第十五話 別れの陽が昇る時
陽が昇る間際、薄暗い中既に起床していたマグヌスファミリアの一行は冷たい水で顔を洗って眠気を払うと、エトランジュがルルーシュを起こしにやって来た。
「ルルーシュ様、朝ですよ。起きて下さいな」
「ん・・・エトランジュ、様?」
うっかり寝ぼけ眼で本名を呼んでしまったが、他の二人はまだ眠っているらしくほっとなりながら身を起こす。
《あのー、実はここを出る前に遺跡を案内しようと思ったのですが、アルカディア従姉様がおっしゃるにはシュナイゼルの手の者が入っているようだとのことで》
《あいつが?そうか・・・今回は残念だが見送るしかありませんね》
アルカディアが水を汲みに行く途中、偶然ブリタニア軍が洞窟方面へ行くのを見たのだと報告するエトランジュに、ルルーシュは断念した。
《それで、遺跡とは逆の方向にブリタニア軍はいないようなので、そこから脱出をとのことなのですが》
《了解しました・・・念のため誰かを迎えに寄越すよう、マオに伝えて頂きたい》
《解りました。では、参りましょう》
ギアスによる会話を終えた二人は、まだ眠っている二人を起こしにかかる。
「起きろスザク!朝食をとったら、すぐに動くぞ」
「いたっ・・・あれ、ルルーシュ?」
遠慮なしにスザクの頭を殴って叩き起こしたルルーシュは、次は打って変わって優しくユーフェミアの髪を梳いてやりながら起こす。
「おはようユフィ。眠いだろうがもう朝だ」
あからさまな待遇の差にスザクは少し悲しくなったが、ルルーシュだから仕方ないとスザクは起き上がってエトランジュが用意してくれていたビニール袋に入れられていた冷水で顔を洗う。
ユーフェミアはゆっくりと目を開けると、優しげな眼差しの異母兄の姿を認めて笑みを浮かべ、そして朝が来てしまったことに悲しくなった。
「ユフィ、レジーナ様が水を用意してくれている。早く顔を洗うといい」
「はい、そうします。いろいろすみません」
ユーフェミアはゆっくりと起き上がって川の水を汲んだばかりの冷水で顔を洗うと、エトランジュが差し出したタオルで顔を拭う。
「いい気持ち・・・川の水がこんなに気持ちいいなんて、知りませんでした」
「冷やさなくても冷たいですからね。夏場はそこで泳ぐととても気持ちいいですよ」
祖国でもよく川辺で夏に遊んだものだと述懐するエトランジュに、ユーフェミアはつくづく申し訳ない気分になる。
「昨日の木の実がありますから、それを朝食にしましょう。
今ジークフリード将軍がお湯を沸かしていますので、インスタントスープも飲めますよ」
「手際がいいですね。ではありがたく頂くとしましょうか」
ルルーシュに促されて二人がエトランジュに案内されると、そこでは朝食を食べ終えたアルカディアとクライス、そしてヤカンでお湯を沸かしているジークフリードがいた。
「ルルーシュ皇子方、湯が沸いております。どうぞ、そちらへ」
「感謝する、ジークフリード将軍」
既にカップの中にはインスタントスープの素が入れられており、ジークフリードがヤカンからお湯を注ぐとインスタント特有の強い匂いが立ち上る。
相変わらず美味しくないが、栄養価だけはある。三人は味を気にしないようにして、エトランジュは食事は食事と感謝してスープを飲む。
「俺達はナイトメアで、裏側から出る。お前達を探索しにブリタニア軍が既にこの島にいるようだから、助けを求めればそれでいいだろう」
「解ったわルルーシュ。出来るだけそっちにブリタニア軍が行かないようにしてみるから」
ルルーシュとユーフェミアが改めて確認すると、手早く片付け終えたエトランジュがさっそく促す。
「では、夜が明ける前に行きますよ。今ならまだ眠っているブリタニア兵も多いでしょうから、いい時間帯です」
