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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/15 22:51

 兌州陳留郡 烏巣


「ちッ、バレとったんかいッ!」
 騎兵部隊を率いて袁紹軍の後背に襲いかかった張遼は、しかし、即座にこちらの奇襲に対応してきた敵の動きを見て激しく舌打ちする。その顔にはめずらしく焦慮に駆られた気配が見え隠れしていた。
 張遼の部隊はつい先日まで官渡水の手前で待機しており、白馬津はもちろん延津の防衛にも加わっていない。ゆえに、まず間違いなく袁紹軍には捕捉されていなかったはずだ。
 にもかかわらず、ほぼ完璧に奇襲を防がれた。
 作戦が漏れていた、とは考えにくい。なにしろ今回の作戦の全容を知るのは曹操のみであり、張遼でさえほとんど知らされていなかったのだから。このため、張遼が官渡水を越える時期や、越えてからの動きを袁紹軍があらかじめ察知することは不可能である。敵の斥候に逐一報告されるようなノロマな行軍もしていない。


 であれば、考えられる可能性はひとつ。袁紹軍の智者が、おそるべき精度で曹操の作戦を看破してのけた、ということしかない。
 そんなことができる者が敵軍にいる、と考えるのは張遼でさえ気が重い。
 だが――
「お、いたいた、あんたが張遼だろ?」
 緊迫した戦況に似つかわしくない軽い声音で、ひとりの敵将が張遼の前に立ちはだかる。馬上で大剣を構える姿は一見無雑作に見えて、その実、意外なまでに隙がない。
 張遼は記憶をたしかめるようにわずかに目を細めて敵将を見やる。やがて何かに思い当たったようで、唇を曲げるようにして返答した。


「いかにもウチが張文遠や。そういうそっちは文醜やな。虎牢関でチラッと見た記憶があるで」
「ん? ああ、四人がかりで呂布に負けたときかあ。いやー、さすが天下の飛将軍、強かった強かった。逃げるだけで精一杯だったぜ」
「ま、腐っても天下無双やしな。恋を相手にして命があっただけ大したもんよ」
「だよな! うんうん、世の中には逃げても恥じゃない相手ってヤツがいるもんだ。麗羽さまはそこんところわかってないからなー」
「袁紹の部下もなんや大変そうやな。ま、あんたが生きてここにいるってことはなんとか説得できたっちゅうことやろ」


 そういって、張遼は飛竜偃月刀を一閃させると、文醜に刃先をつきつける。
「その調子で今日も負けた言い訳、考えときぃや」
 文醜もそれに応じて大剣を構える。
 このとき、生死をかけた戦いを前に、二人の顔に浮かんだ表情はとても良く似ていた。嘲笑とは異なる、清々しささえ感じられる笑み。もっとも、当の二人はそのことを意識の端にすらのぼらせていなかったが。
「負ける言い訳考えたって意味ないぜ、なんせ今日のあたいに負ける予定は入ってないッ!」
「厄介な客ほど前触れなしに来るもんやッ! いっくでェェェッ!」
「なはは、そいつは道理だ! おっしゃこーいッ!」


 激突する鋼と鋼が、焼けるような擦過音をあたりに撒き散らす。打ち交わされる斬撃があまりに激しいためだろう、金属が焦げる嫌な臭いが人馬の鼻を突き、二将の馬が不快げないななきをあげた。
 文醜は左手で手綱を引いて愛馬を御しつつ、右手に持った大剣を大上段に振り上げ、張遼に向けて叩きこむ。『その一撃は山を割る』と称される剛武の一閃である、まともに受け止めれば、自分はともかく馬の足が持たないと判断した張遼は、とっさに偃月刀を寝かせ、柄でたくみに受け流した。
 だが、攻撃の勢いを完全に殺すことはできず、鞍上で体勢を崩してしまう。


 それを見た文醜は続けざまに横凪の一閃を繰り出した。
 上体を真っ二つにする勢いで迫りくる大剣を見て、張遼はとっさに両足で馬体を挟み込むと、思い切り身体をのけぞらせる。
 張遼から拳ひとつ分も離れていない至近の空間を、文醜の大剣がうなりをあげて横切っていった。背筋を凍らせるその音が耳朶から消える前に、張遼ははねるように上体を戻し、その勢いを利用して反撃の一刀を見舞う。
 偃月刀の刃先が文醜の鎧をとらえ、文醜は衝撃によろめいた。
「うわいっと?! おいおい、甲冑着てるヤツの動きじゃないっしょ?! 不倒翁もびっくりだな、あんた」
「なんの、まだまだ序の口やでッ」
 驚く文醜に向けて張遼はさらに偃月刀を振るったが、体勢を立て直した文醜はあっさりとこれを避け、それ以上張遼に付け入る隙を与えない。
 張遼も無理して打ち込むことはせず、偃月刀の柄を握り直して次の攻防に備えた。


