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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/20 21:15

 壷関はその名のとおり関、つまり虎牢関や汜水関と同様の軍事拠点であり、州牧である高幹はここを并州攻略の拠点としている。州都である晋陽をおさえている高幹が、晋陽ではなく壷関を拠点としている理由は、ひとえに壷関の地理的重要性に求められた。
 袁紹があらたに本拠地に定めた鄴は太行山脈を西の守りとしている。冀州と并州を分かつこの巨大山脈は険阻な地形で知られ、これを越えるためには南北いずれかに迂回するか、あるいは山間の隘路(狭くて通るのが難しい道)を抜けるしかない。そして、壷関は鄴へと通じる隘路を扼する要衝なのである。


 壷関が健在であるかぎり、曹操軍が太行山脈を越えて鄴へ侵攻することはできない。逆に曹操軍に壷関を落とされてしまえば、袁紹軍は鄴の守備に大兵を割かねばならなくなり、結果、今後の河北軍の作戦行動は著しく制限されることになるだろう。
 だからこそ、壷関の守りはきわめて堅い。五万や六万の兵ではびくともせず、十万以上の兵力を動員すれば、今度は峻険な地形が進軍を阻む。虎牢関や汜水関にまさるとも劣らぬ難攻の関だといえる。




 その壷関を落とす、と俺は言明した。
 つい先刻まで陥落の危機に瀕していた虎牢関で、眼前の張恰の部隊さえ排除していない戦況で発されたその言葉は、客観的に見れば大言というよりも妄言に類するものであったろう。この場にいるのが徐晃たちでなければ、間違いなく一笑に付されていたはずだ。
 だが、今ここで俺を笑う者はいない。そのことにささやかな幸せを感じていると、徐晃が戸惑いがちに問いかけてきた。
「どうして? あと、どうやって?」
「『どうして』の方は必要だから。『どうやって』の方は、官渡の敗戦で大混乱に陥る袁紹軍の隙をついて、だな。今なら落とせる、というより今でないと落とせない」


 その答えはどうやら説明不十分だったようで、徐晃は戸惑いを消さないまま問いを重ねてきた。
「必要っていっても、官軍が官渡で勝ったことが伝われば、洛陽の袁紹軍は退くよね? 一刀の任務は虎牢関を守ることなんだから、このままここで許昌からの援軍を待っているだけで良いとおもうんだけど。それ以上の手柄が必要だっていうんなら、袁紹軍が黄河に達したときに後ろから追い撃てば、たぶん勝てるよ。わたしが函谷関に行くのは、それを確実にするためだと思ってた」
「もちろんそれもある。ただ、河南から袁紹軍を追い払うだけなら、必ずしも弘農勢を引っ張りだす必要はない。曹操軍だけで十分だ。さっきの使者の言葉どおりなら、じきに許昌から援軍が来るしな。俺がほしいのは、その先に攻め込む戦力なんだ」
「その先?」
「ああ」
 うなずく俺の脳裏には、洛陽で出会った張繍の顔がよぎっていた。


「一度は洛陽政権についた弘農勢だ。仰ぐ旗をかえるとなると、それなりの働きを見せないといけないことはわかっているだろ。高幹たちの首級は、そのための格好の手土産になる。黄河の南で討ち取れればそれでよし。討ち取れなければ、その先まで追って追って追いまくるだろうさ」
 問題は高幹たちが洛陽にたてこもった場合だが、実のところ、こっちの方が俺にとって都合が良かったりする。現在の洛陽の富力では高幹の手勢を養いきれないのは明らかなので、河内郡を制して并州からの兵站を断ち切ってしまえば、洛陽にたてこもった袁紹軍は枯死するしかない。屈服させた南陽勢も洛陽城内でおとなしくしているかどうか。さらにいえば、高幹が洛陽にたてこもるということは、それだけ長く并州勢の主力が本拠地を留守にすることにつながり、その意味でもありがたい。


 高幹らが官渡の敗戦を信じず、このまま攻撃を続行してくる可能性もないことはないが、今しがた口にしたとおり許昌からの援軍が来ることは確定しているし、将兵の士気は昼間とは段違いに高まっている。こうなれば、相手が張恰とはいえ簡単に負けはしない。
 そうこうしているうちに官渡の詳報は伝わってくるし、并州からの兵站を断ち切ってしまえば、敵は否応なく敗戦の事実に気づかざるを得なくなる。


