「どうすれば、良かったんだろう……?」
そんな時が夜明けを刻んでいく中、一人の少女がぽつりと呟いた。
その心中にあるのは、洛陽より遥か遠き北の地、幽州のことだった。
少女の姿があるのは、ある軍勢の中だ。
幽州の地において黄金色に輝く軍勢が牙を剥かんとしている頃、その地より少しばかり南において、夜営を張っている軍勢である。
新品のような、使い慣れていないかのような槍や剣を手に持つ兵達の顔は、性別、年齢共に様々だ。
子供から大人、まさしく老若男女に境のない者達が鎧を纏って陣内を見回り、或いは鎧を脱いで眠っている。
漢王朝の正規軍、官軍のように規律に満たされている訳でもない。
覇道を目指す軍のように、張りつめた空気がある訳でも無い。
穏やかな笑顔と確かな安息と、平和への希望に満ち溢れた顔が、そこにはあった。
そんな陣内において、呟きを零した少女――軍勢の主でもある劉備は、陽が顔を出しつつあった空を見上げていた。
幽州からずっと移動しっぱなしで疲労の色は随分と濃く、闇夜にて冷やされた空気が疲労で熱る身体に随分と心地良い。
身体の中に籠る熱を吐き出すように、劉備は口を開いた。
「私……どうすれば、良かったのかな……」
幽州において、公孫賛とそれを手伝う劉備達は忙しい日々を送ることになった。
駐留を許可されたその見返りとして手伝い始めた頃から色々と忙しかったが、その時の忙しさはそれを超えるほどであった――その原因の大半が、反董卓連合軍の戦後処理にあった。
参軍していた豪族への謝礼、兵達への恩給や補償、主戦力がいない間に湧き出していた賊徒の討伐、異民族への対応、それらに伴い悪化していた領内の治安回復など。
身体が一つ二つでは足りないと思えるほどの忙しさに目まぐるしく働いて、それがようやく落ち着きを見せ始めただろうか――そんな時に、事は起こった。
冀州の袁紹が兵を挙げた、その総数、実に三万以上。
冀州内の賊徒を尽く征伐しながらゆっくりと北上を続けている――田豫が張り巡らせていた情報網にそう報告が飛び込んだのは、そんな時だった。
軍議は、素早く行われることとなった。
混乱と驚愕、それらが幽州の城を覆い尽くそうとする前に、公孫賛が即座に軍議を発したのだ。
主たる武官文官を城に集めて軍議を開く故に参加を願いたい――そんな要請もまた、即座に劉備の元にも届けられた。
さて軍議、という段階において、一番に考えなければならなかったのは袁紹の行動理由である。
冀州内部の賊徒討伐、その点だけを見るのであればあまり問題の無いことなのかもしれないが、袁紹軍の動き方を見れば、それは実に本格的な軍事行動であった。
公孫賛の下で執務軍務に励む者達は、これを冀州内部の賊軍を本格的に一つ残らず討つための行動であると断言し、劉備はなるほどと思ったものだ。
まず、三万もの軍勢を動かすには途方も無いほどの財貨が必要である。
いくら名門袁家とはいえ、それを捻出するのが簡単ということは無いだろう。
勢力内各地に根を張る豪族、民、商人、商家など、様々な方面に無理をさせているに違いない。
だからこそ、長期に渡る出征は不可能なのだ、という言葉に、劉備は理解し、納得した。
――冀州の賊徒を全て討伐し治安を向上させる、そのための無理強いだと。
しかし。
領内における賊軍を討ち滅ぼすための大軍なのだと論じた公孫賛旗下の将官達は、しかして、劉備の隣に座っていた諸葛亮、庖統、田豫の三軍師の言葉によって押し黙ることとなる。
無理をさせているからこそ――否、無理をさせるからこその軍事行動、侵攻なのだ、と。
現状であれば袁紹の領内――冀州には大規模な賊軍は存在せず、数多い小勢の賊徒を討つにしてもそれだけの大軍を動かさなければならないほどの意味はない、と田豫が発し。
であれば、民や豪族に無理を強いてまでそれだけの大軍を動かすだけの理由がどこかしらにある筈だ、と庖統が続き。
賊が出現するだけの不満、民の不平不満が反董卓連合軍における敗北からのものであり、それを覆すためにはその敗北に負けぬ大きな勝利が必要なのだ、と諸葛亮が締めた。
つまりは、である。
幽州――公孫賛を降し、その勝利をもって領内における民、将兵の不満をを和らげることこそが、袁紹の狙いであるのだ、と三人の軍師は言い切ったのである。
無論、大軍が動いているという情報が入ったばかりのこの時点では、それも軍師達の推測に過ぎなかっただろう。
もしやすれば、軍師達が考えすぎていただけで、当初の想定通りに領内における賊軍の尽くを討つつもりだけだったのかもしれない。
