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No.18194の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第二部 完結】[月桂](2014/01/18 21:39)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(二)[月桂](2010/04/20 00:49)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(三)[月桂](2010/04/21 04:46)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(四)[月桂](2010/04/22 00:12)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(五)[月桂](2010/04/25 22:48)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 雷鳴(六)[月桂](2010/05/05 19:02)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/05/04 21:50)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(一)[月桂](2010/05/09 16:50)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(二)[月桂](2010/05/11 22:10)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(三)[月桂](2010/05/16 18:55)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(四)[月桂](2010/08/05 23:55)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(五)[月桂](2010/08/22 11:56)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(六)[月桂](2010/08/23 22:29)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(七)[月桂](2010/09/21 21:43)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(八)[月桂](2010/09/21 21:42)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(九)[月桂](2010/09/22 00:11)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十)[月桂](2010/10/01 00:27)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 乱麻(十一)[月桂](2010/10/01 00:27)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/10/01 00:26)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(一)[月桂](2010/10/17 21:15)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(二)[月桂](2010/10/19 22:32)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(三)[月桂](2010/10/24 14:48)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(四)[月桂](2010/11/12 22:44)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 鬼謀(五)[月桂](2010/11/12 22:44)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/11/19 22:52)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(一)[月桂](2010/11/14 22:44)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(二)[月桂](2010/11/16 20:19)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(三)[月桂](2010/11/17 22:43)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(四)[月桂](2010/11/19 22:54)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(五)[月桂](2010/11/21 23:58)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(六)[月桂](2010/11/22 22:21)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 野分(七)[月桂](2010/11/24 00:20)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(一)[月桂](2010/11/26 23:10)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(二)[月桂](2010/11/28 21:45)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(三)[月桂](2010/12/01 21:56)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(四)[月桂](2010/12/01 21:55)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 第五章 剣聖(五)[月桂](2010/12/03 19:37)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/12/06 23:11)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(一)[月桂](2010/12/06 23:13)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(二)[月桂](2010/12/07 22:20)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(三)[月桂](2010/12/09 21:42)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(四)[月桂](2010/12/17 21:02)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)[月桂](2010/12/17 20:53)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(六)[月桂](2010/12/20 00:39)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(七)[月桂](2010/12/28 19:51)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(八)[月桂](2011/01/03 23:09)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 外伝 とある山師の夢買長者[月桂](2011/01/13 17:56)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(一)[月桂](2011/01/13 18:00)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(二)[月桂](2011/01/17 21:36)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(三)[月桂](2011/01/23 15:15)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(四)[月桂](2011/01/30 23:49)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(五)[月桂](2011/02/01 00:24)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(六)[月桂](2011/02/08 20:54)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/02/08 20:53)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(七)[月桂](2011/02/13 01:07)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(八)[月桂](2011/02/17 21:02)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(九)[月桂](2011/03/02 15:45)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十)[月桂](2011/03/02 15:46)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 第七章 繚乱(十一)[月桂](2011/03/04 23:46)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/03/02 15:45)
[60] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(一)[月桂](2011/03/03 18:36)
[61] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(二)[月桂](2011/03/04 23:39)
[62] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(三)[月桂](2011/03/06 18:36)
[63] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(四)[月桂](2011/03/14 20:49)
[64] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(五)[月桂](2011/03/16 23:27)
[65] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(六)[月桂](2011/03/18 23:49)
[66] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(七)[月桂](2011/03/21 22:11)
[67] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(八)[月桂](2011/03/25 21:53)
[68] 聖将記 ~戦極姫~ 第八章 火群(九)[月桂](2011/03/27 10:04)
[69] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/05/16 22:03)
[70] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(一)[月桂](2011/06/15 18:56)
[71] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(二)[月桂](2011/07/06 16:51)
[72] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(三)[月桂](2011/07/16 20:42)
[73] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(四)[月桂](2011/08/03 22:53)
[74] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(五)[月桂](2011/08/19 21:53)
[75] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(六)[月桂](2011/08/24 23:48)
[76] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(七)[月桂](2011/08/24 23:51)
[77] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(八)[月桂](2011/08/28 22:23)
[78] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2011/09/13 22:08)
[79] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(九)[月桂](2011/09/26 00:10)
[80] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十)[月桂](2011/10/02 20:06)
[81] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十一)[月桂](2011/10/22 23:24)
[82] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十二) [月桂](2012/02/02 22:29)
[83] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十三)   [月桂](2012/02/02 22:29)
[84] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十四)   [月桂](2012/02/02 22:28)
[85] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十五)[月桂](2012/02/02 22:28)
[86] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十六)[月桂](2012/02/06 21:41)
[87] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十七)[月桂](2012/02/10 20:57)
[88] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十八)[月桂](2012/02/16 21:31)
[89] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2012/02/21 20:13)
[90] 聖将記 ~戦極姫~ 第九章 杏葉(十九)[月桂](2012/02/22 20:48)
[91] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(一)[月桂](2012/09/12 19:56)
[92] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二)[月桂](2012/09/23 20:01)
[93] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(三)[月桂](2012/09/23 19:47)
[94] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(四)[月桂](2012/10/07 16:25)
[95] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(五)[月桂](2012/10/24 22:59)
[96] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(六)[月桂](2013/08/11 21:30)
[97] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(七)[月桂](2013/08/11 21:31)
[98] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(八)[月桂](2013/08/11 21:35)
[99] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(九)[月桂](2013/09/05 20:51)
[100] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十)[月桂](2013/11/23 00:42)
[101] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十一)[月桂](2013/11/23 00:41)
[102] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十二)[月桂](2013/11/23 00:41)
[103] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十三)[月桂](2013/12/16 23:07)
[104] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十四)[月桂](2013/12/19 21:01)
[105] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十五)[月桂](2013/12/21 21:46)
[106] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十六)[月桂](2013/12/24 23:11)
[107] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十七)[月桂](2013/12/27 20:20)
[108] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十八)[月桂](2014/01/02 23:19)
[109] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(十九)[月桂](2014/01/02 23:31)
[110] 聖将記 ~戦極姫~ 第十章 天昇(二十)[月桂](2014/01/18 21:38)
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[18194] 聖将記 ~戦極姫~ 第六章 聖都(五)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:9e91782e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/17 20:53

