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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/26 23:03

 司州河南郡 洛陽


 袁紹軍、西方より襲来。
 夜半、西の城壁を守る李休からの報告を受け取った李儒は、口元に会心の笑みを閃かせた。
 袁紹軍による北壁への度重なる攻撃は、洛陽側の注意を北方にひきつける陽動であると判断した李儒は、天候が崩れた今夜こそが袁紹軍にとって好機であると読み、すでに西からの攻撃に対する備えを完了している。北壁には最低限の兵を残し、南陽のほぼ全軍を西門に集結させたのである。


 さらに李儒は袁紹軍の攻撃を奇貨として、外患と共に内憂をも片付けるべく策動した。
 これまで李儒は兵を動かす際、自分自身は洛陽宮を動かなかった。これは洛陽政権の正統性の源泉である皇帝――弘農王を、しっかりと李儒自身の掌中におさめるための措置であったが、今回、李儒はあえてみずから兵を率いて袁紹軍に備え、手薄になった洛陽宮には樊稠率いる弘農勢二千を据えた。
 これらの配置を決した李儒は、洛陽宮を離れる際に樊稠の耳元で次のように囁く。


 袁紹軍の予期せぬ夜襲。
 これまで皇帝を抱えて離さなかった李儒の不在。
 この二つが重なったとき、宮廷で不穏な動きをする者たちがあらわれるだろう。その者たちは皇帝という手土産をもって袁紹軍に降伏しようとするに違いない。樊将軍におかれては、かかる不届き者たちに対して断固たる処置をとられますように、と。


「……ふん、混乱に乗じて妙なまねをせぬかしっかりと見張り、証拠を掴めということか。確かに司馬朗あたりは何をするかわからぬな」
 その樊稠の言葉をきいた李儒はかろうじて舌打ちをこらえた。
 察しの悪いことだ、と思いつつも表面上は穏やかに話を進める。
「少しまわりくどかったでしょうか。樊将軍、袁紹めが攻めてくれば、不穏な動きをする者たちはあらわれる。必ず、あらわれるのです」
 奇妙に強い李儒の語気。樊稠は訝しげな視線を返す。
 白面の麗貌に笑みを浮かべ、李儒は重ねて説いた。
「袁紹めの夜襲を知れば諸人は動揺し、宮廷は混乱に陥りましょう。誰がどのように動き、どこで何が起きたか、すべてを知る者はどこにもおりません。事終わった後、裁かれた者がまことに罪ある行動に出ていたのか否か、確認することは容易ではない。いえ、確認することなど不可能と断じてもかまいますまい――おわかりですか、将軍」


 問われた樊稠は含み笑いをした。李儒が言わんとすることが理解できたのだ。
「……なるほど。災い転じて、ということか」
「さて、なんのことやら。私が申し上げることができるのは、厳然として宮中の綱紀を正した御方に対し、私はもちろん、陛下も最大限の敬意をもってその立場を尊重するであろう、ということだけでございます」



 ――出陣前のやり取りを思い起こしながら、李儒は李休からの使者に、洛陽宮にも袁紹軍襲来の報を伝えるよう命じた。
 心得た使者が立ち去ってから李儒は口元の笑みを消す。あの使者によって宮廷は大混乱に陥るだろう。それに乗じて宮中の邪魔者をまとめて排除する。事が終わった後、確たる証拠もなく廷臣を処断した樊稠を始末することも李儒の予定の内にあった。
 かくて内憂と外患を綺麗に片付けた李儒は、漢王朝の主宰者として万機を掌握する。皇帝を補佐し、歴史に不滅の名を刻み込むのだ。


 李儒が陣を構えているのは、西の城壁から洛陽宮に至る大路の一画。城門を守る李休には、ある程度防戦した後で城門を明け渡すよう命令してある。陽動の成功を疑わない袁紹軍は勢いに乗って洛陽宮に迫り来るだろう。そこを待ち伏せ、徹底的にこれを叩く。
 李儒にとってはこれまで欠けていた武勲を得るまたとない機会である。李儒がみずから兵を率いて洛陽宮を離れたのは司馬朗らを罠にはめるためであったが、軍事的成功への欲も少なからず存在した。


