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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/01 00:11

 司州河南郡 洛陽北門


 雨滴を切り裂いて剣閃がひらめく都度、夜の闇に鮮血が散る。争闘の場に姿を現した黒衣銀髪の武人を見て、すわ敵将か、と躍りかかった兵は、そのことごとくが細剣によって馬上から斬って落とされた。
 血煙をふきあげて鞍上から転落する敵兵を背景とし、武人は静かに名乗りをあげる。
「張恰、字は儁乂。無駄死にを欲せざる者は、あえて我が前に立ちはだかるな」
 激語と称するには穏やかに過ぎるその声は、しかし不思議なほど澄んだ響きを帯び、戦場の喧騒を貫いた。


 張恰の名乗りは敵兵のみならず、味方――袁紹軍の耳にも届き、将たる高覧の身に刃が迫るほど押し込まれていた袁紹軍は、自軍の勇将の登場を知って蘇生の思いを抱く。武勇将略においては并州随一といえる張恰の存在は、ここまでの劣勢を忘れさせ、尽きかけていた戦意をかきたてるに十分すぎるものであった。
 一方、曹操軍もまた張恰の名乗りを聞いて色めきたった。
 張恰は部隊を率いず、単騎で斬り入ってきた。ここで高覧のみならず張恰まで討ち取ることができれば、高幹の両腕をもぎとったも同然であり、袁紹軍に回復不可能な打撃を与えることができるのだ。


 味方を勇気づけ、敵の注意を己にひきつける。
 ただ一度の短い名乗りで戦場の空気を鷲掴みにした張恰は、それ以上は威圧も鼓舞もせず、無言で馬腹を蹴った。向かうのは、今まさに高覧と対峙している徐晃のところである。
 そうはさせじと張恰の前を遮った騎兵は、空恐ろしいほどの正確さで繰り出された一閃に頸部を断ち切られ、あえなく鞍上から転落した。その身体が地面に達する頃には、すでに兵の目から光は失われている。騎手を失った馬は哀しげないななきをあげると、人間どもが殺戮を繰り広げる場から走り去っていった。





 瞬く間に数騎を斬って捨てた張恰の前に、またしても別の騎兵が立ちふさがる。張恰がかすかに眉をしかめたのは、群がってくる敵兵の執拗さと、それを支える士気の高さを警戒したためであろう。
 だが、その警戒は張恰の攻撃の切れ味を落とすことはなく、繰り出された斬撃は容赦も慈悲もなく、ただ命を狩るべく敵兵へと襲い掛かる。
 しかし。
 わずかにおくれて張恰の手に伝わってきたのは、肉を断ち切る鈍い感触ではなく、鉄と鉄が激突する硬質の衝撃だった。はじめて、張恰の斬撃は敵兵の身体ではなく、武器によって止められたのである。


 この時、張恰の行く手を遮ったのは鄧範だった。
 手に持つ槍の柄で張恰の斬撃を受け止めた鄧範は、無言で反撃を繰り出していく。
 張恰の細剣は武器としては軽量であり、扱いやすさに比して丈夫さに欠けるため、槍や矛、あるいは徐晃の戦斧のような重量武器の攻撃を受け止めることは難しい。また、当然ながら武器が届く範囲は長柄の武器に及ばない。馬上で扱うには不向きな武器なのである。


 鄧範はそれらを考慮して張恰へ挑みかかった。
 だが――
「くッ」
 わずか数合。それだけで鄧範は自身の不利を悟った。悟らざるを得なかった。
 鄧範は自身の武に過剰な自信を抱いていたわけではない。自分と相手の得物を考慮し、一定の距離を保って戦えば勝機はあるとの考えは、相手が張恰以外の武将であれば問題なく適用できたであろう。
 しかし、張恰は武術はもちろん馬術にも秀でており、距離を保とうとする鄧範をあざ笑うように軽々と細剣の間合いに飛び込んできた。そして、その都度、熾烈な斬撃を繰り出して鄧範を追い詰めていく。
 鄧範はかろうじてその斬撃を避けているが、剣先はすでに幾度か戦袍に届いており、このままでは遠からず肉体にも達してしまうだろう。


