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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/08 19:19

 虎牢関 軍議の間


 洛陽、袁紹軍の攻撃を受けるもいまだ陥落せず。
 軍議の間に集まった曹操軍の諸将はその第二報を聞いた時、程度の差こそあれ驚きをあらわにした。
「――初撃はしのいだか。高幹が奇襲の利をいかせない無能とは思えないから、洛陽勢がよく守った、というところかな」
 鍾会の見解を受け、棗祗が疑問を口にする。
「報告を聞けば、城門は一度は開かれたという。奇襲を受け、城門を開かれ、その上で敵を城外に押し返すなぞ尋常な業ではないぞ。まして相手は河北の精鋭。今の洛陽にそのような用兵の妙を示せる者がいるとは思えないのだが」
「棗将軍の疑問はもっともだと思います。ぼくなりの推測をいえば、城門を開いたのは洛陽勢の策略でしょう」
 鍾会は棗祗に対して丁寧な口調で応じる。
 俺に対しては何かと刺々しい神童どのだが、基本的に他者に対しては身分や上下に関わらず物腰は丁寧なのである。


 もっとも丁寧=親切ではない。この場には司馬孚と徐晃、鄧範もいるのだが、司馬孚は戦陣に立たない身を憚って発言を慎んでおり、徐晃と鄧範は自身の立場を考えてこれまた口を噤んでいる。
 というのも、鍾会が結構そこらへんにうるさいのだ。司馬家の家長である司馬孚はともかく、賊あがりの徐晃と、先日まで一兵卒だった鄧範がこの軍議に参加することにも良い顔をしなかった。
 そんなわけで、軍議は基本的に虎牢関の主将(俺)と副将(棗祗)、そして許昌からの援軍の将(鍾会)の三人で進められていた。





「袁紹軍の奇襲を予測していた、か」
 そのことは棗祗も考えていたのだろう。しかし、その場合、もう一つ別の疑問が生じる。棗祗はそれを口にした。
「それにしては袁紹軍の被害が少なすぎるのではないか。城門が開いたのが策略であったとすれば、誘いこまれた部隊は全滅していてもおかしくない。しかるに、その大半は逃れ出たという」
「確かに、敵の奇襲を予測していたのなら、袁紹軍の主力を城内に引きずり込み、全軍をもって殲滅するという手段もあったはずです。ですが、洛陽勢はそれをしなかった。あるいは、奇襲を予測した者と、軍の実権を握る者が別人であり、後者が前者を信じなかったのかもしれません」


 突如あらわれた袁紹軍に対し、洛陽側は鮮やかな対応を見せたようにみえるが、戦果がこれに伴っていない。鍾会の推測は、このちぐはぐな印象を拭うに足るものだった。棗祗も得心したように頷いている。
 もっともその場合、袁紹軍の奇襲を予測した何者かは、他の部隊の援護を得られぬままにほとんど孤軍で袁紹軍を撃退したということになる。その存在は曹操軍にとっても座視しえないものだった。
 一瞬、俺の脳裏に司馬家の姉妹の姿が浮かんだが、まさか李儒が彼女らに兵権を与えるとも思えず、俺はかぶりを振って二人の幻影を追い払う。集まっている情報だけでは真偽のほどを明らかにすることはできない。推測に推測を重ねるよりも、今は他にやるべきことがあった。


 袁紹軍の出現で洛陽を巡る戦況には大きな変化が生じた。この新しい要素は、これまでの盤面そのものを砕いてしまうほどの重さを持っている。
 袁紹軍の指揮官が并州牧の高幹であることはほぼ間違いない。麾下の武将については明らかになっていないが、州牧みずから率いる軍、しかも黄河を渡って許昌を攻めようという軍に弱将、弱卒がいるはずもなく、まず間違いなく将も兵も并州の精鋭であろう。
 その精鋭部隊を洛陽勢が押し返したというのは驚くべきことである。しかし――
「経過はどうあれ、最終的には袁紹軍が勝つでしょう」
 俺の言葉に、鍾会と棗祗が同時にうなずいた。
「それは間違いない」
「確かに、今の洛陽では袁紹軍の攻撃に耐えきることはできまい。味方同士の連携がとれていないのならば尚更にな」


