第十二話 迷い子達に差し伸べられた手
どうしてこんなことになったのだろう。
現実逃避のように考えながらエトランジュはますます青ざめたが、ナナリーの顔もそれに負けず青白い。
兄は確かに自分に隠し事をしていると言った。
いつか必ず話してくれると約束してくれたから自分を騙していたのかという怒りは感じなかったが、やはり話して欲しかったと泣きたくなった。
「お兄様・・・お兄様に聞かなくちゃ・・・お兄様・・・」
パニックに陥ったナナリーを抱きしめながら、エトランジュは懸命に窘めた。
「落ち着かれて下さいナナリー様。必ず私達が奪還いたしますから、心をしっかり持ってお待ち下さい!!」
「お兄様・・・お兄様・・・・!」
異母姉コーネリアはゼロと何度も戦ったと聞いている。
しかもサイタマでゼロを誘き寄せるためだけに罪のない日本人を犠牲にした、とも。
「捕まえたのはコーネリア姉様ですか?
お兄様がゼロで、お姉様はどうするおつもりなのでしょう?」
「・・・それが、その・・・何と言うべきでしょうか」
もはやエトランジュもどうしていいか解らなくなり、ようやく我に返ってリンクを開いてルルーシュに報告した。
《ゼロ・・・どうしたらいいんでしょう・・・ごめんなさい》
エトランジュは計画的にことを動かす分、不意の事態に非常に弱かった。
その意味ではルルーシュと似ているのだが、彼と異なり事態を打開する能力を持たないため、他人を頼るすべしか持たない彼女の声が弱々しい。
《ナナリー様に会話を聞かれて、貴方がゼロであることを知られてしまいました》
《な、なんだと?!何だってそんなことに?!》
エトランジュが咲世子に連絡するために部屋で携帯で会話をしていたら、ナナリーが聞いていたようだと伝えると立ち聞きなどする子じゃないのにとルルーシュは額を押さえた。
《そ、それでナナリーは・・・》
《早くルルーシュ様に事情を聞かなくてはと、そればかりで・・・混乱なさっているようです》
エトランジュは話すうちに少し落ち着いてきたらしい。
とりあえずパニックになっているナナリーを抱きしめて、優しい声で再度たしなめた。
「大丈夫ですナナリー様。今みんなで協力してルルーシュ様を助けますからね。
戻りましたらお話をするように私から申し上げましょう。
・・・ナナリー様はルルーシュ様がゼロなら、お嫌いですか?」
「・・・いいえ、いいえ!私はお兄様さえいればいいんです。お兄様さえ・・・」
ナナリーが思わずそう叫ぶと、はっとなって己の口を手でふさいだ。
「あ、あの、私、その・・・ごめんなさい!」
どうしようといきなり謝り出したナナリーに首を傾げたエトランジュは、どうしたのだろうと尋ねた。
「それはナナリー様、ルルーシュ様は大事なお兄様ですからそう思われるのは当然でしょう。謝られても困るのですが・・・」
「・・・怒らないのですか?」
「怒る理由が思い当たらないのですが」
いったい何の話だとエトランジュが訝しんでいると、ナナリーがおずおずと言った。
「・・・お兄様のことばかりで他の方のことを思いやらないのは悪いことだから、叱られると思ったのです・・・」
「はい?すみません意味がよく解らないのですが」
エトランジュはますます訳が分からなくなったが、何とか自分で整理してみた。
「えっと、他の方を差し置いてルルーシュ様と一緒にいられれば幸せだというのがよくないと、そうお考えなのが悪いことだということでしょうか?」
「・・・はい」
「大事な方と一緒にいられれば幸せなのは、ほとんどの方がそうだと思いますよ。
私達だってそうなのですから、別に悪いことではないと思いますが・・・」
「そうですね、俺も同感ですよエトランジュ様」
唐突に聞こえてきた卜部の声に、エトランジュは仰天した。今の今まで気づかなかった辺り、彼女がいかに動転しているかが解る。
「う、卜部少尉?!なぜここに・・・!!」
「エトランジュ様の様子がおかしかったんで、偶然会ったナナリー皇女とこっちに来たんです。
七年前にちょっと会ったことがありましたので、すぐ解ったんですよ」
「・・・もしかして、先ほどの会話も・・・」
「すんませんね、こっちもあんなのを聞かされたら立ち聞きするしかないもんで」
くらりと立ちくらみを起こしたエトランジュの身体をとっさに抱きとめた卜部は、彼女をベッドに座らせて床に落ちたエトランジュの携帯を拾い上げた。
「あんた、咲世子とか言ったな。騎士団のゼロの部下か?」
「・・・そうですが、貴方は?」
「俺は卜部、四聖剣の一人だ。正直事情はよく解らんが、ゼロの正体とゼロが捕まったってのは解った。
詳しい話は後だ、一刻を争うってんなら、とにかく政庁に向かってくれ」
卜部の名前を聞いた咲世子は少し考え込んだが、時間がないので了承した。
「解りました。では政庁について準備が整い次第またご連絡させて頂きます」
「よろしく頼む」
ピッと音を立てて通話を切った卜部は、青ざめるエトランジュの前に床に膝をついてゆっくりと質問した。
「エトランジュ様はゼロの正体について知ってたんですか?」
「・・・はい。偶然ですけど知りました。桐原公にもそれはお話ししてあります」
エトランジュはおずおずと、ナナリーに解らないように日本語で答えた。
自分だけで秘匿していたわけではなく、桐原ともフォローしていたという事実はマグヌスファミリアの心象を悪くしないためにも必須だったのでそう告げると、卜部はあのタヌキジジイ、と内心で吐き捨てて納得した。
そして卜部もエトランジュの意図を悟り、日本語で話すことにした。
