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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:cd1edaa7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/24 23:48
 日向国 ムジカ


「……いてぇ、いてえよ、ちくしょう……」
「ああァァァァッ、手が、俺の手があああ」
「誰か、水をくれ……たの……む」
「……神よ、どうかお助けを」
「宣教師どもめ、なにが神のご加護だッ! あいつら、俺たちを置いてさっさと逃げやがったッ!」
「あああ……あああ、来るな、来るな、殺さないで、殺さないでェェッ!!」


 苦悶、呪詛、懇願、絶望……耳川の戦いで敗れた大友軍将兵の祝福されざる四重奏は、いつ果てるともなくムジカの街路に響き渡る。
 高城の戦いに始まり、耳川に達するまでの追撃戦、ならびに耳川における激突で、ムジカを出陣した信徒のうち五人に一人は討たれ、三人に一人は負傷した。手傷を負わなかった幸運な者も、その多くは飲まず食わずの敗走で飢えと渇きに苦しみ、ようやくムジカに帰り着いた後も、疲労と恐怖に苛まれ、気力を根こそぎ奪われた状態であった。


 敗戦からすでに幾日も過ぎているにも関わらず、彼らは立つことさえろくに出来ず、ただ座り込み、ある者は痛みを、ある者は恨みを、またある者は恐怖を訴える。
 島津軍の猛追を思い起こし、夜な夜な悪夢にうなされる者も少なくない。中には恐怖のあまり、正気を失って暴れまわる者さえいた。
 彼らはすぐに他の信徒によって取り押さえられたが、これら敗残兵の姿を目の当たりにすれば、ムジカに残っていた信徒らも平静ではいられない。なにしろ戦はまだ終わっていないのだ。今この時も、島津軍は刻一刻とムジカに迫りつつある。今、目にしている敗残兵の姿が、明日の自分のそれかも知れぬと思えば背筋が凍る。

 
 打って出るのか、篭城するのか、そもそも神の加護を得て聖戦にのぞんでいたはずの自分たちがどうして敗れたのか。
 尽きせぬ疑問は山となり、信徒たちは大聖堂へと足を運ぶ。大友家の当主である宗麟と、布教長であるカブラエルが起居し、多くの宣教師たちが日々神の教えを説く大聖堂に行けば、然るべき答えを得られると信じて。


 しかし、信徒たちはそこで望んだ答えを得ることは出来なかった。
 宣教師たちもまた、惨憺たる敗戦に動揺を禁じえずにいたからである。
 常日頃、ムジカの信徒たちは宣教師らに対してきわめて従順であったが、悪鬼のごとき島津軍が攻め寄せてくれば、聖都は灰となり、自分たちは皆殺しにされてしまう。この状況では、いかに従順な信徒といえど自然と感情は高ぶり、声は鋭く尖ってしまう。望む答えが得られないとあれば尚更だった。




 刻一刻と不穏な気配を募らせていく信徒たち。
 そんな中、大聖堂の宗麟の私室では、バルトロメウから戻ったカブラエルが、宗麟に対して一つの提案を口にしていた。



◆◆



「わたくしに府内に戻るように、と仰るのですか、カブラエル様?」
 不思議そうに小首を傾げる宗麟に向け、カブラエルははっきりと頷いて見せた。
「そうです。神にあだなす悪鬼のごとき敵軍に、この聖都が攻撃されるのははや時間の問題。無論、ムジカは神の祝福を受けた都市、陥落するなどありえませんが、それでも相応の被害は出てしまうでしょう」
 そして、その被害の中に宗麟の名が含まれる可能性は否定できない、とカブラエルは言う。


「フランシス、あなたは大友家の当主であり、同時にこの地に生きる南蛮神教を奉じる者たちの導き手であり、守り手。その身に万に一つでも間違いがあってはなりません。ゆえに聖都が敵に包囲される前に脱出してほしいのです」
 カブラエルの言葉に、宗麟ははっきりと顔を曇らせる。
「それは……」
「わかっています。聖都で暮らす多くの信徒たちを見捨てるわけにはいかない、と言うのでしょう? もちろん、私とてそのような非道をあなたに勧めるつもりはありません。府内に戻るは逃げるにあらず、聖都を救うための援軍を募って欲しいのですよ」