 二人の返答を受け、俺はさらに言葉を重ねる。
「そして、袁紹軍がこちらに攻めてきた場合にも同じことが言えます」
「……主将たる身がいうことではないだろう、それは」
「主将だからこそ、現実をきちんと見据えないといけないでしょう、士季どの。今の虎牢関では、五万の袁紹軍の攻撃には耐えられません」
 鍾会が渋い表情で渋々とうなずく。袁紹軍の参戦は鍾会の予測にもなかったと思われる。渋いを連続使用したことからもわかるように、俺の言葉にうなずく顔は実に悔しげであった。
 棗祗も嘆息してうなずいた。
「我らは南陽軍を退けたばかり。将兵には疲労が残り、虎牢関の守りは綻びている。五万の袁紹軍に寄せられれば厳しいだろう」


 そして、当然ながら虎牢関に立てこもっても勝ち目のない相手に、城外で野戦を挑んで勝てるはずもない。つまり、現段階で曹操軍が選び得るのは静観一択ということになる。
 俺がそう言うと、鍾会は軍議の卓を指でトントンと叩きつつ口を開いた。
「洛陽勢の奮戦に期待し、その間に防備をととのえる、か。それはかぎりなく望みが薄い、とご自身で口にしていたように思ったのだけれど」
 周りに人がいるときは、鍾会が俺に向ける言葉もやや丁寧になる。顔は相変わらずの渋面だったが。
「二度目の報告を聞いて考えを変えました。思ったよりも期待できそうです」
 俺はそう鍾会に応じたものの、鍾会が気に入らないと言いたげな顔をしている理由も理解できた。
 今しがた俺自身が口にしたように、洛陽を巡る攻防では最終的に袁紹軍が勝つだろう。静観を決め込むということは、それに対して何一つ手を打たないということ。戦況をみずからの手で動かすのではなく、他者が動かすのを待ち、それが自軍に有利なモノであることを願う退嬰的な判断であった。


 しかし、だからといって積極的にうって出ることはできない。袁紹軍の最終的な目的地が洛陽ではなく許昌であるのは自明のこと。下手に虎牢関から兵を動かせば、袁紹軍が洛陽を捨て置いてこちらに向かってくる可能性さえある。そうなればやぶ蛇もいいところであり、それを承知しているからこそ、鍾会は表情はともかく表立っては反論してこないのだろう。
 結局、軍議の結論はありきたりなものにならざるを得なかった。
 出せるだけの偵騎を出して情報を収集すると共に、いつでも出撃できるように準備をととのえる。
 同時に関の防備を再構築して篭城に備える。平行して負傷兵の後送を急がせることにしたのは、虎牢関の放棄を視野にいれてのことであった。



◆◆



 軍議が終わった後、俺は司馬孚に声をかけて城主の部屋まで戻ってきた。
 司馬孚の顔色が目に見えて悪かったからで、俺と同じくそのことに気付いていたらしい徐晃と鄧範も厳しい表情で同席している。
 司馬孚の顔色が悪い理由は明らかだった。南下してきた袁紹軍の進路に司馬孚の故郷があったこと、そして洛陽にいる二人の姉との再会の望みがほぼ完全に断たれたこと。この二つが司馬孚の小さな身体を内側から責め立てているのであろう。


 今、曹操軍にとって考え得る最悪の可能性は何かといえば、洛陽が早期に陥落し、こちらが手を打つ暇もなく袁紹軍が大挙して攻め寄せてくることである。こうなってしまえば、俺たちに出来るのは逃げることしかない。
 では、考え得る最良の可能性は何かといえば、洛陽勢が奮戦して多くの時を稼ぎ、袁紹軍に多大な犠牲を強いてくれることである。軍議で言ったように、それでも最終的には袁紹軍が勝つだろう。だが、洛陽勢はかき集めればまだ三万くらいの兵はいるはずだから、死ぬ気でかかれば袁紹軍を半減――は望みすぎだとしても、一万や二万程度の打撃を与える可能性はある(それでも極小の可能性だが)。今の虎牢関では五万の袁紹軍を相手にしても勝ち目はないが、三万やそこらであれば、出てくる結論はまた違うものになるだろう。


