第十話 苦悩のコーネリア
ルルーシュが目を覚ましたのは、見覚えのない豪奢な部屋だった。
拘束こそされていなかったが見張りとしてダールトンがおり、目を覚ましたルルーシュを見て安堵の声を上げる。
「お目を覚まされましたか、ルルーシュ様。すぐに姫様にご報告を・・・!」
「アンドレアス・ダールトンか。その前に、少し俺の命令を聞いて貰おうか」
ルルーシュは装着されたままだったコンタクトを外すと、ギアスを発動させる。
「お前は俺に従え」
コーネリアの部下の中でも権限が大きいであろう彼を配下に入れておくことは、この状況下で大きな力になると踏んだルルーシュは、滅多に使わないギアスを使うことにした。
その絶対遵守の命令がダールトンの目と耳に入り込んだ刹那、彼の主君はコーネリアからルルーシュへと変わる。
「イエス、ユアハイネス・・・」
「では改めて質問だ。今どうなっている?」
「ルルーシュ様のお身柄を確保した後、政庁へ一度引き上げられました。
ユーフェミア様がご自分の部屋へとご提案され、現在こちらでお休み頂いたのです。
ルルーシュ様を誘拐した者どもも政庁へと送還しております。姫様はルルーシュ様のお目が覚まされればゼロを辞めるように説得なさるおつもりのようですが」
「無駄な説得だな。まあいい・・・それで、今特区は騒ぎになっていないんだな?」
「はい、既にユーフェミア様が手配されました封鎖は解かれ、特に騒ぎはなっておりません。今はフィナーレの花火が上がる頃かと」
「もうそんな時間か。ナナリーが心配しているな」
クライスが必死になってごまかしていると思うと、申し訳ない気分になる。
しかし時間的にはエトランジュとマオがトウキョウ租界に戻っている頃合いで、マオの力を借りればここから脱出するのは容易いと考えた。
「まったく、いらん借りを各方面に作ってしまったが仕方ない。
エトランジュ様からの連絡を待つとしよう・・・お前は俺の命令があるまで、コーネリアに俺の覚醒を報せるなよ」
「イエス、ユアハイネス」
ダールトンが深々と頭を下げると、ルルーシュはテーブルの上にあった水差しからグラスに注いで飲み干した。
(それにしても、随分長い間眠ってしまったな。特区庁ではなく政庁とは・・・さすがにここでは特区に仕込んでいた駒もプログラムも使えない)
実は必死にアルカディアがユーフェミアを通じてここにルルーシュを留め置くように策を尽くしたのだが、ユーフェミアはともかくコーネリアが頑として聞き入れず結局ルルーシュは政庁に送られてしまったのである。
ルルーシュはユーフェミアの部屋にあるテレビをつけ、特区の様子を確認した。
「皆さん、ご覧下さいこの芸術的な花火を!
この花火はイレヴンの花火職人が作ったもので、まるで滝のように流れる模様が素晴らしいとユーフェミア副総督閣下も大変喜ばれていたそうです」
「器用ですねえイレヴンは・・・キモノといい、この技術は褒めてもいいものではないでしょうか」
バルコニーに出て手を振るユーフェミアの笑顔はどこかぎこちなく、背後につき従うスザクとカレンの顔も暗い。
それでも表面的には一時的な特区から出られないという騒ぎを除けば平穏に終わったようで、ルルーシュは特区はまだ大丈夫だと安堵する。
「コーネリアはどうした?特区に戻ったのか」
「一度は戻ってパーティーに出席されておられたのですが、先ほど皇帝陛下から通信があったとのことで現在は政庁に・・・」
「あいつから通信だと?!何のつもりだあの男!!」
ルルーシュは怒鳴ったが、ダールトンも通信内容までは知らないらしく押し黙っている。
と、そこで聞き慣れた共犯者の声が脳裏に響き渡った。
《起きたのかルルーシュ。かなりの間眠っていたようだな》
《やっとか、C.C。そちらはどうなっている?》
《エトランジュとマオは夕方に到着して特区に向かおうとしたが、コーネリアが黒の騎士団がゼロ奪還に向かうと考えたらしくて日本人の入場を規制し始めた。
マオは中華連邦人だからな、見た目から日本人と思われたがアルカディアの協力で入場したが入れ違いになったので今はトウキョウ租界にいる》
《ナナリーは無事か?俺の正体を知っているんだ、あの子も狙われているかもしれない》
《クライスがついている。クライスもギアス能力者だそうだが、一度使うと24時間使えないという制限があるので滅多に使えないんだそうだ。
だから今は孤児院の中にいて黒の騎士団数名を呼び寄せて護衛させている。集めた名目はゲーム大会だ》
まさかブリタニア人であるナナリーの護衛と言う訳にもいかなかったので、エトランジュは苦肉の策で孤児院でゲーム大会をしましょうと十数名の黒の騎士団員を誘ったのだという。
中には玉城もいてビールや酒などを持ちこんできたが子供達がいるのだからと穏やかに取り上げ、敵の来襲があっても泥酔していたいう事態を回避していた。
エトランジュもその場におり、同じくギアスを持っているジークフリードもいるので現在二人に行い得る最高の守りだった。
《若干不安になる奴がいるが、ナナリーとエトランジュ様のほうはそれが一番取り得る策だな。では俺を政庁から脱出させるプランに入る》
《今マオを通じてエトランジュに連絡がいったから、そちらにリンクが繋がるだろう。
私も助けにいくから、もう少し待っていろ》
《待てC.C。奴らの狙いはお前も入っていると言っていたそうだな》
ルルーシュがエトランジュから聞いたと言うとC.Cは黙り込んだ。
《V.Vとかいうコード所持者についても、何か知っている様子だったな。それは今聞いても良いことなのか?》
《・・・特に不都合はないと言えばない。しかし、聞けばお前、確実に怒り狂うぞ。
それでも良いというのなら・・・》
考え込みながらもC.Cが話そうとした刹那、ドアが開く音がした。
《ノックもせずに入って来たのを見ると、おそらくコーネリアだろう。
話の続きは後だ、エトランジュ様にはもう少し待って貰うように伝えてくれ》
ルルーシュがC.Cとの会話を打ち切ると、入って来たのは案の定コーネリアだった。
外にギルフォードを見張りに置き、ベッドに座りグラスの水を飲んでいるルルーシュに、コーネリアは安堵の表情で弟に語りかける。
「起きたのか、ルルーシュ」
「ええ、つい先ほど。俺をさらった連中から姉上が助けて下さったとか・・・それにはお礼を申し上げますよ、姉上」
「そんなことはいい、ルルーシュ。お前が無事でよかった」
「さて、その無事もいつまで続くことやら」
皮肉げにそう呟く弟に、あんなにも仲がよかったというのに不信を露わにする弟にコーネリアは溜息をついた。