ジークフリードとクライスはイリスアーゲートを取りに行くべく別行動をとり、他の一同は別れる予定のポイントまで移動すべく歩き出すが、ユーフェミアとスザクはこれでルルーシュと別れることになると思うと足取りが非常に重い。
対してルルーシュはそんな気分がないわけではないが、覚悟を潔く決めたので迷いなく歩いている。
「ここでお別れだユフィ、スザク・・・あっちをまっすぐに行けば、ブリタニア兵がいる。俺達はもう少し奥に行ってから、ナイトメアで脱出する」
「ええ・・・さようなら、ルルーシュ。
私頑張るから、もしうまく行ったら・・・一緒にやってくれる?」
「・・・うまくいったら、必ず」
ユーフェミアはルルーシュに抱きついて最後の抱擁を交わすと、名残惜しげに離れる。
それらを冷めた目で見ていたアルカディアは、ふと周囲を見渡して気づいた。
「ここは・・・!」
「どうしたんですか、アルカディア従姉様」
《ここ、遺跡エレベーターよ!!ほら、紋様のある石がある!》
アルカディアが指した先にあった明らかに人為的に削られた四角い石に、ギアスの赤い鳥の紋様がくっきりと刻まれているのが見えた。
《気付かなかったです・・・ということは、この下が遺跡》
遺跡入口にブリタニア兵が集まっているから逆の方向にと単純に考えていたが、確かに洞窟奥を進めばここが遺跡の真上なのである。
ルルーシュは興味深そうにエトランジュの横に来てその石を見つめたが、今回はそれどころではないと調査を諦めることにした。
《ほう、これがそうか・・・だが、下にはシュナイゼルがいる。使う訳にはいかないな》
《もちろんですルルーシュ様。作動など絶対に・・・え?》
突然地面が赤く光ったかと思うと、見慣れたあのコードの紋様が浮かび上がるのを視認した時、思わずエトランジュが叫んだ。
「どうして?!私達は動かしてなどいません!!」
幸いラテン語だったのでユーフェミアとスザクには理解出来なかったが、ルルーシュにはその表情から意味を悟った。
地面が徐々に下に降りて行く異様な光景に驚いたのはスザクとユーフェミアも同様で、スザクは彼女を抱きよせてバランスを取る。
同じくとっさにルルーシュもエトランジュを引きよせてしゃがみ込んだ。
「きゃあ!!」
「ユフィ、僕に捕まって!!」
アルカディアもエトランジュの元に行きたかったが酷い揺れのためにそれが出来ず、舌打ちしつつも地面が下に着くのを待つしかない。
ゴゴゴオと地面がせり落ちてく様に一同はただ驚愕するばかりだが、それは遺跡に到着したばかりのシュナイゼルをはじめとする面々も同じである。
突然天井が妙な鈍い音と共に揺れたかと思えばそれがゆっくりと落ちてきて、しかもその上に自分の部下と異母妹が現れたのだから当然だ。
「枢木少佐!それとまさか・・・ゼロ?!」
服装からそう判断したロイドの台詞を聞きつけたエトランジュは、思わずルルーシュの前に立って叫んだ。
「ゼロ、早く仮面を!!」
「あ、ああ!」
すぐに下に落ちていた仮面をかぶったルルーシュに、同じくその叫びを聞いてブリタニア兵が銃を向けるが同時にユーフェミアがいることに気づいたバトレーが制止する。
「馬鹿、ユーフェミア様もおられる!確保だ、確保しろ!」
仮面をかぶり直している隙にアルカディアは銃を構えて威嚇射撃を行いつつ二人に合流すると、カレンが傍にあった黒いナイトメアに気付いた。
「ゼロ、あそこにナイトメアが!」
「よし・・・!あれを使うぞ!来い!」
ルルーシュがそれに向かって走り出すと、カレンが駆け寄って来たブリタニア兵の隙を突いて銃を奪い、それを乱射して足止めする。
エトランジュもアルカディアと共に走り出すが兆弾がエトランジュの足を掠め、転倒して頭を打つ。
