挿話 カルチャーショックプリンセス ~交流のユフィ~
特区開催宣言から一週間後、少しずつ特区参加者は増えているものの、まだまだ目標の人数には遠い。
そこでユーフェミアは考えた。
(そうだ、エトランジュ様が日本人の人達とあんなにも仲がいいのは、日本語や日本文化を学んでそれに合わせていたからだとルルーシュが言っていたわ。
私も同じようにすれば、日本人達も私を信じてくれるかもしれない)
既に効果があると実証されているのだから、やってみたい。
いいことはどんどん模倣してそれを自分流にアレンジすることこそが肝要だと、ルルーシュは教えてくれた。
(でも、堂々とやってしまうとお姉様に叱られてしまうし、ブリタニア人だって・・・本当にバランスって大事なのね)
周囲に反発されることなく日本文化を学ぶには、どうしたらいいだろう。
ユーフェミアはスザクとカレンを私室に招き入れて相談したが、二人とも頭より体を動かすタイプなので、すぐには答えが出ない。
「という訳なので日本文化を学んでみたいのですが、どうすればいいでしょう?」
「いいアイデアだと思うけど、周囲に反発を買わないでってのが問題だよね。
うーん、特区の事業の一環でってのは駄目かなあ?」
「ただでさえ日本特区っていう名前だけで反発食らったから難しいかも。国旗だって掲げられなかったし・・・。
この前白いキャンパスの真ん中に赤い花を描いた絵を飾ろうとしたんだけど、却下されたわ。ユーフェミア皇女の式典の時のドレスの件があったから」
スザクの提案にカレンが忌々しそうに無理っぽいと言うと、ユーフェミアは大人げないと溜息をつく。
「こういうのってエドワードさんがバランスよく考えてくれそうだけど、あの人どうしたの?
彼ダールトン将軍も信用してるっぽいし、うまいことやってくれそうだけど」
頭の回転が速いエドワードに聞こうと言うスザクに、ユーフェミアもホッカイドウに行くと言ったきり連絡のない彼はどうしたのかと尋ねると、カレンは中華に行ったとは言えないので、こうごまかすように言われていたことを思い出して言った。
「ああ、昨日電話したら、ホッカイドウで風邪こじらせて入院しちゃって長引きそうなんだって。
そりゃ晩夏とはいえ夜に半袖で出歩いたら、ホッカイドウじゃ風邪ひくわよ」
「あ~、気温の変化よく知らなかったんだ。それじゃ無理ないね」
スザクが納得するとユーフェミアはホッカイドウとトウキョウとの気温差を比べてなるほどと頷く。
「まあ、こんなに差があるのね。豪雪地帯みたいだし、視察に行くならこの時期が一番かしら。
そうだ、視察に行くついでにエドワードさんのお見舞いを・・・」
「だだ、だめユーフェミア皇女!感染ったら迷惑かかるから来なくていいって言われてるから!」
実際は入院などしていないのだから、来られたら困る。
必死で制止するカレンに、そうとは知らないスザクも同調した。
「そうだよ、彼が原因で君も風邪をひいたりしたら、彼も困る。お見舞い送るくらいにしておこうよ」
「そんな簡単に感染ったりしないと思うけど、そうね。
後でフルーツでも送るから、カレンさんお願いしてもいいかしら?」
「解った、任せて。で、さっきの件だけど・・・スザクが言ったように特区のイベントの一環として盛り込むのがいいと思う。
ただその内容をどうするかが問題なのよね」
カレンがごまかすように話題を元に戻すと、二人も首をひねって考え込む。
「イベントなら会長が得意なんだけど、突拍子もないやつばかりだから許可が下りるかどうか・・・」
「だね・・・日本人とブリタニア人が興味を引くような形にするのが難しいよ」
ミレイの考案する祭りは確かに楽しいのだが、奇抜なものが多いので庶民受けはしてもダールトンなどの貴族達からすれば受けが悪い。
是非ともやってみたいとユーフェミアなどは思っているのだが、学園祭とは違うのだから気軽に出来ないのだ。
「でも、お祭りって形にするのはいいかもしれないわ。問題はきっかけなんだけど・・・」
「ブリタニアの記念日に合わせてってのが波風立ちそうにないからいいかも。
けど建国記念日はまだ先だし、ブリタニア皇帝の誕生日も終わったし・・・てか祝いたくないし」
何よりルルーシュが絶対嫌な顔するとスザクもユーフェミアも同時に思ったので、これはやめようと心の中で頷き合う。
「あ、誕生日なら十月がユフィの誕生日だよね?それを祝う形でお祭りするってのはどうかな?」
スザクの提案に、カレンがいいアイデアだとスザクを指さす。
「ああ、それならいいんじゃない?
