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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/05 20:04

 司州河南郡 洛陽


 洛陽の北、黄河の南に邙山(ぼうざん)という山地がある。
 高名な泰山や嵩山のような険しい山岳ではなく、起伏の緩やかな丘陵状の地形であり、北邙(墓地の意)の言語の由来となったように王侯公卿が埋葬される地として知られている。
 また、邙山はその地勢上、黄河の氾濫から洛陽を守る天然の堤防という役割も有しており、洛陽にとっては様々な意味で重要な場所であった。


 その邙山を、洛陽の北壁から遠望する人物がいる。
 司馬懿、字を仲達。洛陽北部尉、すなわち邙山を望むこの北の城壁の守備を任とする者である。
 ほどなく夜の帳が落ちる時刻。西の空はかろうじて茜色を保ち、入り日の残照が邙山を淡く照らし出しているが、それも間もなく夜闇の中に没するだろう。視線を上空に転じれば、夜の勢力はすでに空の過半を制し、いたるところで星が瞬き始めていた。


 夕と夜の狭間を縫うように、粘るような湿り気を帯びた風が北方から吹き付けてくる。むき出しになった二の腕を這う生暖かい風の感触に、司馬懿がかすかに柳眉をひそめたときだった。
「これは仲達さま。お待たせしてしまったようで申し訳ない」
 そんな言葉と共に、司馬懿の視界に複数の武装した男たちが映し出された。
 男たちの数は十名あまり。その先頭に立って、刃物のように鋭い視線を向けてくる人物の名を司馬懿は知っていた。当然といえば当然のことで、張晟(ちょうせい)というその人物は、北部尉の麾下にあって討捕の長を務める司馬懿直属の部下なのである。
 その役目柄、武装した部下を引き連れていてもおかしくはないのだが、今の張晟には上官を前にした礼節や敬意はまるで感じられない。言葉こそ丁寧だが、夕闇に暗く染まった顔からは隠しようもない敵意がにじみ出ていた。


 張晟が右手を一振りすると、周囲の部下たちが一斉に武器の切っ先を司馬懿へと向ける。
 いずれも屈強な体格をした男たちが、年端もいかない少女を取り囲んで武器を突きつける姿はどこか芝居じみて滑稽であった。だが、あたりを包む張り詰めた空気は、張晟たちがまぎれもない本気であることを示している。
 一言も発さない司馬懿に向け、張晟は鋭い視線はそのままに、威圧的に言葉を吐き出した。
「どういうことか、などという愚問を発さないのはさすがですな。それとも、懐柔したつもりの相手に剣を向けられ、動揺しているだけですか」
 その言葉が終わると同時に、後方から物々しい足音が近づいてくる。一人、二人ではない。ちらと後ろを振り返った司馬懿の目に映ったのは、これも甲冑を身につけた十名あまりの男たちの姿。先の襲撃に失敗した張晟は、その反省をいかして倍の人数を用意したものらしい。


 ここで張晟は、それまで言葉の上では保っていた丁寧ささえかなぐり捨てた。もう限界だ、と言わんばかりにその口調が荒々しいものとなる。
「――俺は并州牧 高元才さまが配下、張白騎。小娘の頤使に甘んじるのは今日かぎりだ。司馬仲達、お前は捕虜として高州牧の御前に連れて行く。大人しく従うか、刃向かって痛い目を見るか、好きな方を選べ。こちらとしては逆らってくれた方が色々とありがたいのだがな」
 張晟は下卑た笑みを浮かべて部下たちを煽った。
 男たちの視線の先では二つの双丘が薄手の衣服を盛り上げており、豊かな曲線を描いていた。優れた容姿はもとより、これまで自分たちを散々にこきつかってきた上官を嬲れるという状況が嗜虐心を刺激してもいるのだろう、司馬懿を取り囲む男たちの目に油膜のようなぎらついた光が浮かび上がる。
 ここにいる者たちのほとんどは本をただせば野盗匪賊の類であり、この後に起きることは瞭然としていた。


 しかし、ただひとり、部下を煽った張晟だけは口元に好色の笑みを貼り付けつつ、その目は冷静に計算を働かせていた。
 張晟にしてみれば慮外のことなのだが、高幹は司馬懿を生かして捕らえよという命令を伝えてきた。張晟の報告を受け取り、司馬懿に興味を抱いたらしい。
 むろん、張晟にその気はない。今日まで己の半分も生きていないような小娘に虚仮にされ、こき使われてきたのだ。その腹立ちは筆舌に尽くしがたい。
 ゆえに、この挙に出たのである。