「俺がゼロだと姉上はご存じのはずだ。総督としては俺を反逆者として本国に突き出すのが正しい道のはず。
よろしかったですね姉上、これで皇族殺しのゼロを捕らえた功で、貴女の地位は安泰だ」
「ルルーシュ、私はお前がゼロと知っていたら・・・・!」
「知っていたらどうしました?」
クックックと喉を鳴らして笑う弟に、七年前とはあまりにも違う末弟に言葉を失った。
ユーフェミアはルルーシュを変わっていない、以前のように優しい彼だと言っていたが、不敵に笑う目の前の少年がそうだとはとても思えなかった。
「・・・変わったな、ルルーシュ」
「ええ、お互いにね姉上。七年という月日と俺と姉上が取り巻いていた環境は、甘さを捨てなければ生きていけないものでしたから」
コーネリアは軍人として己の地位を確立するため戦場を渡り歩き、自分はいつブリタニアに見つかり殺されるかという恐怖と隣り合わせで過ごしていた。
形は違えど常に考え、動いていかねば生きることが出来なかった。大事な妹がいるから、なおさら細部にまで気を使わなくてはならなかったから。
「確かに、当時はそうだった。だが今は違うんだルルーシュ。
私は今や軍でもナイトオブラウンズに次ぐ地位を持ち、皇位継承権も五位と高い。お前達を守ってやれるくらいの力はある。
だからルルーシュ、ゼロなどやめてここで穏やかに暮らして欲しい。マリアンヌ様もきっと、それをお望みのはずだ」
「お断りする。俺はブリタニアという国が気に入らない。
いつ誰に裏切られるか、蹴落とされるかという恐怖とともに暮らしていかなくてはならない居場所など、俺には不要だ」
あっさりと一蹴されて、何故自分を信用してくれないのかとコーネリアは途方に暮れた。
ユーフェミアも説得するから大丈夫と言ったら、首を横に振って無理だろうと言っていたが、何が彼にここまで不信を抱かせたのだろう。
「姉上の考えていることは解ります。“ルルーシュがゼロだと知らなかったから掃討しようと作戦指揮を執ったが、正体を知ったからには出来る限り保護をしてやりたい。
それなのに何故自分を信じてくれないのだろう”でしょう?」
「ああ、そうだ。あんなにも仲がよかったではないか」
「ええ、だから余計に驚きましたよ姉上。あの誇り高く気高い武人だった貴女が、テロリストをおびき寄せるためだけに一般市民も数多くいたサイタマの者達を虐殺したあの行為にね。
あんなことを平然とするようになった姿を目の当たりにすれば、信用など出来ませんよ。
弱者であることが悪ならば、貴女の庇護がなければブリタニアで生きていくことが出来ない俺を庇うこと自体がおかしい。
・・・違いますか、姉上?」
「イレヴンとお前とは違う!!」
「違いませんよ姉上。貴女がたがナンバーズと差別し虐げている彼らと俺達とは、まったく同じ生き物です。
家族を思い、ただ穏やかに暮らしていくことを望み、そのために努力をし続けているのですからね。俺は貴女より彼らの方がよほど理解出来ます」
「ルルーシュ、目を覚ませ!マグヌスファミリアの小娘はお前の正体を知っていて家族と戦わせているんだぞ。
それはおかしくないというつもりか?!」
あの小娘に惑わされているだけだとあくまでも他者に責任を負わせようとするコーネリアに、ルルーシュは大きく溜息を吐く。
コーネリアの視点から見れば、ルルーシュはエトランジュ達に惑わされてブリタニアに反旗を翻したように見えたのだろう。
そう考える方が家族大事の彼女にとって全て都合のよい事態であり、尊敬する女性の息子であり可愛がっていた末弟が自分と戦うなどあり得ないと信じたいに違いなかった。
「そう考える方が貴女にとっては楽でしょうね。では一つ教えておきましょうか。
エトランジュ様が日本に来たのはナリタ連山戦の後なのですよ、姉上。どういう意味か、お解かりか?」
「な、なんだと・・・?!」
「事実です。スザクをオレンジから救出した時の映像を見て俺の力を借りようとやって来ただけで、ゼロの正体など知らずにね。
とある事情で正体を知られてしまいましたが、何も言いませんでしたよ。むしろ事情を知って呆れ果ててましたね・・・ブリタニア皇族にですが」
「そんな・・・まさか・・・!」
あの小娘にたぶらかされてのことだと信じたかったコーネリアは、全て弟の意志でやっていたことだと知らされて呆然となった。
「知っていたのなら、何故お前に協力する?お前はそれでもブリタニア皇族、正体を知ってお前を信用しようとするはずが・・・!」
「あの方々がまともな思考回路をしているからですよコーネリア姉上。
だからこそ神根島でユフィも助かったんです。ご存知でしたか、漂着した彼女を見つけたのはエトランジュ様だということを」
てっきりルルーシュが発見したからユーフェミアが助かったと思いこんでいたコーネリアは、見つけたのは自分が滅ぼした国の女王本人だと知って、理解出来ないという顔になった。
「偶然砂浜に流れ着いたところを救助したそうです。彼女達が憎んでいるのはコーネリア姉上、貴女であってユフィではなかった。だから殺さなかったんです。
まあ人質にするなどの価値があったというのもありますが、もし見つけたのが日本解放戦線の残党だっりしたなら十中八九ユフィの命はなかったでしょうね」
ブリタニア皇族は皆殺しだ、と考えているレジスタンス組織なら、ユーフェミアを発見した途端に殺すか人質に使うかと、どのみちろくな扱いにならなかっただろう。
しかしエトランジュ達は殺したらコーネリアに心理的な打撃を与えることにしかならず、その後やつあたりで日本人達を虐殺するなどの行為に走りかねないと判断し、また特に彼女に思うところもなかったし人質にもなるだろうと考え、手当をして保護したのだ。
「そして俺に関しても同じことです。ブリタニア皇族に敵対しているのなら問題ないと判断したから、俺に協力して指示に従ってくれました。
よかったですね姉上。彼女達が本人ではどうにもしようがない血管の中身ではなく、どうにかしようがある行いを憎んでくれる人で」
「行いを・・・憎む・・・・」
コーネリアはこれまで自分がしてきた行為に対して恨まれているのだと指摘されたが、それもブリタニアの繁栄のためだと言い募った。
「だがそれもブリタニアが進化するためだ!争うことで進化が促されることこそが!!」
「それがブリタニア国内で終わっていたら、別にどうでもよかったんでしょうけどね。
他国が進化をしたいから手伝ってくれと、いつブリタニアに言ったんです?」
「何百年も同じ生活を続け、進むことを忘れた怠慢な者達に何が解る!!」
「ほほう、エトランジュ様達が国内で自ら田畑を耕し、漁業を行い、機織りをして暮らすことが怠慢だと?