 さて、どう斬り込むべきか。そんなことを考えながらも、張遼は頬が緩むのをおさえられなかった。戦況の不利は承知しているが、一個の武人として雄敵と渡り合う快感は抑えようがない。
 そして、それは敵も同様であるらしい。眼前でブンブンと大剣を振り回す文醜の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。
「うんうん、やっぱ戦ってのはこうじゃないと面白くないぜッ! ほんじゃ、次はこっちからいっくぞォォォ!!」
「おう、こいやァッ!」
 再び繰り返される猛撃の応酬。両者の力量はほぼ互角であり、一騎打ちは拮抗した。
 が、長くは続かなかった。
 切り札である張遼の奇襲を防がれたことで、曹操軍の本隊が戦線を支えきれなくなったからである。その様子を遠望し、さらにみずからの部隊に対しても包囲の鉄環が狭められていくのを感じ取った張遼は、歯噛みしつつも一騎打ちから離脱する。今は雄敵と武を競うよりも、将として兵たちを逃がすことを優先させなければならなかった。


 むろん、文醜はそうはさせじと追いすがる。
 曹操が袁紹軍の追撃に耐えかね、早晩、切り札を投入してくることは袁紹の予測するところであった。これを叩き潰せば、もはや曹操軍に反撃の手段はない。そのためにこそ文醜は主戦場の外に配されたのである。
「ま、どうせ予測したのは元皓のおっちゃんなんだろうけど、空気の読めるあたいは黙っているのであった。でもって、ここでしっかり張遼を討って麗羽さまの策を成功させて、あとで盛大に褒め称えるっと。デキる女はやること多くてタイヘンだー」
 目に真剣な光を浮かべつつも、軽口を言ってしまうのは生来の性格ゆえなのか。ともあれ、文醜は逃げる張遼を追い続けた。


 追う文醜が本気なら、逃げる張遼も真剣である。
 張遼が曹操の本隊と合流するためには南に向かわなければならないのだが、そちらへの道は袁紹軍によってことごとく塞がれていた。そのためだろう、張遼は馬首を東へ向けた。ある程度、追撃部隊を引き離してから南に転じれば良いと考えたのだろうが、もともと張遼の出現を予測していた袁紹軍は文醜の隊に多数の軽騎兵を配しており、神速を謳われる張遼をもってしても追撃の手を払うことは容易ではなかった。
 それは見方をかえれば、文醜が張遼を捕捉することも容易ではなかった、ということでもある。曹袁両軍を代表する二人の武将は、主戦場から遠く離れた場所で命がけの追いかけっこを繰り広げることになった。






 白馬から烏巣にいたる退却行において、曹操軍は敵の追撃によって手痛い損害をこうむりながらも、かろうじて軍組織そのものは維持することができていた。
 だが、烏巣での奇襲失敗とそれに続く敗戦は曹操軍将兵の最後の気力を挫き、ここにいたって退却は全面的な潰走へと転じてしまう。
 戦場のいたるところで曹操軍の陣列は突き崩され、曹操の本陣も顔良の猛攻を受けて瓦解する。このとき、顔良は曹操の姿を指呼の間に捉えたが、典韋の奮戦によってかろうじて危機を回避、わずかな数の親衛隊に守られて戦場を離脱した。


 同じく戦場を離脱することに成功した満寵、臧覇、呂虔らは曹操との合流をはかったが、袁紹軍の呂曠、呂翔らの猛追を受けて果たせず、曹操軍は四分五裂の状態となった。ただひとり、曹純のみはかろうじて曹操との合流に成功するが、すでに虎豹騎も千を数える人員の半数以上が死傷しており、戦況に与える影響は微々たるものでしかなかった。
 勝敗決したり。
 袁紹はみずから追撃部隊の総指揮を執り、曹操を討つべく猛進する。顔良はその傍らにあって、ともすれば突出しそうになる袁紹をなんとかおさえながらも、冷静に兵を配して確実に曹操を追い詰めていった。


 曹操が各処で築いてきた水計のための堰も、先んじて押さえてしまえば脅威にはならない。むしろ道を塞ぐ水路の水が枯れていれば、それだけ追撃も容易となる理屈で、曹操は結果としてみずからの首を差し出すにも似た愚行を為した。策士、策におぼれるとはこのことだ――袁紹軍の将兵は追撃の途次、そう言って周囲と笑いあい、必死に逃げる曹操軍の背に嘲笑を叩きつける。
 それを否定することは、少なくともこの時点での曹操軍には不可能なことであった。
   





◆◆◆





 少し時をさかのぼる。



「羽将軍はこれまで、たくさんの戦場で戦ってきた――いえ、こられたのでしょうね」
 関羽が許昌の屋敷で円らな瞳の少年にそう問われたのは、官軍が解池を奪回してしばらく経ってからのこと。
 この問いに対し、関羽は少しばかり返答に窮してしまう。
 答え自体は『はい』に決まっているのだが、それ以前に相手の質問の意図や今の状況、さらには身分的な問題などなど、指摘しなければならないことが山のようにあって、何から口にするべきか判断しかねたのだ。
 とはいえ、まっすぐに此方を見つめる眼差しを見れば、相手に悪意がないことははっきりしている。
 そのため、関羽はとりあえず質問に答えた後、気になる点を問いただすことにした。


