルルーシュは全てのブリタニア兵を支配下に置かず、一部は殺し合わせまた始末することでそう考えるように仕向けているのだ。
(あの子は昔から頭が良かった。クロヴィスはあまり政治に関心がなかったから、その隙を突いて少しずつ影響を持つようにしていったのだろう)
敵国のエトランジュですら、ブリタニア皇族のルルーシュに同情したのだ。
生母マリアンヌの人気の高さとルルーシュの悲劇性、さらにその頭脳があればギアスがなくとも充分に考えられる事態だったので、コーネリアの判断は至極真っ当なものだった。
「マリアンヌ様の御子息が生きておられたら、と言っていた者も少なくありませんでした。
ルルーシュ様がゼロだと知っている者は少ないでしょうが、ルルーシュ様としてなら命令を聞く者はそれなりにいたのではないしょうか?」
「そうだな、ギル・・・マリアンヌ様の事件では何の捜査もしなかった陛下に不満を持っていた者も多かったから、あの方の長子が生きていたとなれば従う者がいても不思議ではない」
自分だって父が捜査をすると信じて疑わなかったのに、まるでなかったことのように扱うその態度に驚いた。
加えてルルーシュとナナリーを捨て駒のように扱うシャルルに、他の兄妹達より大事にしていたように見えていただけになお愕然としたのをよく覚えている。
「これでは誰が敵か味方か解らない・・・内部からハッキングが仕掛けられているから、他にもルルーシュに回った者がいるとみるべきだろう」
コーネリアが確実に信用出来るのが自身が本国から連れてきたグラストンナイツや一部の兵達のみで、自分が赴任する以前からいた軍人達を完全に信用することが出来ない状況に途方に暮れた。
そこへV.Vが不愉快そうに呟いた。
「いつだって男をたぶらかすのは女だよ。
僕の大事な弟をたぶらかしたあの女の息子だから、あんな力になっちゃったんだ」
「・・・誰のことを言っている?」
“あの女の息子”がルルーシュを指しているとすれば、“あの女”は当然マリアンヌのことだろう。
しかしマリアンヌはごく若くしてシャルルの妃になっており、他に男がいたとは思えない。
「貴様、マリアンヌ様を侮辱する気か?!」
「おっと、余計なこと言っちゃったな。そろそろシャルル・・・陛下が来る頃だから、僕出迎えの準備してくるね」
姪に睨まれたV.Vは全く怯えてもいないくせにおっかないなあと言いながら部屋を出て行った。
「・・・姫様、あのV.Vという子供を野放しにしておいてよろしいのですか?」
「私とて出来ることならそれこそ牢に閉じ込めて聞きたいことが山のようにある!
あの子供の言は明らかにルルーシュについてこちらが把握していないことまで知っている口ぶりだし、先ほどもマリアンヌ様について何やら言っていたからな・・・!」
ギルフォードの諫言を肯定しながらも、あの子供には手を出すなとの命令が父シャルルから下っているコーネリアには、どうすることも出来ない。
政庁に送ったあの子供を尋問しようとした矢先に、シャルルがその子供を釈放しその行動について制限を加えるなと言われた上に何も聞くなとまで命じられたのだ。
「皇帝陛下直轄の機関の者らしいが、あんな子供が指揮を執っていたり陛下から何の沙汰もないのに特区でルルーシュを捕獲したり・・・訳の分らん行動が目立つ」
「・・・そういえば姫様、ルルーシュ様があの子供に捕まった際その正体に気付いたかのような言動をなさっておいでだったような・・・」
彼が名乗った瞬間、『まさか貴様は!!』と正体に心当たりがあったような台詞をルルーシュが口にしていたと言うギルフォードに、コーネリアはルルーシュがゼロと聞いて絶句していたためによく聞いていなかったので眉根を寄せた。
「何?ではルルーシュは陛下直轄の機関の者だと知っていたのか?」
「聞く限りではそんなニュアンスではなかったように感じました。
それに、私がルルーシュ様の知り合いかと聞いたら『子供の頃顔くらいは合わせた』と妙なことを言っておりましたし」
「どういう意味だそれは?」
コーネリアに尋ねられても、ギルフォードにも意味は解らない。
子供の頃と言ってもV.Vが子供の頃なら今だし、ルルーシュが子供の頃ならあのV.Vはどんなに年長に見積もっても当時は幼児以下である。
(ルルーシュにあの子供について聞くべきだったか?いや、あの子が素直に話してくれるとは思えないし・・・)
皇室を司る父の直轄機関の者とはいえ、あまりにも不自然な行動にコーネリアは父に聞きたかったが、お前は知らなくともよいと言われてコーネリアは苛立ちを隠せなかった。
何しろあの子供を含む機関の連中は、全くと言っていいほど情報を開示して来ない。
