挿話 鏡の中の幻影 ~両性のアルカディア~
私と貴女は生まれる前から一緒だった。
同じ年、同じ日、そしてわずかな時間の差だけで、私と貴女はこの世に生を受けた。
同じ身長、同じ体重、同じ髪の色、同じ瞳の色。
違っていたのはたったひとつ、性別だけだった。
マグヌスファミリアの当時の女王、エマの三女であるエリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長女、私の姉のエドワーディン・アルカディア・ポンティキュラス。
それから二分の時間を置いて誕生したのは、その長男の私、アルフォンス・エリック・ポンティキュラス。
性別こそ違えど他はまるでそっくりな双子の私達は、いつも仲良しだった。
子供のうちは男女の服装はスカートさえ履かなければ似たようなものだから、たまに訪れる外国人からは『可愛い坊ちゃん達だこと』『いや、お嬢さんだろ』と同じ性別の双子のように言われていたことを今でもよく憶えている。
食事の好みも一緒、本もよく同じものを読みたがっていたし、叔父であるアドリスを尊敬していたのも同じ。
違っていたものなどないと幼い頃は信じて疑っていなかったのに、ある日エドの身体に突然焼けただれた痕が出来た日から私達の道は違ったものになってしまった。
「アル、聞きなさい。エドはもう、外を歩いてはいけないの。
エドはお日様に当たると具合が悪くなってしまう病気なんですって・・・だから、もうあの子と一緒に外に出たりしてはだめよ?」
五歳の時に母さんからそう聞かされた日、この人は何を言っているのかと思った。
だって私は何ともないのだ、何故エドだけがそうなるのかと幾度も問いただしたが、両親はエドとお前は違うのだと繰り返すばかりで、そんなのは嘘だと泣いて怒鳴った。
その日からエドは自分と同じ部屋から日の当たらない地下室に自分の部屋を移動した。
個室になってしまった部屋はやけに広くて、でも地下室は狭かったから自分も行くとは言えなかった。
マグヌスファミリアに嫁いできたアドリス叔父さんの妻となったランファー叔母さんがお医者さんだと聞いたから姉の病気を治してほしいと頼みに行くと、彼女は困ったように首を横に振った。
「ごめんよアル・・・治してやりたいのはやまやまなんだけど、あたしは鍼灸師なんだ。正確に言えば医者ですらないんだよ。
だから、あの子の症状を何とか軽くする程度しか出来ない」
「そんな・・・」
「それに、あの病気は完治する方法が見つかってない特殊な病気なんだ。
いつかはきっとと希望を持って、対症療法・・・その都度症状を何とかするしかないんだよ。
あたしも協力するし、あの子は軽度の症状だって話だし、医師の友達もいるからそこは大丈夫」
ランファー叔母さんの言ったことは事実だった。
彼女はいつも針や漢方薬を使って姉の症状を和らげてくれたし、EUから月に一度医者が来て診察もしてくれた。
それでも結局完治には至らなかったから、十三歳になった時私は姉の病気を何とかしてやりたいと思い、医者になろうと思った。
だけど既に従兄の一人が医者になると決まって既に医大に行っていたから、私がなることは出来なかった。
専門の知識を得るために王族が留学するのは決まりごとだったけれど、学費がかかるので決まった数しかそれは出来ない。
私は暗い地下室で機織りをして暮らす姉にせめて外に出られる方法が見つからないかと思い、医大に行っていた従兄に相談すると彼はいいことを教えてくれたのだ。
『紫外線をシャットアウトするやつならあるな。でも凄い分厚いスーツだから、遊ぶのは無理だ・・・何より、高いし』
『・・・じゃあ僕が開発する。軽くて薄いのを作ったら、似たような病気の人が買ってくれるしさ』
そう決めた私はそれからアドリス叔父さんについてがむしゃらに勉強した。
叔父さんは奨学金さえ取れたら生活費くらいは出すからと言い、イタリアにいるランファー叔母さんの母にお願いしてあるからと準備をしてくれた。
エドは無理するなとだけ言って、そして笑った。
・・・そして十五歳になった日、私は王になっていたアドリス叔父さんからギアスのことを聞かされた。
そして、例外的に既に姉のエドがギアスを得ていたこと、そしてそのギアスが“人の中に入り込むギアス”だということを。
そのギアスは目を合わせた人物の中に入り込む。そして入り込んだ相手の感覚を自分の感覚のように感じることが出来るというものだった。
エドはそのギアスを使って父や母の中に入り込み、太陽の光を浴び、外交のために訪れた国の風景を見つめ、その風を感じ、外国のオペラ歌手の歌を聞いていたのだ。
それを知った時、私の中にあったのは怒りだった。
「どうして僕に教えてくれなかったんだよ!なんで僕の中に入ってくれなかったの!」
いつも一緒だったのに、何も教えてくれなかった。
そして、感覚を共有するギアスなのにその相手に自分を選ばなかったということに強い憤りを感じた自分は、ギアスを得るのを拒否した。
翌日から留学する予定だった私は、エドに会うのも嫌で部屋に引きこもっているとそのエドがやって来た。
『アル、ごめん・・・悪気はなかったの。だってずっと自分の中に私がいるのよ?普通気持ち悪いじゃない』
『・・・他人ならそりゃやだけど・・・家族で姉だろ。遠慮する必要がどこにあるんだよ』
『アルは本当に頼りがいのある子よね。でも、私は女であんたは男。
・・・やっぱり、そういうのはよくないと思うの』
エドの言い分はもっともだった。私は男で、エドは女。
以前は同じ体型だったのに自分の身長は彼女より高くて、体重ももちろん違っていて胸なんてのもない。
『女だったらよかったのに』
そしたらずっと一緒に、同じものを見て同じものを感じられたのにと言う私を抱きしめてくれた。
だから、私は言った。
『・・・一緒に行こうよ、イタリア。エドも一緒に』
『ありがとう。でも・・・』
『別にそのギアスは一度僕の中に入ったからって、四六時中感覚繋いでるわけじゃないんだろ?