つまりは、あの時点ではただの推測に過ぎず、実際に三軍師が発した言葉の通りに袁紹軍が動くかどうかなど、分からないものだったのだ。
無論、劉備は諸葛亮達を信頼しているし、その言葉を疑うつもりはないが、少ないなりにも軍勢を率いてる劉備からすれば、そのような理由で行動を起こすということが理解出来ないでいた。
敗北の責から逃れるためだけに戦を起こすなどと、わざわざ戦火を広げるだけのような行動が、劉備としては到底信じることが出来なかったのである。
だからこそ、劉備は変わらず幽州の地において平和を願おうとしていた。
きっと諸葛亮達の考えすぎだと、袁紹はそんなに悪い人ではない、そう思っていた。
――しかし。
そう願い、思おうとしていた劉備は、信じられない公孫賛の言葉を耳にすることになる。
幽州から出ていけ、桃香。
それが公孫賛の言葉であった。
「どうして……どうしてなの、白蓮ちゃん……」
快く送り出してくれた、餞別として付いてきたいと願った兵の人達も預けてくれた、これから先に恥ずかしくないようにと装備も整えてくれた――しかし、半ば追い出されたような形を思い出して、劉備は少しだけ瞳が潤むのを感じた。
嫌われてしまったのだろうか、或いは、邪魔だと思われてしまったのだろうか。
もしかすると、軍議の場で言を発した諸葛亮達が気に食わなかったのだろうか、幽州を離れてから、ついついそんなことばかり考えてしまっていた。
しかし、泣いてばかりはいられない。
街や邑を収める領主の軍であれば税から兵らを賄えることが出来るが、自らが率いているのは義勇軍であり、その処遇はあまりにも儚い。
給金など出せるような体裁ではなく、結局のところは街や邑を襲う賊を討って施しを受けるような立場である。
故に、幽州から離れても問題の無いように、どこか落ち着ける場所が必要であった。
幸いにも、反董卓連合軍の折に徐州牧である陶謙の目にとまったこともあってか、徐州へ来ないかという文書を届けられたこともあり、劉備達はひとまず徐州を目指すために幽州から南下することになった。
公孫賛の下を去ってから、早すでに一週間になり、現在地はもはや幽州と青州の境目である。
主要街道から外れて南下しているからか袁紹軍の姿は確認されていないため、このまま南下を続ければ大きな問題も無く青州を抜けて徐州へと入れるはずである。
青州には黄巾賊の残党が強大な勢力を築いている、と諸葛亮からの報告になったのを覚えているが、元の義勇軍五百に公孫賛からの二千を加えた兵ではこれに適わない、というのが関羽や諸葛亮の意見で、劉備も徒に兵の命を散らさないということに賛成だった。
二千五百の兵でも適いそうな小勢の黄巾賊残党は討って民を助け、無理そうな大軍であれば逃げて兵を守る。
そうすれば徐州まではそこまで遠くないとして、劉備達は徐州を目指していた。
しかし。
徐州への道のりが目前に控えた今になっても、劉備はどうしても公孫賛のことを思っていた。
あのような対応をする人物では無かった、と心の何処かが、何故か警鐘を鳴らしている。
このまま幽州を離れても良いのだろうか、と何かが訴えかけていた。
それが何なのか、そして何故だろうか、と意識を飛ばそうとする劉備の耳に、柔らかい声が届いた。
「……眠っておきませぬと行軍に疲れが残りますよ、桃香様」
「……朱里ちゃん?」
いつもは頭に被っている緑の布をあしらった帽子を手にもった、諸葛亮である。
彼女の衣服に拵えている鈴が、一つ鳴った。
つい今しがたまで眠っていたのか、或いは今までずっと起きていたのか、その可愛らしい顔に欠伸を張り付けて、眼の端の涙を指で拭った彼女はにこりと笑って劉備の隣へと移る。
「……朱里ちゃんこそ、すっごい眠たそうだよ?」
「はわっ……え、えへへ、少し疲れちゃってます。……白蓮様のことですか?」
「……うん。やっぱり、朱里ちゃんには隠し事は出来ないね」
徐州への道を目の前に控えたというのに、劉備の心はどうしても公孫賛を思う。
どうして、何で。
そんな風に思い悩んでいることなど、諸葛亮にすればとうに把握していたのだろう――きっと、諸葛亮以外にも気付いている人は多くいるはずなのだ。
そのことに劉備は申し訳無く思い、それでも悩ませてくれていることに有り難く思う。
敵地とも呼べる場所を抜けていこうとしているのだ、要らぬ悩みなどただの邪魔でしか無いというのに、それでも注意や諌言をしようとはしない義妹や軍師達に、劉備は感謝した。
「……私は、なんとなく白蓮様の仰りたいことが分かる気がします……」
「……朱里、ちゃん?」
