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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:7a1194b1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/19 23:14

「うむ、実に見事な逃げっぷりだったな、北郷。さすがの西涼軍もすっかりだまされていたぞ」
「……それはまあ本気で逃げましたから。というか、あらかじめ私の意図は伝えておいたはずですが?」
「いやなに、あれを佯敗ということにしておけば、作戦の立案のみならず、実際の戦場におけるお前の功も際立つというもの。華琳への報告でも最大限称揚しておくから、褒美を楽しみにしているがいい。今回の戦ではさすがに間に合わなかったが、お前用の軍旗なんかどうだ?」
「……念のためにうかがいますが、でかでかと『宇宙』とか記した旗をつくる気ではないでしょうね?」
「むろん、そんなせせこましいまねはしないさ。悪来(典韋のこと)でも持てないほどの黒絹の大旗に、お前の名と称号をすべて記してや……」
「生地と糸と旗作りの職人さんの労力の無駄遣いなのでやめてください」


 なにやら上機嫌な張莫の戯言を遮り、俺は目の前の卓に置かれていた白湯を口にして深々と息を吐いた。別に張莫へのあてつけではなく、単純に疲れ果てていたのだ。かなうことなら今すぐにでも横になってしまいたいほどに。
 張莫もそのことはわかっていたのか、こちらの労をねぎらうように軽く肩を叩く。
「まあ軍旗云々はともかく、褒美については本気だぞ。お前の作戦が功を奏したのは事実だからな」
 張莫がそういうと、この場にいる棗祗、衛茲、徐晃といった武将たちも頷いてくれた。


 棗祗は年の頃は三十半ば。陳留勢でも指折りの武将なのだが、そうとは思えない穏やかな容貌の持ち主で、武官よりも文官といった方がしっくりくる。というか、実際、能吏としても名の通った人物だから、文官といっても間違いではなかったりする。
 もう一人、衛茲という武将もこの場にいるのだが、こちらは棗祗に輪をかけて武官らしからぬ人物であった。なにしろ色白、無口、優男と三拍子揃っている。
 軍議の場でも求められれば意見を述べるが、基本的には常に黙している。といっても、他者を拒絶する類の沈黙ではなく、話しかければ柔和な微笑を浮かべて応じてくれるし、その声がまた美声だったりする。聞けば陳留の女性にも大人気だそうな。
 ちなみに、二人とも男性である。


 そんな人たちに功を認められて嬉しくないわけはない。
 が、手放しで喜ぶ気にもなれなかった。何故といって、今回の俺の作戦は、作戦と呼べるような代物ではなかったからだ。
 遮るもののない地形で、騎兵と歩兵が激突すれば、どうしたところで歩兵側が不利になる。そして、部隊を預けられて日が浅い、というか、ほとんど間もない俺が、もっとも崩れる可能性が高いのは自明である。
 俺の作戦というのは、そういったことを考慮して、俺自身を先陣の中央に配し、弓兵部隊を左右の部隊の後方に置くという変則的な布陣にした――これだけであった。
 俺が敵の騎兵部隊に追われて逃げていた際、徐晃は絶好のタイミングでこれを撃ってくれたが、あれは俺の作戦上の行動ではなく、遊撃隊として控えていた徐晃の戦術眼の賜物であった。


 敵が正面からではなく、機動力を活かして側面へ回り込み、あるいは後方の本隊を直撃してくる可能性もあった。そうなれば、俺の作戦はまったく意味のないものに変じてしまっていただろう。
 ついでに付け加えれば、俺は麾下の将兵に作戦の意図は伝えていなかった。昨日今日預けられた部隊で、偽退だの佯敗だのといった高度に戦術的な行動をとれるはずもない以上、伝える意味がないのだ。
 実際、退くことなく勝てればそれに越したことはないわけで、俺自身、本気で勝つつもりで戦っていた。
 だから、今日の俺の後退は、戦術上のものではなく、本気で敵の攻勢を支えきれなくなったゆえである。
 俺が素直に諸将の賛辞を受け容れられない理由はこれで明らかだろう。




