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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/04/30 00:52
 後世、『官渡の戦い』は曹操と袁紹――中原に知らぬ者とてない二人の英雄が正面から激突した戦いとして広く知られることになる。
 中原を制する者は天下を制す。
 この戦いの勝者こそが中原を、ひいては中華帝国を制することになるだろう、との認識は当時から当たり前のように存在した。後年になって三国時代が形成されてからも、曹魏が常に他の二国にまさる国力を保持し続けたことを思えば、この戦いを天下分け目と形容することに何ら不思議はないだろう。
 『官渡の戦い』は時代の趨勢を決定付けた大戦であった。


 だが、そういった歴史的重要性が取り沙汰される一方で、用兵学におけるこの戦いの評価は決して高いものではなかった。特に両雄が黄河で実際に矛を交えて以後の展開は、時に凡庸の謗りを受けることさえめずらしくはない。
 それは英雄同士の派手な激突を望んだ、後世の人間たちの無責任な評価――というわけではなかった。単純な事実として、一連の戦いでは曹操軍、袁紹軍ともに「らしからぬ」不手際が随所で見られ、結果として戦いそのものの精彩さを欠くことに繋がっているのである。
 その兆しは、袁紹の号令によって戦いの火蓋が切られた時から存在していた。




 袁紹軍、曹操軍を問わず、兵士たちの戦意は戦闘開始前からすでに沸点近くに達していた。この決戦が天下分け目の大戦であるとの認識は、とくに下級の兵が戦意過多に陥るには十分すぎる要因である。なにしろ、ここで手柄をたてれば一兵卒でも富貴にあずかれる可能性があるのだ。命を捨てて戦うには十分すぎる理由だった。
 中級以上の将兵にしても、ここで際立った武功をあげれば一国を得ることも夢ではない、との思いがある。そのせいだろう、戦端が開かれるや敵軍に喚きかかった両軍兵士の勢いは凄まじく、ともすれば上官の制止さえ振り切ってしまうほどであった。
 前線の武将たちは敵と戦うよりも味方の手綱を握ることに意を用いなければならず、戦場は瞬く間に怒号と叫喚に包まれ、乱戦の様相を呈していった。


 半ば暴走に近い前線部隊の激突は、当然のように曹操、袁紹らの知るところとなった。
 何の策もなしに正面からぶつかりあえば、数に優る側が勝つのは自明の理である。よって、兵数で劣る曹操軍にとって、混戦、乱戦は何よりも避けなければならない戦い方であった。
 曹操としては敵の鋭鋒をいなしつつ、徐々に自分たちに有利な戦況を形成していくつもりであり、そのための作戦も通達していた。曹操が煽るまでもなく、優位に立った袁紹がかさにかかって攻勢に出てくるのは明白であったから、対策はとうに出来ていたのである。
 だが、目算は初手から狂ってしまった。
「何をしているのか?!」
 無様な戦いぶりを見せる自軍を見て、曹操は痛烈な舌打ちを発する。だが、怒りに身をまかせてはいられなかった。このまま乱戦に引きずり込まれてしまえば、ただ一戦で致命傷をこうむってしまう恐れさえあるのだ。曹操は感情を押さえ込むと、すぐさま兵を引き締めにかかった。



 一方、袁紹軍の本陣でも田豊が曹操と同様の動きを見せていた。兵数で優るとはいえ、無秩序な乱戦では味方の損害も大きくなってしまう。仮にこの戦いで勝利を得られたとしても、天下平定の戦いはなお続くのだ。犠牲はやむをえないにしても、それを最小限に食い止める義務が田豊にはあった。
 その義務を等閑にしたつもりはなかったが、と田豊は苦虫を噛み潰す思いでいた。まさか、緒戦から兵たちがここまで狂熱を帯びてしまうとは。総大将の暴走には気をつけていたのだが。