主役なんだから多少の無理は聞いて貰えそうだし・・・日本人もユーフェミア皇女のお祝いなら派手にしてくれそう」
「え、私ですか?!でも・・・!」
ユーフェミアは考えてもいなかった案に恥ずかしそうに頬に手を当てると、二人は日本側ブリタニア側共に一番受け入れられやすいと言い募る。
「もともと日本人はイベント好きだし、特区の象徴の誕生日なら盛り上がってくれるって!」
「これならブリタニア様式に合わせたパーティーをすることに日本人も抵抗ないから、ある程度は折り合いつけられそうだし・・・これにしましょうよ」
日本人は文化に対してはよく言えば寛容、悪く言えばいい加減なところがある。
たとえば年末、キリストの誕生日を祝った一週間後に寺に行って煩悩を消すための除夜の鐘をつき、年が明けると神社でお参りをする。
楽しめればいいや的な傾向が強く、ブリタニアの文化を拒否しているのはブリタニアが嫌いだからであって、決して嫌な文化だと言っているわけではないのである。
よって日本人が好意を抱いているユーフェミアの誕生日なら、ブリタニア様式の祭りでもいいとなる可能性が高いという二人に、ユーフェミアは半分嬉しく、半分気恥ずかしいような複雑な気分で了承した。
「揉めることがないなら、そのほうがいいわ。みんなが楽しめるなら、私にとっても最高のパーティーですものね」
「じゃー、どんなパーティーにするかだけど。気軽な立食式にするかい?」
「駄目よ、完全なブリタニア様式なんてつまらないし意味がないわ。
そうねえ・・・私、日本の食べ物を食べてみたいわ。半分は日本食に出来ないものかしら?」
「あ、それいいね。日本の屋台を入れて、自由に食べるって方式はどうかな?」
過去に自分の神社でやっていた神社の祭りみたいに、と細かい話をするスザクに、ユーフェミアは目を輝かせた。
「まあ、それは楽しそうだわ!射的とか金魚すくいとか、私もしてみたい!」
「じゃー、半分はそれを入れるってことで。カレンは屋台の内容はどれがいいと思う?」
スザクに問われてカレンが考え込むと、過去の屋台を思い返していくつか列挙する。
「食事関係ならOK出やすいと思うから、立食するのに楽なの選んだらもっと波風立たないと思うわ。
タイヤキとか、イカ焼きとか、ベビーカステラとか」
「あとは遊戯用の屋台として射的と金魚すくいとスマートボールなんてのもいいよね」
日本育ちの二人が次々と計画を立てているのを、よく解らないユーフェミアは首を傾げながらも楽しそうに見ていた。
「立食式のパーティーエリアと、日本式のお祭りエリアを入れるって形にしましょう。
景品とかの準備もした方がいいわね」
「ええ、本当に楽しみ。こんなに楽しそうな誕生日パーティーは、私初めて!」
ユーフェミアは計画書をもう一度三人で見直すと、明日の会議で提出することにしたのだった。
翌日、特区日本の経営会議においてイベントを開催して特区を盛り上げようという意見がカレンから出された。
「十月にエリア11の副総督閣下にして特区日本の総責任者であらせられるユーフェミア皇女殿下のお誕生日がございます。
それをお祝いするというものですが、皆様のご意見を伺いたく存じます」
「このような格式の低いもので、皇女殿下の誕生日を祝うなど以ての外だ」
「構想は悪くないが、日本文化を入れるというのがな・・・コーネリア総督が何とおっしゃるか」
独立志向を上昇させることになる可能性が高いと、コーネリアが過敏になっていると数名の文官が渋い顔をする。
「しかしそうは言うが、ここ特区にいるのはまだ経済的に日々の生活が営めている程度のイレヴンがもっとも多い。
彼らに我ら貴族に合わせた格式のものをさせるには、こちらから援助しなくては不可能だろう。
となればこの辺りが妥当では?」
シュタットフェルトの言に一理あることを認めた者達は、まずまずのバランスが取れている提出された計画書をを見た。
「会場を二つに分け、通常のパーティーエリアとイレヴンの屋台を中心としたエリアを作る、か。
これならばどちらも角は立たないでしょうから、私は賛成です」
数名から賛成の挙手が上がると、格式を重んじる者達からは反対の声が上がる。
「皇族の権威と言うものがある。決して軽んじるわけにはいかん!」
「ですが、特区を盛り上げるためにこういう催しは大事だと思います。
クロヴィスお兄様だって以前は頻繁にパーティーなどをなさっていたそうではありませんか」
「それはそうですが、格式の問題で・・・」
「では、その格式あるパーティーをどのような形で特区でやるのですか?」
「う・・・・」
日本人に参加させない形でなら、この場にいる貴族達が費用を出すことで行うことは可能である。
ましてその準備や片づけを日本人に押し付けて自分達だけ楽しめば特区を盛り上げるという目的から大きく外れ、結局ここがブリタニアの搾取のための労働の場だと自ら宣伝するようなものだ。
「みんなで楽しめるパーティーの方がいいに決まっています。
ブリタニアと日本の皆さんが双方楽しめる姿を見るのが、私にとって最高のプレゼントですわ」
祝われる張本人がそう言うのでは、もはや反論の余地はない。
かくて十月十一日、ユーフェミア・リ・ブリタニアの十七歳の誕生日パーティーと称した祭りが特区内で開催されることが決定されたのだった。
会議室を出たユーフェミアは、傍に控えていたダールトンに尋ねた。
