「右翼っ、何とかそこで敵を押しとどめなさいッ! 左翼は十歩引いて体勢を整え、次に備えなさいッ!」
「剣を持った人達は敵さんを頑張って押し戻してくださいー。槍を持った人達は押し戻された敵さん達をつんつんと突いてくださいねー」
「……じりじりと押されているわね」
「勢い、かな?」
「多分ね……」
馬蹄の音、剣戟、怒号、悲鳴、咆哮。
それらが混ざり合った戦場の最中で、それでも穢れることの無いような澄んだ声が、董卓軍の兵へと指示と活力を与え続ける。
押されれば敵を討つ策を下し、気圧されれば士気を上げるように活を入れ、押せばそれを切っ掛けとして策を下す――当主である董卓とその軍師達の声である。
その声には潤いとともに焦りが含まれていた。
兵は人だ。
怒りもすれば悲しみもし、苦しみもすれば喜びもする。
兵は駒ではない。
駒ではないからこそ、兵にとって共に剣を取って戦う将というものは、その力量問わずに頼りになるものなのだ。
力があれば、敬い、信じ、頼りにし。
力が無ければ、それを反面にして己が力で事を成そうとする。
どちらであっても、軍師としてはこれ以上の精神論は無く――結果を出せるのであらば言うことは無い。
だが、その兵と共に剣をもって戦う将がいないのであれば、その恩恵は受けられない。
その事実を、賈駆は董卓の言葉に頷きながらも感じていたのだ。
「ああもうっ、こんなことなら琴音(徐晃の真名)でも連れてくるんだったッ」
「でも、そうしちゃうと武力の高い人が偏っちゃうって話、詠ちゃんがしたんだよね?」
「うぅ、そうだけどぉ……」
「とりあえず口喧嘩は後にして頂けないでしょうか?」
「お二人は余裕ですねー、戦歴の差でしょうかー?」
「うぅ……これも全部、あ――あいつらのせいよねッ、どうしてくれようかしらッ!」
――まあ、無い物を強請っても仕方が無い。
武の器が一つも無くとも、智が三つも揃っているのならばそれは悲観することではなく僥倖なことである、と賈駆は無理矢理にでも思考を切り替えることにした。
――けっして、あの馬鹿が一人でもいれば違うのに、なんて考えはよぎらなかった、うん、よぎらなかったらよぎってない。
まあそれはともかくとして。
結局の所、武が足りないのであれば智で補えばいい、ということで兵を三つに分けて交戦している訳だが――なんというか、実に感動ものであった。
一つ動けば流動的に、二つ動けば相互援護、三つ動けばそれは最早一個の軍勢であった。
声を張り上げることは不要。
策を確認しあうことも不要。
策の先を確認することも不要。
知謀の限りを尽くせばそれだけで通じる、そんな軍師冥利に尽きる、とはこういうことを言うのか思える戦を前にして、賈駆は柄にもなく興奮してしまっていた。
とりあえず落ち着いて。
今は――それでもなお押されているという現状に対応することに一杯である。
興奮に悶える暇も、感激に流される暇もなく。
――ただただ、戦機を探ることに思考を働かせる。
「あの馬鹿は今どうしてるッ?!」
「森へと突っ込んだ所を見ましたから、もうそろそろじゃないかなーと。ああ、そこの人達は右を向いて迎撃して下さいー」
「弓兵は一歩進んで一斉射後、三歩引いてもう一度斉射して下さいッ! まあ、あの一刀殿なら最高の好機を見逃すはずはないでしょう。安心して待てますね」
「おやおやー? 稟ちゃん、いつにも増しておにーさんの援護をしますねー?」
「なッ?! わ、私と一刀殿はそのような――」
「ああもうっ、ちゃっちゃと動きなさいよッ!」
それでも、喧噪の中にあって声を張り上げぬ訳にはいかない。
怒号に似た声を張り上げながら、それでも賈駆は努めて冷静に戦場を見渡す――睨みつける。
