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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/12 20:08

 洛陽郊外 袁紹軍本陣


 五万の袁紹軍がひしめく陣の最奥。
 総大将である高幹の眼前には蒼白になって罪を謝す張晟の姿があった。その顔の左半分が白布で覆われているのは、司馬懿によって断ち切られた目の治療の痕である。この負傷にくわえ、司馬懿に利用されて敗北の一因となってしまった自責が、張晟の顔色を死者のそれに等しくしていた。


「――なるほど。要するに年端もいかぬ娘にいいようにあしらわれた、と。そういうことか」
 張晟の報告を聞き終えた高幹の第一声は、これ以上ないほど的確に先夜の戦いをあらわしていた。
「は、それは……」
 全身をわななかせる張晟を見て、高幹はゆっくりとかぶりを振る。
「ああ、誤解をするな。別にお前のことを言っているわけではない。野戦の将が本分であるお前を洛陽に送り込んだのは元才の誤りだ。そして、敵に策ありと判断して攻撃を控え、雷公と兵の死を無駄にした責任も元才にある」


 高幹はそう言ってから、目を細めて足元に平伏する張晟を見下ろす。
「ゆえにここでお前の罪を問うつもりはない。が、それはそれとしてわからないことがある。どうしてお前とお前の部下が生きて戻れたのだろうな。司馬仲達は何か言っていたのか」
「……裏切りの罪をもって一太刀浴びせたものの、今日までの功績に免じて命だけはとらずにおく、と」
「――素直に受け取れば討捕としての功績。穿った見方をすれば、こちらをつりだすエサとなってくれた功績。いずれにしてもお前にとっては業腹なことだろう。仲達に思い知らせてやりたかろうな、白騎。とはいえ、その負傷では戦働きも難しいか……」
 呟くような高幹の言葉をとらえ、張晟は勢いよく顔をあげた。布に隠れていない半面が、必死の形相でゆがんでいる。
「閣下! この程度の傷、物の数ではございませぬ。かなうならば、軍の先頭に立つ許可をいただきたくッ」
 必ず北壁を乗り越える。懸命にそう訴える張晟の顔を高幹はじっと見据えていたが、ほどなくして一度だけ頷いてみせた。
「よかろう。ならば今いちど先陣に立ち、并州軍の力を知らしめよ。雷公の部隊もお前に預ける。今度は謀略ではなく、用兵の才をもって、北壁を落とすのだ」
「は、ありがたき幸せ! 必ず閣下に勝利を献じてごらんにいれますッ」





 張晟が立ち去った後、高幹は高覧と張恰を呼び、張晟に先頭部隊を任せる旨を告げた。
 それをきいた高覧は心配そうに眉をひそめる。
「若さま、その、大丈夫でしょうか? 白騎さん、汚名を返上するために無理しちゃうんじゃ……」
「その危険はあるが、今の状態で後方へ行けといっても素直にうなずかないだろう。覧は二陣で援護してやれ」
「はい、かしこまりました。でもその司馬懿という子、どうして白騎さんを逃がしたんでしょうね。黒山の将だと知っていたのに」
「さてな。元才が怒りに任せて白騎を斬ればそれでよし、斬らずとも敵の陣営に疑心をまくことができるとでも考えたか」
 高幹の言葉に、高覧はふむふむとうなずいている。
 しかし、高幹はそれ以上、司馬懿の考えを深読みしようとはしなかった。それよりも気になることがあったのだ。


「司馬懿は元才たちの攻撃を予測していた。だが、白騎らによれば、先夜の防戦で司馬懿以外の部隊が動いた様子がないという。李儒とやらは将として褒められた器ではなさそうだが、元才の軍が出てくる可能性を聞かされたとき、それをまるきり無視するほど無能とは思えない」
「斥候のひとりふたり出すくらい、大した手間ではありませんしね」
 高覧が首を傾げる。
 と、それまで黙していた張恰が静かに口を開いた。
「斥候は出さず。部隊も動かさず――敵将は我らの動きをまったく掴んでいなかったのでは」
「え、でも司馬懿さんは予測して…………あ、そうか。司馬懿さんが、李儒さんに報せていなかった?」
 配下の言葉に、高幹は同意を示す。
「そうとしか考えられない。城門を守る者が敵襲の可能性を報せないとなれば、考えられるのは裏切りだが、司馬懿は智謀の限りをつくして白騎を欺き、元才を退けた。降伏も投降もするつもりはないと見ていい。その一方で逃亡もしなかったということは、司馬懿にとって守るに値するものが洛陽にはあるのだろう」