「兵を煽りすぎたか……いや」
 田豊は内心でかぶりを振った。
 陳琳の檄がおおいに兵を高ぶらせたのは事実だが、それだけでこうはならないだろう。原因は違うところに求められる。
「――経験の不足であるか。兵も、わしも」
 河北制圧において、袁紹軍は極力兵を動かさなかった。動かすにしても最小限でとどめていたため、十万以上の兵を動員したことはただの一度もない。訓練こそ幾度も行われていたが、実際に大軍でもって敵と戦った経験はないに等しいのだ。その点でいえば、曹操軍の将兵の方がはるかに大軍での戦いに慣れているだろう。
 慣れない大戦ゆえの気持ちの高ぶりに功名心が結びついた時、どんな事態が起こるのか。田豊は予測してしかるべきであった。


 それが出来なかったということは、つまり田豊自身も完全に平静を保っているとは言いがたい状態なのだろう。この戦で袁家の天下が決まるとの思いが、決して若くない自分の血潮をも滾らせていることを、田豊はようやく自覚した。
「……まったく。監軍どの(沮授)にあわせる顔がない」
 敵の思惑にばかり気をとられ、自軍はおろか自身の状態すら把握しそこなっていたとは軍師にあるまじきことだ。
 田豊は全軍の統制を強化するべく指示を出しながら、みずからの不覚を肝に銘じた。二度と同じ過ちを繰り返さないために。




 はからずも同じ行動をとった曹袁両軍。
 だが、本営の努力も空しく、前線の混乱はなおも静まらなかった。
 命令に従って兵を下げれば、下がっただけ敵が踏み込んでくる。振り上げた剣を止めれば、その隙に敵の剣が振り下ろされる。狂乱と焦熱は将兵のなけなしの理性をとかし、濃密な血の臭いに酔った前線部隊は退くべきタイミングを完全に見失っていた。
 鍛え上げられた精鋭たちが、何の訓練も受けていない黄巾の賊徒のごとく、ただひたすら目の前の敵と殺しあう様は、ある種異様な光景であった。


 この狂熱を静めるために両軍の指揮官たちは手を尽くしたが、下手に自軍の勢いを止めてしまえば、そのまま敵軍の勢いにのまれてしまうとあって、有効な手立ては容易に見つからない。
 そうこうしている間にも戦いはより一層血臭にまみれたものとなり、混戦はより規模を大きくして戦場を包みこみ、狂乱の波濤が兵士たちをさらっていく。
 結局、曹操らがなんとか兵の掌握に成功したのは、日が西に傾き始める時刻になってからのことだった。戦いが始まったのは朝まだきのこと。両軍は実に半日近くの間、血まみれの闘争を続けていたことになる。
 ようやく正気に戻った両軍の兵士が呆然として刀槍を引いた後、戦場に残ったのは数えることもできないほどの死傷者の山。河風と共に広がる血臭の濃さはたとえようもなく、袁紹はあまりの血生臭さに顔色を蒼白にして口元に手をあてる。曹操でさえ平静を保つのに少なからぬ努力が必要だった。




 通常、戦いは日没をもって終わり、決着は翌日に持ち越される。その意味では、このとき、決着をつけるための時間はまだ十分に残されていた。
 だが、さすがにこれ以上戦闘を続ける気力は両軍ともに残っておらず、袁紹軍と曹操軍は相手を警戒しつつも、互いに足並みを揃えて兵を退いた。
 やがて、両軍の指揮官が渋面を押し隠して被害を計算した結果、この日の半日たらずの戦闘で出た被害は袁紹軍は一万、曹操軍は八千に達することが明らかになった。死傷者の数だけ見れば曹操軍の辛勝だが、兵力比を考慮すれば、より痛手をこうむったのは曹操軍である。
 ただ、袁紹軍にしても勝利の実感などあろうはずもない。渡河を成功させながら、無秩序な戦いでこれだけの犠牲を出してしまったのはまったく想定の外であり、今後の戦略に影響を与えずにはおかないだろう。


 初日の戦闘は両軍共に頭を抱える結果で終わった。そして、その結果を悔やみ、あるいは悲嘆している暇がないことも、このふたつの軍は共通していた。双方の指揮官はそれぞれに不満を抱えながらも部隊の再編成に着手し、翌日の再戦に備えて迅速に軍容を立て直していくのだった。