 そんな俺の微妙な気持ちを知ってか否か、張莫は肩を叩いていた手を背中にまわし、いささか乱暴にばんばんと叩いてくる。
「だからこそ、あの敵将――公明によれば鳳徳というらしいが、鳳徳を罠におとせたのだ。十分すぎるほどの手柄だよ。あの後、敵が本隊を動かさなかったのは、こちらの罠を警戒してのことだろう。これもまたお前の手柄といっても過言ではないな」
「手柄というなら、あんな……ごほん、あの作戦できっちりと西涼軍を食い止めてしまった陳留の将兵こそが一番手柄でしょう。褒美を与えるならば、私などより将兵の方にお願いしたいところです」
「ふむ、北郷がそういうのなら、それでよかろう。人数分のお前の軍旗を用意するのは大変そうだが、そこは華琳に頼み込んで是が非でも数を揃えてやろうではないか。これでお前の名は陳留の将兵の間にもあまねく知れ渡ることだろう」
「心の底から申し上げますが、意を用いる部分が完璧に的を外しています。軍旗製作にかかる費用を、現金でそのまま渡してあげてください」
 俺の声がため息まじりであることを、一体誰が非難できるのか。いや、誰もできないであろう。
 心中でそんなことを呟きつつ、俺は昼間の戦いを思い起こしていた。




◆◆




 日が中天に差し掛かる頃に始まった両軍の戦闘は日没まで続いた。
 とはいえ、その間、ずっと間断なく血が流れていたわけではない。敵将である姜維の横撃により、鳳徳の部隊の包囲が突き崩された後は、両軍入り乱れての乱戦になったが、これは双方の将が一旦兵を退かせたことで痛みわけの形で終了した。
 この頃には俺も自分の部隊を立て直して戦線に戻っており、曹操軍と西涼軍は再びぶつかりあったのだが、それは最初の激突ほど激しいものではなかった。
 陳留勢は騎兵よりも機動力の劣る歩兵を主体とした軍勢であるため、基本的には敵の攻撃に対応する形で動く。そのため、ここで積極的に攻勢を仕掛けようとはしなかった。
 一方の西涼軍は、鳳徳が一時とはいえ罠に落ちたことが尾を引いていたのか、さほど積極的な攻勢に出てこようとはしなかった。
 結局、張莫が口にしたとおり、両軍の本隊は最後まで本格的な戦闘に加わることなく、日没を迎えた両軍は示し合わせたように互いに兵を退いた。むろん、退却したわけではなく、明日に備えて野営の準備を始めたのである。


 張莫は西涼軍の夜襲を警戒して篝火を盛大に焚かせ、簡易的ながら馬防柵をもくみ上げて陣地の要所に配置した。歩哨にあたっているのは、昼間の戦闘で結果として体力を温存した形になった本隊の将兵である。規律正しく、整然と行動する彼らの姿を見れば、たとえ西涼軍が夜襲を実行しようとも、そう簡単に成果をあげることは不可能であろうと信じることができた。


 俺が疲れた身体に鞭打って、陣営の真っ只中にある張莫の天幕までやってきたのは、張莫に呼ばれたからであったが、明日以降の戦いについての見解を聞いておくためでもあった。
 なにしろ虎牢関を陥とすと命令したとはいえ、張莫はその具体的な手段までは口にしていないのである。たとえこのまま正面から西涼軍を撃破したとしても、虎牢関にはなお五千近い軍勢が立てこもっており、これを陥とすのは容易なことではない。
 むろん、それ以前に西涼軍を撃破することだって、まったくもって容易なことではないのだが。



 ちなみに、昼間、俺が相手をしていた武将が鳳徳だと知ったのはこの時である。おまけに敵のもう一人はあの姜維であるという。まあ旗印を見た時から、もしや、とは思っていたが、それで衝撃が薄れるわけではない。なんでこの時期に姜維が馬騰軍にいるんだろうか。というか、馬超、姜維、鳳徳とか、なにその涼州三傑みたいな組み合わせ。
「……よく無事だったな、俺」
 思わず首をすくめて呟く。その瞬間、頬やら腕やらにずきりと痛みがはしる。昼間の戦いでいつの間にか負っていた傷だが、鳳徳と戦い、敗れて逃げ回ってこの程度の傷で済んだのは、むしろ幸運だったというべきなのかもしれない。


