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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:fbb99726 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/02/18 23:10
 荊州南陽郡 棘陽(きょくよう)


 棘陽は新野の北、宛の南に位置する城市であり、つい先日までは仲の領地であった。
 劉家軍がこの城を落としたのは、宛が焼き払われたという報せが新野に届いてからすぐ後のことである。
 もっとも、陥落させたといっても攻城戦の類は行われていない。棘陽は新野よりも宛に近く、当然のように宛の放棄と、それにともなう大混乱は早期に伝わっていた。これにより、住民はもとより仲軍の将兵までが動揺した結果、棘陽の守将はとうてい城を守りきれぬと判断し、夜陰にまぎれて遁走。城はあっけなく劉家軍の手に落ちたのである。


 その後、劉家軍はこの棘陽を拠点として情報を集め、李儒によって洛陽へ強制連行されようとしていた宛の住民を救出するための作戦を展開する。
 劉家軍五千に対し、南陽軍はおよそ一万五千。正面から戦えば苦戦を余儀なくされる兵力差であったが、洛陽へ向かう南陽軍を追尾する劉家軍には、いつ、どこで戦いを仕掛けるかを自分たちで決められる利点があった。くわえて、南陽軍内部では突然に過ぎる宛の放棄に対する疑念と不安が渦巻いており、これに住民たちの反抗と哀訴が重なって収拾がつかず、端的にいって隙だらけという有様だった。


 ここに徐州での汚名返上を誓う張飛、趙雲をはじめ、陳到、田豫、馬元義ら劉家軍の諸将が襲い掛かったのである。結果は明らかであったといえるだろう。
 劉家軍は思うように作戦行動がとれない南陽軍に対して勝利を重ねていく。ただ、数で上回る南陽軍はそう簡単に潰走することはなかった。南陽軍の将兵も、生き延びるためには洛陽まで行くしかない、と腹をくくって懸命の抵抗を繰り広げる、


 西涼軍の参戦という、両軍にとって予想だにしない事態が発生したのはこの時である。 突然、南陽の山中から西涼の騎馬部隊が姿を現したのである。報告を受けた劉備はもちろんのこと、諸葛亮、鳳統といった軍師たちもさすがに驚きを隠せず、もしやすべては南陽軍の罠であったのか、と肝を冷やした。
 だが、実のところ、驚いたのは西涼軍も同様であり、さらにいえばこの時の西涼軍は南陽軍よりもよほど追い詰められていた。虎牢関を奪われ、南方の山越えで戦場から脱した彼らは、脱出そのものには成功したものの、その途中で糧秣が底を尽き、将兵すべてが空腹を抱えてさ迷い歩いているような状態だったのである。


 そんな西涼軍が、劉家軍と南陽軍との戦場に姿を見せたのは、山中で出会ったひとりの老人から受けた助言によるものであった。
 いわく、南陽軍が宛の住民を連れて洛陽を目指している、と。
 この時点で、西涼軍を率いる馬超は李儒の自立の野心を知らなかった。また、一族の馬岱が人質同然に洛陽に留め置かれているとあって、南陽軍とは敵対しがたい立場にあったのだが――


「罪のない民たちを無理やり引きずって洛陽まで連れて行くゥ!? 何かんがえてるんだよ、あいつらは! 絶対許さんッ」


 馬超はそういって、即座に南陽軍を討つことを決めた。
 姜維から洛陽にいる馬岱に関して問われると、少しの間、難しい顔で考え込んだ後、ぽりぽりと頭をかきながらこう言った。
「蒲公英なら何とかするだろ。ていうか、蒲公英のために、とか言って今南陽軍に味方したら『なにおバカなことしちゃってんのお姉さま!?』とか喚かれるに決まってる」
 それは、ある意味で馬岱を見捨てる、ということであった。


 姜維と鳳徳は顔を見合わせる。が、二人の口からも反対意見は出なかった。
 馬超の台詞が馬岱に対する信頼にもとづいたものであることはわかったし、姜維と鳳徳にしても、泣き叫ぶ民衆を剣と鞭で脅して急きたてる輩に味方などしたくはなかった。心情的に我慢ならないのはもちろんのこと、そんなことをすれば西涼軍の評価も地に落ちてしまう。
 かつて南陽軍と同じことをした同郷の董卓は、一時の栄華と引き換えにすべてを失った。馬超たち西涼軍がその愚行に付き合う必要はない。洛陽政権に参じたとはいえ、そこまで要求される筋合いもなかった。


 むろん、だからといって馬岱を犠牲にしてよいというわけではない。
 ここは素早く南陽軍を打ち破り、しかる後に洛陽へ急行して馬岱を救出するしかない。南陽軍と洛陽の連絡を遮断してしまえば、馬岱に迫害の手が伸びる前に事を終わらせることも可能だろう。
 そのためにも馬超たちは劉家軍と協力する必要があった。繰り返すが、西涼軍の糧秣はとうの昔に底をついており、将兵(と軍馬)の疲労と空腹は限界に近づきつつあった。というか、とっくに限界に達していた。
 馬超たちにしても始終腹の虫が鳴っている状態である。この状態で南陽軍を打ち破ろうと思ったら、友軍の存在は欠かせない。


「向こうも向こうで数が少なくて大変そうだしな。利害の一致ってやつだ。ついでに戦いが終わったら、ちょっと糧秣を融通してもらおう。それとも南陽軍から奪っちまった方がいいかな?」
 この馬超の言葉に姜維はかぶりを振った。
「南陽軍の物資は宛のもの。これを奪えば住民の恨みを買うでしょうし、劉備軍との間に不穏な気配が生じないともかぎりません。翠さまの仰るとおり、力を貸して糧を借りる、という形でよろしいかと思います」
「おっし、じゃあ話は決まりだな。令明もいいか?」
 馬超の確認に鳳徳は黒髯をゆらしてうなずいた。



