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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:fbb99726 前を表示する
Date: 2014/03/14 23:46

 豫州汝南郡 汝陽


 その日、張機は非常に機嫌が悪かった。
 汝陽に戻るやいなや、腹部を刺された于麋の治療に駆り立てられたのはまだいい。それが終わると、今度は休む間もなく件の重傷患者の処置にとりかからねばならず、寝台に入れたのが朝日が昇る時刻であったのも、まあいいだろう。
 ようやく眠りに落ちたと思ったら、一刻と経たないうちにたたき起こされ、城に侵入したという曲者を治療させられたのも我慢しよう。
 その人物が顔見知りであったことは驚いたが、窄融に事情を問いただしている暇はなかった。全身を滅多打ちされたとおぼしき彼女は、それこそ息も絶え絶えの状態だったからだ。


 張機の機嫌の悪さは、寝不足や疲労ではなく、この患者――馮則と名乗った少女の傷の状態にあった。それこそ顔をのぞいて全身がはれ上がったような状態であるにも関わらず、骨や筋にはほとんど異常が見られなかったのである。
 切り傷や刺し傷もあるが、これも致命的な部位は巧妙に避けている。
(何かを聞き出すために痛めつけたんじゃなくて、痛めつけるために痛めつけたって感じよね)
 当面の処置を終えた張機は、馮則の顔を見ながらそう思った。
 顔に傷はないといっても、負傷の影響が及んでいないわけではない。全身の傷口が発する熱のせいだろう、顔や首筋は不自然に紅潮しており、むくみもひどい。正直、昨日別れた少女と同一人物とは思えない様相だった。


「思っていたより、ずいぶんと早い再会になったわね」
 張機がぼそりと呟くと、それまで寝台の上で身動ぎせずに横たわっていた馮則がゆっくりと目を開ける。
「……お互い、健やかに……というわけには、いきません、でした、ね」
 声はひどくかすれ、今にも宙にとけてしまいそうだったが、張機を見る藤色の瞳は不思議なほどに強い光を放っている。
 張機はそれにはこたえず、水を含んだ布を馮則の唇に軽く押し当てた。今の馮則の状態では、起き上がらせても杯から水を飲むことができないため、こういう形で水分を補給しないといけない。


 口の中が潤ったせいか、次に発された馮則の声は、先のそれより幾分か滑らかだった。
「……お世話をかけます、と云ってもいい、のデスかね……? 実は、仲の拷問係だったり、しますか?」
「私はただの医者よ――今のあなたにとっては治療も拷問も大差ないでしょうけど」
 窄融が馮則を治療させたのは、もう一度痛めつけるためだろう。健康を取り戻すためではなく、拷問を加えても死なないだけの体力をつけさせるための治療。これも張機が不機嫌になっている理由のひとつだった。


 馮則は張機の言葉の意味を理解したようだったが、特に驚いた様子は見せなかった。
「そうデスか。まあ……城に忍び込んで、高官を暗殺しようと、したのデス……手足の腱を斬られ……慰み者にされたところで、文句を云える立場では……ありません」
 それを思えば、全身を痛めつけられる程度はマシな待遇といえるだろう。
 そう呟くと、馮則は大儀そうに息を吐き、そっと目を閉ざした。今の短い会話も相当に苦しいものだったのだろう。


 馮則は眠りについたわけではなかった。というか、この傷では眠ろうにも眠れない。絶え間なく続く痛みと熱、吐き気に苦しみながら、意識を保ち続けるしかない。
 それでも馮則が苦悶をかみ殺して張機と言葉を交わしたのは、慈悲や情けを請うためではもちろんなく、自分がこうなったのは自業自得だと伝えるためであった。
 張機はそのことを察したが、それについては特に何も云わず、馮則の顔に浮かび上がった汗を一見無雑作に、その実、丁寧に拭いとっていった。



◆◆



 部屋の扉が荒々しく開け放たれたのは、それから一刻ほど経ったときだった。
 ちょうど馮則に水を含ませていた張機は、鋭すぎるほどに鋭い眼光で闖入者を睨みすえた。
「重傷者の治療中よ。入室禁止にしていたはずだけど?」
「うるせえ、お前の命令を聞く義務はねえよ」
 そう云って部屋に入ってきたのは于麋だった。
 于麋は窄融に対する時と、それ以外の人間に対する時とでは態度をかえる。おまけに張機のことは目の仇にしている。吐き捨てるような言葉遣いはいつもどおりのことであった。