 あけて翌日、戦いはなおも続く。
 統制を強化した両軍は、前日の戦いが嘘であったかのように戦術を駆使した戦いを繰り広げる。
 だが、基本的に仕掛けては見破られ、見破っては仕掛けての繰り返しに終始し、戦況が劇的に変化することはなかった。部隊同士の連携は保たれていたものの、全体として力と力のぶつかり合いという様相は昨日とかわらず、そして、そこに変化がない以上、数にまさる袁紹軍が有利になるのもまた必然。
 ここまでくると袁紹軍の指揮官の中からも、このまま損害を無視して押し切る方が得策なのではないか、との意見も出始めていた。


 袁紹の長所のひとつに立ち直りの早さが挙げられる。
 蒼白だった顔色もすでにいつもとかわらないまでに回復していた。そして、調子を取り戻せば果断速攻をためらう袁紹ではない。
 いまだ秋の遠い暑熱の一日、血臭ははや死臭をはらんで両軍の将兵を苛んでおり、さっさと決着をつけてこの戦場から離れたい、という思いが決断の後押しをしたのも事実であっただろうが、ともあれ、袁紹は決戦の命令を下した。
 田豊も反対はしなかった。
 決戦の時いたらば黙ってみているように、と黎陽城で言われたことを律儀に守っている――というわけではなく、単純に袁紹の決断を是としているのである。昨日今日の戦況を見るかぎり、どうやら力戦は避けられそうもない。であれば、下手に守りをかためて戦いを長引かせるよりは、早期に決着をつけてしまう方が、結果として兵の犠牲は少なくなるだろう、と。


 袁紹の決断を聞いて難しい顔をしたのは、むしろ実戦をつかさどる将軍たちの方だった。
 とはいえ、彼らは決戦そのものを忌避したのではない。昨日と同じ結果になることを心配したのである。
「でも麗羽さま、このまま攻め込んでも昨日とおんなじになるんじゃないですかね?」
「それはちょっと勘弁してほしいですぅ」
 文醜の危惧に、顔良が小声で付け加える。
 昨日の戦いでは二人ともに大きな戦果をあげているが、あたかも蜜に群がる虫のごとくに自分たちに迫ってくる敵兵の姿は、心根の優しい顔良はもちろん、文醜にとっても思い出したくないものであるらしい。


 袁紹が不思議そうに問いかける。
「お二人にとってはめずらしくもない光景でしょうに」
 なまじ武名が知れ渡っているだけに文醜らは戦場で敵兵の的になる。袁紹はそれを指して言ったのだが、二人のうそ寒そうな表情はかわらなかった。
「いやまあ、そうなんですけどね。ただ曹操軍の連中は一味違うというか」
「普通の敵なら、寄ってきても、ある程度戦えば逃げ腰になってくれるんですけど……」
「そうそう、こりゃかなわんってな感じで。けど、曹操軍のやつらは目ぇ血走らせて斬っても斬っても向かってくるんですよ。おまけに倒したら倒したで、俺ごと斬れ、とか叫んでしがみついてくるやつまでいて、面倒なんてもんじゃないです」
「僵尸(ゾンビみたいなもの)を相手にしているみたいなんですよぅ」
 昨日の戦いを思い出した二人は、辟易とした様子で口々に言った。
 それを聞いた袁紹も、昨日の光景と血臭を思い返して頬がひきつったが、ここで同意してはそれこそ士気に差し支える。ぎりぎりのところで踏みとどまった。


「そ、それは確かに気味がわる……って、違いますわ! 天下の袁家に仕える将軍がそんなことで泣き言を言ってどうするんですの?! いつどこで誰を相手にしようとも、常に雄雄しく、勇ましく、華麗に戦うことこそ我が軍の誉れ――と華琳さんに大見得をきったというのに、その華琳さんとの戦いで、我が軍の先頭に立つ二人が怯むなど言語道断! しっかりなさい、しっかりッ」
「わっかりましたー……」
「うう、了解です……」