「はい、桃香さまが楼桑村で旗揚げして以来、幽州、青州、徐州と戦いながらめぐってまいりました。ところで、あの、陛下?」
「羽将軍、今の朕――ではない、ぼくは皇帝ではない、です。漢室とはかかわりのない劉家の伯和(はくわ)として接してほしい、です」
「は、はあ」
 しごく真面目な表情で訴えかけてくるのは、後漢帝国第十三代皇帝たる劉協である。
 市井の民にまぎれるべく言葉遣いに注意しているのはわかるのだが、最初の呼び方からしてもうすでにおかしい。市井の民は関羽のことを「羽将軍」などと呼んだりはしない。
 とはいえ、それを指摘することもはばかられた。それは皇帝に対して自分の字(あざな)を呼べと強いるも同様だったからだ。
 かくて関羽は「どうしてこうなった」と内心で頭を抱えながら、皇帝と奇妙な対面の時を過ごすことになったのである。




 このとき、北郷はすでに許昌を離れており、皇帝の突然の訪問に直面したのは関羽だけであった。
 聞けば皇帝がこうして街に出るのは初めてのことではないらしい。
 それを聞いたとき、あの曹操の監視の目をかいくぐるのは容易なことではないはずだが、と関羽は疑問に思ったのだが、劉協が言うにはこの微行は曹操も承知しているという。


 関羽は意外の念にうたれた。曹操が皇帝の微行を認めていることも意外であったが、さらに意外だったのは、皇帝の声に曹操に対する恨みや嫌悪の念が感じられなかったことである。
 現在の朝廷を見るかぎり、万機を掌握しているのは丞相たる曹操であり、劉協が傀儡に過ぎないのは明らかだった。当然、皇帝は曹操のことをよく思ってはいないだろう、と関羽は推察していたのだが。
 とはいえ、まさか丞相を疎んではいないのかなどと問いただせるはずもない。この会話とて、どこで誰が聞いているかわかったものではないのだ。関羽はそう考え、疑問を無理やり押し込めた。
  

 ――もしこのとき、関羽がその問いを口にしていれば、劉協はためらいつつもこう口にしていただろう。
『皇帝の無力は、皇帝自身のみならず、忠臣の生き方にさえ悪しき影響を及ぼしてしまう。丞相はそのことをぼくに教えてくれました』
 曹操に庇護された当時、劉協は関羽の推測どおり曹操に対して深い隔意を抱いていた。曹操は劉協が信頼していた王允を討った相手なのだから、それは当然のことであったろう。
 そんな劉協の心情に変化をもたらしたのが、洛陽において王允が進行させていた陰謀の存在である。
 それを曹操から聞かされたときの衝撃を、劉協は今なお鮮明に覚えていた。
 王允が陰謀家であったとは思わない。漢王朝の、皇帝の無力が王允を陰謀にはしらせたのだ。逆にいえば、皇帝が十分な権威と力をもっていれば、王允が陰謀に手を染めることはなかったに違いない。


 年端もいかない年齢とはいえ、権力の荒波にもまれてきた劉協の聡明さは凡百の廷臣をはるかにしのぐ。皇帝権力を一朝一夕で回復させるのは不可能であり、そんな皇帝が権力者である曹操と反目を続けていては、第二、第三の王允を産んでしまう。
 それを避けるにはどうするか。考えた末に劉協は曹操へのわだかまりを捨てたのである。より正確にいえば、捨てるよう努力してきた。
 ただ、それは口に出して他者の理解や賛同を得る必要のない話である。ゆえに劉協はこの件に関して、誰に対しても余計なことを口にすることはなかった。

 



「解池を取り戻してくれた――くださった羽将軍の功をねぎらいたかった、というのはもちろんなんですけど、その、他にもいろいろと話をきき――ええと、お話をうかがいたくて」
「……あの、陛下、無理をなさらずとも。普段どおりにお話しください」
「い、いえ、何事も経験です、羽将軍。これからのこともありますから、伯和としてのしゃべり方に慣れておかないと」
 そういって気負ったように拳を握る劉協を見て、関羽の顔は自然とほころんだ。思わず「可愛い」と呟いてしまいそうになる。
 が、すぐに無礼に気づき、慌てて咳払いでごまかすと、関羽はとってつけたような問いを口にした。
「曹そ――いえ、丞相閣下がそう何度も宮廷から出ることを許すのですか?」
「きちんとした理由があれば。もちろん護衛はつきますけれど」
 それを聞いて、関羽は皇帝の随伴をしていた武人の姿を思い起こす。楽進と名乗った女性は、関羽の目から見ても相当の力量の持ち主であった。許昌の治安をつかさどる役職にあるというが、なるほど、彼女やその部下がいれば、そこらの曲者では相手にもなるまい。