 ただ、いつもより声に力がなく、顔色も悪い。傷が疼いているのか、左手で下腹部をおさえている。
 それでも于麋がこの部屋を訪れた理由は――
「どきやがれ、野巫(やぶ 田舎医者の意)。そいつの腹を抉って、腸を引きずり出してやるッ」
「はいわかりました、なんて云うはずないでしょう。はやく部屋に戻って横になっていなさい。ただでさえ無茶をしたのに、これ以上身体を酷使すれば本当に死ぬわよ」
「うるせえっつってんだろ! そこをどけッ」
「断るわ。その様子だと、夜にまた熱が出る。私を野巫だと云うなら、別の医者に薬をもらって安静にしていなさい」


 于麋は張機の忠告に応じなかった。もう言葉をしゃべるのも億劫なのか、黙って右手で剣を抜く。
 血走った両眼からは害意が滴り落ちており、張機は相手が本気であることを悟らざるを得なかった。
(多少の護身術なら心得ているけれど……)
 護身はあくまで護身。負傷しているとはいえ、于麋のような武人を取り押さえることは難しい。
 ゆえに、張機は虎の威を借りることにした。


「この患者を治療しろと云ったのは虎賁校尉よ」
 虎賁校尉というのは窄融の官名である。
 それを聞いた途端、于麋の顔にわずかに動揺が走る。知らなかったというより、興奮のあまり失念していた、と張機の目には映った。
 それでも于麋は表情を歪めて云い返してきた。
「無碍さまは、そいつが招聘に応じぬときは殺せと仰った。俺は命令に従っているだけだ」
「城へ侵入した者を私に預けた。その意味を汲み取れない人間を、虎賁校尉はどう思うのかしらね?」


 ギリ、と室内に歯軋りの音が響く。
 剣の切っ先が闖入者の内心の激情を示すように激しく震えたが、それでも窄融の不興を被ることは避けたかったようで、于麋は舌打ちと共に剣を収めた。
「……野巫、そいつを死なせることも、逃がすことも許さねえぞ。もしそんなヘマをしたら、俺がお前の首を掻き切ってやる」
「精々気をつけるわ。気が済んだなら早く出ていきなさい」
 じろりと張機が睨むと、于麋はもう一度音高く舌打ちした後、足音あらく部屋を出て行った。




 于麋の足音が廊下から聞こえなくなった頃、寝台の上から小さな声が発された。
「……やっぱり……お世話をかけます、と云うべきデスね……」
 馮則が黙っていたのは、自分が会話に割り込むと余計に抜き差しならない事態になると判断したからである。
 そのことに気づいていた張機は軽く肩をすくめた。
「気にしないで。よくあることだから」
「……今のが、よくあるというのも……こわいことデス……」
「本当にね」
 そう云いながら、張機は馮則の額に乗せていた手拭いをとった。先ほどかえたばかりなのだが、馮則の発する熱でもう暖かくなってしまっている。
 手拭いを水桶にいれて絞り、再び馮則の額へ。その後、張機は水桶を抱えて部屋を出た。すっかり温くなってしまった水を入れ替えるためであった。





 幸いというべきだろう、それから数日は何事もなく過ぎ去った。
 馮則の状態も大分落ち着きを取り戻しており、顔のむくみもおさまってきている。張機の治療の賜物、というよりは馮則の体力、回復力の為せる業だろう。
 ただ、回復が順調であるということは、それだけ次の拷問が近づいているということで、その点が張機にとっては頭痛の種だった。
 馮則は自業自得だ、という意味のことを云っていたし、実際、城への潜入と暗殺未遂という罪状は斬り殺されて当然のもの。背後関係を聞き出すために拷問を加えるのは、何もおかしいことではない。


 この点、もともと官吏だった張機はかなりシビアだった。
 それでも馮則のことを気にかけてしまうのは、やはり仲という国に対する嫌悪感が拭えないせいだろう。
 張機自身、仲の禄を食んではいないが、協力していることは間違いない。というより「禄を食んでいない」という言い訳を用意している時点で、口では何と云おうとも、心底で割り切れていないことは明白であった。



 と、物思いにふけりながら城内を歩いていた張機の耳に、強く尖った声が突き刺さる。
「仲景!」
 その声を聞いた瞬間、張機はげんなりとした。
「……また厄介なのが」
 相手に聞こえないように小声で呟き、声のした方に向き直る。
 案の定、そこには楊松の姿があった。いつの間にか汝陽に戻っていたらしい。めずらしく仮面の兵士の護衛を連れていないのは、馮則の侵入と関わりがあるのだろうか。


 そんな疑問を覚えた張機は、近づいてくる楊松の顔を見て溜息を吐いた。
 そして、内心で断定する。
(どう見ても、関係あるわね)
 いつもどおり、やたらと黄金で身体を飾った少年の頬は、一目でそれとわかるほどに痛々しく腫れ上がっている。この城内で窄融と対等の口をきく楊松にこんな振る舞いをする者は存在しない。殴ってやりたい、と思っている者はかなり多そうだが。


