筑前国 大宰府跡 竜造寺軍本陣
雲居筑前。
そう名乗る青年が竜造寺軍の本陣を訪れたのは、日が暮れてしばらく経ってからのことであった。
このとき、当主である竜造寺隆信、軍師である鍋島直茂、さらに四天王をはじめとした主だった武将たちはみな本陣に詰めていた。
明朝の総攻撃の準備はすでに整っている。高橋紹運がこの期に及んで夜襲をかけてくるとも思われず、彼らは戦の最中とは思われない静けさを愛でるように、僚将たちと言葉すくなに杯を重ねていたのである。
そこに後陣の兵士が恐縮した態で姿を現し、雲居の到来を知らせた。
本陣にいる諸将の中には雲居と面識がある者もいる。その内のひとりである円城寺信胤は、兵士が告げた雲居の容姿、背格好が自身の記憶にあるそれとほぼ重なっていることを確認すると、不思議そうに首をかしげた。
「あらまあ、予期せぬときに予期せぬ人がやってきましたわね。大友家中の権力争いをのりこえて無事であったとは重畳」
どことなく楽しげな表情を浮かべる信胤の傍らでは、おっかなびっくり弓姫の相手を仰せつかっていた木下昌直が、眉間にしわを寄せ「んんー?」となにやら考えこんでいる。
ややあって、昌直は何かを思い出したようにぽんと膝を打った。
「おお、思い出したぜッ! どっかで聞いた名前だと思ったら、この前、俺と一緒に胤さんに酔いつぶされた兄ちゃんじゃねえかッ」
そう言った直後、昌直は酢でも飲んだような表情で自分の口元をおさえつけた。酔い潰された翌日に飲んだ(飲まされた)円城寺家秘伝の酔い覚ましの味が口内によみがえったのかもしれない。
そんな二人の様子に興味をかきたてられたのか、江里口信常が口を開いた。
「どういうことだい? 大友の家臣が、木下と一緒に胤に酔い潰される状況ってのが想像できないんだが」
「先の筑前攻めの折、使者として筑後川を越えていらっしゃった方ですわ。あの時、エリちゃんは殿や成松さんと一緒に筑前に攻め入っていましたから、面識がないのは当然ですわね」
「ああ、あの時か。なるほどね――って、いやいや、ちょっと待ってくれ、胤。あんた、また敵の使者を酔い潰したのか!? いつだったかも叱られてたじゃないか。こりないねえ」
「軍師どのが佐賀城からお越しになるまで、お酌をしてさしあげただけですわよ。実際、翌日も寝転がっていた木下さんとは違って、あの方はお酒の影響など微塵も感じさせず、軍師どのと対等に渡り合っていらっしゃいましたわ」
「――と、円城寺の当主は申しているんですが、実際のところはどうだったんです、軍師どの?」
唐突に話を振られた直茂は小さく肩をすくめた。
「話を始める前に酔い覚ましの水を所望された、とだけ言っておきましょう」
「……胤?」
信常から半眼で睨まれた信胤は、どこからか取り出した扇で上品に口元を覆うと、おほほと笑ってごまかした。
「ふむ、雲居筑前、か」
百武賢兼は首をひねり、信胤に問う眼差しを向ける。
「聞き覚えのない名だが、この戦況で使者に任じられるからには当主の信頼は厚いと見るべきだろう。胤どのの目から見て、どういう人物なんですかな?」
賢兼の隣では、成松信勝も興味をひかれたように小さくうなずいていた。
「同紋衆と南蛮人しか重用しないことで知られる大友どのの信任を得たのだとすれば、無名とはいえ侮れぬ相手ということになる。顔を合わせた者の評価は気になるところだ」
二人に訊ねられた信胤は、考え込むように頬に手をあてた。
「わたくしの見立てでは、あの方の本領は戦場で武器を振るうことにあらず、帷幕で策を練ることにありと見えました。そういった意味では武人というより策士というべきでしょうか」
「ふむ。世には策士、策におぼれるという言葉もあるが」
信勝の言葉に、信胤は「うーん」と首をかしげた。
「みずからの知恵におぼれるような軽薄さは見て取れませんでしたわね。もっとも、わたくしのお酒にはおぼれそうになっていましたけれど」
くすくすと微笑む信胤。傍らでは信常が「さっきと言っていることが違うだろう」と半眼になっていたが、信胤はまあまあと僚将をなだめた。
そして笑みを収めると、目に真剣な光を浮かべて付け加えた。
「――真に賢明な方であれば、わたくしのお酒に付き合ったりはなさらないでしょう。そこを迂闊と見るか、深慮と見るかは、ご本人と顔を合わせてから皆さんが判断してくださいませ」
雲居と面識のない面々は信胤の言葉を聞き、それぞれにこれからあらわれる人物の姿を思い浮かべる。
そんな彼らをよそに、木下昌直は納得いかないとばかりに首をひねっていた。
「そうかー? ありゃ胤さんにいいように酔わされていただけだろ。そんなたいしたやつじゃねえと思うけどな」
