第四話 花嫁救出劇
起こさなくてもよいアクシデントを何とか片付けたルルーシュ達は、朱禁城の一角に全員を集めて最終確認を行った。
藤堂と四聖剣のうち朝比奈、千葉、卜部である。仙波は全員が中華へ来てしまうと日本の騎士団を統率する者がいなくなるので、日本に残って貰ったのだ。
「天子様を婚儀から連れ出したら、すぐに天帝八十八陵へと行く。
藤堂、お前にはそこで星刻と戦って貰うが、月下の準備は万全だろうな?」
「ああ、ラクシャータが月下に改造を施し飛行能力をつけた斬月を持ってきた。
今は戦闘能力は月下よりましというレベルだが、いずれはランスロットともやり合えるものにしてみせると言っていたな。
しかし、相手を殺さぬように真剣に戦うというのはかえって難しそうだな」
藤堂がブリタニア側に不審を抱かれぬように全力で、だが相手は殺すなという困難極まる命令に複雑な顔をしたが、作戦上仕方ないと気を引き締めて承諾する。
「そして四聖剣の朝比奈と卜部と千葉、お前達には主に星刻以外の兵士達と適当に戦ってほしいのだが、もしかしたらラウンズを相手にして貰うことになるかもしれない」
エトランジュからオデュッセウスの婚儀に出席するためにラウンズのナイトオブ・スリーのジノ・ヴァインベルグとナイトオブフォーのドロテア・エルンストが来たとの情報を聞いたルルーシュの言葉に、一同がざわついた。
「ラウンズ?ブリタニア皇帝の騎士達か」
大物を相手にすることになる可能性があると聞いて三人は息を呑んだが、相手に不足なしと己を鼓舞しながら朝比奈が言った。
「承知した。けどあれほどの大物に、藤堂さんではなく何故俺達を?」
「星刻のナイトメアの腕前は中華随一だ。真剣に戦って貰わなくてはならない時に、お前達一人二人をあてがうのは戦力分散の愚に繋がる。
ならば始めから藤堂を彼に振り分けてお前達でラウンズを相手にするほうが得策だ」
藤堂が星刻と戦い劣勢を装う一方で、本当の敵であるラウンズ達を倒すのが最良だというルルーシュに、三人は頷いて納得した。
「ブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたとあっては、連中も口実をつけて介入してくる可能性が高い。
幸いEU戦で連中が戦っている時の映像記録をエトランジュ様が手に入れて下さったから、そのデータを元にしてお前達で掛かれば倒せるだろう」
「ああ、枢木を追いつめた時のあれね。それなら何とか・・・」
「中華で民衆が決起するのが早ければ、星刻と藤堂がラウンズを相手にすることも出来るだろう。そうなれはこちらの勝利は確実となる」
藤堂が戦うならばラウンズなど敵ではないとばかり、朝比奈と千葉が幾度も頷いた。
「では、私は天子様を婚儀の席からお連れしに出て行く。お前達は天帝八十八陵に行く準備をしておいてくれ」
「承知!」
ルルーシュがマントを翻して部屋を出ると、藤堂達はさっそくに朱禁城脱出の準備に入ったのだった。
ウェディングドレスを纏わされた天子は、泣きそうな顔で花嫁の間で式を待っていた。
シュナイゼルとオデュッセウスとの会食以降、大宦官から理由をつけてエトランジュと会わせて貰えず、心細さだけを感じてとうとうこの日を迎えてしまったのである。
(星刻は何とかしてくれるからご安心をって言ってくれたし、エディも必ず助けるって・・・でも、どうやって婚儀をやめさせるのかしら)
天子はエトランジュから贈られた千羽鶴の中の一つを取り出して、お守りのように持ち歩いていた。
今日もこれだけは手放したくないと駄々をこねて、大事そうにブーケに入れて飾っている。
星刻と同じように演技に期待出来ないために何も知らされていない天子は、不安に胸を膨らませてとうとう式場へと連れ出された。
まるで今から裁判にでも向かうように顔を伏せた幼い花嫁がバージンロードを歩く姿はまことに痛々しく、この様子を中継で見ていたブリタニア人からも気の毒にという声が上がる。
天子付き武官の星刻も忌々しげな表情を隠しもせずに祭壇近くに立ち、ギアスによってルルーシュとの密約を忘れている彼はやはり無理をしてクーデターを起こせばよかったかなどと考えている。
