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No.18506の一覧
[0] 風車通信 ~忍術学園編~[緋色](2010/05/11 01:52)
[1] 忍術学園入学 の 段[緋色](2010/05/14 01:55)
[2] いつも真面目にやってます の 段[緋色](2010/05/20 01:45)
[3] 学園長の思いつき の 段[緋色](2010/06/15 00:53)
[4] くの一教室は恐ろしい の 段[緋色](2010/06/15 01:17)
[5] 番外編 くの一教室へようこそ の 段 + α[緋色](2010/06/30 02:06)
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[18506] くの一教室は恐ろしい の 段
Name: 緋色◆5f676539 ID:64f78d5b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/15 01:17
くの一教室は恐ろしい
の段




「さて、今日は細菌兵器についての授業だ」

黒板にカツカツと文字を書き込み、チョークを置いて指についた粉をすり合わせて落としながら半助は生徒達の方を向いた。黒板の横に置いた資料の巻紙を広げる。

「これは敵に伝染病を広めるなどという事を目的とするものである」

テキストを開いてー、と促す半助の声にパラパラと部屋の中で紙がめくられる音が響く。
真ん中で涎と鼻水をたらして眠るしんべヱを避けるようにぎりぎりまで左右によって〔忍たまの友〕を開いた乱太郎ときり丸は机を徐々に侵食していく液体に眉を寄せた。

「・・・まったくぅ。こっちも細菌戦争だよ・・・」

乱太郎がぼやきながら前に視線を向けると、資料を指差しながら説明していた半助が黒板に文字を書いていた。

「えーー、このように井戸に糞尿を投げ込んで使えなくしたり、毒物を投げ込んで相手の戦力を殺ぐという方法がある。戦場近くにある山中や村人が避難した村の中に設置されている井戸にはこのような事もあるので十分気をつけるように! これらの事を避けるために流れている水を汲むのが鉄則だ」

念を押すように強く言いながらチョークを置いて教科書のページを捲る。

「武器の類では、手裏剣などの飛び道具に糞尿を塗りつけて傷口が膿むようにする方法もあり、これも細菌兵器の一種といえ――――ん?」

唐突に声を途切らせ、何かに気付いたように開いた窓の外に視線を走らせた半助はふっと頭を沈ませた。直後その頭上を勢いよく何かが通り過ぎる。

パスッ

「・・げっ」
『・・・うわあああああぁぁぁっ!?』

目測を少し誤ったのか後頭部を掠めるように黒い頭巾に突き刺さった矢に目をむいた半助の頭部を見て、遅れて事態に気付いた子供達が悲鳴を上げた。一斉に席を立ち、窓側の生徒は窓から離れるように他の子供達と固まる。
きちんと席についているのは大音響で子供達が叫んでもいまだに眠り続けているしんべヱだけだった。

「先生っ!」
「矢が飛んできた!?」
「なんかついてます」
「矢文っぽいです」

きり丸と伊助の驚いたように叫ぶ声と庄左ヱ門と風車の助言を聞いて冷静さを取り戻した半助は、器用に頭に矢を刺したまま矢柄に結び付けられた紙を解いて眼前で広げる。折りじわがついている手紙を伸ばしながら中の文章に目を通した。

「えーと、なになに?
 『一年は組の皆様へ 新入生の忍たまを招待しています。どうぞお越し下さい。 くの一教室・くのたま一同』
 ―――どうやらくの一教室からの招待状みたいだな」

一通り声に出して読み終わった後、半助は書面を子供達に見せるように指で挟んでひらひらと振ったが子供達の反応は芳しくなかった。反射的に立った体勢のまま不思議そうに首を傾げ、近くに居るクラスメイトの顔を窺う。

「・・・くの一教室?」
「なんだろうね?」

「知ってる? 虎若」
「知らない。団蔵は?」
「ぼくも知らない」

顔を見合わせる兵太夫や三治郎、首を傾げた団蔵や虎若の囁きにまだ紹介していなかったか、と気付いた。
同じく何のことかわからず隣に視線を移したきり丸は特に不思議そうな顔をしていない乱太郎に首を傾げる。ちょいちょいと二の腕を突つくと乱太郎はすぐに気付いて「何?」と問いかけてきた。

「乱太郎はなにか知ってるのか?」
「くの一のこと? 女性の忍者のことだよ」


「「「「「「「女っ!?」」」」」」」


「ふえっ!? なぁに?」

周りで聞き耳を立てていた子供達が思わず叫んだ声にようやく目を覚ましたしんべヱがわけもわからずキョロキョロと辺りを見回す。興奮して乱太郎に詰め寄るように集まってきた子供達にビックリ眼を向けた。

「女ってことは、女の子がいるってこと!?」
「うっわぁ! 知らなかった!」
「招待だって! どうしようっ」
「かわいい子、いるかも!」
「うわ、なんか楽しみ!」
「うん。でも女の子ってなに習ってるんだろうね?」
「・・・・・・」
「今まであったことなんてなかったよな?」
「そうだね」
「え? なになに? なんの話?」

「ほらほらお前達、今は授業中だ! 静かにしろ!」

手を叩く音とともに半助が一喝するとようやく口をつぐんだが、それでもキラキラと輝く目は変わらない。子供達の異性に対する興味溢れるその様子に苦笑しながら半助は乱太郎に視線を移した。

「乱太郎は知っていたんだな」
「知っていたんだなって・・・せんせー、私の家、両親ともに忍者ですよぉ~。半農半忍はんのうはんにん(半分農民半分忍者)ですけど・・・」
「はは、そうだったな。すまんすまん」

情けなさそうに眉を下げた乱太郎に片手を上げて頭を掻き、チョークを取って黒板へと向かう。

「いいか皆。くの一、というのは一種の暗号だ。女という文字があるだろう? これを一画ずつ書いていくと『く』と『ノ』と『一』というもので構成される。だから女の忍者、あるいは女性の事をくの一という。
 これと同じく、男の忍者、あるいは男性の事を『たぢから』という。『田』に『力』で、たぢから、だ。セットで覚えておくように」

女と男という字をそれぞれ黒板に大きく書いて振り返った半助に、は~い、という良い子の返事が返ってきた。うんうん、と満足そうに頷きながら視線を流し、皆には混ざらずに窓際で外に視線を彷徨わせてなるべく空気になるように努めていた風車の所で止める。

「そうだ、風車も知っていただろう? なんたってくの一教室に姉がいるからな」
「え!? あ、はい・・・そ、う、です、ね・・・」

いきなり話しかけられた風車はビクッと体を震わせながらぎこちなく振り返り、一気に集まった注目に心なし体を引いた。

「えええぇぇ!? 風車、お姉さんがいるの!?」
「なんでそのこと早くいわないんだよ!」
「そうだよ!」
「しかも同じ学園にいるのに!」
「ほんとほんとっ!」
「くの一の卵、くのたまかぁ。なんさい上?」
「え? え? ね、ねぇ、くの一ってなに?」
「女の忍者だよ」
「同じ学校にいるんだし、くのたまなら紹介してくれても・・・」
「ムリ!」