 そこで思い出されるのが、張晟が司馬懿から聞いたという言葉である。
 『私は陛下をお守りいたします』
 張晟たちに剣を向けられたとき、司馬懿はそう口にしたという。それらを考え合わせれば、司馬懿が何を考えて動いているのか、ある程度は見通すことができる。


「元才の攻撃を奇貨として、弘農王を李儒から引き離すつもりだと見える。李儒に報告しなかったのは、それをすれば李儒が弘農王を抱えて逃げかねぬと考えたからか」
「あー、なるほど。わたしたちがここまで来ちゃえば、もう逃げることもできませんしね。でも、それはそれで弘農王さまが戦いに巻き込まれてしまうかも……これもけっこう危険ですよね」
「そうかもしれない。が、李儒と共に歩むかぎりはいつか必ず用済みとなって殺されよう。楚の義帝のようにな」
 いつの時点でかはわからないが、司馬懿は感じたに違いない。このままでは遠からず李儒が凶行に及ぶ、と。
 そこに袁紹軍という強力な敵があらわれた。これを利用して君側の奸を排除しようと企んでいるという予想は大きくはずれてはいないだろう。高幹はそう考えた。


 張恰がぽつりと呟く。
「……弘農王にも忠臣はいるのですね」
 高覧は困った顔で高幹に問いかけた。
「むむ、若さま、どうなさるんですか?」
 これに対し、高幹はこともなげに応じる。
「別にどうもしない。こちらはこちらで予定どおり洛陽を落とすだけだ」
「あ、あれ?」
「密使でも来て弘農王の保護を依頼されたのならともかく、何もないのだからな。司馬懿にとって李儒も元才も同じ盤面の駒に過ぎないのだろう。であれば、こちらが相手をおもんぱかってやる必要もない」


 実のところ、高幹は洛陽攻めを決めた時から弘農王は殺すつもりだった。もちろん公に処刑するのではなく、落城の混乱にまぎれるという形をとって、だが。李儒あたりが弘農王を道連れにするという筋書きは不自然ではあるまい。
 弘農王に怨みがあるわけではない。だが、弘農王を生かしておけば、有象無象の野心家どもを引き寄せ、いつかまた乱を引き起こすだろう。袁家の天下にとって、弘農王は有害無益であった。
 その意味で司馬懿が袁家を恃もうとしなかったのは正解だったといえる。よもやそこまで洞察した上で判断したわけではないだろうが――


 と、ここで高幹はかぶりを振り、意識を目の前の戦況に据えなおした。
 すべては洛陽を落としてからのこと。捕ってもいない獲物のさばき方を考えてもしかたない。
「よし、覧は命じたとおり白騎の援護だ。儁乂は元才と共に来い」
 いかなる理由があれ、負けるのは一度で十分。次は勝つとの断固たる決意と共に、高幹は部隊を動かしはじめた。




◆◆◆




 袁紹軍が洛陽を強襲した次の日、李儒が真っ先に行ったのは北部尉の司馬懿を昇進させ、宮廷に席を与えることであった。
 表向きは袁紹軍撃退の功を称えてのことだが、その実、北部尉の権限と部下を取り上げ、司馬懿の行動を封じたのである。この時、李儒は司馬懿が独断で民兵を集めたこと、司馬家預かりの身となっている馬岱を戦闘に参加させたことをあえて問題にしなかった。事が終わった後、これを追及して司馬家処断の理由とするためであることは言うまでもない。


 こうして南陽軍を北壁に配置し、袁紹軍に備えることにした李儒であったが、自身が城壁に立って指揮することはできなかった。李儒が防戦につとめている間、宮廷で何が起こるかわかったものではない、と考えたからである。
 誰かかわりの将を北壁に置く必要があるのだが、荀正が討たれ、南陽軍には一軍を任せられる人材が不足していた。李儒はその人選に頭を悩ましながらひとりごちる。
「こんなことなら、反抗的であったとはいえ、蒋欽めも従軍させるのであったな」
 宛に残してきた少女のことを思い出して舌打ちした李儒は、李休という名に目をとめ、この人物を将とすることに決定した。南陽郡の出身で智略に秀でた武将である。


