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No.18506の一覧
[0] 風車通信 ~忍術学園編~[緋色](2010/05/11 01:52)
[1] 忍術学園入学 の 段[緋色](2010/05/14 01:55)
[2] いつも真面目にやってます の 段[緋色](2010/05/20 01:45)
[3] 学園長の思いつき の 段[緋色](2010/06/15 00:53)
[4] くの一教室は恐ろしい の 段[緋色](2010/06/15 01:17)
[5] 番外編 くの一教室へようこそ の 段 + α[緋色](2010/06/30 02:06)
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[18506] 番外編 くの一教室へようこそ の 段 + α
Name: 緋色◆5f676539 ID:64f78d5b 前を表示する
Date: 2010/06/30 02:06
番外編 その一

くの一教室へようこそ
の段




かすかに花の香りの乗せた暖かな春風が吹く、月の綺麗な夜だった。
他と区切るように忍術学園の一角に造られた垣根の中に建つ瓦葺きの建物内を歩きながら、多由也は前を歩く女性を見上げた。二人分の影が女性の持つ灯火によって雨戸の閉められた暗く細長い外廊下の壁に映しだされ、女性の歩く速度にあわせて小さく揺れる。
多由也の視線に気付いたのか女性はすぐに振り返り、緊張を和らげようとするように微笑んだ。きつそうな切れ長の瞳がそれだけで柔らかい印象に変わる。

「丹光多由也さん。今日から環境が変わって色々大変かもしれないけど、何かわからない事があったら遠慮なく聞いてね」
「はい」

優しく響いた若々しい声に多由也はひとつ頷き、まっすぐにその女性を見上げた。先ほど紹介された老婆と同一人物だという若い女性はこれから自分の担任になるという。
自分より年上の人間には敬語を使え、と事あるごとに言っていた双子の弟を思い出し、口調を調整するために一呼吸置いて女性にたいして首を傾げた。

「山本様、私と風車は別々に暮らすのですか?」
「あらあら。様付けなんてやめてちょうだい。私のことは先生って呼んでね」

一瞬足を止め、その口調に苦笑するように眉を下げたシナは多由也の方へ軽く視線を落とすように頷き、周りを見まわした。右側に連なるように出来た部屋はきっちりと障子が閉められ、自分達の他には灯りのない廊下は人の気配が薄い。

「ココはくの一教室。女性だけしか入れない場所なの。あなたの弟君は忍たま長屋で同い年の子達と共同暮らしをする事になるわ」
「そうですか」
「寂しい? 弟君とはいつも一緒だったのかしら?」
「いつも一緒でしたが寂しくなどありません。風車もそうでしょう」
「あらそうなの」

顔を前に向けたまま意外というようにひとつ瞬きをして歩みを進めた。灯火で揺れる影が雨戸や障子の上で踊る。何かを思い出すようにふわりとひとつ笑ってシナは、でもそうね、と声を小さく落とした。

「女の子の方が結構逞しいのかしら。ここに来る子達の中には親元を離れて泣く子も出てくるのに、女の子にはあんまりないのよ、そういう事」
「そうですか」

背後からは感情の篭っていない相槌とかすかな衣擦れ以外聞こえてこない。屋敷に入った時から足音を立てていない少女に対してシナの顔に期待の微笑が浮かぶ。

「多由也さんはご両親共に忍びだったかしら」
「そのようですね」
「内緒にされていたの?」
「三日前に告げられました」

多由也の予想外の答えにシナは大きく目を見張った。振り返るとすぐ後ろについてきていた多由也が無表情に見上げてくる。

「忍術をご両親から教わっていたのではなくて? 基礎は十分な気がするのだけど」
「武芸を二年ほど」
「それだけ?」
「はい」

その答えに、おかしいわね、と呟いて前方に顔を戻したシナに多由也の眉がふっと寄せられた。聞かれたことに答えただけだが、何か失敗をしたのだろうか。

変な言動をするな。不審がられるな。周りにあわせろ。

学園の門をくぐる前に風車が眉間にシワを寄せながら復唱させた言葉だ。さっそく不審がられたようだが。
人に尋ねられたら答えるという本来の性質が出てきたが、それがいけなかったのだろうか。首を捻ってみてもよくわからない。

「ここよ」

深く思考する間もなく足を止めたシナが振り向き、多由也も即座に姿勢を正した。
同じような障子の並ぶ一角に立ったシナが目の前の障子を開けると八畳程の板間が広がっていた。布団や制服など必要最低限のものはもう置いてあるようだ。
先に中に入り、備え付けてあった火皿に手に持った灯火を移しながらシナは入り口に立ち尽くしたままの多由也を振り返った。黒頭巾から零れた灯りでオレンジ色に見える跳ねた髪の毛が少し揺れる。

「ここがあなたの部屋になるわ。好きに使ってちょうだい」
「はい」
「この屋敷の案内は明るくなってからにしましょう。色々危ないし、覚えにくいでしょうしね。雪隠はさっき言った場所にあるから」
「はい」
「・・・・・・そんな所に突っ立ってないで部屋の中に入っていいのよ? ここはあなたの部屋なのだから」
「はい」

言われてからようやく入ってきた多由也に苦笑しながら部屋の中にあるものを説明する。どれに対しても反応が薄いがちゃんと聞いてはいるのだろう。

「他に何か質問は?」
「ありません」

一通り終わったあと確認として尋ねてみるが多由也は小さく首を振って逆に何かないのか尋ねるように真っ直ぐにシナを見上げてきた。その視線にさらに苦笑を深めながら真っ直ぐに視線を返す。くの一教室へと来る前にお風呂も食事ももう済ませた。後はもう寝るだけだ。