必要な時だけすればいいじゃないか』
私の提案に迷ったように考え込むエドに、私はとどめを刺した。生まれる前からずっと一緒だったのだ、弱点くらい把握している。
『イタリアの服着てみたいんだろ?ああいうのって直接行かないと似合う服って見つからないよ?』
『足元みた・・・!ったく、じゃあお願いするわ』
内心では申し訳ないと思いながらもやったとか思っているくせに、エドはそう言って笑った。
こういうところは姉弟ながらの気安さだ、何でも言い合えて喧嘩をしてもすぐ仲直り。
だから、私達はずっと仲良し。ずっと一緒・・・。
・・・そのはず、だった。
「ねえ、アル!貴方の国にブリタニアが宣戦布告したわよ!!」
そんなバカな、と返したくなるような報告を受けたのは、大学の友人からだった。
大学で医療科学技術を学んでいたアルフォンスは、読んでいたラクシャータの論文を床に落として教室に置かれていたテレビを見つめると、母国マグヌスファミリアがマフィアの資金源となり、それを援護しているとというはぁ?としか言いようがな言いがかりをつけられているニュースが流れている。
マグヌスファミリアは軍隊がいないことから非武装国家宣言がなされており、国境の周囲はEUの排他的経済水域であることを示すため、EUが派遣した巡視船が回っている。
それなのに何故そんな言いがかりがつけられたかと言うと、ブリタニアが言うにはマグヌスファミリアは税金を取っていないにも関わらず銀行を開設しており、そこが租税回避地でありマフィアの資金などがあるというものだった。
「・・・なにこれ」
マグヌスファミリアは確かに税金がない。
理由は農作物が主な生産物であるが輸出出来るほどの量ではないため、国内の生産物は全て国内で消費されている。
もともと国土が広くないので馬車が一台あれば半日もあればどこへでも行ける。 さらに円形状の島で中心に王族が住む城と国民達のための大きな城があり、そこで自由に市場などが開かれていた。
取れたものは一度城に集められ、そこに国民が必要なものをとっていくといういわば原始共産主義国家なのだ。ゆえに通貨と言うものは開国するまで必要なかったのである。
代わりに成人した者には必ず働かなくてはならない義務がある。
もしニートなどがいたらそれは国益を害したとみなされ、冗談でなく死刑の対象になるのだ。
事実病気だったエドワーディンでさえ地下室でせっせと機織りの仕事をしていたのだから、そう言った意味では厳しい国家と言えよう。
マグヌスファミリアにも銀行があるが、それはEUから送られてくる資金を受け取り、それをEU連盟への分担金として送るために設立されたものだった。
よって他国のように個人でお金を預けるためのものではなかったのである。
だがそれでは確かに租税回避地として利用されてしまう。
EUもそんなものをわざわざ造って利益をみすみすマグヌスファミリアに渡したいわけではなかったし、無駄なトラブルはごめんだったマグヌスファミリアは他国ではあり得ない方法でそれを回避した。
「うちの国は確かに税金ないけど・・・王族以外が口座開設してはいけないって法律があるんだけどね」
繰り返すが、マグヌスファミリアの人間は現金収入が殆どない。
まれに漁業で魚を卸した者が得る程度で、貯金するほどのものでもないので銀行で口座が開けないからと言って困る者はいないのだ。
もちろんその法律の存在は誰もが知っている。
何人か税金回避を目的として口座を開きたいと言ってきた連中がいたが、その法律を聞かされるとすごすごと帰って行った。
EUの報道官がまたブリタニアの侵略か、と呆れ果てた顔でその法律があるのでマグヌスファミリアは無実です、でもどうせ攻めてくるだろうから国民達を保護しますと全世界に向けてコメントしている。
仰天したアルフォンスは慌ててイタリアからイギリスへ飛び、避難してきた家族達と会った。
「母さん、父さん!エディ!」
「アル、ああ、アル!」
母のエリザベスに抱きしめられたアルフォンスはほっとしたが、何故かエドワーディンの姿がない。
「・・・エドは?」
「・・・死んだわ」
「・・・は?」
この人何言ってんのと言う眼差しで見つめてくる息子に、母はもう一度告げた。
「ブリタニアの目的は、貴方も見た遺跡だったの。だからみんなでこっちに来る前に、水没させたわ。
でもその装置を動かせるのは王族だけ。だから、あの子が・・・」
日の元を歩けない自分は一番の役立たずだから、自分がやると言って残ったのだと言う母に、アルフォンスは母の胸倉をつかんで問い詰めた。
「何だよそれ!何でエドがっ・・・新婚だったろ!」
去年エドワーディンは、自分達と同じ年の友人であるクライスと満月の夜の中結ばれた。
彼女は病気ではあったが昼間出歩けないだけで、明日をも知れない命と言う訳ではなかったから、普通に恋をして普通に嫁に行った。
もっとも地下室が城にしかなかったから、名字が変わっただけで地下室にクライスが住むようになったくらいの変化だったが。
「ごめんなさい、アル・・・」
「母さん・・・」
「ごめんなさい、アル・・・ごめんなさい、エド・・・」