 虎牢関の戦いで荀正を失い、五千近い死傷者を出したとはいえ、それでもまだ南陽軍は二万五千を数える。李儒はそのうち一万を選んで李休につけた。五万の袁紹軍を防ぐには不足と思える数だったが、李休は「司馬懿のような少女が寡兵で防げる相手であればそれで十分」と豪語して高幹と相対する。
 実際、夜が明けてから始まった袁紹軍の猛攻を李休はよく防ぎ、ただの一兵も敵を城壁に上らせなかった。報告を受けた李儒は思わず手を叩いて喜びそうになったが、それでは威厳が保てないと考え、なんとか鷹揚にうなずくだけにとどめた。同時に、内心で袁紹軍の名におびえていた自分をあざ笑う余裕をも取り戻す。


 結局、その日の戦況は攻め寄せる袁紹軍と、これを退ける南陽軍という形を崩さぬままに日没を向かえ、それは次の日も同様であった。
 このまま城壁に拠って袁紹軍を撃退すれば、虎牢関の敗北で失われたものを取り返すには十分すぎる武勲となる。
 戦況報告に来た李休に対し、李儒は褒詞を与え、戦後の昇進と恩賞を確約した。
 李休はこれに対して感謝の意をあらわしたものの、その顔には一抹の不安が漂っている。食言を疑われたか、と李儒が内心でむっとしていると、李休はそれには気付かず、やや迷った様子で、ある危惧を口にした。
 袁紹軍の手ごたえが軽すぎる、と。


 なるほど、袁紹軍の攻撃はたしかに激しいが、一度の攻撃で投入される兵力には限りがあり、だからこそ李休はこれをしのぐことができた。ならば兵力を分け、南陽軍を奔命に疲れさせるべく間断なく攻め寄せてくるかと思えば、そうでもない。
 なにより訝しいのは、高幹はもちろんのこと、左右に控える高覧、張恰の姿さえ陣頭で見かけないことである。
 そのことに気がついた李休は、今日の戦いにおいて敵の本陣をたえず気にかけていたのだが――
「ときおり戦況報告とおぼしき騎馬が駆け込む以外はいたって静かなものでして。あるいは夜襲でも目論んでいるのかと警戒してはいるのですが、夜になっても動く気配すらなく、少々気になっているのです」
 李休はそう言うと、足早に李儒の前から引きさがった。真実、高幹の動きが気になっているのだろう。


 残った李儒はひとり考えに沈む。
 すべては李休の取り越し苦労であり、高幹は洛陽の想像以上の堅固さに攻めあぐねているだけ、と考えたいところだったが、李休の言葉は奇妙に李儒の警戒心を刺激した。
「一見、激しく攻め寄せ、その実、主力は動かさない。こちらの疲労を待っているのか……だが、疲労というなら短時日のうちに并州からここまできた奴らの方がひどかろう。そうか、主力部隊の疲れを癒しているのかもしれぬ。となると、こちらから出撃して敵を撃ち破るのも一つの手か」
 李儒は独り言を呟きながら窓辺に歩み寄る。 
 日はすでに落ち、空には欠けはじめた月がおぼろ雲の彼方でぼんやりと光っている。李儒が月を眺めていると、不意に光が遮られた。風に流されてきた厚い雲が月をさえぎったのだ。しばし後、雲は風に流されて月がふたたび姿を見せる。この雲の多さを見るに、雨が近いのかもしれない。河南の雨季はまだ終わっていなかった。


 と、そこまで考えたとき、李儒は自身の思考に引っかかるものを覚えた。その目が底光りし始める。
「……雲は月を隠してその光を遮り、雨は兵を隠してその足音を遠ざける。敵の備え無きを攻め、不意をつくが兵の道であるのなら――北壁の攻撃は陽動か」
 李儒は考えを進める。
 北の攻撃が陽動であるとすれば、本命は当然別の方角となる。
 こちらの不意をつかなければならないのだから、わざわざ南に回りこむとは思えない。遠くまで移動すれば、その分発見される危険が高くなるからだ。
 となると、あとは東か西か。ただ、東から攻めるとなると、虎牢関の曹操軍に背を晒す形となる。虎牢関の軍は一万に満たず、出撃してくるとは思えないが、それでもあえて危険を冒す必要もない。


「となると、西か」
 西にも函谷関があるが、そちらは多数の兵がこもっているわけではない。袁紹軍にしてみれば、たとえ攻撃をうけても痛痒は感じまい。
「誰ぞある!」
 李儒は人を呼ぶと、西方への偵察を命じた。
 すでに夜だが、逆にその方がこちらの動きに気付かれにくい。さらにいえば、袁紹軍が動いていた場合、夜の方が痕跡を発見しやすかろうと李儒は考えた。


