<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.17694の一覧
[0] 聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION海龍戦記~[水晶](2013/09/09 21:34)
[1] 第1話 シードラゴン(仮)の憂鬱[水晶](2011/03/19 11:59)
[2] 第2話 聖闘士の証!エクレウスの聖衣の巻[水晶](2011/03/19 12:00)
[3] 第3話 教皇の思惑の巻[水晶](2010/11/02 23:03)
[4] 第4話 シャイナの涙!誇りと敵意の巻[水晶](2010/04/23 01:43)
[5] 第5話 宿敵との再会!その名はカノン!の巻[水晶](2011/01/21 12:17)
[6] 第6話 乙女座のシャカ!謎多き男の巻[水晶](2010/04/23 01:48)
[7] 第7話 新生せよ!エクレウスの聖衣の巻[水晶](2010/04/23 01:50)
[8] 第8話 その力、何のためにの巻[水晶](2010/04/23 01:54)
[9] 第9話 狙われたセラフィナ!敵の名はギガスの巻[水晶](2010/04/23 01:56)
[10] 第10話 天翔疾駆!対決ギガス十将の巻[水晶](2010/04/23 01:59)
[11] 第11話 黄金結合!集結黄金聖闘士の巻[水晶](2010/04/23 02:01)
[12] 第12話 ぶつかり合う意思!の巻[水晶](2010/05/12 22:49)
[13] 第13話 海龍戦記外伝~幕間劇(インタールード)~[水晶](2010/07/30 11:26)
[14] 第14話 激闘サンクチュアリ! 立ち向かえ黄金聖闘士(前編)の巻 8/25加筆修正[水晶](2011/01/22 12:34)
[15] 第15話 激闘サンクチュアリ! 立ち向かえ黄金聖闘士(中編)の巻[水晶](2010/08/26 03:41)
[16] 第16話 激闘サンクチュアリ! 立ち向かえ黄金聖闘士(後編)の巻  ※修正有[水晶](2010/09/29 02:51)
[17] 第17話 交差する道!の巻[水晶](2010/10/26 14:19)
[18] 第18話 千年の決着を!の巻[水晶](2010/11/19 01:58)
[19] 第19話 CHAPTHR 0 ~a desire~ 海龍戦記外伝1015 [水晶](2010/11/24 12:40)
[20] 第20話 魂の記憶!の巻[水晶](2010/12/02 18:09)
[21] 第21話 決着の時来る!の巻[水晶](2010/12/14 14:40)
[22] 第22話 邪悪の胎動!の巻[水晶](2011/01/18 21:12)
[23] 第23話 CHAPTHR 1 エピローグ ~シードラゴン(仮)の憂鬱2~[水晶](2011/03/19 11:58)
[24] 第24話 聖闘士星矢~海龍戦記~CHAPTER 2 ~GODDESS~ プロローグ[水晶](2011/02/02 19:22)
[25] 第25話 ペガサス星矢! の巻[水晶](2011/03/19 00:02)
[26] 第26話 新たなる戦いの幕開け! の巻[水晶](2011/05/29 14:24)
[27] 第27話 史上最大のバトル!その名はギャラクシアンウォーズ!の巻 6/18改訂[水晶](2011/06/20 14:30)
[28] 第28話 戦う理由!サガの願い、海斗の決意!の巻[水晶](2011/06/20 14:30)
[29] 第29話 忍び寄る影!その名は天雄星ガルーダのアイアコス!の巻[水晶](2011/07/22 01:53)
[30] 第30話 激突!海斗対アイアコスの巻[水晶](2011/09/06 03:26)
[31] 第31話 謎の襲撃者!黒い聖衣!の巻[水晶](2011/09/08 03:15)
[32] 第32話 奪われた黄金聖衣!の巻[水晶](2011/09/16 09:06)
[33] 第33話 男の意地!の巻[水晶](2011/09/27 03:09)
[34] 第34話 今なすべき事を!の巻[水晶](2011/11/05 03:00)
[37] 第35話 海龍の咆哮、氷原を舞う白鳥、そして天を貫く昇龍!の巻[水晶](2012/04/23 00:54)
[38] 第36話 飛べペガサス!星矢対ジャンゴ!の巻※2012/8/13修正[水晶](2012/08/13 00:58)
[39] 第37話 勝者と敗者の巻[水晶](2012/08/13 04:15)
[40] オマケ(ネタ記載あり)[水晶](2011/11/05 14:24)
[42] オマケ 38話Aパート(仮)[水晶](2012/09/24 23:39)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[17694] 第32話 奪われた黄金聖衣!の巻
Name: 水晶◆1e83bea5 ID:406baf32 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/16 09:06
 星矢と紫龍。死力を尽くした両者の激闘が終わり、担架に乗せられて運ばれて行った二人の姿を見送った後となっても未だ観客達の余韻は冷めやらぬ。
 それが起きたのは、そんな時であった。

