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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/11/18 23:00
 司州河内郡 孟津


 戦いは激しく、そして短かった。
 泥濘の中に倒れ伏した『曹』の軍旗を鉄靴で踏みつけた袁紹軍の指揮官は、つい先刻、陥落した孟津の砦を見渡して、唇の端を歪めた。
「ふん、たわいない」
 降り続く雨で額に張り付いた前髪をかきあげると、血胤の良さを思わせる貴公子然とした容姿があらわになった。右の頬から左の頬へ、鼻梁を通って一条の傷跡がはしっていることも見て取れる。
 鋭く引き締まった体躯は戦陣を疾駆する武将のそれであり、秘めた戦意と迫力をうかがわせる面差しは、孟津を襲撃した五万の袁紹軍を率いるに相応しいものと思われた。


 姓を高、名を幹、字を元才。
 袁紹から并州牧に任じられた、それがこの人物の名である。
 袁家と高家は古くから交誼があり、とくに袁紹と高幹はきわめて近しい血縁関係にある。高幹が若くして一州を統べる地位に就いたのは、この血縁関係に拠るところが大きかった。が、ただ血縁のみを重視した登用でないことは、これまで高幹が築き上げてきた功績が無言のうちに証明している。
 并州は九つの郡によって構成されているのだが、現在は州都である晋陽、要害である壷関を含む実に七郡が袁紹の勢力下にある。高幹が州牧に任じられたとき、袁家の手にあったのが二郡だけであったことを思えば、高幹の功績の巨大さが理解できるであろう。


 壷関を根拠地として并州平定を進めていた高幹が、一転して南に進出してきたのは、もちろん独断ではない。袁家の軍師 田豊の策に従った対曹操の軍事作戦の一環だった。
 現在、袁紹と曹操は黄河を挟んで対峙を続けている。黄河北岸の黎陽には袁紹率いる三十万の軍勢が、黄河南岸の白馬には曹操率いる十五万の軍勢が、開戦の時を今や遅しと待っている状況である。
 数の上では圧倒的に優勢な袁紹軍であったが、黄河の流れに阻まれ、みだりに攻撃を仕掛けられないでいた。渡河の最中に攻撃を受ければ、たとえ袁紹軍が相手に倍する兵力を有していようとも、苦戦を余儀なくされるのは明白であったからだ。


 それを避けるためには、曹操軍を挑発して渡河を強行させるか、さもなければ渡河中の袁紹軍を攻撃出来なくなる状況を作り出さなければならない。たとえば、袁紹軍の別働隊が背後を脅かせば、曹操は軍を退かざるを得なくなり、袁紹軍の本隊は悠々と黄河を渡ることができるだろう。
 田豊が高幹に命じたのは、まさにこの役割である。
 田豊から河内郡攻撃の指示を受けるや、高幹はただちに兵を動かした。高幹が州牧として動かせる兵力は八万あまり。高幹はそのうち二万を壷関に残し、六万の軍勢をもって南下を開始する。
 曹操配下である河内郡太守張楊は、決して并州方面の備えを怠っていたわけではない。事実、配下の眭固、楊醜らに兵を与えて高幹の南下に備えさせていた。
 だが、黎陽に腰を据えた袁紹軍の本隊が、突如西に兵を動かして河内郡に襲来する危険性を慮れば、どうしても軍の主力は東部に配置せざるを得ず、結果として高幹の南進を許してしまう。


 高幹が率いるのは音に聞こえた并州騎兵、さらに配下にも高覧、張恰といった勇将が居並んでいる。眭固、楊醜らは必死の抵抗を試みたものの、数、質、共に上回る并州軍によって卵を踏み潰すがごとく粉砕され、拠点のひとつである野王に逃げ込むことで、かろうじてその軍は壊滅を免れた。
 高幹は城攻めに時を費やすことはせず、一万の歩兵を割いて野王を攻囲させると、自身は残りの五万を率いて河内郡を北から南へと縦断、黄河北岸に位置する孟津を強襲したのである。




「あ、いらっしゃった。若さま!」
「……」
 忙しげに立ち働く兵士たちの間をぬって、二人の武将が高幹の下へとやってくる。
 凹凸のある甲冑と、雨で身体に張り付いた服のラインから、いずれも女性であることがわかる。
 雨中にたたずむ高幹を見つけ、声をかけてきた武将が高覧。
 無言で歩み寄り、丁寧に一礼したのが張恰。
 高覧は高幹が戦場に立つようになって以来の、張恰は高幹が并州牧に任じられて以来の配下である。