いえ、正確に言うのであれば私も――きっと雛里ちゃんもたよちゃんも同じですけど――白蓮様と同じことをする筈、ですかね。
そう笑いながら言う諸葛亮の顔はどことなく儚くて、そして酷く悲しそうで。
徐々に陽光によって染め上げられていく星空を見上げながら、諸葛亮がぽつりぽつりと言葉を吐いていくのを、劉備は声をかけることも出来ずに、ただ見つめることしか出来なかった。
「……桃香様が悲しむことの無いように。その理想を潰すことの無いように、その道と顔を曇らせることの無いように……。恐らくですが、白蓮様はそう思ってのことではないかと、そう思います」
今回の袁紹の行軍は、諸葛亮を含めた三軍師達が最初に推測したように公孫賛が収める領地に向けての侵攻が目的であったに違いない。
領内の反乱を収めるために勝利を欲し、恐らくではあるが後の展望から後背を固めるという意味もあっての幽州への行軍だったのだろう。
けれど、勝利を求めてという理由だけでは民はおろか兵は付いてこない、世論はそれを許しはしないだろう。
であるなばら、もっともらしい理由が必要である――そして、恐らくそれは、出兵の原因でもある反董卓連合軍での敗戦の責を咎めるものになるだろう。
諸葛亮は、静かにそう語った。
「反董卓連合軍の敗北の責となるとそれは大きなものとなるでしょう……。袁紹さん以外にもその敗北によって被害を受けた人達――この場合は洛陽の権力を握り損ねた人達のことですが――は、これを幸いとばかりに袁紹さんに追従すると思います。その始まりが、幽州なんです」
「そんな……そんなことってッ。白蓮ちゃんは何も悪いことしてないのにッ?!」
「はい、桃香様の言うとおりだと思います……。けれど、袁紹さん達にはそれは関係無いんです。……桃香様には言いづらいのですが、それが権力争いなんです……そして、それこそ白蓮様が桃香様を幽州から遠ざける理由でもあります」
「……それが、理由?」
「つまらない権力争いに巻き込まれて桃香様に危害が及ばないように……その理想が曇らないように。そのために、白蓮様は桃香様を――私達を、幽州から逃したのだと、そう思います」
袁紹が――敗北の責を公孫賛になすりつけようとする者達が幽州を攻めるとなると、それを治める公孫賛のみならず、きっと公孫賛に力を貸している劉備すらも、責をなすりつける一人として扱うことだろう。
ましてや、劉備は皇帝と同じ劉姓である。
反董卓連合軍を利用し皇帝に成り代わろうとした極悪人である、という事実無根の罪まで造り上げる可能性すらあった。
だからこそ、そこに思い至った――否、可能性を危険視した公孫賛は劉備を逃すことにしたのだろう。
きっと、袁紹との戦を目前に控えた公孫賛からすれば、関羽や張飛の武力と諸葛亮などからなる知力をもって戦力となる劉備軍を手放すことは、苦渋の決断であったに違いない。
自国の領民と戦う兵達のことを思えば、助けを求めることこそが正しいと、その時に公孫賛が下した判断は間違いであったと言えたかもしれない。
けれど。
それより何より、公孫賛は劉備の無事を願った――その理想を、下らない権力争いの結果に潰やす訳にはいかない、そう思ったのだろう。
劉備の無事を願い、戦うということを嫌い安易に戦うことを善しとしない劉備の理想を――民の笑顔溢れる戦の無い世を作るという理想を、曇らせないために。
その願いが、時代の果てに叶うように、と。
そして、その公孫賛の願いは自分にとっても理解出来ると諸葛亮は語った。
主たる劉備の理想を曇らせないために、その理想を守るために、時には自らを犠牲にするという策をもってしてもそれを遂行するだろう、と。
諸葛亮は、軍師たる顔で言葉を発したのだ。
「……本当は、このことを桃香様に言うつもりはありませんでした」
「……朱里、ちゃん」
「けれど、悲しそうに、苦しそうに夜空を見上げる桃香様を見ていると、それを少しでも和らげたいと思ってしまって、つい……。ふふ……私、軍師失格ですかね?」
「そんなこと無いッ、そんなこと無いよッ! 朱里ちゃんは最高の軍師だよ、私が保障するッ。朱里ちゃんがいてくれないと、私……わたし……ッ」
「えへへ……ありがとうございます」
軍師たる諸葛亮の顔は酷く冷静で、何処か儚くて、今にも泣き出しそうで。
そんな諸葛亮に、劉備は声を上げた。
深謀、鬼算の軍師の顔ではない、見た目と同じ、幼い少女の顔。
世が平和であれば、女学院の友人と笑い、いつもの噛み癖に照れ、彼女らしい笑みを浮かべる、そんな顔を持つ少女に軍師としての重責を背負わせ頼り切っていた自分を恥じると共に、これまで支えてくれた感謝の言葉を、涙と嗚咽に負けぬように絞り出すために。