そう泣きだす母に、アルフォンスはもう何も言えなかった。
そして母から視線をそらした先には、父親が帰ってくるのを待つ従妹の姿があった。
再度母を見ると、彼女が首を振ったから尊敬する叔父も姉と同じ運命を辿ったのだろうと察した彼は、忌々しそうに壁を蹴った。
「あんの疫病神国家のブリタニアがああああ!!!」
その叫び声に周囲の人間はびくりと肩を震わせたが、同感だったのだろう、頷く者や同じように叫びだす者とで部屋が溢れかえる。
だがこれは、まだ序章に過ぎなかった。
それから数ヶ月経った後、王族会議でアルフォンスはまたしても理解不能な事態になったことに頭を痛めた。
「正気?エディを王位につけるなんて、タチの悪い冗談にしか聞こえないんだけど」
「お前の言うことは解る。だが、それが我々が取り得る最良の方法なんだ」
母の兄妹の中で一番年上のアイン伯父の言葉に、アルフォンスはバンとテーブルを叩く。
「最良?!あの右も左も分からない、十三になるかならないかのあの子をこれから戦争やろうって言う僕らの王にするのが?!
玉座の上の人形にしかならないだろ!あんな小学校レベルの勉強しか出来なくて、通貨の概念もよく解ってない子に、何が出来るんだよ!!」
酷い言い草だが全くの事実だったため、他の数名からも同様の声が上がるが、アインは言った。
「私の予知によれば、あの子が持つギアスは我々にとって大変有益な“人を繋ぐギアス”だ。
それを最大限生かすためにも、あの子を王にする」
「何それ?どんなギアスだよ」
「エドのギアスに少し似ているギアスだ。エディのギアスは自分と他者の感覚をやりとり出来る。
エドと違い人数に上限はないし感覚を全員で共有できるから、これから世界各地を回って対ブリタニア戦線を構築するためにも、あの子が必要なんだ」
「だったらギアスだけ使わせればいいだろ!何でわざわざ王位に就かせるんだよ」
もっともな疑問を据わった目で投げかける甥に怯えつつも、アインは続ける。
「エディはアドリスの一人娘だ。あいつは国王だった頃から世界を回って各地に友人がいる。
エディが王になれば、何かと力になってくれるだろう」
「・・・確かに外の国じゃ僕らだけでブリタニアと戦うことは不可能だ。だけど・・・!」
「それに、あの子には語学能力がある。英語、イタリア語、中華語、ラテン語が話せるあの子は、諸国を回るには最良の人選なんだよ。
中華連邦の皇帝とも文通友達と言う縁もある。もしかしたらEUと中華との間で同盟が出来るきっかけになるかも・・・」
「いつどこが戦場になるか解らない場所に、エディを行かせる気?!おかしいよ伯父さん!!」
テーブルを叩いて怒鳴る甥に同調する大多数の一族達に、エトランジュを王位に就かせるべきだという一族達は大きく溜息を吐く。
「アドリスがいない以上、決定権は前女王である母さんにある。
・・・母さん、この案の可否を決めてくれ」
アインの言葉にずっと黙ったまま話を聞いていたエマは、ガタガタと手を震わせながら小さな声で告げた。
「・・・アインの案を・・・認めます。
次の王は、アドリスの長女であるエトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです・・・」
「おばあちゃん・・・!ちょっと・・・!なんで?!」
「お母さん?!あの子はまだ成人してない!法に反してる!」
まさかエマが認めるとは思わなかった一同が唖然として問いかけると、エマも断腸の思いだったのだろう、涙を流しながら続ける。
「ただし、政治に関する決定権はアインを宰相として責任を持たせます。
エディには常に護衛をつけ、また早急にギアスを与えます。十五歳になるまでは本格的な活動はさせません」
「・・・狂ってるよ!いくら非常時だからって、みんなどうかしてる!!」
アルフォンスはそう吐き捨てて一同に軽蔑の一瞥をくれた後、会議室を出て行った。
「・・・狂ってる、か。はは・・・全くだ」
アインの疲れたような呟きに、周囲もまた同じような顔で同意する。
こうしてマグヌスファミリア始まって以来の、最年少の女王が誕生した。
悲劇のお飾りの女王。
それが国内外のエトランジュの評価であり、そして事実でもあった。
ただエトランジュ本人もそうだと理解しており、いつまでもそのままではいけないということくらいは解っていたのだろう、マグヌスファミリアの教師であるルチアについて勉強したりEUの高官達の家を訪れては挨拶回りをしたりと、自分に出来る精一杯の活動を行っていた。
アルフォンスは大学に休学届を出した。
友人達は仕方ない、何かあったら連絡しろと口々に言い、周囲に呼びかけてマグヌスファミリアのコミュティに衣服や食料などの物資を送ってくれた。
国民達もまたイギリス国内に働きに出たり、小さな畑を耕したり、何とか自分達の生活を成り立たせるべく動いていたが、その表情のなんと生気のないことか。
それらを束ねる幼い女王もまた青白く沈痛な顔を隠せなかったから、無理やり化粧を施しバルコニーに立たせた。
新たな王が立つ時は常に沸き起こっていた歓声も、起こることなく終わった即位式。
(ここはどこだ?こんなの、僕の国じゃない!!)
