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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:fbb99726 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/01 21:49
 豫州陳国 長平


 俺たちが屯田を命じられた陳国であるが、実のところ、結構厄介な場所であったりする。
 いや、まあ仲と領域を接してる時点で厄介な場所であるのは誰の目にも明らかなのだが、そういったこととは別に、この地を治めている人物が色々な意味でタダモノではないのだ。


 この人物、名を陳王 劉寵という。
 この陳王殿下、名前と地位からわかるようにれっきとした皇帝の一族なのだが、何故だか弩の扱いに長じていた。それも、十回放てば十回とも的のド真ん中に命中させるほどの腕前である。
 これだけなら一風かわった貴人の手慰みで済んだかもしれないが、劉寵は自分だけではあきたらず、配下の兵にも弩の扱いを徹底して叩き込んだ。もしかしたら自ら指南さえしたかもしれない。
 その結果、どうなったのか。
 多数の弩を備えた陳軍の錬度の高さは黄巾党ら賊徒の軍にまで知れ渡るようになり、賊軍は陳国を避けて通るようになった。嘘みたいなホントの話である。事実、黄巾の乱の時もそれ以後も、この地方には賊徒による被害がまったくといっていいほど出ていなかった。



 さて。
 ここで話が終わっていれば「陳王殿下すげー」と称えれば済むのだが、あいにくと劉寵には別の一面があった。
 才気ある人物にありがちなことだが、劉寵は才気と等量か、あるいはそれ以上の野心も併せ持っていたのである。
 具体的に何をしたかといえば、皇帝になるための儀式を朝廷に無断でしようとしたり、董卓前後の混乱ではみずから輔漢大将軍を名乗って兵を動かしたりと、いっそ清々しいほど直截的に野心をあらわしている。


 武力が野心を生んだのか、野心が武力を育んだのかは定かではないが、みずから輔漢(漢をたすける)を名乗った人物が、今上帝を奉戴する曹操の姿をいつまでも黙って見ていられるはずがない。
 許昌がある潁川郡と陳国は同じ豫州にあり、しかも隣接している。地理的に見ても、曹操と劉寵の為人から見ても、両者の激突は不可避であると思われていた。


 しかし、今日までこの激突は起こっていない。
 これは劉寵の下にいる一人の賢相の働きの賜物であった。
 駱俊(らくしゅん)、字は孝遠。この人物が主君の野心をたくみに押さえ込み、許昌と陳との橋渡しをしたことにより、豫州の戦火は未然に防がれたのである。



◆◆



「駱国相は徳高く、天災もあえてこれを避けると称えられる名相でいらっしゃいます。そして、私を長平の県令に推してくださったのもこの方なのです」
 長平県庁の執務室。
 そこで俺は若干の居心地の悪さを覚えながら、陳羣から現在の陳国の情勢を教えてもらっていた。
 ――念のためにいっておくと、別に陳羣に対して含むところがあるわけではない。いつ陳羣のドジが炸裂するかと警戒しているわけでもない。
 単純に、陳羣の俺に対する態度が丁重すぎて座りが悪いのである。


 あらためて云うまでもないが、俺はすでに虎牢関守将の任を解かれている。元広陵太守、現長平県令の陳羣から下にも置かないもてなしを受ける身分ではない。
 しかしながら、陳羣の俺への態度は親か主君かというくらいに丁重だった。さすがに周りに人がいる時は、県令という立場もあってか、そこまで露骨に畏まったりはしないのだが、今のように二人きりになると、こちらが戸惑うほど礼儀正しく接してくる。
 正直、これでは俺の方が落ち着かない。一度、控えめにその点を指摘してみたのだが――
「北郷さまは私にとって命の恩人であり、一族の恩人。高家堰にて救われた御恩は終生忘れるものではありません。礼をもって接することに何の不都合がありましょうや」
 ときっぱりと断言されてしまいました。