「別にブリタニア皇族だから嫌いなわけでもなかったですし、才能もある方ですから気にしてないんです。
でも気にする方は多いでしょうから、日本解放後に一部の方には桐原公を通じてお話ししてはどうかという話になっているのです」
「実績あってじゃないと、確かに受け入れられにくいだろうな・・・なるほどね」
まさか彼の正体を知っている一部の者だけで奪還するつもりかと考えた卜部は、髪をかきむしった。
「ちょっと聞きたいんですけど、ゼロ救出作戦にどれだけいるんです?」
「カレンさんがアルカディア従姉様とマオさんの三人で政庁にいます。
咲世子さんはメイドの方ですが、変装の特技をお持ちなのでそれを生かして貰う手筈で協力して貰っているんです。
今入った情報ですと、ナナリー様を人質に取るべくブリタニア軍がナナリー様を探しに出ると聞いたので、ジークフリード将軍とクライスさんがここにいて護衛に・・・」
「それで黒の騎士団員を呼んだんだな。言ってくれりゃあよかったのに」
エトランジュの急なゲーム大会の理由に納得した卜部は、この状況をどうしたもんかと頭をひねった。
エトランジュ達は戦争をしたことがない国の出身なので、戦いのやり方を知らなかった。
ジークフリードですら将軍の地位を得たのは“礼儀正しくて一番軍人っぽく見える体格をしていたから”という理由だったと聞いている。
実際はその理由に加え、王族であるエドワーディンと結婚した息子のクライスを通してギアスを知り、同時に得たギアスがエトランジュのフォローに向いていたからなのだが、そこまではもちろん言っていない。
いつも指示を出してくれるゼロがいないのでどうしていいのか解らず、さりとて相談する者もおらず心細かっただろうと卜部は青ざめたエトランジュを見て哀れに思った。
「乗りかかった船だ、俺らも協力しますよ。うちのボスが誘拐されたんだ、他人事じゃない」
「で、でも・・・!ゼロは、その・・・」
「どうせバレたんだから、今更でしょ。とりあえず・・・そうだな、桐原公に連絡して、そこから藤堂中佐にも俺から知らせましょう。
どのみちもうここまで来たら隠し通せませんよ」
卜部の提案をエトランジュがルルーシュに知らせると、自分の正体を知っても協力してくれる卜部に驚きつつも、確かにもう隠せるものではないと腹を括った。
《藤堂か・・・桐原を通じてなら、さほど揉めることはないでしょう。
お手数ですが、そちらもよろしくお願いします》
《解りました、すぐに手配します》
エトランジュが了承すると卜部に向かって頷き、自分のノートパソコンを立ち上げて桐原との極秘通信ラインを繋ぐべくキーボードを叩く。
「解りました、すぐに全て桐原公にお話しします。
ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「いや、事情を知ったら解らないでもないし・・・複雑ではありますけどね、まあそれは後にしますよ。
それはそうと、ナナリー皇女を捕まえにブリタニア軍が来るんですね?」
お兄様、と震えるナナリーにちらっと視線を送った卜部が確認すると、エトランジュが肯定する。
「はい。ただ居場所まではまだ知っていないようなのですが、もしもナナリー様がブリタニアの皇女だと知られればどんなことをされるか解らないので、周囲の人間を殲滅させたうえで連れ戻せという命令を出したようです」
「コーネリアらしいな。だがこの施設の全員で避難なんかしたら、逆に居場所を宣伝するようなもんだ。
脱出させるとしたら、ナナリー皇女だけのほうがいいが・・・」
問題は避難先だ。
ゲットーを中心に捜索するなら租界に戻る方がいいが、ナナリーは目立つのでそこに戻るまでにバレる可能性がある。
「・・・いっそ黒の騎士団基地の方に移って貰った方がいいな。
藤堂中佐が担当してるイバラキ基地が一番安全だ。そこそこ近いしな」
《・・・卜部の案を採用しよう。エトランジュ様には悪いが、ナナリーに説明を頼みます》
《何とか説得してみますが・・・ナナリー様もパニックになっておられます》
ルルーシュの命令にエトランジュは兄に対する人質として自分が狙われている、コーネリアが周囲の人間を殲滅するように命じたなどとナナリーに告げるわけにはいかないと嘆いていると、ようやく桐原との極秘通信ラインが繋がった。
「どうかなさいましたかな、エトランジュ女王陛下」
「ああ、桐原公!申し訳ありません実は・・・」
真っ青な顔でエトランジュが報告した事態に、桐原公は目を見開いた。
「それは・・・もっと早くご報告頂きたかったものですな・・・しかし、何ともはや・・・」
「桐原公、俺は中佐に報告して力を借りたほうがいいと思うんです。
戦力があまりにも足りなさ過ぎて、エトランジュ様達だけじゃ無理だ」
「むう・・・確かに藤堂なら軽々に喋る男ではないし、信頼に値するが・・・ゼロのことは墓場まで持ちこむつもりだったがの」
卜部が言葉を添えると桐原も捨て置けない事態に考え込んだ末、卜部の案を呑んだ。
「よろしい、すぐに藤堂にわしからも申し伝えましょうぞ。
ナナリー皇女のほうは、卜部、エトランジュ様ともどもお主が基地までお送りするのだ」
「承知!!俺からも藤堂中佐を説得しますんで」
味方が増えたことに安堵したエトランジュがほっと大きく息をつくと、ナナリーに向かって優しく声をかけた。
「ナナリー様、ルルーシュ様は皆様が助けて下さいますから、どうか私と一緒に藤堂中佐のおられる黒の騎士団の基地に参りましょう。
お知り合いがおられるのでしたら、ご安心頂けますでしょう?」
「・・・いいえ、お兄様はここから出てはいけないとおっしゃいましたもの!