「じゃあ今日はここまでにしておきましょう。続きは明日」
「はい」
「お休みなさい」
「はい、おやすみなさい」

多由也を早く休ませるためにさっさと退出しようと障子に手をかけたシナはふと思い出した事柄に、ああそうだ、と見送るように後ろについてきた少女を振り返った。言葉を待つように見上げる多由也に視線を合わせる。

「これからあなたが編入という形で入る教室は、皆あなたより一歳年上の子達ばかりだけど怖がらないでね。皆いい子達だから」
「はい」

反応の薄かった少女の返事はやはり変わらず、無感動に小さく頷くだけだった。






朝から天気も快晴で障子越しに柔らかな光が差し込むくの一教室には、桃地に渦巻き模様の入った忍び装束に身を包んだ十二人の少女達が集まっていた。
畳敷きのその部屋に置かれた文机は六つあり、上座にひとつ、それと向かい合うように二列の等間隔に並んだ四つの机。その後ろにもうひとつ置かれていて、前の四つに授業開始の鐘が鳴る前に来ていた少女達が三人一組で並んで座る。

カーン カーン カーン

少女達の雑談を止めるように鐘の音が響き、それと同時に入ってきた担任はその後ろに見知らぬ少女を付き従えていた。半分予想していた展開に少女達も話こそしないが興味津々の顔を向ける。
同じ桃色の忍び装束を着た多由也はその視線を受けながら自分の前を歩く老婆を眺めた。綺麗に纏め上げられた白髪頭を飾る青い玉簪がひょこひょこと歩くたびに光を弾いて輝く。
上座中央に置かれていた文机にたどり着いた二人はそこでようやく生徒達の方へと向き直り、シナは全員の顔を見回しながら多由也の方へと視線を促した。

「皆さん。今日は皆さんに編入生のお知らせがあります。
 今日から皆さんと一緒に勉強する事になった丹光多由也さんよ。仲良くしてあげてね」
『はいっ!』

笑顔とともに返された返事に満足そうに頷き、多由也を最後部の真ん中にひとつだけ置かれた机へと促す。
促されるまま机と机の間を通ってその席へと進む多由也に周りの視線が集まり、どこかそわそわした空気とともに多由也が席に着くまで見届けた。きっちりとその場で正座した多由也が前を向くのにあわせて全員がシナの方を向く。
一斉に生徒達の注目を受けたシナは福々しい顔に笑みを浮かべながら全員を見て、視線を左側――右端の少女へと流した。

「皆さんもご紹介しましょう。まずは前の席に座っている子達からですね。
 右からトモミさん、おシゲさん、ユキさん」
「はじめまして。トモミよ」
「おシゲでしゅ」
「ユキよ」

シナが名前を呼ぶのに合わせるように名を呼ばれた少女達がひとりずつ上半身を捻るように背後を振り返る。
藍色にも見える綺麗な黒髪を白いリボンで結った少女が微笑み、その隣で小さな背丈のぽっちゃりとした少女が満面の笑みを浮かべ、その横に座っていたふわふわのオレンジ髪を桃色のリボンでまとめていた少女は片手を挙げてひらひらと手を振った。
それぞれの挨拶を見届けたシナはひとつ頷き、視線を隣の机へと移す。

「その隣の席に座っているのはそうこさん、しおりさん、あやかさん」
「私、そうこ!」
「しおりよ、よろしく」
「私はあやか。よろしくね」

闊達に手を上げた緑色の短めの髪を後ろでまとめた少女の隣で、高い位置で髪の毛を結わい長い前髪を横に流した黒髪の少女がつり上がり気味の瞳を和ませ、前髪を頭巾に納め柔らかく波打つ茶髪をひとつにくくった少女が微笑んだ。
覚えたというようにゆっくりと頷いた多由也を見て、シナはその少女達の背後へと視線を向ける。

「その後ろがみかさん、ナオミさん、亜子あっこさん」
「みかです。よろしく」
「私はナオミよ、よろしく」
「亜子よ。仲良くしましょ」

前髪を揃え、肩まで伸びたウェーブのかかった栗色の髪を揺らしながらあやかの後ろに座っていた少女がふっくらとした頬にえくぼを作り、左右に別けた黒い前髪を頭巾の中にしまいこんだ少女がそばかすの浮いた顔にはにかんだような笑みを浮かべ、毛先の跳ねた茶色の長い髪をひとつにまとめてピンクの花飾りをつけた少女がにっこりと微笑んだ。
張子のようにうんうんと何度か軽く頷いた後、シナは視線をさらに隣の机に移す。

「そして最後が猪々子いいこさん、卯子うっこさん、恵々子ええこさん」
「猪々子です。これからよろしくね」
「卯子よ」
「恵々子です」

真ん中でわけた前髪を揺らしながら緑色の髪を薄紅色のリボンでまとめた少女が背筋を伸ばしたままきちんと頭を下げ、赤に近い茶髪の短い髷に頬の辺りで横髪が跳ねているツリ目の少女が茶目っ気たっぷりに片目を瞑り、ウェーブのかかった長い青髪を結わずに頭巾から零した大人しそうな少女が小さく頭を下げた。
一通り挨拶が済んだ少女達にじっと見つめられ、多由也は少し考え込むように黙り込んだあと無言にうながされるようにゆっくりと返礼する。

「・・・多由也です。よろしくお願いします」

見本になりそうな綺麗な仕草にほぅっと少女達の間からため息が漏れた。
そんな生徒達にシナの目元の笑い皺がさらに深くなる。興奮した空気を感じとって笑いを零しそうになった口元に手を当てた。