「若さま、命じられたとおり、捕虜の皆さんに集まってもらいました」
 戦が終わった後とはいえ、どこに敵が潜んでいるかしれないとあって、高覧は武器をしっかりと握っている。長柄の棒の先に子供の頭ほどの大きさがある鉄球(トゲ付き)が付いている錘(すい)と呼ばれる打撃武器の一種である。
 鉄球部分には、この雨でも完全には洗いきれない赤黒い色の液体がこびりついており、それは戦闘での高覧の勇戦を証し立てている。ただ、戦場を離れると気の優しい高覧は、勝敗が決した後の流血を嫌っており、高幹がどういう意図で捕虜を集めるよう命じたのかが気になっている様子であった。


 かつて、并州一帯には張燕という人物に率いられた黒山賊という名の賊徒が存在した。張燕は一軍の将としてはもちろん、組織者としての才覚も兼ね備えており、彼が率いる黒山賊の鎮圧には袁紹も散々手を焼いたのだが、最終的には張燕は高幹の手によって討ちとられ、配下の賊徒もほとんどが降伏して袁家の治下に入った。
 だが、この時、張燕直属の二千ほどの人数があくまで袁家に従うことを拒み、反抗を続けたため、高幹は策をもって彼らを捕らえたのち、その全員を撫で斬りにしてしまった。そのことを高覧は覚えており、今回も同じことをするつもりではないか、と気に病んだのであろう。


 高幹はその高覧の視線に気付いていたが、とくに何を言うこともなかった。わざわざ口にせずとも、すぐにわかることだ、と。
 高幹は必要とあらば捕虜を斬ることにためらいなど感じないが、必要もなく、他者の命を奪って喜ぶ趣味は持ちあわせていなかった。
「覧、動ける捕虜はどれくらいいる?」
「千人ほどでしょうか。砦にいた守備兵が二千あまり。戦死者は三百、重傷者は倍の六百。逃げ切った百名あまりの兵を除けば、残余の兵はすべて投降しました」
「それだけいれば十分だ。儁乂(しゅんがい 張恰の字)、例の荷を捕虜たちのところに運び込んでくれ」
「はい」


 張恰がうなずいて踵を返すと、角度によっては銀色とも、また白色ともとれる長い髪が、雨滴を吸って重たげに揺れた。
 その後ろ姿を見やりながら、高覧は小首を傾げる。
「若さま、例の荷というのは、あの荷駄部隊の後ろの方にあった大荷物ですよね。あれは一体なんなのでしょうか?」
「……説明してほしかったら、いい加減に若さまはやめろ。かりにもこの身は州牧だぞ」
 高覧はまたも小首を傾げた。そして、心底から不思議そうに問いかける。
「若さまは若さまです。どうして呼び方を改めないといけないのでしょう?」
 高幹はそれに対して何か反論しようとしたが、途中で止めた。これまでの経験から、何を言おうと高覧が呼び方を改めることはないと悟ったのである。


「……まあ、いい。荷駄のことなら、あれは羊の皮だ」
「羊の皮、ですか?」
「ああ。空気がもれないように加工してある。中に息を吹き込めば水に浮き、これを木で組めばイカダになる。羊皮筏子というやつだ」
 それは古くから黄河を渡河する方法として知られているものだった。
 并州は牧羊の盛んな騎馬民族と境を接しており、大量の羊を手に入れるのはさほど難しいことではない。ただ、羊の皮をはぎ、それを加工することは一朝一夕で出来ることではなかった。既製品を買い集めるにしても、丁寧に加工された羊皮は、時に生きている羊一頭に迫る高額で取引されることもあり、これまた容易に数を揃えることができるものではない。
 それでも高幹が渡河が可能なだけの羊皮を揃えることができたのは、田豊の命令が来る以前から、大軍で黄河を渡河する準備を整えていたからに他ならなかった。


「曹操との激突は不可避。韓信は木桶で河を北に渡り、この元才は羊皮で河を南に渡る。韓信は国を平らげたが、さて、こちらはどうなるか」
 それを聞いた高覧は、少し困った顔で高幹の顔を見つめた。
「あの、やはり黄河を渡るおつもりなのですか? 田軍師さまの命令はそこまで求めていないと思うのですが」
 田豊の命令は壷関から南下して河内郡を急襲することであり、黄河を渡れとは言っていない。
 河内郡を縦断して黄河に達したことで、張楊をはじめとした曹操勢には大きな脅威を植えつけることが出来たはず。高幹たちは田豊の命令をほぼ完全に果たしたといっていいだろう。あとは温や懐といった各地の重要拠点を潰し、占領地域を広げていけばいいのではないか、というのが高覧の考えであった。