 かくて南陽軍の命運は決する。
 張飛、趙雲、馬超、姜維、鳳徳という鬼のような面子に挟撃された南陽軍は、それまでかろうじて保っていた指揮系統をズタズタに切り裂かれ、木っ端微塵に粉砕される。これは同時に洛陽にいる李儒の戦略が根底から崩れた瞬間でもあった。
 諸葛亮と鳳統は、西涼軍の姜維と連動して南陽軍の北への逃亡を阻止、洛陽側に情報が漏れないよう注力する。


 これにより、宛に戻ることもならず、洛陽に逃れることもできなくなった南陽軍は四散した。一部は降伏を求めたが、彼らは怒り狂った宛の住民たちの私刑に遭い、劉備たちは敵の追撃よりも先にそちらを取り静めなければならないほどであった。
 その後、勝利を祝う暇もなく、西涼軍は劉家軍から幾ばくの糧秣を譲り受けて洛陽へと去る。劉備たちもまた次の難問――解放した住民たちをどのように処遇するか――に取りかからなければならなかった。





 宛が焼き払われた今、住民をそのまま宛に連れ戻しても混乱が起きるだけである。復興には莫大な資金が必要になるが、新野の一城主である劉備にそんな余剰資金があるはずもない。南陽軍が宛で徴発した分は宛の住民のものであり、劉備が勝手に分配ないし活用するわけにはいかなかった。
 どうしたものか、と劉備は眉根を寄せて考え込む。
 とにかく、宛の住民をいつまでも野天で過ごさせるわけにはいかない。


 暗くて寒くて空腹だと人間はロクなことを考えない。いつか聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。
 暗がりができないよう篝火は多めに焚くよう指示を出している。これは住民たちを安心させると同時に、暗がりでの犯罪を防ぐ意味もあった。
 まだ気温は十分に高く、野外で凍える心配はないが、満足に身体もふけない環境が人心を落ち着かせるはずはない。このまま野外での生活が続けば、女の人や子供たちはもちろんのこと、男性だって体調を崩してしまうだろう。
 食事に関しては、南陽軍から奪ったものがあるので、当面の間は宛の住民が飢えることはない。が、それとても最低限の量を確保したにとどまる。艱難辛苦に耐えてきた劉家軍の兵でさえ、食事では何かともめる事が多い。これまで宛という豊かな都市の城壁の中で暮らしてきた人たちが、野外の質素な食事にいつまで我慢できることか。今日明日はともかく、五日、十日と続いていけば不満は溜まる一方であろう。


 彼らを新野に受け容れられれば良いのだが、新野は宛とは比べるべくもない小さな城市、とうてい宛の住民すべてを受け容れる余地はない。
 複数の城市に分散して受け容れるにしても、今の劉備は新野の城主に過ぎず、他の城主たちに命令する権限を持っていなかった。
 劉表に願い出るにしても、劉表の傍近くには蔡瑁がいる。はたして劉備からの要請が届くかどうか。


(さすがに、使者が途中で遮られる、なんてことはないと思うんだけど)
 あれこれと考えながら、劉備はかつて反董卓連合が結成されたときのことを思い出していた。洛陽から焼け出された人たちに何もしてあげられなかった、あの記憶。
 新野をあずかり、五千の兵を束ねる今の劉備の力は、あの頃とは比べ物にならないくらい強くなった。それでも、その力は、何万、何十万という人々を受け容れられるほどに大きくはない。
 そのことを自覚するゆえに、劉備の眉間には深いしわが刻まれる。



 そのしわを拭い去ったのは、劉備に付き従う小柄な軍師のひとりであった。
「玄徳さま、ご心配には及びません。じきに襄陽の蔡瑁さんか、あるいは蔡瑁さんの意を受けた人から使者が来ると思います。宛の人たちのことは、その方々に任せてしまってよろしいかと思います」
 諸葛亮の言葉に、劉備は目を瞬かせた。
「蔡瑁さん? あれ、でも蔡瑁さんは、わたしたちをこき使うつもりだって孔明ちゃんたち言ってなかったっけ?」


 荊州の有力者である蔡瑁が劉備を敵視しているのは周知のこと。
 今回、劉備が兵を動かしたのも襄陽からの指示によるものだった。蔡瑁としては南陽郡を得るために劉家軍の存在を利用し、できれば使い潰してしまいたいところであろう。
 その蔡瑁が今、あえて劉備たちに救いの手を差し伸べるものだろうか、と劉備は不思議に思ったのである。


 その疑問に対して、諸葛亮は次にように答えた。
「はい。おそらく蔡瑁さんたちの作戦としては、まずわたしたちを南陽軍にぶつけ、相手の兵力を削ぐつもりだったと思われます。わたしたちが南陽軍に負けたところで蔡瑁さんたちは痛くもかゆくもありませんし、両軍が相打って疲れ果てたところに兵を出せば、労せずして勝利を得ることもできますから。ところが、玄徳さまは蔡瑁さんの力を借りずに南陽軍を撃破してしまった。今、宛の人たちは南陽軍を恨み、彼らを討った玄徳さまに感謝しています。このままでは宛の住民と財産がまるごと玄徳さまに取り込まれてしまいかねない――蔡瑁さんはそんな不安を覚えているはずです」


