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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:fbb99726 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/31 22:57

 司州河南尹 孟津


 孟津は河内郡と河南尹を結ぶ黄河の渡しである。先ごろ、袁紹軍の高幹が五万の大軍を引き連れて渡河をはかったのもこの場所だった。
 洛陽を出た俺は少数の兵を率いてその孟津へとやってきていた。
 袁紹軍と戦うため――ではない。中原をめぐる曹袁両家の激闘は、今、ある理由によって中断を余儀なくされていた。 


 黄河の南岸に到着した俺は、鞍上から地面に降り立つと、足元にいた一匹の昆虫を掴みあげる。
 四角い頭部から伸びた二本の触角、大きな両眼、頑強な大顎、そして強靭な後脚。見まがいようもない、それはバッタであった。
 この地では飛蝗(ひこう)と呼ばれるこの虫は、日本でいうところのイナゴではなく、トノサマバッタの類である。体長は俺が知っているイナゴの二倍から三倍というところか。身体は全体的に黒光りしており、ある種の甲虫を思わせる。


 つかまえていた飛蝗から手を離す。
 すると、飛蝗は河岸に着地するや、すぐにあたりに生えた草を一心不乱に食べはじめた。人間に捕まえられたばかりだというのに、逃げ出す気配など露みせない。その姿は何故だか見る者の背筋を冷たくするものがあった。


 これが一匹だけであれば、その悪寒はただの気のせいで片付けることができただろう。食い意地のはった虫もいるんだな、と笑うことさえ出来たかもしれない。
 しかし、俺の視界に映る飛蝗は一匹だけではなかった。あちらに十、こちらに二十と散らばっており、ざっと足し合わせただけでも総数は百をはるかに越えている。
 それだけの数の飛蝗が、何かにとり憑かれたかのようにただひたすら草木を貪り喰っているのだ。
 気味が悪い、などというものではなかった。正直、いますぐ回れ右して、この場から立ち去ってしまいたい。
 そうしないと、あたりの草を食べ尽くした虫たちが、次は俺や馬に襲い掛かってくるのではないか。そんなことがあるはずはないとわかっていても、虫たちの旺盛すぎる食欲を見ていると、そんなおぞましい空想が自然と脳裏をよぎってしまうのである。






 蝗害、という言葉をはじめて知ったのは、俺がまだ小学生になるかならないかの頃だった。教えてくれたのは両親である。
 どうしてそういう流れになったのかというと、うちの両親、特に母親の方が大のバッタ嫌いで、俺が持ち帰ったトノサマバッタ(その日の虫採りの成果だった)を見て大騒ぎになってしまったのだ。
 別に怒られたりはしなかったが、滅多なことで動じない母親が顔面を蒼白にして「バッタとはこれこのように人に害を為す悪魔の化身である」と力説しはじめたものだから、小さかった俺はびっくりしながらもただただ聞き入るしかなかった。正座で。
 この時、話の流れから蝗害という災厄があることを教えられたのである――余談だが、我が家では某変身ヒーローがテレビに映るたびにチャンネルが強制的に切り替えられる。



 それはさておき、中華帝国において蝗害は旱魃、洪水と並ぶ天災として恐れられており、これをしずめるのが皇帝たる者の責務のひとつとされた。
 こういう言い方は不謹慎だが、ゲームなどでは蝗害はけっこうおなじみだろう。夏や秋に発生し、兵糧を食い荒らした挙句、人口、民忠(民衆の忠誠度)を激減させるこの災害は、疫病と並んで多くのプレイヤーを嘆かせたはずだ。たいがいセットで飢饉がついてくるし。
 俺はこれを喰らうたびに「ふざけんなー!」と叫んで『システム』→『ロード』のコンボを炸裂させていた。
 丁寧に時間をかけて国力をあげていたのに、何の前触れもなく襲ってくる蝗害ですべてを台無しにされるなんて理不尽極まりない。そんな理不尽をどうして素直に受容しなければならんのか! というのが、この反則行為を正当化する俺の理屈であった。


 だが。
 いうまでもないが、これはゲームだからこそできる蝗害回避手段である。
 現実で蝗害に遭遇してしまえば、なんとかしてこれに対処するしかない。たとえ、それがどれほど理不尽なものであったとしても。



◆◆



 俺が飛蝗襲来の第一報を聞いたのは、退却する袁紹軍、なかんずくしんがりを務めていた敵将の張恰を討つべく兵を動かしていた最中のことである。
 もうすこし正確にいうと、李儒を捕らえ、方士を退けた俺が、徐晃、司馬懿と共に先行している楽進、棗祗らの軍勢に合流するべく洛陽を出ようとした、まさにその時、許昌の張莫が遣わした急使が駆け込んできたのだ。
 張莫からの使者といえば、つい先日、黒絹の大旗をもってやってきたことが思い出されるが、今回のそれは重要性と緊急性において先日の使者とは比較にならなかった。