「さて皆さん。本来なら授業を始める所ですが、皆さんも新しい仲間が気になるでしょう。今日の授業は止めにして、親睦会を行いましょう」

シナの言葉にわっと少女達が一斉に歓声を上げ、すぐに多由也の前に群がる。小首を傾げるように少女達に視線を向けた多由也に体を寄せるように矢継ぎ早に口を開いた。

「どこから来たの?」
「前に学校に通ってたりした?」
「こういうとこ初めて?」
「兄弟はいるの?」
「好きなものは何?」

次々と繰り出される少女達の質問に多由也は一瞬答えていいのかどうか迷って瞬きを繰り返した。けれどすぐに感性に押されるように返答を返す。
顔を見合わせて、ええ~遠い、お兄さんがいるんだぁ、などの楽しそうに話し合う少女達の中で、ふいにそうこが小さく眉を寄せて多由也の顔を覗き込んだ。何の用かわからず真っ直ぐに見返してきた多由也に気まずそうに頬を掻く。

「なんか、さ。多由也ちゃん、口調がかたくない?」

ポツリと呟かれた言葉に多由也は思わず首を傾げ、他のくのたま達は顔を見合わせてうぅんと不明瞭な同意を返した。
そうこの隣に座っていたしおりも同意したように頷き、多由也の顔を覗き込む。

「多由也ちゃん。私達一歳年上だけど遠慮しなくていいんだよ? 多由也ちゃんは同じ教室の仲間になったんだし、ね?」

説得するように言われても多由也は首を傾げたまま視線を落とし、やがてフルフルと頭を真横に振った。えっ、と目を丸くした同級生達に漆黒の瞳を向ける。

「これでなれているのです。ダメですか?」
「・・・・・・ダメってことは・・・ないけど・・」

真っ直ぐに見られて困ったように視線を逸らしたしおりは横に座っていた恵々子と視線を合わせた。
その場に漂った困惑した空気を破るように、でもさ、と卯子が声を上げた。

「口調も技のひとつよ。もちろんそれでもいいとは思うけど、今はもっと女の子らしい方がいいんじゃない?」

目の前に人差し指を立てるようにそう言われた多由也は前にも聞いたことのあるような言葉に思わず目を瞬かせた。


―――おんなの、こどもなんだからもうちょっとかわいいしゃべりをしろよっ


視線を机に落とすようにして考え込んだ脳に幼かった風車の声が再生され、ああアレか、と声に出さずに頷く。
かわいいしゃべり。同世代の。
それが今この人達が使っているものだろうか。
顔をあげ、会話を交わす少女達を視界におさめる。
卯子の言葉に顔を見合わせたくのたま達は、そうよねぇ、と考え込みながら同意するように頷いた。

「確かに口調もちょっと大事よね」
「そうねぇ」
「あんまり大人っぽすぎるのはダメだと思う」
「馬鹿っぽいしゃべりとか媚を含んだしゃべりは相手が油断するし~」
「あっさりと口を滑らせてくれましゅ」
「そうそう。特に馬鹿な男とか」
「キモいよね」
「下心見え見えだっつーのっ」

可愛らしい顔を見合わせて口の端に嘲笑を浮かべた少女達を一通り見た後、多由也は視線を卯子に向けた。真っ向から見られた卯子が首を傾げる。

「何?」
「技のひとつ?」
「ええ、そうよ。相手が油断しているほうが仕事がしやすいじゃない。かわいらしくしていたら結構油断するものよ」
「私達は外見を利用するから」
「『利用できるものは利用する』が忍者の信条だもの」
「・・・・・・」

卯子の言葉を補足するように猪々子とナオミが続けるが、言葉に反応せずただじっと見つめてくるだけの多由也に居心地が悪くなって視線を逸らし、身じろぎした。二人の近くに居たみかが苦笑する。

「何かわからないところがあったかしら? 多由也ちゃん」

フォローするように言葉を挟んだしおりに小さくと首を振ると、多由也は確かめるように何度か口を動かした後、そっと言葉を零した。

「・・・私も、そうする」
「そう? そうね。それがいいと思うわ」
「多由也ちゃん可愛いもの。親しげに話したら相手も油断するわよ」
「そうそう。馬鹿なヤツって結構多いから」

ぎこちないながらもそう言った多由也に周りの同級生達はふわりと笑った。亜子の言葉に同意するように猪々子とみかが頷く。

「・・・・・・そう」

周りの笑顔とそれを見守る老婆の優しい眼差しを見ながら多由也は考え込むように視線だけを机に落とした。サポートナビゲーションシステムだった頃、マザーコンピュータに検索をかける時のように。自分で自分に問いかけてみる。
自分が他とは違っているのは自覚している。そしてそれを風車がフォローしていたのも。
でもここにはもう風車は居ない。自分と長く暮らした親も。優しい兄も。
自分のことは、自分でする。
視線を上げた多由也はこれからともに学んでいく少女達を視界におさめ、小さく口の端を引き上げた。

「これから、よろしく・・・ね」

少女達が使う可愛らしい口調。
それが自然というならばそれを身につけるのみ。






太陽も西に傾き、鳥の鳴き声と共に暖かな風が開け放たれた窓から入り込んできた。
いつものように滞りなく授業を終え、終業の鐘が鳴るまでの間雑談をしていたくの一教室の中で、ふいにユキが「先生!」と声を上げた。上座に置いてある机の上で午前中におこなった抜き打ちテストの答案をチェックしていたシナがその若々しい顔を上げる。

「何かしら、ユキさん」
「新一年生になった忍たま達の歓迎会をしたいんですけど」

歓迎会、と口にしながらどこか人の悪い笑みを浮かべたユキに合点がいった。手に持っていた筆の朱墨が紙の上に落ちないようにと硯に置きながら生徒達を伺う。
きらきらと瞳を輝かせ、期待するように自分を見つめてくる生徒達の中でただひとりだけ周りを観察するように見ている生徒がいた。―――多由也だ。
視線に気付いたのかすぐにシナの方を向いた多由也に微笑みかけながらシナは、そうねぇ・・・、と少し考え込むように呟いてみせた。