 もっとも、たとえ危険が少ないにしても、曹操が皇帝に微行を許しているということが関羽には驚きであった。傀儡として担ぎ上げるのなら、その相手は愚かであればあるほど御しやすい、というのが一般的な考えだろう。市中を歩いて宮廷以外の世界に触れれば、いらぬ知恵をつけないとも限らないというのに。


 ただ、曹操にとって御しやすいということは、他者にとっても御しやすいということである。皇帝がそれではいつまでたっても宮廷が落ち着かない。
 それよりも、丞相の力なくして漢王室は成り立たず――皇帝にそう思わせ、皇帝自身の意思で曹操を頼らせた方がずっと良策であろう。そのためには市井を直に知らせることも有用なこと、と曹操は考えているのかもしれない。


(あるいは、これもまたわたしを許昌に引き止めるための策のひとつなのか)
 請われるままに劉協にこれまでのことを話しながら、関羽はそんなことを考える。
 関羽の主君は言うまでもなく劉備ただひとりであるが、漢王朝の臣である以上、劉協に対しても臣下の礼をとる必要がある。それは義務としての忠誠であるが、目を輝かせてこちらの話に聞き入る劉協の人柄に触れれば、義務を越えた感情もわいてしまう。曹操はそれを狙っているのかもしれない。


 むろん、いかに劉協に好感を抱いたとしても、劉備と袂を分かつ意思は関羽にはない。ないのだが――
「羽将軍、また来ても、いいですか。できれば、もっと話をしたいです」
「もちろんです、と申し上げたいのですが、たびたび陛下の御光来を仰ぐのは恐れおおうございます。お呼びいただければ、すぐに宮廷に参じますゆえ」
「それではまわりに廷臣が多くて、聞きたいことも聞けないです。それに、今は『陛下』ではなく『伯和』ですよ」
 ――直ぐな眼差しで自分を見上げてくる少年帝のためと思えば、曹操の下で戦うことにもそれなりの意義を見出せてしまいそうな自分は、やはり単純な性格なのかもしれない。
 趙雲あたりが聞けば、今さらだな、と大声で笑い出しそうなことを考えつつ、関羽は去り行く皇帝の背を見送るのだった。







 そして今。
 望まずして勝敗の鍵をあずけられる形となった関羽は、官渡水のほとりで嘆息まじりに呟いていた。
「どこから企み、どこまで見通しているのか。虚実の駆け引きは戦の常とはいえ、ここまでこんがらがった戦いはそうそうないぞ」
 烏巣で敗れた曹操軍は、すでに軍としての形を維持することもできず、ひたすら南の方角に向けて逃げ続けているという。
 曹操の身辺を守る兵は千に満たず、この小部隊を捉えるために袁紹軍は急追を続けており、結果、陣列は細く長く伸びてしまっているらしい。敵地における行軍にしては無用心であるが、みずから追撃の先頭に立つ袁紹は、ここで追撃速度を落として曹操を取り逃がすことを恐れたのだろう。


 今日まで細心の注意を払って袁紹軍に――否、袁紹個人に勝利の確信を与え続けてきた曹操の策が、いよいよ結実しつつある。


 ただ、ここまでの劣勢をはたして曹操は想定していたのだろうか。その点について関羽はいささか疑問を抱いていた。
 関羽や張遼の配置などを見れば、曹操が意図して現在の戦況をつくりだしたことは明らかである。だが、今の状況では、たとえば関羽がわずかでも行動を遅らせれば、曹操は袁紹に討ち取られてしまう恐れがあった。
 むろん、まがりなりにも曹操の指揮をあおぐ以上、そんな卑劣な手段を講じるつもりは関羽にはない。だが、曹操がそこまで無条件にこちらを信用しているのかと考えれば、答えは否定に傾いた。あの曹孟徳がそこまで甘いとはどうしても思えないのだ。
 となると、劉協と関羽を接近させたのも、こういった事態に備え、少しでも関羽の心を許昌の側に寄せ、造反を防ぐ思惑もあったのかもしれぬ……



 そこまで考えてから、関羽は小さく息を吐き出した。そして、わずかに肩をすくめると、内心の懊悩を振り払うために軽く頬を叩く。
「ここでいくら考えようとも詮無きことだな」
 そう、こんなところで曹操の胸中をさぐり、思考の迷路に迷い込んでも仕方ない。
 劉備の下に帰参するため、徐州での借りを一日でも早く返す。そのために、今は曹操の覇業に力を貸すこともやむなし。その結論がかわることはないのだから。