劉備の感謝の言葉に、恥じ入るように頬を染めた諸葛亮がふんわりと微笑む。
「桃香様……私は、どこまでもお付き合いいたします」
微笑んで空を見上げる諸葛亮に釣られて劉備もまた、空を見上げた。
本当に自分は愚かだと思う。
愚か、というのは何となく違うと思うが、それでも、至らない部分が多すぎることは自覚もしているし、理解もしている。
関羽や張飛のように武力に秀でる訳でも、人を率いる才に溢れている訳ではない。
諸葛亮や庖統、田豫のように深謀知略を振るえるほどの頭がある訳でもない。
簡雍のように気配りが出来る訳でもない。
ただ、理想を振りかざしてきただけの自分だということを、劉備は深く理解している。
けれど、自分はそれで良いのだと、そう思っていた。
理想を掲げ、その理想に人が集い、理想を掲げた自分を手伝ってくれて、みんなで理想に向かって歩んでいけばいいと――歩んでいけるのだと、そう思っていた。
しかし。
今この時、自らが掲げた理想のために――その理想を守ろうとしてくれたがために、友が一人、危難に飲み込まれようとしている。
諸葛亮は言葉にすることは無かったが、恐らく、このままであればその友は危難に飲み込まれて、その身を滅ぼすことになるのだろうと至らない自分でさえ思い至っていた。
離れる直前まで一万と少しだった友の軍勢は、自分の軍勢に新たに参加した二千の兵が減ったばかりだ。
その数で三万以上もの軍と争うとなれば、精鋭たる騎馬隊が存在するにしても、勝敗は決定づけられているといって間違いではないように思えた。
劉備は一つ息を吐いた。
――戦うことは嫌だ、嫌いと言ってもいい。
親しい人が命と血を散らし、自分を慕ってくれる人達がその身を削り、平和を願っている人さえその手を血で汚させてしまう。
ならば戦わなければ良いのだが、けれど、戦わないと守りたいものまでもが守れずに、理想は理想のままで潰えてしまう。
相反する、あやふやな現実――理想。
現実から目を背けてしまうことは簡単だった、理想を貫くために予てより通りに徐州を目指すことは、実に簡単なことなのだ。
けれど、劉備は知った――己が理想を、守ろうとしてくれる友がいることに。
友が自分の理想を信じ、叶うと信じたからこそ送り出してくれたことを、劉備は知った。
なるほど。
小さいなりにも軍を率いる者として、普通ならば友の遺志をもって理想の実現のために涙を呑めばいいのだろう。
だが、と劉備は思う――。
――誰かを犠牲にしてまでの理想など、果たしてそれは理想と呼べるのだろうか。
何事があっても叶えたい理想。
誰何を犠牲にしても叶えたい理想――そんなものは、劉備の理想ではなかった。
みんなが笑顔でいられる世。
誰もが争わなくてもいい、将兵も民も、みんながみんなの笑顔で溢れる世を、劉備は作りたいと願った。
その中には、勿論公孫賛だっているのだ。
――汜水関の前で、北郷一刀に言われた通りだ、と劉備はくすりと笑う。
きっと公孫賛がいない平和な世で、自分は心の底から笑うことなんて出来やしないだろう。
笑って、心の中で泣いて、きっと彼女がいないことを悲しんで、悔やむと思った。
戦いのない笑顔が溢れる世を作るために戦うなんて、なんて辻褄が合わないのだろう。
けれど、そう思い悩むことこそが戦いなのだろう、とその言葉は劉備の心にすとんと落ち着いた。
辻褄が合わないことに、悩んで、考えて、苦悩して。
それでも、悩んで苦悩して進む脚を止めてしまえば、自分には何も出来ないのだと言って考えることを止めてしまえば、何もしようとしなければ、もっと多くの笑顔が失われてしまうことだろう。
思い悩んで、考えて、苦悩して、抗って、泣いて、悲しんで、悔しんで。
それでも――みんなが笑顔で、笑っていられる戦の無い世を作る、ただそれだけのために自分は戦い、前に進んでいくのだろう。
「……想いだけじゃ、駄目なんだね……」
「はい。そして、力だけでも駄目なんです」
「そっか……難しいね」
「はい……ですから、私が――私達が力となります、桃香様。桃香様の理想の先を開くための力に。ですから、桃香様は想いとなって下さい――平和を願う者達の想いとなって下さい」
想い。
力。
相反する、辻褄の合わないその言葉は、それゆえに自分の中にあるものだと劉備は思う。
きっと、ずっと悩んでいく道になるとしても。
きっと、ずっと考えていく道になるとしても。
きっと――悲しさに目を瞑って笑うことになるよりは、どんなにも良いのだ、と。
そう劉備は思う――覚悟を、胸に秘めた。
「……朱里ちゃん、お願いがあるんだ」