 そんな張機の内心を知る由もなく、楊松はことさらゆっくり歩み寄ってくると、居丈高に言葉を突きつけてきた。
「仲景、お前、無碍から侵入者の治療を命じられているそうだな。オレと代われッ」
「お断りよ」
「なんだとッ!?」
 楊松が目を剥いた。
 そんな楊松に対し、張機は淡々と応じる。
「虎賁校尉は私にあの患者を治せと云った。あなたに治療を引き継げとは云われていないの」
「そんなことはオレの知ったことじゃない。いいからオレの云うとおりにしろ! オレは無碍と対等の関係を認められているッ」


「何か勘違いしているようだけど――」
 張機は鋭い視線で楊松を睨みつけた。窄融や于麋を前にしても一歩も退かない張機である。その眼光をまともに浴びて、楊松は目に見えて鼻白む。
「あなたと虎賁校尉の関係は、あなたと虎賁校尉の関係でしかない。私があなたに従わなければならない理由はないのよ」
 窄融が自分と楊松を同等に扱えと命じたわけでもない。窄融に従う者たちが楊松に従わねばならない理由はないのである。


 とはいえ、張機は楊松の医術の腕前は素直に認めている。特に鍼灸術に関しては足元にも及ばないと自覚していた。張機も鍼灸術の心得がないわけではないのだが、楊松のそれに比べれば子供だましの域を出ない。
 だから、動機はどうあれ、楊松の目的が馮則の治療にあるのであれば、引継ぎに関しても考慮くらいはするのだが、今の楊松を見れば、その目的が治療以外にあることは明白であった。その理由が姿の見えない告死兵と、腫れ上がった頬にあることも、また。


(たった一人でどれだけ暴れたのよ、あの人は)
 馮則が何のために窄融を殺そうとしたのかは知らないし、窄融が馮則をこれからどうするつもりなのかもわからない。張機にわかるのは、馮則がいま自分の患者であるということだけ。そして、それだけで十分だった。
 于麋や楊松のように、患者に恨みを抱く人間を患者の近くに近づけさせるつもりはない。
 短い旅の道連れとなった縁を重んじてのことではなかった。これが顔も名前も知らない人間であったとしても、張機はまったく同じことをしただろう。



 冷然とした張機の態度に業を煮やしたのか、楊松は顔を険悪に歪め、罵声を発しようとする。
 しかし、楊松が口を開くより一呼吸だけ早く、汝陽城内に騒々しい銅鑼の音が響き渡った。
 これには楊松も驚きを隠せず、寸前までの怒気を引っ込め、怪訝そうな顔で周囲を見回す。
 この銅鑼の音が、陳都襲撃部隊の帰還を知らせるものであると二人が知ったのは、それから間もなくのことであった。



◆◆



 于茲、焦已らが汝陽に運び込んだ剣や槍、弓矢に甲冑、そして何より数千を数える大量の弩は汝陽の仲軍――というより窄融軍の軍備を飛躍的に強化した。
 一方で、郭萌、曹性らの部隊が命令を無視して陳都に留まったこともあわせて伝えられたが、これに対して窄融は皮肉げに口元を歪めただけであった。おそらくは想定した動きだったのだろう。


 ただ、それから遅れること数刻。
 汗血と砂塵にまみれた陳都からの使者がもたらした報告を聞いたとき、窄融の反応は先のそれとはわずかに異なった。右の眉をはねあげたのである。
 陳都が曹操軍によって奪還された、という報せであった。




「――そうか、わずか一戦で我が軍は蹴散らされたか」
 陳都陥落の詳細を聞いた窄融は、そう云って何事か考え込むように目をつぶる。
 使者は無念そうに応じた。
「はッ、郭司馬は敵将 夏侯惇によって討ち取られました。佐の曹さまは敵軍に捕らえられ……生死は定かではございませんが、こちらもおそらく――」
「討たれていよう。しかし、夏侯惇が出てきたか」


 今回の陳都襲撃には幾つかの目的があったが、そのうちのひとつが曹操の出方を確かめるというものだった。
 曹操のことだ。いかに河北のことで手一杯であっても、南に対する備えを怠っているとは思えない。陳国を突けば、そのあたりの備えを確かめることができる。窄融はそう考えたのである。
 この早さで夏侯惇が出てきたということは、おそらく仲との国境付近にあらかじめ部隊を展開していたのだろう。長平県の陳羣は、陳の国相である駱俊が曹操に請うて県令に迎えた人物であり、この陳羣から汝陽の動静が伝わっていたのかもしれない。