 ただ、それはそれとして納得しつつ、やはりここの空気は肌にあわないと関羽は痛感していた。許昌にいるかぎり、今回のように事あるごとに曹操の真意を忖度して身を処さねばならず、それは考えるだけで気がめいる。
「陛下には申し訳ないが、やはり都は私のいるべき場所ではないな。今の戦況が曹操の予測を越えるものであるのなら、この一戦で借りを返すこともできるだろう。そうすれば、皆で桃香さまの下に戻れるというものだ」
 出陣前、武運を祈ってくれた少年帝の真摯な眼差しと、遠く離れた義姉の笑顔、さらには今も虎牢関で戦っているであろう朋輩の姿を心に思い浮かべながら、関羽は麾下の部隊に命令を下す。そして、自ら先頭をきって駆け出した。


 河風にたなびく黒髪をそのままに、青竜偃月刀を引っさげて駆け出す関羽の後に五百の兵が続く。その中に、関羽と同様に曹操軍とは異なる兵装を身につけている者たちが見てとれる。淮北、淮南の戦で生き残った劉家軍の兵士たちであった。




◆◆◆




「おーっほっほっ……ぐ、げふんげふん」
「あのー麗羽さま、お疲れなんですから、無理して笑おうとなさらなくても」
「な、何をおっしゃっているのやら。いよいよ華琳さんを追い詰めようという今このときに笑わずして、一体いつ笑えというんですの?!」
「いや、別にいつでもいいと思いますけど」
 よくわからない理屈でくってかかってくる主君に困り顔で返答しつつ、顔良は何度目のことか、袁紹に注意を促した。


「それはともかく、麗羽さま、少し前に出すぎだと思います。危ないのでもうちょっと後ろにさがってもらえません?」
「ふん! 敵のへろへろ矢がこのわたくしに当たるとでもお思いですの? そもそも向こうは逃げるばかりで反撃の素振りも見せないではありませんか」
「それはそうなんですけど、万一ってこともありますから」
「万一などありませんわ。この袁家の宝刀で華琳さんの首をすぱーんと打ち落とす好機、逃してなるものですか。河北四州を統べるこの袁本初は、いついかなるときも退かず、媚びず、省みぬのです、おーっほっほっほっ!」
「退かず媚びずはともかく、省みることはしましょうよ、麗羽さま……」


 どうあっても下がりそうにない袁紹を見て、顔良はどうしたものかと困惑した。
 これが袁紹の暴走だというなら顔良としても強い言葉で諌めることができる。だが、困ったことに、袁紹の判断はこれはこれで間違っていないのだ。むしろ袁紹こそが正しく、あくまで慎重論を唱える顔良の方が味方の勢いを殺いでいるという見方もできる。


 ただ、白馬から烏巣を経て官渡に至るまで、袁紹軍は猛追を続けてきた。顔良は間延びを防ぐべく努めてきたが、ここまでの急追となると、どうしても陣列に乱れが生じてしまう。くわえて、最低限の休息のみで追撃を続けてきたため、将兵の心身に蓄積した疲労も無視できない。
 むろん、休みなく追われ続けてきた曹操軍の疲労はこちら以上だろうから、疲労がただちに戦況に影響を及ぼすことはあるまいが、何かの拍子で敵が勢いを盛り返してしまうと厄介なことになる。張遼の奇襲をしのいだ上はもう伏兵はないと思うが、それでも相手は曹操である。何か隠し球を持っているのではないか、との疑いを顔良は捨て切れていなかった。


 そういったあれやこれやを考えあわせ、やはりあと一歩だからこそ慎重に進むべきだ、と顔良は結論づけているのだが、ここまで来た以上は完全に曹操の息の根を止めてしまいたいという袁紹の思いも理解できた。
 なにしろ、ここで曹操を討ち取ることができれば、今後の河南制圧に要する時間と兵力を大幅に削減することができるのだから――まあ、袁紹がそこまで考えているのかについては、多少の疑問符がつくのだけれど。




 と、顔良がそんなことを考えていると、前方から一騎の兵が土埃を蹴立てて駆け寄ってきた。顔良が先刻放っておいた偵騎のひとりである。
 その偵騎は馬をおりると、膝をつくのももどかしいといった様子で息せき切って袁紹に報告した。
「申し上げます! ここより西方三里の丘向こうに敵将曹操の牙門旗を確認いたしましたッ! 数はおよそ五百!!」
 それは袁紹軍にとって待ちに待った報告であった。袁紹が快哉を叫ぶ。
「捉えましたわッ! 斗詩さん、まさかここまできて慎重論を唱えたりはいたしませんわよね?」
「意地悪なこといわないでくださいよー」
 三里(一里は四百メートル強)ということは、騎兵を使えば目と鼻の先である。さすがの顔良も、この報告を聞いて逡巡したりはしない。
 ただそれでも、万一に備えて自身が先頭を切るよう配慮を忘れないあたりが、顔良の顔良たるゆえんであっただろうか。