 鄧範は内心で臍を咬む。
(そもそも、己が実力に自信がなければ馬上で細剣などという武器を選ぶはずもない。張儁乂の武名の高さは、その自信が確かな実力に裏打ちされたものであることの証左。オレらしくもなく、逸ったか)
 高覧と張恰を討ち取ることができれば、袁紹軍に大打撃を与えることができる。それは確かだが、それはあくまで討ち取ることができればの話である。
 張恰らがたやすく討ち取れるような相手であれば、そもそも敵味方にこれほどの影響を及ぼす武名を勝ち取ることはできなかっただろう。


 そんなことを考えつつ、鄧範はひたすら粘った。張恰は討てずとも、せめて高覧だけでも討ち取りたい。ここで鄧範が張恰の足を止められれば、徐晃が高覧を討ち取ってくれるだろう。
 だが、そんな思惑も張恰には見すかされていたらしい。
「……実力で劣る者が受身にまわって何ができる」
 言うや、張恰の斬撃がさらに鋭さを増す。相対する鄧範の目には、張恰が光の鞭を振るっているように見えた。
 戦袍が裂け、槍が弾かれ、ついには甲冑の隙間を縫って細剣が鄧範の身体を捉える。
「ぐッ!」
 右の肩を貫かれ、鄧範の口からくぐもった苦痛の声がもれた。さらに頸部を狙って放たれた一閃を、鄧範はほとんど勘だけでかわす。だが、完璧に避けることはできず、張恰の剣先には頸部の皮と肉が付着していた。


 傷口から流れ出した血が肌を伝う感触に鄧範は寒気を覚える。戦場でここまで死を間近に感じたことはかつてなかった。
 だが同時に、かつて感じたことのないほどに鄧範の心を満たすものがあった。


 ――こうでなくては、と。


 『戦場で』死を間近に感じたことはかつてない。だが、飢えに寒さ、病に苛政、牛飼いとして極貧の生活を送ってきた少女にとって、死は常に手の届くところにあった。そんな境遇からはいあがり、鄧士則という人間が生きた証を歴史に刻みこむ――そのためには苦境の十や二十は乗り越えねばなるまいと覚悟していた。その一つが、今、目の前にある。鄧範にとって、今の状況はむしろ望むところといってよい。


 それに、と鄧範は思う。
 苦境、苦境といっても、自分の前に立ちはだかったのは張恰ひとり。
 飛将軍やら陥陣営やら大将軍やらといった連中に寄ってたかって攻め込まれた者とは、苦境の規模において比べるべくもない。
 鄧範は自分でもよくわからない理由で口元に微笑をひらめかせた。



◆◆



 張恰が今まさに繰り出そうとしていたトドメの一撃を中途で止めたのは、相手がどこか愉しげに微笑む姿を見て警戒したから――ではなかった。
 もっと単純に、自分に迫る馬蹄の音に気付いたからである。
 そちらに目を向ければ、予想どおり戦斧をもって迫る敵将の姿があった。
 さきほど張恰の騎射を避ける際、地面に取り落とした戦斧は部下にでも拾わせたのだろう。ちらと見やれば、その隙に徐晃から距離を置いたらしい高覧が、駆けつけた部下に周囲を取り囲まれている。
(高将軍は無事。敵将を討つより味方を救う方を優先したか。ならば――)
 先の連撃で槍を弾き飛ばされた鄧範の手許に武器はない。張恰は牽制の一撃を放って鄧範に距離をとらせると、馬首をめぐらして徐晃と向きあった。
 先刻、徐晃が距離を置いて張恰の実力を感じ取ったように、張恰もまた徐晃の力量を見抜いている。知らず、張恰の口から気合の呼気がこぼれでていた。


 両雄は声もなく激突する。
 夜そのものを両断する勢いで繰り出された徐晃の剛撃は、張恰の剣刃の上をすべって虚空を切り裂いた。
 攻撃を受け流され、鞍上の徐晃の体が流れる。その頸部を狙い、張恰のすくい上げるような一撃が放たれるが、徐晃は戦斧を振るった勢いを無理に殺そうとせず、逆に利用することで張恰の斬撃をかわしてのけた。