 そのうちどこかで鄧艾とか鍾会に出会っても驚かないようにしよう、などと考えていると、張莫が口を開いた。
「さて、昼間の戦いで疲れている皆にこれ以上の労を強いるのは忍びないのだが、ここが勝負の際である。もうしばらく付き合ってもらうぞ」
 それを聞き、俺の脳裏にひらめいたのは夜襲であった。おそらく、他の三人も同様であったろう。
 なるほど、夜間であれば、少なくとも昼間よりは騎兵の行動も鈍くなるし、不意をついて敵を陣内に押し込むことが出来れば勝利も得やすい。
 だが、問題は向こうとて夜襲の警戒くらいは必ずしているはずだ、ということである。敵軍に姜維がいるとなると、下手な夜襲は敗北の原因にもなりかねない。


 まあ、姜維の存在はともかく、俺が考える程度のことは張莫とて承知していると思うので、あえて反対を唱える必要はないだろうが、などと考えつつ、俺は張莫の言葉の続きを待った。
 そんな俺の前で、張莫は実にあっさりとした調子でこう言った。


 ――これより虎牢関を陥とす、と。




◆◆◆




 司州河内郡 虎牢関


 虎牢関の城壁の上に立っている若い歩哨は、彼方から響いてくる笑声を耳にし、もう何度目のことか、鋭い舌打ちの音をたてた。夜間の見張りなどという面倒な仕事を押し付けられた上、押し付けた者たちがばか騒ぎをしているのを耳にすれば平静ではいられない。
「酒もはいっているな、あの様子だと」
「うらやましいこったな」
 若い歩哨の声を耳にとめたのだろう、隣に立つ年配の兵士が苦笑と共にそう言った。
 現在、虎牢関に駐留している兵士は、守将である樊稠に率いられてやってきた弘農兵と、洛陽で徴募された洛陽兵の二つに分けられる。関内における立場は、当然のように樊稠を戴く弘農兵が上である。見張りを押し付けられた彼らが、いずれに属するかは語るまでもないだろう。


「まあ、わしは飯が食えるだけで満足じゃが……ん?」
 何か言いかけた年配の兵士が、不意に怪訝そうに眉をひそめた。どうしたのか、と口にしかけた歩哨も、すぐにその音に気がついた。それは騎馬が地面を蹴りつける音であった。
 弘農兵の酒盛りの音に混じっていた馬蹄の轟きは、一秒ごとにその音を高め、今や城壁の上に立つすべての兵士たちが気がついていた。
 警戒の声が各処から立ち上るが、その声に緊張の色は薄い。出撃した西涼軍が敗れたという報せは未だ届いておらず、であればやってくるのはほぼ間違いなく味方の軍勢である、と多くの者たちが考えていたからである。


 事実、虎牢関の城門前に姿を現した騎兵たちは『馬』の旗を掲げた西涼軍であった。 ただし、伝令にしては数が多い。百騎はくだらないだろう。何事か、と城壁の上から兵士たちが問いかける前に、騎兵の先頭を駆けていた者の口から、凛と澄んだ声が放たれた。
「城壁上の兵に告げる、あたしは西涼軍の馬孟起だ! 曹操軍の捕虜より、看過しえぬ情報を得たため、これについて樊将軍と相談すべく戻ってきた。至急、開門を願うッ!」
 城壁の上では煌々と篝火が焚かれていたが、虎牢関の高い城壁が仇となり、篝火の明かりは城壁の下までは届かない。ゆえに馬超の顔立ちは確認できなかったが、身にまとっているのは白衣白甲、乗っているのも白馬であり、そのいでたちはまさしく馬超のものだった。馬超の周囲の騎兵も同様に西涼軍の軍装に間違いない。


 馬超は快活な為人で、洛陽兵の中にも関内で馬超に声をかけられた経験を持つ者は少なからずいた。馬超が姜維と声高にやりあっている際、その声を耳にした兵も多い。
 彼らは等しく今の声が馬超本人のものであると認めた。それでも、ただちに開門を、と言われて洛陽兵は躊躇してしまう。
 罠を疑った、というよりは単純に責任の生じる行動を回避したかったのだろう。数人が、弘農兵の下に報告に走る。弘農兵から守将である樊稠に連絡が行けば、樊稠が開門の可否を判断するだろう。
 そう考えた洛陽兵であったが、城壁の下にいる人物はそんな彼らの心情を掌を指すように承知しているらしい。
 呆れと苛立たしさを混ぜ合わせた声を張り上げた。
「城壁の上にいるは洛陽の兵と見るが、至急の用ゆえみずから足を運んだこのあたしを門前で待たせるつもりならば、その責は軽くないと知っておけよ。再度の開門は求めない。お前たち自身で判断が出来ないのなら、はやく樊将軍にあたしが来たことを伝えて来いッ」


