199X年、某日。
何かが爆発する、電子レンジで間違えて卵を温めてしまった時よりも一際大きな音が、闇に沈んでいた俺の意識を表へと引きずり出す。
それと共に周囲の音も耳から脳へと送り込まれるのだが、初め、俺はそれを理解出来なかった。
否、信じたくなかったのかもしれない。
人の怒号と、叫びが辺りを覆い尽くし、それにアクセントを加えるかのように辺りでは爆発音が混ざり合い、揺らめく炎が彩りを与えていた。
油と、血と、ゴムの焦げる匂いが混ざり合い、お互いが強調して不協和音を奏でる。
その中に隠れるかのように匂うそれは、台所でよく母親が匂わすものに似ていて。
それが、人の焼ける匂いだということには、その時の幼い俺が気づくことは無かった。
ガコンッ、と大きな音がしたそちらを見れば、炎の熱からか、それとも上に乗るそれの重みからか。
一台の自動車が、その天上を崩壊させていた。
そこまできて、ようやく自分がいるその現状、惨状に目がいく。
自動車による事故。
幾重にも自動車が連なり、それぞれがへこみ、欠け、原型と留めていないものもあるが、幼いながらにもそれは理解出来た。
一生懸命何かを引きずりだそうとしている者。
己の失った腕を探し求める者。
もはや人かどうかも識別出来ないモノを抱きしめる者。
その現状が、どういったことかも。
そして、ふとどうして自分がここにいるのかを考える。
自分の手足はある、探すためではない。
周りにいる人達の顔は知らない、助けるためではない。
惨状のその最中で、俺は首を傾げるのだが。
その自動車、それこそ一つの紐のように連なっている自動車の列を、順番に見やっていく。
黒、白、赤、青など様々な色があり。
大きいの、小さいの、中ぐらいの、レースに出るような自動車があって。
その先頭、自分がそれまで見ていた反対方向に視線を向けて、その動きを止めた。
「…………あ」
ぱちぱち、と炎に包まれるソレ。
「…………あ、あァ」
おじいちゃんを連れて旅行に行こう。
そう言って、以前のものよりも大きいソレを買ったのはいつ頃だっただろう。
思い切って買った、と言うと怒られていたのを覚えている。
「……あ、あぁアア」
もはや原型を留めず、その前半分は大きなトラックによって下敷きにされており。
かすかに見える人の手らしきものは、ピクリとも動く気配はない。
その日の朝、俺の頭を撫でた大きな手も。
はしゃぎ疲れて眠る俺の頭を撫でた優しい手も。
決して、動くことはなく。
「……ア゛ア゛ァァァアあああアァアああぁあアアァぁあ゛あ゛あ゛!」
県境高速道路多重玉突き事故。
高速道路が出来てから後の世、史上最悪の事故と呼ばれたその事故で。
俺は六歳にして、父親と母親を失った。
**
涼州安定を望む董卓軍本陣の中。
軍幕をくぐり抜けた向こうで、董卓と賈駆が黄巾賊によって捕らえられているのを見つけた俺は、彼らの手に剣が握られているのを見つけ、その動きを止める。
血錆によって鈍く煌めくそれは、俺が動けばすぐさま董卓達の柔肌へ食い込み、その喉を斬り裂くだろう。
動きを止めてその隙を窺うのだが、ふと董卓と賈駆を捕らえる黄巾賊の顔に見覚えを感じ――
――不意に後ろから衝撃がかかり、強かに胸を打ち付けながら俺は倒れ込んだ。
「背後ががら空きなんだな! い、一度言ってみたかったんだな」
「ぐぁぁっ!」
ミシリッ、と骨が軋む音が響き、背中から伝わるその重量に肺の空気が押し出される。
ぼきりと聞こえなかっただけマシではあるのだが、こいつ一体どれだけ重いんだよ、とそんな状況ながらふと思ってしまう。
かといって、このまま下敷きにされている訳にもいかまい。