「それじゃあ麗羽さま、わたしが先に行きますから、麗羽さまは後からゆっくりついてきてくださいねー。あ、なんだったらちょっと休憩しててもいいですよ、曹操さんはちゃんと連れてきますから」
「ここまできて何をおっしゃるやら。ここはわたくしみずから先頭に立ち――」
「えー? でも、真打は最後に登場しないと格好がつきませんよ?」
「さあ斗詩さん、わたくしのために見事前座をつとめてきてくださいな」
「はーい、了解でーす」


 巧み(?)に袁紹を説得した顔良は、疲労の少ない本陣の騎兵を中心として手早く二千あまりの急襲部隊を組織する。向こうがこちらの接近に気づく前に、迅速に撃破しなくてはならない。
 元々追撃の途中だったこともあり、手配はすぐに終わった。顔良は自分の愛馬に歩み寄りながら、この戦いに間に合わなかった同輩の顔を思い浮かべて頬をかく。
「文ちゃん、間に合わなかったかー。まあ張遼さんが相手ならしょうがないんだけど、いいところ取られたーって後でぼやかれそうだなあ」
 そうして、明らかに疲れが見える自分の馬のたてがみを軽くなで、優しく語りかける。
「もう少しで終わるから、あとちょっと頑張ってね。あとで好物の麦、たっくさん食べさせてあげるから」
 顔良が話しかけると、馬は心得たように蹄で地面をかく。
 顔良はもういちどたてがみを撫でてから鞍にまたがり、急襲部隊に命令を下した。




 『顔』の旗を中心とした一隊は速やかに本陣を離れ、西の方角へ向けて駆けていく。あたり一帯はなだらかな地形が続いており、かなり遠方まで見通しがきいた。偵騎が報告した「西方三里の丘」もすぐに見当をつけることができた。
 顔良が見るかぎり、丘の傾斜はかなり緩やかで、難なく丘上まで駆け上がることができそうだった。駆け上ったら、後は眼下に見えるはずの曹操軍めがけて突撃すれば、この戦いに決着がつく。
 この勝利は袁紹の大陸制覇において最も意義あるものとなるに違いなく、そのことを思えば、何かと制御役に回ることが多い顔良も心が浮き立つのを抑えることができなかった。




 それを油断と責めるのは酷であろう。迂闊となじるのは不当であろう。
 だが、しかし。
 自分たちよりわずかに早く、丘向こうからあらわれた一隊が丘上に達するのを見たとき、自部隊の足を止めてしまった顔良の判断は非難されてしかるべきであった。




 言うまでもなく、これは関羽率いる部隊である。この時、顔良が咄嗟に足を止めてしまった理由のひとつは、関羽の部隊が劉家軍の兵装を身につけていたことにあった。実のところ、その数は百名に満たない程度であったのだが、先頭を駆ける関羽と、その周囲を固める劉家の兵の姿が真っ先に顔良の目を引いたのは、ある意味当然のこと。
 そして、相手の正体がわからなかった顔良は、眼前の部隊を一気に蹴散らす決断を下しかねた。丘から駆け下る側が、駆け上がる側より勢いに優るのは自明の理。くわえて、どこか見覚えのある軍装を見て、もしかしたら袁紹軍に味方する在野の勢力かもしれない、とも考えた。


 もしこのとき、顔良が委細かまわず突撃を続けていれば、その後の中華帝国は異なる歴史を歩んだかもしれない。かりに関羽の部隊が袁紹軍の味方をするべく参じた勢力であったとしても、曹操を討つ好機を邪魔している事実に違いはなく、これを蹴散らしたところで顔良を責める声があがることはなかったであろう。たとえば袁紹がこの場にいれば「おどきなさいッ!」と一喝して押し通っただろうし、文醜であれば「邪魔すんな」と言い捨てて突き進んだに違いない。


 だが、この場にいたのは袁紹ではなく、文醜でもなく、顔良であった。


 時間にすれば、ほんのわずかな逡巡。しかし、その逡巡が河北兵の足を止めたのは事実であり――対照的に関羽にはためらいも戸惑いもなかった。顔良の旗めがけて一気に丘を駆け下る。
 一本の征矢のごとく、一直線に此方に向かって突き進んでくる関羽の姿を遠望した顔良の背に氷塊がすべりおちる。
 その悪寒の正体が判明したのは、敵将の後ろに続く部隊が『関』の軍旗を掲げた瞬間であった。それを見て、顔良は眼前の敵手が誰であるかを悟る。


 解池奪還戦において、関羽が曹操軍の指揮をとった情報は袁紹軍も掴んでいた。だが、その後、曹操が関羽を登用したという情報はなく、あの曹操が中原の覇権をめぐる重要な戦で降将を起用するような博打に打って出るとも思えなかったため、ほとんどの者たちは関羽の存在を忘却していた。
 かりに覚えていた者がいたとしても、まさかこの段階で関羽があらわれるとは予想だにしていなかっただろう。