 これを司馬孚の視点から見るとどうなるか。
 最悪の事態でも、最良の事態でも、洛陽は落ちるに任せる。つまりは姉二人を見殺しにする、というのが司馬孚にとっての静観の選択肢の意味だった。
 もちろん、袁紹軍が勝ったとしても、必ずしも二人の命が失われるわけではない。だがあの二人のこと、落城の混乱に際しても命大事に逃げ隠れなどせず、戦火から弘農王を救うべく全力を尽くすだろう。となれば、どこかで李儒なり高幹なりとぶつかることになる。
 その結果が果たしてどうなるのか、俺の答えは悲観的なものにならざるをえなかった。司馬孚もまたそう考えていることは、その顔色を見れば誰の目にも明らかだった。




 曹操軍の戦略目標に、二人の救出というモノは存在しない。ゆえに、二人を救うために兵を動かすことは許されない。
 ただそれは裏を返せば、曹操軍を勝利に導くための行動が「結果として」二人を助けることにつながれば問題はない、ということでもある。
 たとえば、そう――
「一刀のことだから、密かに潜入する、とか言い出すと思ってたんだけど」
 徐晃の言葉に俺はぎくりとする。さすがにかつて一緒に解池への潜入行を共にしただけのことはあるというべきか、徐晃はかなり正確に俺の思考を追尾していた。


 そう。今後どう動くにせよ、洛陽の正確な情報は必要不可欠であり、それを得るためには洛陽に潜入するのが一番手っ取り早い。情報収集という明確な意義がある行動の最中であれば、結果として二人を救ったとしても、それは越権でも独行でもないと強弁することができるだろう。
 だが、しかし。
「そういう軽はずみなことをするのはやめるといっただろう」
 俺はつとめて平静な口調で返答する。
 ただの一兵卒であればともかく、今の俺はかりそめにも虎牢関の主将を拝命した身である。一番に考えるべきは何よりも虎牢関を保つこと。それは「敵兵を虎牢関より先に一兵たりとも踏み込ませるな」という曹操の命令を遵守することにもつながる。結果として洛陽の二人を見殺しにすることになろうとも、それが俺に課せられた任であった。
 その任をおろそかにすれば、それは先日までの俺と何もかわらない。過ちを改めないことを過ちというのなら、これこそ過ちというべきだった。


 俺はそのことを司馬孚に伝えなければならない。だが、聡い司馬孚はそのあたりを理解してくれているようだった。
「お気遣い感謝いたします、お兄様。でも、大丈夫です。もとより私は、司馬家の家長として、姉様たちと戦うことを覚悟して参じたのです。お兄様の判断は何も間違ってはいません」
 顔色こそ悪かったが、その口から発された声には震えも怯えもない。それどころか、幼い背にのしかかる重圧を毅然としてはねのける強ささえ感じられた。



 しばしの間、室内に沈黙の帳が下りる。
 それを破ったのは、それまで黙していた鄧範だった。顔の左右を流れる灰褐色の髪の房を揺らしながら、口を開く。
「驍将どの、進言をしてもいいか」
「士則どの、何か?」
「驍将どのの考えは理解した。叔達さまの仰るとおり、この戦況では妥当だとも思う。だが、今の驍将どのの案、すべてを捨て去る必要はないだろう。この苦境を乗り切るためには洛陽の詳細な情報が欠かせないのは事実。それを得るために城内に潜入する任、オレに任せてはもらえまいか」
 そう口にする鄧範の目には、かつて見たこともないほどに真摯な光があった。


「オレは先代さまに従って洛陽で起居していたことがある。付け加えれば、先ごろまで兵卒として従軍していた身。今、オレがいなくなっても軍への影響はほとんどない。その意味でも潜入には適任だと思う。これはあくまでもしもの話だが、伯達さまや仲達さまと偶然顔をあわせた場合、お二方はオレの顔を知っておられるから、警戒されることなく話をすることもできるだろう」
 それを聞き、俺は考え込むように目を閉じる。
 その沈黙をどう解したのか、鄧範はなおも言葉を続けた。
「もちろん、オレひとりでいい。その方が身軽に動ける。まあ、いざという時のことを考えればもうひとり、公明あたりに一緒に来てもらいたいところだが、そうすると驍将どのの周囲が手薄になってしまうからな」


