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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/17 16:32

「士則、傷の具合は?」
 部屋に入った俺は、隅に控えた鄧範に声をかける。鄧範は一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐにいつもの無愛想な顔に戻り、そっけなく応じた。
「前線での槍働きは無理だが、それ以外は何とか、といったところか」
「そうか。すまないが、ゆっくり休んでくれとは言ってやれそうもない」
「気にしないでいい。そんな状況ではないことは承知している――それよりも、驍将どの」
 そういって鄧範が目線で示した先には、当然というべきか、司馬朗たちの姿がある。ちなみに俺に抱きついてきた司馬孚は、我に返ったのか、慌てて俺から離れて姉たちの隣で縮こまっていた。


 劉弁の姿が見当たらないのは、別室で安静にしているからだろう。
 そんなことを考えながら、俺は司馬朗たちに話しかけた。
「話しあわねばならないことは山のようにある――洛陽でそう言いましたが、残念なことに時間があまりありません。姉妹での話はもうお済みですか?」
 俺の問いに、司馬家の姉妹は同時に頷いた。
 口を開いたのは司馬朗である。
「公明どのと士則どのに計らっていただきました。螢(司馬孚の真名)と言葉をかわす機会を与えてくださったこと、心より感謝いたします、北郷さま」


 そう言って膝をつこうとする司馬朗たちを、俺は慌てて制した。
 昨夜のことはあくまで結果であり、司馬朗たちを助けるためだけに兵を出したわけではない。戦況によっては洛陽宮に突入することなく退いただろう。礼を言うくらいはともかく、ひざまずく必要はない。
 だが、俺の言葉を聞いた司馬朗はゆっくりとかぶりを振った。
「螢からうかがいました。私と璧(司馬懿の真名)が去った後、司馬家を救うために北郷さまがどれだけ尽力してくださったのか――そのすべてを。ただその一事だけでも、私たちが北郷さまにぬかずく理由になりましょう」


 ぬかずく。額ずく。意味 額を地につけるくらい丁寧にお辞儀すること。
 ――司馬姉妹にぬかずかれている光景を想像してしまった俺は、半ば反射的に答えていた。
「いえいえいえいえ、そんなことする必要ないですから。そんなことされても困りますし、それに……」
 俺はそこでいったん言葉を切り、こほんと咳払いして気持ちを落ち着かせる。ここから先は非常に込み入った話にならざるを得ない。それこそ一手間違えれば破滅の淵にはまりこんでしまうレベルなので、慎重に話を進めていかなければならなかった。


「それよりも確認しておきたいことがあるのではないですか? ここにはいない御方を、私がどう処遇するつもりなのか、といったことについて」
 むろん、俺が口にしたのは劉弁のことだ。
 洛陽で俺は劉弁の命を奪うつもりはないと言った。その言葉を今になって覆すつもりはない。が、当然といえば当然のことだが、劉弁の処遇を最終的に決定するのは俺ではない。俺が命を救っても、許昌で処刑されてしまえば、司馬朗たちにとっては何の意味もない。
 そして、そうなる可能性がきわめて高いことに、司馬朗たちは気がついているはずだった。


「私は陛下とお呼びするわけにはいきませんので、殿下と呼ばせていただきますが――殿下は帝位をうかがい、これに失敗なされた。古今の法を見れば、その処遇は一つしかありません。ここで私が命を救ったとしても、それは一時の延命に過ぎないでしょう。そして、それは伯達どの、仲達どのも同様です。それを避けるためには、ここから殿下や伯達どのらをお逃がしするしかないわけですが、私はこれをするつもりはない」
 俺は司馬朗たちの命を奪いたくはないし、司馬朗たちが大切に思っている劉弁を殺したくもない。
 だが、だからといって許昌の朝廷に反逆した者たちを、再び野に放つつもりもなかった。


 俺は自分の意思で今回の戦いに加わっているわけだが、立場としては関羽に準じている。すなわち、劉家軍の一武将として漢帝のために働いている、という形である。許昌に来た経緯を考えれば当然のことであろう。
 関羽のように曹操に請われたわけではなく、朝廷から正式に要請されたわけではなくとも、俺の行動は劉家軍の将としてのものと見なされるのだ。
 一度は捕らえた反逆者を、個人的な情誼によって解き放つような不義を働けば、その罪業は俺のみならず、許昌の関羽や、ひいては荊州の玄徳さまにまで及んでしまう。そんなことが出来るはずはなかった。




 では、まっとうに助命を嘆願すればどうか。
 これについても可能性は低いと言わざるをえない。
 俺は虎牢関の守将に任じられたとはいえ、それはあくまで戦況に応じた戦力配置の結果であって、政治的な発言権などチリほども与えられていない。劉弁らの処遇について口出しすれば、僭越の謗りを免れないだろう。


 我が武勲と引き換えに、などと言えれば格好もつこうが、余のことなら知らず、帝位を狙った反逆者やその与党を助命するに足る武勲というものが、はたしてこの世に存在するのかどうか。
 一族とはいえ、企みとは関わりのなかった司馬孚や幼い妹たちが族滅される恐れのある大罪である。張本人たちの助命は事実上不可能だろう。
 そもそも、袁紹軍が健在であるということは「虎牢関より東に敵兵を踏み込ませるな」という曹操の命令の完遂さえ危ういということ。いくら袁紹軍の襲来が予想外のこととはいえ、虎牢関を失えば功より罪がまさる。司馬朗たちの助命を願うどころか、俺自身の身が危うい戦況だった。