黒の騎士団を警戒しているのではなくマグヌスファミリアの連中のほうを気にしていると言うので理由を聞いたが、極秘事項だからの一言で終わった。
そのくせ黒の騎士団に壊滅させられた再建途中の式根島基地に運んで保管させていたというそれを政庁に運ぶように命じるなど、総督にして第三皇女である主君をないがしろにした行為にギルフォードはシャルルの命令でなかったなら即座に始末していると怒りを隠せなかった。
「あの子供のことはいい、とにかくルルーシュを連れ戻すのが先だ。
まだ監視カメラは元に戻らないのか?!」
「ハッキング元が割り出せなくて、難航しております。
ウイルスまで送ってきて、そちらの対処にも追われて・・・!」
ルルーシュ直伝の実に悪辣なハッキングとサーバーアタックは政庁内からだと解ってはいるのだが、回線が混線させられているので出所が解らなかった。
よって人海戦術でルルーシュを連れ戻そうとしたのだが、ルルーシュの有利になる行動を取るので敵味方が不明なこの状況では駒を動かすことも出来ない。
状況が状況のためギルフォードもナナリーを探しに出ることが出来ず、コーネリアは自ら末弟を連れ戻しに出ることを決意した。
「もういい、私が出る!
上空から脱出出来ないよう、ダールトンに命じてVTOLを配備させろ。
内部システムを混乱させられている以上エレベーターは使えないから、VTOLで一階に降りる!」
「イエス、ユアハイネス」
その命令を受けたダールトンはルルーシュの命令には従うが、優先するのはルルーシュの命というだけで普通にコーネリアの命令にも従う。
よってダールトンはその命令に従うべく兵を動かしたが、その様子をマオから聞いたアルフォンスは、コーネリアの命に従うべくユーフェミアの部屋を出ようとしたダールトンに小声で命じた。
「VTOLのシステムエラーを装って、コーネリアを一階に降ろすな。全力でルルーシュ皇子を見逃せ」
「・・・解った」
ルルーシュによりアルフォンスに従えと命じられているダールトンはその言葉を聞き入れると、目のふちを赤く輝かせて屋上へと向かう。
腹心の部下が自身の意志ではないとはいえ既に己の指揮から外れていることを知らないまま、コーネリアはギルフォードを従えて執務室を出て行った。
ギアスに操られたロロは、誰に止められることなく一階に下りるとそこにはルルーシュの姿をした咲世子とクライスがいた。
トラックを地下駐車場に入れることは禁止されていたから地一階に駐車するように指示されたためで、それ故に藤堂達が乗り込むことが出来たのである。
「ルルーシュ様が仲間にしたというロロという少年でしょうか」
「ああ、あの子だな。ちょっと俺が話してくる」
クライスは喉の調子を確かめると、咲世子に声が聞こえない範囲まで距離を取ってから
ロロに向かってギアスを発動する。
「悪いな、ちょっと“ギアスを忘れてくれ”」
クライスのギアスは聴覚型で、“相手の記憶を奪う”ものだった。
たとえば“母親のことを忘れろ”と言えば相手は自分の母親が誰か、どんな人物だったのかすら思い出せなくなり、“主君を忘れろ”と言えば主君に関する事はむろん、主君から受けた命令のことすら忘れてしまう。
ただ時間制限があり、24時間経つと再びその記憶は蘇る。
しかもその間は新しくギアスをかけられないという、そこそこ強力な割に使い勝手が悪いギアスだった。
さらに聞いた者すべてに作用するため、味方が耳をふさぐか声が聞こえない距離まで離れるという前準備がなければ使えない。
味方がうっかりギアスにかかろうものなら非常にまずいせいで、滅多に使えなかった。
聴覚型はギアスによるが自動発動型に次いで、非常に使い勝手の悪いギアスなのである。
ロロがそのギアスを聞き入れて新たに目を赤く光らせた瞬間、ロロはギアスに関することすべてを忘れていた。
ただしあくまでギアスに関する事なので、自分がギアス嚮団員であり暗殺をして暮らしていたことははっきりと憶えている。
ただ、どんな手段で人を殺していたかが思い出せないだけだった。
「悪いな。でも一日経ったら元に戻るから、少しだけ我慢してくれ」
よろめいたロロをしっかり受け止めたクライスは謝罪しながら彼の頭を軽く撫でると、彼を連れてルルーシュと合流する予定のトラックに乗り込む。
ちなみに咲世子は見張りのために車外にいる。
「すみません藤堂中佐。咲世子さんと今戻りました」
「ああ、ご苦労だったなクライス君。君がロロ、かな?」
藤堂がそう尋ねると、ルルーシュのギアスが切れたロロはきょろきょろとトラックを見渡した。
そして見知らぬ日本人がいることに驚きギアスを発動させて殺そうとしたが、手には何の凶器も持っていないことに気付いたのでどうしようかと戸惑った。
(あれ・・・どうすればいいんだろ。僕、何で武器も持たずにここに来たの?)