 この鄧範の進言が意図するところは明らかであり、鄧範自身が潜入に適任だという理由も十分に納得できるものだった。
 だが――しばしの沈思の後、俺は目を開き、ゆっくりと首を左右に振る。
 それを見た鄧範の目が刃の輝きを帯び、俺の面上に据えられた。
「何故、と問うてもいいか」
「この虎牢関を守るためには、公明どのはもちろんのこと、士則どのの力も必要だからです」
「驍将どのがむやみやたらとオレの力を買っているのは承知しているが、虎牢関にこもって戦うにおいて、オレの力などはないよりもマシ程度のものだろう。それに、あの鍾家の将は兵卒あがりのオレが同じ戦場で指揮をとることをこころよく思っていないようだ。オレの存在は内患の種にさえなりかねない。それを避けられるだけでも、オレを洛陽に投じる意味はある」



「たしかに、虎牢関に立てこもって戦うのならば、その通りかもしれません」
 つとめて何気なく言ったつもりだったが、やはりというか、三人は一斉に反応した。鄧範は訝しげに目を細め、司馬孚は驚いたように目を丸くし、徐晃はじっと俺を見つめてくる。
 問いを向けてきたのは鄧範だった。
「……謎かけのようなことを言う。虎牢関を守るためにはオレと公明の力が必要だといいながら、今の言葉を聞くに虎牢関に立てこもるつもりはない、と受け取れる」
「戦況によっては立てこもりますよ。ただ、その場合は退却を前提とした時間稼ぎに終始するでしょう。袁紹軍が虎牢関に寄せてきた時点で、もうこちらにほとんど勝ち目はないですからね」


 先ほどの軍議で考えた最良の可能性――すなわち、洛陽勢が袁紹軍の過半を道連れにして果てるという戦況が現実になることはまずないだろう。
 その理由はといえば、洛陽を守る最大兵力である南陽軍にとって、洛陽が命がけで守るに値する都市ではないからだ。
 城攻めにおいて重要なのは、城内の将兵の心を攻めることであるという。南陽兵にとって洛陽は故郷ではなく、守るべき家族もいない。洛陽に固執しているのは太守の李儒だが、彼は南陽兵にとって累代の主君というわけではない。自軍に倍する敵の猛攻を受けたとき、南陽軍の中で李儒に忠誠を尽くし、洛陽を守るために命がけで戦おうとする兵がどれだけいることか。


 しかも虎牢関攻めで荀正を失った今、南陽軍は兵を率いる将にも不足していると思われる。袁紹軍を道連れにするどころか、その軍門に下ることさえ考えられた。
「――南陽軍が袁紹の麾下に加わり、両軍が虎牢関に押し寄せる、か。考えたくもないが……」
 ありえないとは言い切れないのだろう。鄧範が苦い顔で呟いている。
 司馬孚がおそるおそる、という感じで口を開いた。
「あの、お兄様。では、どのようにして虎牢関を守るおつもりなのですか? お話を聞けば聞くほど、その、目の前が真っ暗になっていくのですが」
「む、すまない。ただ、これは順を追って説明しないといけないことだから――」
 どうしても現在の戦況に焦点をあてざるをえず、焦点をあてればいやでも絶望的な答えばかりが目に付いてしまう。司馬孚が憂うのも当然のことだった。
 虎牢関を守るためには、この絶望的な戦況を打開しなければならない。
 そのためにはどうするべきか。俺が思い至った方策は一つだけだった。



 すなわち、敵将高幹を討ち取ることである。



 俺がそれを口にすると、俺以外の三人は互いに顔を見合わせた後、代表する形で徐晃が口を開いた。
「だけど、虎牢関に立てこもっても勝てないし、城の外に出ても勝てっこないって言ったのは一刀だよね?」
 徐晃の言葉にうなずく俺。
 こちらには徐晃、鄧範、鍾会という一国でも奪えそうな面子が揃っているとはいえ、彼我の戦力差を鑑みれば勝敗の帰結は明らかである。
 だが、今回の戦いの中で、おそらく一度だけ、高幹を討つ機会が到来する瞬間がある。
「驍将どの、その機会とはいつだ?」
 鄧範の問いに、俺は静かに答えた。
「洛陽が陥落する直前だ」


