日向国中崎城。
「待たせてしまったようで、申し訳ない」
そう言って室内に人が入ってきた瞬間、守田氏定は床にこすりつけるように頭を下げた。後ろに控えていた友人二人も氏定に倣う。
そのまま微動だにしない氏定たちを見て、室内に入ってきた男性が小さく笑った。
「顔をあげてください、それでは話もしにくい」
「は、ははッ」
氏定は促されて、おそるおそる顔を上げる。
視界に映ったのは三人。おそらくは氏定よりも年下と思われる若い男性。今、口を開いたのはこの人物だろう。
一人は滅多にみないほどに綺麗な女性(後ろから、女好きの友人の嘆声が聞こえてきた)。長い黒髪と、どこか悪戯っぽく光る両の目が印象的であった。
最後の一人は、男か女かも定かではなかった。何故ならその顔は頭巾で覆われ、身体つきを見ても今ひとつ性別の見分けがつかないのである。男にしては小柄で華奢だが、かといって女だとも断定できない。あの女性くらい胸が豊かなら迷うこともないのだが……
そんな氏定の内心がわかったはずもないが、白頭巾の人物が強い調子で咳払いする。
氏定たちは、慌ててもう一度あたまを下げねばならなかった。
「さて」
氏定の正面に座った男性が、ゆっくりと口を開いた。
「聞けば、豊後からこの地に商いにやってきたのだとか。さぞ忙しかろうに、此方の呼びかけに応えてくれたことに礼をいいます。私があの布令を出した大友家臣、雲居筑前です」
その名は予期していたとおりだったが、それでもなお氏定は緊張を禁じえなかった。
大友家中でも一、二を争う勢力を誇る戸次家。眼前にいる雲居筑前という男性は、その戸次家の補佐として、大友家当主からじきじきに遣わされた人物なのである。
氏定も、背後の友人たちも、商いの中で役人や高官を相手取ったことは何度もあるが、ここまでの大物は初めてである。雲居は一見おだやかそうに見えるが、氏定たちは城下で大友軍の苛烈な戦いぶりを耳にしている。いつ何時、その本性をあらわすか知れたものではない、と考えていた。
何故そんな恐ろしい相手の前に氏定たちはわざわざ姿を見せたのか。それは――
「いや、実際助かりました。鉱山師を探そうにも、高千穂の人たちが名乗りでてくれるはずもない。布令こそ出したものの、これは豊後に人を遣わすしかないかな、と考えていたところでしたので」
その雲居の言葉どおり、高千穂に入った氏定らは鉱山師を求める雲居の布令を目にしたのである。
布令は具体的に何をするかまでは記されていなかったが、能力次第では雲居が高値で雇ってくれるという。
氏定がこの話に飛びつくのは当然、というよりは必然であったろう。
友人たちは話が美味過ぎはしないか、とやや不安を覚えたようだったが、あえて氏定を留めるだけの根拠は持てず、結局は引きずられるようにして中崎城まで来てしまったのである。
「おれ――ではない、私でお役に立てりゃあいいんですが。鉱山師に訊ねたきことあり、と布令にはありましたが、具体的にはどのようなことなんで――なのでしょうか?」
「それを訊ねる前に聞かせてもらいたいのですが、守田殿は今まで鉱脈を見つけたことは?」
雲居の問いに対し、氏定は正直に首を横に振る。
「有望と思われるところがなかったわけじゃねえんですが、実際に掘りあてちゃあいません。金も人も足りなかったもんで。ただ鉱山を見つけるための方法は、村はずれに住んでた爺さんから聞いてやした」
「ほう。後ろのお二人は?」
氏定の後ろで、二人は慌てて答えた。
「あ、いや、おれたちは……」
「……ただの商人にて、山の知識は持ち合わせてはないです」
「ああ、そうか、三人は商い仲間でしたね。これは無用な問いを口にしてしまいました、申し訳ない」
雲居が軽く頭を下げると、二人も大慌てでそれに応じる。
「さて、それでは守田殿にうかがいます。具体的な方法は秘伝でしょうから口にせずとも結構です。ただ、私が口にしたことが可能か否かで答えてください」
