【始めに】
この掲示板では始めまして、霧と申します。
オリジナルで“ワルキューレ騎行曲”を連載しておりまして、週一というのろい更新をかましているくせに、何を考えたかつい書いてしまいました。
ドラえもん映画に触発されたようで、思いついてしまったらこうしてPCに・・・(汗)
この話は、私が考えたドラえもんの最終回です。
あちこちでドラえもんの最終回の話はありますが、私なりに考えて書いてみました。
だいたい四話くらいで終わるお話ですが、お付き合い下されば嬉しいです。
それでは、どうぞご覧下さい。
ドラえもん-長い宿題-
それは、唐突に起こった。
学校で遅刻を叱られ、居眠りをして立たされ、0点を取って青くなり、戻ってきたら母親に怒鳴られる。
外に出たらいじめっ子にして親友の少年二人に追いかけられてしょげるが、ガールフレンドに慰められて明るくなって家に帰る。
そうしたら一番の親友が、怒ったように言うのだ。
「宿題済んだの、のび太君!」
ガミガミといつも怒る親友は、青い身体に丸みを帯びた身体をしていて、その手は人のぬくもりではなく、電気を通して生まれる暖かさだった。
それでも、彼は自分の大事な“親友”なのだ。
だらしのない自分を叱り、励まし、助けてくれる・・・何者にも代えがたい親友。
でも・・・。
「ドラえもんを・・・迎えに、来ました」
そう言って自分の前に姿を現したその女を、のび太はただ睨むばかりだった。
いつものごとく宿題をしたくないと逃げ回るのび太と、何とか机に座らせようと悪戦苦闘するドラえもん。
「まったく、そんなんだといつまで経ってもダメじゃないか!もう六年生になるんだから、しっかりしなきゃ」
「まだ子供だよ。バスだって、半額で乗れるんだしさ」
「屁理屈言うなー!」
バタバタと部屋を駆け回っている二人。
はじめはドラえもんも真剣だったのだが、時間が経つにつれどこにでも見かけそうな、友達がじゃれあう雰囲気に変っている―――これも、いつもの風景だ。
春休みも直前になり、浮かれるのび太は春になったらどこでもドアでいつものメンバーと一緒に遊ぼうと、あれこれ計画していた。マジメに机に向かっていたから感心しつつ見つめていたドラえもんだが、ノートに書かれていたのはそれに必要な秘密道具と場所、メンバーの名前と彼らが持ってくる道具などだった。
「いつも宿題だったら鉛筆の進みがカメのくせに、こういうことは早くて正確なんだから」
「人間、好きなことには上達するもんだよ。好きこそ物の上手なれって言うだろ?」
「おや、ちゃんとことわざがうまく使えてる。珍しい」
本気で驚いたかのように言うドラえもんに、のび太はむっとなった。
「うるさーい!ちゃんとできたんだから、褒めてくれてもいいじゃないか」
のび太が拗ねてしまうと、ドラえもんはごめんごめんと機嫌をとりなす。しばしの取引の後、ドラえもんが春休みにいつものメンバーを花見に連れて行くという条件で、のび太はあっさり機嫌を直した。だが、これくらいのイヤミは許されるだろう。
「全く・・・まるでボクが、ずっとバカでいればいいみたいじゃないか」
ボクだって、少しは成長してるんだからね、と笑うのび太は、ドラえもんの一瞬詰まったような表情は見逃してしまっていた。
「そんなはずないだろう?ボクは君が早く立派に自分のことができるようになって欲しいよ。そのために来たんだから」
「そうそう・・・あのままだったら、ボクはジャイ子と結婚して借金まみれの生活を送ることになるんだったよね」
ぞっと背筋を震わせるのび太に、ドラえもんは苦笑した。
「そしてセワシ君にお年玉が五十円という悲しい生活をさせることにもなるんだ。今頑張れば、君は一浪しても大学に入学して環境庁に入り、静香ちゃんというこのうえもない奥さんを得て平凡だけど幸せな一生を歩めるんだぞ!」
力説するドラえもんに、のび太はうんうんと頷く。
「そうなんだよね~。君がいれば、その素晴らし~い人生が手に入るんだ。感謝してるよ、ドラえもん」