 結論としては、高幹が退却するにせよ、篭城するにせよ、あるいは攻撃を続行するにせよ、曹操軍は虎牢関を保つことができる。時間をかければ洛陽も勝手に転がり込んでくるだろう。俺たちにとっても曹操軍にとってもめでたしめでたしであり、徐晃がはじめに口にしたとおり、あえて壷関襲撃を行う必要性はないように見える。
 だが、その場合、俺たちが得られる手柄は虎牢関を守りきったという最低限のものでしかない。
 勝ちを決定付けたのが主戦場で戦った曹操である以上、これは当然のことである。まあ最低限とはいっても、袁紹軍の急襲に耐えきったことでそれなりの評価はあたえられるだろうが、今回ばかりはそれで満足するわけにはいかなかった。


 もともと、今回俺たちが従軍したこと自体が功をもって罪をつぐなうことを前提としたものだった。
 劉家軍の一員として曹操と敵対した俺、白波賊として皇甫嵩を討った徐晃、一族から叛逆者を出した司馬孚と、当の叛逆者である司馬懿。俺がいうのもなんだが、どれだけの功績を積み上げれば足りるのか分かったものではない面子といえよう。
 ゆえに、俺が求めるのは曹操に恩を売れるくらいの巨大な手柄であり、助命の選択肢をうみだす問答無用の武勲だった。そのために、手が届く功績はすべてかっさらう所存である。




 では、何故に壷関なのか。
 俺はなるべく丁寧に自分の意図を説明した。
「官渡で勝った、戦況は一気に官軍に傾いた。これは間違いないが、じゃあこれで袁家が崩壊するかといったらそんなことはない。袁紹が生きているか死んでいるかでだいぶ変わってくるけど、戦いはこれからも続く」
 黎陽に集結していた袁紹軍三十万のうち、黄河を渡ったのは二十万。大軍ではあるが、仮にこの主力部隊が全滅したとしても、各地に配した部隊を集結させれば再戦は難しくない。もちろん、そのためには時間がかかるので、曹操軍が息もつかせず攻撃を続ければ袁紹軍は各個撃破の憂き目に遭うだろう。


 だが、はたして曹操軍にそれだけの余力が残っているのか。曹操軍も白馬から官渡にいたる退却行の過程でかなりの被害を受けたと聞く。反撃の勢いにのって一気に黄河を渡って――などというマネは難しいと考えられるのだ。
 となると、どうなるか。
 互いに甚大な被害をうけた両軍は、再び黄河を挟んでにらみ合いを続けることになる、というのが俺の予測だった。
 実際、黄河を渡った二十万の兵が全滅するとは考えにくく、黎陽に逃げのびた兵士と延津に向かった十万が合流すれば、まだ十分曹操軍と戦えるだけの戦力となる。顔良を失った袁紹が素直に負けを認めて兵を引き払うとは思えないから、この推測はおそらくはずれない。


 そうなってしまうと、戦局の秤は再び国力に優る袁紹軍の側に傾きかねない。曹操としてもこれは避けたいだろう。
 この膠着状態を避けるためには、袁紹ないしその側近に「退却もやむなし」と判断してもらう必要がある。壷関を落とし、本拠地である鄴を揺さぶることは、袁家の君臣にその判断を突きつける一手となるはずであった。
 仮に袁紹が黎陽に滞陣しつづけたとしても、少なからぬ兵を鄴の守備に割かねばならなくなるのは前述したとおり。つけくわえれば、壷関の陥落は并州の他の袁紹軍にも大きな影響を及ぼす。鄴とつながる壷関を落とせば、并州における袁家の影響力は大きく損なわれるから、各地の城主や豪族の中には朝廷に従う者も出てくるはず――と、まあ、ここまでくると、捕らぬ狸の皮算用も甚だしいけれど、そこは気にしない方向で。


 とにかく、壷関を落とすことができれば、朝廷と曹操が得られる利益は計り知れない。
 并州の州牧が麾下の精鋭をひきつれ、河内郡を完全に降す前に勇んで黄河を渡ってくる、などという好機がこれから先めぐってくるはずもない以上、この利益を掴めるのは今この時をおいて他にない。
 仮に袁紹がすでに討ち取られていた場合、後継者のない袁家は間違いなく分裂するから、壷関陥落のご利益は多少薄れるが、それでも鄴の喉下を押さえること、さらに并州制圧の重要な布石となることを考えれば、十分すぎるほどの成果といえる。