西涼安定攻略軍の――攻囲軍を本隊、こちらを別働隊として――別働隊は、その主戦力が騎馬である。
対して、こちらはその殆どが歩兵だ。
騎馬の準備というものは存外に時間がかかるもので、元々戦力の多くを騎兵としていた董卓軍であっても、突発の戦であった今回ではそれほどの数を集められなかったのだ。
そして、騎馬と歩兵の戦というものは、騎馬の勢いをどう使うかに収束される。
騎馬側はその機動力からの勢いをそのまま攻撃力とし、歩兵側は槍なり弓なりで騎馬の勢いを削ぐことを防御力とし、その攻撃力を減らす。
数、地形、天候、時勢、将、指揮、士気、それらの諸々があってその幅は大きく異なるが、おおむね騎馬と歩兵の戦というものはそういうものである。
そして。
今現在の戦況といえば、敵の攻撃力がこちらの防御力を圧倒し始める、まさにその寸前であった。
「――」
「詠ちゃん」
「うん――」
崩壊寸前。
恐怖と不安が脳裏をよぎり、混乱と絶望が声に出る――そんな戦場を前にして、しかして、賈駆は冷静な顔色を変えようとはしなかった。
それがただ当然であるかのように戦場を一度だけ見つめた賈駆は、隣に立つ董卓の言葉に頷いて、息を吸った。
血と砂埃と熱気と殺気にまみれた戦場の空気は、不快な生ぬるさだ。
年若い幼子であれば咽て、経験若い新兵であれば呑まれる――そんな空気である。
だが。
そんな空気だからこそ、賈駆には冷たく感じた。
――軍師である賈駆だからこそ、軍師たる策を下そうとした賈駆だからこそ、冷たく感じたのかもしれない。
しかし、今はそのような推測は必要ない。
冷たい空気で冷静になった頭でそんな思考を追い出しながら、戦場を見つめ――わっ、と喧騒が戦場を切り裂くのを目にし、耳にして、口元を歪ませていた。
「駆けろ、駆けろッ、一気に駆け抜けろッ! 足を止めるなっ、このまま駆け抜けるぞッ!」
「一匹の龍が如く、ただ戦場を駆け抜けんッ! ハッ、この趙子龍を止められる者、おらぬと知れィッ!」
白い流星。
そう思わせるほどに果敢に戦場を駆け抜けていく男の横に、これまた一匹の龍を思わせるほどに苛烈な一人の武将。
――北郷一刀と趙雲。
別働隊としていた総勢五百の兵による奇襲攻撃が、賈駆の思考を震わせた。
北郷にしても趙雲にしても、いつものように表情に余裕は無さそうである。
身体の所々に汚れと木々の欠片が見えることから、どれだけ急いだのかが容易に想像出来た。
歓喜と、興奮と。
ぞわり、と背筋が思考と同じく震えるのを、賈駆は両腕で自らの身体を抱きしめるようにして耐える。
――戦機(とき)は来た。
まさしく、そこしかないという一瞬。
儚く、薄く、目を凝らしても見えることはないであろうその一つを的確に掴む。
それを成した、成し遂げた今に、天運という言葉を不意に思い出した。
――果たして、天に愛されたのは隣に立つ董卓か、或いは戦場を駆け抜ける白い流星か。
そんな思考に意味は無く。
一度だけ瞑目した賈駆は、次いで、まるで咆哮のように声を上げた。
「――今よ、狼煙を上げなさいッ!」
途端、まるで堰き止められていた流れのように高く高くたなびく煙は、戦場の空を引き裂いて青へと飲み込まれていく。
――これでいい。
その煙を視線で追って、一つだけ息を吐いて、賈駆はしっかりと前を見据えた。
後は耐えるのみ、である。
騎馬を主力とする西涼、その相手をするならば一番に名前が上がる将がこの場にいないのは、苦戦するということを予測しながらも、一手の威力を高めるためだったのだ。
その一手を打つ場面を前にして、その将が――彼女が躊躇するはずがない。
何より彼女は、強い武将と戦うことと戦場を駆けることに意義を見出すような人物である。