「確かに、そろそろいいかしら」

シナが肯定するように答えると幼いくの一達に次々と笑みが浮かぶ。鼠をいたぶる猫のように薄っすらと嗜虐的な笑みを浮かべる姿さえも魅力のひとつとして目に映る物騒な生徒達に思わず笑いそうになった。今期の生徒達は本当に優秀だ。
独特の華やかさを放つその姿を満足げに見回し、その中に入った新たな新人に視線を移してみる。大人しく、飲み込みの早い少女。感情の起伏は乏しい、独特の雰囲気を持った生徒だ。

「多由也さんにとっては初めての経験になるわね」

真っ直ぐに見つめてくる視線を受けながらそういうと多由也は少しだけ首を傾げた。これからおこすイベントに浮かれていた他の生徒達も気がついたように視線を最後部へと向ける。

「そうよね、多由也ちゃんにとっては初めてか」
「あのね、歓迎会っていっても実習なの」
「遊びに来た忍たま達を罠にかけるのよ」

顎に指を当てて呟くように言ったしおりの言葉に続けるように、一番近くに居た亜子と猪々子が多由也の机に手をかけるようにして上半身を振り向かせた。
左右から覗き込んできた顔に多由也の首がますます傾く。

「罠?」
「そう、罠。色仕掛けで落とし穴に落としたり」
「下剤入りのお菓子を食べさせたり」
「・・・・・・人を傷つけるの?」

亜子と猪々子の言葉にしばらく考え込んだ多由也に不思議そうに呟かれ二人は思わず言葉を呑んだ。困ったように背後の仲間達を振り返る。

「え、えぇ~と・・・」
「まあそういう事にはなるんだけど・・・」
「でも、傷つけるといっても別にそこまで酷くはないし・・・」
「・・・悪戯、レベルだよ・・・」

視線を送られた卯子とナオコも困ったように眉を寄せた。みかと恵々子も視線を逸らす。
結局言葉に詰まった全員の視線がシナへと向き、それに導かれるように多由也もシナを真っ向から見つめた。
生徒達のやり取りを見守っていたシナは自分にまわってきた鉢にクスリと笑みを零し、机の上に組んだ両手を置くように上半身を前に傾けた。

「傷つけるといっても軽いものよ。それにこれは相手のためでもあるの」
「相手のため?」
「そう。女の色香に惑わされて本質を見失うようじゃ忍びはやっていけないわ。私達は実習のため、忍たま達はこれからの教訓のために、これは必要な事なのよ」
「必要なこと・・・」
「そう」

呟きながら多由也の視線が下に下がる。机上の教科書を見るようで、どこか別の場所を見ているようだった。
全員が見守る中、なにやら考えていた多由也が視線を上げ、納得した事を表すように小さくひとつ頷く。

「わかりました」
「・・・大丈夫? 人を傷つけるのは嫌とか、そういう事はない?」
「嫌という感情は、ないの」

少し心配そうに尋ねたあやかに多由也はフルフルと首を振りながらきっぱりと言い切った。
ならいいのだけれど、とあやかが引き下がるところまで見届けてからシナは自分の机の上に置かれていたテスト用紙を脇へとずらし、ひとつ咳払いをする。全員の注目が集まるのを感じながらちらりと窓の外へと視線を走らせ、授業の残り時間を計算した。
もう少しだけ時間がある。

「皆さん、丁度いいから少しここでお話をしておきましょう」

シナが膝の上で両手を重ねるようにして背筋を伸ばすと、それに呼応するように先ほどまでの浮かれた空気を飛ばした生徒達が姿勢を正した。
全員の顔をゆっくりと見渡した後、シナは一呼吸置いてゆっくりと息を吐き出す。

「この学園に来た理由は人それぞれ。行儀見習いのため、強くなるため、人との繋がりを持つため、と幾つもありますね。だからここで行う事に対して色々と思うことが出てくるのも致し方ありません。護身や行儀だけではなく、人を傷つける事も学ぶのですから」

全員に言い聞かせるようにゆっくりと、言葉を綴っていく。
真っ直ぐに見つめてくる生徒達ひとりひとりに視線を当てるとどの瞳にも喰らいつくかのような真剣な光がともっていた。

「くの一とは、元は“九ノ道”から由来する、女を表す言葉です。“九ノ道”とは“九一の道”、陰陽道おんみょうどうにおける房術の事で、つまりは“女”という、男に比べると力が弱く低い立場と性を武器とする者の事を言います。
 情報が転がっていても男の忍びが入れない場所――井戸端、お風呂場、寝所などに入れる、それが私達の利点。立場が弱いからこそ相手は油断し、侮っているからこそその心の隙間に滑り込めます。男などには真似できない、私達だけの武器」

一年前、入学してきた頃と違い幼いながらもすでに曲線を描いてきたしなやかな肢体。程よく肉付いていくとともに磨かれてきた言動はさらに少女達を魅力的にみせてきた。

「この先、成長し、学年が上がるにつれて女として嫌な事もあるでしょう。そうなる前に学園を辞める人が出てくるのは当然だと思います。ここにいる皆さんが全員くの一になるとは思っていません。家に戻るもの、嫁に行くもの・・・ここに来た時と同じく、目的に沿った生き方をそれぞれ見つけていく事でしょう。
 けれど、たとえこの先くの一にならなかったとしても、ここで習った事は皆さんの糧になります」

立場も考えも違う幼いくの一のたまご達を見渡す。
年相応に好奇心と悪戯心で輝く瞳を持つ少女達。今はまだ男の子をからかって遊ぶ程度でいい。
口元に小さく笑みを浮かべるとシナは一度大きく瞬きをした。開け放した障子から差し込む柔らかな日差しに桃色の制服が淡く光って見える。
いずれこの少女達が突き当たる女という立場の壁に、ただ嘆くだけの存在にならないように。

