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No.18153の一覧
[0] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 【第二部】[月桂](2010/05/04 15:57)
[1] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(二)[月桂](2010/05/04 15:57)
[2] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(三)[月桂](2010/06/10 02:12)
[3] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第一章 鴻漸之翼(四)[月桂](2010/06/14 22:03)
[4] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(一)[月桂](2010/07/03 18:34)
[5] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(二)[月桂](2010/07/03 18:33)
[6] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(三)[月桂](2010/07/05 18:14)
[7] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(四)[月桂](2010/07/06 23:24)
[8] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第二章 司馬之璧(五)[月桂](2010/07/08 00:35)
[9] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(一)[月桂](2010/07/12 21:31)
[10] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(二)[月桂](2010/07/14 00:25)
[11] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(三) [月桂](2010/07/19 15:24)
[12] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(四) [月桂](2010/07/19 15:24)
[13] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(五)[月桂](2010/07/19 15:24)
[14] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(六)[月桂](2010/07/20 23:01)
[15] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(七)[月桂](2010/07/23 18:36)
[16] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 幕間[月桂](2010/07/27 20:58)
[17] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(八)[月桂](2010/07/29 22:19)
[18] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(九)[月桂](2010/07/31 00:24)
[19] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十)[月桂](2010/08/02 18:08)
[20] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十一)[月桂](2010/08/05 14:28)
[21] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十二)[月桂](2010/08/07 22:21)
[22] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十三)[月桂](2010/08/09 17:38)
[23] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十四)[月桂](2010/12/12 12:50)
[24] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十五)[月桂](2010/12/12 12:50)
[25] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十六)[月桂](2010/12/12 12:49)
[26] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第三章 卵翼之檻(十七)[月桂](2010/12/12 12:49)
[27] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(一)[月桂](2010/12/12 12:47)
[28] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(二)[月桂](2010/12/15 21:22)
[29] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(三)[月桂](2011/01/05 23:46)
[30] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(四)[月桂](2011/01/09 01:56)
[31] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)[月桂](2011/05/30 01:21)
[32] 三国志外史  第二部に登場するオリジナル登場人物一覧[月桂](2011/07/16 20:48)
[33] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(一)[月桂](2011/05/30 01:19)
[34] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(二)[月桂](2011/06/02 23:24)
[35] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(三)[月桂](2012/01/03 15:33)
[36] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(四)[月桂](2012/01/08 01:32)
[37] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(五)[月桂](2012/03/17 16:12)
[38] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(六)[月桂](2012/01/15 22:30)
[39] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第四章 洛陽起義(七)[月桂](2012/01/19 23:14)
[40] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(一)[月桂](2012/03/28 23:20)
[41] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(二)[月桂](2012/03/29 00:57)
[42] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(三)[月桂](2012/04/06 01:03)
[43] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(四)[月桂](2012/04/07 19:41)
[44] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(五)[月桂](2012/04/17 22:29)
[45] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(六)[月桂](2012/04/22 00:06)
[46] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(七)[月桂](2012/05/02 00:22)
[47] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(八)[月桂](2012/05/05 16:50)
[48] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第五章 狼烟四起(九)[月桂](2012/05/18 22:09)
[49] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(一)[月桂](2012/11/18 23:00)
[50] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(二)[月桂](2012/12/05 20:04)
[51] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(三)[月桂](2012/12/08 19:19)
[52] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(四)[月桂](2012/12/12 20:08)
[53] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(五)[月桂](2012/12/26 23:04)
[54] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(六)[月桂](2012/12/26 23:03)
[55] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(七)[月桂](2012/12/29 18:01)
[56] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(八)[月桂](2013/01/01 00:11)
[57] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(九)[月桂](2013/01/05 22:45)
[58] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十)[月桂](2013/01/21 07:02)
[59] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十一)[月桂](2013/02/17 16:34)
[60] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十二)[月桂](2013/02/17 16:32)
[61] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第六章 黒風渡河(十三)[月桂](2013/02/17 16:14)
[62] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(一)[月桂](2013/04/17 21:33)
[63] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(二)[月桂](2013/04/30 00:52)
[64] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(三)[月桂](2013/05/15 22:51)
[65] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(四)[月桂](2013/05/20 21:15)
[66] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(五)[月桂](2013/05/26 23:23)
[67] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(六)[月桂](2013/06/15 10:30)
[68] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(七)[月桂](2013/06/15 10:30)
[69] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第七章 官渡大戦(八)[月桂](2013/06/15 14:17)
[70] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(一)[月桂](2014/01/31 22:57)
[71] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(二)[月桂](2014/02/08 21:18)
[72] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(三)[月桂](2014/02/18 23:10)
[73] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(四)[月桂](2014/02/20 23:27)
[74] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(五)[月桂](2014/02/20 23:21)
[75] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(六)[月桂](2014/02/23 19:49)
[76] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(七)[月桂](2014/03/01 21:49)
[77] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(八)[月桂](2014/03/01 21:42)
[78] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(九)[月桂](2014/03/06 22:27)
[79] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第八章 飛蝗襲来(十)[月桂](2014/03/06 22:20)
[80] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 第九章 青釭之剣(一)[月桂](2014/03/14 23:46)
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[18153] 三国志外史  ~恋姫†無双~ 幕間 桃雛淑志(五)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:cd1edaa7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/30 01:21
 高家堰砦の戦いからおよそ一ヶ月。それは太史慈が今後のことを考えるには十分すぎる時間といえた。
 もっとも今後のことと言っても選択肢はさほど多くはない。
 荊州に落ち延びた劉備の下へ参じるか。
 許昌に捕らわれたという北郷らを救いに行くかの二つに一つである。
 しかし、後者を選んだ場合でも北郷らを救ってから荊州に向かうことになるため、結局は荊州へ向かう前に許昌に行くか否か、考えるべきはその点のみであった。
 そして、太史慈には北郷らを放っておくという選択肢はあらゆる意味で選ぶことが出来ない。救出的な意味でも、その首根っこ掴まえて胸中で燃え盛るめらめらとした何かをぶつけてやる的な意味でも。
 つまりは結論などとうの昔に出ているのである。