 ――俺が語り終える頃には、室内の空気は冬の日の曇天のごとく、重く、冷たくなっていた。
 鄧範は目を伏せ、馬岱はわずかに身体を屈め、徐晃はそれに応じるようにそっと腰を落とす。司馬孚は何か言いたげに俺を見上げたが、司馬懿の手が肩に置かれたことに気付くと、慌てて口を噤んだ。自分が口を出す場面ではない、と考えたのだろう。
 微動だにしなかったのは、俺と向かい合う司馬朗ただひとり。
 その顔には――意外というべきかどうか、失意も緊張も、もちろん反発もなかった。穏やかな、それでいて揺らぎのない眼差しで、ひたと俺を見つめている。どうやら司馬朗は(おそらく司馬懿も)俺がそう言い出すことは予測していたようだ。


「北郷さまの仰ること、ことごとく道理であると存じます。この身は反逆の徒、その末路がいかなるものかは承知しておりました。螢と語る時を与えていただいただけで身に過ぎる厚遇、洛陽で誰とも知らぬ者に討たれていたかもしれないことを思えば、成長した妹の姿を見て、司馬家の今後に確信を得た上で死ねるは望外の幸福です」
 司馬朗がそう言うと、司馬懿も同意だというように頷いている。
 二人の顔には明確な覚悟があり、助けられることを当然と考えていた節はない。


 ――ただ、話の流れが俺の意図していた方向とは違ってきているのがひしひしと感じられる。
 俺は慌てて口を開こうとしたが、司馬朗に先を越されてしまった。
「ただ、願わくば、どうかあの少年の命だけはお助けいただけないでしょうか。陛下が洛陽で命を落とされたこと、私が確言いたします。私たちと共に洛陽から逃れ出たのは、権力とは何の関わりも持たない、年端もいかない子供なのです。あの子の今後については馬将軍に委ねてありますので、北郷さまや曹丞相の手を煩わせることはございません。戦が終わった後、少年は涼州に赴き、かの地で生を終えることになるでしょう。再び乱を起こすことはありません。利用されることも、きっとないはずです。ですから、どうか――」


 言い終えると、司馬朗と司馬懿はそろってひざまずき、それこそぬかづくように頭を垂れる。
 司馬孚も姉たちにならって膝をつきながら、こちらは懇願するような眼差しで俺を見上げてきた。
 別の方向からは鄧範と馬岱が刺すような視線で睨んでくるし、徐晃は徐晃で、こちらも訴えかけるように俺をじっと見つめている。




 ……きっと、針のむしろ、というのはこういう状況を指していうに違いない。
 正直にいえば、こんな流れになるとは思っていなかった。話の進め方を間違ったか、と内心で冷や汗を流しながら、俺はつとめて冷静に声を出す。
「――伯達どの。仲達どのも、どうか頭をあげてください。あなた方を助けることも、逃がすこともむずかしい。それは事実ですが、だからといって、叔達どのとわずかに対面させるためだけに、虎牢関にきてもらったわけではないのです。命は奪わないといった言葉を違えるつもりはありません」
 そう言った後、頭を下げる。
「すみません。事が事であるだけに、慎重に話を進めているつもりだったのですが、どうもまわりくどくて誤解をさせてしまったみたいですね。結論を言いますと、私の考えは、はからずも伯達どのが口にされたこととほとんど同じなのです」
「では、あの子の命は助けていただけるのですか?」
「もちろんです。ただし、伯達どのの考えにいくつか修正を加えますが」


 俺の言葉に周囲から怪訝そうな視線が向けられる。また誤解を与えてしまうのは避けたかったので、俺はさっさと自分の考えを言ってしまうことにした。
「洛陽における殿下の死を見届けたのは、伯達どのではなく私です。さらにいえば、私は昨夜、司馬伯達と司馬仲達、二人の叛臣の死も確認した。ゆえに私が洛陽から連れ帰ったのは、権力とは何の関わりもない少年がひとりと、女性がふたり。そういうことです」


 ただし、と俺はもう一つ、付け加える。
「先にも言いましたが、私は許昌の朝廷に不義を働くつもりはありません。私はたしかに三名の死を見届けたのです。ゆえに、もし今後、私が死を見届けた人たちが野心を再燃させ、、あるいは当人にその意図がなくとも、何者かに利用されて再び許昌に牙を剥くようなことをすれば――その時、私はどこにいようと、何をしていようと、もてる力のすべてで、反逆者たちを討ちにいきます。今度こそ、本当の意味で死者の列にひきずりおろすために」


 それが三人の反逆者の死という『事実』を報告する上で、俺が負うべき責任であろう。
 ……まあ、表面上はどうあれ、反逆者を見逃そうとしている時点で、俺はまぎれもなく許昌の朝廷に対して不義を働いているわけだが、そこはそれ、反逆者たちが二度と歴史の表舞台に現れなければ、結果として俺の報告に間違いはなかったことになる。
 我ながら何とも苦しい理屈だが、司馬朗たちの命を助けることと、朝廷に不義を働かないことがどうやっても両立できない以上、これが今の俺にできる精一杯であった。




「北郷さま」
 しんと静まり返った室内に、司馬朗の静かな声が響く。
 俺が司馬朗を見ると、司馬家の長女はひざまずいた姿勢のまま、両の手を胸におしあて――
「感謝と共に、誓いをここに。此度のようなことは二度と起きません。二度と、起こさせません。我が真名に懸けて、必ず」
 短い、だがこれ以上ないくらいに真摯な誓約を口にしたのであった。