 元々、今回の聖戦に従軍した大友軍将兵の大半は農民たちであった。中には佐伯惟教られっきとした大友武士も含まれていたが、その数はわずか数千に過ぎず、余の三万を越える兵力は、皆、南蛮神教の信徒たちで構成されている。
 逆に言えば、豊後には宗麟に仕える家臣たちの兵力が、まだ十分に残っていることを意味する。彼らを動員して、聖都を救う軍勢を組織してほしい。カブラエルは宗麟に向かってそう言った。
「大友家の中で南蛮神教に帰依した者のほとんどは、今回の聖戦に従軍しています。つまり、今、府内に残っているのは我らに好ましからぬ感情を抱く者たちばかりということ。ゆえに、書状で援軍を求めても無駄でしょう。彼らを動かすのは、フランシス、あなたしか為しえないことなのです。今、聖都を離れることは、決して同胞を見捨てることにはなりません」






 ――熱心に宗麟を説得するカブラエルであったが、その内心に去来するのは宗麟のことでも、あるいは信徒のことでもなく、バルトロメウで意味ありげな笑みを浮かべて此方を見つめていた小アルブケルケの顔であった。
 最後に発されたあの言葉、この国の王をムジカから逃がしたが良い、という言葉の意味を、カブラエルはすでに理解していた。より正確に言えば、理解したつもりでいた。


 小アルブケルケは宗麟のことを「王」と呼ぶ。それはつまり、その名を覚える必要さえ認めていないということ。事実、小アルブケルケはこれまで全くと言っていいほど宗麟に関心を示さなかった。
 それがどうして、この期に及んでその安全を図るような言葉を口にしたのだろうか。
 カブラエルがその真意に思い至るまで、かかった時間はごく短かった。小アルブケルケは宗麟の身の安全を慮ったのではない。むしろ逆である。
 ゴア総督の実子は、おそらくこう言いたかったのだ。


 ――もはや大友家など不要。この機にムジカのすべてを掌握しろ、と。


 策略としては、さして独創的なものではない。
 まず、カブラエルは宗麟に対し、安全のために府内に避難するように口にする。宗麟が拒絶するようなら、聖都を救うために豊後から援軍をつれてきてくれ、とでも説得すれば良い。
 宗麟が頷けば、島津側に気取られないために、という理由で密かにムジカから出てもらう。
 そして、宗麟が去ったムジカで、カブラエルはこう言うのだ。
『大友フランシス宗麟は、迫り来る島津軍に恐怖して、聖都を捨てて逃げ去った』と。


 耳川の戦の敗残兵の声が街路という街路を埋めている今の状況であれば、このカブラエルの言葉は十分な真実味をもって信徒たちの耳に響くだろう。仮にその言葉を疑う者がいたとしても、宗麟がムジカにいない以上、その無実をすぐに証し立てることは不可能である。時間さえあればそれも可能だろうが、島津軍が迫る今、悠長にそんなことをする時間があるはずもない。
 結果、カブラエルは宗麟に見捨てられた信徒たちを率いてムジカに立て篭もることになる。


 ――当主が逃げ出し、援軍のあてのない絶望的な戦況。
 しかし、突如として現れた南蛮艦隊の援護により、この戦は奇跡的な勝利で幕を閉じる。
 卑劣な宗麟とは異なり、最後まで信徒たちと共に戦い続けたカブラエルの存在は光輝に満ち、遠い異国の同胞を救うために駆けつけてくれた南蛮艦隊に対して、ムジカの信徒は限りない感謝と尊敬を捧げるだろう。
 そして彼らは、今まで以上に南蛮神教に心酔し、南蛮国の民として生まれ変わる。
 ……これが小アルブケルケの思い描く筋書きだろう。カブラエルはそう考えた。


 現在の戦況、さらに今後の展開を考えれば、ムジカを完全に南蛮のものにするためには大友家の存在は邪魔である、という小アルブケルケの思惑は理解できる。
 さらに「不測の事態」という言葉を幾度か繰り返していたことを考えれば、あるいは小アルブケルケは、宗麟を豊後に逃がすのではなく、逃がすふりをして始末してしまえ、と言いたかったのかもしれない。今のムジカの現状を考えれば、動揺した信徒や島津軍など、罪をかぶせることの出来る相手はいくらでもいる。


 確かに、とカブラエルは考えを進める。
 小アルブケルケの策が思惑通りに進めば、利用された宗麟が豊後の地で何を考えるかは瞭然としている。この後、宗麟がカブラエルら南蛮勢の障害となる可能性も否定できない。ならば、始末できるうちに始末するのは当然のことかもしれない。