 使い潰すつもりで差し向けた劉備に力を蓄えられてはたまらない。おそらく蔡瑁は宛の住民の手当ては自分たちで引き受け、劉備にはこのまま宛を攻略するように命じるだろう。
 荊州の人士には南陽郡出身の者も多く、一族縁者も含めて宛と繋がりを持つ者もたくさんいる。宛の住民に対して蔡瑁が苛烈な措置をとる可能性は皆無といってよい。そんなことをすれば、荊州で築き上げた地盤にみずから鏨の一撃を加えるようなものである。
 ゆえに、宛の人々の行く末は蔡瑁たちに任せてしまって問題なし。諸葛亮は劉備にそう進言したのである。


 そして、この予測はほどなくして現実のものとなる。



◆◆



 こうして棘陽に戻った劉家軍はあらためて宛攻略に向けて動き出した。
 守備していた南陽軍はすでに四散し、城内の住民も大半は荊州軍に保護されている。だが、まだ宛には万をはるかに越える人々が残っていた。
 おそらく、その多くが無頼の徒であったり、貧しいがゆえに南陽軍にうち捨てられた者たちであろう。逃げ散った南陽軍の一部が戻ってきている恐れもある。何の準備もなく城に入れば、そういった者たちが何を企むかわかったものではない。
 張飛と趙雲の両名は、そういった事態を防ぐために宛に潜入して情報を集めていた。そして――


 張飛と趙雲の二人が宛から戻ってきたという報告を受けた劉備は、ほっと胸をなでおろしながら帰ってきたふたりを出迎える。
 統治する者がいなくなった宛の治安がよかろうはずはない。それでも張飛たちであれば大丈夫と信じたからこそ送り出したのだが、やはり心配なものは心配だったのである。
「鈴々ちゃん、星ちゃん、おかえりなさい――って、ふたりともどうしたの!?」


 劉備が素っ頓狂な声をあげたのは張飛たちの顔が黒々と汚れていたからであった。顔だけではない、袖や裾から伸びた手足も、そして服自体も同様の有様である。
 泥なのか、煤なのか、とにかく何かがあったことだけは間違いない。劉備はふたりの怪我を心配したが、幸いなことに返って来た声に苦痛は含まれていなかった。
「お姉ちゃん、ただいまなのだーッ」
「主、ただいま戻りました。見苦しい姿を晒して申し訳ござらんが、ご容赦いただきたい。ちと厄介な怪我人を拾いましてな。一刻を争う症状であると思われたので、急いで戻ってきたのです」
 そのために汚れを落とす暇がなかった、と趙雲は詫びる。


 むろん、劉備はそんなことを咎めるつもりはなかった。不安げに眉を寄せて問いかける。
「やっぱり、宛の中はひどい状況だった?」
「は、おおよそ我らが予測したとおりでありました。くわえて、その混乱に乗じてよからぬものたちが徘徊しておりまして」
「よからぬもの?」
 劉備が不思議そうに首を傾げると、張飛が憤然とした様子でそれに応じた。
「お兄ちゃんたちをいじめた、お面の奴らなのだ!」
「一刀さんたちをいじめたお面の人たちって……まさか!?」
 その条件に該当する者たちに想到した劉備の顔が厳しく引き締められる。


 趙雲はひとつうなずいた。
「さよう、偽帝に仕える告死兵とやらいう者たちです。城の地下牢で彼奴らと鉢合わせ、刃を交えることになったのですが――」
 趙雲はそこまでいって口を閉ざす。めずらしく言葉に迷っている様子だった。眉をしかめて口元に手をあて、そしてその手が汚れていることに気がついて舌打ちしそうな表情になる。


 それを見た劉備は、どうやら単純に告死兵と遭遇したという話ではなさそうだ、と判断し、ふたりに湯で汚れを落としてくるよう言った。
「怪我した人たちは孔明ちゃんたちが診てるんだよね? なら、手当てが終わってから一緒に話を聞いた方が、星ちゃんたちも二度手間にならなくて良いでしょ?」
「お気遣い感謝いたします、主。私も話す内容を整理しておくといたしましょう。なにぶん、実に奇怪な連中でしてな。これをいかにして一大怪奇譚に仕立て上げるか、この趙子竜をもってしても中々に難しいといわざるをえません」
 むむむ、と考え込む趙雲を見て劉備は思った。もしかしたら、それほど深刻な話じゃないのかも、と。


 それが趙雲なりの韜晦であったと劉備が気づいたのは、この少し後、宛の地下で起きた出来事を聞いた時である。





 湯で顔と身体を拭い、服も着替えてさっぱりとした趙雲は、治療から戻ってきたふたりの軍師に問いかける。
「それで、孔明、士元。あの者たちの様子はどうだ?」
 問われた諸葛亮は鳳統と顔を見合わせ、声に困惑を乗せて応じた。
「女の子の方は衰弱していますが、怪我はありませんでした。たぶん、十分な食事と休養を与えれば回復するでしょう。ただ、あの牢番の方は……」
 言葉を途切れさせた諸葛亮を見て、趙雲は短く訊ねた。
「危ういか?」
「脈や呼吸を見るかぎり、危険な状態であることは間違いありません。ただ、私も雛里ちゃんもお医者さんというわけではないので、正直なところ、どれだけ危険で、何をすれば回復するのかがつかめません」
 諸葛亮が言うと、鳳統もこくりとうなずいて続けた。
「それともうひとつ……何をすればあんな、身体を内側から壊したような怪我を負うのかもわかりません。あの怪我、単純に斬られたり、地面に叩きつけられたりして負った傷ではないですよね? いったい宛で何があったんですか?」