◆◆



「確かにまわりくどい上にまぎらわしい物言いだったな」
「誤解っていうか、あれ聞いてたら、普通は助ける気はないって思っちゃうよねえ」
「……ごめんなさい。弁護の言葉が思いつかない」
 順に鄧範、馬岱、徐晃の発言である。
 ええい、自分でもわかってるからだまらっしゃい、と内心でうめきつつ、いらぬ心労を与えてしまった司馬姉妹に詫びる。俺としては現在の状況、自分の立場を説明した上で、これこれこのようにしましょう、というつもりだったのだが、思い返してみれば、確かに誤解を与えても仕方のない話しぶりであった。


 俺の詫びに対し、司馬朗は微笑んで首を左右に振り、司馬孚は困ったように笑っている。司馬懿はといえば、何故だかじっと俺の顔を見つめていた。
 その様子を怪訝に思った俺は、理由を訪ねようと口を開きかけたが、すぐに思いとどまった。
 実のところ、ここまでの話は前置きに近い。本題はここからなのだ。


 俺は半ば無理やり、頭と口調を戦時のそれに切り替えた。
「袁紹軍は南陽軍を降し、洛陽を制圧した。次に狙うのは間違いなくこの虎牢関だ。昨夜の戦い、向こうも無傷ではなかっただろうが、数千、数万の犠牲が出るような激戦ではなかった。南陽軍を吸収したとすれば、袁紹軍の兵力はかえって増大しているだろう。高幹の最終目的地が許昌であるのはほぼ間違いないから、洛陽を維持するために無駄な時間を費やすこともない。結論として、袁紹軍は近日中に攻めてくる。もっといえば、今日にも敵の主力が姿を見せてもおかしくない」


 俺が高幹であれば、今日中にうって出る。高覧あたりに洛陽の治安を任せ、張恰を先陣に据えて――あるいは自軍の損失を忌むのであれば、降伏した南陽軍を先頭に立たせ、袁紹軍は後方で督戦するという手もある。ともあれ、間違いなく洛陽制圧の余勢を駆って虎牢関に攻め込むだろう。
 洛陽襲撃前に俺が恐れた「南陽軍を呑み込んだ袁紹軍が攻めてくる」という最悪の事態が間近に迫っていた。


 昨夜の高覧や張恰の戦いぶりを思い起こす。不意をうって、ほぼ同数の戦いに持ち込んで、それでもなお勝てなかった。その相手が、こちらの十倍近い兵力で押し寄せてくるのだ。下手をすると、今日にも虎牢関を捨てなければならなくなるかもしれない。
 そうなっては司馬朗たちを逃すどころではなくなってしまう。逃がすと決めたのならば、それこそ一秒でも早く行動に移す必要があった。


 そして、肝心の逃げる場所についてだが、幸いにも西涼の馬岱という予期しなかった要素が出てきてくれたおかげで、これについては考える必要がなくなった。
 問題は、馬岱の主君であり、今回の戦いでただひとり洛陽側の檄文に応じた馬騰が、劉弁を擁して兵を動かす恐れがあることだったが、これは司馬朗によって否定される。
「馬州牧が洛陽に兵を出したのは、権勢を求めてのことではなく、ご兄弟が廷臣たちの争いの犠牲となっている、そのことに対する義憤ゆえだと馬将軍からうかがいました。許昌と洛陽、二つの朝廷の真贋を見極め、ご兄弟の争いをできるかぎり早く終息させるのが馬州牧の狙いだったのでしょう。陛下を擁し、涼州の兵馬をあげて天下に挑む――そのような野心は、馬州牧とは無縁のもの。そう考え、私と璧は陛下を涼州にお連れしようとしたのです」




「なるほど、ということは――」
 俺は右手をあごに押し当て、目を閉じた。
 考えをまとめつつ、それを口に出していく。
「……こちらが虎牢関を落とした後、西涼軍は南方の山越えに活路を見出して戦場を離脱した。それ以後、彼らが戦場に戻ってくることはなかった。どうやら洛陽に帰着したわけでもないようだけど――」
 そこまでいって、俺は目をあけて馬岱を見る。
「将軍は西涼軍の動向を知っているのですか?」
「ううん、さっぱり。西涼軍は謀反の疑いかけられてたからねー……」
 そこで俺は馬岱にじとっとした目で睨まれた。どうも、虎牢関陥落時における俺の言動は馬岱に伝わってしまっているらしい。


 だが、馬岱はすぐに小さく肩をすくめ、言葉を続けた。
 今は恨み言をいっている場合ではないと判断したのだろう。
「ま、お姉様だけならともかく、鞘ちゃんも令明さんもいるんだから、山の中で迷子になってるってことはないと思うよ」
「それでもまだ洛陽に戻っていないとなると……どこかで厄介ごとにでも巻き込まれているのか。西涼軍がこれまで参陣してこなかったのは幸運だったが、これから先、いつどこで西涼軍が参戦してくるかわからないとなると面倒きわまりないな」