 数刻後、西の山間に不審な灯火ありとの報告を受けた李儒は、口元に三日月に似た笑みを浮かべ、北壁の李休を呼ぶように命じるのだった。




◆◆◆




 冀州勃海郡 南皮郊外


 中華の民が成人の証として字(あざな)をつける場合、字はその人物の『名』に関わるものであることが多い。だが、麹義の字である胡蜂と、名である『義』はこの例にあてはまらない。それもそのはずで、胡蜂とはスズメバチの意であり、元々は凶猛な麹義の戦いぶりから付けられた異称だったのである。
 また、胡とは羌族ら騎馬遊牧民族を指す言葉であり、その意味で胡蜂という異称は涼州生まれの麹義や配下の涼州兵を、胡賊のごとき者、と嘲るものでもあった。


 そんな異称を進んで自らの字とした麹義の内心は誰にもわからない。
 涼州兵の中には羌族の血が流れる者が少なくない。彼らに対して配慮したのかもしれないし、単純に胡蜂という名称が気に入っただけかもしれない。あるいはその両方かもしれないが、ともあれ、麹義が内心を他者に語ることはなく、戦場においては麹胡蜂の名乗りを挙げて多くの武勲を積み重ね、ついには袁家の将軍に任じられるまでになったのである。


 麹義が将軍に任じられたのは今回の大戦に先立ってのこと。これは并州の張恰や、あるいは北海に派遣された朱霊と路招も同様であった。この中で麹義と張恰、路招は偏将軍に任じられ、北海方面の司令官となった朱霊だけはもう一段階上の破虜将軍の位を授けられている。
 ただし、実力という面でいえば麹義はこの四人の中でも郡を抜いていた。個々の武勇は張恰も麹義に迫るのだが、張恰には麹義に従う涼州兵のような固有の武力がないのである。
 麹義率いる涼州兵は八百名。彼らは涼州時代から麹義に付き従う精兵であり、南匈奴の軍勢を撃破したことも一再ではない。
 麹義は袁家の武将であると同時に、八百の私兵を抱える軍団長でもあり、その兵は匈奴兵すら蹴散らす猛者揃いというわけである。


 にも関わらず、現実に麹義に与えられたのは朱霊よりも劣り、張恰、路招と同等の位である。また朱霊が方面軍司令官に抜擢されたのに比べ、麹義は張恰らと同様に北方方面における一武将に過ぎない。
 これは袁家の高官の中に麹義の武力を危険視する者、また他州からの流れ者ということで麹義の存在を疎んじている者がいるためであった。このために麹義の地位は実績に比して低くおさえられる結果となったのである。


 麹義の部下の中には、これに憤る者も少なくなかった。この手のことは初めてではなく、それがまた彼らの怒りを倍加させる。
 だが、当の麹義はあんまり気にしていなかった。元々、地位や身分に恋々とする為人ではない。小人どもの嫉妬はわずらわしいが、袁紹には部下ごと拾ってもらった恩義がある。なにより袁家の命運と河北の覇権、この二つを賭して白馬将軍と真っ向から戦う機会など万金を投じても得られるものではない。麹義にとっては、こちらの機会を与えられたことの方が、将軍位などよりよほどありがたい恩賞であった。


 そんなわけで上機嫌の麹義は、張り切って部下たちに指示を下し、刻一刻と迫る公孫賛との決戦に備えて陣容を整えていく。
 ところが、この様子を遠目に見て顔色をかえた者がいた。
 けたたましい馬蹄と共に麹義の陣にあらわれた壮年の武将の姿を見たとき、好意的な表情をする者はいなかった。涼州兵の中にはひそかに天をあおいだ者もいる。おそらく、この後の展開がなんとなく読めたのであろう。


 一方、その男性は兵になど目もくれず、将たる麹義の下に足音荒く歩み寄る。
 そして、胸まで届く黒髭を震わせて叱声を放った。
「胡蜂、どういうことか、これは?!」
 姓は淳于(じゅんう)、名は瓊(けい)、字は仲簡。かつて、袁紹と共に漢帝直属の親衛隊指揮官に擬されたこともある名門出身の武将である。当然のように軍内部における地位は麹義よりも高かった。
 もっとも、この戦いにかぎっていえば、淳于瓊の権限は麹義と大きく異ならない。麹義の上官である北方方面の司令官は淳于瓊とは別におり、麹義から見れば淳于瓊は同格の将軍に過ぎない。