 素早く体勢を立て直した徐晃は、しかし、すぐに次の攻撃を行おうとはしなかった。細剣を繰る張恰に対し、徐晃の戦斧は重過ぎる。当然といえば当然すぎるこの事実が、徐晃に攻撃をためらわせたのである。
 素早さに特化した細剣と、破砕力に特化した戦斧。 
 相手が並の将であれば、たとえ軽量武器を用いていようとも互角に――素早さでも対等に打ち合ってみせる自信が徐晃にはある。事実、これまで徐晃は武器を繰る速さで敵に遅れをとったことはない。
 だが、張恰のように徐晃と同等か、それ以上の力量の持ち主が細剣を用いた場合はこの限りではなかった。
 張恰が戦斧の攻撃をまともに受け止めれば、斧の破砕力を利して細剣を叩き折ることも出来ようが、張恰は攻撃を巧みに受け流すことでこれに対処している。ならば受け流しなど許さぬほどに立て続けに斬撃を浴びせれば、とも思うが、そうしている間に徐晃の方こそ反撃の一閃を受ける可能性が大である。


 今しがたの攻防も、ひとつ間違えば首元に致命的な斬撃を被っていた。その事実が徐晃に自重を強いる。
 対する張恰も、一連の打ち合いであらためて徐晃の力量を実感していた。見るからに重々しい戦斧を、まるで己が半身のように巧みに扱う少女。安易に攻撃に転じれば、手痛い反撃をくらうことは明白であった。


 ただ、張恰は徐晃と斬りあって遅れをとるまでは思っていない。真っ向から戦えば、十のうち八までは自分が勝つ(ちなみに残りの二は相手の勝利ではなく引き分けである)と自惚れるでもなく判断していた。
 武の才能は伯仲していようとも、戦場で過ごした時間、経験においては張恰に一日の長がある。徐晃は鄧範よりも戦場に慣れていると思われたが、それでも張恰から見れば未熟の一語で片付けられるものだった。


 とはいえ、張恰は決して相手を侮っているわけではない。ことに戦場において「一対一であれば」とか「真っ向から戦えば」などという仮定が意味を持たないことを知り尽くしている。
 ゆえに張恰は徐晃と相対しつつ、鄧範の動きにも注意を払っていたし、もっといえば全体としておされ気味の戦況すら把握していた。張恰の出現で高覧の本隊は持ち直しつつあったが、それでも直前まで劣勢に陥っていた影響は如実に残っている。一騎打ちでは勝てる相手でも、二人同時に相手取ればそう簡単に勝ちを得られぬし、取り囲まれてしまえばなおのこと苦戦を強いられる。


 と、そうこうしているうちに、急速に殺到してくる乱戦の響きが、その場にいた者たちの耳朶を打った。それは曹操軍本隊の反転攻勢に晒され、逃げ惑う将兵がこの場になだれこんでくる前触れであった。
 


 

 張恰たちは、それこそ一瞬のうちに乱戦の只中に放り込まれていた。押し寄せる人馬の波が壁となって互いの前に立ちはだかり、相手の姿を瞬く間に視界から消し去ってしまう。
 徐晃と鄧範の姿を見失った張恰は、しかし、ことさら悔しがるでもなく手近にいる味方の兵の援護にまわった。
 もとより、張恰が半ば以上勘に急かされて駆け戻ってきたのは高覧を救うためであり、それを果たした以上、敵将の命に固執するつもりはなかったのだ。


「儁乂さまッ」
 ややあって、張恰のもとに高覧が駆け寄ってくる。
 取るものものもとりあえず礼を述べる高覧に対し、張恰は小さくかぶりを振った。
「僚将を救うのは当然のこと。今は部隊の立て直しと、曹操軍への対処を」
 前軍はすでに総崩れとなっており、高覧の本隊もその敗勢にのみこまれてしまっている。ここまでの乱戦になってしまうと、先のように張恰の令ひとつで味方を鼓舞することも難しい。


「はい、わかりまし――って、え、曹操軍?」
 張恰の言葉に応じようとした高覧は、相手の返答の中に思いがけない単語が含まれていることに気付き、思わず訊き返していた。
「儁乂さま、曹操軍というのは……あ、まさか」
 その可能性に気付いた高覧が問う眼差しを向けると、張恰は無言でうなずいた。
 張恰にしてもなんらかの確証があるわけではなかったが、高覧を襲った部隊は、張恰が相手にした南陽軍とは錬度、士気、将の質、いずれも重ならず、等しいのは軍装のみである。南陽軍が素早く部隊を立て直したにしては、洛陽宮を守るではなく、西門の本隊を救援するでもなく、この戦況では奪還してもあまり意味のない北門にやって来たというのも理解しがたい。