 洛陽政権が事実上壊滅したことを知って、西涼軍を率いる馬超はどうするか。もはや戦う理由はなしとして涼州に帰ってくれればいいのだが、劉弁死亡の責任が曹操軍にあると判断して、報復戦を挑んでくることも考えられる。
 馬岱の話によると、馬超はかなり直情型の武将っぽいので、そうなる可能性は低くない。最悪の場合、曹操軍を共通の敵として、西涼軍と袁紹軍が手を組むことさえありえるだろう。
 できれば西涼軍には馬岱たちと合流してもらい、状況を理解した上で劉弁と司馬朗たちを連れて涼州に戻ってもらいたい。曹操軍にとっても、西涼軍にとっても、また劉弁たちの道中の安全の面でも、それが最善だと思える。




 まあ、さすがにそこまで都合良くいくはずもないが、だからといってはじめから諦める必要はない。宝くじも買わなければ当たらないというしな、うん。
 俺は少しの間だけ考え込み、すぐに結論を出した。
「申し訳ないが、伯達どのと仲達どのは早急に発つ準備をしてください。もちろん例の少年と馬将軍もです。それから、士則」
「なんだ?」
「ここから涼州に赴くとなると、どの道をたどっても安全とは言いがたい。袁紹軍はもとより、南陽軍の残党や弘農勢とぶつかる可能性もあるしな。よって、地理に精通した人物による先導が必要になるわけだが」
「ふむ、オレに行け、と?」
「怪我人を使い立てして申し訳ないが、他に適任がいない。司馬家の兵の中から、口がかたくて信用できる者たちを選んで、伯達どのたちを護衛してさしあげてくれ。可能であれば、洛陽の南側を通って、な」


 鄧範は腕を組もうとして、負傷に響いたのか、少し顔をしかめた。
「痛ッ……こほん。西涼軍が現れるとすれば南から。なるほど、そちらの動静も確かめたいわけだな」
「ああ、この機に西涼軍に帰国してもらえれば、今後、無用な警戒をする必要がなくなる。まあ、こちらはあくまでついでだから、可能であればでかまわない。ところで、平気か?」
「そこは見てみぬフリをしてくれ。ともあれ、命令は承知した。西涼軍を発見できた場合、護衛は彼らに任せて虎牢関に帰還しよう。それでいいか?」
「もちろん。そうなれば言うことなしだ――いや、ほんとにそうなればいいなぁ」


 つい嘆息まじりにつぶやいてしまったのは、前途の多難を思いやってのことだった。
 なにしろ、肝心要の袁紹軍の対策が何も出来ていない。これに関しては別に後回しにしているわけではなく、単純に何も思い浮かばないのである。
 しかしまあ、思い浮かばないなら浮かばないで仕方ない、と腹をくくる。座って考え込んでいても解決しないなら、開き直って行動するしかないのだ。




 俺は気合を入れるために、両の頬を軽く叩く。
 とりあえず、司馬朗たちを逃がす算段はつけた。次は袁紹軍を迎え撃つ準備を整える番だ。徐晃たちに異存や質問がないことを確認し、俺は部屋を出ようとした。
 これは司馬家の姉妹に気を利かせたつもりだった。姉妹にとっては生涯の別離となるかもしれない時である。出立の準備のための時間を差し引けば、ほとんど残されていない語らいの時間を、俺が奪ってしまうわけにはいかない――などと考えていたら、不意に司馬朗に呼び止められた。


「なにか、伯達どの?」
 何か言い忘れたことがあったろうか、と首をひねる俺に対し、司馬朗はしごく真面目な顔でこんなことを言い出した。
「みずからのことばかり気にかけて、北郷さまのことを失念しておりました。さあ、どうぞ遠慮なく私をひっぱたいてくださいませ」


 思わず、ずっこけそうになりました。
「な、何を突然??」
 当然であるはずの問いかけに、司馬朗は不思議そうに応じる。
「螢よりすべてうかがった、と申し上げましたでしょう。北郷さまが、私と璧をひっぱたくと仰ったこともお聞きしました。昨夜の璧への行為はそれだったのでしょう? 実のところ、螢から話を聞くまでは、みずから肌に触れて無事を確かめずにはいられないほどに璧のことを思いやってくださっていたのだ、とばかり思っていたのですが……」
「……ぐぬ」
 思わずうめき声みたいな妙な声がもれてしまった。
 ギギギ、とさびついた音がしそうな動きで司馬孚の方を見ると、情報漏洩の源は申し訳なさそうに身を縮めていらっしゃった。
 その様子を見るかぎり、自分から進んで口にしたというわけではなく、姉たちの追及を避け切れなかった、と判断するべきだろう。


 周囲から囁き声が漏れ聞こえてくる。 
「……うそ、あれって仲達さんをひっぱたいたつもりだったの?! あたしも、仲達さんの無事を確かめたくて、そっと頬を触ったんだとばっか思ってたッ」
「……わ、私もそう思ってた」
「……なんのことだ、一体?」
 最後の鄧範は別として、ひそひそと囁きあう馬岱と徐晃の声がなぜだか耳に痛い。というか、徐晃は張莫と一緒になって盗み見&盗み聞きしていたから知っていたはずなのだが……ううむ、知っていても、なおそれとわからないくらいにあの時の俺の行動は「そういう風」に見えていた、ということか。まあ、そうではないかな、と案じてはいたのだけど。


 だとすると、いきなり頬を撫ぜられた司馬懿はさぞ面食らったことだろう。無礼の応報として、逆にこっちの頬をひっぱたかれなかったことに感謝するべきかもしれない。
 そう思って司馬懿の方を見やると、司馬懿自身は特別表情をかえてはいなかった。ただ、先夜の感触を確かめるように、自分の頬にそっと指先を触れさせているだけである。
 俺の視線に気付いた司馬懿が「なにか?」と問うように、小首を傾げてみせる。俺は慌ててかぶりを振った。