 張莫からの報せは、おおよそ次のようなものだった。
 飛蝗の大発生が確認されたのは黄河上流部。位置的にいうと、河東郡と西河郡が接するあたり。このあたりは先ごろの戦乱で主戦場となった場所であり、河東郡の人々が飛蝗の大発生に気づくのが遅れた一因はここに求められるだろう。
 飛蝗発生の報せは真っ先に河東郡の太守である王邑(おうゆう)のもとに届けられ、王邑から許昌の張莫へ、そして張莫から曹操へと順次伝えられていった。
 曹操と袁紹は飛蝗の発生を知るや、すべての作戦行動を中止し、停戦への話し合いを始めたという。
 飛蝗の大群は黄河の流れに沿うように東へと移動を続けている。このまま進めば、その先にあるのは袁紹領である冀州と曹操領である兌州。この二つの州は、曹操にとっても袁紹にとっても決して手放すことのできない治世の要である。ゆえに、早急に蝗害の対策をとらなければならない。
 後から聞いた話では、双方とも無駄に意地を張ることはなく、先の戦いの遺恨を口にすることもなく、停戦はまるであらかじめ定められていたかのごとく速やかにまとまったそうだ。



 そういった情勢を伝えた上で、張莫(曹操)は俺に次の命令をくだした。
 袁紹軍は北帰するにまかせよ。追撃はこれを全面的に禁じる、と。


 それを聞いたとき、徐晃は首をひねって疑問を呈した。
「停戦したんだから、追撃をしないっていうのは当たり前だよね?」
 言わでものことではないか、と不思議に感じたらしい。
 俺は頬をかいて徐晃の問いに応じた。
「釘を刺してきたんだろ、たぶん」
「釘?」
「停戦のせいで壷関の襲撃が中止になっただろう? 張太守のことだ、俺が功績を漁ろうとしていたことには気づいているだろう。ここで功績欲しさに突出したりするなよって言いたいんじゃないかな」
 おそらく曹操の命令は前半だけで、後半にわざわざ追撃禁止なんて付け足したのは張莫ではなかろうか、と俺は邪推した。


 俺の説明を聞き、徐晃は納得したようにうなずいた。
 うなずいて、もう一度首をひねった。
「つまり、今のところは何もするなってことだよね、この命令は?」
「そうだな。それがどうかしたか?」
 俺が問うと、徐晃は何事か考えながら疑問を口にする。
「その、蝗害が起きたときって色々やらないといけないことがあると思うんだけど……」
 そういう徐晃の顔はどこか青ざめて見えた。
 聞けば、徐晃が母である楊奉と共に草原にいた頃、蝗害が匈奴の地を襲ったことがあったという。多くの家畜が死に絶え、餓死者も出る事態になったそうだ。徐晃の顔色が悪く見えたのは、その時のことを思い出したからなのだろう。


「たしかに荒政の準備は急がないとまずいだろうな」
 俺は眉間にしわを寄せてそう言った。
 荒政。漢字で書くと、虎よりも猛しという苛政と同義と思われてしまいそうだが、実際は蝗害(飢饉)対策の諸政策を指す。
 飢民に食料をほどこす、税を軽減ないし免除する、農民に次の年にまく農作物の種(飛蝗は種まで食べ尽くしてしまうので)を貸し出す等、その内容は多岐にわたる。これを怠ると、蝗害はたちまち飢饉に結びつき、飢饉は大量の流民を生み、大量の流民はそれまでの社会体制を崩壊させて、ついには大規模な叛乱からの国家転覆へとつながってしまう。 蝗に『皇』の字があてられているのは、蝗害の対処が皇帝の命運を左右するからだ、という説もあるそうな。


 その真偽はさておき、中華帝国の歴史上、王朝の倒壊の陰に蝗害の影響があった例は少なくない。
 一方で、荒政を実施した王朝が致命的な事態に陥った例はほとんど見られない。
 時に、蝗害は天災ではなく人災であるといわれることがあるが、それはこういった側面を指しているのだろう。


 俺がそう言うと、徐晃は目を丸くした。
「それなのに、わたしたちは何もしなくていいの?」
 俺はその疑問に正直に答えた。
「何もしないというか、何もできない。荒政のための資金も情報も権限も、ついでにいえば能力も、俺にはないからな」
 いざ荒政を実施するとなれば、洛陽周辺の人口の把握からはじめなければならない。戦いを避けて山野に逃げ隠れしている人たちを呼び戻す必要もある。ほうっておけば、飢えた民衆は流民と化して他の地方を襲ってしまうからだ。
 なので、まずはそういった人々が飢えないように官庫を開いて食料をほどこしたり、蝗害の被害が出ていない地方から食料を買い求めたりしないといけないわけだが、そのいずれも一武将の判断で行えることではない。