 しかし、一方で、万一にも宗麟を討ちもらすことがあれば、かえって事態が厄介なものになりかねないのも事実である。くわえて、島津軍が今日明日にも姿を現そうとしている今、下手にムジカの兵を動かしたくはない。
 ――結局、明確な指示ではない以上、細部はこちらの裁量で構うまいと考えたカブラエルは、宗麟は素直に豊後に返すことに決めた。
 小アルブケルケの不興をかうことになるかもしれないが、仮に、今後、宗麟が大友家当主として南蛮軍の前に立ちはだかろうと、なんとでも説き伏せることが出来る自信が、カブラエルにはあったのである……







 そんな底意を持って宗麟の説得にとりかかったカブラエルであったが、意外なことに宗麟はカブラエルがなんと説いても府内へ戻ることを肯おうとはしなかった。
 これにはカブラエルも慌てざるをえない。
 宗麟がムジカに残っていては、小アルブケルケ策略の根幹が成り立たなくなる。そうなれば不興をかうどころの話ではない。
 カブラエルは深い憂いを込めて宗麟に語りかける。
「フランシス、あなたの身体は、もはやあなた一人のものではないことを理解してください。避けうる手段がないのであればともかく、今ならばまだ危難を避けることができるのですよ」
「この身を案じてくれるお言葉の数々、とても嬉しく思いますわ、カブラエル様」
 宗麟はそう言ってカブラエルを見つめる。その目に浮かぶのは心底からの感謝であり、感激であって、カブラエルの底意を見抜いた上で首を横に振っているわけではない。それは確実であった。


 では、どうしてこれほどまでに頑ななのだろうか。敗残兵で溢れかえった今のムジカは、争いを忌み嫌い、戦を知らない宗麟にとって耐え難い場所であろうに、とカブラエルは首を傾げざるを得なかった。
 実のところ、このカブラエルの考えは一部ではあるが間違っていた。宗麟は確かに争いを忌み嫌っていたし、それゆえに実際の戦場に出ようとはしなかったが、戦を知らないわけではない。
 そのことをカブラエルが知らなかったのは、宗麟が大友家当主として、鎧兜に身を包んで戦場に出ていたのだが、二人が出会う以前のことだったからである。


 二階崩れの変を経て、宗麟が大友家を継いで間もない頃。
 当時、大友家はありとあらゆる内憂外患に苛まれていた。筑前、筑後、豊前の反大友の国人衆は、時は今とばかりに一斉に蜂起し、豊後国内で宗麟に反感を抱く家臣たちは、水面下で激しく策動していた。
 府内周辺はかろうじて平静を保っていたとはいえ、いつ敵兵が押し寄せてきても不思議ではない状況だったのである。一万田鑑相が悪名を一身に引き受けて、なおその有様。彼の行動がなかったならば、おそらく戦火は府内を含む豊後全土を覆っていただろう。


 そんな状況を打破するために、宗麟や道雪らは文字通り東奔西走して、大友家のために戦い続けた。湯はおろか水で体を拭くことさえできず、草の上で眠り、砂まじりの握り飯にわずかな味噌をそえて貪るように食べながら戦場を駆けた。
 すべては大友家を守るために。大友家と、そこで生きる人たちを守るために。そうする以外に、胸を苛む痛苦から逃れる術がなかったからとはいえ、それでも宗麟が将兵の先頭に立って戦い続けた事実が色あせることはない。
 この事実が、重臣たちをして、今日まで宗麟を主君と仰がしめた主たる理由なのである。


 やがて君臣の働きの甲斐あって、大友家は平穏を取り戻し、宗麟の周囲はかわっていった。
 カブラエルとの出会いを経て、宗麟の前に現れたのは慈悲と慈愛に満ちた、穏やかで、苦しみなどない優しい世界。それは宗麟が願ってやまなかったものであり、だからこそ、ひとりわが身のみならず、大友家の家臣が、領民が、日の本すべての民が、この安らぎを得られるならば、それはどんなにすばらしいことなのかと夢に見た。