 突き放した馬超の物言いに、洛陽兵が不安げな視線を交し合う。とはいえ、ここではいわかりましたと城門を開くほどの決断も下せない。そもそも、彼らにそんな権限はなく、その権限を持っている守備隊長は見張りの役目を洛陽兵におしつけ、部下と共に奥に引っ込んでいるのである。
 と、報告を聞いて慌てて駆けつけたのだろう。弘農勢に属する守備隊長が姿をあらわした。そして、立ち尽くしている洛陽兵を甲高い声で叱咤する。
「何をぼんやり突っ立っているのか、ばかどもが! いつから貴様らは錦馬超殿を閉め出せるほどにえらくなった?! さっさと城門を開けィ!」
 隊長はひとしきり洛陽兵たちを罵ると、城壁下にいる馬超に釈明をはじめた。
「洛陽の雑兵どもが失礼をいたした、馬将軍。ただちに門を開けますゆえ、お通り下され!」
「樊将軍の兵か? 感謝するッ」
「感謝などとんでもない、当然のことです。ただ、将軍を門外でお待たせしようとしたことは我ら弘農の部隊の本意ではございません。どうかそのことは――」
「承知している。素早い対応に感謝こそすれ、罪を問うたりはしないさ。それよりも急ぎ門を開けてくれ。この戦のみならず、洛陽の朝廷の行く末をも左右する報告なんだ」
「は、ただちに!」


 しばし後、重い地響きの音と共に虎牢関の城門が開かれる。むろん、完全に開放したわけではなく、騎兵一人がかろうじて通れるかどうかといった狭い隙間を開けただけだったが、馬超麾下の西涼軍はその隙間を苦もなく次々と通り抜けていく。
 その間、転がるように城壁上から下りてきた隊長は、馬を止めている馬超のもとへ駆け寄ってさらに釈明を繰り返そうとして――ふと、視線の先に佇む馬超の姿に違和感を覚えた。


 白馬に跨り、白衣白甲を身にまとう西涼の錦。威風堂々たるその姿は、しかし、虎牢関の中で幾度も見かけた馬超のものと何故か重ならない。
 違和感が形をもってあらわれたのは、虎を模した馬超の兜からこぼれでた髪を目にした時である。
 西方の異民族の血を引く馬超の髪の色は黄褐色。城壁上から見下ろした時は周囲が暗がりだったこと、また馬超が髪のほとんどを兜の内におさめていたので気がつかなかったが、こうして関内の灯火に照らされた髪に目を向ければ、その色は黄褐色というよりはずっと赤茶けた――否、もっとはっきりと赤い。
 緋の色合いは、灯火の照り返しを受けたゆえの錯覚なのだろうか……



 その思考が消え去らないうちに、馬超から声がかけられる。
「お前が守備隊の長か?」
「は、はい、さようです、馬将軍。すでに人をやっておりますゆえ、間もなく樊将軍もこちらにお越しになられるかと」
「それは助かる。この広い関の中、将の姿を求めて駆け回るのは骨だからな」
 それを聞いた隊長は、その場で足を止めた。何故か首筋につめたいものを感じたのである。別に馬超が声を荒げたわけでもないのだが。


 長の戸惑いに構わず、馬超は続けて口を開く。
「そうだ、長よ。あたしが掴んだ情報、お前には先に教えておこう」
「は? あ、いや、それは我が身に過ぎたことですので、樊将軍に……」
 馬超が馬首をこちらに向けるのをみて、隊長は一歩あとずさった。馬超は気にした風もなく、さらに馬を進ませて距離を詰めてくる。
「己が分をわきまえた発言だな。しかし、気にすることはない。どのみち、明日には一兵卒に至るまで知れ渡っていることだ。情報というのはな、この虎牢関が陥落し、洛陽の朝廷がその身を守る盾を失った、ということだよ」