 ここまではすべてが予測どおりに進んでいる。ゆえに、ここからも予測どおりに進んでいく――と考えるほど李儒は軽佻ではなかったが、現状で戦の主導権を握っているのが自分であるとの確信は揺らがなかった。
 あとはこの主導権を手放すことなく確実に段階を踏んでいけば、内外の困難は一掃され、自身の権限は飛躍的に高まるだろう。いつか口にした相国の位を得ることさえ夢ではない。否、それ以上の高みを望むことさえ決して不可能ではないだろう。
 そう考える李儒の口元には、一度は消したはずの微笑が再び浮かび上がっていた。




 この時、西門を守る李休から、一つの報告がもたらされる。
 その報告は攻め寄せてきた袁紹軍に関するもので、敵軍は城外で喊声を張り上げ、矢を射掛けてくるばかりで、城門を攻め落とそうという気概がまるで感じられないというものであった。
 李儒は知らず眉をしかめる。
 夜襲してきた袁紹軍を城外で撃退してしまえば敵に致命傷を与えられず、今日までの攻防戦が明日以降も続くことになってしまう。それでは意味がないと考えたからこそ、あえて敵を城内に引き込むことにしたというのに、肝心の敵が攻めてこないというのはどういうことか。
 そもそも、夜襲は相手に直前まで襲撃を気取らせないために行うもの。わざわざ騒ぎたて、襲撃を知らせることに何の意味がある? これでは北壁に繰り返し攻め寄せた陽動も意味を為さなくなるではないか。
 李儒の脳裏に混乱の火花が散った。


 と、降り注ぐ雨滴を裂くように、血相を変えた別の伝令が本陣に駆け込み、声高に報告した。
「も、申し上げます! 敵の手により城門が開かれました! 敵軍、大挙して突入してきますッ!」
 それを聞き、李儒はえたりと頷いた。敵軍を城内に引き込むことは作戦で定められていたこと。袁紹軍の動きが鈍かったのは、雨天の夜襲ゆえの混乱があったのだろう。
 そう判断した李儒は、報告をもたらした兵の慌てぶりを苦々しく思い、語気を鋭くした。
「うろたえるな。西門を破られるのは作戦どおりではないか。あとは敵をここまでおびき寄せ……」
「違うのです!」
 伝令は李儒の言葉を遮って大声をあげる。一軍の長に対して非礼もはなはだしい行いであり、李儒の面が怒りで紅潮する。だが、伝令はそのことに気付かず、なおも報告を続けた。
「破られたのは西門ではなく、北門です! 袁紹軍の旗印は『張』! おそらく張儁乂の部隊であると思われますッ」
「……なんだと?」
「なお、その後方には敵将高幹の牙門旗を確認。袁紹軍の主攻は西ではなく北ですッ!!」


 敵の狙いは西ではなく北。そう告げられた李儒はわずかによろめいたが、すぐにかぶりを振って足元を確かめた。その口から現状を否定するうめき声がもれる。
「ばかな……たとえ敵の狙いが北であったとしても、北壁にも兵力は残した。それが何故こうも短時間に突破される? 守備兵は何をしていたのだッ!」
「敵軍の勢いすさまじく、二千ほどの兵では防ぎようがなかったのではないかと思われますが……」
 その伝令の口調には、兵力の大半を西に割いた李儒の決断を非難する色が感じられた。少なくとも李儒はそう思い、表情をさらに険しくしたのだが、あるいはそれは被害妄想の類かもしれなかった。
 李儒の内心を知る由もない伝令は、なおも必死の面持ちで言葉を続ける。
「それがしが城壁を離れる際、すでに敵の先鋒は城内に達しておりました。おそらく、今も敵の数は増え続けておりましょう。このままでは完全に突破を許してしまいます。早急に援軍を――」
「申し上げます!」
 伝令の口上が終わらないうちに、新たな報告がもたらされる。李儒が声もなくそちらを見やると、あらわれたのは西門からの使者であった。
「西の敵勢、にわかに活気づき、城壁を越えんと猛攻を仕掛けてまいりました。これより作戦に従い、城門を明け渡すとの李将軍の言葉……」
 そこで言葉が途切れたのは、本陣にただよう奇妙な緊迫感に使者がようやく気付いたからであろう。