「まあ、木下さん。今のは面白かったですわ。自虐、というものですわね」
「へ?」
信胤の返答の意味がつかめず、昌直は目を白黒させた。
「それはさておき」
信胤は昌直の当惑をさらりと受け流し、涼しい顔で話題を本筋に引き戻す。
「使者が何人(なんぴと)であれ、その目的は岩屋城の救援に他ならないでしょう。しかし、ただ今の戦況でわたくしたちが兵を退くなどありえぬこと。そのことは大友とて承知しているはずですわ。となれば、大友家は無理を承知で使者を出したということになりますけれど――」
現在の大友家に無駄な交渉をする余裕なぞあるまい、と信胤は思う。特に雲居筑前は立花道雪の下にいる人物であり、あの鬼道雪が無益な交渉で「人」と「時」を費やすとは考えにくい。
となれば、考えられることはひとつ。
大友家は交渉になんらかの成算を見出したのではないか。そして、その成算が信胤たちの目に見えないのは、必要な情報が伏せられているからではないか。
信胤の視線の先には鍋島直茂がいる。
四天王に対して情報を伏せる権限を持つのは、当主である隆信を除けば直茂以外にいなかった。
別段、信胤は直茂を責めるつもりはない。直茂が情報を秘していたのなら、そこには相応の理由があったのだろうと考えている。
だから、直茂が語らないのであれば、あえて訊ねるつもりはなかったのだが、交渉の席でそのことが裏目に出る可能性には言及しておかねばならなかった。
特に木下昌直などは、知らないことを突きつけられれば、すぐにそれと表情に出てしまうことだろう。
そして、その信胤の考えを直茂は諒とした。どのみち、直茂は使者の到来を告げられた時点で、筑後の動きをはじめとした幾つかの情報を詳らかにするつもりだったのである。
それからしばしの間、本陣の天幕には直茂の声だけが響き、諸将は驚きを飲み込んで軍師の言葉にただ聞き入っていた。
◆◆◆
待たされることしばし。
俺は兵に案内され、警戒心と殺気が充満する剣呑な陣中に足を踏み入れていた。四方八方から突き刺さる視線はお世辞にも好意的とはいえず、許されるなら今すぐ踵を返して立ち去りたいところである。
もちろん実際にそんなことはできないし、そういった内心を面に出せば侮られるだけなので、つとめて平静を装って歩を進めるだけに留めたが。
ややあって、篝火に照らされた視界にひときわ大きな天幕が映し出された。
周囲を囲む兵士に促され、俺は腰の刀を彼らに預ける。
そうして天幕に入った俺の視界に最初に飛び込んできたのは、熊皮を身にまとい、二つならべた床几に悠然と腰かける巨躯の男性だった。
片肌脱ぎの格好で右の上半身をあらわにしており、筋骨たくましい体つきが一目で見て取れる。二の腕などは丸太と見まがう太さであり、握り締められた拳は頑強な槌(つち=ハンマー)そのもの。冷たく醒めた目でこちらを見据えるこの人物こそ、竜造寺家の当主 竜造寺隆信であることは確認するまでもなく明らかであった。
なるほど、この屈強な体躯をもってすれば生身で熊を倒すことも不可能ではあるまい。俺はいつぞやの道雪どのの言葉を思い起こし、内心でひそかに感嘆の息を吐く。
その隆信の傍らには見覚えのある鬼面の軍師 鍋島直茂が控えている。左右に居並ぶ家臣の中には、こちらも見覚えのある姿――円城寺信胤と木下昌直の二人が確認できた。
そして、その二人の周りには一目でタダ者ではないとわかる歴戦の将たちが腰を下ろしている。
諸将の首座に座っているのは痩身でありながら重厚な存在感を放つ人物で、おそらく四天王筆頭 成松信勝だろう。その傍らに座している、当主の隆信に負けず劣らずの巨躯を持つ人物は百武賢兼か、と俺は判断した。江里口信常は円城寺信胤と同じ姫武将と聞いていたから、単純な消去法である。
その信常は竜造寺家でも一、二を争う勇武の将との評判であったが、なるほど、おっとりした信胤とは対照的に、精悍さと機敏さを共に印象づけられる凛々しい出で立ちであった。
むろんというべきか、隆信と同様、彼ら四天王の顔に俺を歓迎する色合いはない。竜造寺家の君臣は招かれざる敵国の使者を眼光鋭く睨みすえ、無言の圧迫を加えてきている。針のむしろに座らされる、というのはこういう状況を指していうのだろう。
彼らの態度から前途の多難さが思いやられたが、現在の大友と竜造寺の関係を考えれば門前払いされなかっただけでよしとしなければなるまい。まあ、そんなことにならないように筑後で道雪どのに派手に動いてもらっているわけだが。
俺はゆっくりと隆信に対して頭を垂れた。
「竜造寺隆信さまにはお初にお目にかかります。大友家臣 雲居筑前と申します」
「わしが隆信だ」