 ――気がつけば、馬超は隊長のすぐ近くにまでやってきていた。
 だが、隊長は言葉の方に注意を割かれ、その事実に気がつかない。
「しょ、将軍、何をおっしゃって……?」
 その問いに対し、返ってきた答えは、呆れた響きを隠しおおせていなかった。
「今、決定的なことを告げたつもりなのだがな。いいかげんに気づけ、ばかもの」
「は……?」
 知らず、馬上の馬超の顔を見上げた長は、兜の下からのぞく容貌を見て思わず息をのんだ。
 そこにあったのは秀麗な、それこそ花のような顔(かんばせ)だった。馬超も優れた容姿の持ち主だが、この人物は馬超ではない。馬超がその眉目に西方の血を感じさせる鋭利さを宿しているのに対し、今、長が見上げている人物にはそれが欠けている。かわりにあるのは、中原の民の多くが理想とするような柔らかな美貌である。
 女性がかぶっていた兜を脱ぎ捨てると、中に収められていた豊かな髪があらわになる。不意に吹き付けてきた夜風になびいた髪は、隊長の視界を鮮やかな緋へと染め上げた。
 その色合いが灯火の反射によるものではないことは、誰の目にも明らかであった。



「陳留太守張孟卓である。無能か、保身か、小心か、いずれか知らぬが門を開けてくれたこと、感謝するぞ、長よ。大口を叩いて出てきた手前、見破られましたとすごすご帰るわけにはいかなかったからな」
 張莫がそう言っている間にも、配下の騎兵は行動に移っていた。
 突如として牙をむいてきた西涼軍を前に、弘農、洛陽を問わず、関の守備兵はまったく為す術なく切り倒され、驚愕と怒号と絶鳴が渦を巻いて関内に溢れた。
 守備兵の多くは張莫と隊長のやりとりなど知らない。そして、張莫の配下はわざわざ自分たちが曹操軍だ、などとは名乗らなかった。ゆえに、ほとんどの守備兵が、味方である西涼軍から攻撃を受けている、と誤解したのである。
 混乱が誤解を生み、誤解が混乱を拡げた。それは張莫麾下の兵士が虎牢関の城門を開け放つにいたって爆発的な拡大を見せ、西涼軍謀反の報となって守将である樊稠の下へ届けられることになる。




◆◆ 




 虎牢関の城門が音を立てて開かれていく。
 先刻のようにほんのわずかな隙間を開けるためではなく、完全に開放するために。
 その情景と、もれ聞こえてくる関内の混乱の物音が、万言に優る効果をもって、作戦の成功を俺に伝えてくれた。
「『彼方に聳えるあの虎牢関、別に陥としてしまっても構わんのだろう』……か」
 いつかの張莫の台詞を思い起こし、俺は苦笑を浮かべかけたが、それは面にあらわれるまえに立ち消えてしまう。残ったのは、どこかうそ寒い感情であった。
 表面的な言動で、張莫の為人を見切った気になっていたわけではないが、ここまで周到に先を見据えて行動していたとは全く予想の外というしかない。
 ……まあ肝が声真似の作戦を、予備知識もなしに事前に見抜けるようなやつがいたら、それは天才というより変人であろうけれど。


 思い返せば、司馬家の兵と共に虎牢関に向かった時も、張莫は馬超の声を聞いておきたいというようなことを口にしていた。
 顔を見ておきたいという程度の意味だと思って大して気にとめてはいなかったが、あの時点で張莫は今日の奇襲を思い描いていたのだろう。
 ただ馬超の声を確認するためだけではない。自らの存在をあからさまにして敵兵の突出を誘い、自軍の手ごわさを印象づけると同時に、捕虜をとってより詳細な虎牢関内の情報を得る。
 馬超率いる西涼軍一万、樊稠率いる弘農軍三千、そして洛陽で徴募されて間もない二千の兵。
 張莫が汜水関を出撃すれば、先の戦闘で痛撃を被った樊稠が西涼軍を差し向けてくることは容易に予測できる。
 そうして西涼軍を虎牢関から切り離し、自軍で足止めしている間に夜陰に乗じて虎牢関へ急行、曹操が評していわく『神業』の声真似で馬超を装い、城門を開けさせる。
 西涼軍の旗やら軍装やらは、昼間の戦場で回収したものを使っているわけだが(張莫の白馬と白衣白甲はあらかじめ用意しておいた物)、当然、関内の兵は張莫の行動を西涼軍の謀反――洛陽ではなく許昌の朝廷を選んだゆえの行動とみなすだろう。それは洛陽の朝廷にとって計り知れない打撃と混乱をもたらすに違いない。