精鋭騎馬で名を馳せる西涼軍の中を自らが率いる騎馬隊で駆ける――そんな策を、今か今かと待ち望んでいるのが目に見えるかのようで。
まるで犬のようだな、なんて思いながら賈駆は不意に笑みを零していた。
**
――その一手を、今か今かと待ちわびた。
戦場を前にして戦機を感じ、交じり合った土砂の埃と血潮の匂いが風に乗って舞うのを鼻にしながら、それでも、と安定を遠く望める地に待ち続けて既に数刻経つ。
ふるり、と身体を震えそうになるのを両腕で身体を抱きしめることで、何とか耐える。
さらしに巻かれた胸がそれによって強調されるようになるが、それは気にしなかった。
「は――」
むしろ、肩にかけるようにした服がはためく程に吹き付ける風が随分と心地良い。
滾り、漲り、声に出そうになる熱が微かに口から漏れ出る。
熱が漏れ出たまま一息にそれを吸って、更なる熱をともして一気に吐いた。
幾分か、落ち着く。
「は――」
――しかし、それでもまだ足りない。
心の臓は胸から飛び出そうなほど強く鼓動し、身体を今すぐにでも飛ばさんと暴れている。
ぶるる、と。
跨ぐ馬が気に押されて嘶き、大地をかく。
一度でも指示を下せば――否、一度でも手綱を握る手に力を込めれば何時でも走り出せると誇示するかのように、再び嘶いた。
それに、少しだけ冷静になって、その背中を撫でてやる。
それでこちらも少しは落ち着いたのか、馬は首を振るだけでその気を静めてくれた。
「……そろそろ、だな」
そうして、幾分か経った後。
戦場を睨み付けるように眺めていた隣にて馬を跨ぐ男――韓暹の口が、ぽつりと開かれる。
韓暹の言葉に合わせて届く風の中に混じる血の匂いが増したことを感じ取り、彼女――張遼は戦場のそれを胸一杯に吸い込んで、熱の籠もった吐息を漏らした。
くらり、と酒精に酔う時に似た眩暈を感じる。
気だるげで、だけど身体の中にある熱が暴れそうで。
固い金属の音をさせながら、偃月刀を持つ手についつい力がこもる。
――ようやく、暴れられる。
――ようやく、馬を走らすことが出来る。
その思いのままに、張遼は口元を歪めた。
「よぉやくや……ようやくやなぁ」
「暴れたいのは分かりますが、突出はされぬようお願いしますよ、張遼様。兵と馬は未だ本調子で無いのもおります故」
「ああ、そりゃよう分かっとる――直すんも、兵はぶっ叩いても、馬は殴る訳にはいかんからなぁ」
「出来れば兵も叩かないで頂きたい」
いつものように軽口を叩いて、血の匂いに混ざり始めた戦機の匂いに、今か今かと力が入りそうになるのを抑え込む。
――滾っている、ただそれだけの感情ではないことを、胸の奥底で蠢きそうになる黒くて重たい感情が示していた。
むずり、と胸の奥を掻き乱して排除したくなるほどにずっしりとした感情を、それでも、張遼は嫌うことなく受け入れて、一つだけ冷たい息を吐く。
要するに。
怒っているのだ、自分は。
董卓を害そうとした韓遂に対して。
董卓を守ろうとした北郷が傷つけられたことに対して。
董卓を討つだけで全てが自らのものになると考えた韓遂に――自らや呂布、華雄などという武人を忘れた末に要らぬ混乱だけを残した韓遂に対して。
そして――。
「――うちはアホや」
――そのどれもをただ受け入れるしかなかった自分自身に対して、である。
ぎりり、と知らず噛み締めていた奥歯が悲鳴を上げる。
ゆらり、と風とは違う何かが身体に纏うものを揺らめかせているようで、それが冷たくて、熱く暴れそうな身体には随分と心地いい。
心地よすぎて――自然と、口端が吊り上っていた。
「こんなんでも、早う暴れたくて仕方無いわ」
「それは兵達もみな同じです、張遼様――みな、滾っております」
