氷河と別れた後、星矢と瞬はジャンゴ達の姿を捉える事に成功した。奪われた射手座の黄金聖衣のパーツと沙織の姿も、だ。
戦うな、と氷河は二人に忠告をした。お前達では手に余る、と。
「だからと言って、はいそうですかと頷けるものかよっ!」
「……うん!」
星矢の憤りの中には確かに氷河への反発もあったが、それよりも彼自身の正義感が“何もしない”という行動を許さなかった。
勝てるから戦う、出来るからする、ではない。城戸沙織の事が気にくわない、そんな事など関係ないのだ。
瞬の場合は一輝の存在だ。憧れであり目標である存在。幼き頃、兄に守られるだけの弱かった自分はいつもああなりたいと思っていた。
瞬の記憶の中の兄であれば、黄金聖衣を強奪しあまつさえ人を傷つけ攫うような輩を目の前にすれば必ず止めたはずなのだ。
そして二人はジャンゴ達に追いついた。
それが、ジャンゴがあえてそうしたのだと気付かぬままに。
「クックク、追い着いただと? 違うな、追い着かせてやったのだ。後ろでチョロチョロされるのも目障りなんでなぁ」
「何だと!? ふざけやがって!」
「待って星矢!」
制止の声を上げた瞬の示す先にはB(ブラック)フェニックスによって羽交い締めにされた意識を失ったままの沙織の姿があり、口元は抑えられその喉元には手刀が当てられていた。
「沙織さんが人質にされているんだ。このままじゃ……」
「チッ、クソッ! やいジャンゴ! 聖域にいた時から嫌な奴だったけどな、まさか女を人質に取るような見下げ果てた奴だったとは思いもしなかったぜ!」
「喚くなよガキが! このジャンゴ様が青銅の小僧如きを相手に人質など取るものかよ! おいお前ら、オレは奴らと少し遊んでから行く」
ジャンゴの指示に従い、沙織を拘束している者以を除いた暗黒聖闘士達がこの場から走り去る。黄金聖衣のウエストとショルダーのパーツも共に。
星矢と瞬にそれを追う事は出来なかった。
「待て!!」
「……クッ!」
歯噛みする二人を嘲笑う様にジャンゴが続ける。
「そうだったなぁ星矢、お前とは知らぬ仲でもなかったか。ならば、お前と一対一で戦ってやろう。オレ様に勝てれば娘も黄金聖衣もくれてやるわ。
拒否しても構わんぞ、その時にどうなるかは言う必要などあるまい? それとアンドロメダ、お前は手を出すなよ? まぁ手を出しても構わんが……クッ、ククッ」
「……星矢……」
瞬の不安に満ちた呟き、その意味は星矢自身が痛いほどに良く分っている。
聖衣の破損と紫龍戦のダメージは深刻であり、ジャンゴ自身それを分った上での指名だという事を。そして――
「厳つい外見のくせに根は暗いんだな。シャイナさんから聞いているぜ、海斗にやられて聖域から追い出された、ってな」
星矢の言葉に、それまで薄ら笑いを浮かべていたジャンゴから表情が消えた。
コロッセを立ち去る時に残していた言葉からも海斗に対して並々ならぬ思いを抱いているのは分っていたのだ。
「海斗を相手にしたくないから、アイツの知り合いだったオレに八つ当たりをしたいんだろう?」
私怨なのだろう。つまりは。鬱憤を晴らしたいのだ、奴は。
そうして始まった星矢とジャンゴの戦い。しかし、それは戦いと呼べる様なものではなかった。
炎を操るジャンゴの力は、力量の差は、例え星矢が万全の状態であっても勝機を見出すには奇跡を必要としたであろう程に大きく。
それでいて沙織の存在を盾にする様にBフェニックスが動いていたのだ。
ジャンゴが攻撃を放てば星矢の背後に立ち、星矢が攻撃を――流星拳を放とうとすればジャンゴの背後に立つ。