 問題は許昌の情勢が不分明であることだ。
 淮南にいる太史慈たちには、広陵や淮北の詳しい情勢を調べようもない。高家堰砦に残った北郷たちが曹操軍に捕らわれたことはどうやら間違いないようだが、そもそもどうして曹操軍が高家堰砦に寄せてきたのかも定かではないのである。
 劉家軍は朝敵であり、その救援というのはありえない。太史慈が考えたのは、降伏した徐州の陳登らの要請で広陵太守の陳羣らを救いに来たのではないか、ということであった。それならば曹操軍が高家堰砦に姿をあらわしたことに関して、一応の説明はつくように思える。


 だが、もしそうだとすると、捕らえられた劉家軍の将兵に対する処罰が案じられてならなかった。
反抗した者には死を――それが徐州に攻め寄せた曹操軍のやり方であったからだ。
 ただ、陳羣らが生きていれば間違いなく北郷らの助命を請うてくれるだろうし、北郷自身もかつて曹操の母を助けたという事実がある。それゆえ、命までは取られないのではないか、と太史慈は考えていた。より正確にはそう信じ込もうとしていた。何故といって、そうでなければ北郷はとうに曹操軍によって処刑されていることになってしまうからである。


 幸いにも、というべきだろうか。北郷らは処刑を免れ、許昌に連れて行かれたらしい。
 しかし、太史慈は安堵の息を吐くどころか、新たな衝撃に絶句してしまう。
 噂の中に、淮北に残った関羽の名があったからである。
 あの関羽が曹操に降伏するはずはなく、太史慈の頭は疑問と不審ではちきれんばかりであった。一体、今、淮北の情勢はどうなっているのか。
 なんとか情報を集めたいと思ったが、しかし、袁術軍の追及の手を逃れるために身を潜めている太史慈たちに、情報を集める手管など残っているはずもない。他の人間に頼むことが出来ないわけではなかったが、下手に北の情報を集めようとすれば、仲の官吏に目をつけられてしまう可能性がある。
 なにより、たとえ淮北の詳細を知ることが出来たとしても、怪我が治っていない状態では動きようがない。それゆえ太史慈は疑問を飲み込み、傷の治療と体力の回復に専心するしかなかったのである。
 ……そんなままならない状態が、太史慈が内心に押し隠している焦慮とあいまって、とある人物へ向ける感情をやたらと尖鋭化させてたりもするのだが、それを自覚するには太史慈はまだ若すぎた。


 ともあれ、ようやく傷が癒えた今、太史慈を留める理由はなくなった。
 情報が集められないのなら、直接許昌へ行って自分の目で真実を確かめれば良いだけのこと。
 そう考え、出立の準備を進める太史慈のもとに二人連れの客が訪れたのは、間もなく日が沈もうかという時刻であった。
 


◆◆



 五斗米道施療院の一室。
 案内された太史慈がこの部屋をおとずれた時、室内は夕日の残光に照らされて紅く染まっていたが、今はその光源も稜線の彼方に沈み、壁には灯火に映し出された人影が揺れている。
 その中で、太史慈は二人の人物と向かい合っていた。




 魯粛、字を子敬。
 張紘、字を子綱。
 太史慈は淮南に知己はおらず、当然、目の前の二人とも面識はない。
 だが面識はなくても、その用件は察しがついた。そもそも人に知られないように身を隠している太史慈の下を訪れる人物など極々限られている。
 客が来た、と告げられた時から、その人物の氏素性は知らず、それが自分を匿ってくれた相手なのだろうと太史慈は推測していた。傷が癒えた今、そろそろ姿を見せるのではないかと考えていたところでもある。
 そして、その太史慈の推測は的を射ていた。
 この二人――正確には魯粛の方であるらしいが――こそが太史慈らを匿い、さらには袁術軍の追求の手が及ばないように計らってくれた恩人であったのだ。


 もっとも、当の魯粛は別に恩を着せるでもなく、むしろ太史慈が恐縮してしまうほどに礼儀正しく、敬意を込めて太史慈に頭を下げたものだった。その隣りでは、こちらも太史慈が内心でたじろぐほどに澄んだ眼差しに、興味と親愛を湛えて視線を向けてくる張紘の姿がある。
 見たところ、魯粛は太史慈より三つか四つばかり年上で、逆に張紘は三つほど年下であろうか(後刻、顔を真っ赤にした張紘に目いっぱい否定された。実際はほぼ同年)。
 太史慈は、てっきり命を救った代償として、彼女らが何やら難事を押し付けてくるものとばかり思っていたのだが、どうもそんな様子は見て取れない。


 魯粛らの思惑を測りかね、はて、と太史慈が首を傾げる。
 すると魯粛は、そんな太史慈の疑問に応えるように次の行動に移った。それは太史慈が求めてやまなかった情報を伝えることであった。
 これによって、太史慈はようやく知ることが出来た。高家堰砦の戦において、太史慈らが離脱した後に何が起こったのか。その後の淮北、許昌の情勢がどのように動いているのか、それらすべてを。