 と、俺の慌てっぷりをよそに、司馬朗は落ち着いた様子で俺の眼前に立つ。
「ともあれ、次は私の番ということになりましょう。さあ、どうぞご存分に」
 そういってわずかに顔をあげ、目を閉じる司馬朗。
 なんだか誤解を招きかねないシチュエーションである。いやまあ、それは別にどうでもいいのだけれど、しかし、存分にと言われても正直困ってしまう。
 俺の中には今なお彼女に対する抜きがたい敬意が存在する。司馬懿をひっぱたけなかった俺が司馬朗をひっぱたけるはずもなく、振るわれた手にはあんまり力が込められていなかった。あえて比喩的に表現すると、これでは蚊も殺せないんじゃないかな、くらいな感じ。


 目を開けた司馬朗は柔らかく微笑んだ。
「軽く触られたようにしか思えませんでしたが、今のでよろしいのですか?」
「よろしいのです! では、次は妹さんを泣かせた男に対する打擲の番ですねッ。叔達どのにすべてを聞いたのなら、それもご存知なのでしょう?! さあ、伯達どの、仲達どの、どうぞご存分にッ」
「と、北郷さまは仰っていますが、璧、どうします?」
 問われた司馬懿は、静かに首を横に振る。


 それを見て、司馬朗は得心したようにうなずいた。
「璧は後にしますか。であれば、手本を示す意味でも、私はいま行うことといたしましょう」
 そういった後の司馬朗の行動は素早かった。
 そっと左手を伸ばし、俺の頬に軽く触れる。だが、これはフェイントであった。本命の一撃は次だったのだ。
 爪先立った司馬朗の顔が不意に迫ってきたと思ったら、逆の頬に柔らかい感触が――


 俺は思わずのけぞった。
「ぬあッ?! ちょ、な、なにをいきなり?!」
「世に、打擲はすべからく手で行うべし、などという法はありませんもの。先のやわらかな接触をひっぱたくと表現するのなら、このような打擲もあってしかるべきでしょう――というのは冗談ですけれど」
 そういって、司馬朗は唇の前で人差し指をたてると、いたずらっぽく微笑んだ。
 そして、その表情のまま。


「ここを離れれば、二度とお会いすることはないでしょう。ご厚情は生涯忘れません。御身の行く道に幸多からんことを」


 囁くように永別の言葉を口にした。 



◆◆



 しばし後、俺は早足で部屋を出た。
 別に照れ隠しとか逃げ出したとかではなく、時間が足りないという現実に迫られてのことである。
 鄧範が護衛の兵を選別するために去った後、俺は徐晃に話しかけた。
「公明、身体は平気か?」
 鄧範と共に虎牢関に戻った徐晃は、俺や鍾会よりも疲労は少ないはずだが、徐晃は今日までほとんどすべての戦闘で主力を務めてきたため、蓄積した疲労は俺の比ではないだろう。多少の休息で回復できたかどうか。


 だが、俺の心配とは裏腹に、徐晃はけっこう元気そうだった。
「もちろん。今から洛陽を攻めて来いって言われても大丈夫! すぐに逃げ帰ってくるけどねッ」
 と、実にわざとらしく握りこぶしなどつくっている。照れた顔と不器用な冗談にこめられた気持ちを察した俺は、感謝するかわりにニヤリと笑ってみせた。
「それは助かる。では遠慮なくこきつかうとしよう」
「望むところ…………と言いたいんだけど、一刀、目が怖い」
 いったい自分はどれだけ酷使されるのか、と戦々恐々としはじめる徐晃さん。まずいこと言ったかも、と素で思ってるっぽいところを見るに、いったい俺の笑みはどれだけ凶悪に映ったのやら。


 まあ、それはともかく。
「とりあえず、公明は騎兵部隊をいつでも動かせるようにしておいてくれ。それと、半刻ほど経っても袁紹軍の姿が見えないようなら洛陽に偵騎を出すから、そっちの準備も頼む」
 昨夜の襲撃では騎兵部隊を総動員したので、人間はもちろん、馬の方も疲労がたまっているだろうが、今回は温存しているような余裕はない。とはいえ、さすがに邙山襲撃に従軍した部隊はすぐに動かせないから、彼らが回復するまでは一足先に帰還していた徐晃と麾下の部隊に働いてもらわなければならなかった。


 ちなみに徐晃の麾下はほとんど司馬家の私兵なわけで、鄧範を含めて司馬朗たちの護衛はこの部隊から出すことになる。ただでさえ少ない戦力をさらに少なくするわけだが、これはもう仕方ないと割り切るしかない。
 むろん、これが理由で虎牢関を失えば釈明の余地なく俺の責任である。その意味でも次の戦いは俺にとって正念場であった。




 心得て立ち去る徐晃を見送ると、俺は棗祗の姿を求めて歩きだす。
 徐晃に怖いといわれた眼差しを和らげるべく、右手で目のまわりをもみほぐしながら、とりあえず城門に向かうことにする。たぶん棗祗がいるのはそこだろうし、いないのなら手近の兵に聞けばいい。
 すると、そんなことを考えていた俺の背中に、後方から声がかけられた。