いかにも億劫そうな声音で応じる隆信。俺が頭をあげて隆信の顔に視線を向けると、胡乱げにこちらを見据える向こうの視線と正面からぶつかった。
内心の感情を映してのことだろう、肥前の熊の眼差しは路傍の石ころを見下ろすにも似ており、続けて発された言葉は敵意と威圧感に満ち満ちていた。
「言っておくが、わしは降伏以外の用件で大友家と話をするつもりはない。この期に及んで講和など持ち出そうものなら、その首、即座に引き抜かれると心得い」
隆信が言わんとしていることは明瞭だった。筑後における大友家の蠢動など意に介していない、ゆえに「肥前を襲われたくなければ岩屋城から兵を退け」といった類の交渉に応じるつもりは一切ない、ということである。口調といい、内容といい、まったく取り付く島がなかった。
この竜造寺家の態度は一見するとただの虚勢に見えるが、あながちそうとばかりも言い切れない。
竜造寺家にしてみれば、動きを封じたはずの筑後が今になって動き出したというだけで相当に戸惑っているはずだが、一方で筑後の大友軍が動員できる兵力に限りがあることも把握しているに違いない。
実際、道雪どのが筑後で動かせる兵力は蒲池家の兵を中核とした五千あまりしかおらず、しかもここでいう五千という数は最大動員数であり、柳河城の守備などを考慮すれば肥前に投入できる兵力はもっと少なくなる計算になる。
これから戦況が動き出せば、蒲池家以外にも大友家に参じてくれる国人衆があらわれるかもしれないので、兵の数は今よりも増えるだろう。だが、そういった希望的観測を考慮にいれてなお、彼我の兵力差は大きい。
竜造寺軍が二万の大軍を最大限に活用すれば、後背の動きを気にかけずに全力で岩屋城を攻め落とし、返す刀で肥前に攻め入った部隊を叩き潰すという力業も可能となる。あるいはもっと単純に、兵を二つに分けて前後の大友軍を同時に相手取ることも不可能ではないだろう。
こう考えると、筑後での大友軍の動きはたいした牽制になっていないように映る。
しかし、これもそうとばかりは言い切れない。確かに動かせる兵力には限りがあるが、竜造寺軍とて大友軍の正確な数までは掴んでいないはずなので、ハッタリをかます余地は残っている。
また、竜造寺軍がどれほどの大軍であっても、否、大軍であればこそ、後背を突かれるという兵士の動揺を払拭するのは並大抵のことではない。向こうも今日までの城攻めで相当の被害を出しているはずであり、この状況で肥前を突かれれば少数の兵相手でも苦戦は免れまい。まして、攻め込んできた相手が鬼道雪であればなおのこと。
その未来図を突きつけることは、十分に交渉の役に立つのである。
虚々実々の駆け引きはすでに始まっている。
刀槍の響きはなく、血が流れることもないが、それでもこれは確かに戦だった。ここまでが前哨戦であったとすれば、互いに顔を合わせたここからは本格的な会戦か。
俺はひそかに腹を据えなおすと、竜造寺の牙城を切り崩すべく口を開いた。
「大友家が降伏を求めるならば、その向かう先は毛利家であって竜造寺家ではございません。その理由はそれがしが申し述べるまでもありますまい」
俺の言葉を聞いた途端、隆信の顔が、めきり、と音がしそうなほどに歪んだ。四天王らも程度の差はあれ、表情を険しくする。
今回の大友攻めの主力は名実ともに毛利家であり、大名としての勢力の大きさも毛利家が竜造寺家を上回る。それは竜造寺家であっても認めざるを得ない事実だろうが、しかし、だからといって他家の人間に正面からそれを指摘されれば面白くはあるまい。
ましてや窮地に陥っている大友家から遣わされてきた使者が「どうしてわざわざ毛利家に劣る竜造寺家に降伏を求めなければならないのか。お前たちのところに来るくらいならはじめから毛利家の方に行っている。その程度のことはそっちもわかっているだろう(意訳)」などと言い放てば、どれだけ温厚な人間であっても眉間にしわの一つもできようというものであった。
挑発といえば挑発である。
だが同時に、威圧的に接してきた相手に事実を指摘しただけでもある。
現状、大友家と竜造寺家を比べれば窮しているのは間違いなく大友家の方であり、ゆえにこうして講和を求めてやってきたわけだが、だからといってへつらうつもりも、おもねるつもりもない。
そのことを言外に宣言した俺は、さらに言葉を重ねた。
「現在、当家の重臣 立花道雪は筑後柳河城にあり、城主 蒲池鑑盛と共に肥前攻撃の準備を整えております。軍勢の進発は明日、早朝。我が軍はすでに筑後川を渡河する準備に着手しておりますれば、おそらくこの知らせは皆様のお耳に達しておりましょう」
言い終えた俺は竜造寺の君臣の顔に視線を走らせた。特に四天王のひとりである木下昌直の顔に。