 そんなわけで、俺は微妙にむずがゆい思いを強いられているのだが、陳羣はそんなこととは知らずに話を続ける。
「長平県は潁川郡、汝南郡と接する陳国の要地。ここに私という降人を据えることは、丞相閣下に対して陳側の従順を示すことになります。同時に、陳王殿下に対しては私の父祖の名声を引き、丞相閣下の頚木から私を解放するのだと説いて了承を得たわけです」
 陳羣の祖父は陳寔(ちんしょく)といい、葬儀には三万人の参列者が訪れたという潁川の名士である。
 曹操の麾下にある人物に長平県を任せよ、といっても劉寵はうなずかないだろうが、それが世に知られた陳寔の孫であるならば話はかわってくる。


 世人はこの人事を「劉寵が陳羣を陳国に招いた」ものと見なすだろう。それは陳家の名声を取り込むことにつながる。また、いざという時に陳寔ゆかりの人たちが味方してくれることも期待できるだろう――そんな風に劉寵を説く駱俊の姿が目に見えるようだった。
 これを聞くだけでも、駱俊が朝廷(曹操)と陳(劉寵)の関係に心を砕いているのがよくわかる。
 ちなみに、鄧範が名と字をかえる契機となった『文は世の範たり、行いは士の則たり』という碑文は、この陳寔さんのものだったりする。世の中というのは色々なところで繋がっているものだ。


 ともあれ、陳羣の話を聞いた俺は素直に感心した。
「なるほど、巧みな人事ですね」
 ただこの人事、任命された陳羣に相応の器量がないと、かえって両者の関係を悪くすることになりかねないのだが、陳羣にその器量があるか否かは考えるまでもない。
 そのあたりも見抜いた上での人事ならば、確かに駱俊は名相、賢相と呼ぶに相応しい。そして、まず間違いなく見抜いた上での人事であろう。
 今日まで袁術が汝南から北上して来なかったのは、曹操のほかにこういった難敵が存在することを知っていたからなのかもしれない。




 だが、そう考えると最近の袁術の動きは更にきな臭さを増してくる。
「近頃の仲の不穏な動きは、これまで立ちはだかってきた壁を崩す準備が整った――そのことを示す可能性があるわけですね」
 俺の言葉に陳羣がうなずいた。
「私もそれを案じています。このたびの要請はそれに備えるためのもの。幸い、今日まで汝南の仲軍に目立った動きは見られませんが、状況はまだ予断を許しません。北郷さまたちも十分に気をつけてください」
「承知いたしました、夏侯将軍にもお伝えして――」


 と、その時だった。
 執務室の外が何やら慌しくなり、何事かと俺と陳羣が顔を見合わせた途端、ひとりの兵士が飛び込んできた。
 陳都からの急使であるというその兵士の報告によれば、今、陳都に向けて仲軍の一部隊が接近しつつあるという。


 それを聞くや陳羣は卓を叩くようにして立ち上がった。
「仲軍が動いたのですか!?」
 ついに仲が本格的な北上を開始したのか。陳羣は、そして俺もそう考えたのだが、兵士はかぶりを振った。
「いえ、違います。この部隊、兵数はおよそ二百あまりのみにて、後続の部隊も確認できておりません。先触れの使者によれば、兵を率いる張凱陽(ちょうがいよう)なる仲将は、陳王殿下への降伏を望んでいるとのことです」
「降伏……仲将が、今この時期に? それで殿下はどうなさったのです?」
「は。偽りの降伏に違いないゆえ、降伏を拒絶し、ただちに討ちとるべしと主張する者もいたのですが、殿下は『高祖(劉邦)は降伏を望む者を寛大に受け容れることで天下を得たではないか』と、仲将の降伏を受け容れることを決断なさいましたッ」


 これを聞いて、俺と陳羣は再び顔を見合わせた。
 昨今の仲の動きと今回の事態、そこに何の関係もないと考えるのは楽観が過ぎるだろう。
 俺が気に入らないのは、張凱陽という人物がわざわざ劉寵に対して降伏を申し出てきたことだった。
 仲を裏切るということは、仲の恨みを一身に浴びるということでもある。であるならば、降伏する相手は劉寵ではなく曹操を選ぶのが普通ではないか。少なくとも俺なら劉寵に降伏はしない。いつ仲に踏み潰されるかわかったものではないからである。さすがに仲軍は賊と違って陳を避けて通ったりはしないだろう。