「ん? 何だ!?」

「停電か?」

 バンと、何かが破裂した様な音がコロッセオ内に鳴り響き、場内全ての明りが消えた。
 それは、電光掲示板やホログラフも同様。昼間であったが吹き抜けの天井をドームによって覆われたコロッセオはたちまちの内に闇に包まれ、突然の事態に観客達がざわめき立つ。

「辰巳!? どうしたのです?」

「馬鹿な! 停電など起きるはずが!? お、お待ち下さいお嬢様。おい、何をやっておるか! 直ぐに――」

 空調が止まり、途端に熱気がこもり始めた貴賓席の中で辰巳が声を荒げている。
 この不測の事態にざわめいたのは観客達だけではない。沙織達運営側もであった。もっとも、観客達の抱いた感情と彼ら運営側の抱いた感情は別物であったが。
 観客達のそれが不安によるものであるならば、財団側のそれは焦燥であった。財団の総力を挙げて開かれたこの大会で停電などが起こるはずがないのだ。仮に起きたとしても、即座に予備電源に切り替わる。
 それがなされない異常。

「おいおい、何やってんだよ」

「フッ、とんだハプニングじゃないか」

 邪武と那智は苦笑を浮かべながらぼやく。
 聖闘士達は動じていない。財団側の事情を知らない彼らにとってはただの停電でしかない。

 しかし――

「……鼠が紛れ込んだか」

 この氷河の声で、二人の意識は戦闘態勢へと切り替えられる。

「そこかッ!」

 氷河は懐から取り出した一枚のカードを観客席目掛けて投げつけていた。

「氷河!?」

「お前、何を!」

 それを見て、そのカードの向かう先を見て、邪武達が疑問の声を上げた。
 観客席を越えて進むカード。その先にある物は――射手座の黄金聖衣。

 バン、という音と共に場内に明かりが戻る。
 非常用の物なのであろう。必要最低限の箇所にのみ設置された光源は赤みを帯びており、薄暗い場内と相まってどこか不気味さすら感じさせる。
 その光源の一つが黄金聖衣の置かれた台座を照らしていた。

「お、おい、何だよ……アレ?」

「人影?」

「見ろよ! 黄金聖衣の所に誰かがいるぞ!!」

 だから、であろうか。
 その場所は他のどこよりも目立つ事となり、場内にいた多くの者達がその異常に気が付けたのは。

「ほう、なかなか鋭い奴がいるようだな」

 黄金聖衣の前に男が立っていた。赤い光に照らされた男はその身に黒い鎧を身に纏っていた。
 ブラックフェニックスの暗黒聖衣を。

「い、いつの間に!? まさか、さっきの停電は……」

「何だ、アイツは? まさか、あのナリからして奴がフェニックスだってのか?」

「チッ、お嬢様は!?」

 那智と檄が身構え、邪武が沙織の元へ向かおうと動く。

「……暗黒聖闘士か」

 ただ一人、落ち着き払った様子で氷河が男を見た。
 ヘッドギア状のマスクにはバイザーが備えられており、その素顔を窺い知る事はできない。

「ほう、セイントカードか。聖闘士が敵を倒した際に己が倒した事を証明するために使用するカード。ならば……」

「む!?」

 ブラックフェニックスが手にしたキグナスのカードを氷河へと投げつける。
 それを受け止めようと氷河が手を伸ばした瞬間、その手に触れるよりも速くキグナスのカードが燃え上がり灰と化す。