伊助や兵太夫、三治郎、団蔵、虎若、きり丸、しんべヱ、庄左ヱ門の言葉はそっぽを向いて聞かぬフリで受け流していた風車も、最後の乱太郎の言葉には即効首を振る。両手を交差させて×印を作りながら必死の形相で左右に顔を振る風車に、えーーーっ!、という仲間のブーイングが飛んだ。

「なんだよ、お前姉ちゃんっ子か」
「断じてちがう!! そんなわけあるかっ!」

頭に両手をやり、唇を尖らせたきり丸は風車に殺気立ったまま睨み付けられ、危険を感じて即座に目を逸らす。二人の間にいた庄左ヱ門がまあまあと宥めるように風車に近づいて肩を叩きながらその顔を覗き込んだ。

「それじゃなんで?」
「大変だから!」
「なにが?」
「いろいろっ」

三治郎の質問にも自棄になったようにわめく風車に子供達は首を傾げたり、納得いかないといわんばかりに頬を膨らませる。
やれやれ、と放置するように生徒達のやり取りを見ていた半助もその様子に苦笑して風車の頭に手を置いた。

「まあ皆。風車の姉といっても実際は双子だから同い年だ。しかも顔が本当にそっくりだから昔から色々といわれてるんだろ。その上優秀らしいしな。――なあ風車? 山本先生が褒めてらしたぞ?」
「・・・・・・・・・そうでしょうね・・・」

頭に手を載せられてまま半助の方を向いた風車は何か言いかけ、結局何もいえないといわんばかりに疲れたように顔を背けて呟く。
数瞬、担任が言った言葉を脳内で反芻していた生徒達は内容を理解して目を見開いた。

「双子!?」
「マジで!?」
「しかも顔そっくりって・・・っ」
「うわ~~~、想像できない~」
「いやでもなんか悪くはないんじゃない?」
「風車に女装させればいいわけで――」
「俺で考えるのはやめろ、兵太夫!」

真新しい情報を貰い、またうるさく騒ぎ始めた子供達の声をぶった切るように風車が叫ぶ。「いやでも、じゃないとわからないって」と呟いたきり丸は即座に睨まれて反射で口を閉じた。

「でもさ、風車。結局これから会うことになるんだろ?」
「・・・・・・そうだな」

くりくりとした目で不思議そうに見てきた庄左ヱ門に風車は諦めたように目を据わらせる。

カーーン
  カーーン
    …… ……

丁度会話の隙間を縫うように終業の鐘が鳴り、空を見上げて大体の時間を確認した半助はたいして進みもしなかった授業内容に肩を落としながら教科書を閉じた。出席簿やチョークケースとともに小脇に抱えながら騒ぐ子供達を見回す。

「今日の授業はここまで。次の授業を中止してくの一教室を見学させてもらうので、この後は校庭に集合するように!」
「「「「「「「「「はーーーーいっ!!」」」」」」」」」

いっせいに担任に顔を向け、嬉しそうに手を上げる子供達。
浮かれた空気が流れる中、先の事を思ってため息を吐いたのは半助と風車だけだった。






「いいか、お前達。これからくの一教室にお邪魔するわけだが・・・コラそこ、ちゃんと話を聞けっ」

授業開始の鐘がなる前からきちんと集まり、こそこそと話に興じていた子供達に半助は呆れたように腕を組んだ。授業が始まった為におおっぴらには聞かれなくなったが、休み時間中ずっと質問攻めにあっていた風車はその台詞で疲れたように虚空に彷徨わせていた視線を半助に戻す。

「お前達がどんな風に思っているか知らないが、ひとつ忠告しておく。くの一を甘くみたらだめだぞ。くの一はある意味では男の忍者よりも怖い存在だからな」
「またまた~、先生ったらぁ」
「そんな事いっちゃってぇ」
「先生が相手にされないだけじゃないっすがッ!」

ごんっ!

「・・・きりちゃん、今のはよけいだよ・・・」

重々しく忠告する半助を見ても子供達は軽い笑顔を浮かべて聞き流し、へらりと口を滑らせたきり丸は即座に殴られて頭を抱えた。

「・・・まあいい。直接会ったらわかるだろ」

まったく聞く耳を持たない子供達になんともいえない表情を浮かべた半助はそれ以上の忠告は諦めて歩き出す。浮き足立った歩調でじょろじょろとついてくる生徒達を引き連れて校庭を横切った。
しばらく歩いていくと校庭の一角に藁で作られた垣根が現れた。その垣根に沿うように進み、藁葺き屋根の乗っかった両開きの木戸の門の前で立ち止まる。

「一年は組一同、ご招待にあずかり、参りました」

わくわくと見つめる生徒達の視線に押されるように半助が軽く扉を叩くと中から木戸が開かれた。白いほっそりとした美しい手が伸びて、次いでしなやかな体がのぞく。

「ようこそおいで下さいました」
「・・・ふわぁ・・」

門の内側から出てきた黒い忍び装束の女性に生徒の誰かが感嘆の吐息を零す。
女性は二十代半ほどだろうか、長い睫毛に覆われた切れ長の黒目、妖艶な赤い唇、上に跳ねるような栗色の髪を黒頭巾から零し、すらりと均整の取れた体つきを腰紐と首もとのスカーフの赤さがより際立たせていた。
ぼーーと見とれる子供達に小さく笑った後、半助は大きく咳をして注目を集め女性の方へと視線を向ける。

「皆、くの一教室の山本シナ先生だ。挨拶は?」

一瞬、風車は頭を傾げたが、他の子供達はハッとしたように目を瞬かせ、慌てて整列した。全員横に並んだのを確認した後いっせいに頭を下げる。

『はじめまして! 山本先生っ』
「あらあら、まあまあ」

その台詞に女性はおかしそうに手で口元を覆うところころと笑い出した。
声に促されるように下げていた頭を上げて不思議そうに担任を見た子供達に、半助もどこか笑いを堪えたような顔をして生徒達を見回す。

「お前達、初めてじゃないだろう? 昨日もあったはずだぞ? 団蔵はともかく風車だって学校に来た日にあっただろう?」
「「「「「「「「・・・・・え?」」」」」」」」
「・・・・・・え゛・・・?」

何とか思い出そうと首をひねる子供達の中で、風車だけが顔を引きつらせた。恐る恐るという風に手を上げた風車を半助の笑みが増す。

「どうだ、思い出したか? 風車」
「・・・あのぉ、同姓同名、とかいうことは・・・ないんですか?」
「ない」
「うそぉっ!?」

反射で叫んだ後、確認するように忙しなく全身を往復する風車の視線に女性はただ微笑んだ。どうしても納得できずに首を傾げる風車を隣に立っていた虎若が突つく。

「なあ風車。風車はわかったんだよね? 誰なの?」
「誰・・・って、いわれても・・・」

昨日皆と一緒にあったわけでもなく、なおかついまだに信じられない風車にはどういえばいいのかわからない。
さらにわけがわからない団蔵はその場の空気に置いていかれ、何をすればいいのかわからず結局半助の方を向いた。