 司馬懿が文武に傑出した才能を有していることを張晟は知っている。別に知りたくはなかったが、今日までの日々で否応なく思い知らされてきた。だが、まだまだ小娘であることも事実。敵対する男たちに囲まれ、邪欲に満ちた視線や声を向けられれば平静ではいられまい。少なくとも「大人しく従う」という選択肢を採ろうとは思えなくなるだろう。
 問答無用で斬るのではない。降伏を勧告した上で、司馬懿がそれに従わないのならば、これを斬っても高幹から罪に問われることはあるまい。さらに部下を煽って凶行の共犯にしてしまえば、後から密告される危険も少なくなるという計算であった。




 気がつけば、西の空では最後まで抵抗していた夕闇が勢力を失い、城壁の上を暗がりが包み込む。黒絹の髪に黒衣を身にまとった司馬懿の姿が、まるで溶けるように闇の中に沈んでいく。張晟は一瞬、司馬懿がそのまま闇に溶けて逃げてしまいそうな錯覚にとらわれた。
「おい、篝火に火をつけろ」
 命令に応じて、幾人かの部下が城壁の上に並べられた篝火に火を投じていく。再び明るさが戻った視界の中に司馬懿の秀麗な顔をおさめた張晟は、自分でも理由のわからない吐息をもらすと、あらためて口を開こうとする。
 だが、その時、張晟の部下の一人が鋭い声音で張晟に呼びかけてきた。
「白騎の頭、あれを!」
 声の主が指差す方向を見ると、北の方角にわだかまる闇夜の中に、鬼火のように揺れ動く灯火が見て取れた。ただし、鬼火にしては動きが規則的であり、何かを求めるように何度も同じ動きを繰り返している。


 張晟はすぐにそれが何かを察した。
 小さく舌打ちしたのは、城外からの合図が予想外に早かったからだ。だが、合図に応じなければ、それこそ高幹の激怒を招くだけであろう。張晟は素早く意識を切り替えた。
「合図だ。こちらも応じろ」
 隅の方にいた兵のひとりが懐から松明を取り出し、今しがた点じたばかりの篝火に突っ込んで火を移した。そして、その松明を持って城壁の端に立ち、彼方の炬火と同様の動きを繰り返す。


 洛陽の北壁は長大であり、この場にいる者たち以外にも何人もの見張りが立っている。城外とやり取りをしているとしか見えない動きに気がついている者もいるはずだが、異常を知らせる声はどこからもあがらなかった。
 さらに言えば、こうして大勢の人数が集まっていることに関しても、何かあったのか、といった類の確認に来る者がいない。今夜の見張りはすべて張晟の息がかかった者たちなのだろう。
 城壁からの合図に呼応するように、城外の光は一度だけ大きな円を描いてから消えた。
 ほどなくして、北方から一際強い風が吹き付けてくる。さきほどのそれよりも更にぬめりを帯びた生暖かい風は、無慮数万の人々が集い、猛る熱気そのものであった。


 風が城壁の上を駆け去ると同時に、闇夜そのものを揺り動かすような地響きが彼方から伝わってくる。遠雷の轟きにも似たそれは、洛陽城外、おそらくは邙山近くに潜んでいた軍勢が時きたれりと動き出した証にほかならない。
 そして、状況はさらに進み続ける。
 彼方の闇から迫り来る進軍の音を掻き消すように、突如北壁一帯を轟音が包み込んだのだ。それは北壁を守る分厚い城門が内側から開かれていく音であった。


 張晟は勝利を確信した声で告げる。
「どれほど高く厚い城壁であろうと、内から開けば何の障害にもならないというわけだ。俺たちがこれまで従順を装ってきたは、今日この日のため。理解できたならば、腰の剣を捨ててひざまずけ」
 さもなくば――と張晟は続けようとしたが、それは必要なかった。司馬懿がなめらかな動作で鞘から剣を抜き放つ姿を認めたゆえに。


 張晟の唇が笑みの形に曲がり、愉しげな笑いがこぼれおちる。
「逆らう、ということだな、司馬仲達」
「――はい」
 短く、静かな返答。表情にも、声にも、一片の動揺もなかった。
 張晟の顔がますます愉しげなものになる。が、不意に表情を一変させると、張晟は語気鋭く司馬懿に言い放つ。
「今ここにお前に味方する兵はいない。それはすでにわかっているだろう。ひとりでこの囲みを抜けられるとでも思っているのか? 仮に逃げられたとしても、并州軍が動き、城門が開かれた今、北部尉ごときの権限で何ができるというのだッ」


 今日まで鬱積してきた憤懣を嘲弄に込めて吐き出す張晟。
 対する司馬懿は、滾るような悪意に怖じる様子もなく、静かに張晟を見つめ返す。そして、ゆっくりと口を開いた。
「私は陛下をお守りいたします。そして、私に味方してくださる方もいらっしゃいます」
「くだらぬ強がりを。この状況でお前に付く愚か者がどこにいるッ?!」