 ここで、それまで黙って聞き入っていた司馬懿が得心したように小さくうなずいた。
「私たちを温に遣わす理由は、壷関を落とす手勢を得るため、ですね」
「ああ。俺が預かった兵は虎牢関を守るための兵だからな。洛陽攻め、黄河への追撃、そこまではともかく、黄河を渡って壷関までとなるといろいろ面倒になる」
 具体的にいうと、鍾会が絶対異議を唱えてくるに違いない。自分の手柄のために官兵を私物化し、いらぬ危険にさらそうというのか、と。
 その論法で責め立てられた場合、俺には言い解く術がない。事実、そのとおりだからして。


 ゆえに、高幹たちを河南から追い払った段階で、俺は今率いている曹操軍の指揮を棗祗なり鍾会なりに任せる。このあたりは書簡で張莫に許可を求めておくつもりだが、この時点で虎牢関の危機は去っているわけだから、あとあと問題になることはない――といいなあ、なんて遠い目で考えてみる。ぶっちゃけ、今はそこまで考えている暇はないので後回し。事後承諾万歳。
 で、その後、俺自身は軍監的な立場で弘農勢にくっついていくつもりだった。弘農勢が危険を冒す分には鍾会も文句は言わないはずだし、一方の弘農勢も手柄がほしいのはこちらと同様だから、俺という曹操領内の通行手形を拒否することはないと判断できる。


 そうして弘農勢に高幹らを追撃させる一方、温で司馬姉妹が募った兵力をもって壷関への侵攻を開始する。
 高幹や張恰が壷関に腰を据えていれば成功するはずのない作戦だが、今の壷関は主要な将が(おそらく)おらず、精兵も(たぶん)なく、官渡の詳報も(きっと)伝わっておらず、で混乱しているはずだ。おまけに、まさか曹操軍が長駆して襲ってくるとは夢にも思っていないに違いない。やりようによっては陥落させることは十分に可能であろう。


 あと、これはあえて口にしなかったが、司馬家の兵が中心となって壷関を落とせば、その功績の大部分は司馬家のものとなる。それは家長たる司馬孚のものであり、実際に兵を率いて壷関を落とした司馬懿の武勲は満天下に知れ渡る。そうなれば司馬家の存続、司馬懿の助命について、曹操の決断の秤を一方に傾けることもかなうのではあるまいか。少なくとも、このまま虎牢関でじっとしているより可能性が高まることだけは間違いない。


 もちろん、すべては成功を前提にしての話であり、失敗したら目もあてられないことになる。だが、失敗を恐れてためらった挙句、司馬家は断絶、司馬懿は処刑、徐晃もこれまでの罪を問われて弟妹ともども放逐――などという事態になったら、それこそシャレにならない。司馬懿はともかく、徐晃と司馬孚に関しては現状の功績で十分だと思うが、それも絶対ではないのだ。
 そんなことを考えていると、司馬懿がなおも俺を見つめていることに気づく。
 まだ何か訊きたいことがあるのだろうか。
 俺が促すと、司馬懿はひとつひとつ言葉を選ぶようにして話し始めた。


「私と螢を温に遣わすのは司馬家の手勢を集めるため。そして、司馬家の手勢で壷関を落とすのは、司馬家の力なくして壷関陥落はありえなかったと諸方に知らしめるため。すなわち、北郷さまは司馬家を守るために壷関強襲を決断なされた。この推測は間違っているでしょうか?」
 静かな声は問いかけというより確認であった。俺があえて口にしなかった部分を実にあっさりと見抜いている。
 一瞬、ごまかそうかとも考えたが、司馬懿や、その隣にいる司馬孚の顔を見るかぎり無駄な努力に終わりそうだったので諦めた。
「いや、間違ってない」
 頭をかきつつ返答すると、司馬懿は困ったような顔でそっと息を吐いた。予想どおりの答えだったのだろう。たぶん、俺が壷関を指し示したあたりから察していたものと思われる。