「クックックッ。これが返事だキグナス。オレと戦おうなどとは思わん事だ。さもなくばキグナスッ! 貴様はそのカードの様に灰と化して燃え尽きるのだ! この――」

 ブラックフェニックスがバイザーを上げた。火傷によるものか、右目の周囲には大きな傷跡が広がっている。

「暗黒聖闘士を統べるブラックフェニックス“ジャンゴ”様の手によって!!」

「ふざけるなッ! ブラックだか何だか知らんが、貴様の思い通りになるとは思うな!!」

 持ち前の敏捷性を生かして真っ先に那智が動いた。

「ほう、速いな。だが、この黄金聖衣はもはやオレ様の物よ!」

 ジャンゴが意味ありげに口元を歪める。
 すると、ジャンゴの背後から幾つもの影が飛び出す。
 全てが黒い聖衣を身に纏った男達であった。

「フン、これがブロンズのウルフか」

「何!? 何だこいつは、黒いウルフの聖衣だと!?」

 那智の前にはその行く手を遮るように、黒い狼星座の聖衣を身に纏った男が。

「おっと、一人だけどこに行こうとしているんだ? まさか、尻尾を巻いて逃げ出そうとでもしているのか?」

「何だとテメェ!!」

 沙織の元へ向かおうとする邪武の前には黒い一角獣星座の聖衣を身に纏った男が。

「ぐお!?」

「ぐふふ、弱い、弱いなブロンズのベアー」

 聖衣を纏わぬ檄の身体を、黒い大熊座の聖衣を纏った男が一撃で吹き飛ばし笑う。

「フフフ」

「クククッ」

 氷河の左右には黒い海ヘビ星座と子獅子星座の聖衣を纏った男達が立ちはだかる。



「お、お嬢様!?」

「落ち着きなさい辰巳」

 突然の事態に狼狽する辰巳をたしなめた沙織は、今は亡き祖父の言葉を思い出していた。

「お爺様……。これがおっしゃられていた邪悪な存在なのですか? だとすれば、始まるのですね本当の戦いが……」

 自然と黄金の杖を握る手に力が入る。
 幼き日より、祖父から常に傍に置いておくようにと言われ続けていた、沙織にとっては形見の様な物である。

「彼らの事は聖闘士達に任せましょう。今はとにかく観客の安全を最優先させなさい」

 毅然とした態度で辰巳達に指示を出す沙織の姿は少女のそれではない。

「は、はい。畏まりました。何、麻森博士から連絡――」

 気丈に振る舞う事を義務付けられた沙織には怯えを、不安を表に出す事は許されない。
 少女の黄金の杖を握り締める手の震えに気付ける者は、その場にはいなかった。





 第32話





 その場にいた観客達の反応は大きく二つに分かれていた。
 この事態をイベントの一環であると考えた者とそうではない者と、である。
 多くはTVドラマや演劇を見ている、そんな感覚であり、あくまでも“向こう側の物語”だと思っていたのだ。
 だからこそ、このような事態になっても大きなパニックは起こらなかった。
 この時までは。

「う、うわあっ!?」

 それは、一人の観客が上げた悲鳴から始まった。
 最後列で観戦していたその観客の背後には誰もいない。そのはずであった。
 しかし、気付けば彼の背後にはブラックフェニックスの姿がある。
 同様の状況が複数の場所から起こり、ジャンゴの上げた一声が火を付けた。

「下らん邪魔をしようとは考えるなよブロンズの小僧ども! 貴様等がおかしなそぶりを見せれば観客がどうなるかは分らんぞ!!」

 その言葉を引き金として観客席に紛れたブラックフェニックス達が動きを見せる。
 拳を突き上げ、その衝撃によって天井のドームに穴を開けたのだ。
 二度、三度と爆音が連鎖し、細かく砕かれた破片が観客席へと降り注ぐ。
 威嚇行動である事は、降り注ぐ破片をわざわざ細かく砕いた事でも窺える。
 死者も、重傷を負った者もいない。
 それでも、観客達の恐怖を煽るには、聖闘士達の動きを止めるには十分な効果があった。

「ワハハハハーーッ! 大変だなあ、正義の聖闘士というものは。下らんしがらみに縛られてやりたい事も出来やしない」

「て、テメエらッ!! 汚ねぇ真似しやがって!!」

「いいぞ、悔しければかかって来い! 観客達がどうなっても構わんのならなぁ!」

「そう言う事だ。己の立場をわきまえろ」

 邪武の言葉にジャンゴが返し、ブラックユニコーンが行動で答える。

「グハッ!?」

 飛び蹴りを受けて吹き飛ばされる邪武。

「ぐ、くうぅ……」

「くそっ!!」

 那智や檄も悔しさに歯軋りする事しかできない。

「ジャンゴ様」

「ん? おう、終わったか」

 そうこうしている間に、ジャンゴの背後にまたもや新たな影が現れる。
 皆同じ姿をしたブラックフェニックス達が。

「……瞬の言っていた気配とは奴等の事か? しかし……」

 数が多い。
 冷静に状況を観察していた氷河であったが、新たに現れた暗黒聖闘士の数を見て拙いと感じ始めていた。

(……手詰まり、か?)