 ともあれ、曹操軍が陳都を奪還した上は、あの城市の復興は曹操の手に委ねられたことになる。略奪で荒れた今の陳都をおさえても旨味はないが、かといって偽帝の軍に荒らされた城市と住民を見捨てれば、朝廷と、朝廷を主宰する丞相の名に傷がつく。ゆえに曹操は陳を放り出すことができない。
 これで夏侯惇とその部隊はしばらく陳から離れられなくなった。
 それはつまり、許昌の守りがまたひとつ薄くなったことを意味する。



「――頃合か」
「は?」
 窄融の呟きに使者が怪訝そうに反応するが、それに対して窄融は煩わしげに右手を振った。
「報告、ご苦労。下がれ」
「は、はい、かしこまりました……あの、窄校尉、城主さま(汝陽城主 袁嗣)にもご報告申し上げたいのですが、いずこにおいででしょうか?」
 使者が訝しげに訊ねると、窄融は「不要」と短く応じた。
「城主は郭、曹の二将が汝陽を出て以来、病で伏せっておられる。報告は私からしておこう」
「……は、かしこまりました」
 そう応じた使者の目には、わずかながら疑惑の色がちらついていた。


 先刻から窄融は汝陽城主の席に座っているが、その席は本来袁術から汝陽の城主に任じられた袁嗣のもの。袁嗣が病に倒れ、窄融が代理として汝陽をとりしきっているのだとしても、一校尉が城主の席に座るのは僭越というものではないか。
 使者はそう思ったが、しかし、それを口にしようとはしなかった。窄融の来歴を知る使者は、それを口にすれば身の破滅であることを理屈ではなく直感で理解していたのである。





 それからしばし後。
 窄融は自身の部屋に直属の部下と楊松を集め、開口一番云った。
「劉協を殺す」
 仮にも四百年の間、中華帝国を支配してきた漢帝の名を呼び捨てにし、なおかつこれを殺す、と明言する窄融。
 これに対し、集まった者たちは顔色一つ変えずにうなずいた。正確にいえば、楊松は興味なさげに聞き流しただけであり、もうひとり、劉遙の子である劉基は顔色を蒼白にしていたが、劉基に関しては窄融の部下というより慰み者に近く、窄融はもちろん于麋や于茲、焦已といった他の部下たちも劉基の反応を一顧だにしなかった。


 于麋が勢い込んで進み出る。
「無碍さま、俺が行きますッ」
 先ごろ馮則に不覚をとった于麋は汚名返上を期して名乗りをあげたのだが、これに対して窄融は首を横に振った。
「于麋、今のお前の役割は一刻も早く傷を治すことだ。汝陽に留まれ」
「――しかしッ」
「……姉さん」
 何かを言い返そうとした于麋を、于茲がそっと押さえる。
 それで「窄融の命令に反抗しようとした」事実に思い至った于麋は、狼狽をあらわにして頭を下げた。


 窄融は自身の命令に反駁する部下を好まない。明確な根拠があってのことなら耳を傾けるくらいのことはするが、ただ己の感情にあかせて食ってかかってくる部下を窄融がどのように遇するか、想像するまでもなかった。
「も、申し訳ございません! ご命令どおり、俺は汝陽に残ります」
 その于麋の後頭部を冷然と見下ろしながら、窄融は言葉を続ける。
「汝陽に留まり、于茲、焦已と共に我が兵を束ねよ。指揮はお前に任せる」
「――は、はい! お任せくださいッ」
 叱責を覚悟していたところ、思いがけない大任を与えられ、于麋は声を弾ませた。


 一方、于茲の方はやや顔色を曇らせていた。姉を羨んでのことではなく、窄融の言葉が意味することに気づいたためである。
「……無碍さま、許昌襲撃の指揮をご自身でお執りになるつもりですか?」
 無言でうなずく窄融を見て、于茲は率直に自分の意見を具申した。
「危険です。無碍さまは汝陽に残り、許昌には蚩尤を送り込むだけでよろしいのではないかと愚考します。蚩尤だけでは心もとないと仰せであれば、私が参ります」
 その于茲の言葉を聞いて、于麋は顔をあげた。
 自分に総指揮を任せると口にした窄融の真意にようやく気づき、慌てて妹に同意する。
「茲の云うとおりです! 無碍さまが危険を冒す必要はないでしょうッ」


 窄融は姉妹の進言を右手の一振りで退ける。 
「まがりなりにも一国の都に潜入し、皇帝を殺そうというのだ。滅多にない催し、高みの見物を決め込むのは惜しい。案ずるな、私は撹乱の指揮を執るだけだ。宮中には蚩尤と告死兵を送り込む」
 その窄融の言葉を聞き、それならば、というように于茲は引き下がった。于麋もまた不承不承口を閉ざす。