にこっと微笑むのび太に、ドラえもんは少し面食らった。
「なんだか、素直だねのび太君。熱でもあるの?」
「・・・前から思ってたけど、さりげに毒舌だよねドラえもんって」
穏やかな顔と口調で、ドラえもんは二度と立ち直れなくなるような台詞やスバっと急所に来る一撃必殺の弾丸を口から吐き出すことが多い。
慣れてくると何てことなくなるが、彼が来た当初は正直落ち込みまくっていた。だが余りにもさらりと口にするせいか、言われたほうも気づかないことが往々にしてあるので、気づかない人は自分とは別の意味で鈍感で幸せだなあ、とのび太は思う。
「そうかな?言われたことなかったけど」
ああ、絶対にドラえもんは自分の辛口に気づいてないだろうな~とのび太はとっくに悟っていた。彼が人が傷つくだけの台詞は、意図して絶対に口にしないことを知っていたからである。
「ま、いっか。それはさておいて、のび太君宿題」
「うわ、うまくごまかせたと思ったのに!」
またしても始まりかけた問答に、聞きなれない声が狭い部屋に響き渡った。
「こんにちは、野比のび太さん・・・ドラえもん」
その瞬間、ドラえもんの動きがぴたりと止まった。
「なに、ドラえもん。君の知り合い?」
「・・・・」
ドラえもんは押し黙ったまま、だたそこに立っている。
「どうしたのさ、ドラえもん?」
「・・・のび太君。悪いけど、この人と二人きりにしてくれないかな?」
心配そうな顔で自分の顔を覗き込んでくるドラえもんに、のび太は声がした方向・・・現在と未来とを繋ぐ出入り口・・・すなわち自分の机を見つめた。
そこが音もなく開くと、中からは自分よりずっと年上の・・・二十歳くらいの女性が現れた。黒髪に黒い瞳をしたかなりの美人だったその女性は、白いコートのようなものをまとっている。
「誰、君?」
「ああ、紹介が遅れましたね。私はライフ。二十二世紀の法務省に務めている者です」
「法務省って・・・ドラえもんが悪いことなんてするはずないだろ!」
法務省が裁判とか法律を司る部署であることくらい、いくらのび太でも知っている。そんな人が来るということは、必然的に犯罪がらみだと思い、のび太は必死で抗議する。
「猫の子に恋しても、他に恋人がいて身を引いて、あまつさえ駆け落ち先まで用意するようなドラえもんが、犯罪なんて・・・!」
そこで止めておけばよかったのだが、のび太は世紀のうっかりやさんである。その後、とんでもない事実を暴露してしまった。
「せいぜいネズミが出たら我を忘れて、ジャンボガンとか持ってネズミを退治しようとしたり、しまいに地球破壊爆弾を持ち出しかけたことくらいだよ!」
「それ・・・大量殺人未遂ですね」
それはどの角度から見ても、立派な重大犯罪だ。それこそ警察ないし特殊部隊が拳銃構えて逮捕に来ても仕方がないくらいの・・・。
「あ・・・じょ、ジョークねそれ・・・」
突っ込まれて青くなったのび太だが、ライフと名乗った女性は気にした様子はない。
「安心して下さい。別にドラえもんは犯罪を犯したわけではありませんよ。ただ、政府の用を受けたので、その件で来たんです」
「政府?!ドラえもん、そんなに偉い人と知り合いだったの?!」
親友の意外な一面に、のび太は驚いた。
「うわ~・・・人は見かけによらないね。いっつもトラブル起こしてる君が・・・」
「君には言われたくないよ」
しばし睨み合う二人だが、今回はドラえもんが目を逸らした。
「・・・そういうわけだから、少し席をはずしてくれないかな?静香ちゃんの家でも行って、宿題してきなよ」
「・・・分かった。行ってくるね」
何だかただ事ではない雰囲気に、のび太は素直に頷いて部屋を出た。
階段を降りたフリをしてそっと耳を澄ますが、間髪いれずにドラえもんの声が飛んできた。
「のび太君、聞き耳立ててもムダだからね!」
「・・・ちぇっ」
そう舌打ちすると、のび太は不安そうに部屋をちらっと見てから今度こそ家を出たのだった。