 物問いたげな視線が李儒に向けられるが、李儒の唇は縫い合わされたかのように動かない。
 すぐさま作戦を白紙撤回し、李休には西門の死守を指示し、李儒みずからは主力部隊を率いて北の高幹に攻めかかるべきであろうか。だが、その指示はもはや遅きに失している。
 李休は作戦開始の許可を求めてきたのではなく、作戦実行を知らせてきたのだ。今から使者を出しても間に合わないだろう。仮に間に合ったとしても、北から押し寄せる高幹らの精鋭部隊に対し、策が破れて士気が低下した南陽軍でどこまでやりあえるか。城壁という障害がない上は、こちらに倍する袁紹軍の兵威は容易に対抗できるものではない。


 李儒は考え、そして決断する。
「……敵の主力が北へ回ったのならば、西の兵力はこちらの予測を下回るはず。李休に使者を。南陽軍の指揮を委ねる。作戦どおり、西から侵入する袁紹軍を速やかに撃滅せよ」
 その間、自身は洛陽宮に駆け戻って弘農王を外へと連れ出す。皇帝と兵力を握ってさえいれば打つ手はいくらでもある。西門を確保しておけば、最悪の場合は函谷関を越えて弘農へ退去することもできるだろう。袁紹軍の主敵は曹操であり、弘農まで追撃してくることはない。
 どのみち、いずれは西に進出する予定だったのだ。それが早まっただけと思えば衝撃も薄らぐというもの――李儒はみずからにそう言い聞かせた。己の指示が実現性に乏しいことに目をつぶりながら。


 おそらく、命の安全だけを考えるのならば、何もかも捨てて身一つで逃げ出すという選択肢がもっとも可能性が高い。だが、それをすれば兵も富も権力も――命以外のすべてを失うことになってしまう。それは李儒にとって、于吉に拾われる以前の自分に戻るということを意味した。この洛陽を焼き払い、しかし戻るべき場所もなくさまよっていた頃の自分に、である。


 ……それだけは断じて避けねばならぬ。
 李儒は内心でうめく。過ぎし日の惨めな姿を克明に思い出してしまうのは、今まさにその場所に立っているからだろうか。
 降り注ぐ雨は夏の暑気に溶けて奇妙にぬるく、顔を打つ雨滴が断続的に不快感をかきたてる。さきほどまではまったく気にならなかった天候すら、今は古い記憶とあいまって、ヤスリをかけるように李儒の神経をすりへらしていくのだった。




◆◆◆



   
 張恰の部隊が北壁を突破したとの報告を受けたとき、高幹の表情にさしたる変化は見られなかった。
 今の袁紹軍は、たとえるならば満月のごとく引き絞られた弓矢である。仮に南陽軍が全力で北壁の守備にまわっていたとしても容易に止められるものではない。向こうが西の囮に釣られたのならば、なおのこと。


「よし、元才も出る。続け」
「ははッ!」
 この時、高幹が西門にまわした兵力は一万弱。今日まで主力として北壁を攻め立てていた張晟の部隊はこちらも一万ほどで、彼らは邙山の麓で兵糧や武具、さらには渡河用の羊皮等の物資を守っている。
 北壁に攻め寄せる兵力はおよそ三万。
 今日のために英気を養ってきた并州兵の意気は盛んであり、泥土を散らして地を駆ける彼らの口からは自然と雄叫びが発された。