 むろんというべきか、淳于瓊の考えは麹義とは異なる。彼にとって麹義は部下に等しく、しかもいない方がいい類の部下であった。自然、麹義への態度は傲然なものになる。
 麹義はさも今気付いたように黒髪を揺らして振り返ると、居丈高に自分を睨みつける淳于瓊に応じた。
「これはこれは淳于将軍。そのように声を荒げて、どうなさったのですか」
「どうした、だと?! 貴様はわしが怒っている理由が分からんとでもいうつもりか」
「はい、それはもうさっぱりと」
 淡々とした麹義の返答に、淳于瓊は黒髭を震わせた。
「ならば、わかるように言ってやろう! 貴様、これから我が軍が戦う相手が誰だか知っておるか?!」
 淳于瓊の怒声を受け、麹義はくすりと笑う。
「公孫伯珪でしょう」
「そうだ! 我らが宿敵、白馬将軍公孫賛だ! 貴様は先年、騎兵をもって匈奴を撃破し、その功績で将軍位を授かってこの戦場に来た。そして栄誉ある先陣を命じられた。これに違いあるまい?!」
「ええ。そのとおりです」
「ならば!」
 淳于瓊は目を怒らせて咆哮する。
「何故、貴様は部隊を歩兵にしているのだ?! 馬からおりた涼州兵なぞ何の役に立つ! おまけになんだ、あの無用に大きな盾は。あんなものを兵に持たせたら槍も矛も振れぬではないか。敵はあの白馬義従なのだぞ、ふざけとらんでさっさと盾を捨て、馬に乗るよう兵どもに命令せよッ!」


 淳于瓊のいうとおり、騎兵の扱いに長じていることを買われて公孫賛との戦いに登用された麹義は、公孫賛軍を前にして部隊の兵を馬から下ろし、歩兵戦の準備を始めていた。
 それを本陣から眺めやった淳于瓊は、こうして慌てて叱責しにきたのである。淳于瓊にしてみれば、麹義が公孫賛に蹴散らされても別に胸は痛まないが、それが袁紹軍全体の敗北に繋がるようなら話は別であった。


 だが、麹義は一向に淳于瓊の言葉に反応しようとしない。その部下たちも、淳于瓊の怒声が聞こえていないはずはないだろうに、動きを止める様子がない。
 完膚なきまでに無視された形の淳于瓊は、顔中を怒気で染め上げて麹義に詰め寄り、さらに声を高めた。
「胡蜂! 命令に逆ら――ぐぉ?!」
 不意に。
 麹義の右の脚が目にも留まらぬ速さで動き、迫ってきた淳于瓊の足を払った。
 まったく予想だにしなかった麹義の行動に、淳于瓊はひとたまりもなくバランスを崩し、しりもちをついたような格好でその場に倒れこんでしまう。


 周囲の兵が発する失笑で、淳于瓊はようやく自分の身に何が起きたかを悟ったようであった。その表情は驚愕と羞恥、そして憤懣に見事に三等分されており、麹義を睨みあげて立ち上がろうとする。
 が、麹義は淳于瓊が上半身を起こしたところで胸甲を蹴りつけ、たまらず仰向けに転がった淳于瓊をそのまま足で押さえつけてしまう。甲冑を踏みつけにされて地面に縫いとめられる淳于瓊の姿は、あたかも標本にされた虫のようであった。


「お、お、おのれ、貴様、何をするか?!」
「転ばせ、甲を踏みつけている。それ以外に何をしたように見えます?」
 淡々とした麹義の答えを聞き、淳于瓊は何度目のことか、怒声を張りあげる。麹義の足元から脱出しようと足掻いてもいるのだが、麹義は巧妙に力点をずらして淳于瓊の動きを封じ込めていた。結果、淳于瓊は唯一自由な口で反撃せざるを得ない。
「ふざけるな!」
 応じる麹義は、怒りのかけらも感じさせない穏やかな声で告げた。
「ふざけてなど。淳于仲簡、先鋒を任されたのは私です。その指揮を妨げた挙句、軍法に適わない命令を強いて兵を混乱させるは敵を利する行為に他ならず。斬らなかっただけありがたいと思いなさい」
「なにを、涼州の胡賊ごときが! 将に任じられて増長しおったなッ! ただちに監軍にご報告申し上げ、貴様の指揮権をとりあげ、獄に放り込んでくれる。さっさとこの足をどけよ。地位だけでなく、命まで失うことになるぞ!」