「……そういうことでしたか。だから、関将軍は曹軍と行動を共にしているのですね」
 魯粛の話を聞き終えた太史慈は、そう言って小さく息を吐いた。
 その太史慈に向け、魯粛はさらに一つの事実を付け足した。
「許昌の帝は、偽帝の軍を退けた劉家の功績をみずからの口で称えたそうだよ。朝敵の汚名は晴れたと見て良いと思う」
「それはなによりです。朝敵でなくなれば、関将軍や、かず――北郷殿らの身に危険が及ぶこともない。荊州の皆も、安堵していることでしょう」
 太史慈はそういって仲間たちのために喜んだが、あるいはそう言う太史慈こそがもっとも安堵しているのかもしれない。両手を胸にあてて表情をほころばせる姿を見て、魯粛と張紘は同時にそう思った。


 その二人の前で、太史慈は姿勢を正すと、改めて頭を下げる。
「貴重な知らせをもたらして頂いたこと、長きに渡って陰助して頂いたこと、いずれも心より感謝します」
 その言葉は嘘偽りない太史慈の真情であった。
 しかし、と太史慈は怪訝そうに言葉を続ける。
「面識もない私たちのために、何故お二人がここまでしてくださるのか、その疑問は膨れ上がるばかりです。なにがしかの目的がおありなのだと推察しますが、そちらに関しても話をしていただけるのでしょうか?」


 太史慈の疑問に対し、魯粛はあっさりと頷いてみせる。
 しかし魯粛はそれを口にする前に確認したいことがあったようで、一つの問いを向けてきた。
「それを話す前にお訊ねしたいんだけど、子義殿はこの後はどうするつもりだったのかな?」
「そうですね。お話をうかがう前は許昌に囚われた人たちを助けてから、荊州の玄徳様のもとへ帰参するつもりだったのですが……」
 関羽の行動を聞くかぎり、条件が整うまで――別の言い方をすれば、曹操への借りを返すまでは許昌を離れることはないだろう。
 北郷は関羽の下で傷を癒している最中であろうが、回復した後はどうするつもりだろうか。劉備の下に帰るか、あるいは関羽と共に許昌に残るか。そして太史慈は、おそらく北郷は後者を選ぶのではないかという気がしてならなかった。


 荊州にいる劉備を案じる気持ちは無論あるだろうが、劉備のもとには頼もしい仲間たちが揃っている。一方の関羽は、ほとんど敵地に等しい許昌にあって、これから相当の期間、孤軍奮闘しなくてはならない。北郷が、そんな関羽を尻目にさっさと荊州に戻るとは考えにくいのだ。
 だが、そうなると太史慈が許昌へ行く理由から「救出」という側面は失われることになる。太史慈が内に抱える、自分でも理不尽と感じないわけではない憤懣をぶつけるためだけに許昌へ赴くのも、なんだか情けないような気がしてしまう。


 あるいは、と太史慈は考えを推し進める。
 北郷のように関羽の下で働くという選択もある。魯粛の話によれば、高家堰の戦で北郷と太史慈の声価はおおいにあがっているという。自身のそれは虚名に等しいと太史慈は考えているが、この際、その虚名は許昌における太史慈の立場を保障するものとなるだろう。
 その案に心惹かれる一方で、荊州の劉備の傷心を思えば、ただちにその下へ駆けつけたいという気持ちも捨てきれない。劉備が太史慈を信頼してあずけてくれた一軍を壊滅させてしまった償いをしなければ、という気持ちもあるし、単純に劉備自身の力になりたいという想いもある。さらに言えば、許昌の関羽や北郷も、太史慈がそうすることを望んでいるように思われてならなかった。


 そういったことを考えつつ、太史慈は自分の考えをまとめるように口を開く。
「今から私が許昌に行ったところで出来ることは限られていますし……それに淮河の線はいまや漢と仲との最前線。広陵に入るのも容易ではないでしょうね」
「ん、そうだね、高家堰の戦いが終わってすぐ後なら、袁術軍も大分混乱してたし、結構簡単に広陵に入れたんだけど、さすがに一月も経つと袁術軍もかなり立ち直ってきてるから、淮河の線はかなり厳重に固めてきてるね」
 それを予測していたからこそ、魯粛らは東城県の住民を早期に避難させたのである。
 それを聞いた太史慈は、ふむ、と腕組みする。
「であれば、無理をして北へ戻るよりは、素直に長江伝いに荊州へ向かった方が得策でしょうか?」
「そっちの方が淮河を越えて許昌へ行くよりは間違いなく安全かな。ただ江都は県令の趙昱殿が窄融に弑されて仲に降っているから、危険がまったくないというわけじゃない」
 この時、太史慈は魯粛が口にした内容に特に注意を払わなかった。太史慈は淮南の人名に馴染みはなく、これから採るべき行動について考える方がよほど重要であったから、これは当然のことであった。



「どのみち、仲の支配圏を通るのですから危険があって当然。ここは荊州に向かう方が得策か……」
 劉備の無事を確認してから、改めて荊州経由で許昌へ向かうという手段もある。無論、劉備と相談した上での話になるが、そうすれば許昌の人たちに劉備や仲間たちの無事を伝えることも出来るだろう。
 そう考えた太史慈は素直にそれを魯粛に告げた。
 隠し立てしなかったのは、恩を受けた相手だということもあるし、短いながらに魯粛らの為人に感じるところがあった為であるが、それ以上に魯粛たちが何を考えているかが気になったからであった。
 ここで下手に内心を偽れば、快活な為人の中にどこか鋭利なものを宿す眼前の女性は、あっさりと太史慈を見限って席を立つような気がしてならなかったのである。