私はお兄様のお帰りをここでお待ちします」
「ナナリー様、ですが万が一のことがあったら貴女まで!」
兄の言いつけを守ると言いだしたナナリーは、幾度も首を横に振った。
「でも、でも、お兄様が・・・!」
「よろしいですか、ナナリー様。ルルーシュ様が一番大事になさっているのは貴女なのです。
よって貴女の身柄をブリタニアに押さえられれば、ルルーシュ様は非常にお困りになるのです。
コーネリアはともかく、シャルル皇帝が貴女を大事にするとは思えません。必ず人質に取るに決まっています!」
子供をなんだと思っているかを知っているエトランジュの言葉に、ナナリーが不審そうに顔を上げた。
「・・・私、お父様が私達を日本にやったのは事情があってのことだと思っておりました。
私達を死んだと偽っていたのも間違いで、いつか迎えに来てくれるかもしれないって、そう思って・・・」
アリエス宮で暮らしていた頃、父シャルルはそれなりに自分達を大事にしてくれていたと言うナナリーに、エトランジュは無理もないと溜息を吐く。
子供というものは親からどんな扱いをされようとも、親を愛してしまう生き物だ。
エトランジュも虐待を受けながらも親を庇う子供を見たことがあるから、そういうものだと知っている。ましてやナナリーのように、愛情を受けたという記憶があるならなおさらだろう。
酷い境遇であるが故に逆に親の愛情を信じ、いつか迎えに来てくれると考えてしまうのはナナリーくらいの年齢の少女なら仕方ない。
ましてや彼女は身体に障害を抱えてはいるが、そのフォローをしてくれる兄がいたのでルルーシュのように世間の荒波に揉まれ、細かいところまで考えるという必要性がなかった。
エトランジュにしても事情は相当異なっているが、父親が理不尽な理由で姿を消したのではなどと考えず、理由があって今はいないだけと願望のように信じているようにだ。
しかし、エトランジュはルチアを通じて亡命してきた貴族からルルーシュが日本に放逐された際、謁見の間でシャルルからどれだけの暴言を叩きつけられたかを聞いて知っている。
ルルーシュの正体を知った後、いちおう彼について聞いてみたところ数人が口を揃えてその話をしてくれた上にマオからも同じことを聞いたので、ルルーシュがブリタニアに戻ることはあるまいと思ったものだ。
実の父親からそんな暴言を言われたなどルルーシュがとてもナナリーに言えないであろうことは想像がついていたので、ナナリーが父に対して希望を抱くのはむしろ当然だった。
自分だとて、とてもナナリーに言えたものではない。
「・・・ナナリー様、ルルーシュ様がゼロであることを隠していたのは貴女と二人で幸せになるためなのです。
戦いが終わったらゼロを辞めて二人で日本で暮らすのだと、そうおっしゃっておられました。そして貴女に言わなかったのも、貴女に心配を掛けたくなかったからなのですよ」
「・・・今のままでは、幸せになれなかったのですか?」
「もちろんです。公的にはお二人には戸籍がありませんからまともな職業に就くことすら出来ません。
アッシュフォードも何の利益もないならと、いつ放り出されるか解らなかったと聞きました。
金銭を得るのが生活するのに必須のことですから、それが出来ないだけでどれほどのものか、ナナリー様はもうご存知でしょう?」
「・・・はい、解ります。それでお兄様はブリタニアを?」
「そうです。はっきり申しあげますと貴女は弱者です。もし万が一ルルーシュ様が事故か病気でお亡くなりになられたら、ブリタニアの国是からすれば切り捨てられる立場にあります。
大事な貴女をそんな国になど置けるはずがありません」
エトランジュが懇々とルルーシュがゼロになった理由を語った。
「それでも反逆自体はもう少し後にする予定だったそうですね。
あの枢木 スザクがクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げられたので、彼を助けるためにゼロになったと伺っています」
「あ・・・!わ、私があんなことを言ったから・・・!」
どうにかしてスザクを助けられないのかと言った己の言動を思い出して、ナナリーは震え出した。
「それで私どももルルーシュ様と繋ぎがとれましたから、その意味で幸運だったのですが・・・ナナリー様が衝撃を受けるのは解りますが、どうかご自分を責めないで下さい。
ルルーシュ様はすべてご自分の意志でゼロをすると決めたのですから。無事にお戻りになりましたら、もう一度話し合えばよろしいかと。
私どもも隠していたのは大変申し訳ないと・・・」」
「いいえ、お兄様が口止めなさったのでしょうから、エトランジュ様のせいではありません!
・・・そう、そうですねエトランジュ様。お兄様は私を愛して下さっていますもの、お話しして下さいますわ」
いつか必ず話すと約束してくれた兄だし、優しい世界になりますようにと願ったのは確かに自分だった。
ゲットーに住むようになってから、トウキョウ租界とはあまりに違う世界にブリタニアの残酷さが徐々に理解出来ていたナナリーにとって、ゼロが必要とされている人達がいることを彼女は感じ取っていたのである。
「解りました、皆様のご指示に従います。ですから、お兄様を助けて下さい・・・!」
泣きながら訴えたナナリーにエトランジュが幾度も頷くと、藤堂に連絡し終えた卜部がナナリーの車椅子を押した。
「こっちも了解が取れました。すぐにナナリー皇女とエトランジュ様を連れて本部のトレーラーに来るようにとのことなんで、荷物を最小限でまとめて下さい」
「解りました。もしかしたらブリタニア軍が来るかもしれないので、玉城さん達とクライスには残って貰いましょう。
私はナナリー様の荷物をまとめてまいりますね」
エトランジュがナナリーの部屋に向かって走り出すと、卜部はゆっくりとゲーム大会をしているリビングに向かって歩き出す。
「挨拶くらいはしていったほうがいいからな。言いわけはどうするかな・・・」
「・・・嘘はよくないと思うんですけど、私もうすぐ手術があるのでそれが少し早くなったと言えばきっと・・・」
「手術って、目か足か?」
「足の手術です。神経装置を埋め込んだら歩けるようになるって、ラクシャータさんが・・・」
「なるほど、それならいいだろ。そんな顔するなよ、俺達のボスなんだし、助けてやるって」
藤堂中佐を助けて貰った借りがあるからな、と笑う卜部に、弱々しい笑みを浮かべたナナリーがリビングに戻るとゲームをしていた子供達が笑って出迎えてくれた。
「あ、ナナリーちゃん!遅かったから心配したよ」
「あれ、誰このおじさん?」
子供達が初めて見る卜部を見上げると、玉城が驚いた。
「卜部少尉じゃん!どしたんすかこんなところに」
器用にカップゲームを披露していた玉城の言葉に、有名な四聖剣の一人だと気付いた子供達が騒ぎ出した。
「あの奇跡の藤堂中佐の腹心の?!俺初めて見た!!」
「僕も!!あの、サイン下さい!!」