ドラえもんのただならぬ様子に不安になりながらも、のび太は静香の家に向かって歩いていた。
「どうしたんだろうな、ドラえもん」
下を向きながら歩いていると、前から聞きなれた野太い声と甲高いイヤミな声が聞こえてきた。
「おい、のび太!なに余所見してんだよ!」
「のび太のことだから、道に落ちてるお金でも探してたんじゃないの~?」
ヒヒ、と笑いながら歩いてきたのは、クラスメイトにして友人の剛田武ことジャイアンと、小さな財閥の御曹司である骨川スネ夫だった。
「フン、こいつが一円だって見つけられるもんか。運の悪さは世界一だぜ」
「ハハ、世界一どころか、きっと宇宙一だよ。運をつかむとしたら、きっとウンのほうさ」
アハハハ、とバカみたいに笑う二人を無視して歩こうとしたのび太だが、先ほどのドラえもんの様子が気にかかり、二人に相談することにした。
普段は彼らに苛められてばかりだが、いざという時頼りになるのはやっぱりこの二人だったからだ。
「ねえ、二人とも。ちょっと相談したいことがあるんだ」
「のび太が相談?宿題やってないとか?」
スネ夫がキシシと笑うが、ジャイアンはその雰囲気だけで察したのだろう。ポカッとスネ夫の頭を叩いて止めさせた。
「いたっ・・・なんだよ、いきなり!」
「ちょっと黙れ。どうしたんだよ、いったい」
「ここじゃなんだから、空き地で話すよ」
何だか落ち着かない様子で歩き出したのび太の後を、二人も困惑しながら追うのだった。
「・・・というわけなんだ。冗談を言ってる様子じゃなかったし、いつもならボクをのけ者になんてしないじゃないか。それに、政府って偉いんだろ?普通の子守り用ロボットのドラえもんが、そこから仕事なんて請けるものなのかなって思ってさ」
「なるほど・・・そりゃ確かに変だ」
のび太から事情を聞いたジャイアンとスネ夫は、顔を見合わせて同意する。
「早めのエイプリルフール・・・とか?」
「マジメに考えろ、スネ夫」
スネ夫はかろうじて出した答えを、瞬殺で却下された。本日二度目の拳骨に涙目になりながらも、今度はまともな案を出す
「やっぱ、本人に聞いたほうが早いんじゃない?」
「そうだよな、スネ夫。でも、ドラえもんは話したがらないんだろ?」
「政府の仕事なら、やっぱ機密性も高いだろうしね・・・」
う~んと三人寄ればなんとやらで考え込むが、集まる頭が頭だったのでただひたすら時間を無駄にしていくばかりだった。
そこへ通りかかったのは、宿題をマジメに終わらせて帰る途中だった少女・源静香だった。
「あら、のび太さんにスネ夫さん。武さんも」
「あ、静香ちゃん。ちょうどよかった」
最後のメンバーが揃った、とばかりに、のび太はドラえもんの事情を説明した。
「ええっ、ドラちゃんが政府のお仕事を?!」
静香の脳裏に浮かび上がったのは、ドラえもんが黒いスーツを着込んで三角形のサングラスをかけ、ニヒルに笑っている姿だった。
「あんまり、似合わないと思うわ」
「・・・それはそうだけど、ちょっと意味が違うと思うよ・・・」
消極的に静香の想像を修正したのび太は、やっぱりどうにも気になってしまい、直接本人に聞こうと奮い立った。
「やっぱり、ボク聞いてくるよ。ね、みんなも来てくれない?」
一人だと丸め込まれてしまうかもしれないと思ったのび太は、友人達で武装することにした。
もちろん三人はあっさり了承し、いつものようにのび太の家へと向かう。
「ドラえもん・・・そんなにボクは頼りないのかな?」
「頼りねえどころか、足手まといなんじぇねえの」
さらっと言うジャイアンだが、のび太がいざというときどれほど頼りになる少年か、彼はよく知っている。
いつか白亜紀に飛ばされて戻れなくなった時、何とかして日本に帰ろうとみんなでタケコプターで旅をした。
そのときプテラノドンの群れに襲われて自分のタケコプターが壊れた際、のび太は必死で自分の手をつかみ、決して放そうとしなかった。
『悔しいよ・・・静香ちゃんがあれほど怯えているのに、何にもできないなんて』