 仮に俺が独断で食料を集めたとしても、問題はまだ残っている。これから先、俺たちがずっと民衆に食料をあたえ続けることはできないので、人々が官の援助なしでも生活できる態勢をつくりあげる必要がある。
 洛陽周辺の耕地面積を調べ、必要分の種や農具をそろえる。農耕用の牛馬も必要だ。状況によっては耕地を広げるための治水作業も行わねばなるまい。租税の減免も考慮する必要がある。
 それ以外にも、河内郡をはじめ他州から流民が流入してくる恐れもあるから、そちらに対する備えも怠ってはならない。


 ――うん、どう考えても一武将が実行できるこっちゃないですね。強大な権限と、政治、軍事、経済にまたがる総合的な能力を併せ持った者が、潤沢な資金、食料、兵力を駆使して初めて成功するかどうか、といったところだろう。
 今回の戦いで急遽虎牢関の守将に任命された俺には、明らかに手に余る。もちろん、そんなことは張莫も重々承知しているはずだ。張莫が俺に蝗害に対する指示をしなかったのは、する必要がなかったからであろう。
「停戦が決まった以上、いつまでも俺を守将にしておく必要はないからな。たぶん、じきに新しい責任者が来て、俺たちは許昌に召還されると思うぞ」
 俺がそう結論づけると、徐晃はようやく納得できたのか、こくこくと二度うなずいた。


 その後、俺は楽進たちに停戦命令を伝えるために洛陽を出たのだが、このとき、予定を変更して徐晃と司馬懿、さらに俺が率いてきた兵の大半を洛陽に残すことにした。飛蝗の発生を知って混乱するであろう洛陽市街をおさえるためである。
 正直、停戦を伝えるだけなら急使を派遣するだけでもよかったのだが、先行している諸将がすなおに停戦命令に応じてくれるかどうかが少しばかり不安だった。それに、自分の目で蝗害というものを見てみたくもあった。


 十ばかりの騎兵と共に洛陽を出た俺は、先行していた楽進らの部隊に合流すると、袁紹軍が黄河を渡るのを見届け、さらに遠く河内郡の空を飛んでいる飛蝗の大群を息を殺して見送った。
 幸いにも、とは間違ってもいえないが、飛蝗の進路はかわっていない。飛蝗の群れが洛陽方面に飛来することはまずないと思われたが、群れからはぐれた個体の一部が黄河を越えて河南の大地に到達していた。俺が河岸で見つけたのは、そういった飛蝗の小集団である。




 俺はあらためて周囲に散らばる飛蝗の数を概算した。
 大体二百匹くらいだろうと判断できたところで、何度目かの溜息が口からこぼれ落ちた。
「しかし、群れからはぐれた『一部』でこれか。別の場所にも飛んできているだろうし、黄河を越えてきたのは千や二千じゃすまないだろうな」
 先に述べたように、俺は小さい頃に両親から蝗害について話を聞いたことがあった。その後も自分で調べたりしたので、相変異等の蝗害発生のメカニズムや対策について、ある程度は把握している。
 だから、ひとたび大量発生した飛蝗が容易に退治できないことも知っていた。
 蝗害の対策は基本的に事前の予防(いかに発生させないか)と事後の荒政(蝗害後の飢饉に対する備え)である。大発生してしまった飛蝗を人の手で根絶する術はない。飛蝗がすべての草木を食い尽くして飢え死にするのを待つか、あるいはただひたすら冬の訪れを願うか。いずれにせよ人為でどうこうできるものではなかった。


 つけくわえると、蝗害を引き起こした群れが死滅すればそれですべて解決するかというと、決してそんなことはない。
 大量に発生した飛蝗は大量の卵を産むのである。だから、群れが全滅しても、また翌年、卵からかえった飛蝗によって二度、三度と蝗害が発生する恐れがあった。
 その意味では、たとえ全体からみればわずかな数であるとはいえ、黄河を越えてきた飛蝗を放置しておくことはできない。この程度の数であれば、人数をつぎこめば対処することができるので、今の俺の権限でもなんとかなる。


「一匹ずつ潰して歩くのは効率悪いよな。一箇所に集めて火を放つか、穴でも掘って埋めてしまうか……いや、穴に埋めると、そのまま卵を産むやつも出てくるか。ここはやっぱり火だな」
 ひとりごちながら対策をまとめていく。
 土中の卵については、これはもうどうしようもない。掘り返して煙や火であぶればなんとかなるかもしれないが、効果があるかどうかもわからない対策のために、このあたりの土を残らず掘り返すわけにもいかない。


「できれば元の群れを片付けるアイデアも欲しいんだけどなあ。仲達は何も口にしなかったけど、温のことを気にしていないはずはないし……」
 司馬懿の郷里である温県は河内郡にあり、飛蝗の進路とまともにぶつかっている。おそらく、今回の蝗害では尋常でない被害が発生するだろう。飛蝗発生の報を聞いた際、司馬懿の顔は目に見えて青ざめていた。
 それでも不安ひとつもらすことなく俺の命令に従ってくれた少女のため、何かできることがあれば、と思うのだが――