苛立ちを隠せないままアルフォンスはコミュティの電気整備などを行い、そしてある処置を行った。
(絶対おかしい。不自然すぎる)
あの疫病神が祖国を蹂躙した後から、何もかもがおかしいとアルフォンスは思った。
何故こんなにも早く、マグヌスファミリア国民の受け入れ態勢が整っていたのか。
どうして国民達の仕事がこうも早く見つかったのか。
これらは予言能力を持つ伯父・アインの予知によりアドリスが早急に手を打ったというところだろうが、ならばいつその予知が行われたのだろうか。
それだけの準備が出来る時間があるのなら、国民脱出のためにブリタニアの足止めで93人もの国民が犠牲になる必要などなかったはずだ。
遺跡だってさっさと沈めて、国民達と共に避難すれば済む話である。
エトランジュにしてもそうだ。あの子の持つギアスが必要なのは解るから早急にギアスを与えるのはいいが、何故王位につける必要がある?
接触型のギアスなのだ、ここにいて片っ端から一族達に触れてリンクを繋げばそれで十分事足りる。
だからアルフォンスはアインを中心とする母の兄妹達の部屋と会議室に盗聴器を仕掛け、今それを傍聴している。
(・・・何でだよ。こんな時だからこそ協力しなくちゃいけないのに、何で隠しごとなんか・・・!)
アルフォンスはその時、生まれて初めて・・・悔しさで泣いた。
そのことに気づかないまま、彼が聞いた真実。
後に彼は、こう語っている。
『陳腐だけどね、“知らない方がいい事もある”ってこういうことを言うんだなって思ったわ』
その盗聴器から聞こえてきたいくつもの真実に、彼はただただ唖然とした。
「何だよこれ・・・エドが生きてて・・・コード所持者って・・・!」
確かにここ半年、彼女は自分にギアスを使っていなかった。
理由はアドリスに頼んで、別の国のことを感じたかったので彼にギアスをかけたというものだった。
それを信じて疑っていなかったのに、真実を知ってアルフォンスは驚愕する。
激情に任せた彼は母の部屋のドアを土足で蹴り開けて乗り込むと、彼には似つかわしくない声で問い詰めた。
「エド・・・生きてるんだってね?どういうこと?」
「どうしてそれを?!」
「盗聴器って便利だねえ・・・犯罪だけど。こんな大事なことを隠してた理由を話すまで、絶対ここから出さないから」
これほど怒り狂ったのはブリタニアの侵攻について二番目だよといっそ笑みすら浮かべて言う息子に、エリザベスは観念した。
「このことは最低限の家族にしか言えなかったんだけど、仕方ないわね。
絶対・・・クライスにも話さないと約束出来るだろうから、全て話すわ」
まるで事実を知れば確実に納得するはずだと確信している声で言う母に、どれほど重い真実が隠されているのかと、アルフォンスは息を呑む。
それでも聞かない訳にはいかないと、エリザベスの前に座った息子に、彼女は告げた。
「貴方も大体想像付いてると思うけど、ブリタニアにもコード所持者がいる可能性が濃厚なの。
つまり私達マグヌスファミリアは、ブリタニアが抱えるギアス能力者をどうにかしなくてはならないわ。私達にしか出来ないから」
生身の人間がギアス能力者に対してどうこうするのは難しい。
ギアスによるにせよ、大概は人間相手に多大な力を発揮するのがギアスなのはアルフォンスもよく知っていた。
「それで?なんでエドの生存を隠した理由は?」
「もしブリタニアのギアス能力者の中に記憶や心を読む力や、自白させる力を持つ者がいたら、どうなると思う?