 問いかけられた趙雲は張飛と顔を見合わせ、これも表情に困惑をあらわして応じた。
「私と鈴々が地下牢に行ったのは、そちらから悲鳴が聞こえてきたからでな。おそらく、その傷を負った際に牢番が発した悲鳴だったのだろう。だから、具体的にあの者が何をされたのかは見ておらんのだ。そのあたりはあの少女に訊くしかあるまい」
「ええと、あの子は蒋欽、字は公亦っていうのだ」
 張飛の言葉を聞いた鳳統が少しだけ目を細めた。
「蒋公亦……たしか、南陽の李太守の下にいた人ですね」
「らしいな。牢から出したとき、あの少女もそう言っていた。その後、力尽きたように意識を失ってしまったが」


 それまで黙っていた劉備がここで口を開いた。
「その蒋欽って子は牢にいたんだよね。仲に仕えていた人が牢に閉じ込められていたってことは、その子は私たちの敵じゃないってことかな?」
 その疑問に、諸葛亮は首を傾げる。
「どうでしょうか。李太守が仲に対して離反を目論んでいたのはほぼ確実です。その李太守に牢に入れられたとなると、蒋欽という人はあくまで仲に忠誠を誓っていた方である、とも解釈できます」
「あ、それもそうだね。そうすると、その子とも早めにお話しておいた方が良いかな。せっかく牢から出られたと思ったら、今度は敵かもしれない人たちに捕まっちゃったってなったら、落ち着いて養生することもできないもの」


 それを聞いた諸葛亮は微笑んでうなずいた。
「はい。それがよろしいかと思います」
 趙雲も賛同するように軽やかに笑った。
「話を訊くにしても、体調が回復せねばどうしようもありませんからな。それに、あの少女、地下牢が炎に包まれた際、枷に繋がれていたわが身ではなく、牢番の方を助けてほしいと請うた剛の者。仮に仲の忠実な臣下であったとしても、助けるに値する人物でありましょう」
「星のいうとおりなのだ。きっと良い子なのだ」


 張飛が力強く同意するが、ふたりの軍師は少し違うところが気になったらしい。諸葛亮がおそるおそる口を開く。
「……あの趙将軍」
「む、どうした孔明?」
「今、さらりとすごいこと言いませんでした? 地下牢が炎に包まれた、とか」
「言ったな。唯一の出口である階段を塞がれ、火を放たれ、目の前には死を覚悟した告死兵。いやはや死ぬかと思った」
「あのあの、どうやったらその状況からほとんど無傷で生還できるんですか……?」
 友の言葉に鳳統もこくこくとうなずいた。
「絶体絶命って言葉がこれほど相応しい状況もないよね……」


「それはこれから話そう。といっても、どこからどこまで話せば良いのやら、未だにはかりかねているのだがな。正直『あれは悪い夢だった』で終わらせてしまいたいところだ」
 そういって趙雲は宛の地下牢で起きた出来事を話し始めた。
 城を探っている最中、張飛が地下牢からの悲鳴を聞きつけたこと。
 地下牢にいた三人の告死兵とひとりの金ピカのこと。
 そして、告死兵のうち一人を倒し、一人を取り押さえた後のことを……







 ――趙雲が語り終えたとき、室内には奇妙な沈黙がたゆたっていた。
 あるいは「奇妙」ではなく「微妙」と言いかえた方が、場の雰囲気をより適切に表現できるかもしれない。
 諸葛亮がおそるおそる口を開いた。
「ええと、つまり、その告死兵さんたちは痛みを感じない人たちだった、ということですか?」
「そういってよかろう。私が取り押さえた方は自分から腕を折って拘束から抜け出し、鈴々に吹き飛ばされた方も、確実に胸骨の一本二本はへし折れていたはずなのに、平然と立ち上がったからな。常人であれば耐えられるものではない」


 趙雲はそこまでいって、眉をひそめた。
「それだけであれば、さすがは仲の最精鋭、たいした忍耐力だ、という風に片付けることもできるかもしれん。しかし、その後がな……」
「楊松という人の命令で、自らに油をかけて火をつけた……ですか。趙将軍のお言葉でなければ、容易に信じられないところです」
 鳳統が目を閉じたまま呟くように言う。怯えているわけではないのは、その声音が震えていないことからも明らかであった。
 趙雲はうなずく。
「さもあらん。この目で見た私ですら唖然としたからな。主君に忠誠を誓う兵であれば、死ね、という命令に従うこともありえよう。だが、あれはそんな高尚なものではなかった――」




 上半身を火に包んで襲い掛かってくる二人の告死兵。
 これには趙雲も張飛も手を出しかねた。火傷の痛みに苦しみながら半狂乱で襲ってくるだけ、というのであれば対処することはできたであろう。だが、告死兵の動きは先刻までとほとんどかわっていなかったのだ。
 ヘタに素手で相対すれば、こちらが火傷を負ってしまう。もし、しがみつかれでもした日には火傷どころの騒ぎではない。


 趙雲は懐に秘めていた小刀を取り出した。こうなれば喉を掻き切って一撃で絶命させるしかない。
 しかし、当然といえば当然だが、非常に間合いが掴みづらかった。それに、こちらから間合いを詰めれば、それだけ敵に捕まえられる危険が増す。
 趙雲たちにとって幸いだったのは、そうこうしている間に徐々に告死兵の動きが鈍りつつあることだった。火傷の痛みには耐えられても、炎で傷ついた体組織が治癒するわけではない。たとえ痛みを感じないとしても、火に包まれた身体が次第に動きを鈍くしていくのは道理であった。