 こうして始まった袁紹軍の大攻勢。
 文醜にせよ、顔良にせよ、ひとたび戦いが始まれば、意識は将としてのそれに切り替わる。この二人を筆頭に辛評、呂曠、呂翔ら袁紹軍の名だたる武将たちが田豊の戦術案に沿って戦場を駆けるとき、生じる圧力は昨日の暴走の比ではない。
 これにはさしもの曹操軍も容易に抗することはできず、戦線の各処で劣勢を余儀なくされた。
 分どころか秒単位で頻々とおとずれる苦戦の報告。曹操は的確な指示でこれに対処し、陣のほころびを適宜繕っていく。受動的な用兵は一見凡庸に映るが、早さと正確さにおいて比類ない指示の連続で戦線を保ち続けた曹操の指揮は、凡庸の対極に位置していたであろう。ここから二刻以上も袁紹軍の攻勢を耐え凌いでのけたのは曹操軍なればこそであった。


 彼我の戦力差を鑑みれば、曹操の統率力とそれに応えた河南勢の奮戦ぶりは瞠目に値する。
 だが、その粘り強い抗戦も勝敗を覆すには至らなかった。
 日がはっきりと西に傾く時刻、やむことのない袁紹軍の攻勢に対し、ついに曹操は退却を決断する。
 昨日は互いに傷が深く、両軍は同時に兵を退いたのだが、今日の袁紹軍に兵を退く理由はない。曹操が白馬城にたてこもってしまえば、これを陥落させることは困難を極める。この機を逃すべきではなかった。


 曹操討つべし。
 袁紹軍の将兵は開戦に先立つ陳琳の檄を口々に唱えながら、なお戦意を失っていない曹操軍にとどめをさすべく猛追を仕掛けるのだった。




◆◆◆




 夜。
 数十里の後退の末、かろうじて敵の追撃を払った曹操軍の兵士は疲れきった身体を地面に横たえていた。
 盛んに焚かれたかがり火の傍らでは、運悪く不寝番にあたってしまった兵たちが身体を引きずるようにして警戒にあたっている。夜襲を警戒する彼らの目つきは厳しかったが、その顔にはやはりぬぐいきれない疲労が張り付いていた。


 そして、それは曹操の命令で本陣に集った武将たちも同様であった。付け加えるならば、兵卒と異なり、戦そのものにも責任を持つ彼らの顔には疲労を上回る焦燥がべったりとこびりついていた。
 袁紹軍が容易ならざる相手だということは誰もが理解していたが、昨日今日の戦いを経てみれば、その理解がいかに底浅いものであったかがよくわかる。まさかこれほどの相手とは、との思いが、明日以降の戦況への憂慮と重なって将たちの顔に暗い影をなげかけていたのである。


 いまだ曹操は姿を見せていないが、諸将の中にはまわりと言葉を交わそうとする者はほとんどいない。無言で口を引き結び、地面に視線を落とすばかりである。
 だが、少数ながらそうではない者たちもいた。
 曹純もそのひとり。昂然と前を見すえて微動だにしない姿は、浮き足立った周囲をしずめる重石のようにも見えた。


 ――実のところ、曹純自身も極度の疲労に心身をわしづかみされており、気を抜けばこの場で倒れてしまいそうだったりする。
 だが、そんな体たらくを晒すわけにはいかなかった。
 曹純は双肩に責任を負っている。ひとつは精鋭を謳われる虎豹騎の長である責任。そしてもうひとつは、曹家の端に連なる者として、この場にいない曹仁、曹洪ら一族にかわって曹操を支える責任。
 倒れている暇などどこにもない――否、倒れることなど許されないのだ。


 内心で己に活をいれ、曹純は改めて周囲を見回した。
 押し黙っているよりは、周囲の人間と言葉を交わしていた方が、より平静を印象づけることができるかもしれない、と考えたのだ。
 すると、すぐにひとりの人物が目に飛び込んできた。
 曹純からやや離れたところに座っているその人物は、巌のごとく頑強な体躯をもった壮年の武人だった。上背こそさほどないが、二の腕は丸太のように太く、そして顔つきは実に怖い――もとい強い(こわい)。顔や腕に縦横に走っている傷跡のせいもあるだろうが、人気のない場所ですれ違えば、思わず警戒してしまいそうな凶相である。
 もっとも、それはあくまで外見だけをみればの話である。周囲の将たちが意気消沈している中で、世はすべて事もなし、とばかりにどっしりと構えている様は歴戦の風格を感じさせ、いかにもタダ者ではないと思わせる。


