それは幾重にも分岐する未来への道筋、その中で最も太く強固な道の先に示されたシナリオであった。
そう、後の――未来の話である。
過去と未来を観る事の出来る“彼”は、もはやそのシナリオに沿う事でしか自身の望みが叶えられない事を知っていた。
だからこそ、“彼”はこの時代では自身による干渉を控えるつもりでいたし、表に出るつもりもなかった。
“彼”の識り得る時間の中で“存在するはずのない”人間と――エクレウスの聖闘士と出会うまでは。
そして、知る。
封じられしギガスの復活、忘れ去られし太陽神の鼓動、北欧に潜む悪意の胎動を。
そのどれもが“彼”の識る過去にはない出来事であり、そして未来とも異なり始めている事を。
それはある意味で絶望であり、ある意味では希望であった。
「クククッ、はははははははっ!! そうか、変わるんだな! 変えられるんだな!!」
二百数十年前に通り過ぎた歴史の分岐点、それが再び目の前に現れたのだから。
ギャラクシアンウォーズ開催三日目。
第一試合を戦うはずのキグナスの到着が遅れた事により一回戦第二試合を繰り上げて行われたトーナメントであったが、未だ到着せぬ参加者達のためにその進行に歪みが生じ始めていた。
場内を流れるアナウンスは会場が連日満員である事、全世界への衛星生中継によるその注目度の高さ、コロッセオの近代的ギミックや城戸光政の遺した功績などをこれでもかと謳い、その合い間には主催者である城戸沙織による聖闘士や聖衣に関する説明を前面に出す事で人々の関心を繋ごうとしていたのだが……
『お知らせ致します。キグナスとフェニックスは未だ到着しておりません。本来であれば不戦敗となるところですが協議の結果いま暫く待つ、との結果となりました』
暫く待っても到着しなかった場合は“一回戦を残しながらも2回戦ペガサス対ドラゴンを行う”というその内容に、観客達の間からは徐々に不満の声が上がり始めていた。
とはいえ、主役である聖闘士達にとってはそれもたいした問題でもないのか。
コロッセオのリングに集められた彼らからは、その決定について異論が上がる事はなかった。
むしろ、望むところだとばかりに気勢を上げる者もいる。
「フッ、おかげでおれ達の対戦が早まりそうだな星矢」
「邪武か。お前が瞬に勝てればな」
そう言って、星矢は肩を掴んできた邪武の手を振り払う。
それに対して僅かに眉を顰めた邪武であったが、観客席の上段に備えられた主催者席、そこに座る沙織がこちらを見ている事を知り
(お嬢様に無様は見せられねえしな)
今は事を荒立てるべきではないと自重した。
「ハッ、ぬかせ。あいつが聖闘士になれたのには驚いたがな、おれが“泣き虫瞬”に負けるわけがねえだろうが。お前こそ次の試合でしくじったりするんじゃねえぞ?」
それでも一言残す事は忘れない。
「次の試合、相手は紫龍か」
そう呟いた星矢が向けた視線の先では、瞳を閉じ腕を組んだまま静かに佇む紫龍がいる。
ふと、星矢は自分が拳を強く握り締めている事に気が付いた。
邪武、紫龍、市、瞬、那智、自分と同じくリングに立つ五人とここにいないキグナスとフェニックス、そして海斗。
この八人が星矢にとって倒すべき敵。
(全世界が注目し放送される程のイベントだ。なら、オレが勝ち続ければいつか姉さんも気付いてくれるだろうか)
姉の行方を求めかつて過ごした孤児院にて再会した幼馴染の少女――美穂との会話を思い出す。
「そうだ。その時まで、例え相手が誰であろうと、オレは負けるわけにはいかない」
思いをあえて口にする事で、決意を新たにする星矢。
「フッ、それはこちらとて同じ事だ星矢」
その声が聞こえたのであろう。思い違えど勝利に向ける意思は同じなのか、紫龍は不敵な笑みを浮かべて星矢を見た。
交差する二人の視線。
やがてどちらともなくその身に纏う小宇宙が高まりを見せ始める。
二人の意識が戦闘態勢に入った。その事に気付いた沙織がこのまま試合を開始させるべきかと辰巳に声をかけようとしたその時であった。
リングにキラキラと輝く何かが降り注ぎ、その色を白く塗り潰していく。
「これは……雪? 氷の結晶」
瞬がかざした掌の上に落ちたそれは瞬く間に溶けて消える。
足下から這い上がる冷気に邪武が舌打ちをし、那智がリングへと続く通路を見た。
星矢と紫龍もそれにならい、市はようやくかと口元を歪める。
「二人とも、盛り上がっているところに申し訳ないが、先にオレの試合を済ませてからにしてもらえるか? なに、直ぐに終わる。そのままリングの傍で待っていればいい」
白鳥の意匠が施されたヘッドギアと曲線と直線を組み合わせられた優雅さと鋭さが特徴的な聖衣、凍えるような冷たくも美しい白の輝きを放つキグナスの聖衣を身に纏った氷河がそう言って姿を現した。