俺は、搾れるだけの力を総動員して身体を浮かせようとするのだが、そんな努力も空しくぴくりとも動かない。
「おいおい、そりゃ無理だぜ。デブの重さは、大人三人分を優に超えてるんだ。一人で持ち上がる訳がねえ」
「俺の場合は五人分になりやすけどね、アニキ。ん、んん? あっ、アニキこいつあの時の奴ですよッ!」
「この! う、動くななんだな!」
とりあえず、このままでは呼吸でさえ困難になってしまう。
ひとまず胸の辺りだけでも隙間を作ろうと腕を動かすのだが。
そんな俺の動きに、俺の上で座り込んでいるデブは持っていた剣の柄で殴りかかってきたのだ。
後頭部を強かに打ち付けられ、緩んだ力は再び俺に重量の衝撃を与えたることとなった。
「ぐぅっ!」
「一刀さんッ!?」
「くっ、ちょっとあんた達、この手を離しなさいよ!」
そんな俺を見て、黄巾賊の束縛から逃れようと暴れる董卓と賈駆だったが、元の世界ではどれだけ膂力に優れていても、この世界では非力な少女である。
大の男に捕らえられては、それから抜け出すほどの力もないのだ。
これが呂布や華雄や張遼ならば話は別なのだろうが。
結局、黄巾賊から逃れることは出来ず、逆にその喉元に剣を突きつけられてしまう。
「確かに、あの時の小僧だな。ということは、こいつらはあの時の女ってことか? ハハッ、こいつぁ運がいい!」
「へい、アニキ! あの時は逃げられやしたが、今日は最高の日ですぜ!」
「さ、最高なんだなっ!」
そして、そんな俺達を見て笑い声を上げる黄巾賊の男達が、俺がこの世界に来た直後に董卓と賈駆を襲っていた三人組ということに気づく。
董卓と賈駆も気づいたのか、驚愕の表情を浮かべながら、賈駆は悔しそうに吐く。
「くっ、あの時に手配しとけばこんなことには……っ!」
しかし賈駆のことは俺にも言えない。
あの時は彼女達を救うことと、自分が殺されるかもしれないということで気が動転していて、彼らが黄色の布を付けていたということにさえ気づかなかったのだ。
その顔を思い出すのにも時間がかかった手前、さらには手配をするということにさえ気が回らなかったのだから、俺としても賈駆にしても、もはや後の祭りである。
「気味悪ぃ白い仮面を付けた奴の言うことなぞ信用出来んと思ってたが……中々どうして、あの女が持ってきたのはいい話だったわけだなオイ!」
「へぇ、董仲頴と賈文和を思う存分に痛めつけろ、邪魔する者は殺せってのは無茶かとは思いやしたが。護衛だけは叩きのめす、ってので疑わしいとは思ってやしたが、結果としては上々ですね」
「月とボクが狙い……? 一体誰が?」
「わ、私達が狙いなら、一刀さんは離して下さい! な、何でもしますからっ!」
下卑た笑みを浮かべて笑う黄巾賊の男達の言葉に、賈駆はその狙いを考察し、董卓は俺の命は救えと言うが、その言葉に黄巾賊の男達はまたも笑い声を上げる。
その笑い声は気に障る類のものであったが、それよりも俺はある一つの事実に意識を取られていた。
白い仮面を付けた、おそらくは女性であろうその人のことを。
董卓の下に呂布がいて、その彼女もまた黄巾賊と戦うなど、俺の知る歴史とはてんで違うものではある。
おそらく、その女性の存在もまた俺の知る歴史とは全く違うものではあるのだろうが。
白い仮面、という単語に意味も無く背筋が震えた。
「董卓様よぉ、何でもするってのは大変嬉しい言葉だがな……こいつを助けるってのは出来ん相談だなぁ」
「俺とデブを叩きのめしたこと、忘れたとは言わせんぜ。こいつだけは、殺させてもらうかんな」
叩きのめしたという事実は忘れてはいないが、それが誰だったかは覚えていない。
なんて言ったら即座に殺されるんだろうな、頭上で煌めく剣で首を斬られて。