あの国では働かない者は国益を害したとみなされて処刑されるそうですが」
「それは、その国だけのことだ!あの国は他国の租税回避地で」
「王族以外口座を持てないそうです。ちなみに人口がニ千人しかいないので軍隊もおらず、下手なことをすれば自分の首が締まるだけだと思いますがね」
自らの視点でしか物を見ようとしない異母姉に、何を言っても無駄だとルルーシュは判断した。
ルルーシュは知っていた。そう思わなければ姉がやっていられないのだということを。
彼女はこれまで、その大義名分の下やっていることがあまりにも大きすぎる。
多くの者達を殺し、その屍の上を歩いて来たのだ。是が非でも正しいのだと信じ込まなくては、壊れてしまうしかないのだ。
マグヌスファミリアも二千人しかいない非武装国家であり、あの国に非がないとしたなら彼女のしたことは戦争ではなくただの虐殺でしかない。
だからこそ今更否定することが出来ず、余計に国是を妄信したというある種の矛盾が彼女の中に渦巻いている。
「一人を寄ってたかって殺そうとするような卑怯な連中に、何が出来る?!」
「・・・一つだけ言っておきましょうか姉上。どうして彼女達があそこまで貴女を憎むのか」
と、そこへギルフォードと言い争う声が響いて来たと思うと、強引にスザクと共に入室してきたユーフェミアが言った。
「私にも聞かせて下さいルルーシュ」
「ギル・・・!ユフィ!なぜここに来た?!」
誕生パーティーが終わってそのままやって来たのだろう、盛装をまとったままの彼女は即座に政庁にやって来て、ここに来たらしい。
傍らには止めようとしたギルフォードを申し訳ありませんと言いながら力ずくで抑え込んでいるスザクがいる。
「すみませんギルフォード卿。ユーフェミア様のご命令ですので」
「・・・騎士としては主君に従う殊勝な行為だと褒めたいところだが、な」
スザクがゆっくりと彼を解放すると、ルルーシュはコーネリアとギルフォード、二人ともいるならなおさら好都合だと左目を軽く撫でた。
突然の妹の乱入に、コーネリアはドロドロの会話に加わらせたくないと思い、ユフェミアに命じる。
「ユフィ、ルルーシュは怒りで頭に血が上って冷静な判断が出来なくなっているだけなんだ。私が必ず説得するから、部屋に戻れ。
枢木、ユフィを部屋に連れていけ!」
「いいえコーネリア総督閣下。ユーフェミア様は事実を知りたいとお望みです。
騎士として、自分はその命を全うしたく思います」
ユーフェミアも意地でもここから出ていかないという決意を瞳に秘めて、姉に言った。
「もう逃げるのはやめましょうお姉様。私達は他人が悪いと責任転嫁ばかりして来て、事態を悪くさせているだけなのです。
最後まで話し合いましょう、お姉様。先ほど陛下とお話をなさったと伺いました。
・・・何を命じられたのですか?」
妹の鋭い指摘にコーネリアが怯むと、半ば予想していたルルーシュはフッと笑った。
「・・・なるほどな、この茶番はあの男の仕業ということか。どこまでも忌々しい奴だ」
「ルルーシュ・・・」
「姉上の立場では仕方ありませんね。先に言っておきますが、貴女がユーフェミアを第一に考え、彼女を守るために自分の地位を確立するがゆえだというのは解っています。
俺も今していることはナナリーのためですから、お互い様だということでそれについてはどうとも思っておりません」
もともと誰にでも自分の一番大切なものというものがある。エトランジュ達に限らず日本、中華、その他の国々もそれは同じだ。
一番がそれぞれ違うのが問題なのではなく、その一番を他者に押し付けることが問題なのだ。
そしてそれを知っているルルーシュとエトランジュ達は建前を綺麗に取り繕って見せることで、他人の共感を得て仲間を増やすことに成功した。
誰にでも自分の一番があるから私の一番も理解して下さいと言えば、たいていの人間は頷くだろう。
「だからこそ俺とエトランジュ様は、互いに手を組むことが出来た。
そしてここが重要ですが、別にブリタニア人全部を憎んでいるわけではないんですよ。普通に元ブリタニア貴族の仲間もいますし」
エトランジュ達は“ブリタニア人”と“ブリタニア皇族”、さらにその中でも“植民地支配に貢献している皇族”と“国是に反対している皇族”、その区別が出来ている。
そしてそれこそが、ルルーシュが彼女達を重んじる理由の一つでもあった。
「俺もブリタニア人です、その区別が出来ている人間がブリタニアが滅んだ後に大きな発言権を持っていることは、その後のブリタニアのために非常に重要なことですからね。
『差別主義を掲げている皇族はいなくなったのだから、それ以外のブリタニア人を迫害していくのをやめよう』と言ってくれますから」
ともすればブリタニア人かもしれない正体不明のゼロが言うより、身元がはっきりと解りまたブリタニアの支配を受けていた国の女王が言う方が、はるかに説得力がある。
他人の共感を得るために重要なのは、筋の通った理論とそれを実行に移す行動だ。
彼女の周囲に打倒ブリタニアに貢献したブリタニア人達がいればその言葉が説得力を持ち、その彼らと仲良くしていればなおさらその効果は上がる。