星矢が避ければ沙織が攻撃を受ける事となり、ジャンゴへの攻撃を外せば、ジャンゴが攻撃を避ければ星矢自身の手で沙織を傷付ける事になってしまう。
瞬の動きが封じられた今、星矢はジャンゴに一矢も報いる事が出来ぬまま痛め付けられていた。
既に身に纏ったペガサスの聖衣は鎧の体を成してはおらず、頼みの綱の流星拳も封じられてしまっている。
勝算も無く、ただやられる為だけに立ち上がる。
まるで燃え盛る岩石の様だ。
星矢は周囲の光景を歪めて見せる程の熱波の中で、自らの身体を吹き飛ばしたジャンゴの拳をそうイメージしていた。
炎の海の中、頬を伝って零れ落ちる汗と血を拭い、膝に手を突きながらもどうにか立ち上がって見せる。
「星矢ッ!?」
直ぐ後ろから自分の名を叫んだ沙織の、星矢の知る城戸沙織という少女がおよそ出すはずのない、自分を心配する声を聞き、絶体絶命の状況でありながらも思わず笑みを浮かべてしまう。
「起きちまったのか。ヘッ……なんて声を出すんだよ沙織お嬢さん。あんたらしくねぇんじゃねぇの?」
軽口を叩き強がって見せたのは、星矢にとっては意地の様なものだった。男たるもの、というやつだ。
「昔にみたいにふんぞり返ってさ、こう、エラソーにしているのが……らしいんだよ」
大きく息を吸い、吐く。辺りに燻る炎に熱せられた空気はとても快適とは言えないものではあったが、それでも力を蓄えるためには必要だった。
自らの守護星座――ペガサスの軌跡を描くようにして身構える。
相対するジャンゴは薄ら笑みを浮かべて見ているだけだ。
そのジャンゴの後ろでは、戦っている星矢自身よりも辛そうな表情を浮かべた瞬が拳を握り締めて立ち尽くしていた。
「そのしぶとさだけは褒めてやろう。だがな、もう飽きた。せめて最期はこのジャンゴ最大の拳で葬ってやろう」
物言わぬサンドバッグ相手はつまらぬ、と。
溜飲を下げた訳ではなかったが、言葉の通り、ジャンゴはこれ以上は無意味だと終わらせる事に決めた。
岩石すら溶かす炎の拳“デスクィーンインフェルノ”によって。
「……」
星矢は背後で沙織を連れたBフェニックスが動いたのを感じ取っていた。
もはや星矢に避ける力無しと見たのか、ジャンゴの拳に巻き込まれる事を恐れてなのか。
(どっちだっていいさ。少なくとも、これからオレがどうなっても、沙織お嬢さんに被害が及ぶ事は無くなった)
身構えていた星矢はふと気付いた。
そんな事を考える余裕が自分に生まれている事に、そしてこれから自分が行おうとしている事に一切の不安を感じていない事に。
それは不思議な感覚だった。
(まるで姉さんと一緒に過ごしていたあの時の様な……。何の不安も無かったあの頃の様な……)
「ウワハハハーーッ! さあ、燃え盛る炎でその身を焼き尽くし灰になれ星矢ーーっ!!」
勝利を確信していたジャンゴは気付けない。瀕死のはずの星矢から立ち昇る澄んだ小宇宙に。強い意志を、決意を秘めた眼差しに。
「……星矢の小宇宙が高まって行く。いや、これは星矢の、星矢だけの小宇宙じゃない!」
手を出す事を許されず、ただ見る事だけしか出来なかった瞬には気が付く事ができた。
「もっと大きな何かが、包み込む様な温かな小宇宙が星矢を……。まさか、この小宇宙は!?」
星矢に力を与えた存在に。
「沙織……お嬢さん、なの……か?」
「くらえっ、地獄の炎を! “デスクィーンインフェルノ”ーーッ!!」
灼熱の炎を纏ったジャンゴの拳が無数の散弾となって星矢に襲い掛かる。
「オレはこんな所で死ぬわけにはいかないんだ! 高まれオレの小宇宙よ、今こそ奴よりも熱く燃え上がれーーっ!!」
星矢の身体から立ち昇った小宇宙がペガサスのヴィジョンとなって飛翔する。
“ペガサス流星拳”!!