「大規模な策を動かしながら、その身は策の要だ――ふん、滾らぬ方がどうかしている」
「はは――ほな、行こうか」
ゆらり、と空気が揺れる。
ゆらり、と大地が震える。
ゆらゆらと戦場の空を切り裂きながらものんびりと立ち上り始めた白煙に、張遼の周囲にいた兵達の纏う気が、彼女のたった一言によって切り替わる。
慣れぬ河を渡って疲れた顔から、戦場を駆ける一個の武人の顔へと。
とっとっ、と始めは軽やかに。
ざっざっ、と次いで力強く。
だんだんと一つの流れになっていく、そんな騎馬隊の先頭にあって、張遼は溢れる闘気を前面――否、全面に押し出すかのように口を開いた。
「このまま隊を二つに分けて敵のけつを抑え込むでぇッ! そん後は他んと合わせて一気に押し潰すッ! ここが正念場や、気張りィッ!」
まるで咆哮。
びりびり、とまるで空気と大地と戦場を弾き飛ばすほどに高く上げられた裂帛の名乗りは、馬蹄の音に乗りながら一気にその戦場を近くとした。
*
――ことの始まりは、董卓暗殺未遂のほぼ直後である。
張遼の元を訪れた賈駆の言葉から始まった。
「霞には、騎馬を率いての奇襲のために先行して潜んでいてもらうわ――場所は、ここ」
「――いやいやいやいや、それは……正気か、詠っち?」
「大真面目よ……それはそうと、その呼び方っていい加減にどうにかならない?」
「ならへんなぁ」
「即答……そう、そうよね。聞いたボクが馬鹿だったわ」
董卓暗殺未遂による混乱が波及した洛陽の警邏、その混乱に紛れて騒ぎを起こそうとする不埒者や残存兵の捜索と討伐など、董卓軍は右に左に駆けっぱなしなほどに忙しい。
それは張遼だけでなく賈駆も同じであるのだが、しかして、そのような忙しさなど微塵も感じさせることもなく、賈駆は張遼が用意した机の上へと地図を広げていた。
扉の外からは、喧騒が零れている。
「まあ、いいわ。それで――どう?」
「……どうも何も、せなあかんのやろ? だったらやるで」
「そう……ありがと」
「なんや、えらい殊勝やんか。いつもからは想像できへんで、詠っち?」
「そう、そうね……うん、ちょっと落ち込んでたみたい」
「……一刀の傷は深いんか?」
「そこまで深い訳じゃないけど、刃を握ったらやっぱり、ね……広いみたい」
ゆらゆら、とまるで外の喧騒に合わせるかのように揺らめく灯りに照らされながら、影が落ちるほどに俯いた賈駆を見て、張遼がやれやれと頭をかく。
その原因が董卓を庇って傷を負った北郷によるものであることは明白で、その症状を語る賈駆の姿が随分と小さく感じられることに、張遼は驚きを隠せなかった。
良くも悪くも董卓ありきで考えて董卓を一番として考える賈駆が、北郷のことで悩み悔やんでいる。
その姿に胸の奥底にもやっとした感情を抱きながら、けれどそれを嫌うことなく張遼は苦笑を漏らしていた。
――変わった、ということなのだ。
誰も彼もが、北郷という人物に出会って変化したということなのだ。
すんなりと董卓軍に溶け込み馴染み、ふわりと人の中に入って、いつの間にかそこにいる。
それでも、嫌な感情を抱く筈がない。
まるで――。
――元々そこにあったかのような安心感は、好意を抱くには十分なものだった。
自らも女の身であったことに、張遼は再び苦笑した。
「まあそっちは任せるわ。うちらがどうこう言ってもどうにかなるもんでも無いし。……それで、この意図を教えてくれんか? この地図でも詠っちの考えでも、ここ――安定の向こう側に行くんには敵を抜けなあかんで?」
「こほんっ……うん、そうね」
「そうねって、詠っちなぁ……簡単に言うけど、西涼は騎馬の産地――」
「――ああ、勘違いしないで欲しいの」
「……んん?」
そうして。