黒の騎士団に入団志望の少年達がわっと卜部に群がってくると、施設の職員が慌てて手を叩いた。
「こら、卜部さんはご用事でここに来られたのですよ。お離れなさい!」
「はーい」
渋々彼らが卜部から離れると、卜部は苦笑しながら後でサインでも握手でもしてやるからと言いながら既に詳細を知らされていたジークフリードを招き寄せると、二人は廊下に出た。
「その顔だと、事情は知ってるみたいですね」
「はい、息子をここに残らせます。ナナリー皇女を連れ戻すために、コーネリアが殲滅するおそれがありますからな。
万一に備えてこの場にいる子供達を避難させなくては」
「ああ、中佐もそんなことが起きた場合に備えてナイトメアの準備をしてるよ。 幸い極秘だからナイトメアを使うような捜索はしないだろうが、その時は避難通路を使ってくれ」
「解っております。私はエトランジュ様をお守りしなくてはなりませんから、同行させて頂きますぞ」
アインからの予知で彼女が無事に本部に到着することを知ってはいるが、護衛対象から離れるわけにはいかないジークフリードに、卜部は解りましたと頷いた。
一方、リビングではナナリーの手術が少し早まったので急だが今から黒の騎士団の病院に行くのだと説明したナナリーに、皆から励ましの言葉を贈られていた。
「そっか、ナナリーちゃんの誕生日の後だって聞いてたけど、仕方ないね。頑張って!」
「あ、ちょっと待って!まだ千羽折れてないけど、手術成功を祈願した折り鶴があるから持って行ってよ」
子供達の一人がこっそり折っていた造りかけの千羽鶴を差し出すと、ナナリーは涙を流しながら受け取った。
「残りは出来たらまた届けて貰うね」
「ありがとうございます・・・その、ごめんなさい」
自分がいるために孤児院の人達に迷惑をかけてしまったとナナリーが謝ったのだが、子供達は急な出発に関してのことだと勘違いして笑い飛ばす。
「いいんだよ、これくらいどうってことないから。ルルーシュさんは先に行ったの?」
「戻ってきたら美味しいごはん作ってねって伝えてね。
こっちもスキルアップするからさ。だからレシピも送って欲しいなー」
「君が歩けるようになったら、俺も希望持てるからさ・・・その、頑張ってくれ」
黒の騎士団に入るのが夢だという、シンジュクで両親を喪い自身も足に損傷を負った少年に励まされて、ナナリーはますます涙をこぼした。
「はい、はい!私必ず足を治して、お兄様と帰ってきますから・・・!」
感動の光景に玉城が鼻をすすっていると、外からナナリーの荷物をまとめたエトランジュが小走りで戻って来た。
「ナナリー様、ご用意が整いましたよ。さあ、参りましょう」
「はい・・・ではみなさん、行ってきます」
エトランジュがジークフリードを伴いナナリーの車椅子を押しながらリビングを出ると、卜部が今度は玉城と騎士団員数名を廊下に呼び出して言った。
「確定情報じゃないんだが、ゲットーにゼロを探すためにブリタニア軍が出るらしいんだ。
極秘捜査だってことだが、またぞろサイタマみたいなことをしでかす可能性がある」
「マジっすか?!どこのゲットーっすかそれ」
「解らんが、ここに来る可能性だってある。ここにはブリタニア人もいるから、逆にブリタニア軍が目をつけるかもしれない。
情報が入り次第連絡するが、安全が確認されるまでお前達はここにいてほしい」
「解った、任せて下さい!へへ、最近何もなかったからな」
「その方がいいに決まっているだろ。例の避難経路を確認しておいてくれ。
もしサイタマみたいな殲滅になりそうなら俺達が援護に駆け付ける手はずになっているから、お前達は子供達の避難を頼む」
卜部の言葉に玉城が頷くと、騎士団の男が言った。
「了解しました。ですが子供達が不安にならないよう、この件は極秘にしたほうがいいと思うんですが」
「ああ、もしかしたら何もないかもしれないからな。ただ職員達にだけは言っておいてくれ。
いいか、くれぐれも子供達の前で不用意なことは言うなよ」
ゼロからの子供の前での話題は選べという通達を思い出した二人が同意すると、卜部は手帳を取り出して自分のサインを数枚書いて切り取り、玉城に手渡した。
「これ子供達に渡しといてくれ。中佐のサインのほうがいいだろうが、俺で我慢しとけって伝えてくれな。
じゃ、俺はエトランジュ様を送って来るから」
卜部が足早に立ち去っていくのを見送った玉城は、手の中の卜部のサインを見つめて呟いた。
「・・・卜部少尉のサインならそこそこで売れるかな・・・って、何すんだよ?!」
その玉城の本音を聞きつけた騎士団員の男は溜息をつくと、無言で玉城の手から卜部のサインを奪い取り、リビングに戻るのだった。
卜部がハンドルを握る車の後部座席に乗り込んだエトランジュとナナリーは、最後にジークフリードが助手席に座ってからようやく住み慣れた孤児院を後にする。
「お兄様・・・」
ナナリーはそう呟くと、エトランジュに尋ねた。
「・・・最初から私達のことをご存じだったのですか?」
エトランジュの正体を知らないナナリーは、黒の騎士団の幹部だと思っている。
だから日本が侵略されるきっかけとなった自分達を恨んでいると思ったのだが、自分達に親切にしてくれたのが不思議だったのだ。
「最初からではないですね。とある事情で偶然知ったのですが、ブリタニアに対する憎悪は本物だと思いましたので、特に気にしなかったです」
「サイタマやシンジュクのことも・・・」
「それは貴女のせいではありません。
コーネリアとクロヴィスの責ですから、何も知らない貴女に対して恨む筋がどこにありましょう」
「そうだぞ、それにそれを止めたのはあんたの兄貴だ。
感謝こそすれ、恨むことじゃないってもんだ」
運転席の卜部もエトランジュに同意するように頷き、言葉を添える。
慰めてくれることは嬉しいのだが、何も知らなさ過ぎて何も言えない自分にナナリーは情けなくなった。
エトランジュ達も異母兄や異母姉に対して恨みがあるだろうに、そのことを今まで一切自分に言うことなどしなかった。
正体を知っていたのに、八つ当たりじみた行為の一つもせずに自分のためにいろいろと世話をしてくれたエトランジュに、ナナリーはそれ以上何も聞かなかった。
(きっと、私が傷つくと思って何もおっしゃらなかったんだわ。
さっきだってお父様がお兄様に対する人質に使うっておっしゃっていたけど、まるでそうすることが解っていらっしゃっていたかのよう・・・)
これ以上問い詰めてもエトランジュを困らせるだけだと思ったナナリーは、意を決してある動作をした。
ナナリーから電子音が響いたのでそれに振り向いたエトランジュにごまかすように手にした物を見せると、エトランジュは納得してすぐに視線をそらして何やら考え込み始める。
バレなかったとナナリーはほっと安心すると、さらにそれを手探りで探し当てたバッグの中にそっと入れた。
いつも自分が使っているものだったから、ジークフリードもエトランジュも気にした様子はない。