 太史慈の考えを聞いた魯粛は二度頷いてから口を開いた。
「そうだね、それが子義殿にとっては最良だと思う」
 その言葉に驚いたのは、太史慈ではなく、傍らにいた張紘の方であった。目を丸くした張紘は、何か言いたげに魯粛を見つめる。これから協力を求めるはずの相手に、荊州へ向かうのが最善だ、と口にするとは思わなかったのであろう。
 その視線を感じとったのか、魯粛は苦笑しつつ頬をかいた。
「いや、交渉を前にこういうことを言うのもどうかと思ったんだけど、子義殿が腹蔵なく話してくれた以上、こっちもそうしないとね」
「あ……ごめんなさい、少し驚いてしまって」
「いいよいいよ。さて、それでは子義殿、本題なんだけど」
 張紘に軽く手を振ってから、魯粛は表情を改める。
 その口から発された言葉は、簡潔にして明瞭だった。すなわち魯粛はこう言ったのである。



「私たちは、これから淮南の偽帝を討つための戦いをはじめるんだ。それに協力してくれないかな?」




◆◆




 魯粛の一言は簡要であり、聞いた太史慈が絶句してしまうほどに直截的であった。
 その太史慈の驚きに構わず、さらに魯粛は続ける。
「といっても、いま言ったように子義殿にとっては荊州へ戻るのが最良――つまりは私たちに協力するっていうのは、少なくとも次善以下ってことになっちゃうわけで、是が非でも、とは言えないんだけど、考えてみてくれないかな」


 その魯粛の言葉を聞くうちに、太史慈はなんとか平静を取り戻すことが出来ていた。
 考えてみれば、袁術に追われている太史慈を匿った時点で、魯粛たちが袁術に対して敵対的な立場にいることは明白である。その打倒を目指しているのは当然のことであった。
 しかし、自身とさしてかわらない年齢の女性が、声を低めるでもなく、いっそ堂々と「偽帝討伐」を口にした衝撃は、太史慈にとって決して小さいものではなかったのだ。


 太史慈は声に驚愕を滲ませないように苦労しながら、ゆっくりと言葉を発した。
「……お聞きしたいことがあります」
「どうぞ」
「偽帝を討つ、というのは戦場なり宮廷なりで袁術の命を狙う、ということですか? それとも仲という勢力そのものを撃滅する、という意味でしょうか?」
 袁術個人を討つのか。それとも一軍を組織して仲帝国を討つのか。
 魯粛はその問いにあっさりと答えた。
「無論、後者だよ」
 それは袁術個人をつけ狙う刺客になるつもりはない、ということである。


 諒解した太史慈は問いを重ねる。
「仲は十万を越える兵力を動員できます。これを討つには、それを上回る兵力が必要になる。それだけの兵力を抱えるのは、このあたりでは許昌の曹操殿ただ一人でしょう。仲を討つというなら、曹操殿の下に赴くのがもっとも近道ではありませんか?」
 太史慈は、張紘が東城県の県令であったことは先刻聞いていた。太史慈たちが高家堰砦で戦っていたように、張紘と魯粛も東城県で戦っていたのだ。あの頃は他の戦場に目を向ける余裕なぞかけらもなかったので、太史慈は二人の存在を知りもしなかったのだが。


 二人が仲の報復を恐れ、東城県の住民を広陵に避難させたことも聞いている。
 どうしてその際、民と共に曹操の下へ赴かなかったのか。この二人であれば、曹操陣営にあっても相応の地位と職責を手に入れることは出来たのに、とは太史慈ならずとも感じる疑問であったろう。
 その疑問は魯粛も予測していたようで、返答はほとんど間をおかずに発された。
「確かに、ただ仲を討つんであれば曹操殿のところに行くのが一番なんだけどね。それだと時がかかりすぎるんだよ」
「時、ですか?」
「そう、時。曹操殿の目的は中華全土に覇を唱えること、そのためには仲は討たなければいけない。けど、仲を討てばよし、というわけじゃない。河北に荊州、西涼、備えなければいけない相手はたくさんいる。ああ、それに朝廷の反対派やら塞外の騎馬民族もいるね。そういった連中を身動きとれないように封じ込めた上で淮南に兵を発するまで、どれだけの時間が必要になるか。少なくとも一年や二年じゃ無理だろうと思うんだ。そして兵を出したとしても、仲を征圧するまでにまた数ヶ月――呂布や張勲、それに最近じゃ于吉とかいう方士もいるらしいし、敗れる可能性だって十分にある。そしたら、また更に数年……私はね、そんなに長い間、あいつらをのさばらせておくつもりはないんだ」


 断言する魯粛の口調に迷いも怯みもない。それが可能であるか否かはともかく、可能であると魯粛が考えていることは疑いなかった。
 ここで魯粛は語調を緩め、小さく肩をすくめた。
「それにね、今の曹操殿の陣営は文武共にかなり完成されてる。私は自分の能力に自信があるし、曹操殿の陣営に加わってもやっていけると思ってるけど、私が加わったからといって、今いった年月が劇的に縮まるとまでは自惚れていない」
 それなら、いっそのこと淮南で独自に動いた方が良い、と魯粛は考えたのである。
「一から勢力をつくりあげれば、その中で思う存分、腕を揮えるし、なにより淮南は私の故郷だからね。地の利も心得ているし、人脈もある。かなうなら、天の時も欲しいとこだけど――」
 それはまあ今後の展開次第だね、と魯粛は楽しげに笑みを浮かべた。
 仮にも一国を相手に戦いを挑もうというのに、その顔には緊張も気負いも感じられず、相手の底知れぬ胆力に太史慈は感嘆を禁じえなかった。