 しかし、高幹の考えはそんな高覧の常識的な判断を軽々と飛び越えていく。
「元皓(田豊の字)は河内郡を急襲した後のことまで指示していない。麗羽さまの命令も届いていない。つまり、この後どう動くかはこの元才に委ねられている、ということだ」
 ならば、黄河の北で撹乱にいそしむよりも、一気に黄河を渡り、虎牢関と汜水関を落としてしまえばいい。この二関はいずれも洛陽を守るための関門であり、洛陽方面からの攻撃には弱い。おまけに守備兵たちは、袁紹軍があらわれるなどとは想像だにしていないはず。勝算は十分にある。
 この二関を陥落させれば、あとは無防備の許昌をあますのみ。曹操が高幹の動きに勘付いて許昌に戻るならば、それもまたよし。黎陽の本隊は妨害を受けることなく黄河を渡ることが出来る。高幹は袁紹の本隊と合流し、あらためて許昌を攻囲するまでだ。


 その高幹の考えを聞いた高覧はおとがいに手をあて、ややためらった末に疑問を口にした。
「相手は名にしおう曹孟徳です。こちらの動きを読んでいる、ということはないでしょうか?」
 ひとたび黄河を渡ってしまえば、容易に引き返すことは出来なくなる。敵に策があれば、高幹たちは河南の地で包囲殲滅の憂き目に遭うかも知れない。高覧はそれを案じたのだが、彼女の上役は一顧だにしなかった。
「今の曹操が動かせる兵力は、ほぼすべてが白馬と北海に集結している。それが元皓の判断であり、元才も同意見だ。洛陽政権がいまだ健在であることも、この推測を裏付ける」
 もしも、曹操に高幹たちの軍勢に対応できる兵力が残っているのなら、とうの昔にその兵力を用いて洛陽を制圧しているに違いない。それをしていない――出来ない、ということは、曹操に余剰兵力がないことを意味している。


 うなずいた高覧であったが、すぐに別の危惧を口にした。
「その洛陽の方々も、私たちの通過を黙って見過ごしはしないと思われますが」
「問題ない。洛陽には白騎を送り込んである。制圧するか、無視するかは彼奴の報告次第だが、こちらの作戦を妨げる障害にはならないだろう」
 おお、と高覧は驚いて目を丸くした。
「どうりで最近、張晟さんの姿を見かけないはずです。でも、あの人は、若さまにこてんぱんにされた黒山賊の生き残りですよね。信用できますか?」
 少し不安げな高覧に対し、高幹はこともなげにうなずいてみせた。
「今の洛陽と、我ら河北とを比べて、洛陽を取るほど先の見えない奴ではない。その意味で信用はできる――ん?」


 高幹が急に言葉を切り、頭上に目を転じた。雨足が急に強まってきたのだ。
 つられて、高覧も空を見上げる。二人の視線の先で、空は分厚い雲に覆われ、天候が回復する兆しはまったくといっていいほど感じ取れない。
 高幹が小さく息を吐いた。
「――覧、言うまでもないが、歩哨には後方にいた兵たちをあてろ。間違っても、今日の戦いに加わった兵をあてたりするなよ」
「はい、かしこまりました」
「それと、捕虜たちには作業を明日中に終わらせなかった場合、あるいは手を抜いた場合には、黄河を鎮める人柱として、濁流に叩き込んでやると伝えておけ。死にたくない奴は死ぬ気で働くだろう」
「そちらも了解しました。では後のことは私と儁乂さまに任せて、若さまは砦の中にお入りください。乾いた布を用意させてますので、しっかりとお体を拭いてくださいね。あ、きちんと髪も、ですよ。若さまは髪が長いのですから、面倒だからといって放っておくと身体が冷え、風邪の原因になってしまいます。しっかりと服も着替えて――」


 いつまでも続きそうな諸注意に対し、高幹は他者に滅多に見せない(けれど高覧相手だとよく見せる)表情をひらめかせた。げんなりしたのである。
「……元才はもう子供ではない。高家にいた時とは違うのだ。はやく行け、覧」
「はい! では行って参りますッ」
 ぴしっと一礼してから去り行く高覧。張燕につけられた顔の傷をなんとはなしになぞりながら、高幹はほぅっとため息を吐くのだった。