 不意に窓から夜風が吹き込んできた。かすかに聞こえる歓声は、いまだ興奮さめやらない将兵のものだろう。
「――洛陽で」
 その声が、一時、外にそらされた意識を室内に引き戻す。
 視線を戻せば、夜風で乱れた黒髪をそっとおさえながら、司馬懿が真摯な眼差しで俺を見つめていた。
「螢と北郷さまが行動を共にしていると知った時から、うかがいたかったことがあります」
 深みのある黒の瞳が俺を捉える。吸い込まれてしまいそうな、という表現をたまに聞くが、あれはきっとこんな目を指して言うのだろう。
 その眼差しのまま、本当に不思議そうな顔で、
「どうして、あなたはそんなにも優しいのですか?」
 司馬懿はそんな問いを口にした。


「……優しい? 俺が?」
「はい」
 一瞬、聞き間違えたかと思ったが、そうではなかったらしい。司馬懿の隣では、司馬孚が姉と良く似たまなざしで俺を見上げている。申し合わせていたわけでもないだろうが、姉妹が知りたいと思うことは共通していたらしい。
 気を利かせたのか、視界の隅で徐晃が窓辺に歩み寄り、静かに窓を閉めているのが見えた。


 静まり返った室内に、ふたたび司馬懿の声が響く。
「今日まで北郷さまと公明さま、そして螢が積み上げた武勲は、すでに朝廷の疑惑を払うには十分なものとなっているはずです。虎牢が早い段階で陥落していれば、官渡での勝利を掴む前に敵対勢力が都に達していた可能性は高かった。皆様はわずかな手勢で、本軍が戦機を得るために必要不可欠な時を稼いだのです。この一事は曹丞相にきわめて高く評価されるでしょう。そのことはわかっておいでですよね?」
 それは反論する気がおきないほどに、強い確信が込められた言葉だった。
 俺にできたのはぽりぽりと頬をかくことくらいである。
 そんな俺にかまわず、司馬懿はなおも続けた。
「それにも関わらず、北郷さまは壷関襲撃を決断なされた。それは、北郷さまが『司馬家』の中に当然のように私を含めていらっしゃるからだと推察します。私が北郷さまに願ったのは、許昌で刑死するその時までお傍で戦わせてほしい、とただそれだけ。螢と司馬家を守ろうとしてくれた恩義に報いるためにお傍にいたいと願ったのに、その私を守るために北郷さまが戦われるのでは、本末転倒というものではありませんか」



 と、ここで司馬懿は小さく息を吐くと、恥じらうように顔を伏せた。
「……私のために戦ってくださっている、などと自らの口で申し上げるのは顔から火が出る思いなのですが、それ以外に考えようがないので仕方ありません。北郷さまがそのことを口になさらなかったのは、それを口にすれば私が反対すると考えていらしたからなのでしょう」
 司馬懿は伏せていた顔をあげると、一歩だけ、俺へと歩み寄った。
「北郷さまを欺き、洛陽へはしった私には過ぎた配慮です。そして、それだけの配慮をしておきながら、北郷さまはそれを当然のことだと考えているように見受けられます。螢のもとにきてくださったときもそうだったと伺いました。きっと公明さまにもそうなさったのでしょう。何も言わずに誰かのために命をかけ、果たした後に何の報いも望まない。それは優しさだけで為せることではありませんが、優しくなければ決して為せないことです」



 これ以上ないほど真剣な顔でそう言われ、俺は思わず絶句してしまった。たぶん、今、俺の顔は真っ赤だろう。なんですか、その激賞。誰ですか、そのヒーロー。はい、俺ですね――顔から火が出そうなのはこっちだよ?!
 いかん、なんか司馬懿の中で俺の評価が妙な方向に突っ走りつつある気がする。ここは急いで訂正しなくては。
「あ、いや、それはちがうぞ。さすがに俺はそこまでデキたやつじゃない。私利も私欲もあるんだよ」
「自分のためでもある。そう仰るのですね?」
「うむ、そのとーり」