 であれば、これは南陽軍とはまったく別の軍勢だと考えるべきではないか。
 張恰は状況を冷静に分析し、そのように判断した。そして、そこまで考えを進めれば、後は芋づる式である。
 洛陽近辺で袁紹軍と伍すほどの精鋭を抱えている勢力は虎牢関の曹操軍のみ。南陽軍の軍装も、先に両軍がぶつかった際の鹵獲品だと考えれば筋が通る。


 張恰の考えをなぞった高覧は心から納得した。開戦当初から胸奥にわだかまっていた不審の澱が、驚くほどの勢いで洗い流されていくのを感じる。これであれば敵軍が城外から現れた理由も説明できるのだ。
 ……というか、なんで自分はこれに気付けなかったのだろう、と高覧は自分の察しの悪さに頭を抱えたくなったが、慌ててかぶりを振ってその思考を払い落とした。敵軍はいまだに高覧の部隊を攻め続けており、このままでは部隊が四散してしまう恐れもある。今は落ち込んでいる暇などどこにもなかった。




◆◆◆




「張恰が単騎で?」
 混戦の中、それでも確実に敵を押し続けていた俺は、駆け戻ってきた徐晃たちから高覧強襲の顛末を聞き、疑問の声をもらした。
 張恰、字を儁乂。言わずとしれた曹魏の名将。まあ俺の歴史知識はさておくとしても、袁家の将帥の中では顔良や文醜に次ぐ声価を獲得している人である。実際に張恰と刃を交えた鄧範は少なからぬ手傷を負わされており(胸元が血に染まっていたので素で焦った)、次に刃を交えたという徐晃も乱戦で戦いが物別れに終わったことを「助かった」と表現した。それくらいに強大な敵だということだ。


 戦場で対峙すれば戦慄を禁じえない相手だが、しかし、張恰が敵方にいることはすでに俺も承知していたから、張恰が敵としてあらわれたこと自体に疑問を抱いたわけではない。
 俺の疑問は張恰が兵を率いずに高覧のもとに駆けつけた、という点にあった。
 先ほど、戦いの最中に高覧が後方に送った部隊から報せを聞いて駆けつけたにしては早すぎるし、そもそも明確な危機を伝える報告を受け取ったのならば、必ず兵を率いて来るだろう。
 だが、こうして高覧隊を追い込んでいる今も、新たに張恰の部隊があらわれる気配はない。張恰の救援は単独行動か、あるいは兵略に長けた張恰のこと、密かに後背に兵をまわして北門を封鎖しようとしている可能性もある。だが、どの道、俺たちはもう北に戻るつもりはないので、たとえそうであったとしても大きな問題にはならない。
 今、確かな事実は、俺たちの眼前に高覧、張恰という二将がいるということ。しかも張恰の方は自分の部隊が手許にいない状況である。


 どくん、と心臓が一度大きく脈打った。


 なにか――なにか、とてつもない好機を前にしているという感覚がある。
 二将を討ち取る絶好の機会だから?
 たしかにそれも間違いではない。いかに張恰が鄧範と徐晃を退けるほどの勇武の持ち主とはいえ、多数の兵で囲んでしまえば討ち取ることは不可能ではないだろう。
 ここで袁紹軍の二将を討ち取ることができれば、高幹の両腕をもぎとったも同然――と、そこまで考えて、俺は逸る自分の心の手綱を引き絞る。


 俺が感じている好機はこれではない。二将を討ち取ったところで、高幹と五万の袁紹軍が健在である以上、戦況を覆すことは難しい。あの二人以外に袁紹軍に人材がいないわけでもないだろう。
 そもそも、高幹はどこにいった?
 張恰が駆けつけた早さから考えるに、おそらく北門を抜いた張恰は真っ先に洛陽宮に攻めかかり、その後、なんらかの理由で北門の喧騒に気がついて馳せ戻ってきたのだろう。
 高幹が張恰と同じ場所にいたのであれば、洛陽宮は高幹が攻め、張恰は後方の様子を確かめるという役割分担をしたと考えられるのだが――