ルルーシュのプランとしては、まず日本解放を行った後ユーフェミアを保護して特区によって平和的にブリタニア人と他国人とを共存させようとした国是に対抗した皇族であると宣伝する。
その後超合集国を創立してその軍隊として黒の騎士団のトップに立ち、EUを超合衆国に組み込むか同盟を結ぶ際にエトランジュを表舞台に立たせて発言力を持つように仕向け、ブリタニアを滅ぼした後にユーフェミアを合衆国ブリタニアの代表として立たせ、エトランジュと握手でもして貰って平和をアピールするという展望がもっとも望ましかった。
ただ本人達は目立ちたくないという事情があるので嫌がられることは明白だったためこのプランはまだ話していないのだが、そうしなければ戦火が無駄に広がると解れば協力してくれるとルルーシュは読んでいた。
「逆の立場で考えてみるといいでしょう。
そうだな、ある日エイリアン辺りが攻めてきて俺達の方が強いんだから従えと言ってユフィや他の皇族連中を殺したと想像してみるがいい。
姉上は自分達が弱いから仕方ないと諦めるんですね?ユフィが無残に殺されても、それで当然納得するんでしょう?」
「・・・それとこれとは!」
「違わない。貴女は家族を殺した殺人鬼だと思われてるんです。それもいつ持っている凶器を振り回すかしれない、危険な殺人鬼にね。
想像してみてください。すぐ頭上に巨大な石を持っている巨人がいたとしたら?怖くありませんか?」
「・・・・」
「それが自分一人ならまだ耐えられるかもしれませんが、ユフィがいたら?そこで安心して暮らせますか?
姉上は七年前に士官学校におられた時におっしゃってましたよね、恐怖とは克服するものだと・・・彼らも同じように恐怖を克服して巨人を倒し、心の平穏を得ようとしたにすぎません」
ルルーシュはエトランジュ達が残酷だと思ったことはない。ただどこにでもいる家族と暮らせればそれで幸せになれる人間達だ。
それでもその彼女達がよってたかって一人を殺しにかかった一番の理由は。
「彼女も俺も、ブリタニアが怖いんですよコーネリア姉上。いつまた気まぐれに力を振り回して家族を殺されるかと、戦々恐々としている。
特にサイタマの惨状を聞いて知っていますからね。囮にされた側からすれば平和に暮らしていたのに突然また家族を奪われたとしか見ません。
復讐心もあったでしょうが、それを上回る恐怖が俺と彼女達をあの行動に駆り立たせたんです。自分達に愛情を向ける気などないことを、身を持って知っているからです」
「だからそれは!!」
コーネリアはそれも平和のためで多少の犠牲はやむなしと言い募る姉に、ずっと黙って話を聞いていたユーフェミアは平和とは何なのだろうと思った。
家族と穏やかに暮らせるならそれで幸せ、と神根島でエトランジュは言った。
ただブリタニアはいきなり襲ってきて家族を殺したのだ、だから信用出来ないと言った。各地で理不尽にナンバーズと蔑み搾取し続けるその態度がもう怖いのだと。
姉を自らの命をかけて襲った田中という夫妻は、既に守るべきものを亡くしていた。
だから復讐心だけでコーネリアを襲ったが、そうではない者はまず己の宝物を守るために動く。
いつまでも憎悪の中で生き続けることがどれほど不毛か知っている者は、無理やり理屈をこねてでもそうではない道を模索する。
けれどコーネリアが憎い、同時に恐ろしい。その感情に挟まれた彼らが選んだのは、徹底的にその元凶“のみ”に憎悪の矛先を向けることだったのだ。
そうすればその元凶だけを相手にして、それが終われば他の者達にまで憎悪の連鎖を繋げずにすむ。
恐怖の中で人は暮らすことは出来ない。どうにかしてその原因を排除しようとするのはおかしいことなのかと言われた時、ユーフェミアは姉が執拗に狙われている理由を思い知らされたのである。
「・・・お姉様にとって平和とは、ブリタニア人が穏やかに暮らすことなのですね」
「我らはブリタニア皇族だ!そのために尽くすのは当然ではないか」
「でしたらもう、ルルーシュを説得することは出来ません。だってルルーシュは、もうブリタニア皇族ではないのですから」
自ら継承権を破棄して父に棄てられたのだから仕方ないと言うユーフェミアに、コーネリアは少し苦渋に満ちた顔をしたがルルーシュに向き直った。
「ルルーシュ、今しがた私は陛下から命を受けた。お前に命を与える、それを遂行出来ればお前を皇族復帰させてもいいと。
私がそれを手配すれば、ゼロの罪を免じて私を後見人として復帰させるとのことだ」
「いらぬお世話です」
どこまでもふざけたことを、と怒りに震えるルルーシュを見て、ユーフェミアは姉と彼との和解が不可能になったことを悟った。
コーネリアとしては百%の善意で申し出たのだろうが、それはルルーシュの尊厳と意志を無視する行為であり、プライドの高い彼からすれば侮辱されたに等しかった。
「なるほどエトランジュ様のおっしゃるとおりだ。
ブリタニア皇族と俺達の間では、考えが違うという以前に感性が根本から違っているようだ」