 それを聞き、鄧範と徐晃、二人の目に理解の灯がともる。
 ただひとり、司馬孚は意味を解せなかったようなので、俺はさらに言葉を続けた。というか、これを言うために司馬孚に声をかけたのであって、ここで司馬孚に理解してもらわないと今までの会話が無意味になってしまう。
「袁紹軍に正面から戦いを挑んでも高幹の本陣まではたどり着けない。かといって、敵地に踏み込んだ軍がやすやすと奇襲を許すはずがない。だが、城を落とす瞬間なら、大半の兵は城攻めに加わっているはずだ。高幹の周辺は手薄だろうさ」
 そこを急襲する。
 現在の曹操軍の戦力では、敵の主将を討ち取る以外、袁紹軍五万を黄河の北に追い返す手立てはない。
 そして、袁紹軍を追い返すことさえできれば、残るは袁紹軍に敗北寸前まで追い込まれた洛陽勢のみ。曹操軍六千でも十分に対処できるはずである。司馬孚の姉たちを救う手立てを探ることもできるだろう。
 ――しつこいようだが、あくまで結果としてそうなるだけであり、俺が軍を動かす理由は虎牢関を守るために元凶たる袁紹軍を叩くという、いわば積極的防衛策というものである。



 俺が言わんとするところを飲みこんだ司馬孚の横で、鄧範が口を開いた。
「……なるほど。先の言葉、高幹の身に刃を届けるためにオレと公明が必要だ、ということか。確かに勝利を目の前にしたのなら、いかな名将といえど気が緩むこともあるだろう。しかし、高幹の周囲を固める兵は并州の最精鋭のはず。あるいは高幹が前線に出て城攻めの指揮をとっていることも考えられる。高幹を討ち取るのは、かなり際どい賭けになるぞ」
 鄧範の言うことはもっともだった。俺も、これが成功確実な方策だ、などとはまったく考えていない。
 だが、今の虎牢関で袁紹軍を待ち受ける、あるいは野戦を仕掛けるよりは分の良い賭けであるはずだ。


 とはいえ、やはり賭けは賭け。成功の確率が低いことにかわりはない。
 俺はひとさし指を立てて見せた。
「というわけで、失敗したときのために一つ小細工をしようと思う次第です」
「……なんだか急にいつもの一刀に戻った気がする」
「……奇遇だな、公明。オレもそう思った」
「おだまんなさい、ふたりとも」
 いきなり結論だけ口にしても司馬孚には理解しづらいだろうし、姉たちを助けるために俺が無理をしようとしているなどと誤解される恐れもあった。
 だから、俺の考えが司馬朗と司馬懿を助けたいという個人的な感情だけにもとづくものではなく、戦局全体を見渡し、指揮官として勝利を追及した結果としてのものなのだと納得してもらうため、指揮官として冷静に、そして冷徹に気を張ったしゃべり方をしていたわけだが――いや、これ本気で疲れる。正直もう限界です。


「というわけで、ここからは肩の力を抜いて説明を続けます」
「は、はい、お願いします、お兄様ッ」
 徐晃と鄧範の二人を注意したのに、何故だか司馬孚が慌てている。
 それはさておき。
「この前戦った南陽軍の旗とか甲冑とかを出来るかぎり揃える。これが高幹強襲部隊になる。袁紹軍が城を落とす寸前ということは、南陽軍は敗北する直前。降伏を考える兵も多いだろうが、そこで味方が敵本陣を急襲したとわかれば、少しは抗戦の意欲を回復するだろ」
 それを聞いた鄧範が眉をひそめる。
「……敵本陣で自軍が暴れている状態では南陽兵は投降しにくく、仮に投降したとしても、総大将が危険に晒されている袁紹軍はそれどころではない、か。戦いを長引かせ、できるかぎり両軍の消耗を強いるのが狙いだな」
「もうひとつ、両軍の間に遺恨を植えつけることもできる。高幹を討ち取れた場合でも袁紹軍の兵は残るから、その恨みを南陽軍に押し付けられれば言うことはない。高幹を討ち取れずに俺たちが退却した場合でも、襲われた高幹は心穏やかではいられないだろう。戦い終わった後、南陽兵を狩り立ててくれれば、これまた言うことはない」
 それを聞いた鄧範は、深々とうなずいた後に一言付け加えた。
「……なるほど、実に驍将どのらしい手立てだ、といっておこう」
「どのあたりが俺らしいのかと問うてみたいような、そうでもないような」
「望むなら答えるが」
「やめときます」