「先生、よくわかりません」
「まあ団蔵はそうだろうな。他の皆はまだわからないか?」
「「「「「「「「わかりませーん」」」」」」」」
「昨日食堂であっただろう? しんべヱなんか髪の毛に花を飾られたじゃないか」

きょとんとしたようにしんべヱが首を傾げる。皆の視線がしんべヱに集まった後、いっせいに女性の方を向いた。

「「「「「「「「ええええええぇぇぇぇぇっ!!!???」」」」」」」」
「え? なに? なに?」

驚愕の叫びにビクついた団蔵が左右を見渡すが、あまりの事に口を開いたまま女性を見つめている同級生は何も答えてくれない。

「だだだだって、昨日の人って・・・っ」
「どう見ても六十歳以上でしたよ!?」

伊助と三治郎が顔を見合わせたあと担任を見上げると、半助は笑顔を浮かべたまま驚く生徒達を見下ろした。

「くの一に年齢はない。ある時は少女、ある時はおばあさんなんだ。だから山本先生の本当の年齢は私達教師陣さえも知らない」
「ひえぇぇ!?」
「うっわぁ・・・」
「忍者の道は奥が深いなぁ・・・」
「・・・・・・女性には気をつけよう」

ニコニコと笑うシナの間近くに居た乱太郎と兵太夫は至近距離でも全然わからないその姿に口元を引きつらせる。その左右で腕を組みながらうんうんと庄左ヱ門が頷き、シナから視線を逸らしたきり丸がボソリと呟いた。

「え? 結局どういう事?」

一人だけ置いていかれた団蔵はただ首を傾げるのみ。
そのまま頭を抱えて悩みこみそうな生徒達の反応を一通り楽しんだ後、半助は区切りをつけるように手を叩いた。

「ほらほらお前達。今日の目的を忘れたわけじゃないよな?」

言われていっせいに下を向いていた顔が上がる。
そんな生徒達の反応にシナと半助は顔を見合わせて笑いあい、シナは細い手を扉にかけて押し開いた。優しい笑顔で振り返る。

「どうぞいらっしゃいませ」
『おじゃましますっ!』

ぎくしゃくとぎこちなく入っていく様子を教師達は微笑ましそうに見つめ、シナは最後の確認の為に校庭側を見回した後、扉を閉めた。






「来たわ」
「そうね」
「アレが一年は組?」
「んーーー、もう少し近づかないとよく見えないわ」

障子を少しだけ開けて隙間を作り、十一人の少女達が寄り添うように固まって外を窺っていた。じょじょに近づいてくる男の子達に気付かれないように声を潜める。

「おシゲちゃんが言ってた子って、どの子かしら?」
「わかんない。・・・・あ、今のっ あれ、多由也ちゃんの弟じゃない?」
「え、どこ?」
「ほらあそこっ あ、隠れちゃった・・・」
「ええ? 私わかんなかったわ」

渦巻き模様が入った桃色の忍び装束に身を包んだ少女達はもちゃもちゃと引っ付きあうように隙間を覗くが思うようにはいかないようだ。入り口付近で固まるは組の男の子達に舌打ちする。
ふいにその中の一人、緑髪を後ろでひとつにまとめた少女が部屋の中を振り返った。丸い大きな瞳が部屋の中央に一人静かに座っていた少女のところで止まる。

「多由也ちゃん。どの子が多由也ちゃんの双子の弟?」

多由也と呼ばれた少女は読んでいた教科書から顔を上げ、自分を見つめる少女達に気付いて静かに本を閉じて立ち上がった。そのまま軋みの音も立てずにその集まりに合流する。
そっと場所を譲った少女達の間から顔を覗かせ、庭に集まる男の子の塊の中の一人を指差した。

「あそこ。私と違って髪の毛がはねてるから」
「え? どれどれ?」
「あ、わかったっ うっわあ、ホントにそっくりっ」
「ほんとだー、びっくりっ」

男女の双子というものにきゃいきゃいと騒ぎながら交互に隙間を覗いていた少女達だったが、間近くに居る多由也と外の子供を見比べてすぐに首を傾げる。

「あれ? でも同じ顔っていったって多由也ちゃんの方が凛々しそうじゃない?」
「うん、そうね。多由也ちゃんが男の子だった方が良かったかも」
「なんか雰囲気が違うね。ぱっと見わからないわけじゃないというか」
「これなら不破ふわ先輩と鉢屋はちや先輩の方が見分けつきにくいわよね」
「確かにー」
「っていうか鉢屋先輩の変姿へんしの術、凄すぎない?」
「そうそう。六年の先輩方を差し置いて一番だもんねぇ」
「実際、忍術の腕の方も忍術学園一って噂だってあるし」
「えーー、でもやっぱり強いのは六年生でしょ。実戦慣れしてるし」
「そうよ。それにかっこいいしね」
「四年生の先輩達も顔はいいよね」
「それは、確かにそうだけど・・・・・・なんていうか、ねえ?」
「あの人達ってもう“ある”っていうか、“いる”でしょ? 次元が違うっていうかさぁ」
「ああ、あれね。なんて名前だっけ?」
「たしか・・・ターコちゃんでしょ? ・・・おりんにサチエだっけ? ユリコ?」
「おりん? リンコじゃなかった?」
「さあ? どうでもいいわよそんな事――」

トトト・・・

だんだんと横道に逸れていく少女達の会話は、ふいに響いてきた振動でぴたりと止んだ。なるべく音を立てないように走ってくる足音は少女達の集う部屋の前で止まる。
その部屋にいた全員の視線が出入り口の襖へと集まった次の瞬間、凄い勢いで襖が開け放たれた。

「一年は組が来てるんでしょっ!?」
「「「「「「「「「「「おシゲちゃん・・・っ」」」」」」」」」」」

そこから飛び込んできた一人の少女に慌てたように他の少女達が口元に指を当てて合図する。すばやく口を噤んだおシゲと呼ばれた少女は同級生達の合間を縫うようにして障子の隙間を覗き込んだ。皆よりは低い背丈をさらに屈めるように両手を畳に付ける。

「あの方はどこでしゅかっ? ―――あっ いたでしゅっっ
 ・・・・・・やっぱり素敵でしゅぅ・・・まさかこんな所まで来てくだしゃるなんてっ」

どこか興奮気味に覗き込んだおシゲはすぐに恥ずかしそうに障子から顔を逸らせて赤く染まった頬に手を当てた。近くで見ていた仲間達はもう一度障子の外と恋する乙女を見比べる。