 その夢の結晶こそが聖都ムジカ。
 ゆえに、再び泥濘にまみれ、戦火を被ることになろうとも、宗麟がムジカを離れるはずがなかったのである。


 カブラエルは、宗麟の穏やかな笑みを見て、しばしの間、言葉を失う。
 宗麟の願い、想いは誰よりも承知しているつもりのカブラエルであったが、恐るべき敵兵が迫り来る今の状況にあって、宗麟がこうも毅然とした振る舞いを見せるとは思ってもいなかった。
 ……いや、毅然とした振る舞い、というわけではないのかもしれない。宗麟は別に悲壮な決意をしているわけではなく、ただいつもどおり、これまでどおり、神を信じて、己が信じる道を歩いているだけのこと。その場所が平穏な府内であれ、敵が迫っているムジカであれ、宗麟にとっては何も変わらない、ということなのだろう。


 それを器が大きいと見るか、現実から目を背けていると見るかは人それぞれだろうが、少なくとも、今の戦況に宗麟が怖じていないことだけは確かであった。
 この宗麟の一面をカブラエルが知らなかったのは、これまで大友家が敵に追い詰められるという事態が一度としてなかったからである。


 ……厄介なことになった、とカブラエルは内心でうめく。
 つい先ほど、宗麟には手を出さず、豊後に逃がそうと決めたばかりであったが、宗麟がムジカから動かないというのであれば、根本から考え直さなければならなくなる。


 カブラエルは宗麟を積極的に害そうとは考えていない。それどころか、個人としての情誼は確かに存在する。
 だが、それはあくまで宗麟がカブラエルの思惑どおりに動くことを前提とした上での感情である。ただでさえ、このところ、しばしばカブラエルの思惑を越える宗麟の言動に対して虚心ではいられなかったところだ。
(……あるいは、そろそろ潮時かもしれませんね)
 南蛮艦隊の敗北、小アルブケルケの指示、今後のムジカと南蛮神教のあり方。様々な要素を考え、突き詰めていくと、大友宗麟と歩みを共にする利益と不利益の秤は、大きく一方の側に傾いていく……


 カブラエルは自身の内面の動きを冷静に観察しながら、こちらを見つめる宗麟に対して柔和に微笑みかける。その脳裏で蠢く策謀を、砂一粒たりとも察されないように。




◆◆




 ムジカは土持氏の居城だった県城跡に建設された城市である。
 構造としては、かつての本丸部分に大聖堂が築かれ、その周囲を囲うように南蛮神教の建物が立ち並んでおり、ムジカの政治、軍事、さらに宗教、経済の中心として、多くの信徒たちが日々活動していた。
 さらにその建物群を取り囲むように、信徒たちが暮らす町並が広がり、北の五ヶ瀬川、南の大瀬川を天然の外堀として、外敵からの脅威に対抗する備えとしている。


 逆に言えば、この二つの川を敵に越えられてしまえば、ムジカの町を守るものは何もない、ということでもある。
 南北の川に沿った形で城壁をつくる予定はあり、実際に少しずつではあるが着手されてもいたが、大友軍がムジカの前身である県城を制してまだ数月。大聖堂の完成が最優先とされていたこともあり、とてものこと、長大な城壁が形となるだけの時間はなかったのである。


 だが、ムジカは住民の大半が南蛮神教の信徒であり、さらに日向征服において実戦を経験しているという特異な性質を有している。
 敵が川向こうに現れれば、大聖堂からの命令により、信徒たちはたちまち兵士となって駆けつけ、渡河をはかる敵軍を撃滅すべく武器を構えるだろう。
 南蛮神教の城市であるムジカでなければ成り立たないこの性質こそが、この都市最大の防壁だった。


 しかし、島津軍によって大敗を喫した今、その防壁がはたして機能するのか、自信をもって断言できる者はムジカのどこにもいない。
 この点、カブラエルは現状に対する認識がいささかならず甘かった。ムジカを守るためには、何よりも優先するべきは信徒たちの動揺を静めること。そのためには、援軍である南蛮艦隊の存在を示唆し、この戦いに勝算があることを早々に明らかにするべきであったろう。


 そういったことを考慮せず――というより思い至ることもなく、カブラエルは小アルブケルケの示唆した策略だけを念頭に行動した。
 この時、カブラエルの脳裏にあったのは、島津軍は多くても二万を越えることはなく、自軍はなお三万を越えるという明らかな数の優位である。先の戦いで大友軍はかなりの物資を失ってしまったが、それでもムジカを守るには十分すぎるほどの鉄砲、弾薬は残っているし、兵糧の蓄えもある。
 ましてここは聖都。神の恩恵が満ち溢れた都市であり、カブラエルら多くの聖職者たちが起居する南蛮神教の聖地である。異教徒に敗れるなどありえるはずがない。
 事と次第によっては、耳川の敗戦を経て、なお彼我の戦力差が大きくかけはなれていることを知った島津軍は、ムジカを見ることなく兵を帰すかもしれぬ。