(袁紹軍は五万。本隊がどの程度の数かはわからないけど、少なくとも二万以上はいるだろう)
 それだけの兵力があれば、洛陽宮を攻めるかたわら、北門の奪還に兵を割き、なおかつ張恰に精鋭の騎兵を率いさせる程度のことはできるはず。
 しかし、実際に張恰は単騎であらわれた。北門に兵をまわしたというのも俺の推測であり、もしかしたら本当に単騎でやってきた可能性すらある。
 何故、張恰は単騎でやってきたのかと考えれば、これはおそらく張恰の兵力だけでは洛陽宮を攻めるのに手一杯であったからだ。敵襲だと確認がとれたわけでもない後方の喧騒を調べるために兵力を割くわけにはいかなかったのだろう。


 つまり、高幹は洛陽宮周辺にはいない。
 おそらく北門付近の戦況も知らずにいる。これを捕捉できれば、痛撃を浴びせることができる。あわよくばその首級をとることも……
「いや、無理か」
 胸中にわきあがった楽観を、俺は半ば無理やりねじ伏せた。
 捕捉といったって、どうやって捕捉するというのか。倒れている袁紹軍の兵士を引きずりおこして無理やり訊きだすにしても、自軍がどのように展開しているかなどただの兵卒は知らされていないだろう。指揮官クラスの人間ならばあるいは、とも思うが、そのクラスになると、今度は容易に口を割るまい。尋問(色仕掛け)だの拷問(くすぐり地獄)だのしている暇はない。まあ前者にいたってはそもそもやってくれる人がいないのだが(色仕掛けできるほど色気のある人がいない、という意味ではない)。


 もとより容易く高幹を討ち取れると考えていたわけではない。戦略的劣勢を戦術で補うのは困難であり、僥倖に僥倖を重ねた末に、なお僥倖を掴めればあるいは、というレベルの話だ。
 俺としては、高幹が後陣にどっしりと腰をすえて部下からの勝報を待つ類の指揮官であることに一縷の望みを抱いていたのだが、どうやら高幹はみずから動いて勝利を掴み取る武将であったらしい。今の俺にはその動きを捉える術がない。時間をかければ不可能ではないだろうが、その頃にはもう高覧が後方につかわした部隊が高幹の下に到着してしまっているだろう。
 俺はこの時点で、混戦をついて高幹を討つという最終目的を諦めた。


 諦めた上で、状況を整理する。
 高覧と張恰はすぐ近くにいる。高覧の部隊はもう脅威ではない。
 洛陽宮を攻めているのは、主将を欠いた張恰の部隊。
 高幹本隊は少なくとも洛陽宮付近にはいない。当然、北門にもいないわけだから、東、南、西のいずれかであろう。何の理由もなく本隊を動かすはずもないから、おそらくは南陽軍(真)と戦っているのだろう。洛陽勢の中で、高幹が本隊を動かさねばならない相手は南陽軍くらいのもの――と、そこまで考えたとき。


 どくん、と再び心臓が脈打った。


 高幹を討つことを諦めてなお、好機を訴える感覚は去っていない。
 俺はさらに考えを進める。
 高幹が南陽軍を討つために万を超える本隊を動かしたのならば、当然、南陽軍はそれ相応の兵力を宮殿の外に展開させていた、ということである。少数の兵を討つために、わざわざ本隊を動かす必要もない。
 つまり――今、洛陽宮は南陽軍の主力を欠き、かつてないほどに無防備な状態なのではないだろうか?
 張恰が単騎で高覧の救援に駆けつけた理由は、今の洛陽宮ならば自分が指揮をとらずとも落とせると判断したからだと考えれば、点と点を線でつなげることができる。


 むろんすべては推測である。かりに首尾よく洛陽宮に攻め入れたところで、袁紹軍を退ける切り札があるわけではない。
 あえていうならば、そう……洛陽宮の武器兵糧を焼き尽くしておけば、南陽軍の物資がそっくりそのまま袁紹軍のものになる、という事態は避けることができるという程度のこと。
『北郷どの、妙な欲を出すなよ。輜重隊と決まったわけではないし、たとえ輜重隊だとしても、これを叩いたところで洛陽さえ落としてしまえば高幹は困らないんだから』
 俺は攻め入る前に鍾会とかわした会話を思い起こす。
 洛陽の兵糧を焼き払った上で、東門から脱した後にちょっと寄り道して邙山の輜重隊を襲撃すれば、高幹も結構困るのではあるまいか。五万という大軍は、大軍であるゆえに急場の物資の確保は難しい。まして洛陽はつい先ごろまで廃墟同然だった都市だから尚更である。