 司州河内郡 虎牢関


 南陽軍との戦いが終わってはや数日。
 負傷者の手当てや重傷者の後送、戦死者の弔いといった諸々がひと段落し、俺はようやくその日の夕食にありついていた。
 日々の食事は徐晃や司馬孚を弄るのに優るとも劣らない俺の癒しの時間である。近頃はここに鄧範や鍾会も加わっていたりするのだが――どっかから抗議の声が聞こえてきた気がするが、とりあえず今は食事に集中するべし。というか、焼きたての餅(ピン)のかぐわしい香りのおかげで、否応なく食事に集中せざるを得ない。


 餅は小麦を練って伸ばした生地を焼いたものである。これに肉や魚、野菜などを乗せたり巻いたりして食べるのだが、張莫配下で、今は俺の副将格となっている棗祗が胸を張って自慢するように、陳留の小麦でつくった餅は実においしく、そのまま食べても十分にいける。個人的には胡麻入りが好み。
 肉は鹿や鶏、豚、時には羊や牛も出てくるのだが、この肉にネギなどの野菜をそえて餅と一緒に頬張れば、この世にこれ以上うまいものがあろうかという気にさせられる。ピリっとしたネギの辛さが肉の味を引き立て、凝集した旨みを小麦の生地が優しく包みこんで生まれるハーモニーは正しく至高。 これに羹(あつもの 肉と野菜をこれでもかと詰め込んだ熱いスープ)が加われば、まさに鬼に金棒、関羽に青竜刀である。


 一応断っておくが、兵士に粗食を強いて自分だけ贅沢しているわけではない。虎牢関は後方からの補給は自由に受けられるため、食料をはじめとした物資に窮することはなく、俺の口に入るものは、ほぼ同じ形で兵士たちの口にも入るのである。たまに俺だけ肉のランクが上がって、羊肉(中原では珍しいので高い)や牛肉(牛は労働力なので滅多に食さない)が出たりするのだが、これは指揮官特権ということで許してほしい。
 それはさておき、鍾会が四千の援軍と一緒に大量の物資を持ってきてくれたので、食料庫には余裕がある。指揮官としての責務に加え、徐晃に頼んでいる騎乗訓練にもこれまで以上に身を入れているため、俺のカロリー消費量は増大の一途をたどっており、それに比例して食事量は増える一方だった。同席している人が目を丸くするくらいに、である。




「……ふう、ご馳走さまでした」
 満足の息を吐き、俺が手をあわせると、同じ卓を囲んでいた徐晃が感心したように口を開いた。
「よく食べるね、一刀」
「腹が減っては戦はできぬ。食べられるときに食べておくのは戦場にいる者の心得だ」
 関羽や太史慈を見て学んだ、とは口が裂けても言えない。それに、きちんと食べ、きちんと寝るのは玄徳さまとの約束でもある。
「よって、俺は毅然とした態度でおかわりを要求すべく、これより厨房に行って来ようと思う」
「まだ食べるんだ?!」
「むしろ公明どのはこれで足りるのかと問いかけたい」
 俺の訓練に付き合っている以上、疲労度は大して変わらないはずなのだが。


 問われて、徐晃は小首を傾げた。
「私は十分すぎるくらいなんだけど……やっぱり男の人だと違うんだね」
 徐晃が微笑みまじりに呟くと、隣に座っていた司馬孚が同意するようにうなずいた。
「そうですね。私はお兄様を見ているだけでお腹いっぱいです。私の分もお食べになりますか?」
「では遠慮なく――と言いたいところだが、叔達はもっと食べなさい。特に肉。野菜と餅しか食べてないじゃないか。動物の肉が苦手なのは知っているが、もうちょっと食べた方がいいぞ。ここは最前線なんだ。いつ何が起こるかわからない」
「あ、はい、わかりました……」
 ちょっと涙目で、はむ、と羹に入っている肉を頬張る司馬孚。なんだかいじめているみたいで申し訳ないのだが、ここが最前線の砦である以上、戦況がいつ急転するかは誰にもわからない。やはり食べられる時に食べておくべきだろう。
 ちなみに鄧範は夜の見張りに備えてお休み中のためにここにはいない。鍾会は南陽軍の襲来に備えて各処を見回っているので、こちらもこの席にはいなかった。正確には誘ってはみたのだが、無言でしかめっ面をされ、それ以上誘いの言葉を重ねることができんかったのである。