そう言うと、雲居は一枚の地図を広げた。そこには高千穂だけでなく、日向、大隅、薩摩、そして肥後――すなわち九国の南半分と、各地に割拠する勢力がおおまかに記されている。
「まず鉱山、もっと具体的に言えば金山ですが、実際に採掘せずとも、そこに鉱脈がある、とある程度の目星をつけることは出来ますか?」
雲居の問いに、氏定は知らず眉根を寄せていた。
しばしためらった末、かぶりを振って見せる。
「ある程度、という言葉がどこまでを指すのかにもよりやすが、ちと難しいですわ。掘らずに、ということはつまり見るだけでってことでしょう? それでわかるのは精々、ここは他の場所よりほんの少しばかり可能性が高い……そのあたりまでっす。それだって、見分けるのはけっこう骨ですわ」
「ふむ。その見分けというのは、守田殿でなければ無理ですか? 見分け方を知っていれば他の人でも出来るものですか?」
「そっすね、おれ――すみません、私でなければ駄目ってことはねえです。多分、それなりに経験積んだ山師なら、方法自体は知ってるはずです。私だって、元はといえば酒代の代わりに教えてもらったような知識ですから」
「なるほど……」
そう言うと、雲居は何やら考え込んでしまう。
氏定は、てっきり雲居が具体的な方法まで聞いてくると思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。
その後も雲居の問いは続いたが、それは氏定一人であれば一日でどの程度の範囲を確認できるか、とか、これこれこのような所に金山があるかもしれないという情報があった場合、それを確認するためにはどれだけの時間を要するか、といったようにさっぱり要領をえない問いかけばかりであった。少なくとも氏定や、後ろの友人たちにはそう思えた。
そして、それはどうやら彼らだけではないらしく。
雲居の傍らに控える二人もまた、どこか怪訝そうに雲居の様子をうかがっていた……
◆◆◆
ふびー、と。あたり一体に響き渡った間の抜けた音をあえて言語化するなら、そんな文字になるだろう。
聞く者が思わず足をつんのめらせてしまいそうなその音の発生源は――すみません、俺です。
俺は手に持っていた横笛を睨むように見据えた。
「ぬう、思ってたより難しいな、これ」
「そうですか? おっかしいな、私はすぐに出来たんですが」
「長恵と比べるのは、さすがに勘弁してもらいたい」
「姫様も、問題ないようですよ?」
そう言って長恵が少しはなれた場所に目を向けると、そこでは吉継がしっかりとした音を紡ぎだしている。怪鳥が叫ぼうとして失敗したような、怪しげな俺の音とはえらい違いである。
「……まあ、誰にも得手不得手はあるということで」
「なら、修練あるのみですね、師兄」
そう言って長恵はなにやら楽しげにくすくすと笑いだす。俺にあれこれと物を教えるのが楽しくて仕方ないのか、俺の駄目っぷりが愉快で仕方ないのか、あるいはその両方だろうか。
切っ掛けは、そう大したことではない。
なにかと気が滅入ることの多い高千穂において、長恵の笛の音は一服の清涼剤として本当に有難いものであった。ことに中崎城を陥としてからは、俺と吉継は毎日のように長恵の笛を聴かせてもらっていたのだが、先日、長恵が「どうせなら師兄と姫様も奏してみませんか」と誘ってきたのである。
音楽とか絵画とか、そういった芸術とはひたすら縁遠い俺であったから、はじめは言下に断ろうと思ったのだが、ふと思いなおした。大国の臣として、そういった教養を修めることは決して無駄にはなるまいと思ったのだ。
今さらその道の人について学ぶ時間がとれるはずもなく、その意味で長恵が教えてくれるというのは願ってもない話であろう。
そんな感じで始まった横笛の練習だが、いや難しい難しい。曲や音律がどうこうではなく、ただきちんとした音を出すだけで苦労するとは。
練習を終えた俺が茶をすすりつつ、そんなことを考えていると。
「ところで師兄」