「一から勢力を築くというと、旗頭は子敬殿ということになるのですか?」
「そこはまだ未定」
「未定?」
 一番重要なところが未定と聞いて、太史慈は目を丸くする。
 その視線の先で、魯粛は困ったように頬をかいていた。
「自分で言うのも何なのだけど、私はちょっと為人に角があってね、上に立つにはあんまり向いてないんだよ。本当は子綱ちゃんにお願いしたいとこなんだけど、まあさすがに自分より年下の子を戦の矢面に立たせるわけにはいかないから、私がやるしかないな、と思ってたんだけど――」
 東城県における戦いでは、張紘は県令として上に立たざるを得なかったが、今回のそれは状況が違う。そう口にしてから、魯粛は真摯な眼差しで太史慈を見つめる。
「もし子義殿が協力してくれるなら、あなたに長をお願いすることになるかも」
「はいッ?! わ、私ですか?」
「うん。まあ、私から見ればあなたも年下なんだけど、あんまり――というか、まったくといっていいくらい抵抗がないのは、やっぱり死地に臨んだ経験の差かな。正直、さっきから気圧されっぱなしだよ」
「……とてもそうは見えないんですけど?」
 ついでに言えば、太史慈は別に相手に重圧をかけているつもりはなく、普通に話しているだけである。これで気圧されたと思われるのは、それはそれで複雑な気分だった。
 そんな太史慈の内心を知ってか知らずか、魯粛はさらに言葉を続ける。
「そこはほら、わずかとはいえ私の方がお姉さんだから、年の功ってやつだよ。話の内容が内容だから、虚勢張らないと格好つかないしね」


 そう言って、からからと笑う魯粛の姿を見て、他の二人は小さくかぶりを振った。そして、互いに相手の動きに気づいて視線をあわせ、苦笑を交し合う。
 だが、魯粛は魯粛で別に韜晦したつもりはないようだった。その証拠に、笑いをおさめた魯粛は、目に真剣な光を浮かべる。
「真面目な話、ね。ここ淮南では、子義殿ともう一人、北郷一刀殿の声価は普通に考えたらありえないくらいの勢いで高まっている。そして広まっていってる。それはお二人が成し遂げたことが、それだけの価値を持っていたから。もしあの時、高家堰砦が偽帝に陥とされていたら、曹操軍が広陵を奪還することは出来なかった。東城県も返す刀で斬られていた。それはつまり、淮南全土が仲の馬蹄に蹂躙されていたということなんだ」
 高家堰砦の被害を思えば、勝利という言葉は相応しくないと言う者もいるかもしれない。全滅に近い被害を受け、しかも曹操軍が来なければ間違いなく敗北の二字を刻まれていたに違いないからだ。


 しかし、魯粛はあれは勝利だと考えていた。それも上に『大』をつけるだけの価値がある勝利だ、と。
 ただ砦を保持し、仲軍を退けただけではない。あの戦いは、淮南の人心を悲嘆と諦観の檻から解放するための鍵であった。
 仲の全軍――それも呂布、張勲をはじめとした最精鋭の軍勢が、わずか五百の兵がこもる小砦を陥としえず、退却したのだ。淮南各地を蹂躙して敗北を知らず、その残虐な振る舞いから悪鬼羅刹と恐れられた仲兵は、しかし常勝でも無敵でもないことが、これ以上ない形で証明されたのである。
 仲軍などといっても、所詮は数に頼っただけの暴兵でしかない。飛将軍とて、戦いようによっては勝つことが可能なのだ。ましてその他の将軍どもなど、何を恐れることがあろうか。


 ――無論、実際には仲軍はそこまで脆くはない。
 だが、重要なのは人心が仲に屈しなかったことである。ひとたび心が屈すれば、再び立ち上がるまでに長い時間を必要とする。しかし、高家堰砦の戦いによって、淮南はそんな最悪の事態を免れることが出来たのである。
「ちょっと気恥ずかしい言い方だけどね。子義殿たち劉家軍は、淮南の人たちの心に希望を残したんだよ。だからこそ、その名前はもうこれ暴走といっても良いんじゃないかくらいの勢いで広がったんだ。子義殿たちを匿ってくれるように頼んだのは確かに私だけど、鵜の目鷹の目で子義殿を探す仲の目を一月近く避けることが出来たのは、私の言葉を越えて、皆が子義殿を守ろうとしたからだと私は思ってる」
 

 ゆえに魯粛は太史慈に恩を売ったなどとは考えていなかった。
 魯粛は貸しをつくったのではなく、借りを返したのだ。この地を故郷とする一人の人間として。
 だから、太史慈がここで首を横に振ったとしても、これまでのことを引き合いに出して協力を強いるつもりなど欠片もなかった。
 その点、恩義を楯に何かしら要求してくるのではないか、という事前の太史慈の推測は外れていたといえる。


 魯粛はついでとばかりにそのことも口にした。
「もちろん、協力を断ってくれても構わないからね。それなら居場所を袁術にばらしてやるー、なんて言うつもりはもちろんないから」
「……あの、子敬姉様。それはそれで、なにか引っかかる物言いではありませんか?」
「そ、そうかな? もちろん冗談なんだけど」
「こういう場で口にするのはやめた方が……人によっては脅迫ととってしまうかもしれません」
 張紘はそう言ってから、あわてたように太史慈に釈明する。
「あ、あの、太史将軍、もちろん本当に冗談ですからね――って、私が強弁すると、もっと誤解を招くような気もしてきましたッ?!」


 余計なことを言ってしまったかも、とあわあわと狼狽する張紘に、太史慈は微笑を浮かべて頷いてみせた。
「心得ていますよ、子綱殿。心配は無用です。この短い間にお二人の為人をすべて把握した、などと言うつもりはありませんが、相手を脅して言い分を通すような人かどうか、そのくらいはわかりますから」
「そ、そう言ってもらえると助かります。それで、あの、お返事は……どうでしょうか?」