 許昌では見たことのない顔だが、と曹純が首をかしげると、不意に横合いから声がかけられた。
「兌州は泰山の人、臧覇(ぞうは)、字を宣高とおっしゃるそうで、此度の戦に先立ち、徐州より送られてきた増援の軍を率いていらっしゃいます」
 驚いた曹純がそちらを見やると、いつの間に近づいていたのだろうか、そこには長身の男性がひとり腰を下ろしていた。
 縦に短く、横に太い臧覇とは逆に、この人物は縦に長く、横に細い印象である。上背は明らかに曹純を越えており、おそらく立ち上がれば違いはより顕著にあらわれるだろう。
 顔の美醜を問えば明らかに美に傾くが、繊弱さはまったく感じられない。まっすぐに曹純を見据える視線にはあふれんばかりの理知が詰まり、態度にも仕草にも隙がなかった。この人物に凛と澄んだ声を向けられれば、心にやましさがない者でも自然と背筋を正してしまうだろう。臧覇と半ば重なる意味で、この人物もまたタダ者ではないと思われた。


 と、不意に男性は曹純を見て微笑んだ。なぜか親しみを感じさせる表情で、相手の名を知らない曹純は戸惑う。すると、男性もすぐに曹純の戸惑いを察したのだろう、間をおかずに自分の名前を告げた。
「曹子和将軍でいらっしゃいますね。わたしは兌州山陽の産、満寵、字を伯寧と申します」
 その名を聞き、曹純は思わず目を見張った。この男性の名を曹純は聞き知っていたのだ。


 満寵はこれまで主に豫州の梁国で活動してきた人物である。
 先年、張莫の妹である張超が起こした反乱で曹操が一時的に兌州をおわれた際、満寵は梁の国で挽回のために力を尽くして曹操の信頼を得た。
 以後、満寵は梁の地にあって南の袁術と対峙しながら、一方で東の徐州勢力の動向を見張るという困難な役割を忠実に、かつ堅実にこなし、着実に地位を高めてきたのである。
 もっとも、これだけの功績では、曹操麾下の能吏のひとりであるにとどまり、満伯寧の名が人口に膾炙することはなかっただろう。
 満寵の名が広く知られるようになったのは、領内で不法を働いた曹家の私兵を処断してからであった。




 あるとき、曹洪配下の兵士が、主の権勢を恃んで法を犯したことがあった。
 穏やかな外見の中にも苛烈な一面を持つ満寵は、後難を恐れて怯む周囲をよそに厳然とこの兵士を捕らえ、牢に放り込む。さらに、その兵が主である曹洪を通じて曹操に寛恕を請おうとしていることを知ると、民衆の眼前で法にのっとって兵士を斬り捨てた。
 曹操の裁可が届くまでは刑の執行を引き伸ばすべき、あるいは兵士を許昌に護送して曹操に引き渡すべき、という意見もあったが、満寵は一顧だにしなかった。豫州は袁家の勢力が強い土地であり、罪を犯した曹家の兵を特別扱いした事実が広がれば、統治そのものに悪影響を及ぼしてしまう。罪状自体は明白であり、目撃者も多く、冤罪の可能性は無い以上、処断を遅らせる必要はなかった。
 満寵は兵士を処断すると、曹洪と曹操に経緯を伝える書簡をしたためた。そして、落ち着いた様子で常の業務に戻ったのである。