「……何でしょうか?」
「愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、雛里ちゃんにたよちゃん、簡雍さんを呼んで欲しいの」
「はい、分かりました」
闇夜を切り裂く朝日が顔や身体を温かく染め上げていくのを感じながら。
諸葛亮の笑みにつられて、劉備は自然と心からの笑みを浮かべていた。
夜が明けて、夜営の片づけを行っていた劉備軍の陣営は慌ただしく活気立つことになる。
喧騒のものではないということは漏れ出る声から窺い知ることになり、その声は、眠りから明けた者の声というよりは戦に赴く者の声であったという。
必要最低限のみの軍装であった時とは違う、本格的な軍装をした者達の顔はみな歴戦の勇士のようで、これから向かうべき地を――守るべきもののことをよく理解している顔であった。
それより二刻の後、劉備軍は行動を開始する。
奇しくも、その行軍はそこまでの道程を戻すものであった。
その頃には、闇夜は朝陽によって払われていた。
**
「韓遂の兵達はちりぢりになって逃げているッ。いいなっ、我々が奴らを止めねば民草に危害が及ぶ可能性があるッ。何としても早急に奴らを捕えるのだっ」
「二刻後に出れる兵だけ先に出るでッ! ええなっ、出れる兵は練兵場に集めときやッ」
「華雄隊は休んでいる残りの奴らを呼び出せ! 西涼の軍勢が迫っているとすれば、我隊が主力となるだろう。何時如何なる時に来るとも限らん、迅速をもって兵を招集させよ」
洛陽、その城内は童が蜂の巣をつついたかのように喧騒に溢れていた。
それは、董卓軍と西涼連合軍の同盟締結の場における韓遂の董卓暗殺未遂が発生したということもあるし、韓遂が引き連れていた手勢が剣を抜き槍を掲げて反旗を翻したからに他ならない。
元々の数はそれほど多くないとはいえ、精強と謳われた西涼兵の中でも韓遂が引き連れるほどの猛者達である。
韓遂死去が何かしらで伝わったのか、暗殺未遂の混乱の最中に周囲にいた兵等を切り伏せた韓遂の手勢は、そのまま城内にて暴れたようである。
だがそれも、警護に回っていた徐晃や華雄、城内にて酒を楽しんでいた張遼などによって防がれたらしい。
今は討ち漏らした残党兵が街へと逃げ出したらしく、その対処に徐晃が追われているようである。
その顔には焦りの色が浮かんでおり、この時代で例えてもいいかは分からないが、まるで鬼のようである。
ちなみに、らしい、とか、ようだ、とか推測でしか語れないことには意味がある。
その原因は先ほどから灼熱を注ぎ込まれているかのように熱と痛みを発する切り裂かれた右手であり、そこから溢れ出る血を止めるために応急処置を施している賈駆にあった。
「ぐぉぅッ……いっ……ぐッ……」
「動くんじゃないわよッ」
「そんなこと言った、って……ッ。い゛ッ……」
手の先、身体の奥から脳髄に至るまで一気に駆けた激痛に、ぎちぎち、と歯が軋むほどに食いしばって、何とか悲鳴を上げることに耐える。
額や首筋には油にも似た汗が流れ、背中は冷たい汗で濡れていた。
熱いのか寒いのか、温かいのか冷たいのか、それすらも分からぬ中でも激痛は絶え間無く俺の中を走り抜けて、幸いにも意識が途切れることはなかった。
びりびりっ、と何かが破れる音の後にくるくると巻かれていく布の色は鮮やかで、白地に模様をあしらえていたり、紺地に飾りがあったりと、質の良い肌触りが傷口を優しく覆い、血を拭っては朱に染まっていた。
痛みに無理矢理覚醒させられる意識が、その布の出所――所々に衣服の欠けた董卓と賈駆を見て、俺は唇を震わせながら言葉を放つ。
「汜水関、虎牢関にも……使者を……ッ。そっちの方面も、ッゥ、警戒する、よう、に……ッ」
「もう出てるわよ、莫迦。だから……今だけは、少しだけ我慢してなさい」
「そうです、一刀さん……私を守るために、こんな怪我をしてるんですから……」
焦りの声と怒号が飛び交う中、ふんわりと手を包む温かさと優しい声。
傷は深くない、と賈駆は言っていたが、やはり見るからに痛々しいものなのだろう。
血を押し止めるように押さえつけられる布から来る激痛に声を耐えると、申し訳なさそうな賈駆の顔に幾分か気が紛れた。
こんな時に何であるが、いつもの強気な顔とは違う一面に、彼女の心を見た気がした。
しかし、今はそのような場合ではない。
本当であれば医者に診せた方が良いのだろうし、董卓と賈駆もそれを強く押してはいるのだが、今こうしている間にも刻一刻と状況が動いているのは張遼と華雄の声からも正しいものなのだ。