一方、これまで何事もなかったブリタニア陣営はゼロが無反応であることに訝しみながらも、ここが中華であり己の思うように軍を指揮出来ないことからも、せいぜい警備を強化するように依頼する程度のことしか出来ていなかった。
そしてその警備隊が既にルルーシュの手に落ちていることを見逃しており、せめてラウンズ二名を式場に連れて来て無事に婚儀が終わるのを見守っている。
シュナイゼルがちらっと頭上に視線をやると、天子から一番遠ざけられた賓客席に祝いの席らしく豪奢に着飾ったエトランジュが座っており、背後にはジークフリードの姿しか見えずアルフォンスはいないようだった。
天子とオデュッセウスが祭壇に上がり神父が誓いを促そうと口を開いた刹那、突如上に飾られていた中華連邦とブリタニアの国旗が落ちてきて、それと同時にゼロが姿を現した。
「何?!」
一同が驚き席から立ち上がると、ルルーシュは天子の横に立って彼女を傍に引き寄せる。
「あれがゼロ・・・イレヴンの王様か」
祭壇に駆け寄りゼロを確保しようとしたジノを視界の端に捉えたルルーシュは、幼い少女のこめかみに銃を突き付けるという正義の味方に程遠い行いをやってのけた。
「動くな!」
上の賓客席でことの推移を見守っていた彼の仲間は、何故か自分を引きつった表情で見降ろしているのがちらりと視界に映った。
もちろん二人の顔が引きつっている理由は、自分達の盟友がどう見ても悪人にしか見えなかったからである。
盟約を綺麗に忘れ去っている星刻は決死の形相で祭壇に駆け寄り、ルルーシュを糾弾する。
「ゼロ、貴様はそれでも正義の味方か!!天子様をお放ししろ、この外道があっ!!」
「おや、そうかい?ふはははははははは!」
この光景をテレビ中継で見ていたアッシュフォード学園にいたミレイとシャーリーは、現れた瞬間こそルルーシュが元気そうで良かったと安堵したが、次の瞬間のあんまりと言えばあんまりな所業に二人して思わず飲んでいたジュースを噴き出してパソコンを濡らしてしまい、リヴァルを慌てさせていた。
(な、何やってんのルル?!それじゃまるで悪の帝王だよ!)
(婚儀を壊したかったんだろうけど、手段選ばなさ過ぎよルルちゃん!)
さらに同時刻、経済特区日本でスザクとカレンと共に長兄の晴れ姿を見ていたユーフェミアは、幼女に銃を突き付けるなどという非道な行いをノリノリでやっているルルーシュに茫然となり、ティーカップを取り落として背後にいたスザクに呟いた。
「ルルーシュ・・・何であんなこと・・・・」
「さあ・・・ルルーシュのやることはちょっと僕には解らないから」
周囲に誰もいないことを確認したユーフェミアは、カレンに尋ねた。
「あれも、何か目的あってのことなのですか?」
「中華の国力をブリタニアに得られたら困るから、婚儀を壊すって聞いてるけど。
天子様にもそう話してあるそうだから、演技でしょ」
ルルーシュが本気で無抵抗の子供を殺す人物ではないと知っているユーフェミアとスザクはほっと安堵の息を吐いたが、それにしたって妙にハマっている悪役っぷりに反応に困ってしまった。
海を隔てた向こうで幼馴染とクラスメイトと異母妹から言葉を失わせた張本人は、さらに悪役しか言いそうにない台詞を言い放った。
「花嫁はこの私が貰い受ける!」
(他に言い方ってもんがあると思うんだけどねえ・・・何で悪役に走るかな)
城外でエトランジュのギアスを使ってことの推移を見守っていたアルカディアの心の声は、絶好調で悪の花嫁強奪犯を演じているルルーシュには聞こえなかった。
そういえば先ほどの豚になれギアスを思い出すに、ルルーシュには正義の味方よりも悪役の方に才能があるのではあるまいか。
自分達のリーダーが悪だと思うと切ないので、アルカディアはさっさとこんな茶番劇を終わらせて欲しいと願った。
だが恋は盲目と誰が言ったやら、事情を知っているカレンと神楽耶はルルーシュが無理やり結婚させられる幼い花嫁を颯爽と救出に来た正義の味方に見えるらしい。
(さすがですわゼロ様!警備の厳しい朱禁城にいとも簡単に侵入なさって天子様をお救いに上がるなんて!)