 おずおずとこちらの様子をうかがってくる張紘の視線に、太史慈はむむっと考え込む。
 率直に言って、太史慈は魯粛と張紘の二人に好感を持ったが、その為さんとしている事柄が困難を極めるであろうことは明らかであった。二人に協力すると決めたら、それこそ高家堰砦にまさるとも劣らない苦闘を年単位で余儀なくされるだろう。
 当然、その間、劉備の下を離れなければならない。ゆえに、もし魯粛たちがただの戦力として太史慈を求めているのあれば、謝絶するつもりだった。



 しかし、魯粛が口にした一語が、太史慈に謝絶の言葉を押し留めさせた。
 『子義殿たち劉家軍は、淮南の人たちの心に希望を残したんだよ』
 魯粛は確かにそう言った。そして、その言葉が偽りでないことは、周囲の人たちの態度から察することが出来る。一国に追われた人間が、一月近く、場所をかえることもせずに無事で過ごせたという事実。そこに多くの人々の有形無形の助力があったであろうことは想像に難くない。
 内容の困難は、この際、判断の材料にはならない。問題は劉家軍の一人として、どう行動するのが最善であるか――その一点であった。


 先刻、魯粛は自分が曹操の陣営に加わっても大きな違いにはならない、と口にした。
 それはそのまま太史慈にもあてはまる。このまま単身、荊州に戻ったとしても、それは劉家軍に将が一人戻るだけのことだ。無論、劉備たちは太史慈の帰還を喜んでくれるだろう。太史慈にはそれがわかる。わかるからこそ、無手の帰還は心に忸怩たるものを残すだろうこともわかってしまう。


 それは、高家堰砦で最後まで戦えなかった太史慈の意地であったかもしれない。
 劉家軍の将として、何でも良い、何か一つ確かなものを手に入れたい――今までろくに意識すらしていなかったその思いが、魯粛の言葉を切っ掛けとして溢れ出たのである。
 淮南において偽帝の支配を覆す。それが出来る劉家軍の将は太史慈ただ一人であった。当たり前だ、淮南に残っている劉家軍は太史慈しかいないのだから。


 太史慈が陣頭に立てば、淮南の人々は高家堰砦の結果を思い起こして士気を高めるだろう。
 荊州の劉表も、許昌の曹操も、袁術とは不倶戴天の間柄。つまり太史慈がどれだけ苛烈に仲と戦おうと、彼らの下にいる劉備や関羽たちが迷惑を被ることはありえない。
 いや、それどころか――
 太史慈の内心を察してか否か、魯粛が口を開いた。
「どのみち、仲を討つには最終的に曹操殿の力が必要になる。荊州が動けばもっと早く済むけど、まあたぶんあの州牧じゃ無理だろうから、とりあえずそっちは計算にいれないつもり。私たちがある程度勢力を広めて、曹操殿が話を聞いてくれるようになったら、許昌に使者を出して仲を挟撃するよう持ちかける。曹操殿が承知してくれたら――というか、どうあっても承知させるつもりだけど、とにかく承諾を引き出したら、北郷殿と、出来れば関羽殿もこちらに遣わしてもらう。関羽殿は劉備殿にならぶ劉家軍の象徴、北郷殿は子義殿に並ぶ高家堰戦の象徴だ。二人が来てくれれば、仲の支配を揺るがす決め手になる」
 そこまで言って、魯粛はちょっと困ったように腕組みした。
「……まあ、あんまり劉家軍を表に出すと、曹操殿が面白く思わないだろうから、そこはちょっと考えないといけないかな。けど曹操殿にとっても偽帝は出来るかぎり早く倒さなければならない相手だからね、多少の無理は通せると思う。とまあ、私の考えは今のところこんな感じなんだけど――」


 さあ返答や如何、という感じで見つめてくる魯粛に対し、太史慈の決意はほぼ固まっていたが、一つだけ、確認しなければならない事があった。
「今、子敬殿が口にされたように、仲を討つために劉家軍の名を前面に出せば、曹操殿は心安からぬ思いになることでしょう。最悪の場合、仲を討った次の瞬間から、淮南で曹操軍と劉家軍の争いが始まってしまう。確かに劉家軍の名は淮南の人々の士気を高めるために有用でしょうが、最終的に曹操殿の力が必要であるというなら、なにも新たな戦乱の火種を抱え込む危険を冒すことはない。初めから曹操殿の麾下で動いた方が得策のように思います。なにも許昌に行って曹操殿に仕える必要はない。遊撃の役割を帯びて淮南で活動することは可能でしょう?」
 魯粛の言葉を総合すれば、曹操軍は必要不可欠であるが、劉家軍は必ずしもそうではない。
 しかし、ただ太史慈を引き入れるために劉家軍の名を出したにしては、魯粛の語る言葉は不思議なくらい真摯であった。真摯に淮南の安寧を願い、劉家軍のことを考えてくれていた。


 だからこそ太史慈は疑問に思ったのである。劉家軍とは縁もゆかりもない魯粛たちが、どうしてそこまで劉家軍を重んじるのか、と。
 その太史慈の疑問に、魯粛と張紘は顔を見合わせる。何事か無言のやりとりをした後、口を開いたのは意外にも張紘の方であった。