 高幹が城門に近づくと、城壁に立てかけられた幾十もの長大な梯子が見て取れた。すでに城壁上の守備兵は排除されているようで、城壁の上から矢石が降ってくることもない。
「さすがに儁乂、そつがない」
 北壁を守っていた二千の守備兵は、疾風のごとく攻め寄せた張恰の部隊に対し、抵抗らしい抵抗もできずに撃退されてしまったのだろう。
 高幹の本隊はまったくの無傷で洛陽に突入を果たした。
 すでに張恰は洛陽宮へと向かったらしく、夜目にもあざやかな銀髪の将軍の姿はあたりにはない。
 過日、張雷公を失ったときのこともある。伏兵の有無を確かめるために兵を割くか、と問われた高幹はかぶりを振ってこたえた。
「それは後ろの覧に任せる。本隊はこのまま儁乂に続いて前進せよ。罠の類は先行部隊が調べ済みだ。臆せず駆けよ!」


 力強い号令に、麾下の将兵が喊声で応じた。
 高幹は矢継ぎ早に指示を下しつつも、冷静に周囲の様子を観察していた。そして、推測を確信にかえた。北門の手薄さを見るに、敵将である李儒がこちらの策にかかったのはほぼ間違いないだろう、と。
「となれば、敵の主力は西門付近に集結しているはず。今後のこともある。南陽軍はここで徹底的に叩いておくか」
 袁紹軍は大軍といえど、当然ながら兵力には限りがある。東門と南門に関しては兵力を配置する余裕がなく、南陽軍が退却にかかった場合、これを取り逃がしてしまう恐れがあった。
 しかし、洛陽城内の敵の配置がつかめれば、この戦況からでも打つ手はある。


「宮殿の制圧は儁乂に任せ、本隊は西門へ向かう。敵はおそらくこちらを待ち伏せる形で布陣しているはず。これを押し包むように取り囲め」
 西からの突入に備えている部隊を、後方から半包囲の態勢で取り囲む。これで敵主力を取り逃がす心配はなくなるだろう。しかる後、敵部隊を西門に押し込んでいけば、敵は外の別働隊からの攻撃を防ぎつつ、高幹の攻撃にも対処しなければならなくなる。抵抗は長くは続くまい。
「南陽軍は策が破れて動揺している。立ち直る余裕を与えず、一気呵成に攻めかかれ。我ら并州兵の戦いぶり、偽りの皇帝と宰相に見せつけてやるのだ」


 この高幹の判断は、内容はもとより、決するまでの速さで南陽軍の死命を制する結果となった。
 李儒から南陽軍の指揮を委ねられた李休は、全体の戦況を把握する間もなく、高幹率いる主力部隊の猛攻を受ける羽目に陥ったのだ。李休にとって不幸中の幸いだったのは、高幹の兵力展開が速すぎたため、まだ西門を開いていなかったことであろう。
 だが、それでも城の内外からの攻撃に対処するのは容易なことではない。李休はみずから槍を振るい、声を嗄らし、懸命に防戦に努めたが、それは敗北のおとずれをわずかに引き伸ばしただけに過ぎなかった。


 このままではまずい。甲冑に張り付いた敵兵の血を雨で洗い流しながら、李休はそう思った。否、李休のみならず、すべての南陽兵がそう感じていた。
 だが、挽回の手立てがそこらに転がっているはずもなく、敗北と死は今この時にも彼らを喰らい尽くさんと迫りつつある。
 南陽軍の将兵の脳裏に、降伏の二文字がちらつきつつあった。



◆◆



「高将軍、付近の家々に怪しい人影はありません。伏兵の恐れはないものと思われます」
 北門を確保した高覧の下にその報告がもたらされたのは、袁紹軍が城門を破ってから四半刻ほど後のことであった。
 すでにあたりに戦闘の気配はなく、兵たちが忙しげに、だが規律正しく動き回っている。
 高覧は内心で安堵の息をはきつつ部下に応じる。
「はい、ご苦労さまです。雷公さんのことがあったからちょっと心配だったんですけど、考えすぎだったみたいですね」