「貴方は反対しなかったのですね、ダールトン」
「正直イレヴンに甘いとは思いますが、こうしてブリタニアの体面を重んじられている以上、むやみに反対するのはどうかとも思いましたゆえ。
シュタットフェルト伯の言うように、イレヴンが皇族や貴族の格式に合わせるのは無理ですからな。今回ばかりは仕方ありません」
男女逆転祭などに走られるより、はるかにましだ。
地味に開催式典の提案に恐れをなしたらしいダールトンは内心でそう呟くと、テロの危険性やまたゼロに入り込まれた時のための警備計画を立てなくてはと考えた。
「それに、日本文化を学ぶいい機会です。ねえ聞いて、ダールトン。
スザクから聞いたの、ルルーシュも日本に来た頃、お祭りの屋台でいろんなものを食べていたんですって。
わたあめというのがナナリーのお気に入りだったって聞いたわ。私も食べてみたいの」
目を輝かせて語るユーフェミアに、姉妹が尊敬していた閃光のマリアンヌの子供達を思い出し、ダールトンはそれでか、とユーフェミアが屋台を出したがった理由を知った。
「解りました、ユーフェミア皇女殿下のお誕生日ですからな・・・お好きになさればよろしいでしょう。
しかし安全性を確立するため、信頼出来る店を今から選ばねばなりません」
これだけは譲れないと厳しい目をするダールトンに、ユーフェミアは日本人はそんなことしないと言いたかったが、こじれるのはよくないので了承した。
「それに、ブリタニア人にも食べられる店でなくてはなりません。
特に食文化というものはそれぞれ違いがありますからな」
幾多の植民地を作って来たダールトンは、現地でブリタニアでは絶対に食べない物が出てきた時の話をした。
「特に中華などでは、猫や犬を食することもあると聞きます。
確かエリア11では、中華料理が流行っていたと聞いたことがありますし」
「い、犬、猫・・・!」
青ざめた顔でユーフェミアが繰り返すと、これは確かに確かめておいた方がいいと納得する。
「・・・一度特区内にある日本食を製造販売している方々に集まって頂きましょう。
パーティーについての説明と協力、および屋台の内容物についての確認を行うのです」
「イエス、ユア ハイネス」
こうして祭りの準備が始まった。
二日後、ユーフェミアの召集を受けて経済特区内で飲食店を経営している日本人が数十名、会議室にやって来た。
会議室にはダールトンとスザク、カレンがいる。何故かロイドとセシルも来ており、興味津々にテーブルに並べられた試食品を見つめていた。
「・・・というわけですので、皆様にもぜひ協力して頂きたくお集まり願った次第ですの。
食文化の交流になると思いますし、特区を宣伝するいい機会ですわ」
「そういうことでしたら、喜んで協力させて頂きます。
それで、販売品の確認とはどのような意味でしょうか?」
ユーフェミアの説明にそれはいい考えだと、元来イベント好きの日本人は今から楽しそうにユーフェミアに問いかけた。
「ええ、実は食文化にはそれぞれ違いがありますので、主な日本食がどのようなものかを確認させて欲しいのです。
ブリタニア人が食べないものなら、許可が出しづらくて・・・」
少し申し訳なさそうにユーフェミアが答えると、なるほどと納得した日本人が言った。
「そういうことなら、租界で人気の屋台とか調べてみたらいかがです?
人気があるならそれはOKってことですから、こっちで作ればいいですし」
「ああ、そういえばクレープを食べたことがありますわ。あれも美味しかったです!」
「日本食ってわけじゃないですけど、日本人も好きなので入れておきますか?」
「あら、よろしいのですか?日本食でなくても」
「別に気にする人はいませんよ。クレープといったら屋台の定番ですし、貴女のお誕生日なんですから」
誰も反対しないのを見てユーフェミアはまたクレープが食べられると笑みを浮かべると、ダールトンがどこで食べたのだろうと首を傾げていた。
(こう聞くとブリタニア人と日本人は、さほど味覚は違いそうにないわね。
作って貰った試食品も、どれも美味しそうだし・・・)
変わった形をしているものはたくさんあるし、むしろ綺麗な花を象ったものや可愛い人形の形をしていたりして、見ているだけでも楽しいものが多い。
見る限り変わった食材を使ったものはなさそうである。
「ユーフェミア様、先日行われたアッシュフォード学園祭でのアンケート結果をお持ちいたしました。
参考になればよろしいのですけど」
カレンがミレイからFAXで送って貰ったアッシュフォード学園祭の人気のある屋台はどれかというアンケート結果を見せると、ユーフェミアは礼を言って受け取った。
「第一位はホットドッグ、第二位はクレープ・・・あんまり日本食はないのね」
「あ、でも四位がタコ焼きですよユーフェミア様。僕も好きだなこれ」
スザクが四位にランクインしているたこ焼きの欄を指すと、ユーフェミアはそれはどんな食べ物か興味を示す。
「たこ焼き・・・知らないわ。どんな食べ物かしら」
「見た方が早いけど・・・あ、これだこれ」
スザクが試食品のテーブルからたこ焼きが入った皿を手に取り、ユーフェミアに見せる。
「あら、一口よりちょっと大きめの丸い食べ物ね。中に何か入ってるみたいだけど」
「それがタコですユーフェミア様。ちょっと独特の触感ですけど、美味しいですよ」