 次に口を開いたのは楊松だった。
「で、無碍。俺をこの場に呼んだのは告死兵に秘術を施すためか?」
 つまらなそうに口を開いた楊松に対し、于麋と于茲が尖った視線を向ける。
 窄融と対等の口をきく楊松のことを、姉妹は心の底から嫌っていた。窄融自身がそれを認めているので文句は云えないのだが、押し殺した感情はその分楊松への厳しい態度にあらわれる。
 姉妹は楊松から治療(姉は負傷、妹は毒)を受けたこともあるが、これは窄融の命令ゆえであって、命令がなければ楊松に身体を触れさせることなど決してなかっただろう。


 楊松も楊松で于家の姉妹には冷淡に接しており、両者の関係に改善の兆しは一向に見られない。
 窄融はそういったことを見抜いているようだったが、特に口を挟むことはしなかった。
 この時も于麋たちの反応を気にとめず、楊松にかぶりを振ってみせる。
「いや、それは不要だ」
 口に出したことはないが、窄融は自身が譲り受けた蚩尤をのぞき、楊松が生み出す兵士たちに何の魅力も感じていない。自分の判断で動けない兵なぞ何の役にも立たない。呂布の訓練と多くの実戦で鍛え上げられた告死兵を、わざわざ木偶の坊にするつもりはなかった。
 これまで楊松の実験の用に供された告死兵は、窄融の指揮に不満なり不服なりを示したものたちばかりである。


「それよりも喬才、お前は蚩尤が拾ってきた顔良の治療に専念せよ。あれもまた名の知られた勇将、二人目の成功例となる可能性は高い」
「それならば、あの馮則という奴をオレに任せろ。所詮は無名の暗殺者、あれなら顔良と違い、使い潰しても惜しくはあるまい」
「使い潰すか否かは私が決める。お前とて、そろそろ何かしらの成果が欲しいだろう。それとも、殴られた私怨を晴らすために本来の目的を後回しにするか?」


 その言葉に楊松は小さく舌打ちした。
 それを見た于家の姉妹の目が三角になるが、楊松は気にした様子もなく、軽く床を蹴ってうなずく。
「……いいだろう。引き受けた。だが、あれは体力を取り戻すのに時間がかかる。回復を早めようとすれば、それこそ使い潰すことになりかねんぞ」
「楊喬才ともあろう者が、そのような無様な失敗はせぬと信じている」
 楊松はもう一度聞こえよがしに舌打ちすると、もう用は済んだとばかりに窄融たちに背を向ける。そして、そのまま退出の挨拶もなしに部屋を出て行った。




 楊松が部屋を去ると、たまりかねたように于麋が口を開く。
「無碍さま、どうしてあんな奴に対等の関係を許しているんですか? 今の態度、無礼にもほどがありますッ」
「……私も姉さんに同意します。もし、新たな蚩尤を得ることに成功すれば、喬才は無碍さまの命令に従わないようになるでしょう」
 姉妹の進言に窄融はこともなげにうなずいた。
「わかっている」
「ならば、俺に奴を殺すよう命じてくださいッ」
 勢いこんで云う于麋に対し、窄融はわずらわしげにかぶりを振った。
「于麋、于茲。私が評価しているのは喬才の為人ではなく、能力だ。五斗米道の業ともいえるが、いずれにせよ、それを利用するためには常に喬才の自尊心をくすぐってやらねばならない。逆にいえば、それをするだけで奴の持つ能力を活用できる。幼子を玩具であやすようなもの、なにほどの手間か」


「……幼子が振るう刃物で、大人が傷つけられる恐れもあるのではないでしょうか?」
 めずらしく于茲が食い下がった。
 先刻は于麋をとめた于茲であったが、楊松に関しては警戒心を消すことができずにおり、窄融の周囲に楊松がいる状況に警鐘を鳴らさずにはいられなかったのである。
 もし楊松が蚩尤のごとき人外の兵を意のままに生み出せるようになれば、窄融の下にとどまってはいないだろう。それどころか、敵対してくる可能性が高い。
 そうなった時、于茲たちで楊松を止めることはできるのか。
 ――無理だ、と断じざるを得なかった。


「……災いの芽は、それが育つ前に抜いてしまうべきです」
 于茲の真摯な進言を、窄融は無下に退けようとはしなかった。
 だが、受け容れることもなかった。その理由を窄融は口にする。
「案ずるな、于茲。あれの目的は地位や権力ではない。蚩尤量産の目処が立てば、さっさと漢中に帰るだろう。盧氏といったか、五斗米道を率いる張魯の母、それに誉めてもらうためにな」
 于茲は怪訝そうな顔をした。
「……誉めてもらう、ですか? 奪いに行くのではなく?」
「懸想した相手を犯したいのであれば、私のところに来る前にそうしている。蚩尤ひとりでも事足りようし、それに加えて幾らかの出来損ないを用いれば、女の一人二人、簡単に連れ去ることができる」