「夜に巨大な火を焚いて誘い込む……ううむ、無理だよなあ」
 思い出すのは、雲ひとつないはずの青空を、墨よりもなお黒く塗りつぶして進む何百万、何千万という飛蝗の大群である。あれを一夜で燃やし尽くすには、いったいどれだけの燃料が必要になるのか想像もつかない。かりに薪やら油やらをかき集めることが出来たとしても、今度はそれを燃やす広い土地が必要になってくる。
「そうなると、延焼の危険も出てくるよな。いくつかに分散して仕掛ける? そんな大掛かりな準備をしている時間も余裕もあるわけないか…………やっぱり冬を待つしかないのかな」
 かわりばえしない結論を得た俺は、思わず天を仰ぐ。
 その視界を一匹の飛蝗が羽音と共に横切っていった。
 



◆◆




 二日後。
 ローカストスレイヤー(バッタ殺戮者)の称号を得た俺が洛陽に戻ると、徐晃と司馬懿がほっとした様子で出迎えてくれた。
 そして、その場にはもうひとり、俺の見知った顔があった。
 灰褐色の髪を短く切りそろえた少女。俺は驚いて、その少女に声をかけた。
「士則(鄧範の字)、戻ってたのか」
 すると、鄧範は無愛想な顔で小さくうなずいた。
「ああ、驍将どのが孟津へ向かった日の夜にな」
「入れ違いか。それにしても、ずいぶんと早く戻ったな?」


 鄧範が弘農王劉弁、司馬朗、馬岱らと共に虎牢関を出てから、まださほど時は経っていない。場合によっては涼州まで行くことになるから、鄧範の帰りはずいぶん先になるだろうと俺は考えていた。
 その鄧範の姿が眼前にある。一瞬、何か不測の事態が起きたのか、という不安が胸裏をよぎった。なにしろ、鄧範が護衛しているのは死んだことになっている今上帝の兄上である。大陸広しといえど、この一行ほど怪しげな旅人は存在しないと断言できる。必然的に厄介事に巻き込まれる可能性は高いと判断せざるをえないのである。


 しかしながら、良からぬことが起きたのであれば、司馬懿と徐晃がこんなに平静でいるとは思えない。俺の前に立つ鄧範も、先の洛陽戦で張恰から受けた傷を除けば、とくに目立った負傷はなさそうだ。
 虎牢関を出た鄧範たちに予期せぬ出来事があったのだとしても、それは不運よりも幸運に属するものであると思われた。たとえば偶然にも西涼軍と出会い、涼州まで護衛をする必要がなくなった、とか。




 期待まじりの俺の楽観は、しかし、当の鄧範によってあっさり否定された。
「さすがにそんな都合の良いことは起きてないぞ」
「それは残念。しかし、ならどうしてこんな早く戻ってこられたんだ?」
 俺の疑問に対する鄧範の答えは次のようなものであった。


 涼州に向かった一行は、俺の要望もあって洛陽を大きく南に迂回する形で進んでいた。
 そして、ようやく袁紹軍の勢力範囲を抜けたと思った矢先、山道で野盗に襲われている一団を発見したのだという。
 その一団は複数の馬車を所有しており、それぞれ大きな荷を積んでいた。盗賊たちにとっては格好の獲物と映ったのだろう、護衛の兵士の倍近い数で襲撃を仕掛け――それを鄧範たちが見つけたのである。


 目立つ行為は厳禁であるとはいえ、まさか見殺しにするわけにもいかない。鄧範自身は怪我で思うように戦えないが、兵士たちは鄧範がみずから選んだ司馬家の精鋭である。おまけに、同行している西涼軍の武将 馬岱は怪我ひとつなく元気いっぱい。そこいらの賊徒がかなうはずもなく、野盗たちはたちまち蹴散らされた。
 そして――


「襲われていた一団は、なんというか、風変わりな者たちでな。こちらに害があるわけではないのだが……」
 めずらしく鄧範が視線をさまよわせた。なんと説明したものか悩んでいるらしい。
 やがて、鄧範は何かを諦めたような顔で説明を続けた。
「彼らは五斗米道の者だと名乗った。益州漢中郡に居を構える道教集団だそうだ。聞けば、この五斗米道、いま巴蜀(四川)の地を治めている劉某という益州牧と争っているらしくてな。五斗米道の方は争いをやめようと呼びかけているらしいが、州牧の側が聞く耳をもたぬという。そこで朝廷に使者を派遣して貢物を差し出し、五斗米道による漢中の支配を認めてもらおうと考えた。朝廷が支配権を認められれば、州牧の侵攻を止められると踏んだのだろう」