中華でのシュナイゼルとの会談の後、エトランジュがシュナイゼルは喧嘩を売って来たのかと聞いてきたのでそのつもりはない、相手からすれば譲歩のつもりだろうと答えると、彼女は唖然とした顔でそう言ったのだ。
その理由は明白だった。
「貴女がたは逆の立場になって考えるということが出来ないんですね。だからこうも他者の意志を無視した行為が平然と行えるわけだ。
どうせ俺が拒否をしてもやるんでしょう。で、どんなふざけた命令をしたんですかあの男は」
もはや話し合いなどするもバカバカしい、とばかりにコーネリアに尋ねると、コーネリアは言った。
「お前の傍にいる女、C.Cという者を差し出せと。
お前を必ず救出に来るから、その時に捕まえろとのことだ」
「C.Cか。狙いはあいつか」
ルルーシュがずっと話を聞いていたC.Cに脳裏で語りかけた。
《・・・だそうだが、C.C?》
《とうとう実力行使に出たか・・・シャルルも焦っているな》
シャルルと呼び捨てにしたことで、この魔女があの最悪の父親と知り合いであることを知った。
《あの男と知り合いとはな。お前は本当に俺の味方か、疑いたくなったぞ》
《以前は手を組んでいたが、諸事情で別れただけだ。あいつの計画には、私のコードが必要なんだよ》
《ほう、なるほどな。
・・・どうせ今聞いても、話す気はないんだろう?》
ルルーシュの自分をよく理解している言葉に、C.Cはいいや、と首を横に振った。
《・・・もういい、全て話す。ここまでことが拗れたし、それに私との契約を果たしてくれるという約束を破るお前ではないからな》
《解った、全て聞かせて貰う。だがそれはここから脱出してからだ。
エトランジュ様からのリンクを繋いでくれ》
《解った。マオ、エトランジュに連絡してくれ》
C.Cがマオに命じた一分後、エトランジュの心配そうな声が脳裏に響き渡った。
《よかった、無事だったんですねゼロ。今はどのような?》
《今コーネリアからふざけた申し出があったところですが、却下しました。
今回の騒動はあの男が発端のようです。コーネリアに何やら命じたようなので、貴女にも聞いておいて頂きたい》
《解りました。あ、それとナナリー様はご無事です。今は皆様で樽にナイフを刺して海賊を脱出させるゲームをなさっておられます》
《そうですか、護衛の手配をありがとうございます》
実に的確に自分のフォローをしてくれるマグヌスファミリア一行に感謝しながら、ルルーシュはコーネリアに尋ねた。
「で、俺を餌にしてC.Cを誘き寄せるとのことですが、どんな手段を使う気ですか」
「・・・お前の記憶を操作して、一般人としてアッシュフォードに戻すそうだ。
そしてC.Cという女が来たところでそれを捕えれば、お前を解放する、と」
「何だと?」
《シャルルもV.Vが与えたギアスを持っている。“記憶を操作する”というギアスで、自由に記憶を消したり刻んだりが可能だ》
C.Cが教えたシャルルのギアスに、ルルーシュは舌打ちした。
《あの男もギアスを持っていたとはな・・・待てよ?》
姉コーネリアは明らかに不自然な様子で母の護衛を外していた。
もしかしたら、母にそう命じられたという記憶を植え付けられていたとしたらどうだろうか。
あの男・・・シャルルが最初から自分達を日本への取引材料に使うつもりであの事件を起こしたのだとしたら・・・。
《・・・あり得ない話じゃないな。これではコーネリアにギアスをかけて事実を聞いても、話にならない》
誰があの男に記憶を操作されているか解らない以上、事実を話せと命じられてもそれが真実かどうかは解らない。
マオに心を覗いて貰っても、結果は同じだろう。
「そうか、なら伝えろ。勝手にしろとな」
シャルルがギアスを持っていると知れただけでも、収穫があった。
今度の件で共犯者の魔女もいろいろ話す気になってくれたようだし、前向きに考えれば悪いことばかりではなかったとルルーシュは思った。
「ルルーシュ、それが済んだら私とユフィと一緒にこのエリア11で暮らそう。
クロヴィスがアリエス宮を模して作った庭園が屋上にあるんだ。いずれこのエリア11を平定出来たら・・・」
「クロヴィスが・・・そうか・・・」
ルルーシュが軽く瞑目してかつて自分が殺した兄の姿を思い浮かべると、ついで笑った。
「残念ですがそれは無理です。俺はブリタニアをぶっ壊す」
「ルルーシュ!!」
「いい加減に諦めろコーネリア。俺はゼロ、世界を壊し創造する男だ」
既に姉とも呼ばず宣言するルルーシュに、コーネリアは怯んだ。
「貴女は貴女なりに俺達を想っていることはよく解った。ブリタニア皇族としては最大限に出来る庇護だということも理解している。
だがな、俺にとっては最大の屈辱だ!!
自身の記憶を言いように弄られ、仲間を売る行為に加担させられる上にさらにナナリーのことを忘れろと言うも同然の言葉をどう思ったか、その程度のことすら考えられないというなら貴女と話すべきことは何もない」
理解はするが納得はしないというルルーシュに、コーネリアはなおも食い下がる。
「ル、ルルーシュ・・・だがそれが終わったら!」
「いい加減になさって下さいお姉様!