 だが、楊松はそうせず、更なる蚩尤を求めて窄融の下に来た。
 それは何故なのか。
 窄融は愉しげに云った。
「ふふ、喬才は子供。子供ゆえに潔癖。なればこそ、好いた相手を無理やり奪うことに耐えられぬ。盧氏をかき抱く時、それは力ずくの情欲によるものではなく、想い合った末の抱擁でなければならない――」


 そのためにはどうすれば良いのか。
 簡単だ。自分が盧氏を救えば良い。漢中を脅かす蜀の劉焉の脅威から。
 そうすれば盧氏は自分に深い感謝の念を抱くだろう。


「感謝した相手に親愛の情を抱くは当然のこと。親愛は思慕を育み、思慕は情愛に昇華する。かくて、二人はめでたく結ばれる――その未来を得るために、喬才は蚩尤の術を完成させなくてはならないのだ。蚩尤の術は実現可能なものであり、それは外敵を討ち払うことができる力である。間違っていたのは自分を追放した者たちであって、自分ではない。そのことを誰の目にも明らかな形で示すために、な」



 于麋がおそるおそる、という風に口を開いた。
「あの、無碍さま。仮に喬才のやつが蚩尤を使って劉焉ってのを追っ払ったとしても、その盧って女が喬才に惚れるとは限りませんよね?」
「そうだな。だが、喬才の中では劉焉を追い払うことと盧氏が己に想いを寄せることは等しい。云っただろう、喬才は子供だ、と」
「……そうなってほしい、ではなく。そうなるに違いない――いえ、そうならなくてはならない、と思い込んでいるのですね」


 窄融は于茲の言葉にうなずいた。
「ふふ、危地に陥った姫君を助ける勇士の心境なのだろう」
 于麋があきれ返って云った。
「俺が云うのも何ですが、あれだけ外道なマネをしておいて、よくまあそんな手前勝手なことを考えられるもんですね。普通の女なら、人間をおもちゃにするような奴には死んでも惚れないでしょうに」


 それを聞いた窄融は、たえかねたように咽喉の奥で笑った。
「くく、于麋、何度も云わせるな。喬才は子供だ。子供の子供たる所以は、己しか見えぬこと。他者が自分をどう見るかは考慮の外、喬才は自分が外道だなどと微塵も思っていない。だからこそ、人間を木偶にすることをためらわぬし、その木偶を周囲に侍らせることもできる。まともな神経を持った人間なら、とうに気が狂っているだろう」


 罪の意識がないから、心が痛まない。心が痛まないから、どれだけ非道なことでも行える。
 先夜、馮則に斬り倒された告死兵が蚩尤の出来損ないならば、それを生み出した楊松は人間の出来損ない。
 そんな人間が五斗米道の秘術を持って自分のもとを訪れた。これを幸運と云わずして何を幸運と云うのか。
 窄融はそう云って、結論を口にした。
「それさえ弁えていれば喬才の言動に腹は立つまい。自分の正しさを信じて疑わぬ勇士どのは、適当におだてておけば、その能力を惜しみなく振るってくれるのだ。可愛いと感じるほどだよ。だから、先走った振る舞いに及ぶことは許さぬ。わかったな?」


 その窄融の言葉に、于家の姉妹はそっと目を見交わした。
 今の話を聞いても、楊松に対する二人の感情に変化はない。むしろ、ますます危機感が募ったほどだ。相手が子供であるのなら、いつ何時、利害得失とは関わりのない次元で窄融に牙を向けてくるか知れたものではない。
 だが、ここまではっきりと釘を刺されては、これ以上の抗弁は為しえなかった。
 姉妹は同時に頭を垂れ、窄融に了承した旨を伝える。内心で、楊松を排除する意思をより強く固めながら。




◆◆◆




 豫州陳国 南部国境


 陳都及びその近郊から仲の軍勢を駆逐した官軍は、続いて陳都の治安回復に取り掛かる。
 その一方で、城外に逃げ散った敗残兵の追撃、掃討のために一隊を南部国境に派遣することになった。
 俺がこの任務を引き受けたのは単純に消去法である。略奪で荒れた陳都を静めるためには夏侯惇の存在と武名が不可欠であり、復興の実質的な指揮を執るためには陳羣の能力と名声が欠かせなかった。