 豊後、日向、そして肥後の国境にまたがる山の名を祖母山という。
 かつての火山活動の名残とおぼしき巨大な岩石や断崖が随所に見られる峻険な山脈は、主要な山道以外はほとんど人の手が入っておらず、数千に及ぶ大軍が通過するには到底向かない地形であった。
 それでも、豊後から高千穂へ抜けるためにはこの山を越えねばならない。大友軍は草木を切り分けつつ、山中に踏み入っていったのである。


 山中には鹿やカモシカ、猪はもちろんのこと、狼や熊など種々の動物が生息しており、吉継も幾度かその姿を目撃していた。否、目撃どころか、一度は山中を徘徊していた熊とばったり遭遇さえしたのである。
 時は十一月。
 冬を間近に控え、おそらくは冬篭りの準備をしていたのだろう、首筋に見事な月の輪の模様が見て取れるその熊は、領域に侵入してきた吉継たちを不機嫌そうに睨み据えた。
 吉継を含めた雲居家の兵士(若干一名は除く)は、胃を鷲づかみされるような緊張を余儀なくされたのだが、人間の数が十名を越えるのを見て、その熊はしぶしぶという感じで背を向けて立ち去ってくれた。期せずして安堵の息が重なった。
 それ以外にも、狼らしき数頭の獣たちに後ろをつけられたりと、めずらしい経験を積む機会に事欠くことはない雲居家の一団だった。


 とはいえ、もっともめずらしい経験は、そういった山中の邂逅にはなく、彼らが主からうけた命令にあっただろう。
 なにしろ――
「まがりなりにも九国探題に任じられた大家に仕えての初めての戦、その最初の仕事が自陣に鉄砲を撃ち込むことだとは……」
 吉継はそう呟いて嘆息する。
 より正確に言えば、鉄砲を撃ち込むといっても、火薬を炸裂させているだけで実際に弾を撃っているわけではない。さらに言えば、その空砲さえ自陣に向けてはいない。
 吉継たちは大友軍七千の軍勢のなるべく近くで、山の斜面に向かって空砲を撃っているだけであった。


 だから何も心配することはない――作戦の説明をした人物、吉継にとっては義父にあたるその人はそんなことをいっていたが、それをそのまま鵜呑みにするほど吉継はおめでたくはない。くわえて言えば、言った当人も吉継が鵜呑みにするとは思っていないのがありありと見て取れた。
 その時の義父の顔を思い出し、吉継は知らずこめかみを揉みほぐす。
 たとえ実際に弾が飛んでこなくても、味方のものではない銃声が突然に鳴り響けば、誰もが敵だと思うだろう。突然の事態に混乱すれば怪我人が出ることもあろうし、下手をすれば同士討ちをはじめる兵さえいるかもしれない。
 戸次勢のように訓練された兵士ならばともかく、南蛮宗徒をかきあつめただけの雑軍であれば、その危険は少なからず存在する、と吉継は考えていた。


 そして、実際に吉継の危惧は的中する。
 昼夜を分かたぬ不意の銃撃に、兵士たちの緊張と疲労は積み重なり、慌てた味方同士で斬り合って重傷を負った者がいたのである。
 それでも、吉継たちはあくまでこの行動を止めなかった。彼らの主が止めようとはしなかったからである。



 吉継は考える。
 確かに時間を稼ぐという意味で、この行動は有効と言えるだろう。行軍を妨害するなど大友家への裏切り以外の何物でもないが、今現在の特異な戦況を鎮めるために必要なことなのだと言われれば、あえて反駁するだけの根拠を吉継はもっていなかった。
 そう、だからそこまでなら良い。
 事実、大友軍の進軍速度は目に見えて鈍っており、時間を稼ぐことは出来ている。その時間が長ければ長いほど、多くの人たちが助かるのだという言葉を信じられるくらいには、吉継は義父を信用していたから。