 張晟が吐き捨てた言葉が宙に溶けるその前に、場にそぐわない華やかな少女の声が城壁上にこだまする。
 その声は城門を開く轟音さえ貫いて響き渡った。
 ここにいるぞ、と。




「――ッ! 誰だ?!」
 咄嗟に声のした方を振り向いた張晟が見たのは、隠れていた櫓台の屋根から軽やかな動作で飛び降りる少女の姿だった。
 円らな瞳は篝火の明かりを映して眩めき、城壁上に降り立つ動作は猫のようにしなやかで躍動感に満ちている。もっとも、その後の動きを見れば、猫ではなく虎と例えた方が適切であったかもしれない。


 少女は握っていた槍を一閃させた。
「がッ?!」
 近くにいた男は柄の部分で頸部を強打され、くぐもった悲鳴をあげてその場に倒れ伏す。
 それを見て、周囲の男たちは慌てて司馬懿に向けていた武器を少女に向け直す。
 だが、少女は委細構わず、己が得物を頭上で勢いよく一回転させると、短い気合の声と共に手近の敵に叩き付けた。
「ちッ?!」
 その賊は少女の一撃をかろうじて受け止めることに成功する。だが、少女の攻撃は思いがけないほどに重く、受け止めた男の手に鈍いしびれがはしった。
 さらに少女の攻撃は重いだけでなく、速かった。男の眼前で槍が鋭く翻り、二撃目が襲い掛かってくる。今度はしびれに邪魔されて反応が追いつかず、男は側頭部に直撃をくらってしまう。


 苦痛の声をあげることもできず、白目をむいてくずおれる部下を見て、張晟は唖然とする。この場にいるのは、黒山賊の頃から張晟に付き従ってきた勇猛な者ばかり。それが突然現れた少女に手も足も出ず、瞬く間に二人が打ち倒されてしまった。
 篝火の揺らめきに照らされる襲撃者の姿はさして大柄ではない。むしろ、司馬懿よりも小柄とさえ映る。そんな相手に一瞬のうちに部下ふたりを無力化された張晟は、歯軋りしつつ突然の闖入者に怒りの声を向けた。
「な、なんだ、お前は?!」
「お前たちのような卑怯者に名乗る名前はないッ!!」
「なッ?!」
 決然とした語気に気おされ、張晟は口を封じられる。
 すると、相手はさらに言葉を重ねていき――


「ここで死ぬ貴様が、あたしの名を知ってどうするのだ?!」
「おのれ、ほざ――」
「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我は涼州を統べる馬寿成が配下、姓は馬、名は岱なり! 字? まだないよッ!」
「…………む?」
「天知る地知る我知る子知る――あ、これは違うか。あとは特にないかなー。ん、よし、じゃあ最後にもう一回!」
「な、何を……」
「ここにいるぞーッ!!」
「何を言っている、お前は?!!」


 混乱する張晟は知るよしもない。少女――馬岱が、名乗りをあげるのにこれ以上ないシチュエーションに興奮して、思いつくかぎりの決め台詞を連呼しているだけなのだ、という事実を。
 むろん、その間にも右に左に槍をふるって賊をなぎ倒してはいるのだが。単純な武芸では馬超らに及ばずとも、馬岱もまた西涼軍を統べる将に任命された身である。賊徒あがりの兵卒では相手にもならなかった。


 そして、そんな馬岱に注意力を殺がれてしまった時点で、彼らの将たる張晟の命運もまた決していた。
「頭、あぶねえ!」
 部下の言葉に耳朶を打たれ、慌てて振り返るも時すでに遅く。
 黒衣を翻し、疾風のごとく突っ込んできた司馬懿の剣先は、すでに張晟の眼前まで迫っていた。周囲からの害意に怖じることなく、静謐を保っていた先ほどまでの様子が嘘のような手練の一閃。
 張晟の視界の中で、篝火の明かりを受けた司馬懿の剣身が陽光のごとき輝きを発し――次の瞬間、その輝きは張晟の視界そのものを断ち切っていた。




◆◆




 かつて河北で一勢力を築いた黒山賊。これを統べる頭目たちは、それぞれの特徴に応じた呼び名をつけられていた。迅速な用兵を誇った者を飛燕、白馬に乗って戦う者を白騎、人並み外れた巨眼の持ち主を大目、というように。
 今、并州軍の先頭に立って洛陽に突入しようとしている人物の名は張雷公。雷公はいかなる混戦も圧して響き渡る彼の大声から付けられた異名であり、すなわちこの人物も張晟と同様、黒山賊から袁紹軍に加わった武将のひとりであった。
「見よ見よッ! 策略は成り、城門は開かれた! 突撃せよッ!!」
 銅鑼を打ち鳴らすにも似た哄笑と共に、張雷公は麾下の手勢をもって洛陽城内に突入していく。
 張雷公が率いるのは騎兵五百と歩兵二千。いずれも元黒山賊の兵士たちである。