「エトランジュ様、少しこれをお飲みになっては?顔色が悪うございます」
「ありがとうございます・・・頂きますね」
ジークフリードがそっとコップから水を取り出して薬を差し出すと、エトランジュは礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
「少し仮眠をお取りになって下さい。三十分ほどですが、しないよりましでしょう」
「でも・・・私がいないと・・・」
目を撃うとうとさせ始めたエトランジュを見て、卜部は先ほどの薬が睡眠薬だと悟った。
「ああ、そうした方がいいです。マジで顔色青いです・・・着いたらちゃんと起こしますから」
「・・・でも」
「大丈夫です。それよりもお休みなさいませ、エトランジュ様」
ジークフリードの優しい声音に睡眠薬が効いたこともあって、ゆっくりとエトランジュが眠りに入っていく。
「・・・エトランジュ様も大変だな。ま、こういうことは俺らの仕事だ。
俺達だけで何とかしましょう」
「恐縮ですが、よろしくお願いしますぞ、卜部少尉殿」
主君が眠りに入ったことを確認したジークフリードが礼を言った後、考え込むふりをして窓の外を見つめている彼の眼が赤く縁取られている。
・・・そして眠るエトランジュの瞼の下の青い瞳も、赤く縁取られていた。
黒の騎士団が所有するトレーラーの通信室から出てきた藤堂は、眉根を寄せて四聖剣を自室へと呼び寄せた。
いつになく重々しい雰囲気の上官に何か深刻な通達があったのかと、朝比奈、仙波、千葉の三名が顔を見合わせていると藤堂はゆっくりと口を開いた。
「今から話すことは、第一級極秘事項だ。誰であろうとも口外は許されない。
まず、それを念頭に置いたうえで聞いてくれ」
「「「承知」」」
三人が頷くと、藤堂は重々しく告げた。
「ゼロの正体を桐原公を通じて知らされた。
現ブリタニア皇帝の末の皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだそうだ」
「あの時、枢木首相の家に預けられていた・・・?!」
「七年前、日本侵略のきっかけとなった皇子だ。何でも父帝から死亡したという報道を事実とするために殺されかけ、これまでブリタニアから逃げるように暮らしていたとのことだ」
仙波が七年前に枢木家の土蔵に住まわされていた苛烈な眼光をした少年を思い出して得心していると、朝比奈が呆然として尋ね返した。
「ブリタニアの皇子が・・・でもだからって反逆なんて」
「父から殺されかけたんだ、信用出来ないとなるのは無理はないし、死んだことになっているからこのままではろくな生活が出来ない。
だからブリタニアを滅ぼして妹姫と幸福に暮らすためにゼロになったと桐原公はおっしゃっていた」
「でも、確か送られて来たのは当時十歳の皇子ですよね?今十七歳なのに、まさか」
少年と言っていい子供があんな綿密な計画を立てられるのかと言う千葉に、藤堂は中華でのもしかしたら彼がゼロなのではと半ば冗談のような思いつきが事実だったことに何とも言えない気分になっていた。
「だが桐原公はそうだと言うし、エトランジュ様と紅月も神根島で彼を助けた時に偶然知ったと聞いている。
日本解放という実績を作った後で、一部の団員には話すつもりだったと・・・」
藤堂は彼の正体が事実ならやむを得んと納得した。
卜部も思ったとおり、もしそうならブリタニア人の協力者が多いことや特区に対する影響力も頷ける。
いつまでも隠すつもりはなく、事実桐原には初期に話していたのだからそう責めることはないと藤堂がたしなめると、藤堂が言うのならと朝比奈と千葉が引き下がった。
朝比奈が代表して疑問を口にした。
「・・・で、まだ日本解放が成っていないのに何で急に俺達に?」
「そのゼロがコーネリアに捕まった。
何とかゼロの正体を知る者達だけで奪還しようとエトランジュ様を中心に奮闘しているそうだが、卜部がその現場に偶然居合わせてゼロの正体ごとバレたそうだ。
それで卜部が桐原公を通じて俺に協力を仰ぐよう進言し、つい先ほど通達があったという訳だ」
「な、なんだって?!」
三人がゼロの正体のみならず当の本人が捕らえられたと聞いて目を見開くと、藤堂は言った。
「俺はゼロを助けるべきだと考える。
桐原公もゼロの正体を暴露されて俺達の戦いはブリタニア皇族の皇位継承戦に過ぎないとでも喧伝されたら、せっかくここまで順調だった日本解放のための準備も全て無駄になる、とおっしゃっておいでだ。
何よりもゼロには俺を助けて貰った借りがある・・・借りは返すべきだ」
「そりゃあそうだけど・・・でも、ブリタニアの皇子が・・・」
さすがにブリタニア皇族には酷い目にしか遭わされたことがない朝比奈と千葉に無理はないと藤堂は思うが、彼は己のためもあるとはいえ日本人のためにここまでしてくれたのではなかったか?
まだ十七歳だというのに、奇跡の重みを背負い自ら陣頭に立って戦い続けてきた彼を思えば、親に見捨てられた子供を哀れと思うのが大人ではないだろうか。
「それに、黒の騎士団としてもゼロは必要だ。
トウキョウ租界攻略のために彼がいろいろ策動しているそうだが、既に租界の防壁を崩すプログラムを入れてあるらしい。
だがそれは彼にしか起動出来ない仕組みになっているとのことだ」
あの誰もが動かすのを断念したドルイドシステムとやらを軽々と動かしたゼロの技量を思い出した三人は、ルルーシュが必要だと改めて思い知った。
戦闘ではないだけにどう動けばいいのか考えあぐねた朝比奈が尋ねた。
「どんなふうに俺達が助ければいいんです?現状がちょっとよく解らないんですけど」
「うむ、何でもゼロが小型の通信機を持っているそうで、エトランジュ様が受信機をお持ちで時折連絡が来るらしい。
エトランジュ様がナナリー皇女を連れてこちらに来られる。今このトレーラーはカツシカだから、三十分もあれば着くだろう」
「なるほどね、ゼロの指示があるから何とかなると思って、極秘で解決しようと思ったわけだ・・・」
何かあれば他人に相談することをためらわないエトランジュが何故、と不思議だったが、その理由を知って朝比奈が納得する。
と、そこへドアをノックする音がしたので藤堂がドアを開けると、騎士団員の女性が報告する。
「卜部少尉とエトランジュ様がおいでになられました。ブリタニア人の少女も一緒で・・・すぐに藤堂中佐にお会いしたいと」
「ああ、報告は聞いている。すぐにご案内してくれ」
騎士団員の女性が頷いて引き返すと、ずいぶん早く着いたものだと藤堂が驚いた。
二分ほどしてやって来たのは腹心の部下の卜部に連れられた青白い顔をしたエトランジュと同じ顔色をした車椅子に乗った少女、そして険しい顔をしたジークフリードだった。
「卜部、ただいま戻りました。
エトランジュ様がカツシカの元警官から抜け道聞いてたんで、割と早く来れました」