「――北郷さま」


 聞き間違えようのない俺個人への呼びかけ。
 俺は声の方を振り返りながら思う。そういえば、洛陽での再会からこちら、こうしてはっきりと名前を呼ばれたのははじめてだな、と。


 俺の視線の先には予想どおり司馬家の次女、司馬仲達の姿があった。




◆◆




 徐晃と話しながらではあったが、俺はここまで結構な早足で歩いてきた。ゆえに、司馬懿の頬がわずかに上気していたのは、半ば走るようにして俺を追いかけてきたためだろう。
 それはいい。いいのだが、そうやって俺が司馬懿の顔を確認できてしまうことはよろしくない。
 というのも、麒麟児として高名な司馬懿は名も顔も知られており、関内で素顔をさらして歩いていては、いつ誰に見咎められるかわかったものではないからである。


 言うまでもないが、司馬懿の生存が知られると俺の計画はご破算になってしまう。特に鍾会あたりに見つかってしまったらシャレにならん。
 鍾会はいまごろ部屋で休んでいるはずだが、同じ関の中にいれば何かの拍子に顔をつきあわせてしまう可能性はあるので、できれば司馬懿たちには関内を歩き回ってほしくなかった。
 ただ、その程度のことは、俺が口にするまでもなく司馬懿ならば察しているだろう。なにか危険を冒してでも言いたいことがあったのだろうと思うが、それならばさっき俺が部屋を出る前に口にしてもよさそうなものである。


 司馬懿の為人から推して、姉にならって俺を打擲しにきた、なんてことは多分ないだろう。怪訝に思いつつも、俺は司馬懿の呼びかけにこたえた。
「仲達どの、どうなさいました?」
「お急ぎのところ、申し訳ありません。北郷さまに話を聞いていただきたく思い、参りました。少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
「それはもちろんかまいませんが……?」


 どうして先ほど言わなかったのか、と不思議に思った俺が首を傾げると、司馬懿はそれを察したのか、わずかに目を伏せた。
「私の心は、北郷さまのお話の最中に決していたのですが、口にするのは姉様と螢に話してから、と考えたのです。姉様とは今生の別れとなり、螢には……おそらく、今よりずっとつらい思いを強いることになるでしょうから」
「どういう意味ですか、それは?」
 自然と表情が厳しくなる。話の流れは今ひとつ掴めないが、無視できる言葉ではない。
 すると、司馬懿は何かを決意した面持ちで俺の顔に視線を向けてきた。


「はじめに謝罪を。螢たちに手を差し伸べていただいたこと、心の底から感謝しております。こたびも、北郷さまはできるかぎりのことをしてくださった。その身を危険にさらし、立場を危うくしてまで、私たちのために計らってくださったことは、痛いほどに承知しております」
 司馬懿はそう言った後、ですが、と続けた。
「私は、北郷さまの計らいを容れることができません。いえ、できないのではなく、私に容れる心積もりがございません。せっかくのご配慮を無にすることをお許しください」


「……まさか、許昌にいかれるおつもりか?」
「はい」
 もしや、と思って発した問いかけに間髪いれずに返答され、俺は言葉に詰まってしまう。
 死亡を偽装することはせず、反逆者として許昌に戻る。司馬懿はそう言ったのである。それは事実上、みずから絞首台を登るに等しい。
 何故、という疑問が口をついて出たのは、いたって自然なことだろう。


 途端、こちらを見つめる司馬懿の視線の強さが増した。むろん、俺を圧伏したいわけではあるまい。おそらく、この次が司馬懿の本題なのだと思われた。
 そして、その予測は正鵠を射る。
「どのような形でもかまいません。次の戦い、この身を用いていただけないでしょうか。ご配慮を無にしておきながら、このような願いを口にするのは汗顔の至りなのですが、どうかお願いいたします」
 そういって、司馬懿は深々と頭を下げたのである。




 先夜来の騒動をくぐりぬけ、なお艶を失っていない司馬懿の黒髪が、肩を伝って流れ落ちていく。その様を見下ろしながら、俺はどう答えたものかと途方に暮れていた。
 次の戦い、というのは袁紹軍とのそれだろう。許昌に行くと口にしたということは、司馬懿はすでに死を覚悟しているということ。その上で袁紹軍との戦いを望む理由がはかりかねたのだ。
 不利な情勢を察して妹を助けたいと考えた。これは間違いないだろう。だが、それならば別に許昌に行くと口にする必要はない。俺が受け入れるかは別にして、まず司馬郎たちを先に発たせ、自分は袁紹軍と戦って妹を守ってから、姉たちの後を追えば済む話である。


 だが、司馬懿は言った。姉とは今生の別れとなり、妹にはつらい思いを強いることになる、と。あれは許昌で処刑される自分を明確に意識していなければ出てこない言葉だ。
 俺を信用させるために覚悟を口にした、という可能性はおそらくない。司馬懿はそんな小細工を弄する性格ではなく、行くといったら必ず行くだろう。
(わからん)
 形としてはこちらの厚意をはねつけられたことになるわけだが、それに関する憤りめいた感情はなかった。あるのは疑問だけ。


 率直にいってしまえば、今の状況で司馬懿が許昌に行く意味はないのだ。司馬懿が処刑されたところで、司馬家を取り巻く状況が劇的にかわることはない。また、袁紹軍との戦いに加わったところで、戦況を覆せるほどの影響力を持っているわけでもない。どれだけ優れた才能を有していようと、十三歳の少女ひとりに出来ることには限界があるのだから。
 もちろん、俺個人としては司馬懿の参戦は涙が出るほどありがたいのだが、それでも戦の最中に火種を抱え込む行為であることに違いはないのである。