 城内に踏み込んだ彼らを待ち受けていたのは、混乱する守備兵でもなければ、逃げ惑う民衆でもない。明かりひとつ灯っていない荒涼とした街並みであった。ただひとつ、南の方角に幾多の篝火に照らされて浮かび上がる建造物が見える。
 街並みの静けさを不審に思った張雷公であったが、洛陽が往時の繁栄を失ったことは周知の事実であり、この静けさもそれゆえか、と自分を納得させた。
 守備兵の数が少ないのは北からの敵を想定していなかったためであろう。くわえて、その数少ない守備兵がこちらの手引きをしたのだから、立ち向かってくる敵兵がいないのもうなずける。
 その判断の正しさを示すように、城門を開いて手引きした兵士のひとりが張雷公に駆け寄って告げた。南の方角に煌くあの明かりこそ、皇帝と李儒のいる洛陽宮である、と。


「よし、歩兵部隊は門を押さえ、敵兵があたりに隠れておらぬか確かめよ。騎兵はわしに続け。敵はまだ我らの侵入に気付いておらぬとみえる。全軍に先んじて宮殿をおさえるぞ。洛陽制圧の一番手柄はわしらのものだッ!」
 張雷公の雷声に麾下の兵の喊声が応じる。騎兵部隊は一斉に馬腹を蹴って駆け出した。
 洛陽の南北を貫く大路を、喊声と共に駆け抜けていく并州軍。
 彼らの視界の中で、おぼろに浮かび上がる宮殿が徐々に大きくなっていく。ここまで来れば、洛陽宮の方でも并州軍の侵入を確認できることだろう。


 ――にも関わらず。
 ――いまだ敵兵の影さえ見られないのはどういうことか。


 不意に、そんな疑問が張雷公の脳裏をよぎる。
 と、その時だった。張雷公の前を駆けていた騎兵の列が突如乱れたち、人馬の悲鳴がわきおこる。
 何事か、と不快そうに眉をしかめた張雷公の眼前で、数名の兵士が宙を飛んだ。
「なにッ?!」
 正確にいえば、馬が何かに足をとられて倒れこみ、騎手が前方に投げ出されたのである。
 張雷公が咄嗟に手綱を引くと、馬は乱暴な扱いに抗議するように甲高く嘶いた。先頭を走っていた一団が急停止したため、後続部隊の各処で似たような馬の嘶きがあがっている。避けきれずに衝突、落馬した者もいるようだった。


「何事かッ?!」
 大鐘のごとき怒声を発する張雷公の下に、部下のひとりが駆け寄ってくる。手に持っているのは墨で染めたような黒色の縄であった。
「これが馬の足にかかりやすい高さで道に張り巡らせてありました。この暗さで気付くことができず……」
「小細工をッ」
「すでに何人か縄を切るために先行しております。徒歩であれば引っかかる恐れもありませんし、このまま宮殿まで仕掛けが続いているとも思えません。すぐに罠を除くことができましょう」
「そうか、ならば怪我人の手当てを先に――」


 新たな指示を下そうとした張雷公は、しかし、不意に言葉を途切れさせた。
「……待て、今なんといった?」
「は?」
「罠、といったか?」
 その呟きに、部下は怪訝そうに応じる。
「は、はい、これは騎兵の足をからめとる罠だと思うのですが?」
 何を当たり前のことを、と部下は当惑した表情で上官を見つめる。だが、張雷公はそんな部下に構っていなかった。
 罠を仕掛けるということは、敵の攻撃を予期していたということではないのか。
 まさか常時このような縄が大路を塞いでいるわけではあるまい。そんなものがあれば、張晟が報告しているはずだ。であれば、この縄は張晟の目に届かないよう密かに仕掛けられたことになる。それが意味するところは――


 張雷公が沈思していた時間はごくわずかだった。
「いかん、先行させた兵をすぐに呼び戻せ!」
「は、はッ?!」
 部下は顔を強張らせたが、それは事態を悟ったわけではなく、間近で受けた張雷公の怒声に肝を潰されたゆえだった。
 だが、すぐに部下も状況を理解する。
 次の瞬間、街路の左右から煉瓦やら石やら子供の頭ほどもありそうな土の塊やらが雨あられと降り注いできたのだ。
 同時に、つい先刻まで静まり返っていた街路は沸き立つような喚声に包まれていく。


「おっしゃ、やれやれ!」
「仲達さまのご命令だ、遠慮なくぶつけちまえッ!」
「馬に乗ってる連中が優先だぞ。おい、そこのお前、どうせ投げるならもっとでっかい石を投げやがれ。こんな風に――お、当たった」
「さすがおやじさん、いつも酒樽をかついでるぶっとい腕はダテじゃないっすね」
「褒めてもツケはなくならんぞ。む、なんか弓みたいのを持ってる奴がいるな。よし、木板をもって盾になれ」
「ちょッ?!」