 力強い俺のうなずきを見て、司馬懿は小首を傾げて問いを向けてきた。
「北郷さまは劉家の将。都での立身を望まないあなたが、武勲に固執する理由があるとすれば、それは関将軍らを解き放つためでしょう。ですが、先の解池と今回の戦いにおける美髪公の勲を見れば、もはやその必要はないと思えます。仮にまだ足りないとしても、この虎牢関を河北軍から守りきった北郷さまの武功をあわせれば、朝廷を説き伏せることは可能なはずです。今ここで、壷関を奪うためにあえて危険を冒す必要があるとは思えません」
 俺は開きかけた口を力なく閉ざした。訊ねておきながら答えを先取りし、あまつさえそれを封じてお茶を濁すことさえ許さないとか、司馬家の麒麟児はほんとタチが悪い。一番厄介なのが、これを計算づくではなく素でやっているところである。


「あー、その、だな」
「あるいはこうも考えました。殿方は女性の前で良い格好をしたいものだ、という以前のお言葉どおり、北郷さまは私たちに良いところを見せたいのか、と」
「げふごふげふッ?!」
「か、一刀?!」
「お兄様、大丈夫ですか?!」
 予期せぬ時に予期せぬ言葉を言われて盛大に咳き込んだ俺を見て、それまで黙って聞き入っていた徐晃と司馬孚がびっくりして声をあげた。
 手をあげて二人を制しながら、俺はなんとかかんとか立ち直る。
「うぐぁ……いや、大丈夫、うん、大丈夫だ」
 精神力の半分くらいもっていかれた気がしたが、まだきっと大丈夫に違いない。
 それよりも、喫緊の問題はきょとんとした顔でこっちを見ている司馬懿への対処だ。断言するが、きっと今の言葉がどれだけ俺にダメージを与えたのかを理解していない。早いところ解答しないと、とどめをさされかねん。


「……あーっと、それもないわけではないけれど、だな」
 しかしあれだ。自分で言うのも恥ずかしかったが、他人の口から聞かされると、また違った羞恥をおぼえるな。あの時の俺、よくこんな台詞を真顔で言えたもんだ。
 俺がひそかに内心でもだえていると、司馬懿はそれをどうとったのか、さらに言葉を重ねてきた。
「では、健気な女の子を守るために戦うのは男児の本懐だから、でしょうか? 螢とは違い、私は健気といえるほどの至誠を持ちあわせてはいませんけれど」
 ウボァー






「北郷さま、どうなさいました?」
「…………い、いや、なんでもない、ナンデモナイゾハハハ」
「あの、本当に大丈夫ですか?」
 心配そうに顔をのぞきこんでくる司馬懿は控えめにいっても可愛らしかったが、致命傷を与えたのがその司馬懿であるという不条理をどうしよう。ナチュラルに致死性の呪文を唱えてくるとは、麒麟児恐るべし。


 そういえば、俺が汜水関で司馬孚にいったことはすべて姉たちに伝わっていたんだっけ。
 司馬孚を見ると、申し訳なさそうに頭を下げられた。なにやら両手をもじもじさせているのは、俺がそれを口にしたときの状況を思い出したためだろうか。司馬孚を見ていると、こっちまで赤面してしまいそうになるので、俺は別の人物に話を振ることにした。
「たしか公明も話を聞いてたよな?」
 俺が訊ねると、徐晃が身をすくめるようにして頷く。
「……盗み聞きしたことは深く反省してます」
「素直でよろしい。じゃあ改めて言う必要はないな。基本的にあのときも今も、俺の考えはかわっていないよ。ただ、あの時に言わなかったこともある」


 あらためて他人に言うことではないのだが、聖人君子みたいに思われるのも居心地がわるい。
 俺は三人の顔を順に見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「仲達はさっき、俺を劉家の将と呼んでくれた。それは俺にとって嬉しいことだが、心が痛むことでもあるんだ」
 劉旗を仰ぎ、共に歩んでいた。支えてさえいるつもりだった。実際にはずっと――出会った頃からずっと、支えてもらってばかりだったというのに。ふん、気づくまでどれだけかかってるんだって話である。我が事ながら実に度し難い。関羽に吹っ飛ばされるのもやむなしといえよう。