 おそらく、劉寵が降伏を受け容れた背景には、仲将が曹操ではなく自分を選んだことへの優越感があったはずだ。ここで降伏をはねつけて「なら曹操に降伏しよう」と考えをかえられてもまずい、という思惑もあったかもしれない。
 いずれにせよ、仲将は劉寵の為人や、許昌と陳との複雑な関係を見抜いた上で行動している節がある。そこがどうしても引っかかった。


 もちろん、俺の考えすぎ、という可能性もある。ぶっちゃけ、仲将の名前からして気に入らないので、俺が先入観を持っているのは否定できない事実なのだ。
 まあ、さすがにこの感情が見当違いなものであるのは承知しているので、口に出して誹謗しようとは思わないが、それを差し引いても、この張凱陽なる人物の行動には不審を抱かざるを得なかった。


    
 使者はさらに報告を続けた。
「この件につきまして、駱国相から陳県令に伝言がございます」
「承ります」
「『此度の件、降伏が真であれ偽りであれ、仲軍は間違いなく動くだろう。その矛先が長平県に向けられることも考えられる。警戒怠りなきように』、以上です」
「確かに承りました。委細承知した、と駱国相にお伝えください」
「は! それではそれがし、これにて失礼いたしますッ」
 そういうと兵士は慌しく礼を施し、急ぎ足で部屋を出て行った。


 俺は使者が去るのを待って、自分も腰をあげた。
 敵が長平に来るとしたら、真っ先に仲軍とぶつかるのは俺たちである。今、あちらには夏侯惇と司馬懿、徐晃、鄧範が揃っているので滅多なことはあるまいが、それでものんびりなぞしていられない。
「それでは陳県令、私もこれで失礼いたします。事の次第を夏侯将軍にお伝えしなければなりません」
「よろしくお願いします。この次の報告次第では、夏侯将軍と北郷さまに長平に入っていただくことになるかもしれません。その旨もあわせてお伝えいただけますか?」
「は!」
 陳羣の言葉に応じ、踵を返した。



 県庁の廊下を足早に進みながら、俺は今しがたの陳羣の言葉を振り返る。
 俺たちが長平に入るということは、それだけ苦しい戦況になるということ。俺と同様、陳羣もこの先の展開に危惧を抱いていることは明らかだった。
 仲の本軍は遠く寿春にあり、多数の弩に守られた陳の防備は鉄壁。民に恨みを買っているということもない。くわえて、近づいている仲軍はわずか二百で、しかもその目的は陳への降伏である。
 汝陽を守るのは袁嗣(えんし)という人物で、名前からもわかるとおり袁術の一族だが、これまでさしたる武勲も治績もない。
 こう並べてみると、俺や陳羣の心配は杞憂のように思われる。


 だが、先ごろから仲軍が陳国をうかがう動きを示しているのは事実である。
 となると、やはり誰かが裏で動いている、と考えるべきだろう。それは袁術なのか、張勲なのか、あるいは――


「于吉、なのか」


 誰の耳にも届かない小さな呟き。
 この名を排除することは、やはり出来なかった。淮南・高家堰のことを考えれば、今回の陳国の騒動はすべて俺をおびき出すための布石である可能性も十分にありえるのだ。
 一方で、実は于吉とか関係なく、別の誰かが何かを企んでいるという可能性もあるわけで、考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる。


 俺はガシガシと頭をかいてぼやいた。
「実は張凱陽の降伏は本当だったってのが一番ありがたいんだけどな」
 これだってありえないことではないだろう。
 だが、これがいわゆる「希望的観測」に過ぎないことは、誰に云われるまでもなく、俺自身が一番よくわかっていた。
 


◆◆◆



 豫州陳国 陳城


 窄融の命令に従って陳に潜入していた于茲は、城内で仲軍の降伏の話を聞いてわずかに戸惑った。
 降伏してきた武将が姉の于麋ではなく、張凱陽だったためである。
 当初の窄融の計画では、まず于茲が陳に潜入して内部で準備を進め、しかる後に于麋が降将として陳に入り、そこで姉妹が入れ替わってから事に及ぶ手はずだったのだが、何か不都合が生じたのだろうか。