「ちょっと疲れてるみたいなんで、休ませてやって貰えませんか?世話は俺がするんで」
「む、あの距離を走って来たのか?疲れるのも無理はないな。解った、任せよう。
それと、ロロといったかな?ゼロ・・・ルルーシュ皇子から話は聞いている。これまでブリタニアで暗殺者をさせられていた子だとな」
「もう大丈夫だからな。ほら、早く入った入った」
てっきり即座に追い出されると思っていたのに、逆に迎え入れられたロロはどきまぎした。
「あの、ここは・・・」
「ああ、俺達はゼロの協力者だ。今から救出するから、もうちょっと待っててくれな。
残りもんで悪いけど、これ食うか?」
卜部がファーストフードで買い求めたアップルパイを差し出すと、ロロはおずおずとそれを受け取った。
(僕、何でここにいるんだろ?僕が敵だって知ってるのに、何でこいつら何もしてこない?)
「ゼロからお前のことを頼むって言われてるからな。あいつが来るまで待ってろ」
クライスの言葉にロロは初めて優しくしてくれたルルーシュを思い出した。
(・・・僕、彼に言われて来たのかなあ。だめだ、思い出せないや・・・)
ロロはギアスを綺麗に忘れているため、何とかこいつらを殺さなくてはと思いつつもどうすることも出来ずに途方に暮れた。
しかも敵であるはずの黒の騎士団員は揃って自分に優しくしてくれるので、なおさらだった。
クライスはロロのギアスは止められない以上、彼に殺されることを防ぐためにはこの方法しかなかった。
しかも制限時間があるらしいので、なおさらだ。詳細な情報をマオから得ていたクライスの作戦勝ちである。
「・・・僕をどうするつもり?」
ロロが平静を装いながらもどこか恐れを含んだ声音に、藤堂が噛んで含めるように言い聞かせた。
「急に環境が変わることになるから不安だろうが、我々は君に何もしない。
また、君に殺しをさせる気も全くない。今はよく解らないかもしれないが、普通の生活を知ってごく普通の幸せな子供になって欲しいと思う」
「・・・あの人が、ここに来るの?」
「ああ、君を助けて欲しいと頼まれた。もう少し待っていてくれ」
藤堂はそう言うと、トラックの窓から顔を出して上の騒動を見つめた。
「ゼロはまだ上にいるのか?もう少しかかりそうだな・・・クライス君?」
「・・・やべえ、あいつら考えたな」
現在の状況を確認していたクライスの呟きに、ラテン語だったが表情がまずい事態になったようだと悟った藤堂と卜部が眉を寄せた。
「藤堂中佐、やばいですよ。階段を封鎖されました」
「何だと?」
「階段で何とか三階まで来たんですけど、三階以下は別の階段になってるんで一階までの階段まで移らないと駄目なんですよ。
で、一階から三階を繋ぐ階段に繋がるドアを開ける手動装置が壊されたらしいです」
政庁内は基本自動ドアだが、万が一に備えて手動でも開け閉めが可能になっている。
アルフォンスのハッキングによりシステムはある程度自由に操作出来ていたのだが、三階にいた兵士がこれ以上テロリストを逃がすまいとしてとっさの判断で手動装置を壊したのである。
さらに手動装置が壊れると自動装置が連動して電力を落とす造りになっているため、システムを動かすだけしか出来ないアルフォンスではどうにもならなかった。
いくら心が読めるマオでも、こういうとっさの判断などあらかじめ読むことは出来ない。そしてルルーシュも、三階にいる兵士をどうこうするすべはなかった。
「・・・三階、か。飛び降りれない高さではないな」
「藤堂中佐?」
藤堂はちらっとトラック内にあった政庁に送られる品を見渡すと、クライスに言った。
「ゼロに伝えてくれ、三階のバルコニーまで来てほしいと・・・そうすれば助けられる」
「どうやって?パラシュートなんてありませんよ」
「少々怪我をして貰うことになるかもしれんが、脱出させてみせる」
藤堂少し危ない橋だが、と前置きして、卜部に指示を出した。
クライスは無茶だと思ったが、他に方法が思い浮かばずそれをギアスでルルーシュに伝えた。
《・・・ってことなんだけど、どうするよ?》
《ドアを壊すしかないと思っていたが、それでは時間がかかり過ぎるからな。
何せあれはテロリスト対策のドアだ》