 この時、屋根の上や民家の二階から并州軍を攻撃していたのは民兵――とは名ばかりの、急遽集められた洛陽に暮らす一般の人々だった。
 彼らは戦闘訓練など受けたこともなかったが、道で立ち止まる騎兵に向けて石やら煉瓦やらを投げ落とすだけならば訓練など必要ない。
 一方、まったく予期していなかったこの投石攻撃に、張雷公の部隊は大混乱に陥った。
 高みから投げつければ、煉瓦や石でも十分な殺傷力を持つ。これらの投擲の材料は洛陽各処に立ち並ぶ廃墟や廃屋であり、遠慮も物惜しみもせずにぶつけることができた。


 并州軍の中には反撃しようとする者もいるのだが、なにしろ相手は高処にいて、なおかつ火をつけていないために弓でも狙いをつけにくい。おまけに木板のようなものを並べて飛び道具を防ぐ工夫も見せている。屋内に斬り入ろうとする兵もいたが、民家の入り口は固く閉ざされて容易に開かず、おまけにここが先途とばかりに真上から集中して狙われてしまう。
 それでも張雷公の指揮の下、落ち着いて対処すれば反撃を形にすることもできたかもしれない。だが、敵の指揮官は并州軍に立ち直る暇を与えるほど慈悲深くはないようで、張雷公は包囲の鉄環が狭まる気配を感じとっていた。
 罠で足を止め、投石で混乱させる。仕上げは包囲しての殲滅という段取りか、と張雷公は判断した。ここまでくれば、今夜の襲撃が読まれていたことは疑いようがない。


 張雷公は忌々しげに舌打ちした。
「白騎め、してやられたか。それとも裏切ったか。いずれにしても、このままでは座して死を待つばかりだわい」
 洛陽には李儒の南陽軍や樊稠の弘農軍といった軍が入っている。南陽軍は先ごろ虎牢関で曹操軍に敗北したというが、それでもまだ張雷公の部隊を殲滅するには十分すぎる戦力が残っているだろう。もっといえば、南陽軍が敗れたという張白騎の報告もどこまで信じてよいものやらわからない。すべては敵の計略であり、洛陽勢は万全の体制をもって袁紹軍を待ち構えていたのかもしれない……


 実際には、この場には南陽や弘農の兵はおらず、動いているのは司馬懿麾下の守備兵と臨時に徴集した民兵だけであり、その総数は千にも届かないのだが、もちろん張雷公はそれを知らない。
 冷静に敵の動きを観察していれば、包囲の軍が思ったほどの大軍ではないと気付けたかもしれない。しかし、日はとうに落ちて視界はきかず、なにより自分たちの側が奇襲を仕掛けたという心理的な余裕を突き崩された今の張雷公に、そんな冷静さは望むべくもなかった。


 張雷公は退却を決断する。部隊を立て直すためであり、城外の高幹らに埋伏計を逆手に取られたことを報告するためでもある。
 だが、今宵の戦闘において敵は完璧なまでに并州軍の機先を制していた。
 張雷公の耳に後方からの騒ぎが伝わってくる。それはたちまち干戈を交える怒号へと変じた。
 訝しく思う間もなく、伝令が駆けつけてくる。
「後方部隊より伝令です! 突如あらわれた兵馬の一団が攻めかかってきたとのこと!」
「数はどれほどか?!」
「わ、わかりませんが、後尾の混乱を見るに百や二百ではあるまいと存じます」
 張雷公はいらだたしげに鞍を叩いた。
「前を塞がれ、後ろから攻め立てられる。となれば横に活路を求めるしかあるまい。并州兵に告ぐ、一度北門まで退く。手近の脇道にそれ、敵の攻撃から逃れよ!」
 張雷公の命令は闇夜を裂いて辺り一帯に響き渡り、混乱の渦中にあった并州兵は生き返ったように脇道へと逃げ込んだ。


 張雷公自身も手近の脇道へ馬を乗り入れようとしたのだが、飛来した煉瓦の一つが冑にぶつかり、元黒山賊の頭目の視界がぐらりと揺らめいた。
「――ぐッ?! お、おのれ……」
 落馬しないよう馬の首にしがみついた張雷公に、頭上から歓声が降り注ぐ。


「やったぜ、おやじさん! 当たった当たったッ」
「よくやった! ありゃ多分敵のおえらいさんだぞ。よし、何でもいいからどんどん投げ落とせ」
「おうさ、褒美がでりゃあ溜まってるツケも払えるってもんだ。逃げんなよ、誰だか知らんが俺のツケのために犠牲になりやがれ!」