 しかし、である。
「実際に実弾で武将の一人を撃つとなれば、話は別です」
 吉継は草むらに身を潜めつつ、ぼそりと呟く。
 その吉継の隣では、鉄砲を構えた丸目長恵が不思議そうに問いかけてきた。
「姫様、何か仰いました?」
「……いえ、何でもありません。ただ……」
 何かを口にしかけた吉継だったが、すぐに思い直したようにかぶりを振って口を噤む。
 吉継が口にしようとしていた質問は、先夜から幾度も投げかけたものであり、その都度、長恵は同じ答えを返してきた。今ここで、改めて同じ問いを向けたところで意味はないのである。


 そう考えて口を閉ざした吉継だが、長恵は吉継の表情から、のみこんだ言葉を察したようだった。
 意識して難しい表情をつくりつつ、口を開く。
「ふむ、姫様はまだ私の腕をお疑いとみえます」
「いえ、疑っているわけでは……ただ、弓矢なら知らず、鉄砲で精確に敵将を撃ち、かつ傷だけを負わせるというのはかなり難しいのでは、と」
「それを疑っているというのでは?」
「……う」
 そう言われてしまえば、一言もない吉継だった。


 火薬を用い、鉄の弾を飛ばす新たな武器――鉄砲。
 火薬の扱い、弾込めに一定の熟練は必要だが、それでもその扱い易さは弓の比ではない。刀もろくに振るえないような人間でも、わずかの訓練で一軍の将を討ち取ることが可能となる、まさにこれまでの戦の常識をひっくり返す南蛮の新兵器である。


 南蛮との交易の窓口である九国には、かなり早い段階から鉄砲は流布しており、当然のように吉継も石宗から相応の知識を教授されていた。
 鉄砲は飛び道具という点で弓と比較されることがあるが、石宗は鉄砲と弓とはまったく別の武器である、と考えていた。
 数を揃え、柔軟に運用することが出来れば、天下を制し得ることもかなう――それだけの可能性を秘めた武器であろう、と。


 だが同時に、石宗がそれが容易ではないとも言っていた。
 最大の問題は鉄砲が高価すぎることにある。初期の一丁二千両よりは大分ましになったとはいえ、やはり鉄砲が高価であることには変わりない。くわえて鉄砲本体もそうだが、弾を飛ばすための火薬も、原料である硝石が日本に産しないために高値で取引されている。
 一つの戦場を圧するほどの鉄砲の数をそろえるためには、天文学的な金銭が必要とされるのである。


 それ以外にも、吉継が記憶している鉄砲の欠点は幾つもある。
 中でも鉄砲の飛距離――弾がどこまで届くかの距離ではなく、殺傷力と命中率を保てる距離――は弓よりもはるかに短いものであったはず。
 距離が遠ければ遠いほどに鉄砲の命中率は落ちる。当然、弓のように鏃をはずして殺傷力を落とすなどという真似も出来ない。


 つまりは遠距離から狙撃し、かつ殺さないように傷だけ負わせる、などという芸当をするのに、鉄砲ほど向かない武器はないのである。
 吉継のためらいは、ある意味でしごく当然のものであった。
 しかし、傍らの長恵は、吉継の不安をあっさりと退ける。
「大丈夫ですよ。この距離なら、師兄の頭の上に乗った林檎どころか蜜柑だって撃ち抜いてみせます。自慢ですが、私は銃の扱いも剣に劣りません」
 そう言う長恵に気負いは感じられず、先夜から幾度も同じ質問を繰り返されることへの苛立ちも見出せない。
 吉継としては、剣聖と謳われる人物が鉄砲を自在に操ることに違和感を禁じえないのだが、長恵にしてみれば剣も銃も武器であることに違いはなく、それを繰る技量は決して他者に劣らない、という自負があるのだろう。


(……いったい、何をどうすれば、ここまでの域に達せるのか)
 そんな長恵を見る吉継の眼差しには感嘆と憧憬、そしてほんのわずかながら嫉視が混ざっており、それは吉継も自覚するところであった。
 しかし、それも仕方ない、と吉継は内心でため息をつきながら思う。これが十も二十も年嵩の相手であればともかく、吉継とは精々が五、六歳しか離れていない女性なのである。横たわる実力差に無関心でいることは出来なかった。



 と、そんなことを考えているうちに、吉継の視界に山間の道を進んでくる一隊の姿が映し出された。
 先頭に翻る杏葉紋は、それが大友家の軍勢であることを示している。
 だが――吉継はわずかに眉をしかめながら思う。それ以外に、この軍勢を特徴付けるものが存在する、と。
 杏葉紋だけではない。この部隊は先頭に南蛮神教の聖像を掲げ、杏葉紋がかすむほどの数の十字軍旗を翻らせていた。くわえてほとんどの兵士が首からロザリオを下げている。
 日の本広しといえど、こんな軍勢は大友軍以外にありえないであろう。