 もっとも、そんな自嘲が何も生まないことはわかっている。自責の念につぶされている暇もない。そんなことをしていては、ますます置いていかれてしまう。
「許昌での俺の目的は、いま仲達がいったとおり、雲長どのたちを玄徳さまの下に帰参させることだ。もちろん俺も含めてな。その途中で仲達に出会い、叔達にお兄様と呼ばれ、公明に襲われるに至るわけだが」
「…………その節は本当にごめんなさい」
「ごめんごめん、冗談だ。で、その間、俺が君たちのために戦い、なおかつ何一つ報いを望んでいない、というのが仲達の指摘だったわけだが、これははっきり違うといえる」
 断言した後、俺はなんといったものか、と迷いつつ、こめかみのあたりを指先でとんとんと叩いた。俺の心ははっきりと決まっているが、いざそれを口にして説明するとなると、適切な言葉がなかなか見つからない。
 それでも、ひとつひとつ言葉を選びながら、なるべく正確に伝わるように努めた。





「俺は劉家軍を誇りに思っている。思い返すだに恥ずかしい無様をさらしはしたけどね、それでも玄徳さまたちと一緒に歩いてきたことは俺にとって宝物だ」
 玄徳さまがいなければ、俺は今も剣をとってはいなかった。剣をとっていなければ驍将などという虚名がうまれることはなく、たとえ偶然が重なって許昌の街路で司馬懿と行き会う機会があったとしても、他人としてすれ違うだけに終わっただろう。当然、司馬朗の手料理を味わうこともなく、温で司馬孚に会うこともなく、解池で公明に斬りかかられることもなかった。
 俺にとって、玄徳さまが差し出した手をとってから今に至るすべてが一本の線で結ばれていた。


 しかし、ただ玄徳さまの下に帰参するだけでは駄目なのだ。
 ただ玄徳さまの下に戻るだけなら、今すぐ荊州にはしればいい。いつぞや関羽が口にしたように、負傷が癒えた後でそうすることはできた。
 けれども、それでは意味がない。関羽のおかげで助かった俺が、その関羽を許昌に置いてひとり玄徳さまの下に戻る。これを恥知らずと言わずして、何と言えばいいのだろう?
 マイナスにマイナスを掛ければプラスになるが、恥に恥を掛けたところで恥の上塗りになるだけだ。ただでさえ身もだえするほど無様な記憶を持っているというのに、この上、そんなものを積み重ねるつもりはなかった。
 だからといって関羽とともに許昌を脱出するのは、別の意味で恥知らずな話だろう。そもそも関羽は借りを返さずに許昌を出ることを潔しとしないだろうが、それは措くとしても、俺自身、怪我の治療からその後の療養にいたるまで、曹操に色々と助けてもらったことは事実なのだ。向こうとしては徐州の一件の借りを返しただけだと思っているようだが、それは俺が恩を無視して良い理由にはならない。


 劉家の将として、何ひとつ恥じることなく許昌を立ち去り、玄徳さまの下に帰参する。
 許昌での俺の行動を律していたのはこの一事。俺の行動はここに帰結する。
 司馬懿は俺が誰かを助けても報いを望まないといったが、劉家軍にいたからこそ剣をとることができた俺が、戦うことで誰かの力になれたのなら、それは俺が劉家軍で過ごした時が無駄ではなかったことの何よりの証になる。それは俺にとって十分すぎるほど意味があることだった。
 もちろん、結果として得られる武勲も重要だし、司馬懿が言った(というか俺が言った台詞なのだが)格好つけたいだとか、男児の本懐だとか、そっちの満足感も満たされるのは言うまでもない。




 ――と、そんな意味のことを俺は訥々と語っていった。
 何故に訥々となってしまったのかといえば、その間、司馬懿たちがやや眼差しを下げながら、一言一句聞き漏らすまいと聞き入っていたからである。三人とも真剣な表情で、そんな少女たちを前に自分語りとか本気で恥ずかしすぎたのだ。
 ともあれ、ようやっと語り終えた俺が安堵とともに口を閉ざすと、司馬懿が姿勢をかえないまま囁くように言った。
「北郷さまにとって、他者を助けることは手段なのですね。これまで歩んできた道のり、そのすべてに意味を持たせるための。だから、助けた相手に対価を求めることはなさらない」


「ん、まあそのとおりだな。それに、誰かに力を貸したとして、ありがとうって感謝してもらったら、それで十分だろう。それ以上の対価ってなんだ?」
 普通に考えると金銭や貴金属といった謝礼だろうか。まあ助けた相手が、お金が余って仕方ない大富豪とかだったら俺も考えないではないが、能力識見はどうあれ徐晃たちは年下の女の子、その彼女たちを相手に大の男がどんな謝礼を求めろというのか。まあそれ以前に、俺がしてあげられたことなぞほんのわずかしかないので、対価という発想すら浮かばなかったのだが。