「この不安定な時代の中、それでも皆さんが皆さんらしく生きていけるように。己の弱点も、利点も、ここで覚えていきましょう」

にっこりと魅力的に微笑んだシナに顔を見合わせた少女達も同じく笑みを浮かべる。


『―――はいっ!』


ヘムヘムが撞く終業の鐘に紛れるように、少女達の声が教室内に響き渡った。





*****





番外編 その二

ある日の出来事
の段




ぶふっ

顔を見るなりいきなり噴き出した男の顔面に拳を叩き込みたい衝動を押さえるために佐太夫さだゆうは大きく息を吐いた。お腹を抱えそうな勢いで笑声をあげる同期にイライラが募る。
勝手知ったる他人の家で言われるままに着替えたはいいが、それを言った相手がよもや何もしていないとは思わなかった。
苛立ちを込めて近づくと相手はやっと笑い声をあげるのを止め、右肩にそっと手を置いてきた。

「ば、ばり似合っとーちゃっ、親友!」

がすっ

真正面から覗き込んできた日本之輔やまとのすけの満面の笑みにとりあえず欲求通り拳を叩き込み、鼻の辺りを左手で押さえながら俯いたその後頭部に冷ややかな視線を突き刺す。

「・・・いい加減にしろよ、ヤマト。俺は今、冗談に付き合っていられる精神じゃないんだけど、誰かの所為でっ!
「いやいやいや・・・笑ったんは悪かったってっ ほんなこつ似合っとぅけん思わず出たっちゃんっ!」

佐太夫が怒気を込めて唸っても一向に気に病まないのか、殴られてもなお機嫌良さそうに顔を上げた日本之輔は視線を上下させて佐太夫の全身を眺め、二、三度頷いて満足そうに笑った。

「佐太夫、めっちゃ美人ったい!! ちょっと背が高いばってん」
「だからなんだっ! どうして俺だけ女装してるんだ!?」

足にまとわりつく白線の入った淡い桜地の小袖の裾を鬱陶しそうにさばき、肩幅に広げて仁王立ちした佐太夫はそのまま片手で日本之輔の胸倉を掴みあげた。真紅の紅を塗られた唇から忌々しげに噛み締められた歯が零れ、薄っすらと白粉を塗られた顔の中で切れ長の黒い瞳が怒りに煌めく。
日本之輔が言うようにどこからどう見ても美女だった。170を超えている背丈はその美貌と相まって独特の威圧感を生み出している。
間近に化粧済みの顔を寄せられて再び込み上げそうになった笑いの衝動を何とか飲み込み、日本之輔は咳払いをひとつして佐太夫を真っ直ぐに見返した。

「それはあれちゃ。俺は別の方法で忍び込むけんしょうがなか」
「・・・ほう?」

聞き捨てならない言葉に佐太夫の片眉が釣りあがり、日本之輔の襟首から手を離して腕を組むと瞳を細めるようにして猫っ毛の男を真正面に捕らえる。口元が微妙に引きつっていた。

「確か、今あの城が募集してる女中に紛れて入り込むっていったの、お前の方だったよね?」
「言ったばい。でも佐太夫はほら、顔があれやし、背が高すぎちょっても大丈夫やん? めっちゃ八千代さんに似とうもん。色仕掛けとかやっても絶対成功するやろ。採用されるっちゃ」
「・・・で?」
「やったら俺までやらんでもいいやん。別方向からアプローチするけん女装は必要なか」
「もともとお前が取ってきた仕事だろうがっ! 俺が手伝う義理はないんだぞ!?」

きっぱりと言い切った日本之輔に怒りも露わに叫ぶと、日本之輔は、ちっちっちっ、と指を左右に振りながら何を当然なといわんばかりの顔で胸を張る。

「なん言いようと、あ・い・ぼ・う。助けあうんが本当の親友やなかね」
「死ねっ」

右手全体でなぎ倒すような勢いで日本之輔の米神に裏拳を叩き込んだ佐太夫は肩口から床に倒れこんだその体を苛立ちを込めて踏み越え、動作で舞った長い黒髪を鬱陶しそうに背後へと流しながらさっさと後頭部でひとつに纏め上げた。その背後でお腹を踏まれた日本之輔が腹部を抱え獣のように唸る。

「もうお前一人で仕事に行けっ! 俺は知らないからっ」

怒気交じりに吐き捨て自分の着替えが置いてある部屋へと足を向けた佐太夫に気付き、日本之輔が慌ててその足にすがりついた。急にかかった力に思わず転びそうになり、なんとかその場に踏みとどまって憤怒の形相で振り返った佐太夫に踏まれないように両足を掴む。

「ちょ、ちょお待ちぃちゃっ、そげん腹かかんだっていいやんっ! 手伝ってっちゃっ! あん城調べるんに一人じゃ広すぎるっちゃき!」
「そんなの知った事か! 女が必要なら元くの一教室のヤツに頼めばいいだろ!? 誰か他のヤツ誘え! 俺は仕事に戻る!!」
「ちゃんと報酬も山分けばい!」
「誰が金の話をしたかっ」

両足を握り、膝の辺りから見上る日本之輔の顔面を両手で掴んで引っぺがそうと力を込めながら身を屈めた佐太夫に、日本之輔は引き剥がされまいとさらにぎゅっとしがみついた。

「佐太夫、鉢屋んとこで修行したけん変装得意やんっ 信用出来るしいっちゃん使えるんやもんっ!」
「・・・~~~~~~っ」

駄々をこねる子供のような姿にしばらく無言で引き剥がそうとしていた佐太夫の腕の力が抜ける。

「?」

唐突におさまった抵抗に不思議そうに顔を上げた日本之輔が手の力を緩めた瞬間を狙い済まして蹴り飛ばし、乱れた小袖の裾を直しながら化粧を施した麗しい顔を苦々しそうに顰めた。佐太夫の赤い唇が何か言いかけるように開き、やがて諦めたように小さく息を漏らす。