迫り来る炎の散弾。
その全てを輝く流星が打ち砕く。
「な、何だとーーッ!? 馬鹿な! ありえん、半死半生の小僧が!? 星矢如きが――」
起こり得るはずのない光景。驚愕のあまりにジャンゴの思考が停止する。
「背後を取ったぞジャンゴ。こうなってしまえばもう小細工は通用しないぜ」
「――ッ!?」
星矢の声で思考を取り戻したジャンゴは、そこで己の身体が星矢によって羽交い締めにされている事に気が付いた。
「ブ、Bフェニックスよ! あの娘を――」
ジャンゴはならばと捕えていた沙織を使い、起死回生を図ろうとする。
「――それを許すわけにはいかない! チェーンよ、敵を討て! “サンダーウェーブ”!」
その指示よりも速く瞬が動いていた。
右腕に繋がれた角鎖(スクエアチェーン)が瞬の意思に従い雷光の様な奇跡と鋭さをもってBフェニックスへと襲い掛かる。
電光を纏った必中の一撃が、驚愕の表情を浮かべたまま動きを止めていたBフェニックスを打倒し、その戒めから沙織を救う。
「ガ、ガキ共があぁああああああ!!」
「受けて見ろジャンゴ!」
ジャンゴを羽交い締めにしたまま星矢が――跳んだ。天高く。
そして、きりもみ状に高速回転をしながら頭から大地へと落下する。
“ペガサスローリングクラッシュ”!!
それは天から落ちた一筋の流星であった。
轟音を立てて落下した流星は大地を穿ち、巨大なクレーターを生じさせる。
巻き上がった砂塵が風に吹かれて薄まりを見せ、ふらつきながらも歩き出す人影を映し出した。星矢だ。
自分に向かって駆け寄って来る沙織と瞬の姿を確認し、星矢は仰向けに、大の字になってその場に倒れ込んだ。
第36話
「オレは手を出すな、と言ったはずだったが」
凍気を操るから、という訳でもあるまいに。氷河の口から発せられた言葉には一切の熱が無く、青い瞳に宿された怜悧な輝きがより一層冷たさを増している様に星矢には感じられた。
「瞬、お前もだ。まさかお前までが……」
いたずらを叱られた子供の様な、憮然とした表情を浮かべている星矢に反して瞬の落ち込み様は大きい。
星矢が大の字になって倒れた時に氷河がこの場へ到着し、先程事のあらましを聞いたわけなのだが。
(瞬の性格からして、星矢が傷付く姿を見ているしかできなかった事で自分を責めているのだろうとは分るが)
「……うん、そうだね。ごめん……氷河」
纏った聖衣を大破させて一人では起き上がれない状態となった星矢と比べ、瞬自身のダメージは皆無と言ってもよい。目に見える差も後押しをしているのだろう。
(これではまるでオレが悪人じゃないか。正しい事を言っただけだぞ?)