何故階段が一階から三階までと三階から最上階に分けられているのかと言うと、テロリストの侵入を三階までで阻止するためだった。そのため、三階のドアは特別頑丈に出来ているのである。
《・・・解った、すぐに行く。バルコニーまでは十五分・・・いや、七分弱で着く》
ルルーシュの体力は限界だったが、そんな弱音を吐いている場合ではない。
自身の駒にした兵士達を使い、血路を開いて藤堂達がいるトラック方面に向けて走り出させた。
もはや人目を気にしている場合ではないと、ルルーシュは一秒半ほど迷ったが他に方法がなかったため、兵士の一人に己を背負わせての移動である。
幸いルルーシュが標準よりも細かったのが、背負わされた兵士のせめてもの救いだった。
「卜部、クライス君、急いで準備を!」
「承知!!」
「ラジャーっす!」
藤堂の指示を受けた二人は、トラック内に積まれてあったユーフェミア皇女への献上品であるこたつ布団をトラック内に置いてあった台車を使って運び出した
普通のこたつ布団に比べて軽く、少し距離があったが何とか手早く使えそうな物を運んで即席の救命緩衝材を作ることに成功する。
一方、咲世子はそのままだとルルーシュが二人いる状況になってからくりがバレてしまう恐れがあるため、一度変装を解いた。
そしてトラック内で手早くユーフェミアに献上された着物の中から大きなものを選び、いくつか持っていたナイフで切り裂き輪ゴムで数ヶ所留めて持ってきた。
ロロはその様子をただ唖然として見つめるしかなかったが、留守番を頼まれた隙に脱出しようかと考えたがトラックの出入り口に電子ロックをかけられたので不可能だった。
「即席の救命ネットを作りました。ルルーシュ様はまだでしょうか?」
「まだみたいだ・・・いや、来た、来たぞ!!」
クライスが知らせると、咲世子が双眼鏡を取り出して上を見ると政庁の光に照らされてうっすらとルルーシュの姿が見えた。
「間違いありません、ルルーシュ様です」
ルルーシュはすでにクライスから準備は出来たと聞いていたため、三階のバルコニーから出て来たのを確認して卜部と藤堂が着物で作った即席の救命ネットを広げた。
一方、VTOLに乗りこんで一階を目指していたコーネリアは三階のバルコニーに立つルルーシュを見つけ、彼が何をしようとしているかに気付いて顔を青ざめさせた。
「ルルーシュ、一階にいたはずでは・・・?!
いや、何をするつもりだ、ルルーシュ?!まさか飛び降りるつもりでは・・・」
「姫様、あれを!下に誰かいます!」
ギルフォードが双眼鏡で確認すると、そこには日本人の男が二人と白人の少年が一人、そして日本人の女がいた。
「黒の騎士団か!ダールトン、下に急いで向かえ!あの連中を撃て!」
「なりません姫様!ルルーシュ様が飛び降りた時に撃ってしまえば、ルルーシュ様の御身が・・・」
「くっ・・・!ダールトン、あそこにこのVTOLを降ろせ!」
「・・・システムがおかしくなっています。少々難しいかと」
「何だと?!こんな時に・・・!!」
コーネリアは歯噛みしたが、いざとなればパラシュートででも降りることは可能だ。
その準備をギルフォードにさせながら、コーネリアはルルーシュの姿をじっと見つめた。
「大丈夫だ、緩衝材は用意した!必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!」
藤堂が叫ぶと、ルルーシュは笑みを浮かべた。
「・・・受け止めるから、か。ならば頼むとしよう。お前達は誰もここを通すな。
・・・行くぞ、藤堂!!」
ルルーシュはためらうことなく藤堂らが用意した救命ネットに向かって飛び降りた。
「ルルーシュ!!」
コーネリアが叫んだ。
ルルーシュの身体が冷えた空気の中に舞い落ちて、ピンと張られた最高級の着物で出来た救命ネットに当たり、一度弾みをつけてからこたつ布団で造られた緩衝材に当たって止まる。
「ぐうっ・・・!」
「大丈夫ですか、ルルーシュ様!!」
咲世子が心配そうに尋ねると、ルルーシュは情けないような笑みを浮かべた。
「はは、思っていたより衝撃があったな。だが・・・大丈夫だ」
「よかった・・・!」
咲世子がルルーシュの手を取って立ち上がらせようとしたが、やはり衝撃があったのかルルーシュは呻いてよろめいた。
「っつ・・・!」