ご自分の都合ばかりを押し付けて、ルルーシュを利用しているだけだとどうしてお気づきにならないのです!」
たまりかねたユーフェミアの叫びにコーネリアは唖然とした表情になった。
最近自分に反抗するようになったのもまさかルルーシュやマグヌスファミリアの女王に余計なことを吹き込まれたのではと考えたのが、弟妹達はすぐに悟る。
「もういいユフィ。俺は自力でここから脱出する。
既に俺を救出するために動いてくれる仲間がいるから、心配するな」
「ルルーシュ・・・!!」
「君は特区を・・・俺達ブリタニア皇族のために理不尽な侵略に遭った日本人達を頼んだぞ」
「・・・解ったわ。役に立たなくてごめんなさい」
ユーフェミアはルルーシュに向かって頭を下げると、姉に向かって言った。
「お姉様、私ルルーシュの生存をいつまでも隠しておくつもりはなかったんです。
特区を成功させて、私達がいつまでも他国の人達を虐げてはいないと信用を積み重ねていけばルルーシュもゼロの手段を戦争ではなく、別の形にしてくれると思ったから」
「ユフィ・・・」
「穏健に治めてくれるのならと、私の誕生日を祝ってくれるほどでテロなど起こっていません。
ルルーシュが抑えているというのが一番大きな理由でしょうけれど、やっぱり自分を虐げる者など誰も支持をしないということでしょう」
ルルーシュを助けるために特区封鎖を申し出た時、アルカディアはありがとうと心からの礼を述べてくれた。
やはり人は行動によってしか他者を評価しないということだろう。
「お姉様のなさろうとしていることは、ブリタニア皇族としては正しいのでしょうね。
それが一番だと私にも解るのですが、それはルルーシュの立場としては悪意でしかないのです。
善意が常にいいように動くとは限りません。私はそれをお姉様がお倒れになられた時にゲットー封鎖をしてしまい、日本人の皆様に多大な迷惑をかけてしまったことで嫌というほど思い知りましたから」
日本人狩りを防ぐためにしたことなのに、物資を制限させる結果になってしまったことで餓える者を大量に生み出してしまったのだと後悔する妹に、コーネリアはそれはお前のせいではと慰めようとしたが彼女は首を横に振った。
「他人の立場になって考えるということがどれほど大事なことか、今の私にはよく解りますお姉様。
それが出来ない人間は、他者に理解されることはないのでしょう。
逆に考えて国のために私を忘れて囮になれ、代わりに上の地位を約束すると言われたら、それを是とするのですか?」
「・・・!!!」
「私だったら絶対に嫌です。私お姉様が大好きです。忘れるなんて出来ませんもの」
妹に諭されたコーネリアがただただ言葉を失っていると、彼女はさらに続けた。
「お姉様に守られていたから、私もお姉様のために何かをして差し上げたかった。
ルルーシュがお姉様を信用していなかったから、私が信用を積み重ねていけばいつかはルルーシュもお姉様と話し合いをしてくれると思ったのです。
信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものです。私達は七年前にルルーシュを見捨て、ろくに探しもせずに死んだと決めつけてしまったから、信用なんてあるはずがありません」
妹は妹なりに自分を助けようとしていたのだと知ったコーネリアは、妹の言うように確かに信用とは積み重ねていくべきという言い分が正しいと納得した。
「・・・私を信用しなかったというのはルルーシュ、私があの日のアリエス宮の警備を担当していたと知ってのことか?」
「本当なのですかお姉様?!それなら何故!」
「違う、私じゃない!・・・あの日、マリアンヌ様に頼まれたのだ、警備を外して欲しいと!私だけでもと言ったが、ご自分はそこらの賊になど引けは取らぬとおっしゃられて・・・!!」
懸命に否定するコーネリアに、アルカディアを通じてルチアが知らせた情報は正しかったかと思った。
「そこまでは俺も聞いた。当時の警備隊の男の貴女に言われて警備をしなかったという証言を聞いたからな。
ただ、母の命令で警備を引き上げたというのが気にかかった」
そうだろうな、とコーネリアは額を押さえた。自分だって自身が担当でなかったなら絶対に信じないような言い分だ。
(ルルーシュもあの事件を調べて・・・待てよ、あのジェレミア・ゴッドハルトは当時の警備隊の男だった。
あのオレンジ事件は、まさかルルーシュの命令で?!)
ゼロがルルーシュであり、その彼の命令でジェレミアが動いていたのだとすれば、あの不可解な事件の説明が全て通る。
強引にスザクをクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げて真犯人をごまかそうとしたが、 枢木 スザクはルルーシュの親友だと聞かされたのでその彼を救うためにスザクを差し出したのだとすれば、あの日絶対に口を割らなかったことも納得だ。
何しろあの男は、マリアンヌを守れなかったと悔いてルルーシュ達が日本に送られる時も、自分だけでも護衛にと幾度も嘆願していたほどだった。
それだけの忠誠心を持っていたが故にあのオレンジ事件で彼には失望したのだが、ルルーシュの命令でやったのだとすればルルーシュが聞いた証言の元も、自分に対する不信も納得がいく。
実のところそれらは誤解であり、ジェレミアはゼロの正体など知らないしアリエス宮の警備をしていた男というのは彼ではなくEUに亡命した男だったのだが、ギアスを知らないコーネリアとしては理屈の通った話にそうだと判断してしまった。
なまじ優秀だったがゆえに、勝手に情報を組み立てて説明をつけてしまったのである。
(まずいぞ、あの男は既にシュナイゼル兄上が研究している実験の適合体として兄上の研究施設に送ってしまっている。
自分の忠臣を人体実験に使ったのかと怒り狂うことは必至だ)
お前の部下だと知らなかったと言えば弱者と見なせば簡単に外道な人体実験に使うようなところに誰が戻るかと、さらに態度を硬化させることは目に見えている。
話が進めば進むほど己を取り巻く状況が悪くなっていくことにコーネリアはめまいがしたが、唯一の救いは最愛の妹が自分を信じたことだった。
「お姉様がマリアンヌ様を殺したなど、私は信じません。絶対に何かの間違いです、ルルーシュ」
「ユフィ・・・」
ほっと安堵の表情で妹を見たコーネリアだが、ユーフェミアが信じてもルルーシュが信じなくては意味がないので彼に視線を向けるが、ルルーシュも彼女が母の暗殺に直接関与している可能性は低いと思っていたので溜息をつきながらも頷いた。
「まあそうだろうな。だがそれと貴女を信じるのとは別の話だ。
俺の意志を無視して記憶を消して仲間を売らせるような行為に加担させようとする時点で、信用などはるか地中深くに潜ってしまっただけだ」
自分の疑いは晴れているようだが結局自分を信じる気がないと言われたコーネリアは、これほど途方に暮れたことはないと思った。
「もう結構だ。貴女の立場を思えば仕方ないと、責めることはやめておこう。
ただし、貴女も俺のやることを責める権利はない。ここから逃げることに成功したら、俺はゼロとして再び反旗を掲げてやる。せいぜい気をつけることだな」
口ではそう吐き捨てるルルーシュだが、内心では国是に縋りブリタニア皇族としてしか生きられない異母姉に同情してもいた。
もし自分がブリタニアに残っていたら、その姿こそが自分であったかもしれないのだ。
妹を守るために、背後の権力を使うべくもしかしたら自ら国是を肯定し侵略に加担していた可能性は大いにあった。
だが、自分は既にブリタニア皇族としてではなくルルーシュとして生きる道を選び、ゼロとして世界を壊し優しい世界を構築すると決めた。
道はすでに分かたれたのだ。
だからルルーシュは、最後に姉に尋ねた。
「最後に、一つだけ伺いたい。貴女はナンバーズと蔑む者達と手を取り合えることが出来ると思いますか?」
「・・・無理だな、生き方を変えることなど出来ん。
私が節を曲げれば、これまで私に従ってきた者達はどうなる!!