カレンがそう答えるとソースを取り出して取り皿に分ける。
「これをつけて食べるんです。マヨネーズをかけて食べる人もいるみたいで、その辺りはお好みでどうぞ」
「なるほど、ドレッシングを選べるのね」
ユーフェミアは初めて見る調味料をそう解釈したらしく、どちらも試そうとソースとマヨネーズをつけようとした時、横に置かれていた箱に気がついた。
「これはなあに?なんだか青い粉と黄色の粉が入ってるみたいだけど」
ユーフェミアの問いに、スザクが自分の分を取り分けたタコ焼きに適当に青のりと鰹節をかけながら答えた。
「あおのりと鰹節っていう、日本の調味料です。青のりは海藻を乾燥させたもので、鰹節はカツオを乾燥させて削ったものです。
これもお好みでかけて食べるんですよ」
「好きに味を調整出来るのはいいですね。では食べてみます」
ユーフェミアもスザクに倣ってタコ焼きに青のりと鰹節をかけ、ソースだけをかけたりマヨネーズと一緒に食べてみると、ふわふわの生地に包まれた中に歯ごたえのあるタコとの感触が実によく合い、美味しいと歓声を上げる。
「十月は肌寒い季節ですし、温かい食べ物はいいですね。これは気に入りましたわ」
「もっと温まる食べ方もありますよユーフェミア皇女殿下。
出し汁を使ったものなのですが、よろしければそちらもお試しになられますか?」
「ええ、もちろん。お願いしますね」
たこ焼きが気に入ったらしいユーフェミアが興味津々に頼むと、たこ焼き担当の日本人がかつおだしから作った出汁を温めてユーフェミアに差し出す。
「これはカツオから取った出し汁です。これにつけると軟らかくなりますので少し食べづらいですが、大きめのスプーンをお使いになれば大丈夫ですよ」
「あら、本当にいい匂い・・・それに確かにぽかぽかしそうですわ」
ユーフェミアが礼を言ってスプーンと器を受け取ると、これも美味しいと顔をほころばせた。
この方式は初めてなのか、カレンも美味しそうに手を伸ばす。
「食べ慣れてるソースの方が私は好きだな。これって確かカンサイの食べ方じゃなかったっけ?」
テレビで見たことがあるカレンが問いかけると、たこ焼き店員はよくご存知で、と肯定した。
「明石焼きと呼ばれてるよね。
タコ焼きに似てはいるけど、作り方がちょっと違っていたりするらしいんだよね~。その辺りは面倒というか何というか・・・」
スザクはキョウトに親戚がいる関係もあって関西にはよく行っていたため、食べたことがあるらしい。
ただ作り方などは知らないので、ぶっちゃけたこ焼きを出し汁につけて食べるのが明石焼きでいいじゃないかとか思っていたりする。
「自分の好みにカスタマイズ出来るのがいいよね~。僕も気にいっちゃったなこういうの」
ロイドがタコ焼きにいろんな調味料をかけて味を試している横では、ユーフェミアが興味を示したので周囲も食べようと考えたので需要が発生したため、せっせと店員がたこ焼きを作っている。
「ええ、この際ですからいろいろ試して新しい味を作ってみるのも面白いかもしれませんよ。そうですね~、メープルシロップとかどうかしら?」
「た、タコ焼きに甘いのはちょっと・・・日本食は塩味が基本だし・・・」
「しょっぱいだけじゃ飽きるでしょ?だからこの前おにぎりにブリーベリージャムを入れてみたの。
それと同じみたいな感じでどうかしら?」
セシルのにこやかな邪気のない台詞に、カレンが引きつった顔で近くにいたブリタニア人に尋ねた。
「あれ誰?何か怖いもの作ってるけどあの人・・・」
「ロイド伯爵の部下のセシル補佐官です。きっと日本食よく知らないからではないですか?」
それなら仕方ないとカレンは思ったが、セシルの差し入れを食べたことのある者数名がセシルの提案を止めろと視線で会話をしているのが見えた。
「・・・今日のところは試食だけにして、新たな味の開発は後日にしましょう。 どんなものかみんなが知ってからのほうが、アレンジしやすいでしょうし」
「カレン嬢にさんせーい!今回はそうしましょう!」
「うん、そのほうがいいって!基本を押さえないといい結果は出ない!」
ロイドとスザクはこの時、間違いなく100%のシンクロ率を叩きだしていた。
聞くからに合わなさそうな食材を使おうとするセシルに悪意は感じられないので、空気が読めないユーフェミア以外の全員が真正の味覚オンチかと彼女からの差し入れは断固食うまいと決意する。
「そう言われればそうね。でも私も作ってみたくなちゃったな・・・あの、作り方教えて下さらないかしら?」
自分で作って新たな味の開発をする気だ、とスザクとロイドは青ざめた。
何とか聞かせまいとするが、ユーフェミアもぜひ作っているところを見たいとセシルに同調する。
「お邪魔でなければ、作っているところを拝見したいのですけど」
「構いませんよ、どうぞどうぞ」
店員は笑顔で了承し、さっそくにタコ焼きを作り始める。
丸いくぼみがある特殊な鉄板に生地を入れ、紅ショウガを入れて赤く茹でたタコを入れて器用にひっくり返して綺麗に丸く焼いていく。
「あんな小さなピックで綺麗に丸く焼くなんて、器用ですね」
「本当ですね。私じゃちょっと難しいかも・・・」
セシルの残念そうな言葉に、味見に付き合わされるであろうスザクとロイドが安堵の溜息を吐く。
「慣れれば簡単ですよ。何でしたらコツを教えますけど」
(余計なことしないでえぇぇぇ!!)