「で? どの子なの?」
「あの中にいるんでしょ?」

オレンジ色の髪の毛の少女と藍色にも見える綺麗な黒髪の少女が障子の桟に手をついて男の子達に視線を向けると恥じらいの為に顔全体を隠したままおシゲはもじもじと体を揺らした。

「あの、鼻水を垂らしてる人でしゅ」
「「・・・・・・」」

おシゲが言った人物を確認して沈黙した少女達が困ったように振り向く。確かに男の子達の中に盛大に鼻を垂らした子供がいた。

「・・・なんか、ぼうっとしてそうね」
「あの鼻水を噛んでさしあげたいんでしゅ」

かろうじてそう言った黒髪の少女を腰の前で指を組んだおシゲは輝く瞳で見上げた。
その隣にいたオレンジ髪の少女が二人を見て笑みを零した後、部屋に居る全員を見回す。

「ねえ、それよりも。誰が誰を相手するか決めましょ?」

好奇心で輝く瞳と舌なめずりをせんばかりの声に他の少女達も次々と含みを持つ笑みを浮かべた。かすかに障子越しに聞こえてくる男の子達の声を聞きながら幅を狭める。

「おシゲちゃんは勿論あの子よね?」
「当前でしゅっ」
「多由也ちゃんも双子の弟がいいでしょ?」
「・・・・・・そうね」

近くに居た黒髪の少女がそばかすの浮いた顔を多由也に向けると、一人興味も何もなさそうにその場に正座していた多由也がこくりと頷いた。
それを確認した後、残った全員がもう一度外を確認する。

「後は適当に選びましょうか」
「なるべく面白そうな子がいいけどね」

くすくすと楽しそうに笑いあいながら少女達は外の獲物達を見定めていった。






松や柘植などが植えてある敷地内には屋根を瓦で覆われた日本家屋が建っていた。日当たりが良さそうな庭は雑草こそ生えているがキチンと刈り込まれ、丁寧に世話がなされている。

「ここがくの一教室だ」

周りを物珍しそうに眺める子供達の前に立ち、半助が片手で建物を示した。それにつられるように子供達の視線が動き、好奇心できらめく。
うずうずしている子供達に苦笑しながら両手を後ろで組んだ半助は、自分達から数歩離れた場所で成り行きを眺めているシナを確認してから子供達の方を向いた。

「今から自由時間にしてやるから、見学させてもらって来い」
『はーーーいっ』

やった、といわんばかりに元気よく手を上げた子供達に苦笑が強まる。
そのまま見回した視界に生徒達の元気の影に隠れるように一人たそがれた雰囲気の風車がはいった。近寄ってみると力ない視線が投げられる。

「? どうした? 風車。久しぶりに姉に会うのに嬉しくないのか?」
「・・・・・・できれば辞退したいくらいですけど・・・」
「それは無理だ。・・・・・・なんだお前達、姉弟仲が悪いのか?」
「・・・そういうわけじゃない、ですけど―――」

「――いらっしゃいませ」

歯切れが悪そうに風車が言葉を濁した時、涼やかな声音とともに庭に面していた屋敷の障子が静かに開けられた。その場に整列し、三つ指を突いて伏せていた少女達が数拍置いて顔を上げる。気圧されたように黙り込んだ一年は組の生徒達に向かってにっこりと微笑んだ。

『ようこそくの一教室へ』
「「「「「「「「「おじゃましますっ」」」」」」」」」
「・・・――――おじゃまします」

呆けたのは一瞬だけですぐに正気を取り戻した一年は組の生徒達もその場で姿勢を正すと九十度のお辞儀を返す。
一人だけ出遅れたしんべヱが他の皆が頭を上げる頃に慌てて頭を下げ、ワンテンポ遅れて元に戻った。

「・・・?・・・!?」
「って、うわっ!? ほんとにソックリっ!?」
「え? あ、ホントだ!」
「双子って、こんなに似るんだ?!」
「風車を女の子にしたらああなるのか」


緊張した面持ちで桃色の忍び装束に身を包む少女達を見回したは組の面々は一番端っこに座る少女の前で視線を止めると驚きで息を呑んだ。
最初に気付いたのは庄左ヱ門だったが、最初に叫んだのは団蔵で、それに続くようには組の面々がざわめく。風車自身はそれについて何も言わなかったが自分と少女の間を行き来する同級生の視線に鬱陶しそうに小さく舌打ちした。

「あなたが多由也ちゃんの弟の風車君でしょう? 本当にそっくりね」

背筋を伸ばしたまま優雅に立ち上がった少女達の中で手前に座っていた少女が風車を見て微笑みを零す。白いリボンで止められた長い黒髪が藍色の光沢を放ちながらサラサラと肩を滑って頬にかかった。
誰とも視線を合わせないようにそっぽを向いていた風車も流石に話しかけられて無視するわけにもいかずその少女の方へと笑顔を向ける。

「よく言われます。
 ・・・・・・あの、ところで・・・―――多由也がへんな事をいったり、なにか迷惑なこととかしでかしたりしてません!?」
「? そんな事ないわ。多由也ちゃんは私達より一歳下で編入してきたばかりだというのにとても優秀で・・・むしろ私達が教えてもらう事だってあるのよ」

笑顔の裏にどこか必死な響きを含ませた風車の問いにその少女は首を傾げたまま左右に視線を向けた。他の少女達も不思議そうに首を傾げて多由也を見るが当の本人はチラリと風車を見ただけで後はただ視線を前に向けている。

「いえ・・・・・・ならいいんですけど・・・」

風車も奥歯に物が挟まったように歯切れ悪く視線を逸らす。
やり取りの意味がわからずその場で視線を往復させるは組の生徒達の中に、縁側を下りてきていた少女達がまるで最初から決めていたかのようにするすると滑り込んできた。
近くまでやって来た少女達の髪の毛からふわりと香る花のような香りに男の子達は緊張したように固まる。

「私はユキ。あなたは?」
「ら、乱太郎ですっ」

オレンジ色のふわふわとした髪の毛を桃色のリボンで止めた少女に笑いかけられ真っ赤になって俯いた乱太郎に、少女は優しく手を差し伸べた。指に滑り込んできた細い手にハッと顔を上げた乱太郎にユキと名乗った少女はニッコリと笑みを浮かべる。

「乱太郎君ね? 庭を案内するわ」
「は、はいっ」



「オレきり丸です」
「私はトモミよ、よろしくね?」

どうすればいいのかと戸惑ったように頭に手をやったきり丸にサラサラとした黒髪をひとつにまとめた少女は微笑んだ。藍色にも似たその髪に思わず目を奪われている間にその腕に自分の腕を絡ませる。