 まあ、これとても高幹を討つという策に負けず劣らず綱渡りであるが、何もしなければ何も起こらず、俺たちは袁紹軍に踏み潰されるのを待つばかりとなってしまう。少なくとも、可能性の有無を確認しておくことは無駄にはなるまい。
 俺が意を決して顔をあげると、その気配を察したのか、徐晃たちが一斉に俺に視線を向ける。というか、さきほどから俺の考えがまとまるのをじっと待ってくれていたのかもしれない。


「士則、洛陽で起居していたのなら道はわかるだろう。宮殿を経由せずに街区を抜けて東門にいけるか?」
 地図づくりが趣味の鄧範なら街の並びも覚えているだろう、と考えて訊ねてみたのだが、どうやら正しかったらしい。鄧範はためらう様子もなく頷いた。
「洛陽が大乱に見舞われる以前のことだ。夜道を迷うことなく、というわけにはいかないが、まあ大体はわかるだろう」
「それで十分。五百を率いて東門を確保してくれ」
 いつでも逃げられるようにとは口にしないが、意図は通じただろう。それに鄧範は張恰によって肩に傷を負っている。首の傷は出血こそ派手だが傷自体は深くないとのことだったが、肩の傷はその逆であるように俺には見えた。馬上の姿勢も、常の鄧範に似合わず、どこか安定を欠いている。
 鄧範も自分の状態を把握していたのだろう。反論することもなく俺の命令にうなずいた。すこしばかり頬が膨れていたのはご愛嬌ということで。


「かず――じゃなかった、李将軍。私たちはどうするの?」
「ただひたすらに吶喊して洛陽宮を目指す」
「うん、簡にして要を得た命令だね」
 徐晃が感心したようにうなずくと、それまで黙していた鍾会があきれたように口を開いた。ちなみに鍾会は、徐晃たちが張恰と戦っている間は兵の統率の方に意を用いていたそうで、こちらの騎兵部隊が大きな混乱もなく乱戦から離脱できたのは鍾会のおかげだった。


「簡はともかく、要については疑問だよ。この戦況で宮殿を目指してどうするんだ。高幹がいないことくらいはわかっているんだろう?」
「可能であれば宮殿に攻め入って兵糧を焼き払います。無理なようなら即座に転進。東門を抜けて虎牢関に退却します」
 それを聞いて鍾会はわずかに目を細めた。
「……ふむ、首尾よく兵糧を焼いた場合、次は邙山か。まあこの状況では高幹までたどりつくのは難しいな」
 鍾会はそういって口を閉ざす。どうやら反対するつもりはないらしい。なんか一瞬で作戦を見抜かれていた気がしたが、あまり深く考えないようにしよう。
 三人の同意を得た俺は、新たに構築した作戦をもとに兵を動かし始めた。




◆◆◆




 洛陽宮の北。
 宮殿に攻め寄せる袁紹軍と対峙しているのは樊稠率いる二千の弘農勢である。もっとも、戦いがはじまってこの方、樊稠の姿は戦線にはなく、指揮をとっているのは別の人物であった。
「うーむ、なんだか妙に大人しくなったな、敵の奴ら。あのまま攻め続けられたらやばかったから、助かったといえば助かったんだが」
 なにかしっくりいかん。そういってぼりぼりと乱暴に頭をかく青年の名を張繍(ちょうしゅう)という。弘農勢の大将である張済の血縁上の甥であるが、子供のない張済には実質的に子として遇されている人物である。


 その張繍の傍らで、こちらはそびえたつ山のように雄偉な体躯をした男性が首を傾げている。腕も脚も丸太を思わせる太さで、顔には幾つも傷跡が残っており、幼子が間近で見たら泣いてしまいそうな面相である。が、円らな目は意外なほど穏やかだった。
 この男性、張繍の配下で姓は胡、名は車児という。胡という姓からもわかるように、西域の異民族出身の人物である。
「孟(もう)様はどう考えておいでで?」
 孟、というのは弘農勢における張繍の呼び名である。無理やり訳すと「張家のご長子様」とでもいう意味になる。張繍はわけあって、間もなく二十歳という年になっても字をつけておらず、弘農勢の中では孟様という呼び方が定着しているのだった。