「……氷河」
おまけにこれだ。傷付いた星矢を抱きかかえた沙織の「もうそれぐらいで良いでしょう?」と訴え掛ける様な、そんな視線を向けられては。
そこには氷河の知る我が儘なお嬢様の姿は無い。死んだ母を思わせる様な、母性とも言える様な、そんな何かを目の前の沙織から感じる事に氷河は戸惑っていた。
自ら着ているドレスの裾を破り、瞬と共に星矢の手当てをする姿に。
(六年も経てば人は変わるが、それにしてもこれが本当にあの沙織お嬢さんなのか? それに……)
ここに到着するまでに氷河は幾つかの大きな小宇宙を感じ取っていた。それらの中で、ただ一つ、僅か一瞬であったが異質な小宇宙が含まれていたのだ。
攻撃的な小宇宙の中にあってそれは安らぎを感じさせるものであった。
「まさか、な」
痛いだの死ぬだのとうるさく喚く星矢を、これなら放っておいても大丈夫だと判断した氷河は、妙な居心地の悪さを振り切る様に思考を切り替える事にした。
星矢がジャンゴを倒し、沙織を救い出す事に成功したものの、射手座の黄金聖衣のウエストとショルダーは持ち去られてしまっていた。
九つに分けられたパーツの内、海斗が左腕を、自分が暗黒スリーから右脚を奪還しており、道中で出会った一輝の言葉振りから幾つかのパーツはあちらの手に渡っていると考えられる。
「ジャンゴを倒しお嬢さんを救い出した事で状況が進歩したと思いたいが……。一輝達の目的が不明瞭な現状では、奴らも黄金聖衣を欲していた以上は敵対すると考えておく方が無難か」
おかしな話になって来たと。自分は私闘を繰り広げようとする星矢達の制裁に来たはずなのだがと。
氷河は今更ながらに日本に来た目的を、そう言えば海斗の目的は黄金聖衣だったな、と思い出す。
「……いっその事、面倒事は全て海斗に丸投げしてやろうか」
一年前、極寒の地ブルーグラードで氷戦士(ブルーウォリアー)相手に囮にされた事を思い出し、氷河は半ば本気でそう考える。
「今、何か物凄く不穏な事を考えなかったか氷河?」
それが良いと氷河が自分の中で結論を出そうとした時、計ったわけでもあるまいに、両脇に黄金聖衣のパーツを抱えた海斗がタイミング良くこの場に姿を現した。眉を顰めながらであったが。
「心にやましい事があるからそんな風に人を疑うんだな海斗」
「……海斗……なのですか?」
「……久しぶりだな、お嬢さん。見たところ大した怪我もなさそうだし、無事の様で何よりだ。それと……また派手にやられたもんだな星矢」
「オレは負けてない! あタタタタッ!?」
切り返してきた氷河の言葉を黙殺して、海斗は沙織と星矢に向けていた視線を瞬へと動かし、抱えていた黄金聖衣のパーツを投げ渡した。
「これは、さっき持ち去られたパーツ」
持ち去られたウエストとショルダーのパーツだ。それをどうしたのかと尋ねる瞬に、海斗はさらりと「蹴散らしてきた」と答えた。
比喩では無く、言葉の通り“蹴散らした”のだろうと、沙織を除く三人が察した。
「片方がブラックエクレウスだ、何て名乗りやがったからな。思わずこう……」
「過程はどうであれ、これで奪われた黄金聖衣の内四つのパーツがこちらに戻った事になるな。いや、アレも含めれば五つか」
倒れ伏したジャンゴの側に、射手座の黄金聖衣のヘルメット状のマスクが転がっていた。ジャンゴが所持していた物なのだろう。
「お嬢さんも救い出し、奪われた黄金聖衣のパーツの半分が揃った。後は邪武達の治療に暗黒聖闘士の残り、そして一輝の出方か」
「一輝? 一輝がいたのか?」
「後で話す。一度状況を纏める必要がありそうだからな」
尋ねる海斗に億劫そうに答えた氷河は、クレーターの中心で倒れ伏しているジャンゴの元へと歩き出した。
「――ッ!? 下がれ氷河ぁっ!!」
氷河の知る限り聞いた事が無い、そんな切羽詰まった様な余裕のない海斗の叫び――警告であったからこそ、氷河はそれに迷う事無く従った。