「なるほど。話は桐原公から伺った、とにかく中で詳しいことを話そう」
「申し訳ありません、まさかこんなことになるとは思わず・・・」
エトランジュが謝罪しながら一行が会議室に入ると、重苦しい雰囲気の中まず藤堂が確認する。
「・・・久し振りだな、ナナリー皇女。
スザク君が通っていた道場で師範をしていた藤堂だが、憶えているだろうか?」
「そのお声・・・・・はい、憶えています。たまにお話もしておりましたから」
うつろな声で認めたナナリーに、確かに七年前に会ったブリタニアの皇女だと藤堂が確信していると、卜部が肩をすくめた。
「お兄さんがゼロだってことは知らなかったみたいです。
ただ何かしていることくらいは聞かされてたみたいですけどね」
「なるほど・・・では君がどんな状況で今までいたのか、聞いてもいいだろうか?」
藤堂がゆっくりと言い聞かせるように問いかけると、ナナリーはぽつりぽつりと話しだした。
スザク達と別れた後、アッシュフォードに匿われアッシュフォード学園にいたこと、ある日異母姉の一人であるユーフェミアに生存がブリタニアにバレたのでメグロのゲットーに移り住んだこと、シンジュクとサイタマの件を偶然知ったので詳しいことを兄を問い詰めて聞いたこと、その時に隠し事をしていることくらいは聞いたが、ゼロだとは知らなかったことなどだ。
「おおよそは解った。ラクシャータがエトランジュ様の依頼で数人の子供達を診ていると聞いたが・・・」
「実は本当はルルーシュ皇子なんです。ただ私からだということにして欲しいと頼まれたので・・・」
エトランジュが申し訳なさそうに言うと、事情が事情ですからお気になさらずと千葉が慰めながら尋ねた。
「しかしエトランジュ様、いくらブリタニア人全体が嫌いではないとはいえ、ブリタニア皇族をよく信用する気になりましたね」
「はい、これまでブリタニアに対して盛大にダメージを与えていらっしゃる実績がおありでしたし、あの方のブリタニアに対する憎悪はもっともだと思いましたので・・・」
「日本侵略時の捨て駒にされた、ということですか?」
「それもあるのですが・・・他にもいろいろと」
ちらっとナナリーの方を見て彼女の前では言いたくないと視線で訴えると、一同は頷いてあそれは後で聞くことにした。
「事情はだいたい解りました。後のことはゼロ・・・ルルーシュ皇子本人から伺うとしましょう。
ゼロは黒の騎士団のリーダーですし、何より私達としては以前助けて貰った借りがありますから」
藤堂が助太刀すると申し出ると、エトランジュはほっと安堵した。
「それは助かります。実はゼロからも伝言をお預かりしております。
『迷惑をかけてしまって申し訳ない。よろしく頼む』とのことです」
「まさかゼロに頼られるとは思わなかったけどな」
卜部が苦笑すると確かにあのカリスマの権化のようなゼロを助けることになるなど、つい三十分前までは考えもしなかったな、と藤堂も思う。
しかし、彼はまだ十七歳だ。失敗することもあるだろう。
「承知した、とお伝えください。その通信機はどのような?」
「ほんの少し通信出来るだけなんです。受信状況が悪いのでなかなか・・・」
実際は今も繋がっているのだがギアスだけは話すわけにいかなかったためにそうごまかすエトランジュに、藤堂はふむ、と考え込んだ。
「解りました、ではとりあえずナナリー皇女をどこかの部屋に・・・」
「ゼロの部屋では目立つので、私どもにお貸し頂いている部屋でお休み頂きましょう。ジーク将軍、よろしくお願いします」
エトランジュの案にジークフリードが頷くと、彼女の車椅子を押すべく立ちあがった。
「ナナリー皇女、兄上のことは必ず助ける。不安になるだろうが、心をしっかり持って待っていて欲しい」
「は、はい。兄を、兄をよろしくお願いします」
ずっと黙りこくっていたナナリーが消え入るような声でそう懇願すると、ジークフリードは彼女の車椅子を押して会議室から立ち去っていく。
「あ、ナナリー皇女が鞄忘れていった」
ドアが閉まった後気づいた朝比奈がバッグを机の上に置くと、後でエトランジュが届けることになり、話が続けられた。
話が長くなりそうなので英語でお願いしますとエトランジュが前置きして、話を始める。
「これはルルーシュ皇子のノートパソコンです。一応立ち上げ方を教わってありますので・・・」
エトランジュがルルーシュの部屋から持ってきたノートパソコンを立ち上げると、彼が組み上げていた戦略計画などについて記されたファイルを開く。
「私も幾度か拝見させて頂いたんですが、お恥ずかしい話何が書いてあるのかさっぱり解らなくて・・・」
確かにファイルには黒の騎士団員向けに説明出来るよう、日本語が多く入っている。エトランジュが解らない単語が多かったというより、軍事用語や専門用語が全く解らなかったのである。
「・・・これを十七歳が考えたって、信じられない」
朝比奈が食い入るように計画書を見ながら絶句すると、千葉も同感だと頷いた。卜部などは『モノが違う・・・』と感心することしきりである。
「えっと・・・政庁の見取り図は、こちらです。立体的で見方が解らないんですが」
開き方は知っているのに見方が解らないというのは少々不自然なのだが、エトランジュがゼロに頼んで勉強のためにでも見せて貰っていたんだろうと考え、誰も突っ込まなかった。
「これは凄い・・・敵の本拠地の見取り図がこうも簡単に・・・・」
「ハッキングがお得意だそうですし、カレンさんが政庁を歩き回って確認して下さいましたからかなり正確なものだと思います」
いかにルルーシュが非凡な才能を持っているかを改めて知らされた一同は、桐原がブリタニア皇族と知りながらも彼と組んだのも解ると思った。
「ルルーシュ皇子は母君が人気のある皇妃の方だったので、政庁にもその境遇に同情して協力して下さるブリタニア人がいるそうです。
現在味方をそこから作っているとのことです」
「あの閃光のマリアンヌか・・・しかしそう都合よくいくものか?」
「見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので」
「そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?」
藤堂の問いにいつもはおとなしいエトランジュが珍しく嫌悪を露わにして、シャルルが母を亡くした息子に対して『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物』と言い放ったと告げると、三人はあんぐりと口を開けた。
「・・・同情を買うためのストーリーとか、そんなんじゃないですよね?」
朝比奈が確認するように尋ねると、藤堂が七年前にルルーシュは自ら食事を作って生活の糧を得るべく動いていたから恐らく事実だろうと言うと、千葉がやはり嫌悪しながら言った。
「何ですかそれ・・・親が子供に言っていい言葉じゃありませんよ!