そう言って俺を見るチビの視線には恨みが籠もっており、その言葉が本気だということをいやがおうにも感じさせる。
とは言われても、あの時董卓と賈駆を助けなければ俺の今は無かった。
恐らく、何処かの荒野で腹ぺこで息絶えるか、山賊盗賊に襲われて息絶えるか、という結末しか待っていなかったのなら、あそこで彼らを見逃すという選択はあり得なかったのだ。
それを恨まれても困る、と声を大にして叫びたい。
「という訳だ。デブ、さっさとそいつを殺せ!」
「わ、分かったんだな!」
チビに殺せと言われ、デブはその手に持った剣を高く振り上げる。
何とか顔を動かせば、その切っ先は鈍く光るのが見え、それが偽物ではなく正真正銘の人を殺せるものだと認識してしまう。
かと言って、その男の下から抜け出せる筈もなく、どんなに力を入れたとしても僅かに隙間が出来るぐらいである。
っていうか、大人三人分って二百キロ近いってことか。
ベンチプレス二百三十キロとか出来る人なら抜け出せるだろうが、俺にそんな筋力があるはずもない。
そう考えてみれば凄えなベンチプレス上げる人達、と素直に感心してしまう。
何て考えてみても冷静になれる筈も、事態が好転する筈もなく。
デブが振り下ろした剣によって、俺の首は切り落とされ――
「ちょっと待て」
――ることはなかった。
アニキと呼ばれた男の一声により、俺の首直前で剣は止められたのだ。
そのことに心から安堵するのだが、続いて発せられた言葉に、安堵した心は冷え固まった。
「どうせなら、そいつの目の前でこいつらを犯しちまおうぜ。好きにしていいって言われたんだ、こいつらが喘ぐのを見せて、その後に殺せばいいだろう」
「なっ!」
「へぅっ!」
「さっすがアニキ! 絶望を与えてから殺すんすね! 俺達には思いも付かないことをしてのける、そこに痺れる憧れるゥゥゥゥ!」
「ア、 アニキはやっぱり凄いんだな」
鬼の首を取ったかのように騒ぐ黄巾賊達だったが、その腕の中で董卓と賈駆は震えているのが見えた。
その瞳には涙を溜め、賈駆は男達を睨むように目をつり上げる。
しかし、それは男達の加虐心をくすぐるだけにしかならず。
「おら、最初はテメェからだ!」
賈駆を捕らえていたアニキは、その服を掴んだかと思うと一息に破り裂いた。
**
両親を亡くした俺は、父方の祖父に預けられた。
母親は元華族の家の生まれらしく、そんな生まれの者が通う高校に通っている時に父親と出会い、愛を育んだらしい。
どこぞの家とも知らない父親と結ばれたものだから、母方の親戚は俺の父親を憎んでいるらしく、その影響を受けないようにと父方の親戚は俺を引き取ることを拒否したのだ。
故に、俺は祖父の住む寺兼道場兼住居へと移ることとなった。
言い方を変えれば、祖父しか俺を引き取ろうとはしなかったのだ。
とは言っても、引き取られてはい終わり、というわけにもいく筈もなく。
俺は、魂が抜けたように生きていた。
「……一刀よ、儂に子育ては出来ん。あいつ、お前の父の時もばあさんに任せっきりだったからのう」
何で俺だけ生き延びたのだろうと、当時の俺は常に考えていた。
後に救助のために駆けつけた一人のレスキューに聞いたのだが、俺の両親は事故の時にはまだ息があったらしく、逃げようと思えば逃げることも可能だったらしい。
助けを呼ぶ両親の声を聞いた、という人もいたらしい。
事故の際、その列の先頭にあった自動車に乗っていた俺達は、居眠りによって突っ込んできたトラックによって多重衝突の事故へと巻き込まれた。
そして、正面からぶつかり、後ろから追突された自動車は運悪くトラックの下へと潜り込んだという。
両親の座る前半分が。