「ルルーシュ様!トラックまでわたくしがおぶりましょうか?」
「・・・女性にそんなことは」
ルルーシュは女性におぶって貰うなどと言いたかったのだが一刻を争うので言うに言えず目を動かしていると、卜部がやれやれと言いながらおんぶをする姿勢をとった。
「俺ならいいだろ。そんなザマじゃかえって邪魔だ。さっさと行くぞ」
「卜部・・・助かった。藤堂も、その・・・ありがとう」
顔を赤くしながら礼を述べるルルーシュに、藤堂と卜部はふっと笑う。
「何、チョウフでの借りを返したまでだ。
後から事情を聴いた後、心配をかけた罰として少しばかり説教をさせて貰おうか」
「・・・お手柔らかに頼む」
ルルーシュは自業自得だと諦めながらも、叱られるという状況を心地よく感じた。
ルルーシュが卜部におぶさると、一同はさっそくトラックに向かって走り出す。
「コーネリアは上のVTOLにいるが、俺の手の者がいるし俺がいる以上撃てはしない。
さっさとここから脱出するぞ」
「承知!」
ルルーシュはここからゲットーへの脱出方法を考えた。
(トラックは捕捉されているから、しばらくしたら捨てる方がいいな。
藤堂達が乗って来たトラックに乗り換えて、ふた手に分かれよう。
朝比奈達がゲットー近くにいるし、隠密に移動が出来る)
ルルーシュが考えているとすぐにトラックに到着し、一同はさっさと乗り込んで卜部がハンドルを握った。
トラック内で一人取り残されたロロは途方に暮れていたが、戻って来た一行とルルーシュを見て驚きの声を上げる。
「あ・・・ゼロ!」
「ロロか、ちゃんと待っててくれたんだな」
ルルーシュはフラフラする身体をトラックの壁にもたれかけさせると、ロロの頭を撫でた。
「勝手にこっちに来させてすまなかった。強引だったが、これしか方法が見当たらなくてな」
「・・・・」
「そんな顔をするな、お前は俺が責任を持つ。
お前のあの状況がどんなに異常なものなのか、俺達と暮らせばよく解ると俺は信じている」
ルルーシュはそう呟くと、ロロの顔を抱き寄せて再度頭を撫でた。
「なあ、ロロ・・・あんな最低な大人ばかりじゃないんだ。今から向かう場所は、頼っていいと言ってくれる大人がたくさんいるところだから・・・」
「・・・頼る、ですか?」
目を瞬きさせて尋ねるロロに、ルルーシュは頷いた。
『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ』
実の父親からそう言われたその日から、全ての大人の言葉を素直に信じたことなどなかった。
いつか自分を裏切るのではないか、利用価値がなくなれば見向きもされなくなるのではないかと、そう考えて大人というものを見てきたから。
あれほど仲が良かった異母姉も、気にかけてくれた異母兄も、我が身可愛さに自分に会いに来ることすらしなかった。
家族がこうだったのだから、どうして他人が信じられよう。
だから助けを求める代わりに命令を紡ぐ声を得、かつて家族と繋いだ手を血に染めた。
「スザクだって俺を裏切ってユフィの騎士になったんだ、誰も信じられないと思っていた。
だからこれから先も、ずっとナナリーだけを信じて生きていくと思っていた」
けれど、今は。
『頼られるのは悪い気分じゃない』
『必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!』
『大丈夫ですか、ルルーシュ様!!』
どれほどの危険があるか知っていただろうに、それでも助けに来てくれたのは、自分の父親に侵略された国の者達だった。
自分の判断ミスでこのような騒動に発展したというのに、心配をかけたと叱ってくれた大人達がいるとは、先ほどまで想像もしていなかった。
「ありがとう・・・」
ルルーシュは無意識にそう礼を言うと、次は謝罪しなくてはならないなと思った。
まずは自分の判断ミスと、自身の出自を隠していたことと、ああ、他にも謝らなくてはならないことがたくさんある。
そして一番大事なことは・・・・。
七年前の枢木家で、スザクの父枢木 ゲンブとの婚約話にショックを受けて姿を消したナナリーは、探し回った自分に何と言っただろう。
(確か、あのあとは・・・そう)
『心配をかけて、ごめんなさい』
その言葉を思い出したルルーシュは、小さく眼を閉じた。