子供を作ったからには面倒を見るのは当然です!!」
「私も同感です。私、あの方の正体を知ってさすがに少しは調べておかなくてはと思って、EUに亡命して来たブリタニアの方に伺ってみたら…その話を聞いたんです」
ルルーシュは非常にプライドの高い男だから同情されることをよしとしないだろうと、そのことを知らないふりをしていたのだと言う。
「ナナリー皇女の前では口が裂けても言えないわけじゃのう・・・」
実父から子供に対してそんな暴言が吐かれたなど、当の本人に言えたものではない。
仙波がそんな話を聞かされては嫌でも同情すると、大きく溜息を吐く。
「そう言う事情のある方ですから、きっと大人の方に頼りたくなかったんだと思います。
自分一人で生きてやると、そうお考えになってこれまで肩肘を張っておられるのではと・・・」
「俺らもあの年代はそういうところがあったけどな・・・こっちの意味でもモノが違うぞ」
実父から死んでいると言われた上に人質として敵国に放り込まれ、挙句殺されかけたのでは反抗期を通り過ぎて殺意が沸いても仕方ないと卜部は思う。
「私には助けになって下さる方々がたくさんいて下さいましたが、あの方にはいなかったのです。
だから私達だけでも気兼ねなく頼って欲しくて今回の件も何とかしたかったのですが、やっぱり駄目でした。
お願いです、あの方を助けて差し上げて下さい。あの方にはいないのです。助けて欲しいと言える大人が、誰もいないのです・・・」
取引材料を持ち出して初めて味方になる者しか彼にはいなかったのだと語るエトランジュに、藤堂は七年前に必死で妹を守るためにその身を動かしていた少年を思い出した。
自ら家事を行い、日本人の子供からいじめられても買い物に出向き、ポイントカードを貯めていたとても皇子とは思えなかった少年を。
「・・・解りました、お任せ下さい。エトランジュ様もよく頑張って来られました。
お声をかけて下さったことに感謝します」
桐原やジークフリードがいたとはいえ、ほとんどは十代の少年少女達だけで秘密を抱え、どれだけ不安だったことか。
特にエトランジュは権力を持った大人特有の腹黒さや思惑などを見聞きしているから、なおさら話すことをためらったのだろう。
実績を作ってからなら、というのもよく解る。
「篠崎 咲世子さんとおっしゃる、日本で要人の護衛を代々なさっていた方も協力して下さっております。
現在はその方の変装術を使ってルルーシュ皇子に化けて貰い、それに惑わされている間に脱出させようというプランになっております」
「名前だけは聞いていたが、実在していたのか・・・では脱出したところを我々が保護し、トウキョウ租界から脱出させるとしよう」
「では中佐、租界周辺で俺達が囮としてナイトメアで出撃しましょう。名目はどうするか・・・」
朝比奈の案に不自然ではない状況でナイトメアを出す理由を藤堂が考えていると、エトランジュが言った。
「ナイトメアである必要はないでしょう。
ギルフォードらがナナリー皇女を脱出させるために近辺のゲットーに出るそうですから、理由は言わずその情報を流してある程度の人数を派遣するというのはいかがですか?」
ギルフォード達がどのゲットーに向かうかくらいなら政庁にいる黒の騎士団協力者から解るというエトランジュの案に、一同は納得した。
「なるほど・・・解りました、すぐに手配いたしましょう」
「ではエトランジュ様、ギルフォード達が出るゲットーが解り次第連絡をお願いいたします」
朝比奈と千葉から同意を得られてほっとしたエトランジュが了承すると、二人は部屋を出て行った。
「俺と卜部でトウキョウ租界へゼロを救出に向かう。
ただ俺は目立つからどう入ったものか・・・」
藤堂はゼロに次いで指名手配をかけられている。奇跡の藤堂と呼ばれ、ゼロ台頭前は日本の希望の星と謳われていたためである。
「私どもが篠崎さんからお貸し頂いた変装キットでしたら中佐だと解らない程度になりますから、租界を歩くくらいでしたら問題ないです。
今は特区日本であったユーフェミア皇女のパーティーで日本人に対する入場規制も少し緩和されておりますし・・・」
「む、そんなものまであるのか。我々はそういうことには疎いもので・・・」
「藤堂中佐は戦闘がお仕事ですから、仕方ないと思います。
では私はジーク将軍と一緒に手配をして参りますので、ラフな服装にお着替えの上合流して下さい」
「承知した・・・とはいえ、私服があったかな」
チョウフ基地から脱出して以降ほとんど軍服だったし、私服など部屋着くらいしかあまり持っていない藤堂にエトランジュがジークフリードの服なら大丈夫だろうと苦笑した。
「ジーク将軍からひと揃いお貸しするように申しつけておきましょう。それでは失礼させて頂きます」
エトランジュがついでにナナリーのバッグを届けるべく彼女の鞄を手にして会議室を退出すると、残された藤堂と卜部と仙波は唐突な事態に大きく肩をすくめた。
「・・・こんな事態だというのに、てきぱきと動いて大したお方だ」
「そうですよね中佐・・・さっきまで凄い顔が青白くて倒れそうなくらいだったんですよ。きっと中佐に相談出来て安心したんじゃないですかね?」
元気が出てきた様子のエトランジュに卜部も安心したが、少し違和感を覚えていた。
(何か、ちょっと様子が違うんだよなー。睡眠薬っぽいの飲まされたわりに、すぐに起きて元気出てたし)
卜部は内心で首を傾げていたが、いつもの彼女とどこかが違うと思いながらもはっきりとは感じ取れず、卜部はともかくこの事態を解決させる方が先だと気を引き締めた。
「じゃ、俺達も着替えてきます。こういう特殊任務なんてのは畑違いですが、んなこと言ってる場合じゃありませんね」
「ああ、では十分後にここに集合だ。
仙波はここでナナリー皇女の護衛および不測の事態に備えての指揮を頼む。くれぐれも他に悟られるなよ」
「承知!」
三人は会議室を出ると、予定外の任務に励むべく自室へと戻っていくのだった。
「・・・というわけで、藤堂中佐達が協力して下さることになりました。
ナナリー皇女は心安らかに、しっかり私達の帰りをお待ち下さいね」
ナナリーに忘れていったバッグを手渡しながらそう告げたエトランジュに、青白い顔色をしたナナリーはゆっくりと頷いた。
「兄を、兄をよろしくお願いします。そうとしか言えなくて・・・」
「いいんですよナナリー皇女。私達は仲間なのですから、ね?」
「はい・・・」
ナナリーはエトランジュ達に貸し与えられている部屋のベッドに座り、ただ兄の安否だけを気にしていた。
そんな彼女に、エトランジュが優しく語りかける。