 ふざけるな、と怒鳴り返したいところだったが、そんな余裕は張雷公にはなかった。目に見えて数を増した投石を避けるため、張雷公は馬腹を蹴って駆け出そうとする。だがその時、投じられた石の一つが、今まさに駆け出そうとしていた馬の頭部を直撃してしまう。馬は悲鳴をあげて横転し、張雷公は地面に投げ出された。
 慌てて立ち上がろうとするが、得たりとばかりに降り注ぐ投石の豪雨を前にしてはそれすらかなわない。張雷公が無念のうめきを残して意識を手放したのは、それからすぐのことであった。




 一方、張雷公の命令に従って大路からそれた騎兵も、その末路は上官とさして変わらなかった。
 狭く暗い夜道、それもいつどこから敵が飛び出してくるか、あるいは物が降ってくるかもわからない状況では騎兵の機動力を生かしようもない。くわえて街路のいたるところには、件の黒縄をはじめとした騎兵用の罠が設置されており、執拗に騎兵たちの退路を阻んだ。
 孤立し、立ち往生した騎兵に群がる守備兵は、騎手を馬から引き摺り下ろすために石をぶつけ、網を投じ、鉤のついた棒を持ち出し――とあらゆる手段を尽くして襲い掛かる。そうして一度でも落馬してしまえば、数にまかせて寄ってたかって打ちのめされてしまう。
 并州騎兵は、夜の街に溶けるようにその数を減らしていった。




◆◆




 騎兵部隊が混迷の闇に飲み込まれようとしていた頃、城門の確保を命じられた歩兵部隊も洛陽勢の反撃に直面していた。
「放て」
 司馬懿の命令に応じて二百の弩から一斉に矢が放たれ、并州兵の頭上を襲う。城壁上の兵は張白騎率いる味方だと考えていた并州兵にとって、この攻撃は予測の外であった。
 このとき、司馬懿が弩を用いたのは、お世辞にも錬度が高いとはいえない自らの部隊に戦闘力を持たせるためである。弓よりも扱いやすさに優る弩は、錬度の低い兵でも十分に扱いうる。北部尉の権限で集められる数は限られていたため、姉である司馬朗や、さらに司馬家と同調する数少ない廷臣らにも協力を頼み、司馬懿はこれだけの数をかき集めた。


 しかしながら、相手は二千を越える大軍である。二百程度の弩だけではこれを撃退することはできない。
「城壁に軍旗をたて、篝火を増やしてください。こちらに備えがあることを、敵軍に知らしめます」
 司馬懿は周囲の兵に指示を出しつつ、みずから弓をとって火矢を放った。
 これは城門付近の建物に潜ませていた配下への合図である。彼らは北部尉麾下の文官であり、剣や槍を用いる戦闘の役には立たないが、民兵と共に旗を立て、篝火を焚き、銅鑼を打ち鳴らして大兵が潜んでいるフリをすることくらいはできる。張晟やその配下の者たちに悟られないように動いていたため、その数は多くなかったが、これまで静まり返っていた街並みが突如として敵意をもって沸き立ったことで、并州兵の表情に狼狽の影がゆらめいた。


 その狼狽をいや増したのが、并州軍の中から発された悲鳴にも似た叫び声である。
「やられた、相手にはかりごとがあったとみえるぞ!」
「いかん、敵の罠だ。このままだと皆殺しにされるぞ!」
 そんな声が并州軍の各処であがる。
 これは言うまでもなく司馬懿の指示によるものだった。
 司馬懿の命令を受けた兵たちは、張晟が城壁の上にあがった段階で、城門を開くべく待機していた張晟の部下を排除し、それになりすまして城門を開いたのである。まさか城門を開いた者が守備側の兵であるとは思わなかったのだろう。彼らが并州軍に紛れ込むのは難しいことではなかった。
 そして、その埋伏兵が時期を見計らって声を張り上げたことで、并州兵は自分たちの策略が破れたことを自覚し、その自覚は敵の罠に落ちたという錯覚を生んだ。


 実際には城壁上の兵はわずか数百であり、街で威勢よく騒いでいる兵の大半は戦力にならず、并州軍の挽回の機はいくらでもあったのだが、すべてにおいて後手を踏んだ并州軍の中にそれを見抜ける者はいなかった。
 ここで決定打となったのが馬岱の突出である。
 それまで城壁の上にのぼってこようとする敵兵に備えていた馬岱であったが、并州軍が混乱してそれどころではないと見て取るや、自身の判断で城壁を駆け下り、敵軍に突っ込んだのだ。
 これにより并州兵の混乱はとどめようがないものとなる。次にあがった「逃げろ」という悲鳴は、司馬懿の策によるものではなかった。