 司馬孚は困ったように眉をたわめる。
「士季さまは、またお兄様にからかわれると思ったんじゃないでしょうか」
「別にからかっているつもりはないんだがなあ」
「一刀にそのつもりはなくても、向こうはね……初対面があれだったから」
「うーん」
 どうやら初対面時の俺の対応に問題があったようだ。あのときは内心を率直に口にしただけなのだが、確かにいま思い返してみれば、俺が鍾会をからかい倒しているような気がしないでもない。
 繰り返すが、決してそんなつもりはなかったのだ。しかし、向こうがそう思ってくれなかったとしても仕方ないかもしれない。
 この問題は近いうちに何とかせねばなるまい、と考えつつ、俺は徐晃の台詞から別のことを連想していた。


「ふむ、初対面、か」
 あごを撫でながら、意味ありげに呟いてみる。言うまでもなく、脳裏に浮かんだのは脳天を叩き割られそうになった誰かさんとの初対面の光景だ。
 すると、不穏な空気を察したのか、徐晃は慌てたように声を高めた。散々からかわれて学習したのか、最近の徐晃は危機回避能力が大きく向上している。
「そ、そうだ、一刀に訊きたいことがあるんだけど!」
 急に大声を出した徐晃に、司馬孚がびっくりした視線を向けている。
 俺としてはからかいを継続しても良かったのだが、徐晃の言葉にその場しのぎだけとも思えない響きを感じたので、妙に気になった。


「ん、なんだ、訊きたいことって?」
「あの、私と士則(鄧範の字)が戻ってから、一刀、なんだか変わった? はっきりどこがどうとは言えないんだけど……」
 その徐晃の言葉をきいて、司馬孚も俺に問うような視線を向けてくる。どうやら徐晃と同じようなことを感じていたらしい。
 将としての品格が出てきた、とかだと嬉しいのだが、さすがに一度や二度、軍を率いて勝ったくらいで品格も何もないだろう。それに勝つには勝ったが、先の戦いは決してほめられたものではなかった。
 兵士の動きが悪かったわけではないし、徐晃や棗祗ら諸将に不満があるわけでもない。司馬孚の後方補佐も文句のつけようがなかった。
 将兵はこれ以上ない働きを示してくれたのだ。先の戦いで責められる者がいるとすれば、それは指揮官たる俺以外にはありえなかった。


 手前味噌ながら、作戦そのものは悪くなかったと思う。
 単純な事実として、曹操軍は数に優る南陽軍を撃ち破った。これは十分に誇れる戦果だろう。
 ただ、最後の局面で俺がみずから前に出てしまったあの判断は、諸々の功績をすべて無に帰するほどの致命的な判断ミスであった。
 あそこで俺が討ち取られていれば、それまでの戦況如何に関わらず曹操軍は敗れていた。俺が荀正を討ち取ったのは怪我勝ちに過ぎず、勝敗が逆になっていても何の不思議もない。何よりも責められるべきは、あの場面で前線に出るという決断を、半ば以上思いつきで下したことだった。


 高家堰砦でそうしたように、兵士の士気を高めるためというわけではなかった。騎馬戦に慣れる好機というだけの理由で俺は前線に向かった。どれだけ精緻な作戦を考案しても、自分でそれをぶち壊すマネをしてしまえば功績などあってないようなもの。否、将兵の命を無為に危険に晒しているのだから、はっきり害悪と断言できる。
 ほぼ勝敗は決していたのだから、騎馬戦に慣れる好機だったのは間違いない。だが、それでも作戦立案者として、指揮官として、あそこは後方に控えているべきであった。そうすれば、何の危険もなく勝利を手にすることが出来たのだから。


 勝利のために自分が定めた道筋を、わずかな利とその場の思いつきで簡単に違えてしまう。端的にいえば、俺には自分の策に殉じる覚悟がなかったのだ。
 張莫に「策士としてもなかなかのもの」みたいに言われて調子に乗っていたつもりは断じてないが、そう言われても仕方のない失態である。
 鄧範や鍾会は何度か俺の作戦を小細工と評したが、あれは作戦への批判というより(もちろんそれもあっただろうが)俺の不安定さを直感的に見抜いていたのかもしれない。