 漢中を発った五斗米道の一団は益州側の妨害や野盗の襲撃をかわしながら南陽郡までたどり着いた。
 だが、間の悪いことに南陽郡は李儒が引き起こした暴挙でかつてない混乱の只中にあった。当然、治安も悪く、それまでとは比べ物にならない頻度で幾度も盗賊に襲われた。護衛の兵もひとり倒れ、ふたり倒れ、かわりに雇い入れた兵にも裏切られて逃げるに逃げられず、ついにここまでか、と覚悟したところで鄧範たちが助けに入った、というのが事のあらましであった。



 俺は思わず胸をなでおろした。
「間一髪だったわけか」
「どうやらそうらしい。そうと聞いてはさすがに放っておくわけにはいかないのでな。やむをえず護衛の兵を二分して、オレがこうして案内してきたわけだ。馬どのには、オレが知るかぎりのことを記した地図を渡しておいた。オレがいなくとも道に迷うことはないはずだ。西に進んで函谷関を通るにせよ、いちど南陽郡に入ってから武関を通るにせよ、な」
「あとは馬将軍たちの判断次第というわけだな。了解した」
 俺が鄧範の労をねぎらうと、鄧範は無愛想にうなずいた。そして、すぐに表情を引き締めると、真剣な顔で俺に告げた。
「飛蝗の発生については仲達さまからうかがった。オレに出来ることがあれば、怪我のことなど気にせずに命令をくれ」
「それはありがたい。その時はよろしく頼む」


 俺がにやりと笑うと、なぜか反応したのは鄧範ではなく徐晃だった。
「ああ……はじめはぎこちなかったはずの悪い笑顔が、どんどんさまになってきてる気がする……」
「そこ、今なにか言ったか!?」
「や、別に何もいってないよッ!」
「信用ならん。隣にいた仲達を証人として喚問しよう」
「証人喚問!?」
「証人にお訊ねします。被疑者は上役に対する誹謗を口にしてはいませんでしたか?」
 俺の問いに、司馬懿はきっぱりと首を左右に振った。
「証人として被疑者の無罪を証言いたします」
「……ふむ、気のせいだったか」
「納得しちゃうの!?」
 驚愕する徐晃。その隣では、司馬懿がさらに言葉を重ねていた。
「悪い笑顔が様になっている。これは上役を誹謗しているのではなく、心配しているのだと思います。公明どのは、このままだと北郷さまが悪い人になってしまう、と案じていらっしゃるのでしょう」
「……証人の証言により、真意はともかくとして発言の有無は明らかになったわけだが、被疑者は何か申し述べることがあるか?」
「……ごめんなさい、失言でした」
「よろしい。思うのはかまわないが、口にするのはつつしむように。あと証人の協力に感謝します」
「恐れ入ります」



 かくて簡易裁判は無事に閉廷した。
 傍らで聞いていた鄧範が面食らった顔で呟く。
「少し離れていただけなんだが……驍将どのたちはずいぶんと打ち解けたのだな?」
「そうか? 前からこんな感じだったと思うけど、まあそれはともかく、件の五斗米道とやらの話、当人たちからも聞いておいた方がよさそうだな。今は時間を無駄にできない。できることから早めに片付けていこう」
「これほど説得力に欠ける言葉もめずらしい。今しがた、やくたいもない口論をしていたのはどこの誰だ?」
「はっはっは、ところで向こうの長の名前は何ていうんだ?」
「……今までのように笑ってごまかすのではなく、笑って受け流し、さらりと話を本筋に戻すとは。公明、たしかにだんだんとタチが悪くなってきているぞ、この将軍どのは」
「や、やっぱりそうだよね? わたしの気のせいじゃないよね?」
「公明どの、ここで士則に同意すると、また裁判が開かれてしまいますよ?」
「――ッ」
 司馬懿が小声で注意すると、徐晃は慌てて両手で口を塞いだ。実にわかりやすいリアクションである。


 突っ込もうと思えば突っ込めたが、さすがにこれ以上ふざけているとまずいだろう。俺はそう思って、徐晃の言動を見てみぬフリをした。
 状況が切迫している今だからこそ、軽く談笑して緊張をほぐすことは必要だ。しかし、それも過ぎれば集中力を欠くことにつながってしまう。このあたりのバランスをとるのはなかなかに難しいことだった。




◆◆◆




 鄧範に連れられて部屋に入ってきた五斗米道の代表者は、すらりとした長身と理知的な眼差しに特徴がある優しげな青年だった。
 立ち居振る舞いは穏やかでありながら隙がなく、一見しただけでなかなかの人物であると見て取れる。さきほど鄧範は五斗米道の人々に好ましからぬ癖があるような物言いをしていたが、少なくとも俺は眼前の青年から悪い印象は受けなかった――彼が口を開くまでの、ごく短い時間だけであったが。


 青年は俺と向き合うと、人好きのする笑みを浮かべながらうやうやしく頭を垂れた。
 そして。
「北郷将軍閣下にはお初におめにかかります。それがし、ゴットヴェイドォォォッ!!」
「!?」
「にて祭酒の地位を賜っております閻圃(えんほ)と申します。お見知りおきくださいませ」