「少し散歩をしましょうよ」
「あ、ああ」



「あ、あの・・・わたし、おシゲといいましゅ。あなたは?」
「ぼく? ぼくしんべヱ」
「しんべヱ・・・・・・しんべヱしゃまでしゅねっ」

もじもじと体を揺らしながら上目遣いに見上げてきた同じくらいの身長の少女にしんべヱは首を傾げながらも素直に答えた。
ようやく知った思い人の名前を口に出して嬉しそうに頬を押さえたおシゲはもう片方の腕に抱えて背後に隠していた大きな風呂敷包みをそっと前に持ち出す。

「あの、しんべヱしゃま? しんべヱしゃまに食べてもらいたくてお饅頭を作ったんでしゅ」
「お饅頭!?」

途端に目の色が変わったしんべヱにおシゲは恥ずかしそうに風呂敷包みで顔を隠した。大きく口を開け、涎を零し始めたしんべヱを風呂敷包みから目だけ出して窺う。

「向こうに休むのにちょうどいい木陰があるんでしゅ。そこにいきましょう?」



「・・・・・・」
「・・・・・・」

次々と男女混合の組が成立して楽しそうにそれぞれの場所へ歩き始める中、一向に動かない卵達がいた。
同じ顔で互いを見つめたまま一言も言葉を交わしていない姉弟―――風車と多由也だ。
しばらくして気力が切れたのか先に視線を逸らした風車がため息を吐く。

「で、何?」
「くの一を見学に来たんでしょう? 教室内を案内するわ」
「!?」
「・・・どうかした?」

驚きのあまり振り子バネのように視線を戻して多由也の顔をガン見する風車に双子の姉は小さく首を傾けた。気持ち悪そうに顔を顰めて身を引く風車にますます首の角度が深くなる。

「・・・・・・お前、だれ?」
「多由也よ? なんで?」
「そのしゃべり・・・」
「風車がもっと同世代の女の子っぽくしろっていうから、してみたの」

周りにちょうどいい資料があったから、と多由也が続けても風車の眉間のしわは取れなかった。口元を押さえるように手で覆ってボソリと、気色悪い、と零す。

「・・・―――止めた方がいい?」
「・・・いや、それで十分だろ・・・」
「じゃあなんでそんなにイヤそうなの?」
「・・・・・・なれてなくて・・・精神的に・・ちょっと・・・」

無感情な瞳に見つめられ、どこか落ち着かなげに体を揺らした風車の二の腕に多由也はそっと手をかけて心持ち上目遣いに見上げた。驚き、若干の警戒を滲ませながら見返してくる風車に少し瞼を伏せながら自分の教室を指差す。

「――建物の中、案内するわ」
「・・・・・・」

口元を引きつらせながらも風車は何もいわずに多由也に手を引かれて歩き始めた。



「やれやれ、やっと皆いったか」

くの一の生徒達に連れられて次々と去っていった自分の生徒達に半助は頭を振りながら苦笑を零した。これからどうなるのか目に見えているため、若干笑みに面白がるような感情が混じる。

「これも授業の一環だが・・・・・・あいつら大丈夫かな」

先にこの試練を受けた、い組とろ組が散々だったのは知っている。今年は何故か去年よりも被害が大きいようだった。

「あら、大丈夫でしょう。刃物と毒物は使わないように、と言ってますもの」
「・・・・・・それ、本当に大丈夫なんですか?」

後ろからかけられた、華やかな声とはかけ離れた内容に半助は思わず顔を引きつらせる。生徒達が居る間は後ろに控えていたシナが隣まで歩み寄ってきて口元に柔らかく笑みを浮かべた。

「しょうがありませんわ。くの一ですもの」

クスクスと笑うその姿はひどく魅力的だった。






「ふふふっ 乱太郎君って面白いのね」
「いやぁ・・・」

青々と茂る木々の梢を通る風を気持ち良さそうに浴びながら笑うユキに、乱太郎は照れて顔を下に向けた。視線が自分から逸れた瞬間、ユキの手が自分の豊かな髪の毛を押さえる。

「・・・・・・あっ!」
「どうしたの?」
「髪の毛を結んでいたリボンが緩んで・・・風で木の枝に引っかかっちゃったのよ」

いきなり大きな声を出したユキに驚いたように顔を上げた乱太郎は困ったように髪の毛に手を当てるユキの言葉にその視線の先を辿った。確かに先ほどまでしていたユキの桃色のリボンはなく、代わりに同じ色の布切れが少し先の木の枝からぶら下がっている。

「あれ?」
「そう。困ったわ、手が届かない。あれ、結構お気に入りだったのに・・・」

自分の身長の倍以上は高そうな所に引っかかる布を見上げ眉尻を下げたユキの左手を、意を決したように表情を引き締めた乱太郎が掴んだ。驚いて見下ろしてきたユキに「大丈夫」と胸を叩く。

「これでも木登りはけっこう得意だから、私にまかせてっ あのくらいなら登れるよ」
「本当? 無理しないでね?」
「大丈夫大丈夫」

安心させるように微笑んで手を離し木の下へ駆け寄ると、はらはらと心配そうに見守るユキに向かってひとつ頷いて危なげなく木を登り始めた。器用に目的の枝まで辿り着き、太さを確かめた後、慎重に歩みを進める。

「あ、あったよっ これ―――うわぁっ!?」

しゅるるっ

右手を伸ばして桃色の布を掴んで見せた瞬間、それが引っかかっていた葉陰からいきなり現れた紐が手首に巻きつき、凄い勢いでぐいっと上に引き上げた。衝撃で手に持っていた桃色の布が吹っ飛び、引きずられた体が空に投げ出される。

「ぎゃあああああぁぁぁぁ??!!」

いきなり視界が反転し、体がどことも接していない不安定な感覚に乱太郎はわけもわからず目を瞑って悲鳴を上げた。右肩に体重がかかって痛い。
右手だけが何かに引っ張られたまま、体の揺れが収まったのを察してようやく目を開ける。先ほどまで登っていた場所よりさらに上方で足が宙にぶら下がっていた。慌てて頭上を見上げると右手に絡みついた紐が上の枝を通ってどこぞへと続いている。

「ななななに!?」
「あはははははははっ」

戸惑い焦る乱太郎の聴覚に少女の可愛らしい笑い声が飛び込んできた。足先を見下ろすと先ほどまで楽しく散歩していた相手が腹を抱えて笑っている。

「ななななんで!? なんで笑ってるの!? ユキちゃん??!!」
「あはははははっ! あーーーおかしいっ!!」

笑いすぎて目尻に滲んできた涙を拭いながら乱太郎を見上げたユキは腰に左手を当てて悪戯っぽく笑った。右手を懐に突っ込んでそこから取り出した桃色のリボンを髪につける。

「あんな手に引っかかるなんて・・・っ! ちょろいわねっ」
「あーーーーっ! ひょっとしてこれ、ユキちゃんの仕業なの!?」
「にっぶ! 勿論そうよ」
「ひどいよっ!!」
「油断した方が悪いのよっ」