 そして――
「……お義父様」
 吉継の視線の先に、義父の姿が映し出された。
 別働隊を率いる戸次誾のすぐ傍らで馬を立てる姿は見紛いようがない。そのすぐ近くには吉継と同じくらいの体格の兵士が顔を頭巾で覆って従っていた。
 無論、それは吉継の不在を悟らせないようにするための小細工である。実のところ、あの兵士、女性ですらないのだが、甲冑を身につけ、頭巾を被っていれば、見分けるのは容易ではあるまい、というのが義父の言い分であり、それは吉継も同感であった――まあ、多少納得いかない部分もあるのだけれど。


 吉継が、本人もよくわからない理由で眉をしかめていると、傍らの長恵が鉄砲に弾を込めつつ口を開いた。
「……それにしても」
「はい?」
「初陣で味方の軍を引っ掻き回した挙句、自分を撃てと命じるのは、日の本広しといえど師兄くらいでしょうね」
「……まったく同感です。というか、そんな人が二人もいてはたまりません」
「あは、確かにそうですね」
 吉継の言葉に、長恵は小さく微笑んでから、鉄砲を構える。
 呼吸を整えるでもなく、狙いを定めるでもなく、ただ無造作に構えるだけ。
 傍らの吉継は邪魔をしてはならじと口を噤む。わずかでも照準がずれれば義父の頭が吹き飛びかねないのだ。平静を保つことは難しかったが、事ここにいたっては長恵の腕を信じる以外にない。



 日向の山中に、鉄砲の轟音が響き渡ったのは、それから間もなくのことであった。



◆◆◆





 豊後を発した大友軍本隊は破竹の勢いで日向との国境を突破、日向北部の要衝県城を陥落させた。
 その一方、高千穂制圧をもくろむ別働隊は、未だはかばかしい戦果をあげることが出来ずにいる。高千穂を治める三田井家の備え――いわゆる四十八塁の幾つかは陥としたものの、彼我の戦力差を考えれば、それは率いる者が童であっても可能な程度の小功でしかなかった。


 大友軍が戦果をあげられない理由は幾つもあったが、中でも一番の理由は寒気であったろう。
 季節は晩秋を通り越して初冬に入ろうとしており、一日ごとに気温は下がっていく。まして祖母山は峻険な山岳である。朝晩の冷え込みは厳しく、そんな中で険しい山道を踏破する労苦は並大抵のものではなかった。
 今回の大友軍の主力である南蛮宗徒の中には、農作業で鍛えられた身体を持ち、戦の経験が豊富な者もいたが、その一方で、礼拝の時間以外は、府内の街はおろか自分の家からも滅多に出ないような繊弱な若者も少なくなかった。彼らにとって、この時期の山中の行軍は想像を絶するほど困難なものであった。


 ただ、それでも、同胞の死に憤り、聖戦を謳う大友軍――とくに南蛮宗徒の士気は非常に高く、当初の進軍速度は防衛側の三田井家の諸将が、報告を聞いて色を失うほどに早かった。戦意も高く、国境付近の三つの砦は瞬く間に大友軍に呑み込まれている。
 その大友軍の進軍の勢いが急激に失われたのは、三田井家が一撃離脱の奇襲を行うようになって以降のことである。


 奇襲、と言っても直接に刃が交わされたわけではない。
 おそらくは虎の子の部隊であろう鉄砲隊による、昼夜を分かたぬ銃撃。
 鉄砲の数自体は大したことがないと思われたが、狭い山道で密集して進む大友軍の将兵に、これを避ける術はない。
 これが平地であれば、数千の大軍にとってわずか数十の鉄砲など恐れるに足りないのだが、祖母山の険しい斜面に進軍の足をとられる中で、嫌がらせのように注がれる銃弾は厄介なことこの上なかった。


 くわえて言えば、数千の大軍といえど、それを構成するのは一人ひとりの兵士である。中には、神の加護を信じ、まったく動じない者もいないわけではなかったが、大半の信徒は、まさか自分には当たるまいと思いつつも警戒心を消すことは出来ず、結果、ほんのわずかではあったが進軍の足を絡め取られ――そのほんのわずかが数千も重なれば、進軍速度に影響を与えないはずがなかったと言える。
 兵を率いる将にしても同様。
 千を越える兵に周囲を守られていようと、山中を飛んでくる鉄砲の弾を確実に避ける術はない。ことに南蛮宗徒の指揮官たちは、周囲を信徒に守らせて自身の安全を確保しつつ、いつ襲ってくるともしれない敵の対応に苦慮しなければならなかった。