◆◆




「若さま、なにやら城門が騒がしいみたいですけど……」
「敵に策があったようだな」
 張雷公の部隊が北門に突入した少し後。
 并州軍を率いる高幹は、配下の高覧とそんな会話をかわしながら、城壁に高々と掲げられた『漢』の軍旗を見据えていた。数を増した篝火に照らされ、闇夜に昂然と翻るその旗を。


 その高幹に向け、高覧とは別の方向から声がかけられる。
「……閣下、いかがいたしますか」
 問いかけの形をとってはいたが、その実、突入の命令を請う呼びかけは張恰のものだった。
 張恰、字を儁乂。今回の大戦に先立ち、将軍の座を与えられた女性である。
 衆に優れた怜悧な顔立ちに、糸杉のごとき細身。外見だけ見れば、とてものこと戦陣の荒々しさに耐えられるとは思えない。しかし、事実はといえば、并州軍はもとより袁紹軍全体を見渡しても五本の指に入るであろう勇将だった。
 寡黙かつ寡欲な為人ゆえか、これまで際立った功績を挙げる機会には恵まれてこなかったが、騎兵を操り敵陣を突破する破砕力は顔良、文醜に迫るものがある。また、自身の責務をわきまえて逸脱せず、常に冷静さを保って勝利をもぎとる戦いぶりは田豊や沮授といった軍部の重鎮たちからも高く評価されていた。


 ただ、田豊らの評は事実に即したものであるが、戦場において冷静さを保てることは戦いそのものを厭うことを意味しない。外貌からは想像しにくいが、張恰は戦うこと自体は嫌いではなかった――というか、かなり好きだった。先鋒は武人の栄誉と疑いなく信じており、実際に先鋒を命じられれば、表情こそ動かないものの白皙の頬は鮮やかな朱に染まる。
 当然、并州で共に戦ってきた高幹や高覧はそのことを知っており、并州軍が重要な戦にのぞむ際には先陣は必ずといっていいほど張恰が務める。


 今回の戦いにおいても高幹は先陣を張恰に任せるつもりであり、本人も口にはしないがその心積もりをしていた。
 しかし、高幹は張晟の埋伏計があまりに順調すぎると考え、直前になって先陣を張雷公に変更する。
 張恰ならば、たとえ敵が策を秘めていたとしても苦もなく食い破ってみせるだろうが、高幹にとって洛陽攻めは許昌攻略の前哨戦に過ぎない。万一にも張恰を失う危険を冒したくはなかったのである。


 穿った見方をすれば、張雷公をはじめとする賊あがりの将兵は罠で失ってもかまわない、と高幹は考えていることになる。袁紹軍の高官には名士、名流の末裔が多く、他州から流れてきた外来者や、賊あがりの人材には冷淡なところがある。高幹もまたこの弊を免れることはできていなかった。
 ただ、そういった高幹の態度が配下の不満に直結しないのは、高覧の的確な補佐があるためで、これ以外にも、たとえば先陣の役目を与えられなかったことで気分を害していた張恰(一見すると普段と同じ表情なのだが、微妙に目つきが険悪になっている)をなだめたのも高覧であったりする。




 ともあれ、そういった理由もあって、現在、張恰はやや戦意過多の状態になっていた。その頬が紅潮して見えるのは、決して篝火のせいばかりではない。
 そのことに高幹は気付いたが、張恰の密かな期待に沿おうとはせず、あっさりと待機を命じた。
「しばらく様子を見る」
「……かしこまりました」
 どれだけ戦意に満ちていようとも、命令を受ければ即座にそれを押さえることができる。この自制こそが一軍の将として張恰が持つ何にもまさる美点であろう、と高幹は思う。今少し言動に華があれば、もっと早くに袁紹から将軍の位を与えられていただろうに、とも。


 とはいえ、度々出撃を止めれば張恰の鬱屈が溜まるばかりである。高覧に任せてばかりもいられぬと思ったかは定かではないが、高幹は待機を命じた理由を口にした。
「白騎が裏切ったとは思えぬ。おそらくは敵に埋伏を見抜かれたのだろうが、だとすると洛陽政権が分裂しているという白騎からの報告もあてにならなくなる」
 偽の情報を流されたのかもしれない、と高幹は危惧しており、その危惧を否定することは、高覧にも張恰にも出来なかった。南陽軍あたりが待ち構えていれば、五万の并州軍といえども容易に勝ちを得ることはできないだろう。