「先ほどルルーシュ皇子さえいればっておっしゃっていたこと、まだ気にしておいでですか?」
「・・・あの、私は」
「いいんです。つい先ほども申し上げましたでしょう?それが普通だと」
ナナリーの髪を撫でながらそう諭すエトランジュに、ナナリーは涙をこらえるようにぎゅっと手に力を込める。
「家族を大事にするのは人として当然のことなのです。
正直それを王様や首相などが言ってしまうととかく非難の対象になりがちなのですが、普通の一般市民が言う分には何も問題はありません。
ましてや貴女を一番大事にして下さっている兄君さえいればいいと考えることに、何の咎がありましょう。
私のお父様だって、私が一番大事だといつも言っておりましたよ」
くすくすと笑うエトランジュに、ナナリーは驚いた。
エトランジュの正体が小国といえど女王とは知らなかったのだが、藤堂達の態度からきっとそれなりに高い地位にいるとうっすら悟っていたから、彼女の父親もまたそうなのではないかと思ったのだ。
「何故怒られないのか、とお思いでしょう?それは単純に大勢の人間の前で言わなかっただけのことで、身内では普通にそう公言してましたから。
要するに言っていい人と悪い人の区別をつけてたんですね」
「はあ・・・そういうものなのですか?」
「そういうものです。だいたい皇帝だろうと首相だろうと普通の人であろうと自分の一番大事な人がいるのは当然なので、暗黙の了解というやつですね。
ナナリー皇女は嫌われることを恐れるあまり、言いたいことをおっしゃらないようにしているのでまだその辺りの区別が解らないのでしょうが・・・」
エトランジュはそっとナナリーを抱きしめて囁いた。
「一つ、いい事を教えて差し上げましょう。私達には何を言ってもいいのですよナナリー皇女。
不安になったのなら相談に乗りますから、他人の悪口でも愚痴でも・・・他人に言ってもいい言葉かどうかでも、ちゃんと最後まで聞きますから何でも言って下さいな」
「エトランジュ様・・・でも」
「大人に甘えられるのは子供の特権ですよナナリー皇女。
仕事が忙しい時は無理ですが、終わった後は必ず聞きますから」
私は人の話を聞くのが大好きですから、と笑うエトランジュに、ナナリーはとうとうぽろぽろと泣きだした。
「はい、はい・・・!ありがとう・・・ございます・・・!」
兄には言えないことはたくさんあった。エトランジュは自分がしたいことを兄にさせてくれるように頼んでくれた、優しい人だ。
でも忙しい人だったからそう頼るのは悪いことだと思っていたけれど、エトランジュははそれでもいい、聞いてくれると言ってくれた。
それだけで、ナナリーは嬉しかった。
「すみません、お引き留めして・・・私、待ちます。さっそくですけど、戻って来られたら聞いて頂きたいことがあるのですが」
「いいですよ。ではお兄様を助けに行って参りますね」
エトランジュはナナリーに向かって再度髪を撫でると、温かいココアを淹れてから棚から変装キットを持ち出して部屋を去った。
湯気の立ち上るカップを手にしたナナリーは、ようやく落ち着きを取り戻した様子で一口ココアを飲む。
(私、これまでいい子でいなくてはって思っていたけど、あの方にとっていい子ってどういうことなのかしら)
言いたいことを言ってもいいと言い、迷惑をかけてしまったのにそれでも良いと言うエトランジュ達が、ナナリーにはよく解らなかった。
でも、エトランジュは怒らないし笑って受け入れてくれた。
(・・・勇気を出して、もう一度聞いてみましょう。
私・・・知らないままでいたくありません。
・・・ごめんなさいエトランジュ様。私、悪い子です)
ナナリーは内心で謝りながら、エトランジュが持ってきてくれたバッグの中から取り出したそれを握りしめた。
部屋から出たエトランジュは、これでよし、とひとまずうまくさばけたことに大きく息をついた。
「まったく、世話の焼ける・・・」
次々に起こる不測の事態にエトランジュ達の手に負えない事態になったから、自分が出たのは正解だった。
アルフォンスも頭を抱えて身動きが取れにくい今、ここは味方を増やすのが得策だ。
だから事情を知る桐原が上にいてくれたからまずは彼に話を通して貰い、その上でルルーシュに同情や共感を得そうな話を折りを見て話した。
ブリタニア皇族というだけでどうしても色眼鏡をかけて見られるのは仕方なかったから、まずはそれを外させる。
そしてとどめにエトランジュがどうにかして助けて欲しいと訴えれば、今回の件だけでも確実な味方になると読んだのだ。
エトランジュは常日頃から信頼を積み上げているし、まともな神経をしている大人なら困っている子供を見捨てるような真似はしないものだ。
こうして会話を誘導してゼロ救出に協力させることに成功したから、後は先ほど来たアインの予知の対処をしなくてはならないのだが、策をジークフリードの方に授けておいたからたぶん何とかなるだろう。
そろそろエトランジュが目を覚ます頃合いだから、自分が手を貸してあげられるのはこれまでだ。
(後で藤堂達との会話をエトランジュの前でしないように釘を刺して貰わないと)
エトランジュが言ったわけではないことをあの子の前で話されたら、自分が言ったわけでもないのにと混乱する。
なるべくエトランジュが言いそうな言葉を選んだから怪しまれてはいないだろうが、言った覚えのない話をされると困るのだ。
ナナリーの方は問題ない。何でも言って欲しいというのは孤児院でもエトランジュ自身がナナリーに対して言っていたから、あの子もさして混乱することはないからだ。
(それにしても・・・ナナリー皇女も気の毒な子だ)
ナナリーは深層意識では解っていたのだろう。アッシュフォードも利益があるからこそ自分達を匿っているだけで、邪魔になればすぐさま放り出されるということを。
もしかしたら、そんな会話をしているのを聞いたことがあるかも知れない。
だからこそ周囲に迷惑をかけないようにと己を型に嵌め、それが周囲に受け入れられてきたからそれが正しいと信じ込んだ。
ナナリーは確かに真っ白な少女だった。それは周囲の色に染まる、綺麗な色だから。
自分でどんな色になりたいのかを考えず、自らを受け入れて貰うために周囲の色に同化し続けてきた哀れな子供だ。
子供が大人に甘えるのは、れっきとした権利だ。
だから・・・。
「甘え方を忘れてしまったというのなら、大人達が思い出させてあげましょう」
目のふちを赤く輝かせたエトランジュは常は浮かべないような大人っぽい表情で笑うと、変装キットを手にして藤堂と合流すべく再び会議室へと戻るのだった。