俺が速やかに引見を許されたことからみても、竜造寺軍が筑後の動きを掴んでいるのはほぼ間違いない。問題は大友軍を率いるのが道雪どのであることまで向こうが把握しているかどうかである。これを確認するためには相手の目の前に事実を突き出し、その反応を探るのがもっとも手っ取り早いだろう。
四天王の中で一番ポーカーフェイスが不得手なのは昌直だろう、という俺の判断は奏功した。隆信と直茂は無言であり、昌直以外の四天王はそれぞれに静黙を保ったが、昌直だけは一瞬はっきりと驚きをあらわにしたのである。
その反応を見た俺は、予測を確信にかえた。
竜造寺軍は道雪どのの筑後入国を把握していなかった。となると、道雪どのがムジカに赴いた以降のこともまだ掴んでいないということになる。当然、勅使の件も、島津家や南蛮軍の動向も把握してはいまい。
視界の端で円城寺信胤が呆れたように溜息をはき、事態を察した昌直の顔が青くなっていくのをとらえつつ、俺は頭をフル回転させた。
当初――というのは、勅使として島津の陣に赴く前の話だが、俺は天城颯馬の名で竜造寺軍を訪れるつもりだった。
ありもしない後背の危険を竜造寺軍に認識させ、それをもって岩屋城の包囲を解く。
この策略を成就させるためには、どれだけ怪しげであっても勅使という肩書きが有用であると考えたからである。
しかし、島津との交渉を経て、道雪どのが筑後に入ったことで、詐術であったはずの「後背の危険」は現実のものとなった。こうなれば、あえて怪しげな勅使を名乗る必要はない。まあ雲居筑前という名前だって大概怪しいものではあるのだが、直茂や信胤と面識がある名を名乗っておけば、万一、竜造寺家が筑後の動きを把握していなかったとしても門前払いされる可能性は低くなる。
また、ヘタに天城颯馬として将軍家とのつながりを強調してしまうと、竜造寺家が態度を硬化させてしまう恐れもあった。なにしろ大友家は将軍家から九国探題に任じられた身。どれだけ中立をうたおうと、将軍家が遣わしてきた使者が大友側に肩入れしているであろうことは誰でも予測できる。
そういったあれこれを考えた末、俺は天城颯馬ではなく雲居筑前の名でこの交渉に臨んだわけだが、前述したように当初の交渉目的であった後背の危険を認識させる件については、もはやその必要はなくなった。となれば、必然的に最終的な話の落としどころもかわってくる。
これまでの俺の行動指針は「なにはともあれ岩屋城救援」だった。ともかく焦眉の急は岩屋城にたてこもる紹運どのたちを救い出すこと。その後のこと? そんなものは救い出してから考える! という状況である。
だが、今は「その後」について考えをめぐらせることができる態勢が整っている。そして、岩屋城救援の後のことを考えた場合、ここで竜造寺軍との間で本格的に戦端を開いてしまうと非常にまずいのである。何故といって、大友と竜造寺、最終的にどちらが勝つにせよ、最後に毛利に漁夫の利をさらわれることが火を見るより明らかだからだ。
おそらく、というか間違いなく、この危険は竜造寺家も認識している。
毛利軍の手に落ちた宝満城に対し、竜造寺軍が浅からぬ警戒ぶりを示していたことは吉継から聞いている。くわえて、高橋や秋月といった毛利の与党を合わせて四万近いと考えていた岩屋城の攻囲軍が、その実、竜造寺勢二万のみであった事実からも毛利と竜造寺の関係を読み取ることは難しくない。
推測するに、竜造寺家としては毛利家と結びつつ速やかに大友領に侵攻し、毛利家に介入の余地を与えずに勢力を拡大させるつもりだったのだろう。
だが、宝満城は毛利軍に奪取され、岩屋城は落ちず、このうえ本国である肥前を荒らされてしまえば勢力の拡大など絵に描いた餅に過ぎない。それどころか、毛利家は大友、竜造寺の死闘を横目で眺めつつ、悠々と兵を展開して大友領を侵食できるわけで、竜造寺家は徹頭徹尾、毛利家に利用されっぱなしということになる。泣きっ面に蜂どころの騒ぎではあるまい。
竜造寺家が心底から毛利家に従属するつもりであればいざ知らず、そうではないのなら、共倒れの危険を指摘して兵を退かせることは不可能ではない。
そのために必要なことは、大友家にはまだまだ戦い続ける余力が残っているのだ、と証明することであった。
一朝一夕に大友家を倒すことは不可能であり、それを為そうとすれば泥沼の消耗戦になる。そうなれば、背後で虎視眈々と爪を研ぐ毛利家にすべてを奪われてしまう――その認識を竜造寺家に植えつけるために、俺はこの交渉に臨んでいた。