「・・・・・・もういい。お前が突拍子もない事を言うのは学園生活の四年間で随分慣れたしね」
「手伝ってくれるん!?」

言った瞬間、喜色満面でガバリと起き上がった日本之輔から視線を逸らしやる気がなさそうに頷いた。動きづらい淡い色彩の小袖を見下ろし、もう一度ため息を吐く。

「・・・ったく、この年で女装するハメになるとは思わなかったよ。忍たまだった頃ならともかく・・・」
「山田先生やっても女に見えよったんばい、佐太夫ならバッチリたいっ」
「お前に太鼓判押されてもね・・・」
「俺だけと違うちゃ! 他でも人気が出ちょうとばい」
「?」

意味がわからず思わず首を傾げた佐太夫に日本之輔がもそもそと床に座りなおしながら、ほら、と指を立てた。

「ウチん組に変な事やるヤツがおったやん? 俺はほんとはずっと年上なんだ、ち言い張っちょったヤツ」
「・・・ああ、小南こなん?」

独特の台詞にすぐに該当した人物に佐太夫の唇から笑みが零れる。懐かしい。
結構個性派が揃っていた組の中でも相当に変わっていた子供だった。

「どう見ても同い年で、そう言う割には子供っぽかったけど。・・・じゃんけん弱くてしょっちゅう保健委員になってたよね」
「そ、あいつったい。小南、あいつがなんかおもろいモン作ったんよ」
「面白いモノ?」
「そう『ヒギャー』とか『ふぃぎゃー』とか・・・・・・ん? なんか違う気がするばってん、そんなヤツ」

一生懸命思い出すように首を傾げながら上を向いた日本之輔はぶつぶつとしばらく呟いて、やがて諦めたように肩を竦めた。
生まれて初めて聞くような聞きなれない単語に佐太夫も首を傾げる。

「・・・・・・なにそれ? そもそも何語?」
「知らんばいそんなん。適当に作った言葉やないと? とにかくそんなん作っとぉと。
 なんでん新しい素材を使った人形やって。今までの人形に比べるとすごいやっこくて本物っぽいけん城主とか大名、豪商とかの上流階級に人気が出たんやって。ウチんとこの馬借で運んだ事もあるばい。可愛らしい女の子のとかバリ高いっちゃ」
「へえぇ・・・人形ねえ」

日本之輔の口から漏れた予想外の物に目を瞬かせながら、まあ手先が器用ではあったかな、と過去を振り返ってみた。保健委員として仕事する時は結構テキパキと動いていた気がする。

「まあ高い人形なんて一生関わりない代物だろうけどね」

欲しいとも思わないし、と呟く佐太夫を日本之輔は面白そうに瞳を輝かせながら見上げた。どうにも引っかかるその表情に眉を寄せた佐太夫に立てていた指を左右に振る。

「そうでんなかよ。佐太夫はすでに関わっちょうばい」
「? なんで? 俺今知ったんだけど」
「俺も馬借の護衛としてついてった時に見たっちゃけど、小南の作った試作品ん中におもろい美少女人形があるっちゃ。それがなんと“サダ子”ちゃんっ!」
「・・・・・・ほう?」

笑みを含んだ日本之輔の言葉に、ぴくり、と佐太夫の右眉が弧を描いた。

「本人にも聞いてみたんばってん人形作るに当たってモデルが必要やき“サダ子ちゃん”使ったんやって! 佐太夫の女装は可愛かったもんね!! 多少変えちょうけど忍たま時代の「サダ子ちゃん」にバリ似とったばいっ! 試作品で売りもんやないっちゅうても結構人気あって欲しいっちゅうヤツがいっぱいおるんやって」
「・・・・・・へえぇぇ・・・」

佐太夫の紅を引いた形の良い唇から低音が漏れる。
俯き気味のその顔を真下から覗き込んだ日本之輔が少しだけ顔を引きつらせながらそっと体を引いた。

「・・・佐太夫、化粧しちょうけんよけい顔が怖いばい」

そういわれて初めて気がついたというように目を瞬かせ、佐太夫は自分の化粧まみれの顔に触ってみた。手についた白粉を拭わずに手の平を握りこむ。

「ああそうだ、まず女装解かないとね・・・・・・―――ちょっとこれから旧交を温めてこなきゃいけないんだし・・・」

美女の姿に似合わぬ低音に混じり、ギシリと歯軋りの音が響いた。
皮膚が白くなるほど力の込められた佐太夫の拳を眺めた日本之輔の視線が泳ぐ。本当の事だがタイミングが悪かったかもしれない。

「・・・存分に暖めてきたらいいたい。俺はここで大人しく待っちょうき」
「そう? じゃあ――
「女装した今の佐太夫のが綺麗っちわかったき十分ばい」

声に被せるようにポロリと零れた日本之輔の本音に一瞬停止した後、ゆっくりと顔を上げた佐太夫はその華のかんばせににっこりと満面の笑みを浮かべた。


「――――まずお前から死ねっ!」



+++



数日に及ぶ仕事を終え、ようやく帰宅してきた男と並んで少し遅めの食事を取っていた女は、湯漬けを啜るのをやめて不意に顔を上げた夫に汁椀から顔を上げた。じっと見つめる視線に気付いて箸を止める。