「ところでお義父様」
なにやら剣呑な声と視線が向けられてくる。
心当たりが山ほどある俺は、無駄な抵抗はしないことにした。
「察するところ、さっさとあの布令の意味を教えろ、というあたりか?」
「他に何があるというんですか。県――いえ、ムジカへの出立を先延ばしにしてまで、なぜ山師などを呼んだのですか。金銀を掘り当てて、雲居家の財政を豊かにしようというわけではないのでしょう?」
吉継の紅い目が細くなり、俺はごまかすように頬をかく。
高千穂の別働隊(つまり俺たち)が宗麟のもとに遣わした使者が戻ってきたのは、つい先日のこと。
返ってきた使者の報告は、俺にとってこれ以上ないほどの凶報であった。
県城を陥とした宗麟は、その地でとうとうムジカの建設に取り掛かった、というのである。より正確には犠牲者の鎮魂のために大聖堂を建設し、それがやがて出来るムジカの中心となるのだという。
これは信者の噂に端を発する情報であったが、宗麟はすでに公の場でムジカの名を口にしたらしいので、撤回されることはないだろう。
さらに使者は、誾と俺、吉継に対し、そのムジカまで来るように、という宗麟の命令を伝えてきた。
宗麟が誾を招くのは何の不思議もない。今の俺の立場を考えれば、そこに俺が含まれるのも納得がいく。だが、ここで吉継の名前が出てきたのは等閑にできないことだった。
宗麟からの書状を紐解いてみれば、なんでも南蛮の名医が来ており、吉継の病を癒すことが出来るかもしれない、とある。
だが、生憎とそれを鵜呑みにするほど俺は素直ではなかった。ムジカの建設が始まった今この時に、南蛮神教が吉継を呼び寄せる。
――始まった、と見て間違いないと思われた。
肥前の地で俺の考えを聞いている吉継と長恵も、俺の意見に同意した。
――そして、そんな状況にあって、俺は誾に頭を下げてまで出立を伸ばし、鉱山師を探していたわけで、吉継の声が尖っても文句なぞいえるはずもなかった。
「ただでさえ先の襲撃のために大金を投じて資金が不足しているというのに、この上、山師に投機とは。お義父様は、小なりとはいえ今や一家の長。配下と、その家族を守り、養う責任を双肩に担っていること、まさかお忘れになっているわけではありませんよね?」
「無論ですとも。今回のことも、きちんとした理由があっての行動なのです」
決して、一山あてて一攫千金という計画性に満ちた財政運用を目論んだわけではないのです、と熱心に主張する俺。
しかし、吉継の目は内心を映し出すように細くなったままである。
「理由、ですか。昨日今日会ったばかりの怪しげな山師に、大金を預けてどことも知れない地にもぐらせる――誰がどう見ても一攫千金を目論んでいるようにしか見えないと思いますが……」
吉継がそう言うと、ここまで黙して話の様子をうかがっていた長恵が口を開いた。
「つまり姫様は、師兄が自分に隠し事をしているので拗ねてらっしゃるんですよ、家族なのに水臭い、と」
「すッ?!」
「む、そう言われると困るな……しかし、今回のは本当に秘中の秘であるからして、誰にも、万一にも気取られたくないんだ」
俺の言葉に、長恵は頷いてみせる。
「そうですね、師兄が姫様にも話さないというのであれば、相応の理由があるのでしょう。それは姫様もわかってらっしゃるのですが、そこはそれ、自分には他人と異なる例外を適用してくれてもいいのではないかという複雑な娘心があり、けれどそれが我侭だと自覚できてしまうゆえに、口舌には鋭さが混じってしまうのでしょう」
「ううむ、なるほど」
長恵の明快な指摘に俺は思わず唸り声をあげる。吉継の舌鋒の鋭さは、これから南蛮勢力の懐に飛び込むことに対する不安と緊張から来ていると思っていただけに、長恵の指摘に目から鱗がおちる思いであった。
すると、そんな俺の声を打ち消すように吉継が声を高めた。