 むろんというべきか、この一件を知った曹操は満寵を咎めず、それどころか法吏の鑑として賞賛した。曹洪もまた自らの監督不行き届きを満寵に陳謝し、一件は落着する。
 曹純はこの件を実姉である曹仁から伝え聞き、いずれあってみたいものだ、との思いを抱いていたのだが、このような時、このような場所で顔を合わせるのは予測の外だった。
 曹純が自分に対して嫌悪や忌避を抱いていないことを察したのだろう、満寵はもう一度微笑むと言葉を続けた。
「将軍のことは李朔からうかがっていまして、いずれお会いしたいものと思っていたのです」
「李朔から?」
 その名を聞き、曹純の脳裏に赤ら顔の側近の姿が思い浮かぶ。
 聞けば、虎豹騎に加わるずっと以前、李朔は郷里の街でも有名な荒くれ者であったらしい。そこで当時は下級官吏であった満寵となにやらあって、心をいれかえたらしいのだが、詳しいことを満寵は語らなかった。李朔の名誉にかかわることですので、と含み笑いする姿はどこか悪戯っ子のようであった。



 まもなく典韋を連れた曹操が姿を見せたので、二人の話はそこで終わった。
 この時、曹純も満寵も気づいていなかったが、彼らのすぐ後ろでは賊徒退治で名を馳せた呂虔(りょけん)、字を子恪(しかく)という人物が、己が温めている策を披露しようと、曹操が姿をあらわすのをいまや遅しと待ち構えていた。
 付け加えると、臧覇を含めた曹純、満寵、呂虔の四人は後に、曹操軍には希少な男性武将として親交を深め、たびたび酒を酌み交わす仲になるのだが――このとき、その未来を予期できる者はこの場にはいなかった。




◆◆◆




 翌日、袁紹軍は夜が明けるのを待ちかねたかのように曹操軍に殺到する。戦意に満ち溢れた河北兵の猛攻は昨日にまさる勢いであり、今日までの疲労と劣勢で動きの鈍い河南兵はたちまちのうちに防戦一方へと追い込まれていった。
 およそ半刻。
 打ち続く敗勢に抗戦の気力も尽きたか、朝の涼風が吹き終わるのを待つこともかなわずに曹操軍は後退を開始する。袁紹軍としては昨日の追撃戦の再開である。猛り立った河北兵は難敵にとどめをさすべく、全面的な攻勢にうってでた。


 だが、これは曹操軍の誘いの隙であった。
 ――ただ後退するだけでは袁紹軍を罠にはめることは難しい。だが、河北兵は連日の勝勢によって士気を高め、同時に功名心を刺激されてもいるはずである。夜のうちに精鋭を後方に配しておき、明朝、敵と矛を交えた後にゆっくりと兵を退くべきである。さすれば、前日の追撃戦の記憶がさめやらない袁紹軍を罠に引きずり込むことは十分に可能であろう――昨晩の呂虔の建策を諒とした曹操は、発案者である呂虔にくわえ、臧覇、満寵、曹純らを夜のうちに後方の複数個所に配した。そして、追撃に移った袁紹軍に対して一斉に反撃を行ったのである。


 この作戦は奏功し、袁紹軍は痛撃をこうむって敵を追う足を止めた。
 曹操軍にとってはこれまでの劣勢を挽回する好機である。さらに敵軍を攻め立てようとはかったが、その足をしばりつける凶報が後方からやってきた。
 夜のうちに主戦場を迂回した袁紹軍の将 辛評が曹操軍主力部隊と白馬城を結ぶ街道を扼した、というのである。軽騎兵を中心とした部隊は万に届かない数だが、これを討つべく軍を返せば正面の敵本隊に後背を突かれてしまう。かといって、ほうっておけば後方を撹乱されて本隊との戦いに注力できなくなることは明白だった。
 退路を塞がれるという恐怖は、将兵の士気を殺ぐなによりの要因となる。どれだけ訓練を重ねた精兵であったとしても、それはかわらない。その効果は時が経てばたつほどに如実にあらわれてくるだろう。
 曹操が劣勢すら利用して夜のうちに罠を構築している間、袁紹もまた策動していたのである。



 戦闘の大勢が決したのは、あるいはこの時であったかもしれない。
 攻勢へ転じようとした、まさにその瞬間に後方から襟首をつかまれた形になった曹操軍の勢いは目にみえて衰え、それは必然的に袁紹軍の攻勢を促す合図となった。今度の劣勢は見せかけではない。曹操軍の戦線は次々に突き崩され、将の指図に従わずに逃亡する兵が続出しはじめる。これは昨日までの戦いでは見られなかった光景であった。
 白馬城への道が塞がれていることを知る河南兵は、城ではなく南西――許昌の方角へ落ち延びていく。
 指揮する兵士がいなければ、どれだけ優れた武将でも真価を発揮することは不可能である。これ以後、戦いの形勢は逃げる曹操軍と追う袁紹軍という形で固定された。