 ……心底からそう信じていたカブラエルは、それゆえに内なる策謀に主眼を置き、当面の敵手である島津軍を軽視した。宗教指導者としての力量はともかく、その軍事的才幹には明らかな限界があったといえる。
 


 それでも、敵手が並の相手であれば通用したかもしれない。
 だが、ムジカに攻め寄せる島津義弘は、カブラエルとはあらゆる意味で対極に位置する人物だった。
 カブラエルが、思い通りに動こうとしない宗麟に対して密かに手を打とうとしていた頃、義弘はすでにムジカを指呼の間に捉えていたのである。




 ……その夜、ムジカの各処から火の手があがったとの報告を受けたカブラエルは、かすかに眉をひそめた。火の手があがったのが一箇所ならば失火であると考えるところだが、複数の場所から同時に火の手があがったと聞けば、何者かの作為を疑わざるを得ない。
 咄嗟にカブラエルが思い浮かべたのは、信徒たちの一部が不穏な動きをしている、との配下の宣教師の報告だった。
 その報告については、今はそれどころではない、とほとんど気にかけていなかったのだが、あるいは信徒たちの一部が暴走したのか。
「一分一秒でも惜しいこの時に、要らざることを」
 カブラエルはそう吐き捨てると、宗麟の下へと急いだ。一瞬、この混乱に乗じて、という思考が脳裏を横切ったが、今は混乱を収拾するのが先決だと思い直す。大聖堂の中で事を行うのは出来れば避けたかった。


 この時、カブラエルが島津軍のことを考慮にいれなかったのは、いまだ島津軍が大瀬川に姿を見せたとの報告が届いていなかったからである。
 信徒たちの暴走ならば、鎮圧するのにさして時間はかからないだろう――そんなカブラエルの推測に反し、届けられる報告は、いずれも被害の拡大と状況の悪化を伝えるものばかりだった。
 どうやら、かなりの数の集団がムジカの各処に火を放ってまわっているらしい。しかも、これを制止、もしくは取り押さえようとする同胞に対して、容赦なく攻撃を加えているとのことだった。


 それを聞いて、宗麟の顔がはっきりと青ざめる。
「……まさか、ムジカの民が同胞に手をかけるなど……」
 これはもう一時の暴走では済まない。明確な反逆行為である。
 顔を青ざめさせる宗麟の横で、カブラエルは眉を吊り上げて口を開いた。
「フランシス。いかなる理由があれ、彼らが為したことは許されざることです。これ以上、彼らをほしいままに行動させてしまえば、他の善良で忠実な信徒たちが傷ついてしまうでしょう。ここは断固とした措置をとるべきです」
 ムジカのすべての信徒に対し、暴徒を殲滅するよう指示すべき、とカブラエルは言ったのである。


 これに対して、宗麟ははっきりと戸惑いとためらいをあらわにする。同胞同士で殺しあうなど、宗麟がもっとも忌み嫌う行為だった。
 だが、カブラエルの言うとおり、事態をこのまま放置することは出来ない。このままでは死傷者が増え続けるばかりだし、火の手が広まれば、信徒の大半が冬の寒空に焼け出されることになってしまう。最悪の場合、ムジカの火の手を見た島津軍が長駆して襲ってくる可能性さえあるのだ。


 だが、そうと知ってなお宗麟は命令を下すことが出来なかった。
 これが島津軍の攻撃であれば、こうもためらい、戸惑うことはなかった。だが、同胞を討つという命令は、どうしたところで宗麟にかつての乱を思い出させる。
 これまで大友家で起きた幾度もの反乱、その追討を命じる都度、宗麟は全身を切り裂かれるような痛苦に苛まれてきた。聖都を建設し、ようやく理想の園へ一歩踏み出したというのに、またあの痛みを味わわなければならないのかと思えば、宗麟は怯まずにはいられなかったのである。



 そんな宗麟のためらいにいちはやく気づいたのは、やはりカブラエルであった。
 宗麟の苦悶を幾度も受け止めてきたカブラエルは、内心で焦りを抱きつつも、つとめて穏やかな声で宗麟を諭そうとする。
 しかし、幸か不幸か、宗麟の痛苦も、カブラエルの説得も不要となる。
 何故ならば、次の瞬間、大聖堂に駆け込んできた信徒の一人が、顔どころか声まで蒼白にしながら、一つの報告をもたらしたからである。