「漢寿亭侯、関雲長推参! 雑兵は道をあけよ。所望するのは将の首級のみだッ!」
 大喝と共に突入してきた関羽の勢いに、河北兵ははっきりと気圧された。関羽の顔を知らない者はいても、その武名を知らない者はいない。八十二斤の青竜偃月刀を繰り、飛将呂布と互角に渡り合ったという美髪公。
 その偃月刀が、眼前で振るわれている。
 怖じた者には見向きもせず、自らの前に立ちはだかる騎兵のみをねらって次々に鞍上から斬って捨てる様は、武神の名に恥じないものであった。


 今もまた、横合いから突きかかって来た敵兵がいた。関羽はその槍を避けるや、気合一閃、偃月刀を振り下ろす。偃月刀はその切れ味と重量で河北兵の身体を断ち割り、その兵は血と臓物を驟雨のごとく撒き散らしながら地面に倒れていった。地面に転がった兵の屍が、右の肩から左の腰にかけてほとんど両断されているのを見て、周囲の兵士から悲鳴じみた喚声がわきあがる。
 主人を失った馬が悲痛ないななきをあげて駆け去る頃には、関羽の姿はすでにそこにない。馬足をまったく緩めることなく、奥へ奥へと突き進む。関羽の偃月刀が振るわれる都度、河南の大地は河北兵の血を吸いこんでいった。


 そうして関羽が開けた陣列の穴に、麾下の部隊が喊声と共に突っ込み、さらに傷口を広げていく。
 この場にいる河北兵は本隊に配されるほどの精鋭である。そうそう敵に遅れをとるわけはないのだが、この時ばかりは関羽の部隊に一方的に斬りたてられ、突き崩され、追い立てられた。積み重なった疲労や予期せぬ伏兵に対する驚き等、理由は幾つもあげられるが、結局のところ、機先を制した関羽の勢いに圧倒されたのである。


 この猛攻を前に、顔良はただ呆然としていたわけではない。たとえ相手が音にきこえた関雲長であるとしても、兵数は袁紹軍が数倍するのだ。多少勢いに差があったとしてもすぐに覆滅できるはず。くわえて、後方の袁紹もすぐに援軍を派遣してくれるだろう。
 顔良はそう考え、またそう口にして周囲の兵を励まし、迎撃の指揮を執った。執りつづけた。
 あるいは、相手が関羽でさえなければ、顔良はこの攻撃を防ぎ切ることができたかもしれない。袁紹の援軍が来るまで耐え抜くことができたかもしれない。



 ――しかし。
「そこにいるのは敵将顔良と見受けた」
 関羽の鋭鋒はついに顔良の堅陣を突き破り、両将は至近の距離で対峙する。
 青竜偃月刀が陽光を反射して眩くきらめいた。





◆◆◆




 虎牢関 軍議の間


「函谷関?」
 まったく予期していなかった言葉を聞き、徐晃は思わず眼前の人物の顔を見つめてしまう。
 眼前の人物――官渡の勝報を聞き、皆が沸き立つ中、ただひとり厳しい表情を崩さなかった北郷一刀の顔を。



 曹操軍、官渡にて袁紹軍主力部隊を撃破。
 敵将顔良を討ち取り、反攻を開始せり。


 許昌からの急使によって伝えられたその吉報を受け、北郷が徐晃に下した命令は、函谷関に行くように、というものであった。
 すでに軍議は解散しており、棗祗、鍾会その他の将は北郷の命令に従って関内に散っている。部屋に残っているのは徐晃と司馬懿、司馬孚の姉妹のみであり、この三人を部屋に残したのはおそらく意図的なものだった。
 徐晃の戸惑いまじりの反問に対し、北郷はなおも厳しい顔つきのまま話を続ける。ときおり口元に手をあてて言葉を途切れさせるのは、おそらく頭の中で現在進行形で作戦を組み立てているからなのだろう。


「そうだ。公明は函谷関に行って、弘農勢に官渡の勝利を伝えてくれ。別に曹操軍に味方するようにとか言わなくていい。ただ伝えるだけで、おそらく連中は動く。そして、仲達、叔達」
「はい」
「は、はいッ」
「二人は一度許昌に……いや、それだと間に合わないか。張太守はともかく、荀彧あたりに見つかると面倒だしな。かといって、さすがに独断だとまずいし。ああ、そうだ。さっきの急使に書簡を託すか。そうすれば、かなり途中経過を省略できる――」


 呼びかけておきながら、なにやらぶつぶつと呟きだした北郷を見て、司馬家の三女は不思議そうに声をかけた。
「あ、あの、お兄様?」
「っと、ごめんごめん。そうだな、二人はこれから温に向かってくれ」
 ここで北郷が口にした温とは司馬家の本領、司州河内郡温県のことである。
 徐晃はそれを知り、首をかしげた。函谷関へ行け、という徐晃への命令の意図は弘農勢を引き込むため。それは理解した。
 だが、官渡の勝利を知り、司馬姉妹を温に向かわせる理由についてはまったくわからない。それは自分だけかとちょっと心配した徐晃であったが、幸いというかなんというか、司馬孚も、そして司馬懿さえわずかに怪訝そうな表情を見せていた。