 しかし、すぐに大友軍はあることに気づく。
 奇襲による被害が、実は自軍の混乱による負傷者だけであり、実際に銃撃で死傷した将兵がいないのである。
 つまり、敵の狙いはあくまでも大友軍の進軍の足を止めることであると思われ、さらには本当に敵は鉄砲を持っているのかという疑問を抱く者さえ出てきた。
 鉄砲の音、というのは要するに火薬が炸裂する音である。逆に言えば、火薬を炸裂させれば、それを鉄砲の音と勘違いさせることが出来るということ。まして音が反響する山中であれば、両者の違いを正確に聞き取ることは不可能に近い。
 なにより、本当に鉄砲を持っているのであれば、わざわざ大友軍の将兵を撃たずに済ませる必要などない、という主張は確かな説得力を持っていた。


 軍議の席でその意見を聞いた者たちはそろって賛同し、敵軍の意図を見抜いたと確信した。
 小細工に過ぎないが、圧倒的な戦力差を前にしては、そんな小細工さえ名案に思えたに違いない。
 そう考えた指揮官たちは、翌日から自ら前面に立って怯む兵士たちを叱咤しつつ、一刻も早く高千穂を目指そうと試みた。
 そして――響き渡った銃声に、一人の将が崩れ落ちる音が重なったのである。



 撃たれた者の名は雲居筑前。
 別働隊を率いる総大将戸次誾の側近である。この日、雲居は誾の傍近くで立ち働いており、おそらく敵軍は雲居を誾と見間違えたのではないか、と推測された。
 というのも、華美を嫌い、質実を好む誾の鎧は見栄えのしないものであり――一応、戸次家には先祖伝来の当主用の甲冑があるのだが、誾の体格にはあわず、また新しい甲冑も今回の戦が急すぎたために間に合わなかった――また、誾自身も小柄で目立つ要素がないため、雲居を総大将と見紛った、という推測は十分な説得力を持っていた。
 それは同時に、大友軍が最初から最後まで敵軍の思い通りに動かされたことを意味する。実弾なき射撃は、大友軍指揮官の油断を誘い、確実のその命を奪うための布石であるとは、誰もが考えるところであった。
 ゆえにこれ以降、大友軍の進撃速度がそれまでにも増して鈍くなったのは致し方ないことだったのである。




◆◆◆
  



「……これで、ある程度の時間は稼げました。問題はここからです」
 大友軍の本陣の一画。
 頭に血止めの布を巻いた俺は、目を覚ますや、様子を見に来た誾と連貞に簡略にこれまでの経緯を説明する。
 これまで大友軍を悩ませていた事態はすべて俺の仕業である、と白状したのだ。


 それに対する二人の反応は。
 誾は俯いてしまったので表情は見て取れない。しかし、両の手がかすかに震えているところを見るに、やはりというか、当然というか、俺に対して虚心ではいられないようだった。
 陰でこそこそ動くと決めた時点でこうなるだろうという予測はしていたが、実際にその場に立ってみると、何といって詫びるべきか判然としない。
 自分がやったことが必要なことであるという確信は持っているが、それは総大将をないがしろにして良い理由にはならない。


 ただでさえ俺に良い感情を持っていない誾のこと、一軍の長としての責任を必死で果たそうとしている最中、連日連夜、その心胆を寒からしめる騒動が起き、その実、そのすべてが俺の仕業だと知れば、たとえそれが意味のあることなのだと理解できたとしても、決して良い気はしないだろう。
 それどころか逆鱗に触れられた竜みたいになっても、少しもおかしくはなかったのである。





 俺がそれを承知した上で、なお誾と連貞に本当のことを言わなかったのは、それを知ってしまえば、奇襲を受けた際の戸次軍の動きが不自然なものになってしまうと考えたからである。
 道雪殿であれば、真相を知った上で知らないように振舞い、奇襲に驚く戸次軍の動揺を取り静めるなど雑作もなかろうが、今の誾にそこまで求めるのは酷だろう。
 連貞に知らせなかったのは、兵への差配はともかく、誾に隠し事をし続けるのは連貞には無理だろうと踏んだからであった。


 俺がそんなことを考えていると、その連貞が訝しげに口を開いた。
「……しかし、最初の襲撃――いや、実際には襲撃ではなかったわけですな。ともあれ、あの時は確かに雲居殿はいなかったが、それ以後は常にそれがしらと行動を共にしていた。あれは……」
「出来たばかりの雲居家が、何人の家臣を抱え、その家臣が何をしているのか……そんなことに注意を払っている方は大友家にはおられますまい」
「鉄砲は無論のこと、火薬とて廉いものではないが……」
「どこぞに領地を、という宗麟様の御言葉を辞退するかわりにいただいた結構な額の支度金、すでにそれがしの手元には残っておりませぬ」
「……む」
 俺の説明に納得したのか、呆れたのか、微妙な表情ではあったが、とりあえず連貞はそこで口を噤む。



 残る一人は、というと。
「…………」
 誾は伏せていた顔を上げ、じっと俺の顔を見据えてきた。
 最近は見慣れた観すらある、例の壮絶なまでの仏頂面――ではない。
 しかし、かといって道雪殿の下にいたときのような疑念と不快のいりまじる眼差しというわけでもなかった。