「改めて申し上げるまでもございませんが、貴家があくまで岩屋城を落とさんと望まれるのであれば、我が軍は肥前に攻め入ります。岩屋城を得ても、引き換えに本国を失う結果もありえますが、それでもなお戦いを続けるおつもりですか?」
俺の言葉を聞いた隆信は忌々しげに鼻息を荒くした。
「ふん、いかにも大仰な言い様だが、貴様らが筑後で動かせる兵など万に届くまい。攻めたければ攻めるがよい。こちらは明日にも岩屋城を攻め落とし、返す刀で肥前に攻め込んだ者どもを皆殺しにしてくれよう。そもそも、足の動かぬ道雪めが十重二十重に取り囲まれた立花山城からどうやって抜け出したというのだ? 戯言も大概にせい」
「殿の仰るとおりだぜッ! こんなことで俺たち竜造寺をだませると思うなよ!」
寸前の失態を糊塗しようとしたのか、木下昌直が威勢よく主君に唱和する。
俺は一呼吸置いてから隆信の疑問に応じた。
「確かに足の不自由な道雪が立花山城から脱出するのは困難を極めます。しかし、今現在、道雪が筑後にいることはまぎれもない事実でござる」
「だから、それは無理だって殿が仰ったばかりだろうが!?」
「無理ではございませんよ。道雪が城を出たのは毛利軍が城を囲む前だった。ただそれだけのことでございますゆえ」
「……お、う? そ、そうか、それなら確かに問題ないな!」
力強くうなずく昌直。
それを見た四天王たちは、駄目だこいつ、と言わんばかりに一斉にげんなりした顔になった。
ほとほと呆れた、といった様子で円城寺信胤が口を開く。
「はぁ……そこで納得してどうするんですの、木下さん?」
「い、いや、でもよ胤さん。毛利が来る前に城を出たなら、筑後に入るのは簡単だろ?」
「それは確かに簡単ですけれども」
もうひとつ溜息をついてから、信胤は噛んで含めるように話しだした。
「それ以前に、遠からず毛利軍が押し寄せてくることがわかりきっているこの時期に、立花どのが筑前の要たる立花山城を留守にして筑後にやってくるなんて不自然きわまりないですわ。まして岩屋城がわたくしたちに囲まれて半月近く、立花山城にいたってはそれ以上の間、毛利軍に攻囲され続けているんですのよ。それだけの間、あの鬼道雪が一兵も動かさずに筑後で沈黙を保っていたなんて、どう考えてもおかしいと思いませんこと?」
それを聞いた昌直が勢いよく膝を打つ。
「おお、なるほどなッ! やいやい、これに――」
「これに関してはどのようなお答えをいただけるのでしょうか、雲居どの?」
信胤の視線が俺に向けられる。昌直に任せていると話が進まない、と判断してのことだろう。
言葉を奪われた昌直が空しく口を開閉させるのを横目で見ながら、俺はあっさりと視線を信胤に移した。
これは昌直を軽んじてのことではない――いや、これは本当に言葉どおりの意味である。
昌直のような人間は次の瞬間に話がどこに飛ぶかわからず、かえってこちらが混乱してしまいかねない。その点、信胤が相手ならば理詰めで話を進めることができるので、信胤相手の方がこちらにとっても都合がいいのである。
もっとも、信胤は信胤でおっとりしているのは見かけだけ、迂闊なことをいえば即座に喉笛を食いちぎられてしまう厄介な相手なのだが。
「疑念はごもっともですが、これも答えは簡単です。道雪は城を出た後、筑後ではなく日向に赴いたのですよ。ムジカに攻め寄せていた島津軍を撃退するために」
俺は警戒心をあらわにしないよう、極力語調をかえずに信胤の問いに応じた。
同時に、俺の言葉に対する相手の反応にも注意を払う。
竜造寺家にしてみれば、この内容はとても聞き捨てにできるものではないはずだった。
大友家が島津家とも矛を交えていることは周知のことであり、そこは問題ではない。島津軍は規模において毛利軍に及ばないが、なにしろ主君である宗麟さまが直接に相対している敵である。ムジカを抜かれてしまえば大友家の本国である豊後が危険に晒されることもあり、道雪どのが筑前を失う危険を冒してまで救援に赴くことは不自然ではない。ゆえに、これも問題にはならない。
問題なのは、宗麟さまの救援に赴いた道雪どのが、今現在筑後にいる、という事実そのものだった。
それは、一月に満たない時間で島津家という脅威を完全に排し、宗麟さまと豊後の安全を確保してからでなければ採ることができない選択肢だからである。
もちろん、それらは俺が語る言葉すべてが事実であればの話。
そして、戦時における敵国の使者の言葉を鵜呑みにするほど間抜けなことはない。そのことはこの場にいる誰もが承知していた。
だから、俺は自分の言葉が虚偽ではない証を示す。その証は油紙に包まれて俺の懐に入っていた。
◆◆
いかにもつまらなそうに書状の中身をあらためた瞬間、隆信の目がくわっと見開かれた。
「将軍の調停、だと!?」