 そんなわけで、夏侯惇から五百の兵を預かった俺は早々に陳都を離れ、仲軍の残党を蹴散らしながら南へと向かった――と、このように記すと、あたかも俺が素晴らしい指揮で掃討戦を展開したように思われそうだが、実際に遭遇したのは数十から多くても百程度の集団ばかりであり、しかも戦意は皆無に近かった。指揮官が誰であっても負けることはなかっただろう。
 ともあれ、とりあえず付近の仲軍を掃討し終えたと判断した俺は、陳都にその旨を伝える使者を送った後、そのまま国境付近で野営し、明日以降に備えることにしたのである。




 篝火で煌々と照らされた陣地の周囲を、歩哨が規則正しい足音をたてながら巡回している。
 このあたりは河川が多く、反対に山地は少ない。当然、見晴らしも良いので、夜襲には不向き――と云いたいところだが、水軍を用いてこちらの背後にまわる、という作戦もありえる。備えを怠ることはできなかった。
 すーすーと至近から聞こえてくる寝息を極力意識しないよう務めつつ、俺はさらに今後のことを考える。


 実のところ、先日来、俺は胸奥に一抹の不安を抱えていた。
 事態が簡単に進みすぎる、という不安である。
 用心深いというべきか、それとも疑い深いというべきか、俺は戦いがうまく運んでいると、喜ぶよりも先に疑心が湧いてきてしまう。何かタチの悪い詐術に引っかかっているのではないか。うまく運んでいるのは見せかけで、裏で取り返しのつかない事態が進行しているのではないか、と。


 先に夏侯惇が「敵が弱すぎる」という不審を口にした際、俺は「アンタが強すぎるだけです」と応じた。
 それが間違っていたとは思わないが、もしかしたら、あの時、夏侯惇は敵の戦略を直感的に読み取っていたのかもしれない。
 陳都の奪還が容易だったことも、この疑念に拍車をかけた。
 『囮』が郭萌の部隊のみを指すものではなく、陳都の占領を含む一連の軍事行動そのものを指していたのだとすれば、『囮』に対応する『本隊』は何を意味しているのか。


 俺たちの拓いている屯田地や、陳羣の長平県ではない。陳都を囮にして狙うようなものではないからだ。海老で鯛を釣るならともかく、鯛で海老を釣ってどうする、という話である。
 陳国の中心である陳都が海老になるほどの巨大かつ枢要な城市といえば、思い浮かぶのは許昌くらいしかない。
 甲という城市を急襲してこれを陥落させ、敵が甲の奪還のために兵を出してきたところで本命の乙に襲い掛かる。作戦としてはなんら珍しいものではなく、仲軍がこれを狙っていることは十分に考えられる。考えられるのだが――




(仲軍に許昌を落とすだけの兵力があるとは思えないんだよなあ)
 ここがネックとなっていた。
 この戦いの当初――というのはつまり、洛陽で弘農王が皇帝を称した時のことだが、仲軍は寿春に十万とも二十万ともいわれる大軍を集めている、という話だった。
 おそらく汝南郡の兵も大半はそちらに割かれているだろう。あれから仲国内では立て続けに叛乱が起き、外征どころではなくなったようだが――あるいは元々叛乱を鎮圧するために兵を集めたのかもしれないが、いずれにせよ寿春の軍勢が解散したとは聞かない。


 ということは、今も大半の汝南兵は寿春に駐留しているか、あるいは叛乱軍を鎮圧している最中、ということになる。この状況で許昌を襲撃する兵力を捻出しようとすれば、それこそ汝南の各城市を空っぽにする必要があるだろう。
 そして、そんな動きがあれば許昌の張莫や荀彧の偵知に引っかからないはずがない。
(その報せが来てないってことは、他の城市は動いていないってことになる)
 ただでさえ寿春に大半の兵をとられている上、陳都をめぐる攻防で郭萌、曹性をはじめとした一万近い兵を粉砕された汝南の仲軍に、許昌を攻める余力が残っているとは思えない。
 何度考え直しても、導き出される結論はかわらなかった。




(――つまりは考えすぎか)
 下手の考え休むに似たりとはよく云ったもので「なんとなく」などという理由で不安を突きまわしても、明確な解答や建設的な答えは出てこない。
 これはもう、くすぶる疑念をねじ伏せてさっさと寝てしまった方が良い。それはわかっているのだが、生憎と眠気はさっぱり訪れてくれなかった。
 理由? さっきもちらっと触れたが、今も俺の耳朶をくすぐっている寝息のせいです。