 切れ長の双眸、細く整った鼻梁、頬は白皙、唇は柔らかく閉ざされ、漆黒の髪を無造作に頭の後ろで束ねたその姿は、字面だけを見れば女性の形容をしているようにしか見えないだろう。実際、誾はまだ第二次性徴がはっきりとあらわれておらず、いわゆる男っぽさを感じさせるものはあまりない。
 それでも、面と向かって相対すれば、誾を女性と間違う人物はいないに違いなく、仮にいたとしたら、その人物はよほど目が悪いとしか言いようがなかっただろう。


 それほどまでに、誾の深みを帯びた黒瞳に浮かぶ意思は苛烈なものだった。
 無論、誰彼かまわず睨みつけている、という意味ではない。
 おそらくは出生とそれに纏わる境遇が、この少年の心にその意思を植えつけたのだろう――自らを阻むものに対する激しすぎるほどの否定の意思。
 かつて――いや、おそらくは今なお吉継が心の片隅に抱えているであろう世界への拒絶と半ば重なるそれは、しかし吉継のそれよりもはるかに勁烈であるように、俺には思われてならなかった。


 その意思が戸次誾という少年の人格に陰影を与えている。
 それは外見上の特徴など問題にしないほどに、はっきりとした力を見る者に感じさせるのである。
 
  




 ――まあ、要するに何が言いたいかというと、自分より一回り年少の誾君に見据えられ、俺が内心で怯んでいたとしても、それは決して恥ずかしいことではない、ということだった。
 正直激昂されるのは覚悟していたのだが、無表情にじっと見据えられるとは思っていなかった。本当に怒ると、むしろ冷静になる人もいるというが、誾はそういう性格なのだろうか。
 俺がそんなことを考えていると――



「……はあ……」
 不意に表情を崩した誾が、深々とため息を吐いた。
 それはもうこれみよがしに。
 そして、じとっとした眼差しで俺を見つめてくる。さきほどまでの無表情のそれよりも多少圧力は落ちたが、それでも結構な迫力だった。


「……あの、誾様」
 なんと言ったものかと思いあぐねた末、とりあえず呼びかけてみることにする。
 すると、誾は大きく頷いて、こう言った。
「大体わかりました」
「は?」
「こっちのことです。とりあえず言いたいことは山のようにありますが、それは後にしましょう。何のためにこんなことをしたのか、そのすべてを詳らかにしてください。言うまでもないですが、もう隠し立ては許しません。もし次に私を謀るような真似をしたなら、その時は相応の覚悟をしてもらいます」
「は、承知仕りました」
 思ったよりもあっさりとした物言いに、俺は内心で驚いたものの、どの道この後についてはもう隠しておく必要もない。誾に言われずともこの場で伝えるつもりだったので、俺は素直に頷いた。





◆◆





「誾様や連貞殿には今さら申し上げるまでもないかと思いますが――」
 俺はそう前置きした上で、これから攻め寄せる高千穂という地の特異な点を挙げた。
 高千穂は今さら言うまでもなく日向の国の一地方なのだが、実のところ、日向の他の地方――たとえば五ヶ瀬川下流の県城、あるいはその県城の南方にある伊東義祐の居城佐土原城などと緊密な関係を保っているかといえば、答えは否であった。
 険しい山に囲まれた高千穂の地形が他の地方との交流を阻んでいるという一面はあるにせよ、高千穂の孤立の原因は自然のみではなく、人為にも求められた。
 つまり高千穂を統べる三田井家は、日向の他地域からの侵攻を恐れ、あえて孤立の状態を保っていたのである。


 ことに佐土原城の伊東義祐は日向統一をもくろみ、県城の土持親成と諮ってこれまで幾度も高千穂への勢力浸透を企んでおり、三田井家はこの対応に苦慮してきた歴史を持つ。
 高千穂は山に囲まれ、土地自体も貧しくはない。それでも伊東家の圧力に単独で抗するほどの国力は持ち得なかった。
 にも関わらず、三田井家がこれまで伊東家の野心を阻み、独立を保つことが出来た理由は、ひとえに肥後の阿蘇家との繋がりにあった。
 より正確に言うならば、阿蘇家というよりは、その重臣である甲斐家との繋がりであった。
 



 現在、阿蘇家の重臣として知られる甲斐家であるが、元々は高千穂の一豪族であった。 
 ある時、阿蘇家で内訌が起こり、阿蘇惟長によって大宮司職を追われた阿蘇惟豊が高千穂に逃げ込むという出来事が起きる。
 古くは高千穂地方を「上高千穂」、阿蘇地方を「下高千穂」と呼んだように、高千穂は日向の他地域よりもずっと阿蘇と近しい関係にある。
 それゆえ、阿蘇家を逐われた惟豊も高千穂に逃れてきたわけであるが、甲斐家の先代当主である親宣はこの時、惟豊の復帰に尽力し、ついには惟長を放逐して、惟豊の大宮司職復帰を実現させるという大功をたてる。
 これ以後、甲斐家は阿蘇氏に臣従して、その重臣となったのである。