「さてなあ。そもそも、なんでこうもあっさりと敵が宮殿にまで来てるのかもわからんし。まあ、今まで俺たちを無視しまくっていた李儒が、いきなり宮殿の守りを任せてきたと聞いたときから嫌な予感はしてたんだが」
 張繍はため息まじりに肩をすくめる。
「樊将軍にその旨は?」
「言ったよ。聞いてはもらえなかったがな。若輩者はだまっとれ、とのことだ」
 樊稠は張済と同格の共同統治者であり、張済から後継者と目され、またそのように遇されている張繍相手にも遠慮はない。むしろ、張済亡き後の権力争いの相手として敵視されている向きさえある。


「まったく面倒なことだ。叔母御が子を生んでくれるまでの辛抱とはいえ……いや、今はそんなことを言ってる場合じゃないな。次に敵が本格的に寄せてきたら、ここにいる五百程度じゃ防ぎきれん」
 張繍が言うと、胡車児も顔を曇らせて「ですな」とうなずいた。
 弘農勢は二千。しかし、そのすべてが北側に配置されているわけではない。敵が別方向から攻めてくる可能性がある以上、他の場所の守備兵を北側にまわすわけにもいかない。というか、そもそもそんな権限は張繍に与えられていなかった。
 張繍はすでに何度か樊稠に使者を出しているのだが、返答は一向にかえってこない。これは黙って命令に従えということなのか、それとも別の意味があることなのか、張繍は判断に迷っていた。


「孟様が樊将軍であればどうなさる?」
「尻尾まいて洛陽から逃げ出すね。李儒の下にいても、いいように利用されて使い潰されるだけさ」
 そう言った後、すぐに張繍は「いや」と首を傾げた。その顔には、日ごろはあまり見ることのできない真剣な表情が浮かんでいる。そうすると、張繍は不思議なほど威を漂わせはじめる。
「それだと、結局は手詰まりになるな。弘農一郡では天下の群雄を相手に出来ない。である以上、いずれかの勢力に加わらなければならないのは自明の理。だからこそ伯父御は洛陽政権に投じたわけだが、その内実は目を覆わんばかりのがらんどう。なれば次に選ぶべきは、うむ、まあ曹操だろうなあ」


「ほう?」
 胡車児は予期せぬ答えに目を見張る。
「孟様、袁紹ではなく、曹操なのですか?」
「ああ。袁紹は俺たちの助力なんぞなくても勝てるだけの兵力がある。俺たちが麾下に参じてもありがたくは思わないし、当然厚遇も期待できない。が、曹操は違う。兵力で袁紹に劣る以上、俺たちの助勢を喜び、相応の地位で報いてくれるだろうよ。まあ最初に洛陽政権に投じたことに関しては、嫌味のひとつも言われるだろうが」
「嫌味ですめばよいですが。それに、それでは曹操もろとも袁紹に潰されるやも知れませぬぞ」
「そこを何とかしてこそ俺たちの功績が引き立つってものだろう。というか、それを何とかする実力を見せないと、お前のいうとおり嫌味ではすまなくなるな」
 そこまでいって、張繍は苦笑した。
「ま、曹操の傘下にくだるなど、伯父御はともかく樊将軍がうなずいてくれるわけはないから、言葉遊びみたいなものだけどな」
 張繍の言葉に胡車児も苦笑してうなずいた。


 その時、不意に敵軍がいる方角から喊声があがる。すわ敵が再び寄せてきたか、と張繍と胡車児はそれぞれの得物をもって立ち上がったのだが、ほどなくして現れた報告の兵の言葉は張繍の意表をついた。
「敵が?」
「はッ! 雨中のこととて断言はいたしかねますが、明らかな動揺と陣の乱れが見て取れます。いずこかのお味方が参じたのであれば逆撃の好機であると愚考し、報告にあがった次第です」
「……ふむ、わかった。まことであれば、たしかに得がたい好機。全員に出撃の準備をさせよう」
「ははッ!」


「孟様」
「わかっている。そうそう都合よく事は運ばないだろう。こちらをおびき出す策かもしれん。だがまあ、とりあえず確認はしておくべきだろう。というわけで、自分の目で確かめてくるわ」
「そうおっしゃるだろうと思っておりました」
 胡車児はそういうと、これみよがしにため息を吐きながら、自身も張繍に従うべく準備をととのえるのだった。



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