韓遂の間際の言葉によって西涼からの襲撃の可能性があるというのなら、そちらに対処しなければいけないのだ。
「……このまま残ってるわけにはいかないのかよ、ご主人様? ……その傷だと、戦場に出ても剣も槍も握れないだろうに」
「それでも、前線で指揮をする人間は必要だろ……いッ……もうちょっと優しくしてくれよ、詠……」
「うっさい、莫迦……馬超の言う通りよ。このまま残ってればいいのに……」
少しだけ遠巻きにこちらを心配する馬超の言葉に出来うる限りの笑みで答えてやると、途端に生じた鋭い痛みに流れた脂汗が目にと流れ込み、涙を流した。
その痛みの一端である賈駆に視線を飛ばせば、何故だか睨まれた。
本当、こんな掛け合いをしてる場合では無いんだけどなぁ、なんてことを痛みの中で思いながら、それでも、とばかりにどうにか思考を働かせていく。
要は、俺が洛陽に残る訳にはいかないというだけなのだ。
董卓と馬騰の同盟は、韓遂の手によって有耶無耶な状態のままで宙に浮いている。
馬騰の人柄を見るに、恐らくではあるが当初の言葉通りに同盟を組むつもりであるのだろうし、こちらを害しようなどとは思ってもいない筈である。
それは、騒動と混乱が生じてから微動だにせずに目を瞑っている彼女の姿から、推測出来た。
馬鉄と馬休もそれに従い、馬岱は馬超の指示で清潔な布とお湯を求めに行っていて、馬超自身は俺より近すぎず遠すぎずで、こちらを窺っている。
韓遂が混乱を引き起こした際に捕縛するのが正当なのだろうが、この混乱の最中においても更なる混乱を生じさせようとしないところを見ると、馬一族は今回の騒動には無関係ではないか、と思えていた。
だが、それはただの推測であるのだ。
「……一刀さんが残ることになると、韓遂さんと同じ西涼の馬騰さんや馬超さんが一緒に洛陽に残ることになるから。そうなると、韓遂さんと組んで洛陽を狙うんじゃないか、と変に勘ぐられることを防ぐため……そうですよね、一刀さん?」
「そうか……そのことがあったわね。あまりにも自然に溶け込んでるから、すっかり忘れてたわ」
董卓の言葉に頷くと、得心がいったとばかりに賈駆が呟いた。
俺自身、これまでのことから考えてみても馬騰や馬超達が漢王朝に――俺達に槍を向けるとは考えにくいものがある。
そうであればいい、と望んでいる部分が多分にあることは理解しているが、それでも、彼女達がそう動くというのは想像出来なかったし、動くつもりがあるのならば今動いているだろう。
混乱が落ち着く後になれば警戒され、下手をすれば捕縛、投獄されることは目に見えているのだから、機は今しかないのだ。
であるにも関わらず、馬騰達は動くことをしない。
そればかりか、これから自分達にどういったことが待ち構えているかを理解しているような素振りに、疑えという方が難しいものであった。
しかし、それが全ての意見では無いことはこの混乱の中においても明らかであった。
主たる将や文官達は俺とほぼ同意見なのか、時折に警戒するような視線を向けるだけであるが、他の者達は明らかな敵意を視線に載せているのである。
仕方がないとは思う。
だが、仕方がないにしても、無用の諍いの元をわざわざ残す必要が無いことも、また確かである。
だからこその、俺の出陣なのだ。
あからさまに疑われている馬超達に挽回の機会を与える、そのためなのだ。
「翠や蒲公英、右瑠達だけを……ッ、行かせれば逆に迎え入れるんじゃないかって疑われたっておかしくは、無い……っ、だろ? だったら、俺がお目付役で一緒に行けばそれも問題ない筈だし……それ、に……汚名返上は必要だろ……?」
「……あんたじゃ、お目付役は出来ない気がするわ。何たって弱いし」
「あー……確かに、ご主人様ぐらいじゃあたし達を止められはしないだろうなぁ……」
「その……私は、一刀さんでも問題無いと思いますっ」
「え、なになに、何の話―?」
痛みに耐えながら発した言葉は、逆に跳ね返ってきて深く俺の胸に突き刺さった。
賈駆と馬超の辛辣な言葉に傷ついて、董卓の優しくも惨たらしい言葉に心を抉られる。
でも、と言っている時点で半ば認めているようなものだよね、なんて心配顔の董卓に言える筈もなく、とてとて、と湯を張った桶と布を持って来た馬岱の声が、場の空気をふにゃりとさせた。
殺気立つ声があちらこちらに飛び交う中だというのに、がっくりと脱力した俺は、幾分かすっきりとした状態で馬岱が持ってきた湯で布を濡らし、傷口の付近を拭っていく。
瞬く間に朱に染まっていく布を再び湯で濡らして拭って、それを繰り返していくとある程度落ち着いたのか、じんわりと漏れ出るように出てくる血を軽く拭った。