◆◆



 とりあえず言うべきことを言い終えた俺が、肩のコリをほぐすために腕をぐるぐるまわしていると、徐晃が不思議そうに問いかけてきた。
「どうしてさっきの軍議で言わなかったの?」
「今の戦況で軍議にのぼらせる案じゃないからな」
 極端な話、今日明日にでも袁紹軍が洛陽を落としてしまえば、それで俺の考えは無用の長物になり果てる。今は出撃の準備等やらねばならないことが山ほどあるので、実行できるかどうかもわからない計画の可否を論じている暇はない。この案を軍議の卓に出すのはもう少し後になるだろう。
 もちろん、南陽軍の旗や甲冑の準備などは先んじてととのえておくが。


 鄧範が小さくうなずいた。
「では、そちらはオレがやっておこう。袁紹軍を追い返したという洛陽の武将に期待しつつな――ところで驍将どの」
「なにか?」
「大したことではないし、今さらではあるのだが。オレを呼ぶときには『士則』でいい」
「ぬ?」
 突然の言葉に俺が首をかしげて鄧範の顔を見ると、鍛え上げた鉄を思わせる色合いの瞳が見返してきた。
「『士則どの』より『士則』の方が呼びやすいだろう」
「それはまあそのとおりですが、なんでまた突然に?」


 俺が訊ねると、鄧範は小さく肩をすくめてみせた。
「あの鍾家の将がオレを疎んじている原因の一つはここだと思うぞ。驍将どのはあれに対する時とオレに対する時、ほとんど態度がかわらない。あれにしてみれば、驍将どのが名家に生まれた自分と兵卒あがりのオレとを同列に扱っているように感じられるのだろう」
 当然、鍾会としては面白くないが、面と向かって非を指摘するようなことでもない。そんなことをすれば自分の狭量をみずから浮き彫りにするようなものである。そういった苛立ちが、自然、こちらへのきつい態度になってあらわれている、と鄧範は指摘する。


「……む、それは気付かなかったな」
「驍将どのがオレに敬意を払ってくれているのはわかるし、オレ個人としてはあれに疎んじられたところで別に構わない。が、それが原因で軍の内部がぎくしゃくしてもらっては困る。このあたりで改めておいた方がいい」
 それを聞き、徐晃がなるほどとうなずいた。
「じゃあ私への呼び方も『公明』にした方がいいね」
 さらには司馬孚までがぽんと両手を叩く。
「そ、それでは私も」
「いや、叔達を公の場で呼び捨てたら、それはそれで怒られるんじゃないか?」
「あぅ」


 そんなこんなで徐晃と鄧範の呼び方は改めることに決定。ついでに、話し方ももう少し乱暴にした方がいいということになった。もちろん鍾会に対してはこれまでどおりに接する。そうすれば、俺が部下の中で鍾会を尊重していることが傍目にも明らかになるからである。
 俺はしみじみと呟いた。
「不満というのはどこからでも生まれるものなんだな」
「なに、気位の高い人間というのはどこにでもいる。他人事のように言っているが、オレだって驍将どのが『名家に生まれたから』という理由で、はじめからあれのみを尊重する態度を見せていたら不満を覚えただろう。人の上に立つ身には、そのあたりをうまくさばく裁量も求められる――」
 と、そこまでいうと、鄧範はどこか不器用な笑みを見せた。
「と、オレは先代さまから教えていただいた」


 なんとなくではあるが、今の鄧範の笑み、これまで見た笑みとは違う気がする。
 あらためて考えるまでもなく、今の言葉は鄧範自身の不満をさしおいて鍾会をたてよ、というもの。それはこの戦いに勝つため、潰せる不安要素を今のうちに潰しておくためであろうが、そこには鄧範なりに俺に協力しようという気持ちがあるのかもしれない。
 もちろん、これまでだって鄧範には十分に協力してもらっているのだが、なんというか今までよりも一歩踏み込んでくれたような気がするのだ。
 が、それを口に出して確かめるのはさすがに恥ずかしい。当たっていても、外れていても。
 なので、俺は貴重な教えを聞かせてもらったことに対して、深く感謝するに留めておいた。