「……こ、これはご丁寧にどうも?」
 いきなり吼えた青年――閻圃を前にして、俺は思わず逃げ腰になってしまった。司馬懿は目を丸くし、徐晃にいたっては斧に手をかけている。鄧範はそんな俺たちの様子を苦笑して眺めていた。
 え、なに今の? 交渉を有利に運ぶための威嚇とか、そういう類の行動ですか?
 俺の動揺に気づいているのかいないのか、閻圃はそのまま言葉を続けた。
「そちらの鄧さまからお聞き及びかと存じますが、それがしは我が主であるゴットヴェイドォォォッ!!」
「ッ!?」
「を統べる張公祺(張魯)の命令により許昌に参る途次でございました。賊徒どもに襲われ、今はこれまでと覚悟いたしたところ、鄧さまにお救いいただいた次第でございます。鄧さま並びに北郷閣下には幾重にも御礼を申し上げます」
「は、はあ、どういたしまして?」
 どうしても語尾に疑問符がついてしまう。
 これが年端もいかない子供がやることであれば、こちらを驚かすためにふざけているのだなと判断するところだが、いかにも有能そうな閻圃がやるとどう反応してよいのかさっぱりわからない。


 てか、冷静に考えてみると、閻圃って張魯の軍師的な立ち位置にいた文官だよな。鄧範の話を聞いたかぎり、五斗米道にとって今回の朝廷への使いは、教団の今後を占う上で非常に重要な役目であるはずだ。その代表を任されているのだから、閻圃が切れ者であることは疑問の余地がない。
 その切れ者が何故にいちいち会話の途中で自分の教団の名前を叫ぶのだ? わけわからんぞ。



「驍将どの」
 混乱する俺にそっと囁きかけてきたのは鄧範だった。おそらく、鄧範は俺よりも先に、いま俺が味わっている驚愕と戸惑いを経験したのだろう。その声は先達の重みと諦観をともなっていた。
「何を考えているかは大体わかるが、深く考えるだけ無駄だ。この者たちはこうなのだ、と割り切った方がいい。なにせ、この閻祭酒だけでなく、末端の信徒たちまで皆同じことをいうからな」
「……マジですか」
「マジだ。言っただろう。こちらに害があるわけではないが、風変わりな者たちだ、と」
「その言葉でこの状況を予測しろっていうのは無茶じゃないかな」
 あと害はあると思う。間違いなく。
 そう思いつつ、俺はさきほどの鄧範の言動を思い起こした。なるほど、さっき俺たちに五斗米道の奇行を詳しく説明しなかったのは、自分で体験しないとわからないと思ったからか。
 まあ、単にどう説明すればいいのか分からなかっただけかもしれないが、いずれにせよ鄧範が口にした対処法は剴切だった。細かいことは気にしないことにしよう、うん。
 以後、「ゴットヴェイドォォォ」は「五斗米道」と記すのでご了承ください。




 しばし後。
 閻圃は俺の請いに応じて、現在の五斗米道をとりまく情勢を語り始めた。
「もともと、我らの教えは益州で広まったものなのです。それがしをはじめとして鬼卒(信徒)、祭酒(鬼卒を統率する役職)の多くは益州の産。劉州牧(劉焉)の入蜀にも協力いたしました。当初の関係は決して悪いものではなかったのですが……」
 五斗米道が漢中郡に勢力を張るようになったのも、もとはといえば劉焉の要請に応じてこの地の郡太守を討ったからであった。
 劉焉は朝廷に命じられた益州牧であるが、益州には朝廷の意に従わない豪族も多く存在する。漢中郡の太守もそういった人物であり、劉焉はこれらの敵対勢力を討つために五斗米道を利用したのである。


 もちろん、五斗米道側も州牧である劉焉を味方につけて教団勢力を広げようとしたわけで、どちらが悪いという話ではない。
 利用し、利用される関係。それはつまり、どちらかが相手に利用価値を認めなくなった時点で破綻する関係である。
 益州での権力を固めていくにつれて、劉焉が五斗米道を目障りに思うようになっていったのは自然の成り行きであったろう。


 悪化の一途を辿っていた両者の関係が完全に破綻したのは、教団指導者である張衡(張魯の父)が亡くなった時のこと。
 あとに残されたのは美貌で知られる張衡の妻と、まだ十歳になるやならずの娘 張魯のみ。これでもう恐れるものはないと判断したのか、劉焉は二人を成都に軟禁すると、五斗米道の本拠地である漢中郡に兵を向けた。