 それを聞き、麹義は歌うように唇を動かした。
「警告を無視し、なおも妄言を吐いて私の指揮を妨げる。その罪、その咎、明々白々。その鼻をそぎ落とせば、少しは大人しくなるかしら」
 言うや、どこか愉しげに腰の剣を抜き放った麹義は、なおも何事か怒鳴ろうとする淳于瓊の鼻面に剣先を突きつける。
 これには、さすがに淳于瓊の罵倒の奔流も遮られた。まさかと思いつつも、血の気の引いた顔で麹義を見上げた淳于瓊は、自分を見下ろす麹義の濡れたような眼差しを見て、ごくりと唾を飲み込む。それは麹義が戦場で敵を斬る目となんら変わらないものだった。
「……本気――いや、正気か、貴様ッ?!」
「この上なく」
 鳥の羽よりも軽い調子で応じると、麹義は一片の躊躇もためらいも示さずに剣を動かそうとして――



「何をしている」



 その、氷の鞭が言語化したような一言で動きを止めた。止められた。
 麹義が声のした方向を見やると、一人の男性がゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。
 年の頃は四十に達したあたりか、あるいはもうすこし下かもしれない。武器を帯びず、甲冑はおろか戦袍すら身につけていない姿は明らかに文官のモノであったが、彫り深く精悍な顔立ちはむしろ歴戦の将帥のそれであった。
 麹義の命令以外は、たとえ相手が袁紹であっても容易には従わない兵たちも、この人物の前を遮ることはかなわず、粛然と彼の前に道を開ける。威風あたりを払うその様は、人臣として持ちえる気格の限界を極めているように思われた。


 この男性、姓名を沮授といい、袁紹軍の監軍を務めている。監軍とは袁紹になりかわって袁家の軍すべてに命令を発する権限を持つ役職のこと。袁紹が河北四州に勢力を広げた際、戦略、戦術を総攬して一切の遺漏なく務め上げたのは沮授であり、その功績と権限は他の臣下の追随を許すものではなかった。
「これより戦いが始まるというときに、味方同士で諍いを起こす。その罪がわからぬは童子と愚者のみよ。胡蜂、仲簡。そなたらはそのいずれでもないと私は考えていたのだが、これは買いかぶりであったのか」
 沮授の冷厳な視線が、淳于瓊を踏みつけたままの麹義へと向けられる。淳于瓊の怒鳴り声よりも、沮授の一瞥の方が麹義に与える圧力は大きかった。
「沮監軍の人物眼が曇っているなど、決して決してありえぬことと存じます」
 麹義はそういってくすりと微笑むと、淳于瓊から足をどけた。


 麹義が袁家の中で曲がりなりにも敬意を払うのは袁紹、田豊、沮授の三名のみ。
 ただ、袁紹には恩義こそあるものの、智謀や将としての能力は認めていない。
 田豊の智謀には敬服しつつも、兵を率いる将帥としては力不足と考えている。
 その点、沮授の能力は麹義をして賛嘆せずにはいられない。田豊に優り劣りなき智謀を持ちながら、戦場において将兵を統御する手腕も併せ持っているのである。戦場で相対するかぎり誰にも負けるつもりのない麹義であるが、沮授にだけはどうしても勝てる気がしなかった。


「何ゆえ僚将に刃を向けたのか」
「淳于将軍が我が指揮を妨げたゆえに」
 それを聞き、沮授はわずかに目を細めるが、麹義はすずしい顔でその威圧を受け流した。他者の目にどう映ろうとも、麹義は自身の行いを間違っているとは思っていない。受け答えに偽りを混ぜてもいない。ゆえに、沮授の眼光に怯む理由もない。
 沮授は麹義の態度からその内心を察した。それだけで麹義を信じる沮授ではないが、眼前に迫った戦いのことを考えれば、ここで二人から細かく事情を聞き出し、裁いている暇はない。
「――この場は私が預かろう。戦が終わった後、南皮に戻って審問を行う。胡蜂はすみやかに兵の指揮に戻るがいい」
「御意。白の奔流、朱に染めてご覧にいれましょう」
 そう言うと、麹義は軽やかに身を翻し、兵たちの下へ歩み寄っていく。淳于瓊からすれば、信じられないほどに従順な態度であった。