 そんな三人に説明するため――というよりは話の流れにそってのことであろうが、北郷は言葉を重ねた。
「官渡の勝利を知れば、河内郡の曹操軍も一斉に反撃に出る。主力が軒並み黄河を渡った并州勢ではもちこたえられないだろう。もし温が占領されているようなら、奪回は容易だ」
「えっと、お兄様はわたしたちの郷里を案じてくださっているのですか?」
 司馬孚の言葉には隠し切れない戸惑いが含まれていた。并州勢が縦断してきた河内郡で、郷里の温県がどうなったのか、たしかに司馬孚はずっと気にしていた。地図の上で并州勢の拠点である壷関と洛陽をつなげると、温はかなり危険な位置にあるからだ。
 だが、いってみればそれは私事に過ぎない。温が陥落していようと、もちこたえていようと、全体の戦局に及ぼす影響は些少であり、その温を救援するため、司馬孚自身はともかく姉の司馬懿を主戦場から遠ざけてしまえば、それだけ北郷の戦いが苦しくなってしまう。それは良くないことだ、と司馬孚は言外に告げていた。


 そんな司馬孚の胸中を察したのか、北郷は厳しかった表情をわずかにゆるめた。
「一度、歓待してもらった場所だからな、もちろん案じてはいるさ。けど、二人に温にいってもらう理由はそれだけじゃない」
 温は司馬家の本拠であり、つい先ごろまで司馬孚が立派に治めていた土地でもある。司馬家の声望は今回の一件でかなり傷ついてしまっただろうが、宮廷内や豪族同士の関係はともかく、土地の民衆に染みた威徳はそう簡単に消え去るものではない。他の土地にくらべれば人脈も豊富であろう。できれば、それを利用したいのだ、と北郷は言った。


 そして、何のために利用するのかも北郷は口にした。
 北郷の指先が卓の上に据えられる。そこには軍議の際に用いられていた地図が置かれていた。洛陽を中心として、北は河内郡から南は南陽郡まで記された軍用地図である。
 北郷がはじめに指し示したのは、洛陽の東、虎牢関と記された地点。そこから指を上――つまりは北の方角に向けた。虎牢関を離れた指先はすぐに黄河を越え、河内郡に達し、温を通過し、そしてさらに上へと伸びていく。
「あれ?」
「え、え?」
 思わず徐晃が声をあげてしまったのは、北郷の指先が地図からはみだしてしまったからだった。司馬孚のびっくりした声も理由は同じだろう。
 動じなかったのは司馬懿のみ。その目はわずかに底光りして見えた。


 何かに導かれるように、北郷の指は何も記されていない卓の上を進み続ける。
 といっても、それはわずか数秒のこと。ほどなく指をとめた北郷は、淡々とした調子で意地の悪いことを言い出した。
「問題です。俺がいま指をさしているのはどこでしょう? はい、公明」
「え゛」
「制限時間は三秒です。はい、一、二……」
「あ、ちょ、えーとその、つ、机……?」
「――――――すまない、ちょっと調子に乗った」
「謝られた?!」
「その発想はありませんでした」
「感心された?!」
「…………」
「しまいにはそっと視線をはずされたよ?!」


 北郷からは心底申し訳なさそうに謝られ、司馬懿からはぽんと両手を叩いて感心され、司馬孚からは気遣わしげに目をそらされ――とわけがわからず戸惑う徐晃だったが、答えが并州の壷関だと聞かされて自分の勘違いに気がついた。
 要するに卓上の地図が并州まで記載されていなかったので、北郷は地図が続いていれば壷関が記されていたであろう場所を指し示し、ここがどこかわかるか、と気取って問いかけたのだ。
 そうと知って徐晃は首筋まで朱で染めた。自分の答えがいかに間抜けなものであったのかを思えば、羞恥を感じずにいられようか。


「そ、それなら最初からそういってくれれば良いと思うッ」
 思わずバンバンッと力いっぱい卓を叩いてしまう徐晃。北郷は首をすくめて頭を下げた。
「いや、まったくそのとおり。本気ですまんかった」
「本当に申し訳なさそうな感じなのが、逆にすごくイヤだよ、もう!」
 さらに声を高めかけた徐晃であったが、すぐにもっと重要なことに気がつき、開きかけた口を閉ざした。
 もっと重要なこと。この戦況で北郷が壷関という敵拠点を挙げたことの意味。
 それは――


 徐晃だけでなく、司馬姉妹からも問う眼差しを向けられ、北郷は気を取り直したようにゆっくりとうなずき、そして言った。
「壷関を落とす。公明に函谷関に行ってもらうのも、仲達と叔達に温に行ってもらうのも、そのための布石だ」




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