「は。大友、島津の両家は将軍家の調停を受け入れ、講和を結びました。それゆえに道雪は後顧の憂いなく筑後に入ることができたのです。同時に、豊後でも筑前救援に向けた大軍の編成が始まっておりますれば、遠からずそちらの援軍もこの地にやってまいりましょう」
俺が語る間にも書状は順々に諸将に手渡されていく。さすがの四天王たちもこれには驚きを隠せない様子であった。
そんな彼らに対し、おしかぶせるように俺は更なる言葉を投げかける。
「貴家が筑前に攻め入るに際して、もっとも気にかけておられたのは筑後の動きであったと拝察いたします。かの地の動きを封じる手立ては幾重にも打たれておいでのはず。事実、つい先ごろまで筑後の我が軍はまったく身動きがとれませんでした。その状況がどうして短時日で一変したのか。それを考えれば、道雪の筑後入国の真偽はおのずと明らかではございませんか」
あらためて言うまでもなく、俺の台詞には多少(?)の誇張が含まれている。しかし、まったくの虚構というわけでもない。
現在の竜造寺家に、俺が使い分ける事実と誇張の見分けができる人間は存在しないはずだった。何故なら、それをするためには九国南部における情報を知悉している必要があるからだ。竜造寺家が南部の情勢を把握していないことは、道雪どのの所在を掴んでいなかったことからも明らかである。
たとえ鍋島直茂であっても正確な情報なしに正答を導き出すことは不可能であろう。
――もっとも。
だからといって、俺の話に疑問を差し挟む余地がないわけではないのだが。
「雲居どの、あなたの仰ることには訝しい点が幾つかあります。そのひとつは島津家の動きです」
案の定というべきか、ここにきてはじめて鍋島直茂が動く。
鬼の面をかぶった竜造寺の軍師は、射抜くような視線で俺を見据えた。
「島津家が現時点で大友家との講和に応じるとは思えません。現在の筑後の動きは、あなたが口にした立花どのの動きを肯定していると推測できますが、それでもなお信じがたい」
道雪どのが筑後に入国したことを知れば、大友家に敵意を抱いている者たちは容易に動くことができなくなる。つい先日までまったく身動きがとれなかった蒲池鑑盛が、急に兵を動かせるようになった理由はそれで説明がつく。
そして、道雪どのが筑後に出てきた以上、大友家が抱える後背の不安――島津の脅威は取り除かれたと推測できる。つまり筑後の現況は、島津と大友の講和を間接的に証明することにつながるわけだが、そこまで考えてなお講和が結ばれたことが信じがたい、と直茂は言う。
「――昨今、南蛮神教を掲げる大友家の動向は他家にとって害悪しかもたらしておりません。南蛮神教を否定する島津家にとっては尚のことそのように映っているでしょう。島津家にとって、今日という日は大友家を討ち果たし、悲願である三州統一を成し遂げる千載一遇の好機に他ならないはずです。その好機を、たとえ勅使が至ったにせよ、島津家が見過ごすとはとうてい考えられないのです」
静かに断定した直茂は、そこでいったん言葉を切ると、低い声音でこの場に新たな事実を投げ入れてきた。
「もし、島津家が講和を受け容れたのだとすれば、それは受け容れざるを得なかったからだと考えるべきでしょう。原因として考えられるのは、薩摩沖に現れたという異国の艦隊です」
それを聞いた途端、俺は無意識のうちに眉を動かしていた。
「……はやご存知でしたか」
「先ごろ、薩摩沖に五十隻とも百隻ともいわれる南蛮船が大挙して襲来した、そういう噂が肥前各地の港で盛んに語られていると佐賀城からの知らせにありました。にわかに信じがたい話でしたが、大友家と南蛮の蜜月は知らない者がおりません。大友家と対峙する島津家の背後を南蛮軍が突く、そんな作戦が実行されることもないとはいえないでしょう」
南蛮軍と大友軍が手を組んだとすれば、島津軍は大友軍と南蛮軍に挟撃される形となる。主力が出払っている薩摩の防備は薄く、そこを南蛮軍に突かれれば島津軍は対応に苦慮せざるをえない。島津家もまさか異国の軍勢が攻め込んで来るとは予測していなかったはずであり、将兵はもとより民衆の動揺も計り知れないだろう。
そんな戦況で勅使が到来し、講和を切り出したとすれば、島津家が大友家と講和を結んだとしても不思議ではない――それが直茂の主張だった。
この直茂の考えにはいくつかの誤解が混ざっている。特に薩摩に攻め込んだ南蛮艦隊については、大友家はまったくその存在を把握していなかった。むろん、勅使の件もそうである。把握していない事柄を戦略に組み込めるはずがない。
だが、その一方で大友家と南蛮が密接な関係にあったこと、日向侵攻において南蛮の(正確には南蛮神教の)有形無形の援助があったことは事実である。