少し意識を失っていた両親は、すぐに事故を起こしたことに気づく。
すぐさまそこから逃げ出せば生き延びることも出来たのかもしれないが、不運なことが起きていた。
後ろの座席で寝ていた俺が、彼らの足下へと飛んでいたのだ。
今でこそ、その事故によって後部座席でのシートベルト着用を義務づけるようになったが、当時はシートベルトが付いている自動車すら珍しかった。
結果、俺のように事故の時に飛んだ人は少なくなかったのだ。
そして、両親はそんな俺を助けるのを第一としてくれた。
トラックの重さに軋み、段々とその天上が下がり始めていた車内で、父親はその天上を支え、母親は俺を助けたというのだ。
そして、トラックによって自動車が押しつぶされる瞬間、母親は俺を投げ飛ばした。
トラック、とはいっても様々あるが、その時のそれは大型トラックとも言えるもので、総重量が十トンを超えるそれを支えることは、乗用車には不可能であったのだ。
両親は、俺を守るために死んだと言えよう。
言い換えれば、俺が両親を殺したのだ。
「だからと言って、お前を甘やかすことは出来ん。親が死んで可哀想などと、思ってはやらん」
だというのに、自分の息子と嫁を殺した俺を、祖父は厳しくも確かに育てた。
決していい親代わりでは無かった。
優しさを学び、尊さを学び、厳しさを学んでいく年頃において、俺は剣を持たされ武を鍛えられた。
無論刃は潰されていたのだが、後に真剣を渡すべきか悩んだという話を祖父から聞いて、本当に助かったと思ったのは高校に入ろうかという頃か。
齢六つにして銃刀法所持違反という犯罪者にならなくて済んだと、ほっとしたのだ。
「よいか、一刀よ。北郷流タイ捨剣術は、おおきいと書く大を捨て、からだと書く体を捨てる。この意味が分かるか?」
それでも六歳児、これから成長していくだろう子供にはそれはあまりに重く、俺はいつもそれに振られる毎日だった。
それでも、幾万回数振ればそのための筋力もつき、それに用いた年月は俺の身体を大きくした。
次第に剣を自由自在、とまではいかなくとも振れるようになる頃には、俺は武を鍛えることを楽しみとし始めていたのだ。
「大とは流れ、体とは形。つまりは、形式張った枠組みといったものを作らず、状況に応じて相対する。元来の意味とは違うが、その目指す処は同じよ」
そして、両親を殺したことに悔やみながらも、俺は成長していった。
幼いころから剣を振るってきたために、周囲の子供達とは一線を画していたが、それでも友達と呼べる存在も出来た。
祖父を剣の道で超えたいという願いも出来た。
「守るための力。しかし、守るためとはいえ、それは人を傷つける力じゃ。そして、使う者を傷つける力でもある。表裏一体、力とは持つこと、振るうことに覚悟が無ければどうにも出来ん。じゃがな一刀、力が無ければ何も守ることは出来んのだ」
高校に入学して、友達も出来て、守りたいと思える居場所が出来た。
守りたいと思える、時があった。
それを守るために過ちを犯してしまった。
そのためにこの手を血に濡らしてしまったとしても、後悔はしていない。
それでも、けじめをつけるために俺は剣を置いていた。
「お前の父は、お前の母を守りたいがために強くあろうとした。くっくっく、あの洟垂れが指導を頼み込んできた時には、一体何事かと思ったものだが……。あやつが守る力を得たために、お前は生まれた」
幼いころには周囲の子供に不気味だと言われ。
過ちを犯したこともあってか、何故祖父は俺を鍛えてくれたのか、なんて疑問に思うこともあったし、幼いころにはその感情をぶつけたこともあった。
その度に怒られたり、一緒に泣いたり、怒られたり、笑ったり、怒られた……あれ、怒られてばっかり?