 一対多であれば問題はなかった。
 自分だけを狙って来るのであれば何の問題も。
 自分達の周囲に五人、ジャンゴの周囲に五人、そして観客席の方では囲い込むように五人。

(邪武達が動けたとしても、人質となった観客を解放できるのは四カ所。その後に別の奴らが人質を取らない保証はない。そして、あの人数が全てとも限らない)

「厄介な」

 氷河の口から思わず悪態が出る。
 私闘を繰り広げようとする皆への制裁のためにやって来たはずが、どうしてこうなったのかと。

(ジャンゴといったか。奴がこの集団を率いているのならば……)

 やはり狙うは奴か、と。
 氷河が決意を込めた眼差しをジャンゴに向ける。

「お前達、戻って来い。どうせ奴等は動けんのだ」

 そんな氷河の意思を知ってか知らずか。
 背後に控えていたブラックフェニックス達に何事か指示を出したジャンゴは、氷河達を取り囲んでいた暗黒聖闘士を自身の周囲へと引き戻す。

「目的は果たした。行くぞ」

「ハッ!」

 その言葉を合図として、暗黒聖闘士達が次々とその場から姿を消していく。

「追って来たければそうするがいい。観客がどうなっても構わんのならな」

 黄金聖衣の箱に足を掛け、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて告げるジャンゴの言葉に、後を追おうとした那智の足が止まる。
 その姿を満足そうに眺めたジャンゴは、

「ああそうだ、エクレウスに会ったら伝えておけ」

 表情から笑みを消し、獣を思わせる獰猛な眼光を放ちながら告げた。

「いずれあの時の借りを返してやる、とな!」

 そう言い残してジャンゴもまた姿を消した。





「……してやられたな」

 やれやれと、肩を竦めて氷河か呟く。
 電源が正常に戻り、明りを取り戻したコロッセオ内は喧騒に溢れていた。
 騒動をどうにか抑えようとアナウンスがこれでもかと安全を主張し、場内のスタッフ達は拡声器を片手に走りまわっている。
 観客席にいた五人のブラックフェニックス達の姿は忽然と消えていた。

「駄目だ。やはりやられている」

 ジャンゴの立っていた場所、黄金聖衣が備えられていた台座の前から那智が告げる。

「もぬけの殻だ」

 見せ付ける様に那智が聖衣箱を傾ける。
 その言葉の通り、射手座の黄金聖衣が収められていた聖衣箱の中には何も無い。

「大会どころでは無くなった、と言う訳だな。どうする?」

 氷河の元へと駆け寄った那智がそう問い掛ける。

「そこまで遠くには行っていないはずだ。今からなら追い付ける可能性もある。ああ、檄は無理だ。内臓をやっちまったらしい。動けるのはオレとお前と邪武だけだ」

「いや、二人追加だ」

 そう言って氷河が視線を向けた先から二つの人影が現れる。

「皆、大丈夫!?」

「……えらい騒ぎだな、おい」

 それは聖衣を纏った瞬と、聖衣箱を背負った海斗であった。

「ふむ。二人ともその様子だと状況は分っているのか?」

「……大体の想像はつく」

 氷河の言葉に海斗がげんなりとした様子で呟いた。
 海斗の視線の先には空になった黄金聖衣の箱がある。

「やっぱりここに来たんだね、暗黒聖闘士は」

「ブラックセイント? 奴等の事か?」

 首を傾げた那智に瞬がこれまでの事も含めて説明を始めた。

「……おい、海斗。まさか知っていた、とか言うんじゃないだろうな」

「……今回は偶然だ」

 瞬達から少し離れた場所で、海斗と氷河が探り合う様に会話をしていた。
 二人とも出先は違えども聖域からの勅命を受けて動いている身である。隠し事の一つや二つはあって当然だと分っていても、氷河の言葉の節々に微妙な棘があった。
 言われた海斗の方も、別件では叩けば埃の出る身なだけにあまり強くは否定できない。