 もっとも、それはそれで別の問題を内包してもいた。
 時間が経つにつれて、告死兵の身体から飛び火した炎が地下牢に広がりつつあったのである。
 火事における炎と煙の危険はあらためて語るまでもない。それが地下であれば、なおのこと脅威の水位は上がる一方だった。
 おそらく、それもまた楊松の狙いのひとつだったのだろう。趙雲たちの注意が炎兵に向いている間、楊松はさっさと階段まで移動し、ただひとり健在の告死兵に入り口を死守するように命じると、高笑いをあげてその場を去っていった。
『出来損ないとはいえ、我がシユウと共に死ねるのだ。光栄に思え』
 そんな台詞を残して。
 

 その後、趙雲たちは蒋欽の助言によって牢内の布(寝台のじめっとしたやつ)を利用して炎に対処することに成功し、かろうじて地下牢を脱することに成功する。
 蒋欽を縛めていた鎖に関しては、張飛が気合一声、見事に引きちぎっていた。





 あらためて趙雲の話を振り返った諸葛亮は、眉を八の字にして考えに沈んだ。
「――色々とツッコミたいところはありますが、いま気にするべきは楊松の言葉ですね」
「そうだね、朱里ちゃん。『出来損ない』『我が』『共に死ねる』……この言葉からすると、シユウっていうのは告死兵の人たちを指すって考えられるね。そして、それを指揮しているのが楊喬才」
「黄帝と戦った蚩尤のこと、なのかな? 確かにすごく強そうだし、中華帝国に叛逆するって意味では相応しい名前なのかもしれないけど」
「痛みを感じないだけでもおかしいのに、いくら命令とはいえ、何の躊躇もなく自分に火をつけられるなんて……どんなことをしたら、そんな兵士ができるんだろう? しかも出来損ないってことは、楊松にとってまだ先があるってこと」
「……ちょっと想像がつかないけど、でも放って置くわけにもいかないよね。雛里ちゃん、楊松って人の名前、記憶にある?」
「さっきから考えているんだけど、少なくとも報告にあった仲の廷臣にはいなかったはずだよ。新参の人が皇帝の親衛隊を指揮できるわけないから、たぶんかなり仲の中枢に近い人だと思うんだけど、それなら報告から漏れるっていうのは考えにくいし……」
「もしかしたら、仲に直接仕えているんじゃなくて、仲の重臣の誰かに仕えているのかも」
「陪臣ってこと? それなら報告に名前がないことも説明がつくね」
「ただ、もし陪臣だったとすると、特定するのがものすごく大変になりそう」
「仕方ないよ。もし、趙将軍たちが戦ったような人たちが襲撃してきたら、普通の兵隊さんじゃ太刀打ちなんて出来ないし、早めに手をうっておかないと」


 軍師たちは言葉を重ねていくが、その内容はほぼすべてが疑問と推測で構成されていた。
 これは仕方ないことである。なにしろ情報が少なすぎる。それでもできるかぎり疑問点を抽出しておくのは必要なことであり、蒋欽から話を聞く際の助けにもなるだろう。
 黙って話に耳を傾けていた劉備は、そちらの対策は軍師たちに任せることにして、当面の作戦に集中することにした。


「星ちゃん、話を聞いたかぎりだと、わたしたちはなるべく早く宛に入るべきだと思ったんだけど、どうかな?」
「は。ご報告しましたように宛の内部はかなり荒れております。これを治めようとすれば反発は避けられませんが、時間を置いたところで、状況は悪くなりこそすれ良くなることはないでしょう。であれば、確かに主の仰るように、許昌なり寿春なりが動く前に入城してしまうのが得策かと」


 すでに仲は動き出している。
 楊松の動きが軍と連動しているかどうかは定かではないが、警戒しないわけにはいかない。
 そして、その間隙をぬって許昌の騎兵部隊が長躯して南陽郡に侵略してくる、という事態も十分に考えられる以上、ぐずぐずしていては機を逸することになる。
 ただし、と趙雲は続けた。
「仲の――いや、ここは楊松の、というべきですかな。あやつの狙いが判然としておりません。宛に別の手勢が潜んでいるやもしれませぬゆえ、さしあたって私と、そうですな、叔至どの(陳到)の隊が先行して宛をおさえましょう」


 それを聞いた張飛が不服そうに唇を尖らせる。
「えー、鈴々は留守番なのか!?」
「鈴々は主の護衛だ。告死兵だか蚩尤だか知らぬが、彼奴らが直接に主を狙ってくる可能性もないとはいえん」
「そ、それは大変なのだ! お姉ちゃんは鈴々が守ってみせるのだッ」
「うむ、任せた。国譲(田豫)らでは、まだあれらの相手は荷が重かろう」
 趙雲はそう言った。当然というかなんというか、劉備自身の力量は計算の外である。


 実のところ、劉備はこっそりと剣の鍛錬を続けていたりするのだが、残念ながら成果はまったくといっていいほどあらわれていない。正確にいえば、鍛錬の後の筋肉痛が少し軽減した、という事実はあるのだが、これを成果と呼ぶのは劉備といえどためらわれた。
 それに、仮に少しばかり成果が出ていたとしても、張飛と趙雲のふたりを苦戦させた相手と互角にやりあえるはずもない。ちょっと情けないなあと思いつつも、劉備は張飛に頭を下げた。
「お願いね、鈴々ちゃん」
「お願いされたのだ!」
 元気良く応じる張飛を見て、劉備と趙雲はちらと目を見交わし、微笑みあう。
 張飛の言動が微笑ましかったためであるが、もうひとつ、劉家軍の小さな虎将が消沈の時期を乗り越え、本領を発揮しはじめたことを確信したゆえの笑みであった。