泣きながら呟いても、その手が緩むことはなく。
(そんなヤツを信頼しねぇなんてコトほざいたら、ドラえもんのヤツ思いっきりぶん殴ってやる)
鼻息荒くジャイアンは決意すると、真っ先に野比家に入った。
「こんちゃーす」
「あら、武君こんにちは。スネ夫君に静香ちゃんも。みんなで宿題でもするの?」
ママがニコニコしながら尋ねると、『そんなところです』と適当に答えて四人はのび太の部屋へと上がる。
がらっとふすまを開けて部屋に入ると、そこにはドラえもんとライフの二人が重苦しい雰囲気の中で座っていた。
有無を言わさず問い詰めてやろうと思っていたジャイアンですら、その気が瞬時にうせてしまうほどの空気が、部屋を支配している。
「・・・ドラえもん」
かろうじてそれだけ呟いたのび太を前にして、ライフが言った。
「ドラえもんを・・・迎えに、来ました」
その言葉を四人が理解する間、時計の長針は五分の時を刻んでいた。
「ドラえもんを迎えに来たって・・・どういう意味さ?!」
意外にも一番に食って掛かったのは、スネ夫だった。
いつも隙あらばドラえもんを利用しようと考えるズル賢いやつだが、これでも友達思いだ。利用しやすいやつがいなくなる、と思ったわけではなく、一応親が財閥をしているだけあって、政府の迎えが永遠にドラえもんを送ってくれはしないことを、直感的に悟ったからだ。
「そ、そうよ。すぐに戻ってくるんでしょ?前みたいに」
ドラえもんが野比家に来て半年くらい経った頃、ドラえもんは未来に帰らなければならなくなったと言って野比家を去ったことがあった。
その時ドラえもんは『開けば必要な物が出てくる』という道具を置いていった。
その後ドラえもんが戻ってきたと、今思えば相当ムゴいウソをついたジャイアンとスネ夫に腹が立ったのび太はそれを開き、“ウソ808”という口にしたことがみんなウソになるという薬を飲んで、見事に復讐を果たした。
だがその際に『ドラえもんはもう帰ってこないんだから』と言ったため、その逆の現象・・・つまり“ドラえもんが帰ってくる”という嬉しい結果を引き起こした。
それからはずっと一緒に過ごしてきた。
離れたことなんてなかったし、今後も永遠にそれが続くと思わないくらい自然になっていき、気がついたら一年以上が経過していた。
ドラえもんがいなくなるのは、四人にとってもはや空気がなくなるも同様のことだ。だから、四人は口々に言い募る。
「ドラちゃん、お仕事が済めばまた帰ってくるわよね?」
「こっちにいろよ。今度からゲームもドラ焼も用意するからさ。のび太んちが不満なら、ボクんちに来てくれてもいいんだし」
「ど、どうしてドラえもんなんだよ!ネズミが怖くて、しょっちゅう道具でミス起こすし!四次元ポケットがなかったら、ただのタヌキだぞ!四次元ポケットに秘密道具くらい、こいつよりいっぱいあるだろ!」
タヌキというドラえもん最大の禁忌を口にしても、ドラえもんは泣きそうな顔で座ったままだ。
「みんな・・・ごめん」
「ドラえもん!」
のび太が叫んでドラえもんに縋り付く。
「帰るなんて言わないでよ!約束する、もうわがままだって言わない、宿題もきちんとするから、ねえ!」
「・・・・」
「ドラえもん!」
四人が叫んだとき、ふすまががらっと開いてママが怒鳴った。
「うるさいわよ、のび太!またドラちゃんを困らせて・・・あら、どちら様?」
さすがのママも、見知らぬ女性にくわえて息子達の異様な態度に困惑を隠せず、おたおたする。
「ママ・・・ドラえもんが帰るって・・・この人が連れて帰るって言うんだ!止めてよ、ねえ!」
「え?」
泣きながら訴える息子に困惑しながらも、ママは大人の落ち着きで何とかライフに相対する。
「・・・どういうことか、説明して貰えません?」
「解りました。もともと、全て話してから戻るのが筋だと思ってましたから」
ライフは割りとあっさりと了承すると、ドラえもんは辛そうに一同から目を逸らしたのだった。