「……うん。大分落ち着いたみたいね……でも、無理をするとまた傷口が開くわよ」
「それに結構な血が流れていますから、戦に参加すること自体は……」
「ああ、分かってる。……それに、これだと剣自体が持てないしな」
傷口を覆うように二重にした布を抑えるように、その上から布を巻いていく。
風呂において身体を拭う用の布らしく大振りなため、必要な大きさにするために半分ほどに裂いて、賈駆は手際よく巻いていった。
「本当は包帯を用意出来れば良かったんだけど……どこにあるのかが分からなくて……」
「まあ、仕方が無いでしょう。とりあえずは布で何とかなった訳だし、今はこれで十分だわ」
問題は無いか、と視線で投げかけてくる賈駆に促されるがままに、少しだけ右手に力を入れて動かしてみる。
ぴくり、と指先がまず反応し、次いでぐぐっと手全体が動く。
大分厚く巻いているのか、少し動かしただけで布による引っかかりを覚えたが、それだけでずきんと痛むし、元々剣を握れるとは思っていなかったから、それで良かった。
こくり、と頷いた俺に満足そうに頷いた賈駆は、董卓を伴って立ち上がった。
「それじゃあ、ボクと月も一旦着替えてくるわね。あんたは――」
「先んじて忍を出しておくよ。偵察を目的にしたのと、迎え撃つために兵を発したことを伝えるように、指示しておく」
「うん……お願いね。ああそれと、霞に騎馬隊を出すのは少し遅らせるように伝えておいて。今は頭に血が上ってるから、落ち着いてからで、お願いね」
「ああ、分かった」
何時の間にだろうか、衣服の結構な部分が朱に染まっていた賈駆が背中を向ける直前、微動だにしないままの馬騰へ視線を向け、俺にそれを向け直した。
その視線の意味に気付いた俺が頷くと、賈駆がそれに構うことなく歩いていくのを見送って俺はくるりと身体を回す。
董卓と賈駆が向かっていった先には彼女達の私室があり、そこで新たな衣服を纏うつもりなのだろう。
主たる将の私室がある方面ゆえに警備も厳重であることから、韓遂残党兵がそちらに入っている可能性は少ないだろうが、まあ、用心に越したことはない。
近くにいた武官の一人にそちら方面の警戒を任せた俺は、馬超と馬岱が付いてくるのを背中で感じながら馬騰の元へと脚を向けた。
「翠と蒲公英をお貸し願いたいのですが、よろしいですか、馬騰殿?」
「別に構いやしないよ、御遣い殿。もっとも、馬鹿娘とその従妹だけで本当にいいのかい? 今なら、右瑠と左璃もお買い得だよ? 将来別嬪になること間違いなしさ」
「……将兵として、此度の一戦で力をお貸し願いたいということですよ?」
「何だ何だ、嫁や良人にと求めたんじゃ無いのかい」
「違います」
今回の韓遂麾下軍との戦いの中で、騎馬隊を主戦力とした相手に対抗するためには、やはりというか、騎馬隊の力量如何だろう。
涼州出身ということもあって、董卓や賈駆も騎馬に良く慣れており、その戦力にと騎馬隊を求めることはあるが、それでも、涼州の中でも西涼の軍閥はそれがさらに強い。
はっきりと言って、騎馬隊同士の戦いとなれば西涼の方に分があるのではないかとは、俺の推測であった。
張遼や呂布直属の騎馬隊なら十二分に対抗――もっと言えば打ち勝つことは出来るだろうが、それ以外の騎馬隊には少々難しいと思う。
故に、馬超と馬岱の力が必要なのである。
馬の質、練度、騎馬隊としての実力、その他諸々ははっきりと言って敵いはしないだろうが、それも、騎馬隊運用において歴戦の将たる馬家の二人を入れれば幾分かましになるだろうと思ってのことだった。
先に挙げた通りに汚名返上の機会を設けるということもあるが、このような混乱に溢れた状況だ、指揮が出来る将も欲しかったし、何より元々無い武力がさらに減った俺の護衛と将としての代わりという意味も含まれていた。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、瞳を瞑ったままに俺の問いに受け答えする馬騰に、ふと首を傾げる。
何となく話がかみ合っていない印象に頭を捻ってみれば、どうにもこのような状況においても彼女生来の気質――悪戯心みたいなようなものが湧き出ているらしい。
思いっきり逸れた話にあやうく脱力しかけるが、とりあえずそんな場合では無いと、一つ息を吐くだけでそれを堪えた。
「韓遂殿が間際に残した言葉によって、彼の軍勢が襲来する可能性があると判断しました。韓遂殿旗下の軍は西涼でも精鋭の騎馬隊が主戦力と聞いていますが、我らの騎馬隊ではこれに打ち勝つことは難しいでしょう……であるならば、騎馬隊を率いる将だけでもそれに抗する将が必要と思ったまでのことです。霞――張遼も抗することは出来るでしょうが、如何せん、彼女一人では数が少ないでしょう」