苦笑していた顔は、とんとん、と地図のある部分を指で叩く賈駆によって若干崩れることとなった。
意図が理解出来ていない、或いはそれが飲み込み切れていない、そんな顔である。
そんな顔を浮かべる張遼に今度は賈駆が――苦笑ではなく、意地の悪いにやりとした笑みを浮かべながら、事も無げに堂々と言い放った。
「――今回はね、河を上ってもらうのよ」
*
「――は」
――色々と無茶をさせるで、ほんま。
その一言で河を上った時のことを思い出して、張遼は息を吐き出しながら口元を歪める。
結局の所、張遼は騎馬を率いて河を上った。
それは水深の浅い場所を選んで駆けたということであり、十分な重しを用いて下地を作って並べた船の上を駆けたということでもあり、そして船で馬を運んだということもあった。
慣れぬ波の揺れで兵馬ともに疲弊したが想定していたよりも軽いもので、それも、数日ほど村で――黄巾賊の安定襲撃の折に策によって放棄された廃村の村にて逗留すれば、ほぼ回復していた。
馬というものは、駆けさせないでいると途端に弱るものである。
脚を動かすことによって血を巡らせているとかなんとか、などと北郷に聞いたことがあったが、まさしくその通りかもしれない。
そんな馬を短距離ではあるといえ船で運ぶなどとは無茶なことをさせるものだ、とは思ったが、しかして、そこに新たな馬の可能性を見たのだから、呆れるよりも興奮の方が強かったのを覚えている。
村についてからは中々落ち着かなかったな、とは後だからこそ言えた。
――そうして、張遼達は黄河を上って安定を攻囲する西涼軍の後背へと回り込むことが出来た。
元より、その地に根を張っていた元白波賊である忍――その中でも副頭目の韓暹が案内してくれたのだ。
道に迷うこともなく、また、時期によっては大いに荒れる黄河を思いのほか容易に上れたことは僥倖と言えるだろう。
どうっ、と力強く地を踏む馬の振動はその背を挟む太腿に伝わり。
ぶるる、と加速していくほどに荒々しく、それでいて熱を帯びていく嘶きは肌へと伝わる。
一心同体が如く。
馬と一つになった感覚を持ったまま、張遼は一つ息を吸い、手綱を握りしめて――そして咆哮した。
「神速の張文遠、ここに見参やッ! 行っくでぇぇぇェェェッッッ!」
――迫るは、西涼軍の後方。
二つに分かれていくその様は、まるで安定をも丸ごと飲み込まんとする獣のようで。
その名に奇襲という形をもって、今まさに食らいつかんとしていた。
**
安定を中心地として、それを挟んでそれぞれ対峙し戦闘する董卓軍と西涼軍。
数に勝る西涼軍はそれぞれに董卓軍を押しとどめ、或いは討ち払おうとし。
地勢に勝る董卓軍は西涼軍を安定の城壁すらも用いて包囲殲滅しようと、軍を分割してこれに当たる。
戦は乱戦、泥沼の様相を呈するようになり、そうなれば長距離を駆けてきた董卓軍が劣勢になることは後の世から見ても明らかであった。
だが。
戦況はある二つの手によって一変することとなる。
一つは、救援される側であった安定――それを率いる郭汜による董卓軍援軍を逆に救援するという出陣。
これにより西涼軍の片割れを率いる李堪は意識をそちらに割かなければならず、さらには、郭汜という謀将が戦場に出たことが原因の一つでもあった。
もう一つは、言う間でも無く張遼率いる騎馬隊による西涼軍後方からの襲撃である。
この動きにより西涼軍は図らずも一方を壁に、三方を董卓軍によって抑えられる形となり、また、安定の守兵と張遼の兵数が加わることによって数的優位もその殆どが消えうせることとなった。
――後の歴史を学ぶ者はこう語る。
――逆援の計、ここに成れり、と。
要するに。
――戦機は、董卓軍に傾き始めていた。