「――そういった反省を踏まえ、これからは質実剛健を旨として努めていく所存でござる」
 自分で思っている分には何の問題もないが、口にすると恥ずかしいコトというのは結構あるものだ。最後にござるとかいったのは照れ隠しである。
 だが、徐晃と司馬孚は真剣に俺の話を聞いてくれており、くすりとも笑わなかった。こういうのは地味に嬉しい。
「そっか。それで最近の訓練、すごく身が入っているんだね」
 徐晃はそういって納得し、司馬孚もコクコクと繰り返しうなずいている。両の手を握り締めているところを見るに、自分も負けないように頑張ろう、とか思っているのかもしれない。あいかわらず可愛らしい司馬家の家長さまだった。 




◆◆




 今、俺たちがいるのは、つい先日まで張莫が使っていた城主の部屋である。
 不精して――もとい軍務の処理で忙しかったので部屋に食事を運んでもらい、徐晃たちと一緒に食べていたのだが、その部屋の中に、不意に廊下から何者かの駆ける音が響いてきた。
 俺と徐晃は席を立つと、目配せをして司馬孚を部屋の奥側にかくまう。まさか虎牢関の最奥に刺客が忍び込んでくるとも思えないが、注意するに越したことはない。はじめ司馬孚は戸惑っていたが、すぐに状況を察しておとなしく従ってくれた。


 まあ、仮に刺客だとしても徐晃がいてくれれば滅多なことはあるまい。もし徐晃をもってしても防げない凄腕の相手だったら、そのときはもう仕方ない。いさぎよく最後まであがくとしよう。
 いさぎよく、という言葉に正面から喧嘩を売りつつ、俺は近づいてくる足音の主を待つ。
 部屋の前までやってきた足音の主は、ここまで駆けとおしてきた勢いそのままに、勢いよく扉を開いた。というか、蹴り飛ばした(ように見えた)。


「北郷、すぐに軍議の間に来てくれ!」
 現れたのは、見るからに上等の戦袍をまとった鍾会、字を士季という少女である。
 さきほどの会話でもあったように、俺と鍾会は今ひとつうまくいっていないのだが、それでも鍾会は俺の部下として最低限の礼儀は守っている。
 その鍾会らしからぬ態度を見て、俺は思わず眉をひそめた。
「誰かと思えば士季どのですか。どうしたのです、そのように慌てて?」
「慌ててなどいない。ただ単に一刻を争う事態なんだ。洛陽に偵察に出た者が戻ってきた」


 鍾会は虎牢関に来るに際し、鍾家の手勢を三十名ばかり引き連れてきた。先日、その中の何人かを洛陽の偵察に出したいと言われ、俺はそれを許可した。その彼らが戻ってきたということは鍾会の言葉から明らかであったが、鍾会をして「一刻を争う」と言わしめた事態とは何なのか。知らず、室内にいた者たちの顔に緊張が走った。
「洛陽で大規模な戦闘が起こった」
 廊下を早足で歩きながら、鍾会が口早にそう告げる。
 最初に脳裏にひらめいたのは、洛陽政権で同士討ちが起こったのか、という推測だった。李儒が皇帝に牙をむいたか、あるいは李儒の横暴に対して皇帝ないし側近が追討の兵を挙げたのではないか。そう思ったのだ。


 だが、鍾会はかぶりを振って、そのいずれも否定する。
「内乱ではない。北の方角から突如あらわれた大軍が、洛陽の北壁に攻めかかったそうだ。さすがに正確な兵力はまだつかめていないが、部下の言によれば一万や二万でないことは確かだ、と」
 少なくとも四万、おそらくは五万近い大軍。それが偵察の持ち帰った報告だという。
「四万から五万……それも北から」
 南から大軍が洛陽に入ったというならまだわかる。宛からの援軍だろう。それでも数が多すぎるが、民を徴用すれば不可能な数ではない。


 だが、北からあらわれ、しかも洛陽を襲撃したとなると、その軍の所属の見当がつかない。敵の敵は味方という理論でいけば、俺たちにとってその軍は味方である。曹操か、あるいは張莫あたりがひそかに北まわりで兵力を動かしていたのだろうか、と思わないでもない。しかし、今の曹操軍に洛陽方面に大軍を動かす余裕があるとは考えにくい。それだけの兵力があるなら、奇策など弄さず、虎牢関経由で洛陽に攻めかかった方が手間も費用もかからないだろう。
 となると、あらわれた軍勢は曹操軍ではない。
 北の方角からあらわれる大軍。曹操軍以外で、それだけの大軍を集められる勢力はごくごく限られる。まさか、と思うが――鍾会の言葉や急ぎ具合からして、それが一番可能性が高そうだ。