 城内に入った仲の降兵は陳兵の厳重な監視下に置かれたが、于茲は仲兵に紛れ込んでいとも簡単に内部に潜入した。
 灰褐色の髪を黒く染めた于茲から事情を問いただされた張凱陽は、やや言いにくそうに口を開く。
「それが……窄校尉が仰るには御令姉との連絡が途絶えてしまった、と」
 返って来た答えを聞いて、于茲は息をのむ。もっとも、その表情の変化はごくごく微細なもので、張凱陽からは眉一つ動かしていないようにしか見えなかったが。
「……姉さんが?」
「は。窄校尉の仰った言葉をそのままお伝えします。『告死兵からの連絡も絶えた。何が起きたのかは調べさせているが、陳の計画をこれ以上遅らせることはできない。于麋の役割はお前が、お前の役割は張凱陽が、それぞれ務めよ』とのことです」


 そう云うと、于茲とさしてかわらない年齢の少女は、どこか不安そうな眼差しを于茲に向けた。
 張凱陽は窄融直属の部下であり、于麋のことも于茲のことも知っている。窄融の信頼を得ている姉妹、その一方の代わりを務めよと云われても出来るかどうか。張凱陽の不安はそこにあった。
「窄校尉は詳細についてはあなた様に訊ねよと仰せでした。私は何をすればよろしいのでしょうか?」


 訊ねられた于茲は、何事かを考えこむようにわずかに眉根を寄せる。
 窄融の指示が意味するものを読み取る風であったが、すぐに結論が出たようで、持参してきた荷物を張凱陽の前で広げた。
 それは――
「お酒、ですか?」
「……酒と犀角(さいかく)の杯。これを陳王へ献上する」
「犀角、これが……」
 張凱陽は驚いてその杯を見つめた。


 犀角とは文字通り動物のサイのツノのことである。
 古来より、犀角は解毒の効用があると信じられており、鴆酒(ちんしゅ 要するに毒酒)に対しても高い効果があるとされてきた。毒殺を恐れる貴族や皇帝は争うように犀角の杯を求め、結果、犀角の価値は天井知らずとなっている。庶民や中級以下の官人では目にすることさえ稀であろう。
 その犀角杯を目の当たりにした張凱陽は驚いたが、同時に強い危惧を覚えた。
 鴆酒は古くから貴人の暗殺に用いられてきた手段である。降伏してきたばかりの武将が犀角杯と共に酒を献上する。これが意味するものは何なのか。


 自然、張凱陽の声が低くなった。
「毒酒、ということでしょうか? しかし、陳王ともあろう者がそう簡単に降将からの酒を飲むとは思えませんが」
 すると、それを聞いた于茲は無雑作に酒を犀角杯に注ぎこみ、ためらうことなくこれを飲み干した。
 驚いて声も出ない張凱陽に于茲は静かに告げる。
「……見ての通り」
「毒ではない、と。しかし、ならばどうして?」
「陳王は皇帝を気取っている。降伏を受け容れたのも、高祖のごとき大度を周囲に知らしめるため。信用して降伏を受け容れた相手からの献上品を疑えば、その目論見は水泡に帰す」


 かつて漢の中興を成し遂げた光武帝 劉秀は自軍に数倍する捕虜を得たとき、彼らの只中を軽装で闊歩して降伏した将兵の信頼を得た。
 赤心を推して人の腹中に置く。
 劉寵が張凱陽の献じた酒を飲み干すことは、この故事に通じるものがある――そう使嗾すれば劉寵は飲むだろう。そして、それが毒酒でないことが明らかになれば、降将を信じた劉寵の名はおおいに高まり、その名声をもたらした張凱陽は陳王の信を得ることができる。


 あるいは駱俊あたりが毒酒の可能性を慮って割って入ってくるかもしれない。
 だが、それはそれでかまわない。疑われたら張凱陽が自分で飲んでみせれば良い。そして、こう云うのだ。
『一度は降伏を受け容れておきながら、毒を疑い、難を避けようとする。この身を疑うならば、どうして降伏を受け容れたのか。降伏を受け容れたならば、どうしてこの身を疑ったのか。ああ、光武帝に比して陳王殿下の器のなんと小さなことよ。どうやら私は降る先を間違えたようだ!』