◆◆◆






 
 洛陽を出て虎牢関を通り、さらに汜水関を抜けて許昌へと。
 索漠たる河南の大地を駆け抜ける一団の陣頭には、秋風にはためく一本の黒旗が掲げられていた。
 一見すれば黒一色、よくよく見れば十字に鳥羽の紋様が縫われたこの黒旗こそ、後漢末期の争覇戦において誰知らぬ者とてない勇名を博することとなる北郷一刀の『玄鳥十字』であった――


「……と評されるようになればいいなあ、と思う今日この頃である」
 休息の際、俺が愚にもつかないことを呟いていると、隣にいた徐晃が怪訝そうな顔を向けてきた。
「一刀、今なにか言った?」
「ん、ああ、張太守の急な呼び出しは何が理由なのかなって気になってな」
 それを聞いた徐晃は飛雪(徐晃の馬の名前)の首を撫ぜながら、同意するようにうなずいた。
「いきなり急使が来たと思ったら、大至急戻って来い、だもんね。おかげで五斗米道の人たちの案内もできなくなっちゃったし」


 徐晃のいうとおり、張莫からの急な召還のため、俺と徐晃、司馬懿、鄧範は司馬家の私兵と共に許昌へと駆け戻ることになった。
 俺たちが許昌に召還されること自体は予測していたことだったが、そこに「大至急」の文字が加えられていたことは予測の外だった。ただの召還であれば、許昌へ行くという五斗米道の人たちを護衛しながら戻ることも出来たのだが、宮廷への貢物をたずさえた彼らが急ぎの騎行について来られるはずもなく、洛陽で別れることになったのである。


「まあ洛陽から許昌までだったら、そうそう賊も出ないだろう。棗将軍(棗祗)にも頼んできたから、許昌に向かう時は護衛の兵士もつけてくれるだろうし、心配はないさ」
 俺の言葉に徐晃がこくりとうなずくと、それに応じて長い亜麻色の髪が上下に揺れた。
 ちなみに、徐晃の髪型はたいてい頭の後ろで一つに束ねた、いわゆるポニーテールというやつなのだが、今は直ぐに垂らした状態である。
 その髪が陽光に反射してきらきらと輝いて見えるのは、徐晃が髪を洗った直後だからであり、この場に司馬懿と鄧範がいない理由もそれで察していただきたい。
 さきほど、俺が黒旗を見上げて妙なことを考えていたのは、ともすれば勝手に動き出そうとする心身(?)を抑制するためでもあった。



「そういえば」
 不意に徐晃がじっと見つめてきたので、俺は目を瞬かせた。
「ん、なんだ?」
「字(あざな)のこと、ほんとにあれで良かったの?」
「俺としてはまったく問題ないんだけど、なんか変だった?」
「うーん、変だってわけじゃないんだけど……」
 徐晃は困惑したように言葉を詰まらせる。
 あの徐公明がここまで困惑をあらわにする事態とはいったい何なのか。それは今まさに徐晃が口にした字に関することである。
 洛陽で旗職人から黒旗を受け取った際、俺の脳裏にあるアイデアが閃いたのだ。


 そうだ、字をつけよう、と。


 中華帝国において、字は成人の証としてみずからつけるものである。まあそうではないことも多々あるが、それはさておき、俺もこれまで初対面の人に名前を名乗った折、字は何だと訊ねられたことが何度かあった。
 その都度、東夷の人間だから云々と言ってきたわけだが、それもいい加減面倒になってきた。くわえて、洛陽の鍾会にも気になることを言われたのだ。
『君の字が何だろうとぼくにはどうでもいいことだが、まわりにあたえる影響というものもある』と。



 どういうことか、というと。
 中華帝国では、他人の名(諱 いみな)を呼ぶことは、それが主君や親といった目上の人間でないかぎりはとても失礼なことであるとみなされる。
 一方、中華の人間ではない俺にその観念はない。なので、たとえば徐晃が俺を「一刀」と呼ぶことは、俺にとって何の問題もないことである。そして、俺の周囲にいる人たちはたいてい事情を知っているので、徐晃が非礼な行いをしている、と眉を吊り上げることもない。


 だが、事情を知らない他者――たとえば宮廷の人間などから見れば、徐晃は部下の身でありながら、虎牢関の守将である俺の名を呼び捨てるという言語道断な振る舞いをしていると映ってしまう。ひいては、俺という武将は部下の非礼を糾すこともできない無能者だ、と評価されてしまうのである。
 劉家の将として許昌に滞在している以上、他者の評価なぞどうでもいいと切り捨てることはできない。ましてや親しみをもって俺の名を呼んでくれる人たちに無用の悪評をなすりつけることは本意ではない。


 劉家軍では俺が中華の人間ではないことは広く知られていたし、俺を一刀と呼ぶ人は大体が目上の人間だった。だから、これまでそういったことはあまり、というか全然気にしなかったし、注意もされなかったのだが、許昌では事情が異なってくるわけである。
 そういった理由もあって、俺は自分の字をつけることにした。