「……『袁』の旗があがっていた、という報告がありましたか?」
 ちょうど軍議の間が見えてきたあたりで、俺は静かに問いを投げる。
 すると、鍾会は緩やかに波打つ髪をゆらして振り返り、唇の端に笑みをひらめかせた。
「着くまでに気付いたか。そのとおりだ。ついでに言えば『高』の旗もあがっていたという。袁紹麾下で高姓の将、しかもこの時期に大軍を動かせるとなると、まず間違いなく并州の高幹だろう。どうやら壷関から一気に南下して黄河を渡ったらしいな」


 それを聞き、司馬孚の顔に不安の色がよぎったのを、俺は視覚によらず見抜いていた。
 司馬家の本領は河内郡の温県にある。并州軍が南下したとなると、温県も攻撃目標に含まれている可能性が高い。妹たちは許昌にいるとはいえ、故郷が蹂躙されたかもしれないと思えば、司馬孚も平静ではいられまい。
 だが、司馬孚は口を引き結んで言葉を飲み込んでいる。今は自分の不安を口にする時ではない、とわきまえているのだろう。
 当然、鍾会もそんな司馬孚の様子に気付いているはずだった。しかし、鍾会は安易な予測で司馬孚の不安を散じようとはしない。司馬孚の判断を正しいと考えているからだろう。


 そうとわかれば、俺も下手ななぐさめを口にすることはできない。
 それに、鍾会が一刻を争うと口にした理由も今ならばわかる。この時期、袁紹がわざわざ洛陽政権を潰すために兵を出すはずがない。その最終的な目標は許昌に違いなく、遠からず并州軍が虎牢関に殺到してくるのは確実なのだ。
 荀正率いる一万五千の南陽軍をようやく撃退したところに、高幹率いる并州軍五万とか洒落にならん。最悪の場合、虎牢関どころか汜水関すら落とされるかもしれない。
 そうなれば、并州軍に許昌を直撃されてしまう。今の許昌には張莫が控えているため、そう簡単に落ちることはないだろうが、苦戦は免れないだろう。なにより、并州軍が許昌に迫れば、白馬で袁紹軍と対峙している曹操本隊も退却せざるを得なくなる。戦況が、坂道を転げ落ちるように悪化の一途をたどることは火を見るより明らかであった。


「……まさか昨日までの敵の奮戦を期待することになろうとは」
 ぽつりと呟く。
 そう、ぶっちゃけ洛陽勢に奮闘してもらい、并州軍を一日でも長く洛陽に引き付けておいてもらわねばならない。
 ただまあ、その望みは果てしなく薄いのだが。


 鍾会も肩をすくめて俺に同意する。
「高幹にしてみれば洛陽はついでだ。ここで時を費やせば、許昌にたどり着くのがそれだけ遅くなる。それでもあえて洛陽を攻めたということは、高幹は虎牢関と洛陽の情報を掴んでいると考えるべきだろう。今の洛陽勢の主力は南陽軍であり、その南陽軍は半数がぼくたちに負けて使い物にならない状態だ。今、洛陽に攻め寄せれば、これを落とすのはさして難しいことではない――高幹はそう判断して、後顧の憂いを断っておくことにしたのだろう」
「李儒の存在をつかんでいれば、あの人物を背後に置いて許昌を目指すことに危険をおぼえても不思議ではないですし、おそらくそのとおりでしょう」


 結論として、南陽軍が并州軍をおさえることが出来る可能性はきわめて低い、と判断せざるを得ない。
 洛陽には討たねばならない敵もいるが、助けなければならない人もいる。かといって、まさか洛陽を援けるために俺たちが兵を出すわけにはいかない。そもそも今の虎牢関の兵力は俺があずかった三千に加えて、鍾会が率いてきた四千の援軍をあわせて七千程度しかいない。
 しかも、先の攻防で死傷者は千を越え、実質的にはかろうじて六千に届くかどうかといったところだ。主体的に戦況を動かすには、いささかならず戦力が足りなかった。
 

 これから先の多忙さを思い、俺は胸中で呟く。
 やはり、食べられる時に食べておいて正解だった、と。




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