「何? 善太郎ぜんたろうさん」
「いや・・・急に仲間に聞いた話を思い出して・・・」
「なになに?」

いつも穏やかな夫が困惑している様に好奇心を擽られた妻が顔を寄せると、男は少し首を傾げながら出会った時から美しい妻を見つめた。

「なんでも上の方で人気になってる生き人形の中に八千代やちよさんに似ている物があるんだって。モデルになったの?」

そんな目立つ事しそうにないけど。
声に出さずにそう尋ねた夫に妻の眉根が思いっきり寄る。

「ハアァ? なにそれ気色悪っ 知らないわよ、そんな事」
「そっか。じゃあ似てる誰かなのかな」

本気で嫌そうに顔を顰めた女に違うのかと納得した男は湯漬けに浸かった箸先を眺めながら数日ともに仕事をした仲間の言葉を思い出した。
八千代にあった事があるのだから見間違えるわけがない。似ていたというのなら本当に似ていたのだろう。
妻がモデルじゃないという素朴な疑問が解けてまた食事を再開した男の隣で、その当事者である女は食べる気を失った汁椀を忌々しそうにお盆に戻しながら鋭い舌打ちをひとつ零す。

「・・・・・・ちょっといって燃やしてこようかしら」

ボソリと零れた物騒な言葉にも男は苦笑するだけで特には反論しなかった。





*****





番外編 その三

くの一教室は恐ろしい の 段
後日談。




空は白み始め、だがまだ日も昇らぬ早朝。自分の胴体ほどの大きな籠を抱えた四人の少女達がくの一教室の敷地内から校庭へと足を踏み出した。
春とはいえ夜明け近くのまだ温まっていない涼しい空気の中に少女達のひそやかな笑いが混じる。

「昨日は楽しかったわよね」
「ほーんと」

前日行われた一年は組の歓迎会の興奮も冷めやらぬまま猪々子と卯子は笑い交わしながら手に持つ籠を前後に振り回した。すぐ後ろにいたナオミが軽い音を立てて側を通り過ぎた空の籠に迷惑そうに顔を顰める。

「ちょっと危ないってばっ! 大丈夫? 多由也ちゃん」
「ええ」

視線を向けられ、ナオミの隣を歩いていた多由也は籠を胸に抱えたままこくりと小さく頷いた。注意されて後方を振り向いた猪々子と卯子もゴメンと小さく声を揃える。
そのまま視線を前に流しながら卯子はぼやくように空を見上げた。

「はぁ~~~。たまには朝食も食堂のおばちゃんの料理を食べたいわよねぇ」
「しょうがないじゃない。料理も授業の一環なんだもの」
「色仕掛けの一部よ」

上空を見上げたまま歩く卯子にナオミが苦笑しながら手からずり落ちかけた籠を抱えなおし、卯子の隣にいた猪々子が緑色の髪を揺らす。
二人からの返答に卯子は肩を落とすようにため息を吐いた。

「料理作るのは好きだけど、片付けとかが面倒なのよねぇ」
「そうよね」

「――――どうかした? 多由也ちゃ・・・あ」

「「?」」

食堂までの道のりをてくてくと歩いていた卯子と猪々子は後ろから聞こえてきたナオミの声に同時に背後を振り向く。いつの間に立ち止まったのか、多由也とナオミとの間に少し距離が開いていた。
慌てて戻りながら二人の視線が気になり二人が見ている左側に視線を流すと、数十メートル先、校庭の一角に据えられた井戸端に青い色がちらほらと動いていた。それがなんなのかすぐに把握し、多由也達の傍に戻った猪々子と卯子も同時に目を大きくする。

「あれって・・・」

呟いた卯子の声が届いたわけではないだろうが、視線でも感じたのかその中のひとつ――青い忍び装束を着た人影が振り返り、盛大に顔を顰めた。仲間の行動にすぐに気付いた残り二人も同じくくの一達を見て顔を歪める。

「ちょっと何よその反応っ!」

出会い頭の不躾な態度に籠を掴んだままズカズカと近づいていった卯子に井戸端で顔を洗っていた三人の少年達はますます嫌そうに顔を顰めた。卯子に続くように集まってきた三人のくのたまに盛大なため息を吐く。

「女の子の顔を見てその態度は失礼でしょ?」
「・・・うるせぇな」

腰に手を当て、見下ろすようにそう言った猪々子に一番近くにいた緑の髪の少年が勝気そうな瞳を脇に逸らしてポツリと呟き、他の二人も視線を合わせないようにしながら手に持っていた桶の水を捨てて顔を手ぬぐいで拭いた。
そんな少年達の態度に少女達の機嫌も下がる。
尖った視線を向けられ、肩にかかるほどの黒髪をひとつにまとめた少年が穏やかな風貌を手ぬぐいからあげながら朝早くからきっちりと身だしなみを整えている少女達の方を向いた。

「お前達、なんでまたこんな所にいるんだよ?」
「朝食の準備に決まってるでしょ? あんた達忍たまと違って私達は自分のご飯は自分で作るのっ」
「食堂のおばちゃんにばっかり頼ってないんだから」
「何? あんた達も食べてみたいの?」
「誰がお前らの料理なんか・・・っ!・・・あ、いや・・・」

猪々子、ナオミに続いて言われた卯子の言葉に思わず噛み付いた眉毛の太い少年は、三人の後ろから覗いていた見知らぬ少女に気付いて柔らかそうな茶髪を揺らしながら口から出そうになった言葉を飲み込んだ。困惑したようによく知る三人の方へと視線を向ける。

「・・・・・・誰?」

その言葉に多由也の存在に気付いた他の少年達も迷惑そうな顔を困惑顔に変えた。
少年達の行動に猪々子達も険を取られて瞬きとともに多由也に視線を送る。

「ああ、そういえばあんた達知らないんだっけ」
「新しく編入してきたくのたまの子よ」
「多由也ちゃんっていうの。虐めないでよね」
「誰が虐めるかっ!」
「お前達じゃあるまいし!」