 すなわち――島津軍、来襲せり、と。





◆◆◆





 大友軍の敗残兵に島津兵を紛れ込ませる。
 耳川を渡った後、まっすぐ北に向かうのではなく、精鋭のみを選びぬいて大きく西に迂回し、大瀬川を越える。
 この時、島津義弘が用いた策はただこの二つのみ。
 そして、この二つだけで十分だった。


「かかれェッ!!」
 吼えるような義弘の号令と共に、選び抜かれた島津軍三千は西方よりムジカに突入する。
 ムジカの防備は南北に厚く、西に薄い。くわえて大友軍の注意はことごとく南に向いていた。おまけにムジカの各処では敗残兵に扮した島津兵が混乱を拡大している。
 結果、島津軍の奇襲は絵に描いたように見事に成功した。
 大友軍にしても、島津軍がわずか三千であると知れば、あるいは持ちこたえることが出来たかもしれないが、時刻は夜、しかも予期せぬ方角から襲い掛かってきた敵兵の数を冷静に判断できる者は、今のムジカには存在しなかった。


 とはいえ、義弘もわずか三千でムジカを陥落させられる、と考えたわけではない。
 義弘としては、この奇襲は本格的なムジカ攻略戦の前に大友軍の士気を挫くための、いわば前哨戦であった。
 大友軍は耳川で大敗を喫したとはいえ、島津軍からみれば、なおその兵力は圧倒的である。しかも今回は先の戦と違い、大友宗麟や他の重臣、さらに南蛮神教の実力者たちががじきじきに出てくるのは確実。大勝に驕って勢いのままに攻め寄せたりすれば、今度は島津軍が一敗地に塗れることになりかねぬ。


 島津軍にとって朗報だったのは、先の戦いで大友軍は武器や兵糧のほとんどを放棄して逃げ去ったことである。
 元々、今回の戦で島津軍は精鋭と火力の大半を薩摩に割いている。火力という点では、南蛮神教の助力を得た大友軍に一歩も二歩も遅れを取っていたのだが、その大友軍が残した膨大な物資をほぼ無傷で手に入れたことにより、島津軍は武装の点では大友軍に迫ることが出来た。


 しかし、繰り返すが、両軍の兵力差はなお甚大である。
 ゆえに義弘としては、西方からムジカを撹乱して勝機を探る心積もりであった。
 大友軍の敗残兵に島津の手勢を紛れ込ませるなどという陳腐な手を用いたのも、一度、ムジカの内から混乱を起こしてやれば、たとえ今回の奇襲で大した成果を挙げられずとも、大友軍の中に不和の種をまくことが出来るだろう、と考えたからに過ぎない。
 言ってしまえば、やらないよりはまし、程度のつもりだった。まさか、ここまで見事に己が策がはまるとは、義弘自身もほとんど予想していなかったのである。



 大混乱に陥ったムジカの只中を、島津軍は縦横無尽に駆け巡る。ムジカにおいては民と兵はほぼ同義であり、義弘もそれを承知しているからこそ十分な警戒をもって戦に臨んだのだが、彼らは島津兵の姿を見るや、ほぼ例外なく後ろを向いて逃げ出した。
 時折、手向かってくる者もいないわけではなかったが、それらは組織された抵抗ではなく、個々の兵が気力と武勇を振り絞ったに過ぎない。
 戦場において、個の武勇で戦局を変えられる勇士など万人に一人いるかいないかである。そして、ムジカにそんな勇士はいなかった。つまりは、抵抗した兵士はみな、義弘の指揮の下、部隊として動く島津兵の前にあえなく敗れ、その屍をムジカの街路に晒すことになったのである。



 義弘は存分に大友軍を蹴散らしつつ、町中を暴れまわったが、しばらくすると、右手を掲げて麾下の将兵に足を止めさせ、自らも愛馬の手綱を引いてその場に立ち止まった。
「……脆すぎる」
 そんな呟きが義弘の口からこぼれ出る。
 先の戦でも似たような感触はあったが、あれは大友軍の内部で何らかの対立があったからだろう、と義弘は考えていた。
 だが、ムジカには大友家の当主である大友宗麟がいる。当然、その周囲には戦に慣れた大友武士たちが控えているはず。こうまで島津軍にかき回され放題にしているなど、どう考えてもありえない。