 阿蘇家の重臣となった後、親宣は惟豊の絶対的な信頼の下で政戦両略に手腕をふるい、内乱で動揺する人心を立て直し、阿蘇家を安定ならしめた。
 惟豊はこの親宣の功績と忠誠心を認め、御船城を与え、さらに阿蘇家の直轄領から広大な田土を割いて甲斐家の所領とした。甲斐親宣を事実上の重臣筆頭に据えたのである。
 これには阿蘇家の家臣から、他国の人間に厚遇が過ぎるという不満が噴出したが、親宣の功績は誰もが認めるところであったため、不満の声は一定以上に大きくなることはなかった。
 また親宣は柔軟な政治手腕をもって不満を抱く人々を次々に自陣営に引き入れていったため、ほどなく阿蘇家における親宣の立場は不動のものとなったのである。


 阿蘇家の主権を握った親宣の力は、高千穂地方を統べる三田井家を上回るものとなった。
 もし親宣が望めば、高千穂地方を制することは決して難しくなかっただろう。否、それを言えば、阿蘇家を奪うことさえ掌の内にあったといえる。
 しかし、親宣は阿蘇家は無論のこと、三田井家に対しても以前同様に臣礼をとり、決して彼らの上に立とうとはしなかった。


 下克上が横行する戦国の世にあって、たぐいまれなる親宣の忠誠心。
 それは確かな力となって、阿蘇地方と高千穂地方を安定ならしめた。
 さらに親宣は惟豊を動かし、隣国豊後の大友家と友好関係をうち立てることに成功する。これにより、大友家を頂点とし、その下に阿蘇家、三田井家を、最後に甲斐家を据えた新たな勢力が形成されることとなったのである。





「――つまり、高千穂と、それを治める三田井家を動かすためには、甲斐家を動かす必要があるわけです」
 俺の言葉に、誾と連貞は互いに目を見交わす。両者の顔には、わずかだが戸惑いが感じられた。
「確かに、それはそのとおりだと思います。思いますが……」
「雲居殿、今、話されたのは甲斐家の当主が先代 親宣殿であった頃のこと。現在の情勢はさらに厄介なものとなっておるのですが、それはご存知で?」
 連貞の問いに、俺は頷いてみせる。
「そうらしいですね。急なこととて、それがしも道雪様からざっと説明を受けただけなのですが、一応のことは存じております。しかし、甲斐家の新しい当主となった親直殿も、ご父君に倣い、阿蘇家、三田井家に対して礼節を失うことなく仕え続けていると伺っています」


 実のところ、豊後を出る前に甲斐家へはとうに使者は出していた。戸次家から、ではなく雲居家からの使者という形でだが。
 その主な内容は、大友家の出兵が不可避なことを伝え、高千穂の人々に避難を促すことにあった。出来るかぎり――少なくとも半月は進軍の足を止めることを約束したのだが、どうやらそれは守れそうである。


 俺がそう口にすると、誾が目を白黒させながら、戸惑いをあらわに疑問をぶつけてくる。
「し、しかし、相手はかりにも一国の筆頭重臣。立花や戸次ならばともかく、雲居などという無名の家の使者がそう都合よく会えるはずがないと思いますが?」
「あー……実は、それがしもつい先日まで知らなかったのですが、甲斐家とはちょっとした縁がありまして」
「縁?」
「はい。使者にはその方の名を出すように伝えておきました。それゆえ、おそらく門前払いされることはないでしょう。まだその使者は戻っていないので、そのあたりの確認はとれておりませんが」
 状況が状況なだけに、使者が戻るまで待ってはいられない。
 それゆえ、親直がこちらの言葉を信じてくれた、という前提に立って俺は動いたのである。


 その俺の言葉を聞き、誾は眉をひそめた。
「……では、親直殿が使者に会わなかった、あるいは会っても相手にしなかった場合、雲居殿のしたことはまったくの無駄ということになるわけですか? ご自身を撃たせたことさえも」
「そうなりますか。もっとも、これだけ進軍が遅れれば、三田井家や高千穂の人々も状況を把握することは出来るでしょう。甲斐家が動かなくとも、まったくの無駄にはならないと思います」


 俺がそう言うと、誾は難しい顔で考え込む。
 しばし後、誾はぽつりと呟くように言った。
「『可能なかぎり被害を減らし、悪評を食い止め、時間を稼ぐ――それが、今できる最善の手だ』と言っていましたが、今回の策もその一環、ということですね」
「御意」
「確かに南蛮宗徒も、それを率いる者たちも連夜の襲撃に怯えている。雲居殿が撃たれたことで、その怯えはより一層深まったと言えるでしょう。このまま両軍がにらみ合いを続け、状況に変化が訪れるまでの時間を稼ぐことが出来れば……」
 誾の言葉に、しかし、俺は首を横に振った。
「それはいけません」
「いけない? それはどういうことですか」