タコ焼の人気に店員は嬉しくなったのか、ニコニコしながらタコ焼きの作り方をセシルにレクチャーしている。
こうしてタコ焼きの参加が決定したところで、セシルが尋ねる。
「鉄板が出来たら、作ってみようかしら。
そうだ、肝心のタコですけど、どこで手に入りますか?」
「魚屋で普通に売っていますよ。ツキジからこっちに輸送して貰ってるんです。
一度茹でてから一口大に切るんですけどね」
「魚介類だったのか・・・」
ダールトンが確かにそんな感じだなと納得すると、ユーフェミアが尋ねた。
「タコって私見たことないです。どんなお魚なんですか?」
「魚ではないですよ。でもこれ英語で何て言えばいいんですかねえ」
魚介類としか解らないと首をひねる店員に、スザクとカレンもそれが一番適当な表現なので何も言えなかった。
「貝の仲間ではないのか?似た食感だが」
「そういえばそうですね。でも貝ではないと?」
ダールトンの言葉にユーフェミアも頷くと、いっそ見せた方がいいのではという雰囲気になった。
「たぶんご覧になったことはあると思うのですが、よろしければ確認してみますか?」
「ぜひ!どんなものなのでしょう」
好奇心に瞳を輝かせたユーフェミアの後ろを、同じように興味を抱いたブリタニア人が後に続く。
(タコくらい知ってるでしょうに、何でぞろぞろついて行くんだか)
カレンがユーフェミアに追従している権力の犬どもめと内心で嘲りながら試食品の赤飯を食べていると、調理室から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああ!」
「何、どうしたの?!」
慌ててカレンが調理室に駆け込むと、そこには目を回したユーフェミアとそれを支えるスザクがいた。
「どうしたのスザク?!何があったの?」
「いや、それがカレン・・・ユーフェミア様がタコを見た瞬間、悲鳴を上げてふらふらしちゃって・・・」
「へ?なんで?」
カレンの不思議そうな声に、セシルがそれこそ不思議そうに尋ねる。
「カレン嬢は平気なのですか?その・・・オクトパス」
「いえ、別に?だってタコですもん。みんな知ってたんじゃないんですか?」
けろっとした顔でカレンが調理場のまさに茹でられる前の食欲が失せそうな色をし、ぬめぬめとした身体にぎろりと眼を光らせた軟体生物、タコことオクトパスを直視しているので、セシルがおずおずと言った。
「私達、タコがオクトパスだって今知りました・・・」
「・・・へ?」
「そうなの?」
カレンとスザク、日本生まれ日本育ちの二人が顔を見合わせると、やっと復活したらしいユーフェミアがよろよろと立ちあがりながらスザクに問いかける。
「あれ・・・日本では普通に食べるんですか?」
「はい、メジャーな食べ物って言っていいくらいですね。
たぶん、居酒屋とか大衆食堂とかなら、大概扱ってるんじゃないかなあ」
「たこの刺身とか酢漬けとか、シーフードサラダなんかにも出ますよね」
スザクとカレンが肯定すると、店員も頷く。
「何て物をユーフェミア様に食べさせたのだお前達は!!」
「そんなこと言われたって、私どももブリタニア人がタコを食べないなんて今知りましたよ!!」
ダールトンの怒声に店員が涙目で反論すると、ユーフェミアがそれを止める。
「知らないのも無理はないですよ、ダールトン。
学園祭でも四位に入っているくらいですから、みんな食べると勘違いしたのも仕方ありません」
大多数がタコの正体を知らずに美味しいと思って食べているのだろうが、人気があるなら日本人だって勘違いを起こす。
「それはそうですが・・・何故イレヴンはこんな気持ちの悪い生き物をを食べるのだ?」
「調理しやすいですし、海のどこでも獲れますから・・・まあ美味しいなら食べます」
店員はあっさりそう答えると、タコを沸騰させた湯が入った鍋に投入する。
「それにこうして茹でてしまえば・・・ほら、さっきみたいに赤くなって美味しそうでしょう?」
「本当ですわ、全然色が違う・・・わたくしお料理をしたことがないのですが、魚介類は熱を加えると色が変わるのですか?」
「ものによりますね。それにこう言っちゃなんですけど、肉類とかだって捌く時は一般人は目を背ける光景ですよ。
それと似たようなもんじゃないでしょうか?」
「ぐ・・・!」
確かに牛肉や豚肉はブリタニア人も普通に食す。
その時牛や豚を解体する様子をユーフェミアに見せられるかと言われれば、ダールトンは断固阻止するだろう。
「まったく、こういうことがあるから、このような場を設けたのは正解でしたな」
ダールトンがタコの正体がオクトパス・・・別名デビルフィッシュと言われる軟体生物だと知って驚くブリタニア人を見つめながら溜息をつくと、セシルからブリタニアではタコを食べる習慣はない、たぶん世界的に見ても珍しいと言われてスザクが驚いていた。
「そうなんだ、全然知らなかったよ。
租界でも屋台でタコ焼きがあってブリタニア人が買ってたから、知ってると思ってた」
「ってか、あのイラスト見て気付かなかったの・・・?」
タコ焼きの試食に書かれたデフォルメされたタコのイラストを指してカレンが問うと、セシルが代表して答えた。
「てっきり日本で生息してる生き物だとばかり思っていました。赤いし、何か可愛いし・・・」
「何故オクトパスと明記しなかったんですぅ?」
ロイドのもっともな疑問に店員がそういえばと考え込む。
「日本が占領される前から、TAKOYAKIと銘打って売ってましたから、特に気にしてませんでした。
直訳したら無駄に長いからじゃないんですか?」
「俺は日本語を英語にするのが面倒だから、そのまんまの名前にしたって聞いたぞ」
わいわいと日本人達が勝手に論議していると、ダールトンが大きな声で命じた。
「今回は仕方ない!だが本日から材料名を英語表記で表示することを義務付ける!