上に立つ者は決して、己の行為を否定するような振る舞いをしてはならんのだ!!」
ブリタニア皇族として生まれ、さらに上の方に生まれた彼女にとって模範を示してきたコーネリアの矜持に支えられた意志は、何者も崩せなかった。
「貴女ならそう言うと思っていた。残念ですよ姉上・・・もしも少しでも反省して下さっていたなら、俺も貴女の手を取り合いたかった」
「ルルーシュ・・・」
「さっさとご自分の使命を果たすべく、取り計らってきたらどうです。
ではいずれ戦場でお会い致しましょう、コーネリア総督閣下」
最愛の姉と大事な異母兄が戦い続ける運命になってしまったユーフェミアは、顔を押さえて涙を流した。
「お姉様、ルルーシュ・・・」
「君は本当によくやった。君には特区が精いっぱい、それを頼んだぞ」
ルルーシュはそうユーフェミアに微笑みかけると、主君の肩を撫でるスザクに言った。
「スザク、お前はユフィを頼む。俺の正体を知りながら黙っていたなどとあの男が知ったら、何をするか解らないからな・・・守ってやってくれ」
「・・・解ったよルルーシュ。僕が必ず守る」
スザクが力強く頷くと、ルルーシュは前髪をかきあげた。
それは二人だけの合図の一つ、“席を外してくれ”という意味だった。
「ユーフェミア様、もう僕達に出来ることはありません。今宵はもう休みましょう」
「スザク、でも!!・・・解ったわ」
スザクがじっと言うとおりにして欲しいと視線で訴えかけるのを見たユーフェミアが、ルルーシュとコーネリアを幾度も振り返りながらそっと部屋を出て行く。
「さて姉上、これで四人だけになりましたね」
うっかりユーフェミアにまでギアスをかけてしまうことを避けるために、二人に席を外させたルルーシュはコーネリアに確認した。
「あの男は、俺と直接会うのをやめろと言っておりませんでしたか?」
「・・・ああ、余計なことを吹き込んでこちらを惑わす恐れがあるから、誰にも会わせるなとな」
それでも自分に会いに来てくれたのは、コーネリアにある身内への甘さだった。
コーネリアの疲れ切った声音の答えに、シャルルが自分のギアスについて知っていることを確認したルルーシュは、コンタクトを外して自分も姉に対する最後の愛情としてギアスをかける。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴女は・・・」
ルルーシュが静かに声を紡ぐと、その言葉は絶対遵守の命令となって彼女に刻み込まれる。
「・・・解った、そうしよう」
「し、しかし姫様・・・それでは」
ギルフォードがまさか聞き入れると思わなかった主君に驚くが、続けてルルーシュは彼にもギアスをかけた。
「ギルフォード、お前は全てのイレギュラーを無視しろ!」
「・・・イエス、ユアハイネス」
しばらく我を忘れていた二人がはっと我に返ると、ルルーシュは冷やかに言った。
「用はお済みでしょう、とっとと出て行って下さい。不愉快だ」
「ルルーシュ・・・すまない。だが、これが終われば必ずお前とナナリーは守るから」
コーネリアは言いわけのように告げると、ギルフォードを伴って部屋を出る。
こうして脱出のためとそれが失敗した場合の保険をかける意味を込めたギアスをかけ終え二人を追い出したルルーシュは、じっとやり取りを聞いていたエトランジュに言った。
《これでここでの俺の救出がやりやすくなりました。アルカディアを政庁に入れて頂きたい》
《解りました。伺っておりますとシャルル皇帝もギアスを持っており、そのギアスを使って貴方の記憶を消すとのことなので、彼が来る前にカタをつけなければいけないようですね》
エトランジュが確認するとルルーシュが頷き、すぐにアルカディアから返事が来た。
《今からカレンさんに連絡して、ユーフェミア皇女にエドワードを呼ぶようにして貰えばいいのね。
その後は私のギアスを使って脱出すればいいわ》
ダールトンが言うには自分を誘拐した者達が政庁におり、シャルルの手の者だと聞いてはうかつに一人で出るのは危険過ぎる。
ゆえにギアスによって周囲の者を操って操作するだけでは、危険なのである。
監視カメラなどについてはアルカディアが隙を見て画像を操作すればいいし、使用人の形でマオが一緒に政庁に来れば成功率は百%に近くなるはずだ。
《では救出作戦に入ります。連絡は常に行いますので、ご指示をお願いいたします》
ルルーシュはそれを了承すると、椅子に座ってふっと嘲るように笑った。
(もはや怒りどころか同情の声すら上がらなかったか。呆れを通り越して無感動になったらしいな)
自分ですらそうだったのだ、何を言うのも馬鹿らしいと思うのも無理はない。
ユーフェミアはどう思ったのだろうか。見た限りでは自分の方に理解を示してくれたようだが、だからと言って姉を窮地に追いやるようなことをする勇気が、彼女にあるのだろうか。
出来る限り何とかしようと頑張っていたのにこんな結果になってしまったことに絶望して、落ち込んでいなければいい。
「ユフィ、すまなかった。だが、せめて君だけはどちらが勝とうとも生き残って貰わなくてはならない」
自分達が勝てればそれでよし。だが万が一負けたならナンバーズを守る最後の砦として特区を守り、広げていって貰いたかった。
見方を変えれば、特区もまた植民地政策に効果的な一面があるのだ。
それを伸ばし不当な虐待から逃れるための箱庭を作り維持していく役目を、彼女に託したいのだ。
ルルーシュは心の中でそう謝罪した後、自らが脱出するためのプランを練り始めるのだった。