「なるほどね。手下八部……あいつらが出てくると思ってるのかい?」
「恐らくは、ですが。手下八部の方々がどのような将かは、勇将であるということしか聞き及んでいませんが、あの韓遂殿の配下です。八人全員が出ていることを考えれば、張遼の力は信じるに足るものなので問題は無いでしょうが、それでも、数が数だけにこちらも頭数を揃えるにこしたことはないかと思いまして」
「ふふ……くっはっはっはっ。いやいや、うちの娘達を頭数を揃えるためだけに使うと言うとはねぇ……中々、豪胆なことを言う」
はっきりと言って、茶番である。
俺が馬騰に述べた言葉は全てが本心ではあるが、董卓達との話――汚名返上という意味でも、馬超と馬岱の参軍は必要であると言えた。
何より、手下八部の力量の全てを知っている訳ではなく、また、先手を十二分に取られた現状からの反撃であれば、その者達の情報を良く知っている者は必要であるのだ。
馬超と馬岱ならその点の情報は良く掴んでいるだろうし、手下八部の将としての力量も良く把握していることだろう。
流動的な戦になるであろうことからも、彼女達ならば独自に判断が出来ると思ってのことであった。
そのことを理解しているのか、はたまた最初から予測していたのか。
で、と。
いったん前置きを置いた馬騰は、にやりとした口を戻すことなく言葉を発した。
「私や右瑠と左璃はどうすればいいんだい、御遣い殿? 謀反の疑い有りと捕縛させるかい?」
何なら縛ったまま閨に連れ込んでもいいんだよ。
などと流し目で語る馬騰の視線にぞくりと背筋を振るわせながらも、よし落ち着け、とばかりに一つ深く息を吐きながら思考を働かせていく。
馬超、馬岱を参軍させることはとりあえずではあるが、董卓と賈駆の了承も受けていることだし問題は無いだろう。
暗殺未遂を引き起こした韓遂と共に西涼連合を率いていた馬騰の娘ということで警戒はされるだろうし、将兵の中には明らかに不満を持つ者もいるだろうが、馬超と馬岱ならば戦働きでそれらを見返してくれることだろう。
そして、馬超と馬岱の問題はそれでいいとして、更なる問題は馬鉄と馬休――そして馬騰の問題である。
言う間でもなく、馬騰は韓遂の件から考えれば要注意人物である。
韓遂の混乱に紛れて事を起こすのではないか、と考えるのは当然のことで、喧騒に紛れている武官文官の一部は明らかにそれを警戒している者がいた。
何か動きがあればいつでも斬ってかかる、と意識を飛ばしていることに頼もしさは感じても、恐らくではあるが、きっと馬騰には適いはしないだろう。
それほどまでに、武力、謀力、知力の面で馬騰は将であった。
そんな彼女であるから、何もせずに放置という訳にはいかない。
彼女の言のままに縄にて捕縛をする、というのが通常であるのだろうが、こうまで堂々とされていてはそれをしようとする者はいないだろう。
だが、それでいいとは到底思えないし、そのままにすると余計な諍いを巻き起こすのは目に見えていた――それが馬騰という人物なのだから、尚更である。
さらには、馬鉄と馬休の扱いもある。
彼女達の将としての力量が分からない以上、戦場に参軍させる訳にはいかないと思ってのことなのだが、だからと言って、馬騰と同じように放置しておく訳にもいかない。
将としての力量は分からないが、彼女達の資質としてはこの短い日数においても十分に理解したつもりだ――馬騰と共に諍いや面倒をかける姿しか思いつかなかった。
となってくると、お目付け役が必要である。
それも馬騰、馬鉄や馬休に負けないだけの人物が今現在必要であるのだが、しかして、それらを成せそうな人物は董卓軍の中にも数は少なく、そういった将らはこれからの戦に従軍する形となる。
誰にするべきか。
そうして視線を迷わせて、ふと、こちらを悪戯気に笑いながら見つめる馬騰と目があった。
馬騰、馬寿成――後に、俺の知る歴史の中ではその役官を衛尉とする人物。
――衛尉。
その役官の名を思い出した時、俺の脳裏に一人の少女――豊かな金の髪を携えた少女の顔が思い浮かんだ。
なるほど、彼女なら適任だろう――さらに言えば、彼女にだけは迷惑をかけることはしないだろう。
そう思って、俺は馬騰に負けず劣らずに口端を歪めながら、言葉を発したのであった。
「……では、馬騰殿、馬鉄殿、馬休殿の御三方には、劉皇帝陛下のお傍を御護りして頂くとしましょう」
そんな俺の言葉は、驚愕の叫びに迎えられることになったのである。