そのあたりをいかに説明するべきか、俺にとっては非常に頭の痛い状況だったが、しかし、ある意味でこの直茂の誤解は好機でもあった。
あえてこのまま直茂の誤解をうけいれ、あたかも大友家が南蛮の戦力を味方につけたように見せかけることができれば、竜造寺家の判断の秤は一方に大きく傾くだろう。
事の真相は遠からず明らかになってしまうが、今この場にかぎっていえば、こちらが主導権を握ることができる。別にこちらが誤った解答に誘導したわけではなく、相手が勝手に誤解しただけであるからして、文句をいわれる筋合いもない――
(と、いうわけにはいかないか)
俺は内心で肩をすくめた。
ここで直茂の誤解に乗じるということは、大友家が異国の軍勢を日ノ本に招き入れたことを認めることと同義である。
ただでさえムジカの建設で面倒きわまりないことになっているのに、この上、俺が公の使者として直茂に言質を与えてしまえば、たとえ今回の危機を回避できたとしても、後々どう利用されるかわかったものではない。
一時的な利に惑わされ、将来の衰退の因を作るわけにはいかなかった。
そこまで考えた俺は、ふと疑問を覚える。
今しがたの直茂の台詞は、本当に「誤解」に基づいたものであったのか、と。
知らず、視線が直茂の方を向く。
鬼面の両眼からのぞく眼差しに底知れぬ奥深さを感じるのは、はたして俺の気のせいなのだろうか。
もしかしたら、俺は危ういところで陥穽を避け得たのかもしれない。
――ただ、直茂の意図がどこにあったにせよ、南蛮軍の存在を竜造寺側から口にしてくれたことは俺にとってありがたかった。自然に話をそちらに向けることができる、という意味で。
「どうも誤解があるようですので、訂正させていただきます」
俺の口から南蛮関係の話を切り出せば、どうしたって向こうに警戒されてしまう。それが大友家にとって都合の良い情報であれば尚のこと、竜造寺側は語られる内容に不審を抱くだろう。
だが、直茂が口した情報を補足する分には過度に警戒されることはあるまい。少なくとも不自然さは薄れるはずである。好機といえば、これこそ好機であった。
「これまでの行いから推して、南蛮軍を招き寄せたのが当家ではないかと疑われるのは致し方ないことと存じます。しかしながら、こたび南蛮軍を招き寄せたのは当家ではございません」
直茂だけでなく、他の竜造寺家の君臣の脳裏に刻み付けるように、俺はゆっくりと『元凶』の名を口にした。
「日ノ本の地に南蛮軍を招き寄せた者の名は、ガスパール・コエリョ。この者、南蛮神教の有力者であり、薩摩における布教の責任者でもありました。先ほど鍋島さまが仰っていたように、島津は南蛮神教を公に否定しておりますれば、かの地における布教は遅々として進まず、そのことにたえかねたコエリョが教会を通じて南蛮本国に島津討伐を要請したのです」
「……ガスパール・コエリョ。聞かぬ名だが、その者が南蛮軍を招き寄せたというのは確かなことなのか?」
腹の底に響く重い声の主は成松信勝だった。
淡々とした問いかけの中にも無視できない威が感じられる。直茂が鋭利な打刀だとすれば、こちらは肉厚の野太刀といったところだろうか。
直茂のそれとはまた違った重厚な圧迫感を覚えつつ、俺は信勝の問いに応じた。
「はい。講和の席で家久さま――島津の末の姫のお名前ですが、この方からうかがったことでございます。どうやら島津家の方々は、ある程度コエリョの動向を把握しておられたようですね。大友家と矛を交えつつも後背の備えは怠っておらず、薩摩において激しい攻防が行われた由。数が数なのでかなりきわどい戦いであったようですが、最終的には島津軍が勝利し、多くの船と兵を失った南蛮軍は撤退。元凶たるコエリョは一旦は捕縛されたそうです。ただ――」
いったん間を置き、聞き手が十分に情報を咀嚼するのを待ってから続ける。
「これも家久さまからうかがったことですが、コエリョは南蛮宗徒の手助けによって薩摩を脱出したとか。本国への逃走を目論んでいるのか、あるいは再び艦隊を招き寄せる準備に入ったのかはわからないが、いずれにせよこれを捨て置くことはできぬ、と家久さまは仰っておいででした。すでに追討の用意も整いつつあるとのことでしたので、大友家との講和が成った今、近いうちに島津軍は再び動くやもしれません。その向かう先として、家久さまが挙げておられた地名は――」
「肥前日野江城の主、有馬義貞どのの領地」
そう口にしたのは信勝ではなく、直茂である。
俺はわずかに目を瞠った後、こくりとうなずいた。