 特に高幹が気に入らないのは、こちらの襲撃を予測していたと思われる洛陽勢が、あえてこちらの計略どおり城門を開くに任せた点である。相応の防備を敷いて待ち構えているに違いない、との疑いは当然のモノであった。 
「……あえて隙を晒した可能性もないではないが、賭けるには分が悪い。雷公が城門を制することが出来ればそれでよし、かなわぬようならば――」
 そこで高幹の言葉が途切れた理由を、高覧と張恰はすぐに自らの目で確かめることになった。洛陽の城門から、先刻突入した部隊が掃き出されるようにあふれ出てきたのである。彼らに向けて城壁上から一斉に弩が放たれ、味方の兵がばたばたと倒れていく。何が起きたのかは火を見るより明らかであった。


 高幹は低声で指示を出した。
「――覧、弓兵を前面に配置せよ。逃げてくる兵を援護してやれ」
「はい、ただちに!」
「儁乂は騎兵を率いて待機。敵が追撃してくるようならば、これを蹴散らせ」
「承知」
 二人の配下が部隊を動かすために下がった後、高幹は再び城壁上の軍旗に視線を向けた。防戦のために駆け回る兵士の姿が見えるが、その中から敵将を見分けることはさすがにできそうになかった。




◆◆◆




「ばかな、何故ここで袁紹が出てくる?! どうやって洛陽まで来たのだ?!」
 袁紹軍襲来の報告を受けた李儒は、洛陽宮の一室で怒声を張り上げた。報告を持ってきた使者が、斬られるのではないかと恐怖を感じるほどに深甚たる怒りを秘めた声音だった。
 曹操軍が来るならばまだわかる。河内郡をはじめとした黄河北岸は曹操の領土であるからだ。
 しかし、袁紹軍が出てくるとはどういうことなのか。李儒の脳裏に混乱が生じたのは無理からぬことであっただろう。


 それでもすぐに怒気を押し隠し、冷静さを取り戻したのは、まがりなりにも洛陽の朝廷を主宰しているのだという自覚が、李儒の背を支えたからであった。
「間違いないのか」
「は、はい! 司馬さまからの報告では『袁』と『高』の旗が確認できたとのことです」
 袁と高の軍旗。その報告に河北の勢力図を重ねた李儒は、すぐに正解に到達する。
「たしか、袁紹めが并州牧に任じたのが高幹だったか。しかし、どうやってこの短期間で河内郡を抜け、黄河を渡った……?」
 答える術もなく、使者は肩を縮めてうなだれる。むろん、李儒は使者に答えなど期待していない。使者の様子を気にも留めず、さらに問いを重ねた。
「敵は確かに退いたのだな?」
「は、はい。一度は城門を破られた由ですが、かろうじて追い返したと」
「……よくぞ北部尉の手勢で袁紹軍を追い返せたものだ。陛下もさぞお喜びであろう。よし、さがれ」
「は、失礼いたします」


 使者が下がった後、李儒はいまいましげに舌打ちした。
「ただでさえ厄介ごとが山積しているこの時に。袁紹の間抜けめが、曹操を相手にしながらこちらまで手を広げてどうするのだ」
 多分に利己的な憤慨を口にしてから、李儒は気を落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
 今、李儒には二つの懸念がある。
 ひとつはいわずもがな、虎牢関に立てこもる曹操軍――北郷一刀の存在だが、くわえてもうひとつ、宛に残った部隊からの連絡が途絶えていることが、李儒の心に不安の影を投げかけていた。


 すでに李儒は宛の放棄を決定し、残存するすべての兵力に洛陽に集結するよう指示を出している。宛の住民と全財産も共に、である。
 宛は数十万の住民を抱える大都市であり、その到着がある程度遅れることは想定していたが、部隊からの連絡がまったくないというのは尋常ではない。何事か起こったと考えるのが妥当なのだが、情報がまったくない現状では手を打つこともできない。急ぎ派遣した偵騎もまだ戻っておらず、李儒としては苛立ちが募る日々が続いていた。


 そこにきて荀正の戦死と南陽軍の敗北が伝わり、さらに北から招かれざる客が押し寄せてきた。幸いにも緒戦はこちらが勝利したようだが、その立役者が司馬家に連なる者であるという事実が、また李儒の不快を誘う。
 要するに、右を向いても左を向いても心安らげるものが何ひとつない、というのが現在の李儒をとりまく情勢であった。
 一州を統べる人物が出向いてきたのならば、その兵力は一万や二万ではあるまい。詳細を確かめるべく部屋を出た李儒は、すぐに何太后につかえる侍女に呼び止められた。
「も、申し上げます、何太后さまがお呼びでございますが……」
「……すぐ参る。そうお伝えせよ」
「かしこまりました。あの、急ぎ来るようにとの仰せで……」
 直後、李儒は無言で壁に拳を叩きつけ、周囲に鈍い音が響いた。
 何太后の使いは、ひ、と息をのむと、慌てて頭を下げ、急ぎ足で立ち去っていく。その後ろ姿を見やる李儒の顔には底知れぬ苛立ちが張り付いており、それは容易に剥がれ落ちそうになかった。



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