 そんなことを考えていると、徐晃がおずおずと手をあげた。
「あの、一刀」
「なんだ、公明?」
「今まで黙ってた――というか忘れてたんだけど、わたしも許昌で同じようなことを訊かれた。わたしを助けた代償に、一刀が何かひどいこと要求してこなかったかって」
「ひどいこと?」
「その人が言うには『男というものは、皆、飢えた獣。皮一枚をはがせば、そこには常に女体をつけねらう眼光が迸る』って」
「またお前か荀文若」
「『真の種馬は目で犯す』とも言ってたよ」
「もう人間じゃないだろそれ。てか種馬ってなんだおい?!」
「わ、わたしがいったんじゃないよッ?!」
 あわあわと首を左右にふる徐晃をなだめつつ、ふと思い出した。
 以前、張角や張宝、張梁と親しくしていた俺をねたんで、一部の元黄巾兵が女たらしだの種馬だのとあることないこと言いふらしていたらしいが(しかも何故かある程度信じられてしまった節がある)許昌でも似たようなことが行われていたとは。
 まさかとは思うが、そのうち定着してしまわないだろうな、この事実無根なあだ名。


 それはともかく、要するに、俺が恩義をたてに『ぐへへ言うことをきくのだーぐへへ』といって襲いかかってこなかったか、と荀彧は徐晃に訊ねたのだろう。いったい何を狙っていたのだか。
 十二歳(司馬孚)と十三歳(司馬懿)の少女がいる部屋で続ける話題ではないので、俺は話をそこで打ち切ったが、まさか司馬懿も似たような意味で訊いてきたのではなかろうな、と心配になった。もしそうだとすると、早急に誤解をといておかなくてはならない。
 そう思って司馬懿を見ると、今の会話を聞いていたのか聞いていなかったのか、なにやら考え込むように顔を伏せている。
 その隣の司馬孚は、こちらは一目でわかるほどに顔が赤かった。どうも今の俺と徐晃の会話の中身をおおよそ理解できたっぽい。司馬家の家長は案外おませさんであったようだ。 
 



 そんなこんなで、俺が恥をかくばかりだったような気がしないでもない説明は終わり、話を壷関の件に戻そうとした時だった。
 部屋の扉が乱暴に叩かれ、緊迫した声が扉越しに投げかけられた。
「申し上げます! 城門の棗将軍から報告です!」
「入ってくれ。何事だ?」
 部屋に飛び込んできた兵士の緊張感に満ちた顔を見て、知らず表情が厳しくなる。浮かれた気配なぞつゆ感じられない。もしや敵の夜襲かという俺の考えは、だが、まったくの逆だった。
「は、城門前に布陣していた袁紹軍の陣が、軍旗や篝火だけ残してもぬけの殻になっております!」


 その報告の意味を理解するために、すこしばかりの時間が必要だった。
 敵将張恰が、夜陰とこちらの騒ぎに乗じて撤退したことはわかる。遠からずそうなるだろう、と予測もしていた。
 だが、それにしてもこの決断は早すぎる。たしかに俺は鍾会に命じて官渡の勝報を敵に大々的に知らせたが、それを頭から鵜呑みにする張恰ではないだろう。まず偽報を疑うのが自然な反応だし、退くにせよ洛陽の高幹からの命令を待つはずだ。
 だが、このタイミングで兵を退いたとなると、洛陽からの指令を待たずに張恰の独断で退却したとしか思えない。


 こちらの突出を誘う罠か。あるいは、後方の洛陽で何かあったのかもしれない。
 いずれにせよ、のんびり話している暇がなくなったことだけは確かであった。




◆◆◆





 司州河南尹 洛陽


 二万の兵を率いて洛陽に帰還した張恰は、その足で洛陽宮に赴いた。洛陽を制した袁紹軍は、ここを拠点として統治を行っている。
「儁乂さまッ」
「高将軍、閣下のご容態は?」
 出迎えにあらわれた高覧に、張恰は短い問いを発する。
 そして、わずかに肩を落とした高覧を見て答えを悟ったのだろう、張恰の怜悧な顔に陰が差した。