腕を引っこ抜こうともがきながら憤慨して自分を見下ろす乱太郎を鼻で笑って舌を出した。蝶々結びがきちんと出来ているか手触りで確認した後、髪型を手櫛で整えて踵を返す。

「えっ!? あっ、ちょっと待ってよっ!」
「それはそのうちちゃんと下に落ちるようになってるから大丈夫よ。じゃあねっ」

ひらりと手を振って、オレンジ色の髪の毛を揺らしながら少女はその場から去っていった。






「うっわぁっ! おいしそうっ」

ちょうど木陰にあった大きな庭石に座り込んで、おシゲの持ってきた重箱の中身を見たしんべヱは涎を垂らしながらそう言った。そこには誇張でもなんでもなく、本当にお店で売っているかのような大きな饅頭がいくつも並べられていた。
その賛辞におシゲは恥ずかしそうに膝元に広げた風呂敷をもてあそびながらしんべヱを上目遣いに見上げる。

「そういってもらえると、おシゲも嬉しいでしゅ」
「ほんとほんとっ おシゲちゃん、才能があるんだねっ」

饅頭に視線が釘付けになったままおシゲを褒めるしんべヱにますます嬉しそうに身を捩り、膝元にあった重箱をしんべヱの膝の上にのせた。それに従いしんべヱの視線も動く。

「しんべヱしゃま。どうぞ遠慮なく食べてくださいっ」
「うわーーーーいっ!!」

おシゲのその言葉にしんべヱは待ってましたと言わんばかりに饅頭を両手で鷲掴み、二ついっぺんに口に突っ込んだ。さらに両手に予備を持って口の中いっぱいに頬張ったものを味わおうと口を閉じる。

ぼふんっ!

途端にものすごい衝撃と痛みが口内に炸裂した。口が勝手に開き、中から煙が立ち上る。

「あがががが・・・・っ!」

あまりの痛みに口を閉められないままおシゲの方を向くと、恥じらいの表情のまましんべヱを見守っていたおシゲは、ほぅ、と安堵のような息を漏らした。胸に手を当てるようにしてしんべヱへ笑顔を向ける。

「良かったでしゅ、ちゃんと爆発して。
 火を点けずに衝撃だけで爆発させるのってとっても大変だったんでしゅよ? 癇癪玉っていうらしいでしゅ。多由也ちゃんが言ってました」

恋する乙女はきらめくような笑顔で恋しい男を見つめ、火照る頬を片手で押さえながらちらちらと様子を伺った。何が起こったのかわけがわからず呆然と自分を見つめるしんべヱから赤くなった顔を背ける。

「私の気持ちでしゅ・・・―――きゃーーーーーっ!!

そこまで言って恥ずかしくなったのか頬を押さえていない方の手でドンッとしんべヱの体を岩から突き落とした。その拍子に重箱から零れ落ちた饅頭が地面にばら撒かれ、真上に落ちたしんべヱの体重で押しつぶされる。

バンバンボバババンッ!!!

「ぎゃーーーーーーーっ!!!」

体の下で爆発した饅頭に、しんべヱの悲鳴がその場に木霊した。



「へえ~~~、きり丸君ってそんな事も出来るの?」
「ああ、まあ色々バイトとかやってたから」

手入れされた庭木を見ながら並んで歩いていたトモミときり丸は一息つくように足を止めた。話に夢中になっていつの間にか人気のない場所にたどり着いた事に気付いたきり丸が照れたように頭を掻く。

「いつの間にか誰もいなくなっちゃったな」
「そうね。でも大丈夫よ。ここは私達の庭だもの、迷子になんかならないわ」

自信満々にそう言ったトモミに、そっか、と笑みを浮かべた。その視界の隅に見慣れた空色の井桁模様がよぎったのにぎょっとして顔を左に動かす。

「あれ?! 今、兵太夫と伊助が空飛んでなかった!?」
「え? 気のせいでしょ? 何にも見えなかったけど・・・」

問われたトモミも同じ方向を眺めるがすぐに諦めたように肩をすくめてきり丸に視線を戻した。
そういわれれば確信を持てず、きり丸も曖昧に頷いて視線を前に戻す。

「それよりも、あれ。あそこのアレ、何かしら?」
「どれ?」

悪戯っぽい笑みとともに前方を指差され、顔を出すようにして目を凝らしてみたがよくわからない。前方には広々とした雑草地帯が広がっているだけだ。

「何のこと?」
「あれよ、あれ。その雑草の中に落ちてるもの・・・」
「うん?」
「あれ、お金じゃないかしら?」
「お金ぇっ!?」

その言葉に即効で雑草地帯に走りこんだきり丸はトモミが指差した付近でその場に伏せた。前後左右を隈なく見回してみたがそれらしい物は見当たらない。立ち上がって目を小銭のように・・・ではなく、皿のようにして辺り一体を見回してもそれは同じだった。

「どこ?」
「あらごめんなさい。見間違いだったみたい」

トモミがいうようなものなどどこにも見当たらず、確認するように振り返ったきり丸にトモミは勘違いを詫びるように胸の前で両手を合わせた。落胆も露わに、ちぇっ、と舌打ちをひとつ漏らして足元の石を蹴り転がす。

カッ
どふっ!

「な・・・っ!」

石が数メートル転がった瞬間、いきなりきり丸の視界が激しい光と黄土色の煙で覆われた。光で塗り潰され、一時的に利かなくなった視界を庇うように目元を手で覆うあいだに鼻から入ってきた煙に咽る。ツンとくる刺激と喉に絡まる感覚に咳とくしゃみが止まらず鼻水がどんどん溢れ出た。

「ごほっ ごふごふ、くしゅっ な゛、ゴフッ、な゛に゛っ!?っくしゅっ!」
「ああそこ? 今、そこ、“うずめ火”だらけの地雷原になってるの。地面に埋めてある“うずめ火”踏んだら爆発するから気をつけてね。といっても出てくるのはただの閃光と灰を混ぜた辛子の粉だけど」

これでも遠慮したんだから。と楽しそうにくすくす笑いながらトモミは咽るきり丸に背を向ける。あらかじめ知っていたから視線を逸らしていたし、風上に立っているトモミには粉の被害はこない。

「せいぜいが十丈(三十メートル)くらいよ、頑張って~」

綺麗な笑みを口元に浮かべながら吹き付ける風に心地良さそうに目を細めた。



キョッ
  キョッ

「・・・・・・なんだ? これ」

くの一の卵達が住む屋敷の中、外からは見えないように雨戸を閉じた外廊下の細長い空間を歩いている最中、いきなり足元から聞こえた奇妙な音に風車は思わず足を止めた。先を歩いていた多由也がそれに気付いて、ああ、と小さく声を漏らす。