 その字とはずばり「一刀」である。


 発表した瞬間、徐晃と鄧範からものすごい微妙な視線を向けられた。
 司馬懿は小さく微笑んで拍手してくれたが、たぶん司馬懿は俺が「寿限無寿限無五劫の擦切海砂利水魚」と発表しても同じように微笑んでくれたのではあるまいか。あ、いや、さすがにそれはないかな?
 ともかく、これで俺は「姓は北郷、名は一刀、字も一刀」になったわけだ。
 うむ、実に個性的。



 名と字が同一というのはめずらしいが、歴史上に例がないわけではない。唐の名将 郭子儀や「春眠、暁を覚えず」とうたった孟浩然といった例があるので、別段、礼儀や常識に反した名乗りではないだろう。
 まあ冷静に考えるといずれも後代の人なので、ある意味でさきがけになってしまった気がしないではないが、それはともかく、二十年近く「一刀」と呼ばれてきたのに、ここで別の名を名乗る必要はない。というか、普通に気に入っているのでかえたくない。
 名をかえず、かつ俺の名を呼んでくれる人たちを無礼者にしないためには、名と字を等しくするしかなかったのである。


 

 徐晃がわざわざ俺と二人の時を見計らってこのことを口にしたのは、たぶん俺が字がどうこう言い出したのは自分のせいだ、と考えているからだろう。今のところ、俺の周囲で俺を「一刀」と呼ぶ人は徐晃くらいしかいない。
 その証拠に草原生まれの少女はこんなことを言い出した。
「あの、もし私のせいなら、呼び方かえるよ? 仲達さんみたいに北郷さまとか、士則みたいに驍将どのとか」
「ほう? ということは、これから俺は公明のことを『尊敬おくあたわざる徐将軍』ないし『中原を駆ける白き狼こと徐公明どの』とお呼びすればよろしいわけですな?」
 ちなみにどうして蒼ではなく白き狼なのかというと、徐晃の真名である鵠(こく)が白鳥を意味するからである。


 この返しは予想してなかったのか、徐晃は驚きのあまりひっくり返りそうになっていた。
「私の呼び方がなんかすごいことになってる!?」
「要約すると、細かいことは気にするな、ということだ」
 その一言で俺の意図を察してくれたのか、徐晃はばつが悪そうにうなずいた。
「……う、うん、わかった。気にしないことにする」
「わかってくれてなによりだ、尊敬おくあたわざる白き狼どの」
「わー、気にしないっていったのにッ」


 顔を真っ赤にして両手を振り上げる白狼どのをからかっていると、後方から呆れたような声がかけられた。
「相変わらず仲の良いことだな、ふたりとも」
 そういって姿を見せたのは鄧範で、その後ろには司馬懿の姿もあった。
 鄧範は苦笑気味、司馬懿の方は表情こそあまりかわっていないが、俺たちを見る目はとても暖かい。決して生温いわけではない。
 しかしあれだな、二人とも徐晃と同じく小川の水で軽く旅塵を拭ってきただけのはずなのに、髪や肌の艶が四半刻前とは大違いですよ。


 俺はさりげなく二人から視線をそらしつつ、なるべく平静な声で応じた。
「仲良きことは美しきかな、といってだな」
「なるほど、だから公明をからかっていた、と」
「うむ、そのとおり」
 そんなやりとりを鄧範としていると、横から沈んだ声が聞こえてきた。
「……あの、一刀? たとえ事実だとしても、何のためらいもなしに同意されると少し悲しいんだけど」
「からかうことは美しきかな、といってだな」
「それは絶対に嘘!」
「バカな、なぜばれたッ!?」
「いや、そんな驚愕されても困るんだけど……」
「じゃあ、からかうことは楽しきかな」
「よけいタチが悪いよ!」


 基本、この四人が集まると、俺が徐晃をからかい、鄧範がそれに冷静に突っ込みをいれ、司馬懿が時折笑いをこらえながら見守っている、という形になる。
 この時もそうなった。
 張莫からの大至急の召還命令は俺たちの胸に小さからざる影を落としていたが、最悪の事態にはならないだろう、という確たる予測が俺たちにはある。
 ここでいう最悪の事態とは、たとえば俺たちが弘農王らを密かに逃がしたことがばれて斬首に処される、とかそういう状況である。もしそうなら、俺たちに「大急ぎで許昌へ戻って来い」などという命令は出ない。棗祗か、あるいは楽進、鍾会あたりに「ただちに北郷たちをひっ捕らえろ」と命じて、その上で檻車に放り込んで許昌まで連れてこさせるだろう。


 俺たちにある程度の行動の自由を許したということは、そこまでの事態であるとは考えにくい。だが、状況が状況なだけに吉報であるとも思えない。
 自然、道中の雰囲気は明るいものとはならず、時々、やむをえずに(ここ重要)俺が徐晃をからかって雰囲気を盛り上げたりする場面も出てくるわけである。決して俺が好きこのんで徐晃を弄って遊んでいるわけではない、ということは声を大にして言っておきたい――のだけど。
「俺自身が楽しんでいることは否定できない事実なわけで」
「その言葉で何もかも台無しッ」
 ぽかぽかと俺を叩きながら徐晃が言う。
 まったく反論できなかった。



◆◆



 そんな道中を経てようやく許昌へたどり着いた俺たちは、その足で丞相府へ赴いた。
 曹操はまだ許昌に戻っておらず、俺たちを迎え入れてくれたのは張莫である。そこで俺たちは張莫に今回の召還命令の真意を伝えられた。
 幸いというべきは張莫に俺たちを問罪する意思がなかったことである。ではどうして大至急戻って来いと命じたのかといえば――