誤解を避けるためだ、いいな?!」
ブリタニア人達が一斉に頷いたので、料理人達はまあ仕方ないかと同意した。
「じゃー、残りの試食品に材料名書いてきます」
「ぜひそうしろ!」
料理人達が試食品に材料名を書いていくと、『梅干しってどう表記するんだ?』とか『ウナギの綴り教えてくれ』と言った声が聞こえてきた。
気を取り直したユーフェミアが、日本人に悪気がないと解っているだけにこれ以上怒鳴りつけられずフラストレーションがたまっているダールトンを窘める。
「ダールトン、そう怒らないであげて下さいな。
毒があるものを出したわけではないのですから、皆さんを責めてはいけません」
「は、かしこまりました。しかし驚きましたな・・・オクトパスが茹でるとあんな風になるとは」
「ええ、見た目で判断してはいけないといういい例です。
美味しかったですし、たこ焼きはそのまま販売することにしましょう」
オクトパスと知っても美味しいことは既に実証されているのだし、毒があるわけではないし調理するのは日本人だ。ブリタニア人に不都合なことは何もないはずである。
「そうですな、では許可証の発行を・・・」
と、そこへカレンが食べていた赤飯の横にある炊き込みご飯を食べようとしたロイドが炊飯器の蓋を開けた瞬間、よろめいて大急ぎで蓋を閉じた。
「うえええ・・・何これえ・・・」
吐きそうな顔をしているロイドにスザクが駆け寄ると、ロイドが口を押さえてスザクに尋ねた。
「あれ何か凄い匂いなんだけど・・・変なもの入れた?」
「凄い匂い?何だろこれ・・・」
スザクが炊き込みご飯と書かれた炊飯器の横に材料が書いてあるのを見て、スザクが嬉しそうな顔になった。
「松茸の炊き込みご飯か、懐かしいなあ」
「え、松茸あるの?私食べたことないのよね」
実は先日、エトランジュ達が日本人がお好きだと聞いたのでとスウェーデン産の松茸を送って貰ったことがあったのだが、カレンは租界に戻った後だったので食べ損ねていたのである。
カレンがぜひ食べてみたいと炊飯器のふたに手を伸ばすと、ロイドが止める。
「だから凄い匂いなんだって・・・ところでマツタケってなに?」
「えっと、キノコの一種です。日本じゃ高級食材で有名なキノコですよ」
「ふーん、キノコねぇ・・・」
ロイドが何だか嫌な予感がした。凄い悪臭のするキノコの学名が、脳裏をよぎる。
「・・・まさか、これのことじゃないよね?」
ロイドがセシルが持っていたノートパソコンを借りてホームページを開くと、そこにはまごうかたなき太めの形をしたキノコ、松茸が載っている。
「そう、それですロイドさん!松茸、英語で何て言うのか解らなくて」
無邪気に肯定するスザクに、ロイドとセシルが引き攣った顔になった。
「・・・道理であんな凄まじい嫌な臭いがすると思ったよ」
「え、松茸っていい匂いするのに・・・」
「・・・君、耳鼻科行った方がいいよ」
ロイドの言葉に日本人一同が首を傾げたので、スザクだけが特殊なのではなく日本人全体が松茸の匂いをいい匂いと感じていることを知り、愕然となる。
その様子を黙って見守っていたユーフェミアとダールトンは、マツタケマッシュルームと表記された材料メモを見てキノコなら安心だと思っていたのにまた何か問題があるのかと、おそるおそるロイドに尋ねる。
「あの、マツタケというのはどんなキノコなんですか?」
「毒こそないんですけどね~、匂いがもう悪い意味で凄いんです。
『軍人の靴下の臭い』とか『数ヶ月も風呂に入っていない不潔な人の臭い』って言われてるくらいで・・・。
学名がトリコローマ・ナウセオスムっていうんですけど、ラテン語で“臭いキノコ”って意味です」
「・・・・」
ロイドの説明を聞いた瞬間、ユーフェミアとダールトンが恐ろしいものを見るような目で松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器を見つめた。
「そんな匂いがするものを、いい匂いだと・・・?」
ダールトンが正気かと言わんばかりの目で日本人達を凝視すると、日本人達はきょとんとした顔で尋ねた。
「あの~、もしかして松茸の匂いって・・・外国の人は嫌いだったりします?」
「先ほどロイド伯爵が証明したと思うが」
ダールトンが意を決して松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器の蓋を開けると、最後の矜持で表情を変えることは耐えたが、即座に蓋を閉じた。それはもう凄まじい速さだった。
「イレヴンの嗅覚はおかしい!何なんだこれは?!」
「ええええ!!??」
傍にいたスザクが平気な顔をしているどころか、早く食べたいなーと表情で語っているのを見たダールトンの叫びに日本人達が驚いた声を上げる。
本当に食べるのか、嫌がらせではないのかと疑っていたダールトンだが、スザクがそうではないと証明したのでどうしたものかと頭をひねっていると、そこへ仕事で遅れていた広報担当のディートハルトがやって来た。
ブリタニア人と日本人の何とも言えない微妙な空気を察したディートハルトが何があったと先に来ていた部下に尋ねると、たこ焼き騒動と今起こっている松茸騒動について語った。
「ああ、マツタケね・・・世界で取れる松茸の大部分が日本に輸出されるほど、世界中ではあまり好まれていない食材だな」
その呟きが耳に入ったダールトンは、マツタケについて詳しい説明を彼に求めた。
「そんなにエリア11では好まれているのか?」
「ええ、高級食材の一つとして日本人の間では有名です。
特に日本産のものは庶民では手が出ないほどの値がつくとか」
先日エトランジュがEUからの援助品の中に頼んで送って貰ったという松茸を見た日本人達は、エトランジュ様GJ!と大感激し、当然のようにその夜は松茸パーティーになった。