 訝しげな誾に向かい、俺は次にうつべき手を説明する。
「そのままの意味です。誾様、今の時点でにらみ合いを続ければ、別働隊頼むに足らず、と本隊が動く可能性があります。それもかなりの確率で。そうなってしまえば、もう戦禍を防ぎようがなくなってしまう」
 その俺の言葉に、誾ははっとしたように口を閉ざし、連貞はゆっくりと頷いてみせる。
 本隊――県城を攻めている部隊の勝敗は定かではないが、あの戦力差があれば負けることはまずあるまい。陸だけでなく、海からの援護もあるとなれば尚更である。


 その本隊が五ヶ瀬川にそって高千穂に攻めのぼってくれば万事休すといえる。当然、大軍を率いながら何もできなかった俺たちへは相応の罰が下されるだろう。
 そんな事態を避けるためには何をすべきか。答えは一つしかない。
「本隊を納得させるに足る戦果をあげること――中崎城を急襲すべき、と進言させていただきます」
 中崎城は高千穂東部の要衝。守将の名は甲斐宗摂。名前からもわかるとおり、甲斐家の一族であり、高千穂でもそれと知られた勇将である。
 これを陥とせば、大友軍は三田井家を東と北から追い詰める形となり、本拠地である中山城を窺うことも可能となる。本隊の宗麟らを納得させることもかなうだろう。


 その俺の言葉を聞き、連貞が気遣わしげに口を開いた。
「……しかし、宗摂殿は親直殿のご一族。これを討てば、親直殿が黙ってはおりますまい。此方が裏切ったと思うは必定では?」
「大友家は――宗麟様は、阿蘇家と三田井家、甲斐家の関係を知りながら、一言の断りもなく高千穂に兵を出した。裏切ったというなら、我ら大友はとうに親直殿を裏切っているのですよ」
 もっとも宗麟は裏切ったつもりはあるまい。何故といって、大友家は阿蘇家と盟約を結んでいるが、三田井家とは何の盟約も結んでいないのだから。
 しかし、甲斐家が阿蘇、三田井両家を支えているのは周知の事実。一言の断りもなく、高千穂を――盟友の盟友を攻めるという行為は信義にそったものとは到底言えまい。


 あるいは、連貞は俺の出した使者のことを言っているのか、とも思えたので、それに関する説明も付け加える。
「もしそれがしの出した使者のことを言っているのでしたら、心配は無用です。そもそもが、内通や恭順を申し出たわけではない。こちらが攻め寄せるまでに、人と物とを避難させておくべきだと伝えたに過ぎないのですから。それをもって、こちらが手心を加えると解釈するほど、親直殿は腑抜けてはいますまい」
 仮に向こうが拡大解釈をしたとしても、こちらがそれにそった動きをする必要はない。
 高千穂を攻める。これを大前提とし、出来るかぎり被害を少なくするべく立ち回る。それが俺のしていたことだ。
 戦そのものを回避しようとしていたわけではない。大友家に叛旗を翻しでもしない限り、そんなことは不可能なのである。




 中崎城を陥とせば、少なくとも本隊が動くのを食い止めることは出来るはず。
 後は北部と東部の足場を固めつつ、本格的な冬の到来を待つ。雪でも降ってくれれば、兵を動かさない口実として言うことはないのだが、と俺は越後のことを思い出し、ふとそんなことを思った。
 まあ、さすがにそこまで都合の良い天候にはならないだろうが、雪がないとしても、冬の寒気が兵の機動力を大きく損なうのは事実である。それは本隊の兵とてかわりはあるまい。
 高千穂の北と東を押さえ、中崎城で冬を越すという戦略を宗麟に認めさせることが出来れば、春まで時間を稼ぐことが出来る。
 その間に、阿蘇家から大友家に対して抗議の一つも来れば、高千穂からの撤兵もあり得るかもしれない。それが無理だとしても、カブラエルたちが何を企んでいるのかを探るには十分すぎる時間だろう。
 俺の知識どおり、連中が県城に「ムジカ」を建設するようであれば――



 俺はムジカの点だけは省き、残りはことごとく誾に明らかにした。
 その上でこう言った。
「おそらく、ではありますが。遠からず、他国に向かわせてほしい旨、誾様にお願いすることになりましょう」
「他国というと阿蘇家――いや、甲斐家ですか?」
「状況によってはそのニ家に寄ることになるかもしれません。しかし、本命は薩摩です」



 薩摩島津家。
 様々な意味において、九国の要となる大家。
 その宗家の姫たちに南蛮神教の動向を伝え、説得することが出来てはじめて本当の意味で動き出すのである。
「動き出す、とは何が……?」
 俺の言葉を聞き、少しためらった末に問いを向けてくる誾。
 その誾の問いに、俺はかすかに微笑むだけで何も答えなかった。
 その俺の表情に何かを感じたのだろうか。誾も連貞も、あえてその先を訊こうとはしなかったのである……




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