私達の誰も、仲間を裏切るなんて思わない。けれど、そんな能力者の前にはそんな強固な意志など無力なの・・・解るかしら」
「・・・ああ、解るよ母さん」
頭の回転が速いアルフォンスは、それだけで事情を悟った。
ギアス能力者と対峙しなくてはならないポンティキュラス王族は、当然相手のギアス能力を考慮しておかねばならない。
さらにそのギアス能力者を増やすのを避けるためには、コード所持者を探し出て身柄を確保するか、コードを奪うかしなくてはならないのだ。
「ブリタニアも同じことを考える。だからコード所持者であるエドを死者としておいて、連中の目を逸らそうとしたわけだ」
「そういうことなの・・・貴方はギアス能力者じゃないから連中と戦うことはないけれど、どこから漏れるか解らないわ。
だから隠してた・・・ごめんなさいね」
「そういうことなら仕方ないな。僕もその可能性を考えもしなかった・・・ごめん」
どうして自分に何も言わないのかということにキレて、どうして言わないのかという理由を考えなかった己に腹が立つ。
「解った、もういい。クライスにも言わない、約束する・・・罪悪感はあるけどね」
新妻を亡くして落ち込む幼馴染を脳裏に思い返して溜息をつくアルフォンスに、エリザベスはさらに告げた。
「それから、もう一つ・・・アル。私達はブリタニアからコードを奪うために、“達成人”になる必要があるの。
半年前にエドが暴走状態になって、お母さんからコードを受け取ったんだけど・・・タイミングが悪かったわね」
「ああ、それで半年前からギアスを僕に使わなかったのか。暴走状態になったら、どうなったの?」
「貴方の中から出られなくなったのよ、あの子。
そうなったらあの子の身体は衰弱していずれ死んでしまうから、お母さんがエドにコードを渡したの」
「・・・聞いてはいたけど、暴走って怖いね。それで?」
「そうね、でも暴走過程を経て私達はコードを奪える“達成人”になるためにギアスを使わなければならないわ。
それでね・・・」
母が告げたもう一つの真実に、アルフォンスは血の気が引いた。
「何だよそれ!幾らなんでもそれは・・・でも、確かにそうしなければ・・・!」
感情論ではあまりにも酷い事実だった。
けれど現実を見ればそれが一番効果的かつ効率的な手段であることを理解したアルフォンスは、壁を何度も殴りつける。
「やめなさい、アル、アル、アルフォンス!やめなさい!」
母の悲鳴じみた制止に我に返ったアルフォンスは、血が滲み出た己の拳にペッと唾を吐きかける。
「“砂漠に宝物を落としたと泣く少女の話”・・・母さん知ってる?
聞いた時は笑ったもんだけど、いざリアルに起こるとこれほど気の毒なストーリーは滅多にないだろうね」
知るんじゃなかった、とアルフォンスは後悔した。
だけど知ることを決めたのはほかならぬ自分だ、誰を恨みようもない。
「・・・今日のことは僕の胸に秘めておく。僕は何も聞かなかったし知らなかった。
それから勝手なことをして、ごめん」
アルフォンスはそう謝罪すると、母の部屋を後にした。
知らないほうがいい事実を知ってしまったアルフォンスは、翌日から対ブリタニアのために自分が研究していた医療技術とは真逆の戦争のための道具を開発することにした。
日々厳しくなる状況、要求されるより殺傷能力の強い武器の開発、何より隠し続けるには重すぎる秘密に、彼は心身ともに追いつめられていた。
「お帰りなさい、アル従兄様。今日は私、外交のために考えてみたのです」
無邪気な笑みでそう言って来たのは、女王として頑張ろうと奮闘している従妹のエトランジュだった。
何とかしてみんなの役に立とうとしているのか、時折こうして提案をして来るのだ。
「EUの方々も、一生懸命訴えればブリタニアと戦ってくれます。だから、私説得してみようかなって・・・」
弱々しい笑みを浮かべて言う従妹に、アルフォンスは苛立ったように前髪をかきあげた。
今EUは親ブリタニア派と反ブリタニアとに分かれ、まとまりが悪い。
というのもEUは大小様々な国が入り乱れており、中にはブリタニアとそれなりの親交を持つ国もあるので、そういったしがらみがあるせいだ。
そんなことも知らず説得すれば解ってくれると安易に言う従妹に、アルフォンスはとうとう怒鳴りつけた。
「無理だって前も言ったろ!エディが考えているのは解るけど、お前のそれはただの綺麗な夢物語なんだよエディ!
綺麗事ばかりで何の役にも立たないことしてないで、もう寝ろ!どうせまたろくに寝てないんだろ。
そんなだからいつまでたっても役立たずなんだ!」
八つ当たりだと、自分でも解っていた。
だけど自分が嫌な現実を見なければならないのに、いつまでも夢に縋ってばかりの従妹に苛立ったのも確かだった。
エトランジュは悪くない。彼女はただ年齢と実力に似合わぬ地位を押し付けられ、怯えてそれでも何とかしなくてはと考えただけだ。
解っているのに、どうして自分はこんな言葉を吐いているのだろう?