 いま俺がいるのは指揮官用のちょっと豪華な天幕なのだが、この天幕を使っているのは俺ひとりではない。徐晃と司馬懿の二人も一緒だった。当然、さっきから聞こえている寝息は二人のものである。
 正確に云うと、寝ているのは徐晃だけで、司馬懿は起きているのだが、なんにせよ妙齢の美少女ふたりの気配がすぐ近くにあることにかわりはなかった。



 どうしてこういう状況になったのか。
 結論から云うと、俺を守るためであり、同時に二人を守るためでもある。
 もう少し詳しく説明すると、徐晃と司馬懿は俺の護衛としてここにいる。これは仲軍の襲撃のみならず、俺の抹殺を目論んでいる(と思われる)方士に備えるためであった。
 洛陽での李儒や韓世雄の言動から推して、方士が直接俺を狙ってくる可能性はかなり低いと思われたが、戦場に出れば不測の事態などいくらでも起こり得る。ぜひとも傍近くで護衛を――というのが二人の主張であり、俺はためらいながらも、その申し出を受け容れた。


 断っておくが、別に十八才未満お断り的な展開を目論んでのことではない。
 俺の方にも二人を近くに置いておきたい理由があったのだ。
 俺が夏侯惇からあずかったのは訓練を受けた正規兵であり、曹操軍は軍律が厳しいことで知られている。しかし、どれだけ訓練を受けた兵であっても、何百、何千と集まれば不心得な輩の一人や二人や三人や四人いるのが当然と考えるべきだろう。
 これまでは夏侯惇という抑止力が働いていたが、今はその夏侯惇もいない。徐晃や司馬懿に妙なちょっかいをかける者があらわれても何の不思議もないのである。


 まあ、徐晃は云うに及ばず、司馬懿の方も見かけからは想像もできない使い手なので、たとえ不埒な輩が二人に襲いかかったとしても返り討ちに遭うのが関の山だ。そのことは大半の兵が知っているはずだが、戦闘の後ともなれば血の滾りを抑えきれない者も出てくるかもしれない。また、眠っている時や着替えている時などに襲われては、不覚をとってしまうこともありえよう。
 その点、ここであれば、いざという時でも俺が助けに入れるし、そもそも指揮官の天幕に出入りしている少女に手を出そうとする者はそうそういまい。


 ――とまあ、そんな理由で俺は二人の申し出をOKしたのである。繰り返すが、ヨコシマな心はミジンもなかった。
 汜水関からこちら、徐晃とはほとんど常に行動を共にしているし、司馬懿も似たようなもの。二人に異性を感じたこともないわけではないが、天使(理性)と悪魔(欲望)の戦いは天使の全戦全勝である。
 ゆえに、一日か二日、一つ屋根の下(?)で過ごすなど何ほどのことがあろう、と俺はそう考えたのだが……



 うん、正直に白状します。自分の自制心を過大評価してました。ものすごく落ち着きません。
 二人の方も当然のように俺を信じてくれているのだが、かといってまったく普段どおりというわけにもいかないようで、折に触れて気恥ずかしさを見せてくれちゃったりするわけで、つまり何が云いたいかというと、


 もうたまらん!


 ということである。ゴシック文字で強調したい。しないけど。
 しかしながら、ここで年上の男がみっともない姿を晒すわけにもいかない。俺は意地と見栄を総動員して平静を装い、見張りの交代(方士に備えて三人のうち一人は起きておくことになった。俺が不寝番を務める案は多数決によって却下された)まで横になったわけだが――眠気がやってこないのは前述したとおりである。


 俺が徒労と知りつつ胸中の不安を再検証していたのは、こういった事情による。
 今後はあまり自分を過信しないようにしよう。
 そんな、役に立つのか立たないのかよくわからない教訓を胸に刻みこんでいると、ようやく瞼のあたりに眠気のきざしが訪れる。
 何事も起こりませんように、という願いと、何か起きればこの状況も終わるよな、という思いが混在する中、俺の意識はゆっくりと闇に落ちていった。




◆◆




 しばし後。
 それまで正座をしながら周囲に気を配っていた司馬懿は、北郷の寝息が深くなったことに気づいて小さく唇を綻ばせた。


 司馬懿は北郷が起きていることを察していた。眠っている人間と起きている人間では呼吸の仕方が異なるのだ。
 もしかしたら、司馬懿や徐晃に見張り役をさせることをまだ気にしているのか、とも思ったが、気にするなと云っても気にする人であるのは承知している。
 くわえて、何か考え事をしている様子だったので、あえて声はかけずにいたのだが、本音を云えば、今後に備えて早く休んで欲しかった。


 その北郷がようやく寝入ってくれたのだ。
 この眠りは誰にも邪魔させない。
 司馬懿はそっと北郷の顔を見つめた後、再び周囲の警戒に意識を集中させた。



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