 それを聞いた張凱陽は、はたと手を打った。
「犀角を献じ、鴆毒を疑わせた上で陳王に酒を勧める。陳王がこれを飲めば私はその信を得て自由に行動できる。陳王が飲まねばその名を貶めることができる。どちらに転んでも仲の損にはなりませんねッ」
「……それだけでは足らない。駱俊が制止してきたときは、駱俊の名も陳王と同様に貶める。その時はこう云って」
 于茲は駱俊を貶めるための手順を説明していく。それを聞いた張凱陽は感心してうなずいた。
「かしこまりました。うまくいけば、君臣の中にヒビをいれることもできるわけですね」
「……そう。私はいざという時にあなたを助けるために待機している。本来なら、こういう荒事は姉さんの出番なのだけれど、いないのなら仕方ない。私がやる」


 だから心配する必要はない。
 于茲は言葉にしてそう云ったわけではなかったが、云わんとするところは張凱陽にも伝わった。伝わった、と張凱陽は思った。
「はい。必ずあなた様の代わりに役目を果たしてごらんにいれます」
 そう云う張凱陽に于茲はゆっくりとうなずいてみせた。


 張凱陽が陳王宮に招じ入れられたのは、それから間もなくのことであった。




◆◆




 陳王宮、謁見の間。
 溢れんばかりに酒が注がれた犀角の杯、それを張凱陽が飲み干した途端、周囲からは感嘆とも驚愕ともとれるどよめきが湧き起こった。
 張凱陽は王座に座る劉寵に向かって、そしてその劉寵と自身を隔てるように立ちはだかる駱俊に向かって口を開いた。
「陳王殿下に申し上げます。私めの赤心はかくのごとし。駱国相、私への疑いは晴れたでありましょうか。それともこの酒壺を空にせねば証を立てたことにはなりませんでしょうか? この身は降将、陳王殿下の御意とあらば、自らの献上品を自らで飲み干す無様をこの場で晒すことも厭うものではありません」


 張凱陽がことさらゆっくりとそう云ったのは、自身が献じようとした酒に毒の疑いを挟んできた駱俊に対する嫌味であることは誰の目にも明らかだった。
 劉寵の機嫌は見るからに悪い。
 当初、劉寵は張凱陽が献じた酒を飲むつもりだった。度量の大きさを示す絶好の機会だと思ったのである。
 むろん、危険を考えないわけではなかったが、もし仲が劉寵の毒殺を試みるならば、もっと別の手を考えるだろう。降将に犀角杯を与えて毒酒を献じるような、そんなあからさまなことはするまい、と劉寵は判断した。
 張凱陽が劉寵の娘とほぼ同じ年齢であることも、この判断に多少の影響を与えたかもしれない。


 だが、杯をとろうとした劉寵を駱俊が制止する。
 駱俊はこの時期に降伏してきた仲将を素直に信じることはできなかった。劉寵の自尊心をくすぐるようにして献上された品も同様である。
 献上された酒食はその場で口にするべし、などという決まりはない。毒を疑って突き返せば劉寵の恥になるだろうが、一旦受領して、後で毒味をしてから食する分には何の問題もない。
 駱俊はそういって劉寵を諭そうとしたのだが、それに先んじて張凱陽が動いた。自らこの場で毒味役を務めてみせたのである。


 降将に毒味をさせた後に献上品を口にしても大度を示すことはできない。むしろ、一度は降伏を容れた相手を疑ったことになり、かえって恥をかくだけである。これが劉寵の不機嫌の原因であった。むろんというべきか、その感情は自身を制止した駱俊にも向けられている。
 一方、駱俊は別段引け目を覚えてはいなかった。守るべきは劉寵であって、毒害の危険から主君を遠ざけるのは当然のこと。降伏した相手が献じた酒を飲めば劉寵好みの逸話になるが、一方で、漢室を支える皇族の一員として軽率だという謗りも免れないだろう。相手は漢に背いた仲の人間である。用心してしすぎるということはない。