「太史将軍、先刻申し上げましたが、私は若年の身ながら東城県の県令を務めていました。そして、私を引き立ててくださったのが、今は亡き陶州牧です。その、正直、私はあんまり県令にはなりたくありませんでしたけど、それでも最終的に引き受けたのは、徐州の人たちを思う陶州牧の仁慈の心に打たれたからです。この方であれば――その信頼がなければ、たとえどれだけ頼まれたとしても首を縦に振ったりはしませんでした」
 そうしたら、子敬姉様にも逢えなかったんですけどね、と張紘は人の縁の不思議さを思いながら、言葉を続ける。
「その陶州牧が先の乱で亡くなられた時、どなたに後を託したのか。これまでの陶州牧を見ていれば、それは誰の目にも明らかです。将軍様はさきほどから劉家軍と仰っていますが、その長である玄徳様は陶州牧の後を継がれた御方。お目にかかったことこそありませんが、私にとっても主に等しいのです。その安寧と興隆を願うことに、何の不思議がありましょうか」


 張紘が口を閉ざすと、次は魯粛の番だった。
「私の場合は、子綱ちゃんほど理路整然としたものではないんだけどね。陶謙殿に仕えていたわけではなし、その意味で劉備殿に忠義立てするつもりもなかった。それを求められる筋合いもない。当然、劉家軍のために力を尽くそうなんて思わなかったよ――さっきも言ったけどね」
 それは高家堰砦の戦いにおいて、魯粛が最後の最後まで動こうとしなかったことを指す。
 太史慈はそれをすでに聞いていたが、別に腹を立てたりはしなかった。太史慈が魯粛の立場であっても、同じ決断を下しただろうからだ。ただ同じ勢力に属しているという理由だけで命を懸けるには、あまりにも彼我の戦力差が隔絶しすぎていた。
 むしろ、情報を得るためとはいえ敵軍に扮して陣内に潜入し、万に一つの機を窺って火船の用意まで整えた魯粛は賞賛されてしかるべきであったろう。もし敵に気づかれていれば、間違いなく皆殺しにされていたに違いないのだから。


「――それでも結果として私は動いた。動かされた、というよりは動かざるを得なかった、というべきかな。あの戦いは色々と妙なことがあったけれど、その最たるはあの日、あの時、あの場所で起きたんだ。勝ち目のない戦い、来るはずのない援軍、動くはずのない私……そのすべてがひっくり返った。天が動いたんじゃない。天を動かしたんだよ、あの場にいたどこかの誰かがね」
「……どこかの誰か、ですか? その口ぶりからすると、それが誰なのか、すでに確かめているように思えますが」
 太史慈の苦笑に、魯粛は済ました顔でとぼけてみせる。
「さあ、どうだろう? まあそういうわけで、今の私は劉家軍に対して深甚たる興味と感謝があるの。狂児と呼ばれた私が、他人のために動くことがいささかも苦痛ではないくらいに、ね」
 



 語り終えた魯粛は、さて、と口を開いた。
「返事を聞かせてもらえるかな、劉家の銀箭殿。それとも一晩ゆっくり考える時間が必要かな?」
「――返事はすぐにでもするつもりでしたが、すみません、あと一つだけ。今、なにか妙な名前で私を呼びませんでしたか?」
「ん、あれ、もしかしたら知らない? 結構有名なんだけど……って、ずっとここにいたんだから知ってるわけないか。高家堰砦の指揮をした劉家軍の二将、おそろしく評価が高まってるってさっき言ったけど、いつからかあだ名まで付けられててね。北郷殿が劉家の驍将、で子義殿が劉家の銀箭。ほら、関羽殿の美髪公とか、孫策殿の麒麟児とかと同じようなものだよ」
「そ、それはわかりますが、私のような若輩に、そんな大仰な名前……お祖母ちゃんに聞かれたら、腹を抱えて笑われそうなんですけど」
「んー……もう結構な勢いで広まってるからねえ。よっぽど辺鄙なところに住んでいるんでもない限り、多分遠からず耳に入ると思うよ?」
「えー……」


 がっくりと肩を落とす太史慈の姿を見て、張紘は申し訳ないと思いつつ、ついつい笑みをこぼしてしまう。
 気配を察した太史慈に恨めしげに見つめられ、張紘は慌てて口元を引き締めるが、時すでに遅かった。
 しかし、太史慈にしても、ここで張紘をじと目で見つめても事態が解決しないことはわかっているので、すぐに苦笑して張紘を緊張から解放する。
 どの道、北海に戻るのは当分先のことだ。今は頭の中で大笑いしている祖母の幻影をとっぱらってしまうべし。



 ――そうして、しばしの脳内格闘の末、祖母の幻影を追い出すことに成功した太史慈は、表情を改め、自らの決断を眼前の二人に告げるためにゆっくりと息を吸い込んだ。









◆◆◆







 涼州武威郡。
 仲帝袁術が淮南全土の制圧に失敗して数ヵ月。
 たとえ表面的なものであれ、混迷を極める中原の情勢が一応の落ち着きを取り戻したように思われていた最中、大陸全土を震撼させる知らせが、涼州を支配する馬家に飛び込んできた。
 廃都洛陽において、今上帝の兄にあたる弘農王劉弁が後漢帝国第十三代皇帝として即位。十三代皇帝は許昌の劉協と等しく、すなわち劉弁は弟の即位を真っ向から否定し、さらには追討令を布告して劉協ならびにその麾下にある丞相曹孟徳の討伐を諸侯に命じたのである。


 洛陽からの使者を迎えた諸侯の多くは困惑を押し隠すのに苦労しなければならなかった。かつて諸侯は連合を組んで漢帝を擁した董卓を討ったことがあったが、当時と今では状況が大きく異なる。
 なにより今回は双方の陣営に皇帝が存在する。今上帝は確かに劉弁の弟にあたり、儒教的正当性から見れば疑問符をつける余地は存在するが、歴代の皇帝の中には劉協と同じ立場の者が多く存在する。たとえ疑問符をつけることが出来ても、すぐに消されてしまう程度の根拠の薄いものにしかなりえなかった