◆◆◆




 冀州魏郡 黎陽


 この日、袁紹軍の本陣が置かれた黎陽の城内では、総大将である袁紹と軍師である田豊が、開戦以来、何度目になるか当人たちも覚えていない押し問答を繰り広げていた。
「ええい、どきなさいといったらどきなさい、元皓(田豊の字)! 今日こそ、この袁本初が雄雄しく! 勇ましく! 華麗に黄河を渡り、あのちんちくりんな小娘に目にモノ見せてやるんですわ!」
「どきませぬといったらどきませぬ、麗羽さま! 黄河を渡るはいまだ時期尚早! ここで軽々しく渡河を強行すれば、千載に悔いを残すことになりましょう! 今、動いてはなりませぬ!」
「そういってもう何日経つと思っているんですの?! もう我慢も限界ですわ。今日こそ、今日こそあのこまっしゃくれた小娘に袁家の威光を、そしてわたくしの偉大さを骨の髄まで叩き込んでやるのです! 我が三十万の大軍をもってすれば、背なし胸なし色気なし、なしなし尽くしの小娘など鎧袖一触、長江の南まで吹っ飛びますわ!」
「麗羽さま! たとえ背が低かろうと、胸が小さかろうと、色気が少しばかり足りなかろうと、それは丞相として、兵を用いる者としての力量不足を意味するわけではございませぬ。古来、敵を侮って戦に勝ちを得た者がひとりでもおりましょうか。いかに相手がないない尽くしの三拍子であろうとも、侮ってはなりませぬ!」


 敵軍との最前線ともいえる城で、全軍を率いる総大将と、軍略をつかさどる軍師が、まるで十年来の仇同士のように、互いに目を怒らせ、口角泡を飛ばして言い合っているのだ。周囲の側近たちは顔を青くして、これが敵に知られては一大事と仲裁に動く――べきなのだが、誰もそうしようとはしなかった。この二人の間に割ってはいるには相当の勇気と相応の地位が必要だからであるが、それよりももっと単純な理由がある。彼らの顔にはこう書いてあった。面倒くさい、と。
 それが一際顕著なのが、二人を遠巻きに眺めている顔良と文醜の二人である。


「まーたやってんのか、麗羽さまと元皓のおっちゃんは」
 文醜が頭をかきながら言うと、顔良はため息まじりに口を開いた。
「……なんか最近、この光景が日常になってるよねー」
「だよなー。まあ下手にためこんで、ある日突然ぶち切れられても面倒だし、こうやって小出しにしてくれる方がいいのかもしんないけどさ」
「それもそうだね。でも、これが曹操さんに知られないように気をつけるのも大変なんだよ~」
「いっそ知らせちゃってもいいんじゃないか。そしたら隙ありと見て、向こうから来てくれるかもしんないぜ、斗詩。向こうから攻めてくれば、おっちゃんも戦うなとは言わないだろ」
 これにはさすがに顔良も苦笑いした。
「この兵力差で、向こうから渡河することはないと思うなー。二人ともなにげにひどいこと言ってるから、これを聞いたら曹操さんも怒りはすると思うけど」
「そっか。ならいっそのこと、それで向こうを挑発してみるかね。背なし胸なし色気なしの丞相どのってさ」
「それはさすがに下品だよ、文ちゃん」


 と、二人がこそこそ会話している間にも、袁紹と田豊の押し問答は進んでいく。
「元才からも報告が来たでしょう。我、雄雄しく、勇ましく、華麗に黄河を渡れりと! 今攻めずにいつ攻めろというんですの?!」
「高州牧の渡河は我が軍の予定にあらざるところ。今の時点で、これを好機として軍を進めるのは反対にございます。軍を進めるのならば、少なくとも高州牧が虎牢、汜水の二関を落とした後でなければ。さすれば曹操どのは白馬に留まっていることができずに大半の軍勢を引き上げさせるはず。そうなってから渡河にかかっても遅くはござらぬ」
「そのように悠長なことを言っていては、勝機を逸してしまうのではありませんこと?!」
「目の前の好機に軽々に飛びつくことこそ勝機を逸する原因となりましょう。そも、我が軍がどうしてこれまで動かずにいたのかをお忘れか? 北方の公孫賛どのを放置したまま南に動けば、曹操どのの思惑どおりになってしまいます」