我に返ったアルフォンスが見たのは、生まれて初めて暴言を吐かれたエトランジュの能面のような顔だった。
「ご、ごめんエディ・・・言い過ぎた。ちょっと疲れてた」
「従兄様・・・私、その・・・」
「ろくに寝てないのは僕もそうなんだ。今日はもう寝よう。朝まで一緒に」
アルフォンスはそう言うと、自分のベッドにエトランジュを押しこむ。
「エディは悪くないし、役立たずじゃないから。さっきのは・・・全力で忘れろ、いいね?」
「・・・はい、アル従兄様」
エトランジュは小さな声で了承したが、アルフォンスは知っている。
言葉はそう簡単に忘れられない。特に本人が気にしていることなら、なおさら。
それでも家族だから、自分よりもはるかに働き成果を上げているアルフォンスが疲れていたから思わず怒鳴ったのだ、ということは解ったのだろう。
この子は半端に賢いから、何となく隠し事をされている、けれど事情があるから自分に言わないだけだとうっすら悟っている。
(だから自分にも出来ることがあるとなったら、話してくれると思ったんだろうな。
でも今うかつに失敗したらみんなに迷惑がかかると知ってたから、あれこれ聞いたんだ・・・)
エトランジュは大人しい性格で、争いごとを嫌う傾向が従兄妹達の中でも一番強かった。
従兄妹達が喧嘩をしているとすぐに止めに入ったし、喧嘩にならないようにと母方の祖母が持ってくるお土産は『みんなで遊べるものがいい』と頼んでいた。
彼女には人間関係を良好に保つ才能が、抜群にあった。
けれど、それ以外の才能は悲しいことに皆無といってよかった。
だから自分でも気づいていたからこそのこの行動は、間違っていなかった。
(あの子が王にさえならなかったら、こんなことには・・・!)
・・・これ以降、エトランジュが自分に相談することはなくなった。
自分勝手にもそれにまた苛立ったアルフォンスは、己の身勝手さにさらに苛立つのだった。
それから一年後、初めてエトランジュが正式なEUの要請を受けて、女王としてルーマニアに派遣される日がやって来た。
(他人のこと言えた義理じゃないけど、どいつもこいつも何も知らないエディを利用して・・・!ムカつく・・・!)
ブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙った思惑など知らず、彼女はルーマニア語を三ヶ月かけて集中的に学び、ある程度の日常会話が出来るまでになっていた。
「ブナ ズィーワがこんにちは、メルスィがありがとう。フランス語に似てますね」
「ラテン語はヨーロッパの言語の基礎になったって、大学で聞いたことあるよ。だから憶えやすいのかもね」
陣中見舞いは女王であるエトランジュ、護衛として彼女の即位とともに護衛隊長として任命され、それに伴って将軍の称号を拝命したジークフリードと護衛官クライス、科学技術者のアルフォンスの四名である。
ブリタニアが攻めてきているルーマニアだが、この基地は最前線よりはるか後方にあるから安全であるとの説明を受けていた。
事実この基地周辺は何もないが、車で一時間も走れば街もあるしさらに走れば首都にも近い。
そして基地に到着したエトランジュが挨拶を済ませ、さっそく目的である既に占領された地域から逃げてきた数十人の戦災孤児と会い、貴方達はマグヌスファミリアが預かりますと告げた。
「私達は大きな家族と呼ばれています。貴方達に私達の家族になって欲しいのです」
ずっと一緒に仲良く暮らす家族になろうと言うエトランジュに、子供達は嬉しそうに頷いた。
そのうちの何名かは元から孤児だった者もおり、名前すら持っていない子供もいた。
そんな彼らに、エトランジュは名前を考えてつけてやった。
そんな中でも、イーリスと名付けられた銀髪でヘイゼルの瞳の少女は特にエトランジュに懐き、いつも彼女にくっついて離れなかった。
避難民は順次EU各地に送られていき、孤児達は一番最後だった。
本当なら先に子供をというところだが、イギリスは遠いので移送に使う軍用ヘリの都合でそうなったのだ。
一週間ほど倉庫を改造した子供達のための部屋に泊まることになった彼らは、出発まであと三日と言うところで、それは起こった。
「雨だってのに、クーラーなんか調子悪くねえ?」
「そうだねクラ・・・あー、これはちょっとモーターの動きが悪いだけだからすぐ直せるよ。
道具持ってくるから、クラ手伝って」
「へいへい」
ジークフリードは明後日の軍用ヘリについての説明を受けるため、この場にはいなかった。
けれどここは安全地帯との認識があったから、彼らは護衛対象から全員が離れるという失態を、ここで犯してしまう。
「すぐに戻って来るから、鍵かけないでね。じゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
この発言を一生涯後悔することになったのは、わずかに十分後のことだった。
「緊急事態発生、緊急事態発生!収監中の捕虜であるブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!」
「へ?」
道具を受け取りさあ戻ろうとした瞬間聞こえてきた放送に、アルフォンスとクライスは全速力で倉庫に戻った。
あそこには子供達を脅えさせないよう、スピーカーは設置されていない。用がある時は携帯で連絡を取るようになっていたが、それは今アルフォンスの手の中だ。
(こんなことなら、あの子に使い方教えて持たせておけばよかった!
よりにもよって僕らが離れた時に限って!)
己の馬鹿さ加減を罵りながら倉庫に辿り着くと、中から聞くに堪えない怒声と悲鳴が聞こえてきた。
「黙れ、この劣等人種のガキどもが!!いいか聞け、ナンバーズ!我々ブリタニア兵を速やかにみな解放し、これまでの無礼を詫びて降服しろ!