 袁紹軍の張雷公は、過日、城内に攻め込んだ際に伏兵によって命を落とした。その二の舞を演じることのないように、高覧は廃墟となっている街区へ兵をいれたのである。
 もっとも、すでに張恰と高幹は城内の奥深くに突入を果たしている。今になって敵が北門を狙ってくるとは考えにくく、念には念をいれてのことであったから、伏兵なしとの報告はある意味で高覧の予想どおりであった。
 そのことは高覧の配下もわきまえており、報告の兵の顔に徒労を感じさせるものは浮かんでいない。ただ、勝利を確信しているためか、兵の口はいつもよりなめらかではあった。
「敵の動きを見るに、向こうは我々が西から攻め寄せると信じ込んでいたようです。高州牧の策は図にあたりましたね」
「そうですね。ただ、これで勝ったと浮かれないように気をつけないと。若さまは油断と怠慢が大嫌いな方ですから」
 内緒話をするようなひそひそ声で、高覧は兵に語りかける。
 兵は将軍の可愛らしい仕草に破顔しかけたが、すぐに高覧がやんわりと釘を刺していることに気がつき、慌てたように一礼した。
「承知いたしました。浮かれて気を抜くことのないよう、皆に注意してまいりますッ」
「はい、お願いします」


 兵がやや足早に立ち去った後、高覧は自身の武器である錘に目を向ける。
 トゲの鉄球がついた先端部分は常の鈍色のまま、いまだ敵兵の血に濡れていない。その事実が現在の味方の優勢を端的にあらわしている――
「なんて考えるのは、やっぱり油断かな」
 高覧は小首を傾げつつ、そんな呟きを発した。
 洛陽宮に攻めかかった張恰の報告では、いまだ抵抗する兵はいるものの、数自体は大したものではなく、ほどなく洛陽宮内部に侵入できるとのことだった。
 高幹の本隊は西門で敵軍の主力部隊を捕捉し、これを包囲しつつある。
 高覧がいる北門にいたっては、はや敵兵の影すら見えない状況であり、戦況は確実に袁紹軍の勝利へと推移しつつある。


 それでも、まだ勝ったと決まったわけではない。
 兵の油断を戒めておいて、将が弛緩していては洒落にもならぬ。高覧は自身に活を入れるべく左手で強めに頬を叩くと、周囲の兵たちに警戒を厳しくするよう改めて命じた。
 さらにこれまでと同様、邙山の後陣に使者を出して現在の戦況を伝えることにした。


 高幹は北壁への攻撃に迫真性を持たせるため、今夜の作戦に関しては張晟に真実を伝えていなかった。これは汚名の返上を望む張晟の苛烈な攻勢が必要だったからであるが、張晟にしてみれば半ば当て馬にされたようなもの、内心面白くはないだろう。
 この上、戦況の推移も報せずに戦の蚊帳の外に置いてしまうと、張晟やその配下の不満が反感に変じてしまう恐れがあった。ゆえに高覧は逐次戦況を知らせることで情報を共有し、張晟らを軽んじていないということを態度で示そうとしているのである。
 油断なく、万事に周到な高覧らしい配慮であった。



 このように、高覧は今の戦況で打つべき手をことごとく打ったといってよい。
 だが、瑕瑾がまったくないわけではなかった。敵の存在を城の内にのみ求め、外の敵への注意を怠ってしまったのだ。袁紹軍の本来の敵は、南陽軍などではなかったのに。
 もっとも、これはある意味で仕方ないことでもあった。袁紹軍は張晟からの情報で、虎牢関の曹操軍が一万に満たない寡兵であることを承知していた。つい先ごろ、曹操軍と南陽軍が激闘を繰り広げたことも把握していた。この状況で曹操軍が出撃してくるはずはないと判断することは、むしろ当然といってよい。おまけに、今の袁紹軍は奇襲の真っ最中。曹操軍がここを突くためには、袁紹軍の動きをかなりの確度で予測していなければならない。それらを考え合わせれば、曹操軍が出てくる可能性は限りなくゼロに近かった。


 それでも高覧は虎牢関の動きを見張るために少数ながら偵騎を出していたが、彼らからも急報は来ていない。曹操軍を警戒する必要性は皆無であるはずだった。
 だが――
「…………ん?」
 高覧は不意に後方を振り返った。いまだ振り続ける激しい雨の音に紛れて、何か聞こえてきた気がしたのだ。
 気のせいかとも思ったが、それは次第にはっきりと、雨音を裂くようにあたりに響きはじめる。馬蹄の音。報告の兵や急使ではありえない。なぜなら、それはどれだけ少なく見積もって五百以上の騎兵が雨中を疾駆する音であったから。