 白馬から官渡に至る、長い長い退却行の始まりであった。





◆◆◆





「申し上げます! 前方の河川上流に急造の堰と、曹操軍とおぼしき一隊を確認いたしましたッ」
 駆け込んできた伝令が息せき切って報告する。
 きわめて重要であるはずの報告だったが、これを聞いた文醜は心の底からうんざりした声で応じた。
「あいよー、ご苦労さん」
「あ、は? は、はい、恐れ入ります。それで文将軍、ご命令は……?」
「ああっと、どうしようかねぇ。これで何回目だっけか? もういい加減、無視して敵を追いかけたいんだけど、どうよ斗詩?」
 面倒くさげに問いかける文醜に対し、顔良はきっぱりと首を横に振った。
「駄目だよ、文ちゃん。そんなことして、川を渡った後に後ろをふさがれたらどうするの?」
 顔良の危惧は文醜も理解していた。
 だが。
「そうはいうけどさー、このままだと曹操に官渡を越えられちまうぜ。それはそれでまずいんだろ?」
「うーん、そうなんだよねぇ」
 顔良は困ったように嘆息して前方を見る。


 袁紹軍の猛追を受け、曹操軍は許昌に向けて敗走を続けている。それは確かなのだが、曹操軍は敗走の中にも一定の秩序を保ち、度重なる追撃に遭っても全面的な潰走にはいたっていなかった。
 その理由が、未だ折れることなく戦場に翻る曹操の牙門旗であることは誰の目にも明らかであった。曹操を中心とした、およそ一万ほどの部隊は袁紹軍に対して激しい抵抗を繰り広げ、時に逆撃さえ行って味方に追撃の手が及ぶのを払い続けている。このため、曹操軍はかろうじて陣を維持することができていた。


 むろん、顔良たちもこの敵部隊に対して激しい攻撃をくわえ、敵の兵力を殺ぎ続けている。曹操の本隊はいまだ秩序を失っていなかったが、逆にいえばそれ以外の部隊はただひたすら後退するばかり、ということでもある。袁紹軍が挙げた首級は、この数日の追撃戦だけで万をはるかに越えていた。
 だが、それでも敵にとどめを刺すには至らない。その理由の最たるものは抵抗をやめない曹操の本隊なのだが、もうひとつ、たびたび袁紹軍の足を止めるものがある。それが各処で立ちはだかる敵の罠であった。
 過日、顔良がうけた田豊の警告。
 曹操は袁紹軍を分断するため、縦横に走る河川水路をこれでもかとばかりに利用しており、袁紹軍はこの罠を取り払うために何度も進軍を停止させねばならなかった。
 あらかじめ田豊が放っていた斥候が正確な報告をもたらしてくれるので、水計によって実害をこうむることはない。だが、このままでは文醜のいうとおり、曹操に官渡水を越えられてしまう。


 官渡水は黄河から南東に流れる河川である。その水量は黄河に及ばないが、容易に渡河できるほど小さな流れでもない。ここを曹操に渡られてしまうと、追撃が今以上に難しくなる上に、場合によってはそのまま南の許昌へ逃げ込まれてしまうのだ。
 もちろん、曹操を許昌へ追い込むことができれば、それはそれで袁紹軍にとって大きな勝利なのだが、先のことを考えれば、許昌に逃げられる前に曹操を捕捉したい。



「――でも、だからって無理して追撃して窮地に陥ったら意味がないよ、文ちゃん。元皓さんも気をつけるように言ってたし、それにあたしたち、他の兵隊さんの命もあずかってるんだから」
「それを言われるとなあ」
 文醜はしばしの間、天を仰ぐ。
 やがて顔良に向き直った時には、その顔を覆っていた苛立ちは多少薄まっていた。
「ま、ここはおっちゃんと斗詩の顔を立てておくかね。麗羽さまが追いついてくるまで、ここでのんびり大休止でも――」
「なーにを悠長なことをいっているんですの、猪々子さんッ?!」
「うおわあッ?!」