「きゃっ!・・・あ・・・!」
「エディ!エディ、しっかりしなさい!!」
「しっかり!私がサポートします!!」
カレンも銃を乱射して足止めに協力し、どういうわけか呆然としているスザクを無視してユーフェミアが混乱したように装ってブリタニア兵の前に来る。
「ああ、どうしてこんなことに・・・何があったのかしら?」
「ユーフェミア様、ここは危険ですお下がりを!」
それをチャンスと見てとったアルカディアは何度も呼びかけるが、応答はない。
とうとうアルカディアは彼女を横抱きにしようと手を伸ばすと、エトランジュはゆっくりと立ち上がる。
「よかった!ほら、にげ・・・え?」
「non...!tu vulneras filiae...!」
「・・・・!!」
その台詞を聞いてアルカディアは驚いたように舌打ちすると、彼女の手を引いて走り出す。
「急いで!カレンさんも!」
「は、はい!」
いつもの彼女に似つかわしくない、何やら憎々しげな表情のエトランジュに一瞬驚いたが、それどころではないカレンは黒いナイトメアに駆け寄る。
コクピットでは既に作動済みであることを確認したルルーシュが、凶悪な笑みで操作パネルを動かしている。
「ありがたい!無人のうえに起動もしているとは!
・・・何だこのナイトメアは・・・ふははは、ついている!」
遺跡を調べるために先にバトレーが来て起動していたのが仇になったらしい。
大まかなナイトメアの機能を把握したルルーシュはふとモニターに視線を移すと、そこには無言でこちらを見つめている金髪の男・・・次兄シュナイゼルの姿があった。
(シュナイゼル!)
「彼が・・・ゼロか・・・あの少女は・・・」
シュナイゼルが考えの読めない表情をしている横では、ロイドが何やら考え込むように顎に手を当てている。
そしてナイトメアが動き始めると、ロイドははっとなって慌てだした。
「ああ、ガウェインが!!」
その隙にカレンがガウェインという名らしきナイトメアの右肩に飛び乗ると、アルカディアとエトランジュも左肩に飛び乗った。
「取り返すのだ!あの機体、ゼロごときに渡してはならぬ!!」
バトレーの指示にブリタニア兵がわらわらと寄るが、ナイトメアが相手では生身の人間にはどうすることも出来ない。
「シュナイゼル・・・だが、今は!!」
彼の抹殺と言う当初の目的を果たせなかった憎しみをこめてそう吐き捨ててナイトメアを発進させた途端、洞窟の外にいたナイトメアが一斉に襲い掛かって来た。
だが明け方のせいか、数は少ない。
「出口にサザーランドが!」
「捕まっていろ、このまま突っ込む!」
「ええっ?!」
カレンが驚愕するが、アルカディアはそれしかないと解っているのだろう、エトランジュを守るようにしてガウェインにしがみ付く。
外では銃を構えて撃とうとするサザーランドの群れに目をつむりながらもガウェインに三人はしがみ付くと、ルルーシュはうっとおしげにパネルを操作する。
「消え失せろ」
その操作を終えた瞬間、ガウェインから熱線が放たれてサザーランドを一掃した。
だが威力はそれほどでもないことを見てとって、ルルーシュは忌々しげに舌打ちする。
「ちっ、武器は未完成か!」
「ゼロ、もう敵はいません!ですが、クライスさん達は・・・」
「大丈夫、事情は既に通信機のスイッチを入れて知らせてあるわ。たぶんこの光景を見て脱出してるはずよ」
イリスアーゲートは海中移動が可能だからと説明するアルカディアに、カレンはほっと安堵の息を吐く。
知らせたのは自分達がまさにいきなり遺跡前に落ちて慌てたエトランジュがリンクを開いた際に伯父から届けられた、このナイトメアに乗って逃走する予知だが。
(もっと早く予知してよ!これだから自動発動型ギアスは!!)