団員全てに行き渡るほどの量だったので高かったでしょうと申し訳なさげだった団員に、エトランジュはタダ同然でしたからと答えていたほどである。
認識の食い違いにディートハルトが聞いてみたところ、主に北欧でよく採れて殆どが日本に輸出されていたらしいのだが、日本占領時に輸入もストップしたため、松茸は価値がなかった。
そこへエトランジュが日本人の皆さんが喜ぶからお願いしたいと申し入れたところ、いくらでもどうぞとあれだけの量の松茸が差し入れられたという訳である。
「どうもあの匂いを好むのは日本人だけみたいですね。EUでも食べないようです」
エトランジュ達も松茸を渡した後、皆さんだけでどうぞとそそくさと食堂から立ち去り自室でカップ麺を食べていたのを、同じく食堂から逃げたディートハルトは目撃している。
「松茸を出すというのは、日本人にとってはもてなしの意味なのでしょうね。
何しろ高級食材だと認識しているのですから・・・しかも希少な日本産のものならなおさらです」
「そうか・・・しかしこれはどうしたものか」
調理法にもよるだろうが、これはブリタニア人は嫌う匂いである。
だが日本人は大好物であり、ブリタニア人食べないなら俺ら食い放題じゃんとポジティブにとらえた発言が聞こえてくる。
「大部分が輸入に頼っていたそうなので日本産のものは少ないですから、輸入しないならそれほど出回るとは思えませんが」
「なら規制するのも気の毒です。
そうですね・・・数が少ないなら決まった店にだけ出して貰うというのはいかがでしょう?」
松茸が出ている店を限定すれば、そこにブリタニア人はまず行かない。
だが特区にいるのは大部分が日本人だ、経営難になるということはないだろう。
ユーフェミアの提案に、もともと出回る数が少ないので自然にそうなるであろうことは明白なため、日本人とブリタニア人双方から不満の声は上がらなかった。
「じゃー、この祭りでは松茸は駄目ってことで」
「仕方ないな・・・じゃあこれは俺達が全部食べます」
松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器に実に嬉しそうな顔で担当の日本人が言うと、その場にいた日本人達が手を挙げた。
「俺食ったことない!それ日本産のだろ!」
「私も食べたいー!」
自分も食べたいとカレンは言いたかったが、それを言ってしまうと確実に不審に思われるのでカレンは渋々我慢した。
その様子を見て取ったディートハルトは、確か扇のところにもエトランジュから差し入れられたはずなので扇の家に行けば食べられると後で伝えておくことにした。
炊き込みご飯の入った炊飯器を抱えた日本人達が会議室から立ち去ると、食べ損ねたスザクがうう、と少々未練がましそうにその集団を見送っている。
「・・・本当に食べるのか、あれを・・・」
ブリタニア人が得体のしれない者を見る目つきで日本人を見たのは初めてだと、ディートハルトは思った。
職務のため残った日本人も未練がましげだったが、調理場に行けばまだ松茸があるはずなので後で土瓶蒸しか何かにするかと話をまとめる。
「・・・では、試食の続きを。屋台の定番、ベビーカステラなんかいかがです?」
気まずい雰囲気を変えようと、カレンがブリタニア人でも大丈夫そうなものを選んでユーフェミアに勧めると、出て来たのは小さな一口サイズのカステラだった。
「これは・・・カステラなのですか?」
「ええ、これなら大丈夫でしょう?ぜひどうぞ」
材料は同じで一口サイズに焼き上げただけだという説明にダールトンも安堵し、ユーフェミアが食べてみると確かにこれはカステラだった。
「これはいいですね。食べたいだけ食べられますわ」
「ほう、これは美味だ。立食には持って来いだな」
ダールトンも馴染みのあるカステラに、やっと問題のないものが出たと安堵の溜息をつく。
立食式のパーティーなのでこれはいいと、ベビーカステラは問題なく許可が下りた。
「あ、そうだ私わたあめが食べてみたいんです。ありますか?」
ユーフェミアの問いにもちろん、と担当の日本人が案内する。
「この機械で作るんです。少々お待ち下さいませ」
わたあめの店員が砂糖を機械に入れて出てきたわたあめを器用に割りばしで絡めていくのを、ユーフェミアは感動したように見つめている。
「わあ、砂糖が本当に綿みたい!でも、そんなに大きいもの食べきれるかしら」
ユーフェミアの自信なさげな言葉に、スザクが大丈夫だと笑った。
「見た目はこうだけど、ボリュームはそうないですよ。食べてみれば解ります」
ユーフェミアが受け取ったわたあめを口に含むと、確かに文字通りあっと言う間に舌の上で溶けていく。
「本当ですわね、ふわっと消えてなくなっちゃいました。
たくさん食べるのは無理ですけど、これくらいなら」
「私も食べたいです!」
母と兄と行った縁日で必ず買って貰ったわたあめに、松茸を食べ損ねて頬を膨らませていたカレンが嬉々としてわたあめを手にした。
「ん~、おいしい!」
「砂糖そのものをアレンジして飴として作るとは・・・斬新な発想だな」
甘いものが苦手なダールトンは砂糖のみを原材料としたわたあめを避けて呟くと、店員が何言ってんですかと応じた。
「このわたあめの機械を作ったのって、ブリタニア人ですよ。名前までは知りませんけど、確かそうだったはずです」
「え、そうなんですか?知りませんでしたわ」
意外とこれは知られていなかったらしい。
確かに屋台でわたあめを売っている比率はブリタニアより日本の方が多いため、元がブリタニアの機械だとは双方とも知らない者が多かったようだ。
「ブリタニアで作ったものが日本で有名になるなんて、素敵!