 閻圃は厳しい顔つきで、当時の劉焉の心理を推測する。
「おそらく劉州牧は、長が不在である以上、教団の抵抗は大したものにならないと判断したのでしょう。子飼いの東州兵を温存し、各地の豪族を主体とした軍勢を派遣してきたのです。我々祭酒は力をあわせてこれを撃退し、さらに成都に捕らわれていた師君(張魯のこと)と母君を救い出すことに成功しました」
 閻圃は誇らしげにそう言った。が、すぐにその顔色は暗いものになる。
 たしかに五斗米道は危機を乗り越えた。しかし、そのために払った犠牲は決して少なくなかった。
 教団の有力者が幾人も戦死し、後継者である張魯はまだ幼い。張魯の母は優れた道術の使い手であり、信徒たちの信望も厚かったが、夫の死とその後の軟禁生活で弱った心身は、成都から漢中までの強行軍に耐えられなかった。
 漢中に帰り着くや、その日のうちに倒れてしまったそうだ。


 幸いなことに命に別状はなかったが、それ以来、張魯の母は一ヶ月の半分を病床で過ごすようになってしまった。これではとても指導者の重責に耐えられない。
 おりしも漢中は旱魃にみまわれ、多くの信徒たちが飢えに苦しむ事態となった。
 仰ぐべき長はおらず、敵の侵攻はやまない。そこに飢餓の恐怖が加わり、教団は深刻な危機に直面した。
 このままでは五斗米道は漢中の地に溶けてしまう。閻圃は他の祭酒たちと額をつきあわせて相談を重ねたが、事態を打開できる良案は出てこない。
 万事休すかと思われた、その時だった。



「師君は仰ったのです。わたしがみんなを守ります、と」
 幼い身体に気高き魂を宿した(閻圃談)五斗米道の新たな長は、続いてこう言った。
『お米がないなら、お米をつくればいいのですッ!』
 円らな瞳に毅然たる決意を湛えた(閻圃談)張魯はみずから鍬を手に取って、荒れ果てた大地に敢然と立ち向かった。
 そして、ともすれば沈みがちになる信徒たちを励ますため、大きな声で歌をうたいはじめたそうな。



「歌、ですか?」
 俺は目頭を押さえながら閻圃に訊ねた。
 五斗米道を襲った悲運と、幼い身でそれを跳ね返そうとした少女の物語を聞いて、どうして無感動でいられようか。見れば、司馬懿や徐晃、鄧範も目を潤ませている。
 そんな俺たちを見て当時のことを思い出したのだろう、閻圃はそっと涙を拭いながらこう言った。
「はい。大人でさえ辛い農作業をこなしながら、師君は可憐な声でお歌いになられました。今日の五斗米道を築き上げた、奇跡の歌でございます」
 そういうと、閻圃は胸の前で両手を組み合わせ、心を込めて歌い始めた。決して上手くはない、しかし、聞く者の心にいつまでも残るような、そんな歌を……



「おコメ、おコメ、おコメ~♪ おコメ~をたべ~ると~♪」
「ちょっと待てい」
 俺は慌てて閻圃を止めた。
 なんかこれ以上聞くとまずい気がする。なんとなくだが。
 だが、完璧に歌に入り込んでしまった祭酒さんの耳には俺の声が届いていないらしい。それどころか、だんだんとノッてきたらしく、リズムにあわせて上体を左右に揺らしはじめましたよ、この人。


 ――結局、閻圃は張魯がつくったというその歌を最後まで歌いきってしまった。最後には拳をつきあげて「へいッ!」というおまけ付きである。
 俺は湧き出る冷や汗を拭いながら、話をそらしにかかった。
「な、なるほど、良い歌で――」
「おコメ、おコメ、おコメ~♪ おコメ~をつく~ると~♪」
「二番だとッ!?」


 俺が驚愕の声をあげると、さすがにそれには気づいたのか、閻圃が怪訝そうに歌を止めた。
「どうかなさいましたか、閣下?」
「や、二番まであるとは思っていなかったので……もしや三番もあったりするのですか?」
 震える声でたずねると、こともなげにうなずかれた。
「この米穀編の歌詞は四番までございます」
「な、なるほど……四番が最後なんですね?」
「米穀編の他には耕作編、収穫編、治水編、料理編等があり、全九編。そのいずれにも四番までの歌詞がついておりますので、すべてあわせれば三十六番まで、ということになりますね」
「文字どおり桁が違った!?」


 一番だけで勘弁していただきました。 

  

◆◆



 その後、俺は気を取り直して閻圃に問いを重ねた。別に漢中や蜀の情勢など今の俺には関係ないことなのだが、後々役に立つかもしれない。この先、玄徳さまの益州入りが起こらないとも限らないし。それに、さきほど閻圃が口にしていた道術のことも気にかかる。もしかして、方士と何か関わりがあるのかもしれない。


 そう考えた俺は道術について閻圃にいろいろと訊ねてみた。
 閻圃は快く応じてくれたのだが、その最中、不意に妙なことをたずねてきた。楊松という人物に心当たりはないですか、と。
「楊松、ですか?」
「はい。楊松、字を喬才(きょうさい)。以前、それがしと共に五斗米道祭酒の地位にあった者なのですが、閣下はこの名に聞き覚えはございませんか?」
「いや、初耳ですね」
 正確には元の世界で聞いたことはあったが、閻圃が訊ねているのはそういうことではないだろう。
 俺が知る楊松はワイロ大好き人間だったが、さて、この世界の楊松はいかなる人物なのか。閻圃の表情を見るかぎり、どうやら誉められた人間ではなさそうだが。