「ハァ、となると、こいつはやっぱり射手座の黄金聖衣なわけだ」

「海斗!? お前、それは!!」

「ここに来るまでに倒したブラックフェニックスの一人が持っていた。まさかとは思ったんだがな」

 海斗の手にあるのは黄金の輝きを放つ聖衣の一部。弓の意匠が施された左腕のパーツであった。

「敵さんはパーツごとにバラして持って行ったみたいだな。どこに集まる気かは知らないが、聖衣のパーツが足りない事に気が付けば何らかのアクションを起こすだろうさ」

「最悪の事態となっても交渉の余地は残るか」

「手札が少な過ぎるけどな。せめてもう2、3は欲しい所だが――」

『何だとぉっ!? ふざけやがって!!』

 その時、邪武の上げた怒声に海斗達は会話を中断し、瞬や那智も何事かと声のした方を見た。
 すると、貴賓席から憤怒の形相を浮かべた邪武が飛び出し、海斗達に一瞥もくれずに外へと駆け出して行ったのだ。

「……今のは邪武か?」

「あいつがあんな剣幕で動くって事は……」

 海斗の呟きに那智が続く。思い当たる事はただ一つ。

「まさか!?」

「瞬! 邪武を追え!」

「え? う、うん!」

 貴賓席へと向かい駆け出した海斗の指示に従い、瞬が邪武を追う。少し遅れてその後を氷河が続く。
 階段を駆け上がる海斗の前に、額から血を流した辰巳が姿を現した。
 額だけではない。黒のタキシードは無残に破れ、全身至る所傷だらけである。

「辰巳!」

「……お、お嬢様が……お嬢様が、や、やつらに連れ去られた……。た、頼む! お嬢様を――」

「お、おい!」

 誰に話しているのか。自分が何を言っているのか。それすらも理解できてはいなかったのではなかろうか。
 海斗の身体にしがみついた辰巳は、何度も何度も『お嬢様を』と言い続け、やがてぷつりと、糸の切れた人形のように動かなくなった。

「死んだのか?」

「……いや、気を失っただけだ。全く、大概タフなおっさんだ」

 尋ねる那智に苦笑交じりにそう返すと、海斗は辰巳の身体をそっと横たえて立ち上がる。

「辰巳を頼む。思うところはあるだろうが、堪えてくれ」

 城戸邸に集められた百人の孤児達にとって、自分達よりも幼かった城戸沙織はともかくとしても、城戸光政と辰巳徳丸は憎悪の対象であった。
 己という存在の特異性もあり、今の海斗自身は両者に対して特に思う様な事はない。“どうとも”思っていないのだから。
 しかし、それはあくまで自分だけの事。他人がどう思っているのかまでは知る由も無い。

「分った。さすがにこの姿を見て否とは言えないからな。戦う相手になるはずだった奴に言うのもなんだが、気を付けろよ」

「ああ、全くだ。とんだ同窓会になったもんだ」

 そう言って海斗が背負っていた聖衣箱を置いた。
 正面のレリーフに備えられた取っ手を引き、聖衣箱を解放する。
 純白の光が立ち昇り、天馬のビジョンと化して海斗の身体と融合する。

「何だ、この光は!? これが……エクレウス……」

 瞬きにも満たない僅かな間。
 那智の目の前には純白の聖衣を纏う海斗の姿があった。

「人攫いなんて下らない真似をした馬鹿者共には……相応の報いを受けてもらおうか」





「ハァ、ハァ、ハァ……」

 市街地を抜け、郊外にある山林へと足を踏み入れたところで、ブラックヒドラは木々にもたれ掛かるようにして座り込んた。
 全身からは夥しい汗が流れており、その顔色もチアノーゼを起こしているのか唇周辺が青紫色に変色を起こしている。
 右手は胸元を押さえ、左手は黄金聖衣のパーツらしき物をしっかりと握り締めていた。

「ゼハァー、セハァー、ハァー、ハァーー」

 荒々しい呼吸は収まる事なく、汗をぬぐおうとする手は小刻みに震えている。

 ブラックヒドラは――恐怖していた。

 パキリ、と地に落ちた小枝が折れた様な、そんな音がブラックヒドラの背後から聞こえた。

「ヒッ、ヒィーーッ!!」

 まるでバネ仕掛けでも仕込まれているかの様な動きで飛び上がると、

「ど、どこだーーッ!? ひ、卑怯者が!! 姿を現せーッ!」

 声を荒げる事で必死に自身を鼓舞する。そうしなければ正気を保てない程にブラックヒドラは追い詰められていた。
 コロッセオから共に駆けたブラックベアーとブラックライオネットの姿は既にない。