(私も参加したかったなあ・・・こんなところでお姫様のお守りなんてするよりも、親衛隊長の私がゼロの助けになるべきなのに)
大宦官の指示により既に放送を切られた画面を見つめながら、神楽耶は作戦成功の報が来たらすぐに報告するように桐原達に言いつけて自室に戻り、カレンはユーフェミアにさりげなく事態の推移を探ってみるように提案していた。
ユーフェミアはそれを了承するとダールトンに先ほどの中華での異変に関する報告を行うように指示して、その際に姉がゼロの所業に怒りの声を上げていると聞いて深い溜息をついた。
そんな女性陣の複雑な心境など知らぬルルーシュは、ギアスによって目のふちを赤く光らせ密約を忘れて本気で怒り狂う星刻と対峙していた。
「くっ・・・ゼロ、天子様を返す気はないのか?」
「星刻、君なら天子を自由の身に出来るとでも?違うな」
ルルーシュの言葉と同時に背後の壁が崩れ落ち、外から現れた黒いナイトメアに星刻は呻いた。
「ナイトメアまで用意していたか!」
「フッ、まさか斬月の初仕事が花嫁強奪の手伝いとはな」
これでは手出し出来ずにみすみす天子をゼロの手に渡してしまうと狼狽する星刻を無視して、ルルーシュが指示する。
「藤堂!シュナイゼルを!」
「解った」
この場で最も厄介な策を巡らせるシュナイゼルを始末出来れば、今後は非常にやりやすくなる。
式根島での借りを返せとばかりの命令に藤堂が斬月の腕をシュナイゼルらに向けた刹那、上空からの攻撃にその手を止めた。
「ラウンズか!もう来たのか」
「ち、シュナイゼルめ!あらかじめ手配していたな」
ラウンズは二人と聞いていたから、ジノとドロテアが揃っていることに油断したとルルーシュは舌打ちする。
「モニカ・クルシェフスキー卿か。いいタイミングだったね」
「オデュッセウス殿下、シュナイゼル殿下、ご無事ですか?!」
その頭上では、モニカの駆る薄紫色を基調としたナイトメア・ユーウェインと藤堂の斬月が相対していた。
藤堂はハーケンが弾かれたと同時に、更に上空へと飛び上がった。
さすがにラウンズの機体なだけはあり、性能は未だ試作型の斬月では分が悪かった。
しかし機体性能で劣っても藤堂はモニカの攻撃をかわし、その隙を突いてハンドガンを撃ち放つ。
「奇跡の藤堂と言われていても、しょせんこの程度か!