 ただ馬超の声を上手にまねるだけではない。そうすることが勝利へと結びつく――その状況をつくりあげるまでの手腕が尋常ではない。そして、その勝利をただこの戦場のみのものとせず、今後の戦局を大きく左右するものへと化けさせる手並みにいたっては空恐ろしいほどだった。
「曹丞相が同じ時に違う場所にいるようなものだよな、これ……」
 頼もしいといえば頼もしいのだが、今後のことを考えると恐ろしくもある。張莫が陳留の太守以上の権限を与えられ、丞相府で重きをなすようになった時、曹操軍の行動力は飛躍的に増加するのではないか。
 なにしろ曹操に匹敵ないし迫る人物がいるのだから、曹操自身が許昌を動かずとも大規模な作戦が展開できる。逆に曹操が出撃し、張莫が留守を守るという形をとることも可能だろう。これまで曹操がそうしなかったのは、やはり兌州の乱の影響が、曹操軍内でも抜けきっていなかったから、と見るべきか。
 となると、この戦いの勝利は曹操軍にとってさらに大きな価値と意味を有するわけで……


「――って、今はそんなこと考えている場合じゃないな」
 俺は先走りかけた自分の手綱を引き締める。この戦いが後にどのような影響を及ぼそうと、それを理由として手を抜くようなまねはできない。張莫は昼間の戦いに参加した俺や徐晃、司馬家の軍をこの襲撃にあえて加えた。それが、それぞれに明確な功績を必要とする俺たちへの心遣いであることは間違いない。
 その心遣いに応える意味でも、汜水関で待っている司馬孚のためにも、勝利を得るために専心する義務が俺にはある。


 開かれた虎牢関の城門に向け、闇に隠れていた曹操軍が駆け込んでいく。兵数だけを見れば、俺たちは敵の十分の一程度なのだが、関内の敵の混乱ぶりを見れば敗北の可能性は皆無であると断言できる。
 俺は虎牢関に入るや、すぐに馬を下りて地面に降り立ち、持っていた剣を抜く。視界に映るのは、はや逃げ腰になっている粗末な格好をした兵士である。おそらく洛陽で徴募された兵士なのだろう。となると、そんな兵士を叱咤している連中が弘農兵か。
 ――ふむ。


「虎牢関の守備兵に告げる!」
 急に俺が声を高めたもので、隣の徐晃が驚いたようにこちらを見つめてくるが、説明は後回し。
「我らは曹丞相が麾下、張孟卓様の兵である。すでに西涼の馬超殿は洛陽の朝廷に義なしと判断し、我らにくみすることを誓約した。我らと西涼の精鋭を同時に相手取り、勝利しえると考えるならば戦いを続けるがいい。かなわぬと思うならば武器をすてて降伏しろ! 降伏が肯えぬというのならば逃げ出すがいい! 我らにくみせず、この関にとどまる者に待つは、ただ死のみぞ!」


 俺の声に敏感に反応したのは、洛陽で徴募されたとおぼしき兵たちである。元々、事態がわからず、逃げ腰であった彼らは、西涼軍も敵にまわったと聞いて完全に戦意を喪失したようだった。
 弘農兵はそこまであからさまに動揺はしていないが、やはり西涼軍が敵にまわったという言葉には衝撃を隠せない様子であった。
 俺の言葉をただの妄言だと切り捨てることは、彼らには出来なかった。西涼軍の軍装をまとった陳留の兵は、今も各処で暴れまわっているのだから。
 背を向ける者、武器を捨てる者、それらを阻もうと怒号をあげる者、こちらに向かって斬りかかって来る者、反応は様々であったが、混乱が加速したことは間違いない。


 思った以上の効果が出たことに、俺は内心でほっと安堵の息を吐いた。昼間の敵とは比べ物にならないとはいえ、こちらが数の上で劣っていることは事実。どんな拍子で形勢が逆転しないものでもない。
 ゆえに、なすべきことはぬかりなく為しておかねばならない。それが結果として勝利という形に結びつく――否、それをしない者に勝利が得られるはずはないのだ。
 そんなことを考えていると、不意に隣から声をかけられた。
「……北郷さん」
「なんです、公明殿?」
「私としては、太守様と同じくらいに北郷さんも厄介な人だと思いますよ? ええ、色々な意味で」
 どこか呆れたようなその物言いが、妙に真剣味を帯びて聞こえたのは……きっと俺の気のせいだったのだろう。うん、そうに違いない。