さもないとここのガキどもを一人ずつ殺していく!」
「待って下さい、ここにいるのは子供だけです、私だけ残るから他の子は・・!」
エトランジュの悲鳴じみた哀願の声に、どう考えても彼女を殴りつけたとしか思えない鈍い音がした。
「エディ!あの野郎・・・」
殺す、とクライスが銃を手にして叫ぶと、アルフォンスもさすがに躊躇っている場合ではないと覚悟を決めた。
ルーマニアの軍人達が倉庫を包囲し、突入計画を推し進めていると突然中から子供達が飛び出してきた。
「エディ様が・・・エディ様があああ!!」
「シエル、ローラ、コンラート?!」
泣きながらアルフォンスに抱きついてきた子供達に、アルフォンスは慌てて倉庫に駆け込んだ。それにクライスも続き、数人の軍人達も飛び込んでいく。
「エディ、エディ、エトランジュ?!」
倉庫に駆け込んで目に飛び込んできた光景は、誰もが想像していないものだった。
そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。
(まさか・・・まさか・・・この子は・・・)
ふと部屋の隅を見てみると、逃げていなかった子供達がお互いに抱きしめあって震えている。
さらにエトランジュの横には、いつも彼女に一番懐いていたイーリスと名付けられた少女が呆然とした顔でエトランジュの狂態を見守っている。
(エディがなんとか反撃したんだな!はやくやめさせないと)
そう判断したアルフォンスは恐る恐るエトランジュに近づいて彼女の手首をつかんでやめさせると、震えている声で言った。
「もういい・・・やめようエディ」
「アル・・・さま・・・?」
「もう、死んでる」
その事実を告げた時、エトランジュは確かにほっと安堵の表情を浮かべた。
だがそれからじわじわとその言葉が意味することを理解した時、彼女の声から完全に音域を外した悲鳴がほとばしる。
そしてその小さな白い手から、赤黒い血に染まった男の子用のブリキのロボット人形が転がり落ち、血の池に沈んでいった。
気絶したエトランジュ以外、死傷者なし。
死んだのはブリタニア兵だけという結果だけ見れば理想的な結末を迎えたこの騒動だが、マグヌスファミリアの一同にとっては最悪の結末だった。
「・・・エディは?」
「錯乱して鎮静剤を打たれて寝てる・・・無理ないけど」
クライスの問いにアルフォンスが疲れたような顔で答え、二人は大きな溜息をついた。
「何でだよ・・・何でこんなことに・・・」
アルフォンスはそう呟くと、悔しさのあまり泣いた。
(アイン伯父さんがコミニュティにブリタニアからギアス能力者が来るって予知したから、エディを避難させるためにこの陣中見舞いに行かせたのに・・・命と引き換えに殺人するってなんて、性質の悪い・・・・!)
つい先ほど事の次第をアインに伝えたところ、その予知はしていなかったらしい。青ざめた声で本当かと怒鳴って来た。
それと同時に母の弟にあたるアンディがギアス能力者と戦い命を落としたことを知り、二重三重の凶報に自分も錯乱したくなった。
予知能力とて万能ではないことを思い知ったアルフォンスは、自分もギアス能力を得ることを決意した、
もういつまでも逃げてはいられない、幼いエトランジュまで犠牲になったのだからと遅すぎる決意をした自分に嫌悪する。
「あの時、さっさとギアスを持つことを決めてれば・・・ちくしょう・・・」
どんなギアスを持つことになったのかは知らないが、少なくても何かの力になったはずなのに。
「どうしてこんなことに・・・だと?全部あいつらのせいだろアル!!
あの連中があんなバカげたことさえしてなきゃ、俺達は、俺達はこんなところでこんなことせずに済んだんだ、そうだろ?!」
クライスがそう叫ぶと、アルフォンスの胸倉を掴み上げる。
「エドが死んだのも、アドリス様が行方不明になったのも、エディがあんな目に遭ったのも、全部ブリタニアのせいだ!