「仰るとおり、コエリョが逃げ込む先として家久さまがもっとも注意を向けておられたのが日野江でした。有馬どのは南蛮神教に寛容な方であり、南蛮との関係も良好で、異国との交易も盛んに行っておられると聞き及びます」
「コエリョとやらが逃げ込む先として日野江を選んでも不思議はない。いえ、むしろ格好の逃げ場所である。そういうことですね」
直茂の言葉は穏やかであったが、その視線は俺の面上にひたと据えられたまま動かない。
まるで喉下に刃を突きつけられているような息苦しさを覚える俺の耳に、直茂の静かな声が滑り込んできた。
「日野江における募兵の知らせはこちらも把握しています。今の日野江に攻め込む勢力がいずれにありやといぶかしく思っていましたが、なるほど、そういうことでしたか。南蛮艦隊の噂といい、突如動き出した筑後の大友軍といい、乱れ飛ぶ知らせの真相を掴むことは容易ではないと考えていましたが、めぐりめぐってすべてが繋がっていきますね。いささか出来すぎであるように思えてなりません。まるで何者かが、一つの意図をもって事を企てたかのようです」
どこか探るような直茂の物言いに、俺は首をかしげた。
「南蛮までが出張ってきたこたびの戦を、すべて司ることができる者などどこにもおりますまい」
「確かに並の者には為しえぬことでしょう。しかし、実際にそれを疑うに足りる状況があるのであれば、考慮するのは当然のこと。古の張良、陳平の輩が戦国の世にあらわれることもないとはいえますまい」
「さて、それほどの慧眼の主がはたして今の世におりますかどうか。毛利元就公の噂がまことであればあるいは、とも思いますが」
漢の高祖に天下をとらせた智者の名前を持ち出した直茂に対し、俺は世情でもっとも名高い智者の名前を出して応じてみせた。
直茂が張良らの名前を出したのは、俺の策動を察してあてこする意図があったと思われる。それに対して、俺はそ知らぬ顔で毛利の存在を匂わせてみたわけだが――うん、これはちょっとばかりわざとらしかったかもしれない。
鬼面に覆われていない直茂の口角がかすかに持ちあがるのが見える。それは苦笑と呼ばれる類の表情の一部だった。
(――ふむ)
俺は内心で腕組みして考え込んだ。
ここで苦笑が出るということは、直茂は俺の話の行き着く先――毛利家に漁夫の利を得られたくなければ大友家と講和を結ぶべき――をとうに読んでいるということだろう。
となると、これ以上話を続けても意味がない。さっさと結論を口にするとしよう。どのみち口先だけで終わる話ではないのだ。次の幕に進むためには、今の演目を終わらせなければならない。
「話を戻させていただきます。それがしがこの場より去るということは、我が軍の肥前侵攻が始まるということ。さきほど、隆信さまは岩屋城を落とし、返す刀で肥前に攻め込んだ部隊を皆殺しにすると仰いましたが、今日までの戦で傷つき、疲弊しているのは我が軍のみにあらずと拝察いたします。城攻めで消耗した軍をもって、立花道雪と蒲池鑑盛、両名が率いる大友軍を一戦で叩きのめせるとはお考えにならない方がよろしいでしょう」
別段、威圧するでもなく、平静な口調で俺はそう述べた。事実を口にするのに強がる必要はない。
むろん、だからといって大友軍が必ず勝つ、などというつもりはない。
肥前での戦いが、地の利と兵力にまさる竜造寺軍に有利であるのは万人の目に明らかである。
だが――
「肥前に攻め込んだ我が軍を討ち果たし、勝利を得たとしても、それは肥前一国を平らかにしたというだけのこと。その頃には、毛利家は立花山城、宝満城、古処山城を中心として筑前を確固たる勢力圏に加え、さらに筑後、豊後にも侵攻の手を伸ばしているでしょう。竜造寺家が肥前の全土を制したとしても、中国地方の大領に加えて九国北部を得た毛利家の勢威にあらがうことは不可能と申し上げざるをえません」
竜造寺軍が肥前で死闘を繰り広げている間、毛利軍がそれを援護してくれる可能性もないわけではない。
だが、その可能性が低いことは俺が口にするまでもあるまい。
逆の立場で想像すれば簡単にわかる。もしも毛利軍と大友軍が激戦を繰り広げることになった場合、竜造寺軍は毛利軍に援軍を派遣するだろうか。いずれ必ずぶつかることになる相手を援助するよりは、手薄になった大友領に侵攻する方を選ぶのではないか。
「――すなわち、これ以上の大友攻めは、ただ毛利家を肥らすだけの結果に終わること、火を見るより明らかと申せましょう。貴家の志が今後とも永く毛利家の驥尾に付すことにあるならば知らず、九国の覇者たらんと欲するのであれば――やがては天下へ挑まんという気概をお持ちなのであれば、これ以上の岩屋城攻めはその志をみずから断ち切ることに等しいと、そう思し召されませ」