◆◆◆





 明けて翌日。
 先夜、棗祗、衛茲の二将による夜襲を凌ぎ、したたかに逆撃を加えることにも成功した西涼軍の陣中に、戦勝の喜びを凍結させる報告がもたらされる。
 報告が知らせたのは、虎牢関の城壁に翻る旗印は『曹』と『張』の二つである、ということだった。それは曹操軍によって虎牢関が陥とされたことを意味する。馬超らは報告の真偽を確かめるためにただちに馬を飛ばし、自らの目で報告に間違いがないことを確認する。
 馬超はもちろんのこと、さすがの姜維や鳳徳も数瞬の沈黙を余儀なくされた。先夜の奇襲、さらに本陣を守っていた兵数を考慮すれば、たとえ曹操軍が別働隊を組織していたとしても、その数は千を越えることはまずないはず。汜水関の守備兵が、関を空にして急進してきたとしても、二千にも届かないだろう。そんな寡兵で、五千の兵が立てこもる虎牢関が一夜にして陥とされるなどということがありえるのか。
 だが、事実は事実。ありえないとうめいたところで、眼前の旗印がかわるわけではない。虎牢関が陥とされた以上、西涼軍は前方を汜水関に、後方を虎牢関に塞がれた形になる。一刻も早く動き出さなければならなかった。
 そう考える各将は、幸か不幸か、この時、自分たちにかけられた不名誉な疑惑をいまだ知らずにいた。



 一方、洛陽にも日をおかずして虎牢関陥落、西涼軍謀反の報がもたらされ、朝廷は蜂の巣をひっくり返したような騒ぎに包まれる。
 この時、西涼軍は馬超の従妹である馬岱を朝廷に留めており、朝臣たちの中には馬岱斬るべしと声高に唱える者が相次いだが、少しでも先の見える者たちはすでに洛陽を退去する準備にとりかかっていた。
 虎牢関が陥とされた以上、洛陽は丸裸にされたといっていい。西涼軍の謀反が事実であれ、偽報であれ、勝敗はすでに定まった――多くの者がそのように考えたのである。
 わずかでも利を得ようとして集まった者たちだ。利が失われたと判断するや、去ることもまた早かった。 
 これに対し、南陽太守の李儒は、南陽からみずからの部隊を洛陽に呼び寄せることを決断。これまではあくまで洛陽の朝廷を主とし、その影で動いてきた李儒であったが、ここにおいて公然とその存在を表にあらわしはじめた。




 かくて李儒率いる南陽軍は慌しく動き始める。
 それは同時に、南陽郡と隣接する荊州牧劉表の領内にも影響を与えずにはおかなかった。
 現在、荊州では劉表の後継者の座をめぐり、劉琦、劉琮の姉妹の対立が激しくなっていた。より正確にいえば、その二人の背後にいる新野城主劉備と、荊州の有力者である蔡瑁との対立であった。
 もっとも、劉琦はすでに病身をはばかって後継者の資格を放棄して久しく、劉備にしても野心をもって劉琦に接しているわけではない。
 だが、劉琦の聡明さと劉備の武力との結合を恐れた蔡瑁は、劉表に働きかけて劉備を仲との最前線である新野に追いやり、劉備が不満ひとつもらさずに新野に赴任して以後も、事あるごとにその排除を進言してやまなかった。


 こうなると、劉備の方も自衛のために動かざるを得ない。また、荊州内部でも蔡瑁の権勢に反感を抱く者、あるいは蔡瑁では袁術や曹操といった者たちから荊州を守りえぬと考える者がおり、彼らは自然と劉備に対して信望を寄せ始めていた。
 かくて望むと望まざるとに関わらず対立を深めていた両者にとって、南陽の動きは無視できないものだったのである。




 中原では曹操と袁紹の激突が間近に迫り、淮南では、いまだ噂の段階ながら、袁術に反旗を翻した呂布が寿春の南で袁術と対峙している。
 そのさらに南、長江を渡った江南の地でも、一時、地図の上からその勢力を消した英雄が胎動をはじめていた。
 中華の大地を覆う戦雲は未だ晴れず、それどころかさらに厚く立ちこめるばかり。いかなる智者の目をもってしても、その行く末を見通すことは容易ではないものと思われた……




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