 無言でその背を見送る沮授の耳に、ようやく我に返った淳于瓊がくってかかる。
「監軍! あの胡賊めをただちに――」
「仲簡。そなたも後陣へ戻るがいい。話を聞くのは南皮に戻ってからだ。今は眼前の敵に注力せよ」
 沮授の命令に対し、淳于瓊は頷こうとはしなかった。さらに口の動きを加速させる。淳于瓊には、軍の地位はともかく、家格は自分の方が沮授より上だという意識がある。
「監軍、白馬義従を相手に、このようなふざけた陣が通用するはずがありませぬぞ。ただちに手を打たねば手遅れに」


「――仲簡」
 先の呼びかけよりもわずかに低い声。だが、そこに込められた威は、吹きすさぶ朔風にも似て、瞬く間に淳于瓊の口を凍らせてしまう。
「袁家の将の中に、同じ命令を二度言わねば理解できぬ愚者がいるなどと私に思わせてくれるなよ」
 沮授の勁烈な眼光に淳于瓊は震え上がり、慌てて頭を垂れた。これ以上不満を吐き続ければ、南皮ではなく鄴に送還されかねぬ、と判断したのである。それは将軍としての地位を剥奪されるにとどまらず、命令不服従の罪人として裁きを待つ身となることを意味していた。




 この出来事より半刻後。
 袁紹軍と公孫賛軍の戦いが始まった。 




◆◆




 この戦いにおいて公孫賛が動員した兵力はおよそ五万。そのうち、三割近くが騎兵であった。むやみに兵数のみを増やして軍の動きを鈍くするよりは、機動力を重視して袁紹領を縦横無尽に駆け回り、袁家の心胆を寒からしめるべき、と公孫賛は考えたのである。
 対する袁紹軍はほぼ同数。ただし、こちらは歩兵が主力であり、機動力の点では公孫賛軍に遠く及ばないであろう。この機動力の優位こそ、国力に劣る公孫賛が今日まで袁家に対抗しえた理由だった。


 今日も今日とて袁紹軍を奔命に疲れさせ、ばてたところを痛撃してやろう。そう考えて敵陣を遠望した公孫賛は、そこに奇妙な光景を見つける。
 袁紹軍の先鋒とおぼしき部隊がこちらに向かいつつあるのだが、その数が異様に少ないのだ。おそらく千にも届かないだろう。あれでは騎兵で蹴散らしてくれというようなものではないだろうか。さらにもう一つ気になることがあった。
「厳綱(げんこう)、どう見る、あれを」
「『麹』の軍旗……敵将は麹義のようですな」
「それはわかってる。馬上で私たちと互角にやれる数少ない将の一人だから、先鋒が麹義なのは不思議じゃない。だが、なんで歩兵を率いているんだ。おかしいだろう?」
 公孫賛の疑問に、厳綱は困惑した表情を浮かべた。
「数も少なすぎますしな。我らを油断させて、罠でも仕掛ける気でしょうか」
「このだだっぴろい平原で伏兵も何もないだろう。深追いすればその限りではないが、あの数じゃあ追いうちするまでもなく、一戦で全滅するぞ」
「そうですなあ……聞けば、麹義は涼州の産で、名門ぞろいの袁紹軍の上層部には煙たがられているとか。あるいは我らの手を借りて邪魔者を始末しようとする企みではありますまいか」


 厳綱の考えを聞いて公孫賛は腕を組む。
 騎兵の将がごくわずかな歩兵だけを率いて先鋒をつとめる。死んで来い、と命じられたようなものだ。であれば、厳綱の予想は的を射ているかもしれない。だが、ここまで露骨なマネをすれば他の将兵にも影響が及ぶ。
 考えあぐねた公孫賛は、頭をかいて嘆息した。
(こういうとき、頭の切れるヤツが一人いてくれると助かるんだがなあ)
 そんなことを考えるが、ここまで来てないものねだりをしていても仕方ない、とすぐに頭を切り替える。


「よし、越(公孫越 公孫賛の従妹)に合図を出してくれ。攻撃を開始する」
「は、かしこまりました」
 厳綱が頷いて兵に指示を出すと、本陣に巨大な赤地の旗が立つ。それを確認したのだろう、公孫越率いる三千騎の先鋒部隊が音を立てて動き始めた。



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