このユーウェインには何のダメージにもなっていないっ!!」
「くっ、防御装甲が思っていたより厚いな」
藤堂が集中的に攻撃をして外装を壊すしかないと考えていると、モニカがスラッシュハリケーンを放ってきた。
「この距離じゃ避けられない!そのまま落ちろ!」
「避けられないなら止めればいいじゃない」
そう言いながら現れたのは、アルカディアの操縦するナイトメア・イリスアーゲート・ソローだった。
イリスアーゲート・ソローに搭載されているのは、アルカディアでも動かせるようにドルイドシステムを簡略化したものだった。
防御能力のみに特化しているためにハドロン砲などは無理だったが、代わりに輻射障壁発生装置を組み合わせることでシールドを張ることが可能ないわばナイトメア版バリアである。
それを操り見事にモニカのスラッシュハーケンを無効化したアルカディアは、藤堂に向かって言った。
「藤堂中佐、防御は私に任せて貴方は攻撃にのみ専念して下さい!
これならあのラウンズの攻撃は防げるわ!」
「援護に感謝する、アルカディア殿・・・承知した!!」
「くっ、新手か!」
2対1とは卑怯な、と一部から非難が沸き起こるが、戦場では数がものを言うのである。
アルカディアに至っては軍隊のない二千人強の祖国を六千もの兵士で攻め滅ぼされた経緯があるので、まったく良心は痛まなかった。
しかもこの二人は悪辣なことに朱禁城を背にして戦いを挑んでおり、下手に大規模なを与えると未だ朱禁城から避難出来ていないシュナイゼルやオデュッセウスを巻き添えにする危険がある。
また、中華との関係が悪化する恐れもあることから、うかつなことは出来なかった。
見事に攻守に分かれて攻めてくる斬月とイリスアーゲート・ソローに思わぬ苦戦を強いられたモニカは、機体性能に劣る相手に負けてたまるかとばかりに接近戦でカタをつけるべくランドスピアで襲いかかるも、藤堂に廻転刃刀で止められる。
藤堂達がモニカに気を取られている隙にと、ジノがシュナイゼルらに避難を進言する。
「殿下、今のうちに!」
「仕方ないね・・・兄上」
オデュッセウスは天子が気になる様子だったが異母弟に促され、ジノとドロテアと共に式場を出て行く。
(っ、シュナイゼル!)
ルルーシュはシュナイゼルを仕留め損ねたことに歯噛みするが、それよりも先にここから脱出する方が先決である。
「ここは軍に任せて、我らも・・・!」
「うむ」
大宦官も命が最優先である。我先にと式場から逃走し出した。
こうして部外者が逃げ出した式場に藤堂とモニカが交戦している隙を突き、千葉が同じく飛行能力をつけた月下でコンテナを持って降りてきた。
「ゼロ!こちらは予定通りです」
「よし、サードフェイズに入る!」
「解りました」
コンテナが開くとその中に入って逃げる気だと悟った星刻が、懐からクナイを取り出してゼロに投げつけようとするが、千葉が銃を乱射してそれを阻む。
「星刻、星刻!!」
いきなりな事態に混乱して泣き叫ぶ天子と、必死に天子を奪い返そうと奮闘する星刻にまさか裏でゼロと繋がっているとは誰も疑わなかった。
なまじに星刻が実直で感情が顔に出やすいと知られていたがゆえに、ギアスで記憶を消したことが効いたのである。
ルルーシュが天子を連れてコンテナに乗り込むと、すぐさまコンテナが閉じて千葉が運び出す。
コンテナが閉じたのを見計らうと、コンテナに置かれていた箱の影から香凛とエトランジュが怯える天子の前に姿を現した。
「天子様、もう大丈夫ですよ。私とエトランジュ様がおられますからね」
「手荒な方法で申し訳ありません!他に方法が思い当たらなくて」
銃を突き付けられ誘拐された天子に謝罪しながら現れた親友に、天子はほっとしながらも瞬きした。