畳み掛けるように言われ、速攻で噛み付き返した緑髪と黒髪の少年に、傷ついたといわんばかりに少女達は胸に抱え込んだ籠をきゅっと抱きしめた。

「あら酷い。いつ誰が虐めたって?」
「言いがかりも大概にしてよね、あんた達を鍛えてやったんじゃない」
「どうせ下級生が出来たからって調子に乗ってるんでしょ?」

鼻で笑うような少女達の言葉に少年達はむっと顔を顰める。けれど多由也が一歩前に出るとその空気も戸惑ったように霧散した。

「え・・っと・・・」
「多由也です。よろしく、ね」
「あ、はい・・・」

見知らぬ少女に礼儀正しく頭を下げられ、戸惑いながらも頭を軽く上げた茶髪の少年に猪々子の呆れたようなため息が落ちる。

「ろくに挨拶も出来ないの? 二年生にもなって」
「なんだと!?」
「だって本当の事じゃない。多由也ちゃんはちゃんと名乗ったわよ?」

反論を許さない速さで畳み掛けるように言われ、ぐっと言葉に詰まる。そんな少年を横目に見ながら卯子がわざとらしくため息を吐くように多由也に近づいた。

「多由也ちゃん。しょうがないから私達が紹介するね。今のロクに挨拶出来なかったのが二年い組の能勢のせ久作きゅうさくっていうの」
「ちなみに緑色のが同じい組の池田いけだ三郎次さぶろうじ
「最後の一人が同じくい組の川西かわにし左近さこんよ。皆私達と同期なの」

卯子とは逆隣にやって来た猪々子が緑髪の少年を顎でしゃくるように示し、一歩前に残ったナオミが肩をすくめるように少年達と同級生、双方に視線を送った。
名前を呼ばれた少年達が不本意そうに、どうも、とボソボソ呟く。

「同期?」
「私達と同じく去年忍術学園に入学したって事」
「今はこんなふてぶてしい顔してるけど、入学当初はびーびー泣いてたのよ」
「! そんなわけないだろ!」
「いやね過去を改ざんしちゃって。男らしくない」

猪々子は自分の言葉に弾かれたように顔を上げた三郎次にため息を吐くようにそっぽを向いて肩をそびやかした。悔しげに歯を噛み締めたその顔から多由也の方へと視線を向け、ふと考え込むように首を傾ける。

「そう考えれば一年は組の方がまだ優秀なのかしら」
「・・・?」

自分の顔を見ながらの猪々子の言葉に多由也も同じ方向へ首を傾げる。
猪々子は頭半分小さいその目線に合わせるために籠を抱え込んで屈みながら、思ったんだけど、と他の二人にも視線を向けた。

「だって今年のい組はこいつらと同じく泣いてたでしょ? ろ組は皆失神しちゃったし」
「そうね。あれは流石にビックリしたわ」

頬に手を当てながら苦笑したナオミの隣でうんうんと卯子も頷く。

「でも、は組の連中はどちらかというと怒ってたし、最後は悪態もついてたじゃない?」
「あー確かに」
「それって根性はあるって事よね」

それぞれ不満げに自分たちの部屋へ帰っていった姿を思い出し、くすりと笑みを零した。多由也も自分の半身を思い出し、少しだけ唇の端を持ち上げる。
そんな三人を順繰りに見て、猪々子は楽しそうに笑みを浮かべた。

「ね? そうでしょ?」
「そうねえ」
「あんた達なんてすぐに追い抜かれるんじゃない?」

その言葉にナオミが視線を空へと逃すように考え込み、含み笑いを浮かべたまま卯子が三郎次達を振り返った。

「俺達が一年坊主に負けるわけないだろ!!」

仏頂面で少女達を見ていた三人も流石にその言葉にむかっ腹が立ったようで、腰の近くで握り拳をつくったまま三郎次が叫び、他の二人も腕を組んで睨み付ける。
けれど一年の付き合いがあるくのたま達はそんな少年達をまったく意に介さなかった。三人で集まってくすくすと笑いを零す。

「どうだか」
「一年の技量なんてすぐよ、すぐ」
「というか、もしそうだったらあなた達は三年には絶対勝てないって事になるわね」
「ぐ・・・っ」

痛いナオミの指摘に思わず言葉に詰まった三郎次に呆れたようにわざとらしくため息を吐いた。思ったとおりの反応だ。

「やーね、男の子達ったら野蛮なんだから」
「ほーんと。寄ると触ると喧嘩ばっかり」
「変な片意地張ってるんだから」
「・・・・・・」

見事に揃った仕草で寄り添った猪々子達の裾をそれまで傍観していた多由也が無言で引っ張る。隣にいた卯子が、なに?、と首を傾げると右手に籠を抱えたまま左手で遠い山すその方を指差した。

「日が昇るよ。朝食を作らないと」

その場の全員が動く指につられて視線を動かすと、確かに言われたとおり日が昇り始めていた。いわれて初めて気がついたが、先ほどに比べて随分と明るい。
空の籠を持ったままナオミが焦ったように周りを見渡す。

「やだっ こんな所で道草食ってる場合じゃないのにっ!」
「三郎次達なんかに関わるから」
「誰が関わってくれなんていった! そっちが勝手に・・・っ」
「いこいこっ! これ以上時間かけたらシナ先生に怒られる!」

猪々子の勝手な言い分に三郎次は濡れた手ぬぐいを握り締めたまま叫んだが、相手はそんな三人を無視するようにさっさと歩き始めた。
後の残され、呆然とした少年達が見守る中、朝日を浴びて連なるように歩き始めた桃色の集団の中、一人だけ振り返った多由也がぺこりと頭を下げる。つられるように中途半端に会釈したまま嵐のような集団を見送った。

「・・・・・・くそっ なんだよ今の」
「嫌なタイミングであったよなぁ」

胸に残ったムカムカだけを抱えて悪態をついた久作に答えるように左近が胸の中のものを吐き出すようにため息を吐く。
くのたま達の言葉を追い払うように強く首を振った三郎次はそれでも消えない苛立ちに唇を尖らせた。


「・・・・・・一年がなんだってんだよ・・・負けるわけねーだろうが」


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