 唐突に言葉を遮られて驚いた文醜は、その声の主が本陣にいるはずの袁紹であることを知り、もう一回驚いた。
「わあ?! れ、麗羽さま、もう追いついてきたんですか?! まだ本陣にいるんだとばっかり……」
「ふふん、猪々子さん、わたくしを誰だと思っているんですの? 機に臨んで変に応じる姿は疾風にして迅雷のごとし。河北の雷公 袁本初とはわたくしのことですわよ」
「……いや、ものすげー初耳なんですけど、その異名」
「……あたしも聞いたことないです」
「何かおっしゃいまして?!」
 くわっと目を見開いて睥睨する袁紹に対し、袁家の二大将軍は同時に首を左右に振ってみせる。それを見て、袁紹は満足げにうなずいた。
「まあ、よろしいでしょう。それでお二人とも、こんなところで何をぐずぐずしているんですの? さっさと追撃にかかるべきではなくて」


「それなんですけど、麗羽さま――」
 顔良が、今しがたの文醜との会話を袁紹に伝える。 
「ふむふむ、一理ありますわね」
「ですよね。なので、麗羽さまは――」
 言葉を続けようとした顔良だったが、袁紹はかぶりを振ってその言葉を遮った。
「けれど、逆に言えば一理しかありませんわ。斗詩さん、こちらが苦しいときは向こうも苦しいのです。ここで追撃の手を緩めれば、あの金髪小娘のこと、すぐに態勢を立て直してしまうでしょう。これまでどおり、追って追って追い続けるのです。そう、それこそ長江の果てまでもッ!」
「で、でも、それだとそのうち敵の罠にかかっちゃうかも……」
「むろん、罠の警戒は怠らずに、ですわよ」
 ここで文醜が口を挟んだ。
「うえー、それは面倒ですよ、麗羽さま」
「今しがた申しましたでしょう、猪々子さん。こちらが苦しいときは敵も苦しいのです。堂々と進軍し、粛々と罠を避ける。単純にして明快なこの行軍こそ、もっとも華琳さんが嫌がることなのですわ。このまま押し続ければ、早晩、敵は追い詰められて奥の手を出さざるをえなくなるでしょう。これを潰せば、文句なしにこちらの勝利! この袁本初が、あのおチビさんの上に立つ器であることを天下万民が知るのですわ、おーっほっほっほッ!」


 口元に手をあてて高らかに笑う袁紹。
 袁紹らしからぬ奥深い言葉に顔良は目を点にして聞き入っていたが、すぐにカラクリを悟った。おそらく前線に出るといって聞かない袁紹に、田豊が今の考えを吹き込んで送り出したのだろう。その上で田豊自身が本陣に残ったのは、曹操を討つ最終的な功績を袁紹の手に帰するためか。顔良はそう判断した。
 と、不意に袁紹が真顔に戻って口を開く。
「とはいえ、華琳さんに官渡を越えられるとまずい、というのはそのとおりですわ。猪々子さん、斗詩さん。お二人とも、ついてらっしゃい。ゆっくり急いで、華琳さんを追い詰めますわよ」
「わっかりましたー」


 弾む声で命じる袁紹に対し、文醜は気楽そうな声で応じる。
 中華帝国の歴史の転換点となるであろう刻が間近に迫っているというのに、袁紹にも文醜にもそんな気負いは微塵も感じられない。
 そんな二人を嘆息まじりに見つめながら、それでも顔良はどこか嬉しげに「了解です」とみずからも口にした。
 困ったところもある主君と僚将だが、それでも顔良は二人と共に走ってきたこれまでの人生を悔いたことなど一度もない。そして、これから先もないだろう。


 ごく自然にそう信じている顔良は知る由もなかった。
 今日という日が、こうして三人が集い、語り、騒ぐことができた最後の機会であったのだ、ということを。



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