 俺が考え付く程度のことに司馬懿が思い至っていないはずはない。司馬懿はいま俺が考えたことを承知の上で、一兵卒でも間諜でもなんでもいいから使ってくれ、と俺に懇願していることになる。
(さっぱりわからん)
 司馬懿の意図がまったくもって読めなかった俺は、角度をかえて訊ねてみることにした。
「伯達どのたちはなんと?」
 俺が問うと、司馬懿は顔をあげた。
「姉様は『そう言うと思っていました』と。螢も、理解してくれました。『きっとなんとかなります』と」
「全会一致ですか」
 俺は思わず天を仰いだ。司馬懿が自分で決め、姉も妹もそれを認めた。他人の俺が口を挟む筋合いはなくなった、と見るべきだった。


 まあ、俺個人の感情ではなく、虎牢関の守将としての立場で拒否することはできるわけで、拒否するに足る理由もある。その一方で、さきほど言ったように、時間も人手も足りない今、司馬懿の参戦が心からありがたいのも事実だったりする。
 メリットもデメリットもある。が、そもそもろくに打つ手もない状況だ。多少デメリットが増えたところで、今さら何がかわるわけでもない。
 なにより、まっすぐにこちらを見上げてくる司馬懿の懇願の視線にこれ以上あらがうのは非常にきつい。
 俺はいささか乱暴に結論を出した。


「わかりました。力を貸してもらいましょう」
 応諾の返答を受け、司馬懿の顔にめずらしくはっきりとした笑みが浮かびあがる。花咲くような笑みに見入ってしまいそうになるのをこらえつつ、俺はどのように司馬懿を組み込むか考えをめぐらせた。
 さすがに反逆者をそのまま用いるわけにはいかないから、ここは再び李温祖さんに登場願おうか。一夜にして青年から美少女に早がわりする物の怪として後世に語り継がれてしまいそうだが。


 しかし、司馬懿はその案に対し、かすかに表情を曇らせた。
「参戦を認めていただいた上は、もちろん命令に従います。ですが、できれば私は司馬仲達として戦いたいのです。叛臣が守将のそばにいれば将兵が動揺するのは理解していますから、お傍近くに控える役目でなくとも構いません。偵騎でも、あるいは洛陽に潜入して民を扇動することも厭いません」
 それを聞き、俺は思わず眉をひそめた。これまでの言葉とて十分に妙だったが、今のは明らかにおかしい。この戦いに『司馬仲達』として臨むことに意味があるとは思えなかった。


 司馬懿もそのことはわかっているのだろう。問う眼差しを向ける俺に対し、内心の思いを口にした。
「姉様は陛下と父様に殉ずる覚悟でした。本来なら、私は姉様になりかわって司馬家を率い、許昌の帝に尽くさなければならなかったのです。ですが、私には洛陽の策謀が陛下を蝕むものであることは明らかだと思えました。そんな場所に姉様をひとりにしたくはなかった。だから、私は姉様の助けとなり、陛下をお救いする一助にならんとして洛陽に身を投じました」
 司馬懿はそう言った後、目を伏せる。
「結果として、螢には重すぎる責務を背負わせてしまいました。けれど、あの子は立派にその務めを果たしてくれた。司馬家が今なお在り続けているのは、螢の至誠あったればこそ。司馬家の家長は間違いなく螢であり、他の誰でもありません」


 司馬懿の言葉はなお続く。
 昨夜からの沈黙を補うように、今の司馬懿は多弁だった。
「涼州に赴けば、積極的に陛下を利用しようとする者はいなくなるでしょう。父様の遺志は姉様によって果たされます。司馬家は螢が立派に継いでくれる。ならば、この身は何を為すべきなのか。それを考えたとき、浮かんできた答えは一つしかありませんでした」
 それが叛逆の罪を負って殺されること、なのだろうか? たしかに、劉弁と司馬姉妹は洛陽で死亡した、という俺の報告だけでは、どこかで生き延びているのではないかという疑惑をおぼえる者も出てくるかもしれない。
 俺と司馬懿が一時的に行動を共にしていたのは周知の事実であり、司馬孚にもかなり大胆に関与しているから、俺と司馬家が通謀しているのではないか、と疑われる素地は十分にあるのだ。


 司馬懿が公衆の眼前で処刑されれば、これを疑う者はいなくなるだろう。
 そして、死に行くその日まで、司馬懿が少しでも罪を償う姿勢を示し、なにがしかの功績をあげていれば、司馬懿自身はともかく、司馬孚や妹たちに対する処遇には影響を与えるかもしれない。
 そう考えれば、司馬懿の言動には一応の筋が通る。叛臣を用いることへの釈明としては袁紹軍という格好の口実がいることだし。
 ただ、それがどの程度の効果があるのかと考えると、やはり俺としては翻意をうながさずにはいられない――などと考えていると。
 司馬懿は特に気負うでもなく、静かに言った。