 そう考えていた駱俊は、張凱陽のあてつけじみた言葉にも眉ひとつ動かさず、冷静に応じた。
「張将軍の赤心、確かに見届け申した。一抹の疑いを差し挟んだこの孝遠の小心をお笑いください。されど、それがしは陳国の相として、殿下を無用の危険に晒すわけにはいき申さぬのです。張将軍にもご理解いただきたく存ずる」
「令名高き駱国相の行いに誤りがあろうはずはなし、承知いたしました。つきましては駱国相、私めの赤心を見届けていただいた今、杯を受けていただくことには何の問題もございませんね?」


 そう云って張凱陽は再び犀角杯に酒を注いだ。
 それを見て、駱俊がかすかに眉を寄せる。しかし、駱俊の口が開かれる寸前、張凱陽は口元に笑みを浮かべながら穏やかに云った。
「天災もこれを避けて通るといわれた天下の名相が、私のごとき小娘に毒味をさせた挙句、杯を拒むような無礼はなさらぬと確信しております」
「それは――」
「孝遠」
 駱俊が何か言いかけたとき、劉寵が不機嫌そうに口を挟んだ。
「張凱陽は昨日までは仲の将であった。しかし、今日よりは陳の将となる。これを快く思わぬ者も多かろう。であれば、まず相たるおぬしがこれを信じる態度を見せるべきではないか」


 駱俊はその言葉にうなずかざるをえなかった。劉寵の本心が「これ以上、恥をかかせるな」という点にあることは明白だったが、言葉自体は間違っていないのである。
 先ほどの張凱陽のためらいのない杯の干し方からして、これが毒酒である可能性はまずない。張凱陽は新たな主君のために趣向を凝らしただけであり、それを無粋に壊した駱俊に意趣返しをしたいだけなのかもしれない。
 駱俊があくまで杯を拒めば、後日に災いの種を残してしまう。ここは素直に杯を干し、張凱陽に詫びるべきだろう。


 そう考えた駱俊は張凱陽が差し出す杯を受け取り、衆人の見守る中、それをゆっくりと干していった。というか、酒が思ったより強かったので、ゆっくりとしか干せなかった。駱俊はあまり酒が強くなかったのである。
 そして、杯の半ばが空になった時だった。



 ビシャリ、と。奇妙に濁った音が謁見の間に響いた。
 その音にわずかに遅れて、駱俊の官服が朱に染まる。
 それは人の口から吐き出された血であったが、吐き出したのは駱俊ではなかった。



「…………え?」



 駱俊の前に立っていた張凱陽は、何が起こったのかわからない、というように自らの口元を手でおさえている。手と口の隙間からは暗赤色の液体がぼたぼたとこぼれ落ちていた。
 と、次の瞬間、張凱陽は激しくえずき始めた。そのたびに吐き出された血が周囲に飛び散り、粘ついた音を立てて宮殿の床を朱色の斑模様に染めていく。
 誰もが、何が起こっているのか把握できなかった。張凱陽でさえ、自分の身に何が起きているのかを理解できていなかった。
 これまで経験したことのない、焼けるような激痛に身体の内部をかき回されながら、張凱陽は思う。于茲みずからが毒味をした酒を、そのまま持ってきたのだ。于茲がこれを飲んでから、誰かがすりかえる暇も、毒を投げ入れる隙もなかったと断言できる。
 それなのに、どうして。


 その疑問は、再び胸奥からわきあがってきた、いいようのない悪寒と灼熱によって粉々に砕け散った。喉をかけあがるそれを押さえ込むことなどできない。たまりかねた張凱陽はもんどりうって床に倒れこみ、その口からはこれまでに数倍する量の血が吐き出される。否、それは血液だけでなく、胃の内容物と、もしかしたら臓腑の一部すら含まれていたかもしれない。




 数瞬の空白は一人の宮女の悲鳴によって破られた。
 その悲鳴に背を押されるように、劉寵を守っていた衛士の一部が慌てて張凱陽に駆け寄っていく。
 しかし、彼らが見たものは、はや痙攣をはじめた張凱陽の姿であった。目は光を失い、口元からは赤黒く変色した舌が垂れおちて、それを伝うように今なお血が少しずつ床にこぼれおちている。
 床を染める血の量は少なくなってきているが、それは症状がおさまったというより、吐き出すだけの血がすでに体内に残っていないからだろう――医療の心得のない衛視たちがそう確信できるくらい、張凱陽の周囲は大量の血液と吐瀉物、そして鼻を突く異臭で覆われていた。決して大柄ではない少女の体内に、これほどの血が流れていることに驚いた者もいたかもしれない。