「なに、叔達(司馬孚)の話を聞いたところ、北郷将軍は功績が欲しくて欲しくてたまらない、という感じだったのでな。折角いただいた良案も、あの黒い悪魔の襲来で中止になってしまい、私としても心苦しく思っていたのだ。すると、折り良く――とは立場上言えないのだが、今度は南で兵乱の気配が起きた。これはぜひとも北郷閣下にご出馬願わねばと考えた次第なのだよ」
「つまり、蝗害のせいでてんやわんやの時に仲が動きやがった、人手が足りないので功績が欲しそうな北郷をぶつけてやれ。勝てばよし、負けても時間稼ぎくらいにはなるだろうと。そういうことでよろしいですかね?」
「うむ、まさに以心伝心。よくぞ我が意図を読み取ったな、北郷」
 清々しい笑顔でうなずく張莫。今にもサムズアップしかねない調子である、こんちくしょう。


 俺は徐晃に頭を下げた。
「すまない、公明。俺が間違っていた。たとえ事実だとしても、なんのためらいもなしに笑顔で同意されると、確かに悲しくなってくるな、こういうのは」
「わかってくれて嬉しいよ」
 俺と徐晃がしみじみうなずきあっていると、張莫はからからと笑いながら「すまんすまん」と謝ってきた。


「今、北郷がいったことは基本的に私の本心なのだが」
「ええ、わかっていますとも」
「くく、まあ聞け。本心は本心だが、タダでこき使うとは言わん。贖罪の件、私が請合おうではないか」
 そう言うと、張莫はちらりと俺に流し目を送ってきた。
「お前のことだ。唐突に手柄に執着しはじめたのは、そこな麒麟児どのの助命を願うためなのだろう? ついでに公明や叔達たち司馬一族の助命も確実にしておきたい、といったところか」


 そういうと、張莫は指折り人名を口にしはじめた。
「北郷と公明に関しては、いまさら私が口を挟むまでもなく助かる。そもそも、私から見ればお前たちには罪といえるほどの罪はないしな。叔達ら司馬一族に関してはそう簡単にはいかないが、汜水関、虎牢関、さらには洛陽での奮戦を鑑みれば、華琳のことだ、少なくとも族滅などという手段はとるまい。さすがに無罪放免というわけにはいかないだろうが、それは私が適当に取り計らって叔達らに危害が加えられぬようにする。これは我が真名にかけて確約しよう」
 それを聞いた司馬懿と鄧範が目を見張った。
 曹操から首府たる許昌を委ねられた人物が「我が真名にかけて」とまで言ってくれたのだ。はっきりいって、この段階で司馬孚たちの助命は成ったも同然であった。


 俺たちが頭を下げようとすると、張莫は右手を左右にひらひらさせた。
「ああ、別に頭を下げる必要はない。私が叔達の能力と人柄を買っただけのこと、今はまだ未熟だが、あれは長ずれば華琳にとって欠かせない臣となる。おそらく華琳も同じ判断を下すだろう。ゆえに、これに救いの手を差し伸べることに何らためらいはないのだが、直接叛乱に加わった姉たちはそういうわけにはいかん」
 張莫は鋭い眼差しで司馬懿を見据えた。
 司馬懿は怖じるでも媚びるでもなく、まっすぐに張莫を見つめ返す。どういう感情の変化によるものか、張莫の唇の端がかすかにつりあがった


「許昌より弘農王を連れ出した司馬伯達は死んだと聞いた。死人に罪は問えず、ならば生き残った妹の仲達に処罰が下されるは当然のこと。しかしながら、大人しく罪を認めて朝廷に従ったことは評価できる。年齢を考えれば、仲達はただ姉に従っただけであり、死一等を減じることもかなうやもしれん。たかだか十三、四歳の小娘に、洛陽で何ができたはずもないしな?」
 張莫の声にからかうような響きが宿る。
 この陳留の太守さまは、司馬孚から自分が虎牢関を去った後に何が起きたかはおおよそ聞いているはずだ。おそらく鍾会あたりからも報告が届いているだろう。つまり、張莫は司馬懿が洛陽で何をしたのか(それと壷関襲撃に関する献言も)ほぼ掴んでおきながらこの言い草なのである。ああ、なんという性悪。徐晃が悪影響をうけてしまったのも無理からぬことといえる。



「そこで何やら嘆いている宇宙どの、私の言いたいことは察してくれたか?」
「つまり、そういう論法で曹丞相を説得してほしければ、馬車馬のように働いて来い、と」
「素晴らしい、まさしく完璧な解答だ。北郷、本気で私の下に来ないか?」
「自分の部下になれば、好きなように称号をつけられるとか考えていませんか?」
「ぎく」
 わざとらしく言葉に出す張太守のことは決して嫌いではない。嫌いではないんだが、相手をするたびに溜息を吐きたくなる俺の心情も誰か理解してください。


「……その尽きない情熱の根源を教えてほし――いえ、やっぱりいいです」
「もういっそのことお前、字を宇宙大とかにしないか? そうすれば誰はばかることなく宇宙大将軍と呼べるんだが」
「断固としてお断りいたしますッ! というか、字はつい先日つけましたッ」
 間一髪だった。あぶないあぶない。


 俺の字を聞いた張莫は小さく肩をすくめた。間違いなく何か言われるだろうなあと思ったが、そんなことはなく、張莫は何事か考えた末にこういった。
「ふむ、なら私もこれからは一刀と呼ぶか。で、早速だが一刀――いや、今さらだが、というべきかな」
「あ、は、はい、なんでしょうか?」
「お前、関雲長が負傷したことは聞いているか?」


 どくん、と心臓が嫌なはね方をした。



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