「私を無視して、何を二人で納得しあっているんですかッ。私は、苦労して工面した金銭を信用のおけない人に預けてしまったお義父様の行いを問い詰めているのであって、なんで自分を特別扱いしてくれないのかと拗ねているわけではありません!」
「あれ、あたらずといえども遠からずだと思ったんですが」
「外れてます、かすりもしないくらいに大きく外れてますッ」
長恵が小首を傾げると、吉継の声がさらに一オクターブ高くなる。この様子を見るに、吉継の言うとおり長恵の指摘は見当違いであったようだ。
まあ、たとえ指摘が的を射ていたとしても、ここで俺の狙いを口にしてしまうわけにはいかないので、外れてくれた方が俺としても気が楽だった。
とはいえ――
「吉継」
俺の呼びかけにいつもと違う何かを感じ取ったのか、頬を紅潮させて憤りを示していた吉継は、俺を見るやすぐに真剣な顔つきになった。
その吉継と長恵を庭に誘う。落ちていた枯れ枝を手にとって地面に文字を記していくと、俺の行動に不得要領な顔をしていた二人にも意図が伝わったようだった。
……宗麟がムジカの建設にとりかかった以上、そこにカブラエルの意思が関与しているのは間違いない。そしてカブラエルの後ろに南蛮神教――大海の波濤を乗り越える技能を有する南蛮勢力が存在することも間違いない。日向侵攻のために軍船を派遣してきた以上、それは誰の目にも明らかである。
これまで大友家という傘に隠れていた南蛮側が、その傘を押しのけるような大きな動きを見せ始めた――これは脅威というしかないだろう。
だが、同時にこれは好機でもあった。南蛮神教の教えの陰に蠢く彼らの真意を、陽の下に引きずり出すことが出来るからである。
無論、向こうもその危険は承知しているだろう。というより、ここまで大規模に動く以上、もはや南蛮側は自分たちの目論見を隠すつもりはなく、その必要もないと判断した可能性が高い。それはつまり、九国の人々がどれだけ異国の支配に反発を覚え、反感を抱こうとも、それを圧するだけの武力を投じる用意が出来た――そう判断するのは、それほど的外れな考えではないだろう。
率直に言って予測していた事態である。肥前の地で吉継たちに口にしたように。
だが、今の段階で宗麟がムジカの名を明らかにするのは、俺の予測の中でも最悪に近い状況だった。
正直、もっとムジカが都市としての形をととのえ、ある程度の防備を施してから、満を持して南蛮神教の都として九国全土にその名を謳いあげるものと俺は考えていたのである。
しかし、実際には中心たる大聖堂すら完成していない状況で、宗麟はムジカの名を口にした。他国がこれを聞いて、兵を発したとしても問題はない――否、それどころかそれを促してさえいる。
――もはや島津家を動かすために手段を選んではいられなくなった。彼女らの説得に手間取れば、南蛮勢力の侵攻を止めることが出来なくなってしまう。
俺が件の鉱山師守田氏定に託した任は、島津を説得するための切り札となるものを見つけることだった。
そんな都合の良いものに心当たりがあるなら、何故、今になって慌しく動いたのか。
それは、俺の知識が必ずしもこの時代にあてはまるとは限らなかったからであった。確かめようとすれば、実際に薩摩に行かなければならず、そのための費用も人手も必要である。さらには、そんな怪しげな輩が領内にいれば、薩摩の国人衆が気づかないはずもない。
そういった諸々の問題があって、俺はこれまで『それ』の確認のために動こうとはしなかったのである。
しかし、宗麟がムジカの名を口にした以上、そんな悠長なことは言っていられない。危険は覚悟の上で動かざるを得なかった。
で、肝心の『それ』とは何なのかというと――
『それは秘密』
そう地面に記したら、右と左から、思わず、という感じで軽い拳骨が振ってきた。
俺と同じように枯れ枝を手にとった吉継と長恵が、呆れ顔で地面に文字をつづっていく。
『引っ張りすぎです』
『現状の確認だけなら、なんでこんな面倒なやり方をするんですか』
それに対する俺の答え。
『何となく雰囲気が出るかな、と』