『フッ、卑怯者か。無力な観衆共を人質とした貴様等如きに、そんな事を言われるとは心外だ』

「ヒッ!?」

 確かに聞こえた男の声にブラックヒドラの緊張が跳ね上がる。

『よかろう。ならばとくと見るがいい。このオレの姿を。そして思い出せ、刻み込まれた恐怖を、な』

 その声はブラックヒドラの知っている声であった。そして、もう二度と聞こえて来るはずの無い声であった。

「あ、ああああ……。そ、そんな、ま、さか。お前は、いや、貴方様は……。死んだはずの……」

 錆ついたブリキのおもちゃの様に、ブラックヒドラがゆっくりとぎこちない動きで振り返る。

 燃え盛る紅蓮の炎。それを体現したかのような輝きを放つ聖衣を纏った男がそこにいた。
 男が一歩足を進めるだけで、ブラックヒドラは己の身体が焼き尽くされたかの様な幻視に襲われる。
 見慣れたフォルムの聖衣は、しかしブラックヒドラにとって、いや、目の前の男を知る暗黒聖闘士にとって恐怖以外の何物でもなかった。
 男がゆっくりとマスクに備えられたバイザーを上げた。
 眉間に刻まれた傷と、地獄の業火を宿した修羅の如き双眸はまさしく――

「鳳凰星座<フェニックス>の一輝!!」

 城戸光政が集めた百人の孤児の一人。瞬の実兄であり、ギャラクシアンウォーズに出場する予定であった最後の一人。

「フッ、何を驚く事がある。不死鳥が死から甦っただけの事。何がおかしい」

 不敵な笑みを浮かべて一輝が一歩、また一歩と歩みを進める。

「ブラックヒドラよ。お前の持っている黄金聖衣を渡せ。素直に渡せば命だけは助けてやる」

 傲岸不遜な一輝の態度に、やはり本物なのだとブラックヒドラは確信した。
 そして、ならばと考える。

「わ、分りました。この黄金聖衣の左脚は一輝様にお渡しいたします! で、ですから命だけは、命だけはーッ!!」

「……」

 黄金聖衣を差し出し、土下座をして命乞いを始めたブラックヒドラを一瞥した一輝は、差し出されたパーツを受け取るとそのまま背を向けて歩き出した。

「へ、ヒヘヘヘ。かかったな甘ちゃんがーッ!!」

 その瞬間、無防備を晒した一輝の背中を目掛けてブラックヒドラが拳を突き出す。

「……やはり、な」

 しかし、一輝はその奇襲すら織り込み済みだとばかりに容易くブラックヒドラの拳を掴み取っていた。

「我が身可愛さに僅かな誇りすら捨て去った貴様等ブラックの考えなどお見通しよ」

「ク、クククッ。こちらこそ、だ。オレ様の策はお前の甘さも織り込み済みよ。たかが女一人のために拳も振るえなくなる様な甘ちゃんのなあ!!」

「……何?」

 一輝が掴み取ったブラックヒドラの右拳からブロンズのヒドラがそうであったように鋭い爪が飛び出し、一輝の右腕に突き立てられていた。
 ブラックヒドラは残った左手で一輝の腕を払い退けて即座に後退する。その際に左拳から出た爪を突き立てる事も忘れない。