 なぜ、城外から騎兵が? 
 高覧は眉をひそめた。
 張恰も高幹も麾下の兵を率いて城の奥深くへと攻め入っている。もちろん、高覧の隊でもない。考えられるとすれば、城外の張晟が手柄欲しさに陣を離れてやってきたか――否、そんな勝手な行動をとれば、たとえ手柄をたてても高幹が厳罰をもって報いることは火を見るより明らかである。張晟とてそれは承知していようから、あえて高幹の怒りを買うようなまねをするはずはない。
 結論としては、今も耳に轟く馬蹄の音を生んでいる兵馬の一団は、高覧が知る兵ではないということになる。


 その認識が一つの推測を育み、推測は戦慄を誘った。
 高覧は自身の顔から血の気が引いていく音を聞く。
 まさか、とは思う。思うが、しかし将軍である高覧が把握していない騎兵戦力が味方に存在した、などという推測よりは、そちらの方がよほど説得力に富む。
 南陽軍との激突を経て、出撃する余力はないものと思われていたが――
「曹操軍……!」
 高覧の口から出た言葉は、しかしすぐに味方の報告によって否定される。
 現れたのは南陽軍。
 その報告は、なまじ曹操軍が出現するよりも高覧に混乱を強いた。城外から南陽軍が現れる。しかも今まさに袁紹軍が攻め入ってきた北の方角から。
 一体、何故。そんな疑問を抱きつつ、高覧は殺到する敵勢に対する防戦指揮に追われることになる。




◆◆◆




 少し時をさかのぼる。


 洛陽城外。
 泥土を跳ね散らしながら、北の方角へ一直線に駆けていく使者らしき騎兵の姿を、俺はふりしきる雨の向こうに捉えていた。
「攻め入って間もないというのに、どこに向けた使者だ?」
 俺の訝しげな呟きに応じたのは、傍らで馬を立てていた鄧範だった。
「洛陽の北には邙山があり、その向こうはもう黄河だ。この雨で黄河が荒れていることは容易に予測できる。河北への使者とは考えにくいな」
「確かに、黄河で足止めを食らうとわかっていて、城攻めの最中に使者を出す理由はないな。となると、邙山に輜重隊でも置いているのかな」


 さきほど夜の闇と雨の向こうにすかし見た袁紹軍の大攻勢は、明らかに決戦を意図していた。決戦に際して戦力を城外に留め置く理由はないから、おそらく北の部隊は輜重隊か、負傷兵か、いずれにせよ城攻めに用いることができない者たちで構成されていると考えられる。
 もし輜重隊であれば、敵の主力が洛陽に攻め入っている今、防備は手薄であろう。これを叩けば袁紹軍にとって大打撃――と言いたいところなのだが。


「北郷どの、妙な欲を出すなよ。輜重隊と決まったわけではないし、たとえ輜重隊だとしても、これを叩いたところで洛陽さえ落としてしまえば高幹は困らないんだから」
 やや離れた場所にいた鍾会が、鋭い声で注意を促してくる。
 俺はわかっているとうなずいた。
「袁紹軍が洛陽を落とせば、南陽軍の物資を得られますからね」
「そのとおり。ぼくたちの兵は三千に満たない。兵力の分散は下の下策だ」
 鍾会が口にしたとおり、後方に控えさせている兵力は騎兵七百、歩兵二千。あわせて三千に満たない寡兵である。
 単純に可能不可能でいうのなら、虎牢関の兵力を総動員すれば、もう三千ばかり兵を増やすこともできたのだが、それをすると虎牢関が空になってしまう。南陽軍に扮するための軍装がこの数しか揃わなかったこともある。さらに、今回の作戦は最初から最後まで綱渡りなので、重傷者はむろんのこと、先の戦いで軽傷を負った者も留守居役に残すことに決した。それらの結果として、強襲部隊は三千に満たない数になったのである。