すると、ボウッと、何かが爆発した様な音が響き、蒼い炎がそれまで氷河のいた場所を巻き込むように渦を成して燃え上がる。
『ぎぃやぁあああーーーーっ!?』
「――ッ!?」
「な、何だ!?」
炎の中心で絶叫する人影を見て沙織が、瞬が息を飲み、星矢が驚愕する。
「ジャンゴの身体の上にもう一人のジャンゴが!? いや、違う!」
「霊体、か? ジャンゴの魂が燃えているのか?」
まるで炎であぶられたロウ人形の様に、蒼い炎の勢いが増せば増す程に、ジャンゴの身体の上に現れた魂がその形を失い悲鳴も言葉にならないただの音と化して小さくかすれたものとなって行く。
「それに……この蒼い炎、ただの炎ではないぞ」
何が起きているのかを冷静に観察していた氷河が呟く。確かに燃えているのに――灰と化さないのだ。
蒼い炎に包まれたジャンゴの肉体も、その周りの草木も。
「多分……鬼蒼炎だ。気を付けろよ、だとすればあの炎の前には聖衣だのなんだのは役に立たない。何しろ魂そのものを燃やすらしいからな」
周囲を窺いながら海斗が氷河の肩を掴んで今よりも更に炎から遠ざける。
「チッ、まいったな」
海斗が舌打ちをして倒れ伏しているジャンゴの身体を見た。その傍には射手座の黄金聖衣のマスクが転がっている。
「……嫌な予感しかしねぇ」
――ほう、鬼蒼炎を知る者がいたか。
その場にいた全員の脳裏に男の声が聞こえた。若者の様な、年老いた老人の様な、どこかズレを感じさせる声が。
ジャンゴの魂が、鬼蒼炎の炎が爆ぜた。
空間が歪められ闇が漏れ出す。漏れ出した闇は影となって人の形を浮かび上がらせる。
それは、顔の右半分に十字の傷がある男だった。
男は黒いコートを身に纏い、周囲に鬼火を纏わせていた。
「初めまして、当代の聖闘士諸君」
口調は丁寧、しかし、その瞳には明らかな蔑みの色が有った。全てを見下した、そんな目だ。
男の醸し出す異様な気配の小宇宙は強大であり、その視線を向けられた星矢達の小宇宙が乱れを生じさせた事を海斗は即座に感じ取っていた。巨大な波の前には小さな波など掻き消されてしまう様に。
聖闘士の起こす奇跡の技の源は小宇宙であり、小宇宙が強大である事と強さはほぼイコールで結べる式だ。
強い、と海斗は目の前の男をそう評価した。敵であれば、全力で当たる必要がある相手だとも。
「そんな!? チェーンは何の反応も示さなかったのに……」
「鬼蒼炎にその鬼火、って事は積尸気経由かよ。気にするなよ瞬、こんなモン探知できなくて当たり前だ」
瞬に慰めの言葉を掛け、デスマスクやシャカ辺りなら気付くだろうがな、と内心で毒づきながら海斗は頭を抱えたくなっていた。
二年前の時も大概だったが、今日は厄日過ぎやしないかと。
メフィストの挑発に始まりアイアコスとの戦い、暗黒聖闘士の襲撃に黄金聖衣の強奪と沙織の誘拐。果てに、どう見ても味方ではない積尸気の使い手の登場だ。
「フフフッ、なかなか詳しい者がいるな。そう、オレは貴様の言う通り積尸気を操る者――暗黒祭壇星座(ブラックアルター)のアヴィド」
貴様らの敵よ、そう続けてアヴィドがゆっくりと地に降り立った。
翻ったコートの隙間から暗黒色に染まった聖衣が見える。その造形は確かにニコルが身に纏うアルターの聖衣と同一であると、それを知る海斗には分った。
「折角だから遊んでやろうとも思ったが、こちらにも事情が合ってな。手短に用件だけを済まさせて貰うぞ」
ジャンゴの遺体を踏み抜き、アヴィドが進む。射手座のマスクを拾い上げると、星矢や瞬に庇われた沙織へとその視線を向けた。
ただ、瞬を見た瞬間にアヴィドが僅かではあったが驚きを見せた事が、なぜか海斗には気になった。
「ふむ、身に纏う雰囲気は異なるが……その片鱗は確かに感じ取れる。ならばこう言いましょう、お久しぶりですな」
しかし、それも次の言葉で意識の外に追いやられる。
沙織に向けて放たれた言葉によって。
「――幼きアテナよ」