「それは鶯張うぐいすばりよ。踏むと鶯の泣き声のような音を出して侵入者を知らせる防犯設備のひとつ」
「ふぅーん・・・・・って、なんでお前は鳴ってないんだよ?」
「鳴らないように歩いてるから」
「そんなこと出来るのか?」

驚いたように足元に注目した風車に多由也も数歩先で立ち止まって瞳を瞬かせた。風車と同じように自分の足元を見下ろして頷く。

「やろうと思えば練習しだいでは。小指から親指にかけて足をじょじょに床につけていき、最後にかかとを下ろす『忍び足』とか」
「なんでその歩きで普通の速度がでるんだよ」
「だから練習しだいで」
「・・・・・・その練習を見たことないんだが」

学園に来てからのほんの少しの間に習得したとでもいうつもりだろうか、と半ばありそうな事を思いながら風車も言われたように足を踏み出してみた。踏んだ足の下でさっそくキョッと鳴った床にすぐに諦めて体重をかける。

「・・・?」

キョキョッ、キョキョッ、と足を踏み出すたびにうるさく囀る廊下にため息を吐きながら歩いていた風車がふいに耳に入ってきた床鳴り以外の音に顔を上げた。動きにつられて振り返った多由也に視線を戻す。

「なあ、今、乱太郎の声がしなかったか?」
「・・・・・・ここ、けっこう裏庭に近いから」
「ふうん。外を散歩してんのかねぇ」

視線を前に戻しながらそう呟いた多由也に、風車も特には気にせずたまに通り過ぎる部屋の障子を見ながら歩みを進めた。雨戸を閉めているために廊下は薄暗かったが歩くのに支障をきたすほどではない。

「・・・・・・」

そうやって見知らぬ屋敷を物珍しそうに見ながら歩いていた風車の歩みがふいに乱れ、やがて止まった。いつの間にか鴬張りから普通の廊下へと変わっていた廊下は音ひとつ立てず、静寂だけがその場に残る。

「・・・・・・・・・・・・おい・・・」
「―――なに?」

警戒心も露わに睨み付けてきた風車に同時に止まった多由也が無表情に振り返った。何かを感じたのか風車の眉間のシワがますます深くなる。

「いま虎若と団蔵の悲鳴がきこえたぞ? どういう事だ!?」
「・・・・・・そういう事だと思う」
「!!」

誤魔化しも何もない肯定。
膨れ上がる嫌な予感とともに即効で来た道を引き返した風車に体ごと振り返った多由也が少しだけ眉を動かした。

「――もう遅い」

多由也の声が耳に届くよりも先に足場がない事に気付いた風車は咄嗟に腕を伸ばして廊下の板を掴む。廊下の幅の床板が一気に外れて開いた穴は数メートルほども続いていたが、あいにく最初の逃げの行動が早かった風車はほとんど渡りきっており、ぎりぎり反対側の縁まで手が届いていた。
なんとか両手でぶら下がったはいいものの、余所見をする余裕さえもなく天井を見上げてプルプルと震える。

「お、まっ・・・っ! マジふざけんなよ、多由也――っ!!!

声を振り絞るたびに体の力が抜けそうになるが、それでも口から怒りを迸らせる風車に穴の反対側から多由也の無感情な声が返る。

「いたって真面目よ」
「なお悪いわっ!! ―――!?」

振り返るに振り返れない状況にぎりぎりと歯を軋ませながら底に視線を落とした風車は一瞬目を疑った。再度見直してみても景色は変わらない。
五メートルはありそうな深さの穴のそこに棒の林が立っていた。

「てめっ 殺す気かっ!?」
「大丈夫、刃物は外したから」
「だからなん――――っ!!」

だ、と言い終わる前に風車の手元の板がポロリと外れる。さらに追い討ちをかけるようにそこら辺一体の板が外れた。

「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!! ―――がふっ!」

悲鳴が穴に吸い込まれて、途切れる。
穴の縁から中を覗き込むようにその場にしゃがみ込んだ多由也は、底の方で床板にまみれて目を回す風車を見ながら頬に落ちかかってきた髪の毛をかき上げた。

「・・・そこ、時差式になってるの」

ポツリと呟かれたその言葉を聴いたのは結局多由也だけだった。






「・・・・・・」

予想はしていたがそれを上回るような有様に、半助は腕を組んだまま言葉を失った。

全身ずぶ濡れになりながら顔を手ぬぐいで押さえて座り込んだ団蔵。
その後ろで下半身を泥で汚し、水を滴らせながら力なく立っている虎若。
土と木っ端にまみれ、横一直線に赤い筋の入った顔面を押さえる擦り傷だらけの三治郎。
三治郎と背中を合わせるように座り込み、濡れたまま拗ねたようにたんこぶの出来た頭を押さえる兵太夫。
その隣で同じく濡れたまま膝を抱えてうずくまる伊助。
怒りに身を震わせながら痛む体を押さえる風車。
手ぬぐいで鼻と口を押さえながらくしゃみを繰り返し、真っ赤に充血した目をしきりに瞬かせるきり丸。
地面に倒れ伏したままピクリとも動かないしんべヱ。
土や草を全身につけ、青あざだらけの体で俯く乱太郎。

「・・・・・・お前達・・・また、随分と派手にやられたなぁ・・・」

しばらく無言で生徒達を見回した後、口から零れ落ちた感想のような言葉に半助の一番近くにいた乱太郎がキッと顔を上げた。すがるように担任の黒い袴を掴む。

「先生っ 女の子たちひどいんですっ! みんなやられましたっ!!」
「う~ん・・・・・・まあそうだろうなぁ」
「そうだろうなぁってっ!」

ちっとも乗り気じゃない担任の反応に怒って立ち上がった乱太郎に、半助はどう言ったものかと首をかしげ、組んでいた右手を解いて頭を掻いた。

「それがくの一の術だからな。可愛い顔や態度で相手を油断させ、罠にかける。最初に言っていた怖さがわかっただろう?」
「ぅ・・・っ」

そう言われて思わず黙り込む。一年は組の担任は確かに最初から注意するように言っていたのだから。

「皆もいい勉強になっただろ」

しょんぼりと肩を落とすは組の生徒達を見回し、くの一教室の方へと視線を流した半助に障子の隙間から覗いていたくのたま達がくすくすと笑いを零した。
さらに追い討ちをかけるような笑声にますます子供達の肩が下がる。
いつまでもジメジメしている雰囲気にため息をひとつ吐き、手を叩いて視線を集めた半助は腰に手を当てて生徒達と向かい合った。

「皆、お邪魔したくの一教室に礼を言うように」

ええぇ、だの、ううぅ、だの呻くような非難の声がちらほらと零れるがすまし顔の担任には届かない。結局その場に整列した子供達はするすると開いた障子に向かって投げやり気味に頭を下げた。