 ゆえに、ただでさえ少ない兵力をさらに割くのは下策、という鍾会の言葉は説得力に満ちている。俺もあるやなしやの可能性にすがり、本来の目的をおろそかにするつもりはないのだが、ひとつだけ気になることがないでもなかった。
 総大将である高幹が城攻めに加わらず、後方に控えていたらまずい、ということである。
 高幹が決戦に際して城外に退避するような武将であれば、黄河を渡河して一気に許昌を突く、などという戦略をたてるとは思えないので、この可能性は少ないだろうと思っているのだが。


 そんな俺の考えを後押ししてくれたのが徐晃である。
「雨のせいではっきりとは見えなかったけど、さっき『高』の軍旗が城内に入っていくのが見えたよ。たぶんあれ、高幹の牙門旗じゃないかな」
「おお、それは気づかなかった――というか、よくここから軍旗の文字まで見えるな、公明」
 俺は旗が立っているのがかろうじてわかる程度だというのに。
 もっとも、この疑問は今さらのことではあった。
 俺たちは敵の偵騎の目を避けるため、日が落ち、雨が降り始めてから虎牢関を出たのだが、それでも完璧に敵の目をすり抜けられるわけではない。先行して、夜闇に潜む敵の偵騎を排除してくれたのが徐晃なのである。


 徐晃は小さく肩をすくめた。
「さすがに雨まで降ると厳しいから、断言はできないんだけど」
「それでも十分助かるよ」
 どのみち、ここまで来て作戦を変更するつもりはなかったとはいえ、気がかりを残しておくのと潰しておくのとでは大きな違いだ。
 北の部隊を放っておくと、俺たちが攻め入った後で彼らによって北門を塞がれてしまう可能性があるが、城内に攻め入った後は高幹を討ち取れるか否かに関わらず、俺たちは東門を内側から破って退却する予定だった。つまり、北門をふさがれても何の問題もない。


 これで心おきなく攻めかかれる。
 俺たちはそれ以上口を開くことなく、馬首を返して自陣に取って返した。
 当然といえば当然ながら、洛陽城内の戦況についてはほとんど何もわからない。できるかぎり偵察を出したとはいえ、それが過ぎれば俺たちが動くのではないかと敵に勘付かれてしまうので、あまり派手に動くこともできなかったのだ。
 作戦名をつけるなら、乾坤一擲とか、一六勝負とか、そんな感じになるのは疑いない。初っ端から足を踏み外さないよう注意しなければ、と俺はそんなことを考えていた。



 ――そのせいではない(と思う)が、喊声と共に城内に突入した俺たちは、いきなり苦戦を余儀なくされることになる。




◆◆




 確実に不意を突いた。
 南陽軍の軍装に身を包み、夜の雨を裂いて袁紹軍に攻撃を開始したとき、俺は確かにその感触を得た。
 だが、その感触は瞬く間に潰えてしまう。それほど、袁紹軍の立ち直りは早かった。自分たちが攻め入った方角からの敵襲は予測していなかったとしても、決して油断はしていなかったことの証だろう。敵将の統率力は見事というしかない。
「……感心している場合じゃないんだが」
 俺がそんな呟きを発したのは、ともすれば急いてしまいそうになる自分自身をなだめるためでもあった。


 曹操軍としては敵が混乱している隙をついて強行突入し、一気に敵将の首をはねるというのが理想的であり、そのために徐晃と鄧範が騎兵部隊を率いて敵陣に突撃を敢行している。
 しかし、敵将は直属の部隊を中心に円陣を布いてこれに対抗してきた。不意をついたとはいえ、こちらの騎兵の数は七百あまり。一方、北門付近の袁紹軍は、雨ではっきりとは確認できないが、騎兵部隊の数倍――おそらく三千近くはいるだろう。下手をすると四千に達するかもしれない。
 これだけの数の敵兵が将の指示に従って守りを固めれば、これを騎兵のみで突き崩すのは容易ではない。俺は理想的展開を早々に諦めざるを得なかった。