「今しがた申し上げましたように、我らの道術は氣を操るもの。特に鍼を用いた医療においては中華に並ぶ者なしと自負しております。たとえば、ご存知でしょうか、名医として名高い華元化(華佗)どのは我らの同志でございます。元化どのは我々祭酒の上に立つ治頭大祭酒でいらっしゃる」
 それを聞いて俺は驚いた。なんと、この世界の華佗は鍼灸師なのか。麻沸散はどうした。
 聞けば、祭酒の地位を得るためには華佗のように道術(医術、鍼灸術)を磨くか、閻圃のように教団運営での実績をあげる必要があるらしい。一口に祭酒といっても、各人の才能は様々であるようだ。実際、閻圃は道術の才能がないらしく、まったくといっていいほど扱えないのだとか。



 閻圃は憂鬱そうな顔で話を続けた。
「楊松は元化どのの好敵手――少なくとも当人はそう考えていたようです。喬才という字(あざな)は楊松がみずからつけたもので、己が才の高みを誇るもの。自分の字をどうつけようと、それは当人の自由なのですが、問題は楊松の為人でした。楊松は己が才を育てるのに、他者の称賛と羨望を必要としたのです」
 楊松に才能がなかったわけではない、と閻圃はいう。実際、祭酒の地位を授かったのだから、道術の才能はあったのだろう。
 だが、楊松が他者の称賛を受けることはほとんどなかった。人々が褒め称えたのは、能力、人格ともに楊松を上回る華佗の方であった。


「それが面白くなかったのでしょう。楊松の素行は日に日に悪くなっていき、ついには五斗米道の教えに背いて、先代さまに祭酒の地位を剥奪されるに至りました。先代さまは楊松に反省を促すためにあえて厳しい措置をとったのですが、楊松はこれを恨み、その日のうちに姿を消してしまったのです」
 氣を操る道術は、習得すれば多くの人々を助けることができる。
 その一方で、これを悪用すれば、人々に与える害はそこらの賊徒の比ではない。特に楊松は道術の腕前によって祭酒の地位を得たほどの人物である。日ごろから危険な言動が多かったこともあり、五斗米道はただちに追っ手を放って楊松を追った。あくまで楊松が逃げようとするのであれば斬っても良い、という命令を与えて。


 その結果がどうなったかは訊ねるまでもなかった。そこで楊松が斬られていたのであれば、今こうして閻圃がその名を出す必要はない。
「結局、逃げられてしまったわけですね?」
「お恥ずかしいかぎりです」
 閻圃は恥じ入るようにうつむいた。
「その後、先代さまが亡くなられたため、教団も楊松ひとりのために人手を割くことができなくなり、放置しておくしかありませんでした。ところが、一年ほど前のことです。淮南の同志から、彼の地で楊松の姿を見かけたという報告が届きました。それを聞いた元化どのが淮南に向かわれたのですが……残念なことに、いまだ彼奴を見つけることはできずにおります」
 と、ここで閻圃は思わぬ言葉を口にする。
「そんな折でした。今度は南陽郡で楊松の姿を見たという者があらわれたのです。実を申せば、それがしに与えられた任務は二つあります。ひとつは朝廷に漢中の支配権を認めてもらうこと、そしてもうひとつは楊松を見つけ出し、これを捕らえることです」


 そういう閻圃の表情は見るからに強張っていた。
 おそらく、いま俺に言ったのは事実の表面だけなのだろう。閻圃は楊松が五斗米道の教えに背いたと言ったが、実際に何をしたのかについては一言も触れなかった。
 考えてみれば、治頭大祭酒とやらである華佗が、教団が危機にある中、たったひとりの逃亡者のために漢中から淮南にまで出向いた、というのもおかしな話である。 他のことはともかく、楊松に関しては閻圃の言葉を鵜呑みにしない方がよさそうであった。


(まあ、出会って間もない人間に、一から十まですべての事情を説明しなければいけない理由なんてないけどな)
 俺は内心で肩をすくめた。
 洛陽で姿を見かけたというのだったら何かしら手を打つ必要があるが、発見された場所が南陽であるのなら俺にできることは何もない。
 仮に閻圃がこの件で助力を求めてきたとしても断ろう。そう決めた俺は、閻圃に礼をいって下がらせると、頭を蝗害対策へと切り替えた。
 おそらく、じき許昌から召還の使者がやって来るが、それまでに片付けておきたいことは幾つもある。
 司馬懿たちと相談を重ね、部屋を出る頃には、俺の頭の中からはや楊松のことは消えうせていた。



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