「あれ、エディ?でもついさっきまでお席に・・・!」
「あそこにいたのは私の従妹なんです。私に変装して貰ってました」
実は賓客席にいたエトランジュは本人ではなく、エトランジュと一番似た顔立ちをした従妹の一人だ。
祝いの席だからと豪奢に着飾り髪型を変えて化粧をすれば、近くで話しでもしない限り親しい人間でければ別人だと見破るのは困難であろう。
ほんの少しでも天子と話させていれば目の前のエトランジュが親友でないことをすぐに看破しただろうに、ゼロからの指示で天子に余計なことをされてはたまらぬとばかりに彼女を遠ざけたことが災いしたのだ。
「もともと女は着飾れば同一人物とは思えないほど化けますからね。
ジークフリード将軍が護衛につけば、傍から見たらエトランジュ様に見えるのですよ」
香凛はそう言うと天子を大事そうに抱えこみ、コンテナに置かれた座席に腰をおろす。
コンテナが持ち上がり浮遊感に包まれると、天子はぎゅっと香凛にしがみついた。
「さあ、これより貴女様を安全な場所へお連れ致します。
星刻様はおられませんが、貴女様をお守りする者達が既におりますゆえどうかご安心を」
「星刻も知ってたのね。あんなに必死だったから解らなかったわ」
様子を通信機で窺っていた香凛は、常は他人を騙すことに向いていない上司とは思えぬほどの迫真の演技に驚いていたが、それも天子様のために努力したのだろうと受け取った。
「かなり揺れますので、しっかりお掴まりを!」
千葉の月下によって抱えられてコンテナが持ち上がると、天子様を取り戻せと怒鳴る星刻の声が響いてくる。
一方、エトランジュ達はEUがこの天子誘拐に関与されていると疑われると後々面倒なことになるため、この件は彼女達は関係していないと取り繕う必要があった。
何しろルルーシュの天子誘拐は味方ですらも彼が悪に見えてしまうほどであったので、なおさらである。
中華に赴任しているEU大使には既に話がつけられており、たとえブリタニアから関与しているのではないかと言われても証拠がないと抗弁して貰う手はずである。
もともとシュナイゼルがゼロとエトランジュが繋がっていると気付いたのは自分が式根島でゼロと共に行動しているエトランジュを見たからであり、明確な証拠はない。
先の密談が公になっていない以上、シュナイゼルがゼロと組んでいるのをエトランジュが認めたと言っても証拠にはならないのだ。
よってゼロによる天子誘拐にゼロと協力関係にあるエトランジュが関与していると言われても、ゼロとエトランジュが繋がっている証拠があるのかと言えば充分言い逃れが可能なのである。
シュナイゼルもそうなるであろうことは予測していたため、無駄にEU大使館にエトランジュ達の引き渡しを要求する真似はしなかった。
そして身代わりを務めた当の本人はルルーシュ達がコンテナで飛び立ったのを確認すると同時にジークフリードと逃走しており、豪華な服を脱ぎ捨てて本来の姿に戻ると天帝八十八陵に向けて出発している。
「藤堂中佐、天子様が無事にコンテナに入ったようよ。
時間を取られる訳にはいかないから、あの機体の飛行機能だけを壊して撤退しましょう」
「この場で倒したかったが、やむを得んな」
「続きは後でいくらでも出来るわ。それにあのユーウェインとやらのデータもばっちり取ったから、これを元にすれば・・・」
アルカディアの言葉に藤堂が頷くと、アルカディアが割り出したユーウェインのフロートシステムにスラッシュハーケンの照準を合わせる。
モニカがまずは防御を担当しているイリスアーゲート・ソローの方を始末しようとユーウェインに搭載されているミサイルを向けた刹那、アルカディアはそれを避けて斬月の背後へと回る。
(ちゃーんと予知はしてくれてあったんだから、よけるのは簡単!)