『どうもおじゃましましたっ!!』
『どういたしまして~~っ』

初めて会った時と同じように並んで座って喜色満面に声を揃える少女達にそっぽ向いたり俯いたりしながら視線を逸らして背を向ける。
さー帰るぞ、という半助の号令とともにトボトボと歩き始めたは組の子供達の中で、ただ一人立ち止まって自分を睨み付けてきた風車と視線が合った多由也はすばやく縁側を降りてきた。

「――風車」
「なんだ!?」

近寄ってきた双子の姉に向かって声を尖らせた風車に、手に持った小さな壷を差し出す。
咄嗟に体を引いた風車の胸に押し付けるようにさらに突き出した。

「殺虫剤。改良してみたの。昨日使ってみたら今までのよりよく効いた」
「・・・・・・・・・ふんっ」

風車は自分の忍び装束に押し付けられた壷をしばらく見つめた後、手の平サイズの小さな壷を片手で受け取って顔をふいっとそむけたが、しばらくして小さく口を開く。

「・・・・・・・・・あんまり、変なことするなよ」
「うん」

こくん、と頷いた多由也を見もせずにそのまま踵を返して同級生を追っていった。






「・・・・・・ほんと、散々だったね・・・」

足取りも重く自分達の教室へと向かいながら三治郎がポツリと零した。隣を歩いていた団蔵が力なく頷き、その振動で髪の毛から水滴が落ちていった。

「・・・俺、屋敷の中で団蔵と虎若の悲鳴きいたぞ」

後から追いついてきた風車が小さな壷を抱えたまましんべヱを背負った半助のすぐ後ろを歩く団蔵とその後ろの虎若を見ると、二人はげっそりとしたようにうな垂れた。

「いきなり顔になんかヘンなものが入った卵を投げつけられて池に蹴りこまれたんだ・・・」
「・・・その団蔵を助けようと池に下りたら中は泥だらけで・・・おまけにそこに桶や壷が埋めてあって、足をとられてあやうくおぼれかけた・・・」
「うっわ。・・・・・・ぼくは池の中で三治郎の悲鳴を聞いたけど?」

虎若の横にいた兵太夫が頭から外した濡れ頭巾を氷嚢代わりにたんこぶに当てながら前を見る。擦り傷だらけの三治郎はその言葉にビクリと振り返り、特に横一文字の赤い蚯蚓腫れが目立つ顔を顰めた。

「・・・・・・ぼくは・・・なんかいきなり藪から飛び出してきた竹で顔を叩かれたかと思ったら足に絡まった縄に引きずられて宙に浮いてた・・・」
「ああ・・・・なんかわたしに似てる・・・。わたしも右手を縄にとられて宙に浮いてた・・・・・・。しばらくして落ちたと思ったらそこが深い落とし穴で、そこからはい上がるのが大変だった・・・・」
「だい゛べん゛、ぐしゅっ、だったな、乱太ろ――っぶしゅっ!」

つられるように肩を落とした乱太郎に、隣のきり丸が励まそうとしてくしゃみを繰り返す。むしろ大変そうなのはきり丸だった。

「そういうきり丸はなにされたの?」
「オレ? ・・・っくゅっ! オレは、地雷原に っくちっ 放り込まれ、ぶしゅっ! ――て、辛子粉とかを、っぶしっ、かけられて、っべしゅっ、鼻がバカになっっぐしゅっ」
「ああ、もういい、もういいよきり丸」

苦しそうに報告するきり丸に前方から虎若が宥めるように声をかけた。手ぬぐいで鼻口を押さえたきり丸が自分達の前を歩く兵太夫と自分の後ろを歩く伊助に視線を送った。

「ぞういえば、オレっくゅ、空飛ぶ兵太、夫、ぶしっ、伊助、を、っくしっ、見た、ぜ、えっくしゅっ!」
「・・・・・・・・・ああ」
「・・・・・・・・・うん」

なんとか言いたい事を言い終えたきり丸に二人は視線を下に落とす。全員の視線が集まったのを知って虚ろに笑った。

「なんていうか、ぼくも三治郎みたいにいきなり足を引っ張られて木に吊り下げられた」
「一緒に行動していたぼくが兵太夫を助けようと近づいたとたん一緒に足引きずられて、二人の重みで切れた縄ごと空に放り投げられたんだ・・・。池に落っこちてよかったよ・・・」
「こっええーーっ!」

ははは、と乾いた笑いを零す伊助に団蔵が怯えたように腕を擦る。全身ずぶ濡れだから余計に寒いのか腕を動かしたまま後ろを振り返り、風車の方を向く。

「風車は?」
「・・・・・・ああ、なんていうか・・・あれだ、落とし穴。二段構えで下に棒がたくさん突き立ってた」
「うっわぁ~~・・・。・・・・・・しんべヱは一体何があったんだろ・・?」

風車のすぐ前にいた乱太郎がなんともいえない顔をして先頭を歩く半助の背中に負ぶわれたしんべヱに視線を移した。その言葉にくるりと虎若が振り向く。

「ぼく、池の中からしんべヱが爆弾入りの饅頭食べてるとこ見た」
「ぼくも。――最後その爆弾の上に落っこちて、すっげえひさんだった」

しんべヱに視線を当てたまま顔を歪めた団蔵に他の皆も顔を引きつらせた。

「・・・・・・で、さっきから庄左ヱ門がいないんだけど・・・」

誰もが気付いていた事実を伊助がポツリと告げると全員の視線が担任の方を向く。話を聞きながら肩を震わせてひそやかに笑っていた半助は、生徒達の視線に気付いて慌てて顔を引き締めて振り返った。

「庄左ヱ門は先に長屋に帰った。くの一にお茶に誘われ、牽午子けんごし入りのお茶菓子を食べたからな」
『?』

意味がわからず顔を見合わせたは組の生徒達に半助は眉を下げて唇を上げるような、なんともいえない表情を浮かべる。

「牽午子とは朝顔の種を煎じたモノでな、とぉっても強力な―――下剤だ」

途端に状況を理解した子供達も同じような表情を浮かべた。今頃トイレに駆け込んでいるだろう姿がありありと思い描ける。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ま、これも勉強の一環だ。今日初めて知ったものもいろいろあっただろう」

少しからかうような調子で言いながら校庭を横切り、見慣れた井戸場まで来て半助はようやく足を止めた。気がついたしんべヱを背中から下ろし、それぞれ自分の散々な体験談を報告しあってさらに落ち込んだ生徒達の方へ体ごと振り返る。

「皆ちょっとボロボロだからな、一旦ここで泥や埃を落としてから建物に入る事。まずは保健室で手当てを受けてから部屋に戻りなさい」

声も出さずにただ頷くだけの生徒達に零れた苦笑を押し隠し、背筋を伸ばした。

「今日の授業はここまでっ!」
『・・・―――ありがとうございましたぁ・・・』

力なく重なった子供達の声にかぶさるように、ヘムヘムが鳴らす終業の鐘の音が辺り一面に響き渡った。


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