 あるいは、密かに包囲されているのだろうか、とも危惧したが、偵察の兵によればそんな気配はないという。
 それどころか、ムジカを覆う混乱は一向に終息する気配を見せず、場所によっては大友軍同士で切りあっているところもあるとのことだった。混乱のあまり、闇夜の中で同士討ちを始めたのだろう。


 もはや大友軍は、軍としての秩序を完全に失っているとしか思えない。こんな奇襲一つで崩れるほど大友軍は弱いのか、と義弘は疑問に思った。
 ――無論、そんなはずはない。そんな家が九国の大半を領有する大家になれるはずはなく、将軍家から九国探題に任じられるはずもない。
 では、このあまりに情けない戦況は何によってもたらされるものなのか。


 大友家の内部で信仰をめぐった対立があるのは承知していたし、近年、多発する叛乱を見れば、宗麟が当主としての権威を失いつつあることも瞭然としている。
 でも、まさか、と義弘は思うのだ。
 まさか、あの大友家が、それも当主みずからが率いる部隊が、これほど脆いはずはない、と。


 だが、将としての義弘の識見は、今こそムジカを陥とす好機であると告げている。
 策の匂いも感じないとなれば、ためらう理由もない。
 義弘は内心の戸惑いに蓋をして、ムジカの中心部へと視線を向けた。小高い丘陵の上に築かれた南蛮風の巨大な建物は、闇夜の中にあって幾十もの篝火に包まれてその偉容を浮かび上がらせており、その光景は一種奇妙な美々しさを義弘に感じさせる。
 大聖堂。
 信徒たちがそう呼びならわす建物に、義弘はゆっくりと馬首を向けるのだった。




◆◆◆




「申し上げますッ! 島津軍の主力とおぼしき部隊がこちらに向かってきます!」
 その報告を受け、大聖堂の中は一斉に緊張と恐怖に包まれた。
 当然のように迎え撃つようにという指示が下されたが、元々、信徒らは軍勢として高度に組織化されているわけではなく、混乱を極める今の状況で整然と行動することはほぼ不可能だった。
 ゆえに、この時動いたのは、耳川の戦をからくも生き延び、帰還した佐伯惟教らの部隊であったが、この動きも妨げられた。
 敵ではなく味方、逃げ惑う信徒たちによって。


 信徒としては、ムジカの町が燃え盛り、敵の攻撃と味方の混乱が際限なく拡大している今、平静でいられるはずもない。そんな彼らが真っ先に頭に思い浮かべたのだが、ムジカで最も目立つ場所にあり、朝夕に祈りを捧げる大聖堂であったのは、むしろ自然なことであったろう。
 中には混乱に怯えるだけでなく、大聖堂だけは守らねば、と考える剛毅な信徒もいたが、いずれにせよ、万を越える信徒たちが無秩序に大聖堂に集まろうとしたのだ。その混乱ぶりは容易に想像できるだろう。


 惟教は島津軍に対抗するべく陣をしこうとしたが、次から次へと押し寄せる信徒たちのためにそれすらままならない。これが普通の城であれば、本丸に敵の侵入を許さないために城門を閉ざすという非情の手も使えるのだが、今のムジカではそれは不可能だった。
 元々、大聖堂は宗麟の意向を反映して信徒に開かれた場所であり、つまりはムジカの町と結びついた建物である。ムジカの町を突っ切って攻め込んでくる島津軍を遮るような機能は持っていないのである。


 島津軍を防ぐためには、人の力に拠るしかない。
 しかし、惟教は島津軍と戦う前に、島津軍の圧力におされるように流入してくる信徒を何とかしなければならなかった。だが、数千、数万の人々の混乱を容易に静められるはずもなく。
 結局、惟教は、ろくに陣形も整えることができない状態で、島津義弘の部隊とぶつかりあう羽目に陥る。この時点で、勝敗の帰結は明らかだった。





 両軍の兵士が発する怒号と叫喚がぶつかりあい、周囲にはたちまち血と臓物が放つ生臭い悪臭が立ち込める。
 銃声が起きなかったのは同士討ちを恐れたゆえであるが、そもそも鉄砲隊が悠長に整列、弾込めをしていられる戦況ではなかったのである。