これも許可させて頂きますわ!」
ユーフェミアが許可印をわたあめの店に押したので、これも出店が決定する。
その後甘いものばかりでは胸やけがするので、おめでたい日に欠かせない赤飯を花形の型で形作ったものや、花模様のある太巻きなどのご飯ものを食べ、さらに人形焼きや和菓子など見た目にも美しい菓子などが出された。
芸術品といってもいいほどの和菓子はブリタニア人も感嘆し、クロヴィス兄様もこういうものを保護すれば日本人から反発されなかっただろうにと、ユーフェミアは残念に思った。
ブリタニア人が食べない食材や慣れない食材がそれなりにあったものの、問題ないものがほとんどだったため、祭りに充分な品数があるのを確認して一日がかりで食品物の検査と出店が決定した。
「皆様お疲れ様でした。では祭りの日に改めてまた頂きたいと思います」
緑茶を飲みながらユーフェミアが締めの言葉を述べると、久々に懐かしい日本食を食べられて満足げなスザクとカレンが、十月もまた食べようと今から楽しみにしている。
「いやあー、懐かしいもの食べられて俺達も嬉しかったです。
TVとかでこの様子を宣伝で流すんですよね!きっとみんな来ますよ」
「特区の外からも大勢来るかもしれないね。行列整理の人とかいるよこれ」
日本人達が笑顔で片づけをしながらの台詞に、ユーフェミアも嬉しそうに笑う。
こうしてユーフェミアは、日本文化を学ぶための第一歩を踏み出した。
その日、試食品とはいえかなりの量を食べたユーフェミアは夕食を取るのをやめて仕事をし、ダールトンから釘を刺されたのでアルカディアからのアドバイスどおり、早めに寝て早めに起きる習慣になっていたユーフェミアは、寝ることにした。
そして最近日課にしている日記をつけるべく、日記帳を開く。
八月十五日 晴れ
今日は十月の私の誕生パーティーMATURIのための試食会を行いました。
タコがオクトパスと知ってみんな仰天!私もびっくりしたけど、美味しかったです。
いろんな味を楽しめるのって素敵。セシルさんがメープルシロップとか美味しそうと言っていたので、試してみようかしら。
次のマツタケは残念ながら絶対やめたほうがいいとダールトンやロイド伯爵に止められたので、詳しく知ることは出来ませんでした。
そんなに凄い匂いなのかしら・・・怖いけれどちょっと興味があります。
食べたそうにしていたのに食べられなかったスザクが可哀想。
ナナリーが好きだというわたあめはふわふわしていて美味しかったです。
でもその機械がブリタニア人が作ったと聞いて、ブリタニアの機械で作ったお菓子が日本人に大人気と聞いて、とても嬉しい!
こういうのを異文化コミニュケーションと言うのだと、秘書が言っていました。
和菓子も花や川を模していて、見ているだけでも楽しいものばかり。
後から聞いたのですが、お弁当にも可愛い猫や犬を描いた“キャラ弁”と呼ぶものもあるのだとか。
茶碗蒸しを温かいプリンと勘違いして食べたロイド伯爵が、甘くないとがっかりして口直しに小豆のゼリーを食べていました。
特にマキズシという包丁で切ったら、側面が可愛い犬の絵柄になっているのには驚きました。日本人は本当に器用だわ。
私の誕生日の時にはお好きな物をお造りしますと言ってくれたので、猫をリクエストしました。きっとタコのイラストみたいに可愛い猫を作ってくれると思います。
これほど待ち遠しい誕生日は初めてで、今から楽しみでなりません。
ルルーシュも来てくれて彼と一緒にお祭りを楽しめたら、一番のプレゼントだけど・・・駄目かしら。
ああでも、やっぱりみんなが楽しめるパーティーになってくれるだけでも幸せです。
次は服を調べてみたいです。キョウトの宗像さんの奥様が特区式典の時に着ていた着物の柄が本当に綺麗でした。あんな繊細な模様の布なんて、ブリタニアにはありませんもの。
ああ、また口実を考えなくては・・・この調子で交流を深めていけば、こんなことを考えずに済みそうです。今日は書くことがたくさんありました。
それでは、おやすみなさい。
~後日談~
「え、ナガノじゃ蜂の子を食うの?!」
「俺んとこのオキナワではマグロの目玉を食べるぞ」
日本人達がお互いに自分の郷里の食材を述べ合い、互いにおかしいだろと突っ込んでいる様子を、ダールトンは胃薬を飲みながら見つめていた。
その横ではディートハルトがそれなりにカオスな光景を、それなりに嬉しそうに撮影している。
「・・・異文化交流とは難しいな」
ユーフェミアの御意だしこの特区を成功させるためには必要なものなので協力するのにやぶさかではないが、これはないだろうと疲れていた。
蜂の子だの目玉だの、同じ日本人であるスザクですら引いている食材ではないか。
しかもフグを高級食材だと言うのにも驚いた。
いくら特定の部位にしか含んでいないとはいえ、猛毒があるものを何ゆえ高級食材と主張するのか、彼にはさっぱり解らない。
すったもんだの末、毒がないと確認された食材に関しては取り扱いを認めることになった。
それにブリタニアの料理人数名が興味を示し、最近では日本の料理人の元に出入りしている。
少しずつだが、ブリタニア人と日本人は歩み寄りつつある。
ほんのわずかな一歩でも、それでも少しずつゆっくりと。
お・ま・け
中華連邦に到着したマグヌスファミリア一行は、天子の後見人の一人である太師の邸宅に招かれていた。
「はるばる中華へ、ようこそおいで下されたエトランジュ女王陛下。
粗餐ですが、どうぞお召し上がり下され」
老齢の太師に勧められた器の中身を見て、エトランジュとアルフォンスは引き攣った笑みで頂きますと言った後、スプーンを手にする。
「到着したばかりでお疲れでしょう。氷砂糖入りのヒキガエルの蒸し物は、滋養にとてもよいものですぞ。
それに冬虫夏草と烏骨鶏のスープも、ぜひご賞味を」
草とつくから薬草かと勘違いするだろうが、実はこれの正体は虫である。
心で泣いて顔で笑いながら、エトランジュとアルフォンスは見事に完食したのだった。