「私は、あなたに殉じたいのです」



 一瞬、司馬懿が言っている意味をはかりかねた。
 そんな俺を見上げつつ、司馬懿は理由を口にしていく。
「陛下を洛陽から救い得たのは北郷さまのおかげです。私と姉様が、今こうして生きていられるのも北郷さまのご厚情の賜物。螢も言っていました。今日までがんばってこられたのはお兄様のおかげだ、と。私たち司馬家は、あなたに返しきれない恩義がございます。姉様は陛下と共に涼州へ赴き、螢は司馬家の家長として許昌に仕える。ならば、北郷さまの下にあって、北郷さまのために働くことができるのは私以外におりません。この戦が終わり、許昌で処刑されるまでのわずかな間ではありますが、そうすることがせめてもの報恩であり、私自身の望みでもあるのです」




◆◆◆




 口を閉ざした司馬懿は、北郷からの返答を待った。
 眼前に立つ北郷は何度か口を開こうとしては、思い悩んでまた閉じる、という動作を繰り返している。
 司馬懿は答えを急かさない。司馬懿としてはしごく当然のことを言ったつもりであるが、北郷にとっては唐突なことだろう、ということを理解していたから。もっといえば、叛臣にこんなことを言われることは迷惑だろう、とも思っていた。悪意ある者に利用されれば、北郷や周囲の人々さえ叛逆の一味にされかねないのである。


 だから、北郷が拒絶の言葉を発しても、司馬懿は素直にそれを聞き入れるつもりだった。北郷のために戦うという決意と行動に、北郷自身の許可は不可欠ではない。北郷が認めないのならば、北郷の目に届かず、かつ他者から誤解されない場所で、命をかけて戦えば良いだけのこと。
 司馬懿にとって一番困るのは『俺のために働くというのなら、伯達どのと同じ行動をするように』と命じられることであり、それだけはやめてほしい、という思いでじっと北郷を見つめ続ける。



 そうして、しばし後。
 北郷は困じ果てた様子ながら、確かに頷いてみせた。
「……わかりました。言いたいことがないわけではありませんが、今は時間がないので措きましょう。仲達どのは洛陽で生き残り、罪を認めて虎牢関に来た。そこで袁紹軍の襲撃を知り、叛逆の罪を少しでも償うべく参戦を決意された、と。そんなところでしょうか。相当に厳しい立場におかれることになりますが、よろしいですね?」
「もちろん、覚悟しております」
「そうですか。では私も色々と思い切ることにしましょう。早速だが――仲達」


 呼びかけられた瞬間、司馬懿は自分でもよくわからない理由で言葉に詰まってしまう。
「……は、はい」
 司馬懿の躊躇の理由をどう受け取ったのか、北郷はふてぶてしく見えないこともない、不器用な笑みを浮かべた。
「口調は今後、こんな感じで。叛臣に丁寧な口をきいていると、たぶん士季どのあたりがうるさいからな」
 士季、というのが鍾会の字であることを、もちろん司馬懿は知っていた。
 北郷はさらに続ける。
「最初の試練だ。棗将軍や士季どのに隠れて仲達をこき使う、というのはまず無理なんで、素直に事情を明かす。どんな反応が来るかわからないから、心の準備をしておいてくれ」
「はい、承知いたしました」




 司馬懿からの応諾を得て、北郷は再び虎牢関の通路を歩き始める。
 少し遅れてその背中を追いかけながら、ふと司馬懿は思う。
 北郷は、司馬懿が司馬懿として戦いたい、といった理由に気がついているのだろうか、と。
 北郷のために戦うというのなら、別に偽名を用いたところで問題はない。司馬懿の手柄が妹たちを助ける足しになるようならば、許昌についてから詳細を明らかにすれば済むことであり、今の時点で司馬懿の生存を明らかにしなければならない理由としては薄い。
 もっとも、それを言うならば、司馬懿が抱えている理由とて必然性に欠けることおびただしいのだけれど。


 司馬懿は単純に、偽名をもって北郷に仕えることが嫌だったのだ。
 北郷に対する感謝と報恩の念は泰山の頂きに達するほど積み重なっている。許されるならば、死にいくまでの間だけでも真名を捧げて彼のために働きたい。
 だが、今の司馬懿にはそれが出来ない理由があった。
 真名とは本来、捧げる者と捧げられる者、二人の間の信頼関係をあらわすものだ。だが、自らの信頼を他者に預け、それを否応なく周囲に知らしめてしまう真名は、その特性ゆえに避け得ない問題を内包していた。


 単刀直入にいってしまえば、反逆者の真名を預けられた人物には、叛逆の疑いが向けられてしまうのである。真名が神聖なものであり、深い信頼関係をあらわすものであるがゆえに、この疑いは等閑にされることがない。古来より、讒言、誣告を事とする者にとって、真名は格好の口実となってきた。
 真名を預けても人前ではそれを口にしない等の方法もあるが、司馬懿はこれをするつもりはない。
 真名が神聖であり、尊いものである所以は、相手への信頼を、天、地、人の何物にもはばかることなく告げるものであるからだ、と司馬懿は考えている。ゆえに、状況次第で出したり引っ込めたりする真名に意義があるとは思えなかった。


 叛臣の道を歩むと決めたその時から、自分は誰かに真名を捧げる資格を失ったのだ、と司馬懿は胸に刻んでいる。
 それゆえに司馬懿は北郷に真名を捧げることができない。だからこそ、名を重んじる中華の民として、せめて自分の本当の名で北郷のそばに居続けたいと思い、偽名を用いるという提案に難色を示すこととなったのである。


(それがわがままに類することであるのは承知していますが……)
 それでも、こればかりは撤回する気になれない。
 司馬懿はそう思いつつ、前を行く北郷の背中を追って歩を早めた。
 


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