「よいか、一刀。力を得たから守るのではない。守りたい、という半端な軟弱な気持ちで力を得られる筈がない」
でも、爺ちゃん。
引き取られてから色々なことがあって、怒られて迷惑ばっかりかけてた弟子だったかもしれないけどさ。
両親を亡くして、後悔して生きていくだけだったろう人生を救ってもらえて、俺は本当に感謝しているよ。
「よいか一刀よ、男なら――」
**
「きゃ……きゃあぁぁぁぁぁ!」
「え、詠ちゃんッ!?」
黒を基調とした服を、喉元から一気に破り裂かれて、その合間からシンプルながらも確かに主張する白の下着が覗く。
裂かれた本人と言えば、腕でそれを隠そうとするのだが、その腕を捕まれているのであればそれも成らず、そこに男達の視線を受けることとなる。
成せぬゆえに暴れる賈駆に、黄巾賊の男達は下卑た笑みを隠すことは無かった。
「ひ、久しぶりの女なんだなっ! おでも犯りたいんだな!」
「あぁ? オメェのだとガバガバになっちまうじゃねえか! 最後だ最後、今は大人しくそいつを抑えとけ!」
「うぅぅ……や、約束だかんなっ!」
「悪いな、デブ。さぁってと、それじゃ頂きますかね」
「さ、触るなこの! くっ!」
自身の胸へと伸びていくその手を、身をよじるようにして逃れようとする賈駆だが、大人の男に少女が叶うはずもなく。
それ以上動けない賈駆へと、手を触れようとする。
その抵抗をも興奮へと変えているのか、欲情した獣の顔へと変わった男の下――
――こちらを見つめる賈駆、と視線が合った。
恐怖で、不安で泣き叫びたいのに、彼女の誇りがそれをさせないのか。
これから己を襲う絶望に震え、諦めの色が濃くなったそれが――
――闇夜の中、覆面の男に襲われる少女と同じ視線で――
――あいつと同じ学校の、あいつを見る少女達と同じ視線で――
――両親を殺し、全てがどうでもいいと思っていた頃の俺と同じもので――
――そんな視線に、俺は知らずのうちにその身に力を入れていた。
それに気づいたのか、デブが俺を潰そうと躍起になる。
だが、祖父に教え込まれたのは何も剣術だけではないのだ。
「お、お前諦めないんだな。でも、おでを退かすことなんか出来ない……ん……だ、な」
丹田に力を込め、心身医学を元に己の芯へと活力を与える。
それによって生じた力で、身体構造によって腕と脚を外から捻るように内側へと綴じ込む。
それ以上開くことのない手足は俺の身体の下へと潜り、これを浮かせ。
祖父に鍛えられた己の肉体によって、押さえつけてたデブごと持ち上げる。
「な、な、ナァァァァァ! この、大人しくしとくんだなッ!」
九州肥後を生まれの地として、示現流や真貫流の元ともなったタイ捨流剣術。
それに、温故知新を表したかの如く新時代の様々な技術を取り入れたのが、祖父が作り出した北郷流タイ捨剣術だった。
それこそ柔術に体術などの古武道に始まり、物理学や人体力学、精神医学などの学問の分野も取り入れたのだ。
剣を以て剣とせず、体を以て体とせず、智を以て智とせず、それ全てが教えであった。
自らを持ち上げる者などいないと思っていたのか、唐突に持ち上げられたことに驚きながらも、デブは己の仕事をしようと更に体重を乗せようとして。
俺は不意に右手側だけ、力を抜いた。
「なぁぁっ?! ゴフゥ!」
そしてその教えの中には、抑えられた状態からの応対も含まれている。
意識を用いて活力を得、活力によって剛となし、剛をもって術となす。
押さえつけようとしたところに不意に抵抗が無くなったために、デブはその体勢を崩されて地面へと腰を打ち付けた。
そして、それは俺を抑えるものは無くなったということであり。
解放された俺は、デブが持っていた剣を奪い――
覚悟を決めろ北郷一刀。
傷つけ、傷つくことを恐れるな。
過ちを犯した俺でも、再び守りたいと思うモノが出来たんだ。
ならば力を振るうを戸惑うな、臆病な自分から抜け出せ。
*
「よいか、一刀よ。男なら誰かのために強くなれ。女子であろうが、己の子供であろうが、大切な者達であろうが。己が決めたとあらば、どれだけ辛かろうが、どれだけ苦しもうが、歯を食いしばってでも守り抜け」
*
「えっ?! ちょ、待っ」
――俺は一息にその脂肪に埋もれた喉元を切り裂いた。