部屋から追い出されたコーネリアは、黙りこくったまま自分の執務室に戻ると頭を押さえ苦悩した。
「姫様・・・姫様は精一杯のことをなさいました。
ルルーシュ様にもそれはご理解頂いているではありませんか」
ギルフォードはそう主君を慰めたが、コーネリアはとても弟には言えない先ほどの父皇帝との通信を思い返していた。
『ゼロがルルーシュだったそうだなあ、コーネリアよ』
『・・・は、その、若気の至りと申すべきでしょうか、こちらの不手際を悪いように勘違いしたようで』
やはり父に知られていたと、コーネリアは青ざめた。
『陛下、今後は私が監督いたしますゆえ、今回のことはどうかお見捨ておき頂けませんでしょうか。ゼロなどやめるように必ず諭しますゆえ・・・』
いざとなれば皇位継承権を下げてでも、とコーネリアは思ったが、意外にもシャルルは怒っていない様子で笑った。
『わしに刃向う不肖の息子だが、結果的に我がブリタニアを進化させることに大いに貢献しておる。
戦うことこそ目的を遂げるために必要な行為であると、あれが自ら実証したのだからな。皮肉なものよなあ』
『陛下・・・?』
まさかルルーシュを認めるとは思ってもいなかったコーネリアは唖然としたが、言われてみれば望むものを得るためには戦って奪えという父の言葉に、それしか手段がなかっただけとはいえ結果的にルルーシュは従っている。
その意味ではルルーシュは国是を守ったのだと言えなくもない、ゆえに咎める必要はないという父の言葉にコーネリアは複雑な気分になった。
そういえばクロヴィスが死んだ時も『クロヴィスの死もブリタニアが進化を続けているという証拠』と言い切り、ゼロを悪だと言っていなかった。
『だがそれもここまで。勝ち続けられなかったあれが悪いのだ』
『皇帝陛下!!』
敗者こそ罪人と言うシャルルにコーネリアが再度ルルーシュの助命を乞うと、父はあっさり了承した。
『構わん、どうせこれ以上何も出来まい。
だが余計なことを続けられては計画が狂うのでな、あれに仕事を与える。それが済んだら、お前の好きにするがいい』
『・・・ありがたきお言葉にございます。ルルーシュはもいつかは陛下の温情を知り、感謝することでしょう』
ルルーシュが聞けば怒りのあまりそれこそシャルルが生身でいようともガウェインで襲いかかりかねないやり取りだった。
「・・・だが、記憶が戻れば確実にまた反旗を翻すと宣言したぞ。
敵国の皇族をリーダーにするくらいだ、大した力がないだけにルルーシュを必死になって奪回にかかるだろうから、気は抜けん」
自分に対して信用などあるものか、とルルーシュは言った。
妹も自分達がしたことを思えば当然だと言い、だからこそ信用して貰うためにルルーシュ達が安心して暮らせる特区を作ったのだ、とも。
(おそらくあそこでルルーシュ達が暮らしてくれれば、と思ったんだろう。確かにブリタニアから隠れている二人を保護するにはそれなりに効果がある。
・・・そうだ、私がきちんとルルーシュやナナリーを保護出来るということを見せれば、ルルーシュも態度を変えてくれるかもしれない)
信用とはして貰うのではなく積み上げていくものだという妹の言葉は、確かに正しい。
自分だってそうしてこの地位を確立して来たのだから、ルルーシュに対してもそうするべきだとコーネリアは考えた。
「ナナリーを保護して、あの子を大事に匿い皇族復帰をさせて穏やかに暮らしているのを見ればきっとルルーシュも私を信じてくれると思うのだが、ギルはどう思う?」
「はい、よき案かと存じます姫様。
ナナリー様が大事にされて幸福にお暮らしになっておられれば、ナナリー様からルルーシュ様を説得して頂けるやもしれません」
「そうか、そうだな。調べたところ既にルルーシュはナナリーを連れてアッシュフォードを離れているそうだが、エリア11内にはいるはずだ。
極秘に探してナナリーを保護しろ。黒の騎士団の基地の中にいるかもしれんが、その場合は殲滅させてでも連れ戻せ。
ナナリーがブリタニア皇族と知れれば、ゼロであるルルーシュがいない今どんな目に遭わされるか知れたものではないからな」
それをエトランジュ達が聞いていたら、ブリタニアのように無抵抗の人間をどうこうする趣味はない上、妹のためなら反逆上等だというルルーシュの恐ろしさをよく知っているのでナナリーに害を加えるような真似など死んでも出来るかと返すだろう。
だがコーネリアはよほどブリタニア皇族が恨まれている自覚があるらしく、神根島でユーフェミアが助けられたのもルルーシュを慮ったが故だと思い込んでいた。
「ゲットーを中心に捜索いたします。ただちに信頼出来る者だけで、捜索隊を組織いたしましょう」
「頼んだぞ、我が騎士ギルフォードよ。これ以上マリアンヌ様に顔向けが出来んような事態は避けねばならん」
「イエス、ユアハイネス」
ギルフォードが深々と一礼して執務室を出ると、本国から持ってきた写真を取り出してじっと見つめた。
そこにはアリエス宮の庭園でマリアンヌとルルーシュ、ナナリー、そしてユーフェミアと自分が仲良く並んで笑っている。
「あの時、こっそりでも警備を配しておけば・・・ルルーシュに護衛を送ることが出来ていたなら・・・」
いくらでも悔やむことはあった。
だが、過去は変えられない。だからこそ今持てる力の全てを使って、取り戻せる者は取り戻してみせる。
そう決意したコーネリアは、大事な弟妹を取り戻してみせると決意を固めた。
たとえ今は恨まれていても、いつか解ってくれるはずだと、そう信じて。