俺達は何も悪くない、そうだろ!!何でお前自分を責めるんだよ、おかしいだろ!!」
「クラ・・・」
「俺は決めた・・・軍人になる。軍人になって、ブリタニア皇族全員殺してやるんだ。
あいつらが全ての元凶なんだ、あいつらさえ消せば俺達は家に帰れる・・・そうだろ?」
クライスの決意に、アルフォンスは頷く。
そしてフラフラとエトランジュが眠る部屋へと入り、眠る彼女を見下ろした。
点滴を打たれて眠る痛々しい姿に、アルフォンスは顔を手で覆い、次に顔を上げたとき、彼はとうとう全ての覚悟を決めた。
だから、眠るエトランジュに向かって言った。
「・・・ちょっと話があるんだけど、聞いてくれるよね?」
その台詞が部屋に響き渡った時、エトランジュのまぶたが開いた。
彼女に似つかわしくない、憎しみを含んだ瞳をして。
エトランジュが目を覚ました翌日、予定を繰り上げて軍用ヘリでマグヌスファミリアの一行と戦災孤児達はマグヌスファミリアのコミュニティへと移った。
その間ほとんど無言だったエトランジュに、子供達も無言で彼女の周囲を囲んでいる。
腫れもの扱いで国民達に出迎えられたエトランジュは再度具合を悪くしたので、そのまま病室に連行されていくのを見送ったアルフォンスは、母の部屋にある隠し部屋を開いて地下へと降りた。
そこにいたのは死亡したと聞かされて以来一度も会っていなかった姉・エドワーディンだった。
「・・・久し振り、エド」
「・・・久し振り、アル」
同時にそう挨拶した双子の姉弟は、もう言わなくても解っているとばかりに手をつないだ。
「この力を得れば、貴方は人の理を外れて生きることになる。それでも?」
「聞かなくても解ってるだろ」
「そうね・・・では始めましょうか。E.Eが契約を結ぶ・・・!」
エドワーディンはそう宣言すると、アルフォンスにギアスを与えた。
自分の中に姉が入り込んでくる懐かしい感覚に、アルフォンスは久々に安らぎを感じた。
ギアスを受け取ったことを確認したアルフォンスは、その力が“自分と自分に触れた者を周囲の人間に感知されなくなる”ものであることを知った彼は、嘲るように笑った。
「僕にふさわしい力だよ、エド。
この力が最初からあったら、あの事件の時さっさと倉庫に入って僕があのブリタニア兵を殺せたのに」
「エド・・・」
「今更言っても仕方ない。僕はこれからあらゆる手を使って、ブリタニアを滅ぼすために動く」
アルフォンスはそう言うと、ドアを開けた。
「すべてが終わるまで、僕はもうここに来ない。力をくれたことに、感謝する」
「・・・解ってるわ。頑張ってね。
私も一緒に戦いたいけど、ごめんなさい」
エドワーディンは泣き笑いの台詞に、アルフォンスも同じ表情を浮かべた。
服装さえ同じなら、まるで鏡に映ったように見えるほどそっくりな顔。
「・・・じゃ、行ってくる」
ばたりと自ら閉じたドアを後にして、アルフォンスは自室へと戻った。
自室へ戻ったアルフォンスは、クローゼットから女物の服を数枚出し、それを身にまとった。
まだ平和だった時代、姉へのお土産にと買い求めたそれは自分が自ら試着して似合うと思ったものだった。
もともと女装は嫌いではなかったので、そういうことに抵抗は全くなかったから。
そうしてワンピースにショールをまとった自分の姿は、今しがた別れた双子の姉と全くそっくりだった。
「私も一緒に、か・・・いいよ、ずっと一緒だったんだから、僕らは」
昔から何をするにもずっと一緒だった。
けれどもう、そんなことは不可能になってしまった。
「ブリタニアが全ての元凶、ブリタニアさえなくなれば何もかも元通りになる」
ブリタニアさえいなくなれば、必ず。
自分はもう家族や自分を憎みたくない、罵りたくない。
だからブリタニアに憎悪をぶつけ、恨んで、そして滅ぼしてやる。
そのためにはあらゆる手を使う。
だから、“私”は・・・。
「あ、アル従兄様?!そのお姿はいったい・・・?」
自室に訪れた従兄が従姉そっくりの姿をしていることに驚いたエトランジュに、アルフォンスは言った。
「これから世界各地を回ることになるだろ?その時女がいた方がブリタニアの目を油断させやすいんだよ。
荷物だってこの年齢の女がいると不自然に多くても警戒されにくいからね」
「それはそうですが、だからといって・・・」
「もう手段は選ばない。僕は・・・私はそう決めた」
「そうですか・・・実はアル従兄様、私もお願いがあるのです。
どうかこれからは、何でもおっしゃってくださいな。
どんな辛いことでも、ありのままを全て伝えて欲しいのです・・・前へ進むために」
「エディ、それは・・・!」
「もう、逃げていられないのでしょう?だから、どうか教えて下さいな。
・・・ブリタニアを倒すために、どんな恐ろしいことでも伝えられるものは全て」
(やっぱり、隠しごとをされてることは知ってたのね)
アルカディアは溜息とともに頷くと、エトランジュに誓った。
「解ったわ・・・私はこれから先ずっと、何があっても事実を貴女に伝えるわ。
どうしても駄目なものは確かにある。けど、それ以外のことは全て言う・・・誓うから」
「ありがとうございます、アル従兄様・・・」
「この姿でいる時は、従姉様と呼びなさい。いいわね?」
「はい、アルに・・・いえ、アルカディア従姉様」
アルと言えばどうしても従兄様と言ってしまいそうになるので、エトランジュはエドワーディンのセカンドネームであるアルカディアの名前で呼びかける。
いいアイデアだとアルフォンスは・・・いやアルカディアは満足して笑った。
自分がこの姿をしているのは、本当はエドワーディンと共にと願ったことをエトランジュが悟ってそう呼びかけてくれたのだ。
「・・・ありがとう、エディ」
我ながら女々しいことだと、アルカディアは自嘲した。
けれど、こうでもしなければとても耐えられそうにない。
アルフォンスは、これから先苦難の道を強制的に歩かされる従妹を抱きしめた。
「私達は家族だから・・・ずっと一緒よ」
「はい、アルカディア従姉様」
大事な家族を守るために、子供は大人になる。