「鴆毒……か?」
 王座から立ち上がった劉寵がかすれた声で呟いた。
 張凱陽はやはり仲からの刺客であったのか、と。
 そう思った途端、劉寵の顔色は死者のそれに重なった。張凱陽が刺客であり、彼女が持ってきた酒が鴆酒であったのならば、それを飲んだのは張凱陽だけではない。
「孝遠!」
 劉寵が発した呼びかけ。まるでその呼びかけが最期の一押しになったかのように、駱俊の口から赤黒い血が吐き出された。張凱陽の血で染まっていた官服が、今度はまぎれもない駱俊自身の血で染めかえられていく。


 その様は、あたかもこれから先の陳都の命運を示しているかのようであった。




◆◆




 
「――申し上げます。陳王宮を探っていた密偵より報告です。異変の兆しあり! まだ確認はとれていないとのことですが、駱俊が倒れたらしゅうございます」
 それを聞いた于茲は小さくうなずいた。
「……僥倖」
 今日まで陳という車を支えてきた両輪のひとつが欠けた。もはや陳をはばかる理由はない。片輪だけでは車は動かせないのだから。


 今、于茲の手元には于茲と同様に陳に潜入した窄融の手勢が百人ばかりいる。張凱陽に従って降伏した二百の兵もいるが、于茲は彼らを計算に含めなかった。おそらく、今頃は怒り狂った陳兵に皆殺しにされているだろう。
 于茲は素早く決断した。
「……部隊を二つに分ける。一隊は城内に散り、大声で駱俊の死を叫びつつ、手当たり次第に家屋敷に火をつけろ。邪魔する者はことごとく殺せ。だが、女子供には手を出すな」
 むろん、これは慈悲心からではない。賊の襲撃に眉を動かさない豪傑も、女子供の泣き声を聞けば平常心を乱される。混乱を広めるために、泣き喚くしか能のない連中を利用しない手はない、というのが于茲の考えであり、ひいては窄融の考えであった。


「一隊は私と共に城門を開き、無碍さまを迎え入れる」
 その于茲の命令に、配下のひとりが恐る恐る意見を口にした。
「かしこまりました。しかし、大丈夫なのですか? 鴆酒を飲んだとうかがいましたが……」
「……この身は毒の娘。心配は不要」
「毒の娘、ですか?」
「人の形をした鴆と思えば良い」
 それを聞いた配下は顔を蒼白にして背後に下がった。



 元々、鴆毒でいう『鴆』とは毒蛇を常食することで羽や肉に毒性を持つに至った鳥の名前を指す。
 自分はこれの人間版である、と于茲は云った。
 いうまでもなくただのハッタリであったが、そこには真実の欠片も含まれている。
 先刻、張凱陽の前で鴆酒を飲んだとき、于茲は飲んだふりをしたとか、あらかじめ解毒剤を飲んでおいたとか、そういった小細工は用いていない。真実飲み干したのである。その後、張凱陽の前から離れた後、于茲は少なくない量の血を吐いている。


 何故、わざわざそんなことをしたのか。それはもちろん、張凱陽にあれが毒酒ではないと信じさせるためであるが、どうして毒の効きが遅く、また張凱陽と違って効果が致命的にならなかったのかといえば、それは于茲がこれまで何度も張凱陽と同じことをしてきたからであった。張凱陽との違いは、自分でそれを望んでやったか否かしかない。
 結果として、于茲は毒に対してある程度の耐性を得た。むろんまったく効かないわけではなく、毒を飲めば血も吐くし、臓腑も腐りかけている。おそらく、以前は姉と同じく黒かった髪が灰褐色に変化したのは毒の影響だろう。楊松や張機からは、もう長くないと云われていた。


 だが、そういったことは于茲にとって些事でしかない。
 すべては窄融のために。
 この毒の娘の一念が、陳を滅ぼす尖兵となる。



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