そう罵っても伯父もコントロール出来ないのだから仕方ない。
「心配するな、もう一つは作動している」
ルルーシュは自信たっぷりにそう告げた瞬間、ナイトメアが飛翔する。
「飛んだ・・・ナイトメアが、空を?!」
驚いたように呟くカレンをよそに、ナイトメアは速度を上げて飛びみるみる神根島が遠ざかっていく。
「ふははは、はははははは!!」
悪役笑いを響かせながら、ルルーシュはエトランジュに指示した。
「イレギュラーにより、迎えの位置を変えなければなりません。連絡をお願いしたいのですが」
「ごめん、ちょっとエディは・・・気絶してるから駄目」
「何だと?!・・・だが、ああいう状況では無理もありませんね。仕方ない、こちらから本部へ連絡するとしましょう」
アルカディアがぐったりとしているエトランジュを転落しないように抑えているのを見て、カレンはついさっきは普通に走っていたのにと首を傾げた。
だが飛び立つ衝撃で驚いたのだろうと自己完結し、無事脱出出来たことに安堵する。
イリスアーゲートは海中からガウェインが無事飛び去ったのをレーダーで確認した後、長居は無用とばかりに黒の騎士団の潜水艦へと海中移動を始めていた。
一方その頃、我を失ったかのように遺跡の扉を見上げていたスザクは外から響き渡る轟音にようやく我に返り、後ろで心配そうにしている主の姿を見た。
「す、すみませんユーフェミア様!ちょっとその・・・」
「いいの、スザク。あれで・・・」
スザクがなまじに戦っていれば、わざと逃がしていたように思われたかもしれない。何はともあれ、無事にルルーシュ達がこの場から逃げおおせられたことに二人はほっとしていた。
ここはどういうものなのか二人は疑問に思ったが、いつまでもここにいても意味がないと外に出るとバトレーが呆然と立ち尽くしている姿が目に入った。
「あぁあ、ガウェインが、我々のガウェインが・・・!!」
「よい、所詮は実験機。それより2人の無事を祝おう」
切腹でもして責任を取りたいとでも言うようなバトレーをそう慰めたシュナイゼルは、異母妹とその騎士に笑みを浮かべる。
「シュナイゼルお兄様!」
ユーフェミアは次兄の姿を見てほっとするも、彼が自分とスザクがいるのにミサイルを撃ち放ったことを咎める視線を送る。
「すまなかったねユフィ・・・君が飛び出したことを知ったのは、私がミサイルを撃った後だったんだよ」
「だからと言って、スザクを犠牲にするなんて!!」
「あの時は、あれが一番確実な手段だった。我々は上に立つ者として、時として非情な判断を下すのも義務なのだよ。
まだ若い君には、解らないかもしれないが」
しゃあしゃあとそう言ってのけるシュナイゼルになおも言い募ろうとするが、ルルーシュから『シュナイゼルには逆らわない方がいい』と忠告されたことを思い出して口をつぐむ。
「解りました・・・わたくしも軽率でした、申し訳ありません」
「ありがとう、解ってくれて嬉しいよユフィ。それに、救助が遅れて申し訳なかったね」
シュナイゼルは再度そう謝罪すると、異母妹の騎士に視線をやる。
「捨て駒にしようとしたことは、素直に詫びよう枢木少佐」
「いえ、自分はブリタニアの軍人であり、ユーフェミア皇女殿下の騎士ですから」
恨み事一つ言わないスザクに、バトレーは当然だと言いたげに幾度も頷く。
「さあ、二人ともこちらに来なさい。まずは軽食でも・・・ああ、その前に健康チェックを行った方がいいね」
「おお、そうですなユーフェミア殿下。ささ、すぐにこちらへ」
バトレーがユーフェミアをアヴァロンに案内すべく歩き出すと、スザクも彼女の背後につき従う。
アヴァロンに乗艦する間際、ルルーシュ達が飛び去った空を二人は見つめた。
昨日と同じ雲ひとつない青空に、眩しく輝く朝日が昇っている。
あの夢のような一夜・・・それはもう戻らないのだろうか。
二人は無言のまま思いを同じくすると、無機質な空の艦艇へと足を踏み入れた。