 まして当時の董卓と、現在の曹操では基盤となる勢力が大きく異なる。たとえ諸侯連合が実現したとしても、曹操を討てるかどうか。河北の袁紹あたりは喜んで乗り出して来そうであるし、その勢力は曹操に伍すと思われるが、曹操側につく諸侯も間違いなく存在する。
 そういった諸々の推測ないし憶測は、必然的に諸侯を一つの結論に導く。すなわち、状況を静観し、ある程度情勢が動き、双方の戦力が明確になった後にみずからの利となる方に従う、という結論である。ゆえに現段階において、諸侯のほとんどは沈黙を保ち、あえて兵を出そうとする者はごくわずかしかいなかった。




 そして、涼州の馬騰はそのごくわずかな兵を発する諸侯の一人であった。
 馬家の本拠地には一万を越える兵力が集結している。洛陽派遣軍の先鋒部隊、そのすべてが騎兵で構成されていた。
 率いるは西涼の誇る錦馬超。先の反董卓連合の時は馬騰自身が陣頭に立ったが、今回は涼州に残って後方を支える予定である。
 それは娘である馬超に、一軍の長としての経験を積ませるためであった。そして、それを必要とする理由が馬騰自身の身体の内に巣食っているからでもあった。


「まったく、朝廷の権力亡者どもめが。年端もいかぬ幼き兄弟を政争の濁流に引きずり込んで、忠臣面とは笑わせおるわ。かなうならば、この手でこらしめてやりたいところじゃ」
 自軍の征旅を見送るために城壁にあがった馬騰が、吹きすさぶ朔風に顔をしかめながら言い放つ。
 その声は聞くものとてなく風に吹き散らされたが、先日、似たような言葉を配下の一人にこぼした時、その少女はこんな言葉を返してきた。
『朝廷の城狐社鼠の相手など、寿成様にとっては役不足というものです。翠様にお任せになれば何の心配もございませんし……正直なところ、翠様がお出になる必要さえないかと。私に命じていただければ、不忠者どもをまとめて相手どってごらんにいれますが』
 血気に逸るわけでもなく、功績をあげようと気負うでもなく、ごく自然な様子でそう口にする少女――姜維、字を伯約という配下の姿から、その言葉が十分な思慮の上で発されたものであることが窺えた。


 姜維は西涼軍の中にあって、若いながらに出色の人材であり、その思慮分別は涼州屈指であろう、と馬騰は見ている。そして数年を経ずして、涼州随一となるだろう、とも。
 しかし、馬騰は朝廷を知ること姜維よりはるかに優る。姜維が言うところの狐や鼠どもの愚劣さを骨身に染みて知っており――同時に、その恐ろしさも知悉していた。
 正々堂々と戦場で兵を競うことと、宮中の濁流での遊泳はまったく異なる戦である。それは書物を読み、人から話を聞く程度で理解できるものではない。その意味で、姜維の態度は自らを知らぬものといえた。
 だが、それは仕方ないことなのだ。馬騰とて、自らの目で見聞きするまでは、宮中の醜悪さを理解することなど出来なかったのだから。


 その意味で、今回の出兵は馬超のみならず、姜維にとっても良い経験となるだろうというのが馬騰の考えであり、もっといえばそうなることを期待していた。
「遠からず、二人には西涼軍を担ってもらわねばならんからな。令明もおることだし、不覚をとることはよもあるまいが、不覚をとったらとったで一向に構わぬ。それもまた貴重な経験。若い頃の失敗は長じて雄飛するための糧であるしな」
 兵を発するとはいえ、新帝の言い分を鵜呑みにして、許昌の今上帝と曹操を敵とするつもりはない。
 西涼軍の目的は、今回の争乱の真相をつきとめ、漢室をないがしろにする者たちを根絶することである。無論、状況によっては今をときめく曹孟徳らと刃を交えることも覚悟していた。
 娘たちだけでは心もとないことは否定できぬ。だが、命さえあるならば、敗北の一つ二つは致し方なし、と馬騰は割り切っていた。


 いささかならず乱暴なやり方であることは自覚していたが、今はこれ以外に採りえる手段がない。かりにここで朝廷の騒擾を見てみぬ振りをしてしまえば、後漢の名将馬援の後裔たる馬家の忠節が疑われ、その声価は瞬く間に失墜してしまうだろう。
 そうなっても涼州の一画に勢力を保つことは出来るだろうが、そんな状態では遠からずおとずれる中原勢力に対抗することは不可能であり、西涼軍は何者かの膝下に屈し、その走狗に甘んじるしかなくなってしまう。
 そんな屈辱に満ちた未来を避けるためには、今、戦うしかないのである。


「惜しむらくは、中華の歴史を左右するであろうこの戦で、西涼軍の陣頭に立てぬことか。翠たちが羨ましゅうてならんわ」
 母として、長として、今回の戦に危惧を抱いている。だがそれと同じくらいに一個の将として、大戦を前に沸き立つものがあるのも否定できない事実であった。
 その馬騰のぼやきが聞こえたわけではあるまいが、城壁の上にあらわれた母の姿に気づいた馬超が愛槍を掲げて呼びかけてくる。
 その馬超の行動で、周囲の将兵も馬騰の姿に気づいたようだ。たちまち地が轟くような歓声が一万の軍勢から立ちのぼる。
 城壁さえ揺らすような喊声に応じて、馬騰が腰間の剣を抜き放ち、高々と掲げる。
 すると、剣は陽光を映して、眩しく煌いた。まるで西涼軍を祝福するかのごときその光景に、歓声はさらに高まり、その覇気は沖天に達するかと思われた。



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