 むろん、諦めたのは理想的展開だけで、作戦そのものに見切りをつけたわけではない。不意をうって敵将に迫ることができなくなったのならば、力で敵陣を切り裂くまでである。
 この場には七百の騎兵の他に俺が率いる二千の本隊(歩兵)がいる。今まで本隊を動かさなかったのは、ここで歩兵を投入すると、夜間、しかも雨中のことなのでかえって徐晃ら騎兵部隊の動きを妨げてしまう恐れがあったためだ。乱戦になれば同士討ちの危険もあるし、俺が戦況を把握することも今より難しくなる。本隊を投入するのは高幹の所在をしっかりと確認してからにしたかったのだが――この敵を相手にそんな悠長なことは言っていられなかった。


 俺の隣にいる鍾家の神童も俺と同様の判断を下したようで、こちらを見る眼差しには命令を促す意思があらわだった。
「敵の後背に襲い掛かった優位まで失ったわけではない。北郷どの、一寸のためらいが戦機を逃すぞ」
 と思ったら、眼差しだけでなく、はっきり口で促された。
 俺は浮かびかけた苦笑を押し隠すと、鍾会の進言に頷いた。
「公明と士則に伝令。これより本隊を投入する。左右に大きく展開して敵陣を引き伸ばせ」
 命令に応じて伝令が城内に向かう。
 騎兵が左右に分かれれば、それに対応するために敵は自陣の側面の兵力を厚くするだろう。必然的に俺たちの突撃を受け止める中央部分の兵力は薄くなる。


 まあ、いかに洛陽が巨大な都市であるとはいえ、さえぎるもののない平原とはやはり違う。そうそう騎兵が思い通りに展開する空間があるはずもなく、俺の命令を受け取った二人の第一声はなんとなく想像できた。
『……言うはやすし、だな』
『……言うはやすし、だね』
 たぶん、こんな感じだろう。しかし、二人ならきっとなんとかしてくれる――だろう、きっと。


 そんな俺の願いが通じたのかどうか。
 ほどなくして、騎兵部隊は波が引くように左右に分かれ、歩兵部隊が突撃する道ができた。はっきりとは確認できないものの、こちらの騎兵の動きにつられたように、敵兵の一部が左右に展開する気配もある。
「全軍、突撃ッ!」
 放っておけば、すぐに敵将が自陣のほころびを繕ってしまうだろう。
 そう考えた俺は、半ば反射的に全軍に突撃を指示していた。二千の歩兵が一斉に動き出す。


 七百弱の騎兵に二千の歩兵が加われば、数の上では袁紹軍とほぼ同等になる。むろん、これは北門付近に限った話であり、こちらの奇襲が知られれば、すぐに敵の援軍がやってくるだろう。
 その援軍が来る前に、迅速に敵を討たねばならない。
 俺は胸中に芽生えかけた焦りを押し殺し、そう考える。
 この先に高幹がいればいいが、万に満たない敵兵力を見るかぎり、その可能性は低い。ここで敵に粘られては、敵軍襲来の報告が俺たちより早く高幹の下に達してしまう。そうなれば高幹を討ち取る機会は未然に摘み取られてしまうに違いない。


「こじあけろッ!」
 敵の陣に達した俺は、味方の兵を煽りつつ馬を前に進める。ただし突出はせず、いつでも周囲の歩兵と連携できる距離を保ちながら。
 そんな俺を見て指揮官であると悟ったのだろう、敵兵の集団が向かってくる。大半は味方の兵に遮られたが、それでも数名の兵が俺のもとまでたどり着いた。
 その敵兵に向かい、俺は大喝を浴びせる。


「我こそは南陽軍にその人ありとうたわれし李由、字は温祖なり! 雑兵ども、死にたくなくば道を開けィッ!!」
 

 ……こういうときは、偽名の方がかえって啖呵を切りやすいな、などと役に立つんだか立たないんだか良くわからないことを学びつつ、俺は槍を手に敵兵に躍りかかっていった。
 


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