今度は両足を踏まれそうになったので、慌てて追記。
『さっきの吉継ではないが、大はずれの可能性もあるのでね。まあ鉱山師を向かわせた時点で、大体推測はついてるだろ』
『推測はついていますが、師兄がそれを知っている理由の方は想像もできません』
『同意です。薩摩に行ったことなどないのでしょう?』
『吉継は京に行ったことはないけど、長恵から話を聞いて京のことを知っているだろう。同じようなものだ。布令を出した理由は、大友軍の資金源確保のため、高千穂の山々を調査するためとなっているのでよろしく』
俺はそう記し、二人が頷くのを確認してから、足で地面に書いた文字を消していく。
何も寒空のもとでこんなことしなくても、部屋で筆をつかえば同じことができたよな、と今さらながらに思いながら。
◆◆◆
日向国ムジカ大聖堂仮殿。
現在、この場にはムジカにいる大友軍および南蛮神教の主要人物の多くが集められていた。
当然、布教長であるカブラエルもまた、大友家当主たる大友フランシスの傍らに立っている。
その手は常のように聖書を抱え、その顔には穏やかな微笑が湛えられている。そして、そのカブラエルに従うように、配下の宣教師や十字軍(すでに信徒たちは公然とその名を口にしていた)の主だった指揮官たちが居並んでいた。
その数は大友家の武将たちを圧し、ムジカにおける主権を握っているのが何者であるかを無言のうちに知らしめるようであった。
彼らが集められたのは、今日、遠く高千穂から別働隊の指揮官を務める戸次誾らが到着したからである。
招いた宗麟にとっては、今日の集まりは誾たちの武勲を称えるための場であった。おそらく先方もそのつもりであろう。
しかし、カブラエルの思惑はまったくの逆だった。
今日、この場は彼らの功績を称えるのではなく、罪を糾弾するためのものとなるだろう。
高千穂における消極的な戦い、異教の建物や指導者に対する手ぬるい対応など、責めるべき事柄はいくらでもあり、そのための準備もととのっている。
それらをもって、カブラエルは突如として大友家にあらわれ、宗麟の信頼を勝ち取ろうと蠢動している救世主なる人物を追放してしまうつもりだった。そして、その人物がかくまう悪魔の少女を確保し、ゴアの総督に献上する。
その行動に対し、カブラエルは緊張も不安も覚えない。
自身の弁舌と、高千穂における別働隊の醜態があれば論争で負けるはずはない。相手が逆上して武器を手に取ろうと、この場でとりおさえることは容易い。万一、この場から逃げられたとしても、このムジカのほとんどが南蛮神教の支配下にある今、ここから脱出することは不可能に近い。
(つまりは恐れるべき何物もないということ。どうして緊張する必要があるでしょうか)
本音を言えば、わざわざカブラエル自身が出たくはなかった。
こんな勝敗のわかりきった論争は雑事に等しく、配下の宣教師に委ねてしまいたいところなのだが……
(下手に雲居の罪をあげつらうと、イザヤにまで責任が及んでしまいますからね。フランシスが口をはさむと面倒なことになってしまいます。そのあたりの加減が出来るほど心利いた者は、残念ながらおりませんし、私みずから論争の相手を務めるしかないでしょう)
とはいえ、カブラエルが気を利かせても、誾の方がみずから口を挟んでくる可能性は捨てきれない。
しかしカブラエルは、その時はその時、と割り切っている。今の時点で宗麟と袂を分かつつもりはないが、仮にそうなったとしても、このムジカであればいかようにも対処できるからであった。
その時、入り口から戸次誾らの到着を知らせる声が響き、宗麟がそれに応じて中に招き入れるように伝える。
(さて、茶番の始まりですか。必要なこととはいえ、面倒なことです)
カブラエルは心中でそう嘯く。
この時、カブラエルはこれから始まる一連の物事に、その程度の意味しか見出しておらず。
四半刻の後、この場で繰り広げられることになる舌戦を想像だにしていなかった……