 洛陽を制圧した高幹が、降伏した南陽兵の刃に倒れたのはつい昨日のことだった。
 惨殺された何太后の件を調べていた高幹は、宮殿の一角で彼らに囲まれた。もっとも攻め落として間もない都市にいるのだ、高幹も高覧も備えはしていたし、実際、南陽兵は残らず討ち取られている。高幹が負った傷は、襲撃時に刺客の誰かが放ったのであろう飛刀によるかすり傷のみだった。
 だが、これに毒が塗られていたのである。
 倒れた高幹の容態は驚くほどの勢いで悪化し、夜には少量だが血を吐くにいたった。


 張恰はめずらしく、はっきりと苛立ちを表情にあらわした。
「企んだ者は?」
「降伏した南陽の李休どのが、部屋で自らの喉を突いて果てていました」
 張恰が柳眉をひそめたのは、高覧が憎むべき暗殺者に対して「どの」と付けていたからである。しかし、すぐにその言わんとするところを察した。
「……南陽の将も利用された、と?」
「はい。刺客は確かに南陽兵でしたが、地位の低い下級の兵ばかりでした。本当に李休どのが企んだのならば、いま少しまともな兵を使ったでしょう。くわえて、刺客の中に毒刃を秘めていた者はいませんでした」


 高覧の声は静かだった。常の高覧を見知っている者であれば、高幹が毒に倒れたことで、高覧が取り乱したとしても不思議には思わなかっただろう。
 だが、張恰は知っていた。今、眼前で静かな怒りにうち震えている高覧もまた彼女の一面だということを。
「宦官の動きは?」
 古来より後宮は毒だの暗殺だのが横行する魔窟の一面を持っている。後宮の住人たる宦官が毒に通じている、というのは張恰の思い込みとばかりはいえない。
 だが、これには高覧が首を振った。宦官を嫌う高幹は後宮にいた宦官を全員とらえ、一室に監禁しており、彼らが動くことは難しい。もちろん可能性がないわけではないのだが、正直なところ、高覧には犯人探しをしている余裕はなかった。


 高覧は当然のように高幹が毒で倒れたことを公表していない。そんなことをすれば、求めて乱を招くようなものである。必然的に、李休の死も秘していた。下手にその死が伝われば、袁紹軍が処刑したのではないか、と勘違いした南陽兵が動揺してしまうからだ。
 だが、なぜか李休の死は早々に漏れてしまった。そのため、洛陽城内の南陽兵が不穏な動きを見せているのである。



「よりにもよって、このような時に」
 張恰が苛立たしげに床を蹴る。張恰にはめずらしい行動に高覧は驚きを覚えた。そして、肝心のことを聞いていなかったことに気づく。
「儁乂さま、戻ってきていただいたことは心強いのですが、どうして兵まで退かれたのですか?」
 副将に任せられないほど曹操軍の抵抗が激しかったのか、と高覧は考えたのだが、返ってきた張恰の答えに凍りついた。
「――河北本軍が、官渡で曹操軍に敗れたらしい」
「………………はい? え、あの、それは本当なんですか?」
「わからない。虎牢の敵兵が叫びたてていたことです」
 それを聞いたとき、張恰は当然のように偽報であろうと考えた。だが、今の戦況ではありえないほどに曹操軍が沸き立っていたのは事実だった。あの高揚は偽りとは思えない。少なくとも、河南の兵が官渡の勝利を信じているのは間違いないだろう。


 兵士が信じている以上、実際の勝敗がどうあれ、曹操軍の士気はいやおうなく高くなる。それを見た河北兵の動揺も避けられない。官渡の敗戦が事実であれば、并州勢は河南で孤立することが確実だからだ。
 むろん、その程度の動揺、静めることは造作もない。無視して攻撃を続けることもできるが、武将として幾度も戦陣に臨んで来た経験が張恰に警戒を呼びかけた。これはただの偽報ではない、と。
 そこに高幹が倒れた情報が舞い込んできたのである。
 官渡の敗戦が事実であった場合、勝勢に乗った敵は遠からず打って出るだろう。その攻勢に対処するのに副将だけではこころもとない。そう考えた張恰は、全軍を率いて退却することを決断した。
 高幹が倒れた上は、今回の河南遠征そのものを見直す必要も出てくる。その意味でも、今は兵力を一箇所に集中させておくべきであった。




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