伯父がしっかりミサイルを撃たれる自分の予知をしてくれてあったから、これまでのデータを合わせればどのようなエネルギー数値を発信していたらどんな攻撃が来るかを予測するのは容易い。
その隙を突いた藤堂は撤退に必要なエネルギーだけを残した全てを込めて、ユーウェインのフロートシステムめがけてスラッシュハーケンを食らわせた。
「しまった!!」
アルカディアが避けたためにナイトメアの態勢を整えきれなかったモニカはその攻撃を避けきれず、そのままフロートシステムを見事に破壊されてしまった。
防御装置が働きゆっくり落下していくユーウェインに舌打ちしながら見送った二人は、全力でルルーシュ達の後を追うのだった。
同じく天帝八十八陵に向かって大型トラックを走らせているルルーシュ達一行は、コンテナ内で香凛とエトランジュに会えてほっとしている天子が二人に尋ねた。
「私達はこれからどこへ向かうの?」
「歴代の皇帝方がお眠りになっている、天帝八十八陵です。あそこが一番防衛戦に向いているとのゼロの判断で」
エトランジュの返事に天子は祖父の葬儀以来一度も行ったことのない墓所の名に、そう、と呟いた。
そんな天子を見た香凛が、怒り呆れたようにエトランジュに言った。
「大宦官どもときたら、毎年一度は必ず参拝しなくてはならないというのに天子様をお連れしなかったのです、エトランジュ様」
「伺っております。勝手ながらこちらで祭祀の準備をさせて頂きましたから、どうぞご両親やお祖父様のお墓参りをなさって下さいな。少しは落ち着かれるかと思います」
「エディ・・・ありがとう!」
ずっとしたかったことを取り計らってくれた親友に、天子は先ほどの恐怖が和らいだように笑みを浮かべた。
(こういう気の回し方が絶妙だな、エトランジュは。天子のお守りは任せて、ブリタニア戦に専念させて貰うとするか)
天子だけにあれこれ話すよりは先に到着している太師が派遣した官吏達と香凛を交えてからの方がいいのではと言うエトランジュの意見を聞き入れたルルーシュはこの場で天子には何も言わず、星刻が差し向けた追手と応戦している千葉に指示を出している。
撃てども撃てども現われるVTOLに向けて千葉は仕込んであった煙幕を発射し、さらにルルーシュが搭載してあるジャミングシステムを使って動けなくしてしまう。
「殺さずに妨害するというのは、どうにも難しいな」
ようやくVTOLを沈黙させた千葉が溜息をつくと、ナビさえ出来ない玉城をC.Cは無視してトラックを動かした。
「よし、次を右!」
「違うな、真っ直ぐだ」
「おい、知ってんのかよ?」
「昔、ちょっとな」
玉城は簡単なナビもこなせない己の身の程を知らず、ルルーシュに役職を要求していたがルルーシュはそれを無視して言った。
「橋が落とされてあるが、これも予定の内だ。朝比奈!」
「はいはい、全軍、攻撃準備!」
ルルーシュの指示に朝比奈が部隊を率いて月下に乗って現れると、追撃部隊に向かって一斉に銃を構えた。
「それじゃ、新型の試作品の試し撃ちを!!」
いずれ造られる予定の新型ナイトメア暁に実装する武器の試作品のテストを兼ねて、朝比奈達は追撃部隊に一斉射撃を行った。
「さて、ここまでは予定調和だ。あともうひと騒動終えれば、天帝八十八陵へ籠城出来る」
星刻との打ち合わせ通りにここまではうまくいっている。
ただ当の本人はそのことを忘れ去っているために逆に何をするか解らなくはあったが、自分が有益な作戦を指示してもそれは演技だから承諾して行動に移すふりだけしろと先に命じるように言ってあるから大丈夫だろう。
(むしろシュナイゼルのほうを気にしなくてはならない。ラウンズが三人か・・・気を引き締めなくては)
ルルーシュはぎりっと唇を噛むと、現在建造中の浮遊航空艦・斑鳩の試作艦である飛鳥と合流し、さらなる指示を出すのだった。