 両軍が激突する音は大聖堂の中にあっても聞き取ることが出来た。それはつまり、それほど島津軍が大聖堂に接近しつつあるということ。
 そうと悟ったカブラエルは数人の宣教師を連れ、一時、宗麟の下を離れて自室に戻っていた。負けるはずはないとの思いはなお揺らがないが、万一に備えて持ち出さなければならないものがあったのである。


 それは金銀珠玉の類ではなく、何通かの書状だった。机の底に秘されたそれらを、カブラエルは懐にしまい込む。一瞬、その中の一つ、墨で染めたように黒く染められた書状が目に映ったが、カブラエルがその内容に思いを及ばせるよりも早く、宣教師の一人が口を開いた。


「布教長、これからどうされマスカ? このままでは、大聖堂もいずレ……」
「落ち着きなさい。この聖都には、神のために命を捨てることのできる数万の信徒がいるのですよ。ましてここは神の膝元たる聖堂です。異教徒の手が及ぶはずはありません」
「し、しカシ……」
 不安を禁じえない様子の配下に対し、カブラエルは常と変わらない笑みを浮かべてみせる。
「落ち着きなさいと言っているのです。確かに私はこの書状を取りに来ましたが、それはあくまで万に一つに備えてのこと。今はまだ、みな突然の奇襲に慌てているだけです。島津軍にしても、全軍がこぞって攻め寄せてきたわけではないでしょう。この夜を越えれば、敵は勝手に退いていきます」


 問題は、夜を越えることが出来るか否かであるが、これに関してはカブラエルは楽観していた。今、口にした言葉は紛れもないカブラエルの本心である。
 カブラエルの中では、自分たちと島津軍の間には数万の信徒たちが存在している。敵の手が届くはずはないとの思いは揺らがなかった。


 一方の宣教師たちはそこまで楽観してはいられない。彼らはカブラエルよりは、現在のムジカの状況を把握しているのだ。
 しかし、カブラエルの悠然とした態度を見て、なにがしかの確固たる理由があるのだ、と配下の者たちは解釈した。
 実のところ、カブラエルのそれは中身のないがらんどうであったが、本人はそれと気づかず、配下は常日頃のカブラエルの周到ぶりを過大に評価し、今この時もそうであろうと信じ込んだ。
 あるいはそう信じたかっただけかもしれないが、いずれにせよ、すべてを弁えている者がこの場にいれば、苦笑や失笑を越えて憫笑を禁じえなかったことだろう。


 惟教ら大友軍を瞬く間に撃ち破った島津義弘が、今まさに大聖堂に突撃の命令を下そうとしていることを知れば、なおさらにその観は強くなる。





 ――だが。
 やはり神は忠実な信徒を嘉したのだろうか。あるいは、自覚なき道化ぶりを披露する者たちに哀れみを禁じえなかったのか。


 この時、島津義弘は突撃の命令を寸前で飲み込んだ。
 無論、それは敵に情けをかけたわけではなく、哀れみを抱いたからでもない。
 義弘の視界の片隅に、奇妙な灯火が映し出されていた。
 方角は北。それはムジカの町を嘗めるように燃え広がる炎――ではない。無秩序に燃え広がるそれと異なり、義弘の視界に映る灯火は整然と立ち並んでいる。


 その光が目に映ったのは、大聖堂が丘陵状の地形の上に建っていたからであった。すなわち、その光源はムジカの町並を越えた先、五ヶ瀬川の向こう岸であろうと思われた。
 光源の数は一つや二つでは無論ない。十や二十では到底足りぬ。百や二百ですらないだろう。その数は、おそらく千をはるかに越え、二千に達するのではなかろうか。
 それが兵士たちが手に持つ松明の明かりであることを義弘は瞬時に悟った。


 この距離では兵士の姿はおろか、旗指物さえ確認することは出来ないが、夜闇の中、燃え盛るムジカを前にして、なお整然と立ち並ぶ灯火の列を見れば、近づく将兵が微塵も動揺していないことは明らかである。
 ただその一事だけでわかる。彼らを率いる将もまた、ただものではないことが。


 大友軍の脆さを目の当たりにし続け、滾る戦意の中に戸惑いを消せずにいた義弘の眼差しが、はじめて本当の意味で見開かれ、たちまち戦将のそれへと変じた。
 精神の地平の彼方で轟く遠雷の音を耳にした義弘は、自分が九国最高の名将と相対したことを悟る。
 誰に信じてもらう必要もなかったけれども…… 



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