 それを聞き、袁紹はむぐっと言葉に詰まる。
 当然ながら、全軍を率いる総大将として袁紹はそのことを承知していた。袁紹軍の重鎮である田豊と沮授は、公孫賛を抱き込んだ曹操軍の戦略を完全に読みきっていたのである。
 袁紹はこれに対抗するべく南皮に将兵を残してきたが、その軍勢が公孫賛を防ぎきれなければ、急いで兵を戻さなければならない。黄河を渡った後では移動に支障をきたす。田豊が口を酸っぱくして渡河を止めているのはこのためであった。


「高州牧が西を制し、朱、路の両将軍(朱霊、路招)が東を押さえている今、北方さえ片付けば、我が軍は満を持して南に兵を向けられます。その時こそ決戦の刻。どうかそれまではご辛抱くださいますようお願いもうしあげます」
 袁紹の勢いが緩まったとみて、田豊は深々と頭を下げる。袁家の軍師は、このあたりの呼吸は完璧に飲み込んでいた。
 綺麗に頭髪が抜け落ちたその頭を見下ろしながら、袁紹はふんと拗ねたようにそっぽを向く。
「――いいでしょう。ただし! 決戦の時いたらば、この袁本初みずからが先陣に立ち、あの三無主義の小娘をぎたんぎたんのめっためたにしてさしあげますから、あなたは黙って見ているように! いいですわね!」
 それを聞き、田豊の禿頭が安堵したように更に深く下げられた。




◆◆◆




 冀州勃海郡 南皮


 南皮はつい先ごろまで袁紹の本拠地だった都市である。袁紹が本拠地を鄴に移したことで、街の賑わいには翳りが見て取れるようになったものの、それでも凡百の城市をはるかに凌ぐ規模であることは事実。南皮は今なお袁家の河北支配のために欠かせぬ要地であった。
 うらをかえせば、袁家の支配の打破を目論む者にとっては絶対に落とさなければならない城である。曹操との盟約に従って出陣した公孫賛が南皮を目指したのは当然といえる判断だった。
 ただ、それゆえに公孫賛の動きを予測していた袁紹が、この地に密かに精鋭を集めていたこともまた当然であった。
 公孫賛が国境を侵したという知らせを受けた南皮の袁紹軍は、黎陽の袁紹に急使を派遣するや、すぐさま公孫賛を討つべく出陣する。
 かくて、南皮北方の平野で両軍は激突するのである。




 索漠たる平原の光景を瞬く間に鮮やかな白へと染めかえていく人馬の波。
 音に聞こえた白馬義従が戦場に展開していく様は、どこか夢の中の光景にも似て、見る者の言葉を奪う。
 河北四州の制圧を目論んだ袁紹に対し、公孫賛は徹底的に抵抗を続けており、袁紹軍の将兵の中には過去に公孫賛の軍と戦った者も少なくない。にも関わらず、彼らはかつて見たことのある光景を前に無心ではいられなかった。


「ふふ、相変わらずとてもとても綺麗な軍。つい見とれてしまいそうになる」
 ささやくようにそう言ったのは、袁紹軍の陣頭に馬を立てた武将だった。
 柔らかい声音に、柔らかい表情。その肌は雪のように白く、その目は夢見るように潤んでいる。北から吹き付ける風にのり、濡れたように黒い髪がたなびくと、えもいわれぬ蠱惑的な香りがあたりに漂った。
 窓辺にたたずみ、詩作に思いをはせる姿こと似つかわしいと思われる少女は、しかし――


「ああ、でもやっぱり白より赤がいい。その方が、もっともっと綺麗になる」
 赤い戦袍をまとい、真紅の斗蓬(マント)を翻し、鮮血をもって数多の敵を染め上げてきた袁紹軍屈指の闘将であった。
 姓を麹(きく)、名を義、字を胡蜂(こほう)という少女はちろりと唇をなめると、かわらず潤んだままの瞳を敵陣に向け、にこりと微笑んだ。


「公孫伯珪。赤く赤く染めてあげる。兵も、あなたも」




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