走るトラックの中にいる天子が外の騒動に不安な表情で香凛を見上げると、香凛は大丈夫ですと主君に微笑みかける。
「すべて星刻様との打ち合わせの上の行動です。なるべく犠牲者が出ないように加減して行っておりますので、ご安心召されませ」
演技とバレては台無しなので実のところ死人もケガ人も皆無というわけにはいかないのだが、それは告げなかった。
「ブリタニアを騙すためなのね?」
「そうです。天帝八十八陵にお着きになられましたら改めて作戦内容をご説明させて頂きますので、今はブリタニアの目をくぐることのみをお考え頂きますようお願い申し上げます」
「解ったわ」
味方がいるなら大丈夫と天子は自分に言い聞かせて、外から響き渡る音に目をつむって耐えている。
そんな天子を抱き寄せて、香凛は必ずお守りしますと誓いを新たにするのだった。
一方、星刻は自分の命令が行き届かずみすみすゼロを逃してしまったことに苛立ち、ゼロに逃げられたとの報告を受けて部下を怒鳴りつけていた。
「お前達はいったい、何をしている?!こうもあっさりゼロに逃げられるとは!」
陣中見舞いと称して訪れたシュナイゼルの副官・カノンがいるからと熱のこもった演技・・・に見える星刻の部下達は恐縮し、どう反応すればいいものかと悩んでいた。
「例の特別製ナイトメアフレームの神虎・・・完成していたなら、あれに乗ってゼロを追い倒していたものを!!」
今回の作戦を思えばハイスペックなナイトメアなど完成していなくて幸いだったのだが、密約を忘れている星刻は本気で歯噛みしていた。
「連中が立てこもった場所が解りました!怖れ多くも歴代皇帝陛下がお眠りになる天帝八十八陵です」
「何だと!天子様をあそこへ・・・おのれゼロ、許さんぞ!可及的速やかに天子様をお助け申し上げる!!」
傍から見たらゼロを完膚なきまでに叩き潰すとしか思えない作戦をてきぱきと指示してくる上官に、部下達はこれなら大宦官やブリタニアも彼がゼロと繋がっているとは思うまいと上官の必死の演技(に見える)を内心賞賛していた。
と、そこへ星刻の腹心の一人である洪 古が入室して来た。
「失礼する、星刻!」
「洪 古か、何か進展があったのか」
「いや、私的な用件の方だが重要だから報告しに来た。
実は先ほど貴殿の婚約者の光蘭殿より星刻に薬が届けられたので、渡しに参った次第だ」
洪 古はそう言うと、彼の手に青い薬袋を手渡した。
「身体を労わって欲しいと、光蘭殿がおっしゃっていたぞ。
定期的に薬を届けるので、必ず飲むようにと・・・」
星刻がその薬袋を手にした瞬間、彼は思わず頭を押さえてよろめいた。
『ゼロからの天子様を天帝八十八陵に連れ出す作戦終了の合図は、わたくしから青い薬袋が届けられた時でしてよ。
その後はゼロとの約定どおり、民衆による決起が起こるまで適当な加減で黒の騎士団との戦闘を続行して下さいませな』
そうルチアの声が脳裏に響き渡ると、星刻の瞳を赤く彩っていた光が失せて密約を交わした時の記憶が蘇る。
「うっ・・・私は・・・」
「星刻様!お疲れなのではないですか?少しお休みして下さい!」
「そうだな。だが星刻の身体が心配ゆえ、光蘭殿をお呼びしろ!医術の心得がある彼女に、星刻について頂くのだ」
洪 古の指示に一人の兵士が部屋を飛び出すと、我に返った星刻は天子が誘拐されたことは認識していたが、本当にそのように振る舞えた自分に驚いていた。
(何だか自分がしたこととは思えぬ行動だったな・・・それだけ必死だったのかもしれんが)
あの時のことはうろ覚えで記憶がはっきりしないが、ちらりとカノンに視線を送ると何か不審を抱かれたようには見えない。
だが向こうもそれすらも演技かもしれないため、油断は出来なかった。
黒の騎士団にいるエトランジュと連絡が取れるルチアを自然にこの場に呼び出せたことに安堵した星刻は、何はさておき天子の近況を聞かねばと決意するのだった。