「ハハハハハッ。このブラックヒドラの牙はブロンズのヒドラとは比べ物にならん程の強力な毒よ! 三秒と待たずに絶命するわ!!」



「ブラックヒドラ!」

「無事か!?」

「おお、お前達! ブラックベアーにブラックライオネット!」

 そして、木々の影から二人の暗黒聖闘士が合流を果たす。

「ククク、ハハハハハッ!! どうだ一輝よ、三対一だ! これでもまだ余裕をかましていられるか!?」

 致命の毒を与えた事、死んだと思っていた仲間との合流。その事がブラックヒドラを増長させた。

「放っておいても死ぬが、このオレを見下した貴様の態度が気に喰わん。三人がかりでなぶり殺しにしてくれる」

 ブラックヒドラが拳を振り上げる。一輝は動かない。

「死ねぃ一輝! この薄汚い裏切者が!!」

 ぐしゃりと、拳に伝わる肉と骨が砕かれる感触。
 その感触にブラックヒドラは――絶叫した。

「うぎゃあああああッ!? お、おれの、おれのこぶしがぁあああああ!!」

 潰されたのはブラックヒドラの振り上げた拳。潰したのはブラックベアーの拳であった。

「な、何を!? 何をするんだブラック――ぎゃぴぃ!?」

 ブラックライオネットがブラックヒドラの顔面を蹴り抜いた。
 仲間であったはずの二人から次々と振るわれる拳と蹴りが、地に伏せたブラックヒドラの身体に容赦なく叩き込まれる。

「や、やめろ! 止めるんだお前達!! や、やめてくれーーーーーーーーッ!!」



「ハッ!?」

 あまりの激痛に意識を飛ばした、ブラックヒドラがそう思った瞬間であった。

「な、何だ? こ、ここは!? お、オレの手がある? どこにも……傷が……ない?」

 致命傷だと、死を覚悟すらした暴力の跡は一切無く、周囲にはブラックベアーの姿もブラックライオネットの姿も無い。

「え? ……あ?」

 一体何が起こったのか。白昼夢でも見たというのか。
 混乱の極みにあったブラックヒドラは、しかしこの場から立ち去ろうとする一輝の背中を見て、その腕に突き立てられたヒドラの爪を見て正気を取り戻した。

「ば、馬鹿め! どこに行く気だ一輝! ヒドラの爪が突き立てられた貴様に――え? あ、あれ? か、身体が、う、動かな……」

 逃がす者かと、立ち去る一輝の背を追おうとしたブラックヒドラの動きが止まった。
 唖然とするブラックヒドラに見せ付ける様に、背中を向けたまま一輝が爪を突き立てられた右腕を振り上げる。
 すると、ボウッと音を立ててヒドラの爪が燃え上がり、瞬く間に灰と化して崩れさった。

「貴様の爪などこの一輝の肉体に触れてすらおらん。そして、言ったはずだ。お前の考えなどお見通しだ、とな」

 風に吹かれた灰が、ゆっくりとブラックヒドラへと流れて行く。

「“鳳凰幻魔拳”――貴様の精神は既にズタズタに破壊されていたのだ」

 その灰が身体に触れた瞬間、身に纏っていた暗黒聖衣が砕け散り、呻き声一つ上げる事なくブラックヒドラは大地に崩れ落ちた。



 ブラックヒドラの最期を看取る事なく一輝は進む。
 その両脇には黄金聖衣のパーツが二つ抱えられていた。左脚と矢の意匠の施された右腕のパーツである。

「残る部位はあと七つ、か」

 そう呟いた声に応えるかのように、一輝の背後に四つの影が現れる。

「ブラックスワンか。残るパーツはどうなっている?」

「ハッ。申し訳ございません。ブラックウルフから手に入れたこのチェスト(胸)パーツのみです」

 一輝の問いにブラックスワンと呼ばれた影が答える
 氷河の纏うキグナスの聖衣と全く同じ意匠の施された、黒い聖衣を纏った男が。

「いや、詫びる必要はない。お前達はよくやってくれている。感謝しているぞ暗黒四天王<ブラックフォー>よ」

 そう労う一輝の表情からは、先程ブラックヒドラに見せた苛烈さは微塵も感じられない。

「勿体ないお言葉」

「我らの忠誠は一輝様のみに捧げた物」

「邪神に魅入られた奴等とは違うのです」

 そう言って残る三人も姿を現した。
 ブラックペガサス、ブラックドラゴン、そしてブラックアンドロメダ。
 皆が青銅聖衣のそれと全く同じ意匠を施された黒い聖衣を身に纏っていた。
 その色意外に異なる点はただ一つ。
 どの聖衣も激しい損傷を受けている点にあった。
 しかし、反してその士気は高い。

「これからどうされますか一輝様?」

「我らの動きはまだ奴らには感付かれてはいないようです。攻め入るなら今かと」

「おそらく奴らの目はブロンズに向かうはず。この際、ブロンズ共には囮として動いて貰う手もございます」

「ご指示を、一輝様」

 そう言って片膝をつく四天王達はただじっと一輝の言葉を待つ。

 一輝はまるで何かを確かめるかのように己の手を握り、開き、そして――握り締めた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025178909301758