沙織の指示によりトーナメントボードがキグナス対ヒドラを表示し、アナウンスが観客達へ告げる。
『キグナスが到着しましたので試合内容を予定通り行います、キグナス氷河に対するはヒドラ市。その後、二回戦ペガサス対ドラゴンの試合を行います』
その宣言に観客達が沸き、熱狂の中氷河と市を残して残りの聖闘士達がリングから離れて行った。
「ヘッ、氷河のヤロウ。遅れて来ておきながらカッコつけやがって。それにしても、結局フェニックスは間に合わずかよ」
「……フェニックスか」
気の昂りのままに毒づく邪武に、珍しく紫龍が呟きを返した。
「どうしたんだい紫龍? フェニックスがどうかしたの?」
瞬の問い掛けに紫龍は僅かに眉を顰め「……いや」と言葉を濁す。それ以上を話すつもりがないのだろう。
「遅れているのは海斗もだと。そう思ってな」
話を逸らされている事は分ったが、瞬自身が特に気になっていた話題でもない。
「そうだね。星矢なら何か知っているんじゃないのかな?」
だから、瞬は深く考える事なく別の話題を口にした。
内容は何でも良かったのだ。ただ、紫龍に合わせて話を変えられれば、と。
「でも、帰国していないのなら、このまま参加をしないのなら……。それはそれでいいのかもしれない。ぼく達が傷付け合う理由なんて……」
元々、性格的にも穏やかで優しく争い事を好まない瞬は、この大会に懐疑的であり、参加してはいるものの姿勢自体は非常に消極的であった。
むしろ、短い期間とはいえ共に過ごした仲間達とこうして何気ない会話を行う事こそ大事にしたいと考えている。
そんな瞬がこの大会に出場しているのは星矢と同じ理由である。星矢が姉を求めてであれば、瞬は兄一輝との再会を望んで、であった。
「お前らしいな瞬。だが、オレは違う。オレは戦いたいと思う。大恩ある老師から授かった全てを、この戦いの中で試してみたいのだ。
授けられたその全てがこの紫龍の血肉となって宿っている事を老師にお見せしたいのだ。だから瞬、お前と戦う事になったとしてもオレは決して手は抜かん。お前もオレに全力を出す事を約束してくれ」
そう言いきった紫龍の瞳には迷いのようなものは一切ない。
断固とした決意の光が力強く宿っていた。
「紫龍……。それでも、やっぱりぼくは……」
瞬を知る皆が知っている事だ。瞬には争い事は無理だと。だからこそ、こうして瞬が聖闘士となって生きて戻って来た事に皆が驚いていたのから。
未だ迷いを捨てきれない瞬の様子に、仕方がないか、と紫龍が溜息をつく。
その時、僅かに下を向いた紫龍の視界に光を反射して蠢く何かが見えた。
じゃらりじゃらりと音を立てて動く“それ”は鎖であった。
瞬の纏うアンドロメダの聖衣、その両手に巻き付けられた二対の鎖である。
右手の鎖の先端は鋭角な三角形が、左手の鎖の先端には円環が備えられている。
その鎖がひとりでに動いているように見え、見間違いかと紫龍がもう一度視線を向ければ確かに鎖は動いていた。しかも、瞬の両手は一切動いてはいない。
「瞬――」
どうしたんだと紫龍が問うよりも速く、瞬が困惑を隠せぬままに言葉を紡ぐ。
「これは……警戒しているのか? いや、困惑している? チェーンがこんな反応を見せるなんて……」
そう言えばと紫龍は老師に聞いた話を思い出す。アンドロメダの鎖には驚くべき防御本能が備わっている、と。
瞬の表情やその仕草からも、鎖が勝手に動いている事は間違いないと分る。
リングの上では氷河と市の試合が始まり、星矢達は僅かに離れた場所からその試合を観戦している。
瞬と紫龍以外、この鎖の反応に気付いている者はいない。
「……分らない。何だ? チェーンは一体ぼくに何を伝えようとしているんだ?」
第29話
相手が悪かったと言ってしまえばその通りだが、それにしても色々と言いたくなる。海斗にとって氷河と市の試合はそういうものだった。
ヒドラの聖衣の特性は、毒の爪を各部位から生じさせる事。
破損しても抜け落ちても再生可能な爪は聖衣を突き破る威力を持ち、市曰くその毒は聖闘士であっても数秒で死に至らしめる、らしい。
なるほど、聖衣の特性はたいしたものだが……
「なまじそれが強力過ぎたから、って事か? 爪が効かないって事を想定してなかったな、あれは」
コーヒーと言う名の別の飲み物と化した何かを口にしながら、海斗はテーブルに備え付けられたモニターを眺める。
海斗が今いるのはグラード・コロッセオ内に設けられた喫茶店の一つである。
試合が迫っていた氷河とは事なり、二回戦シード枠の海斗の試合はまだまだ先。沙織達へ到着の挨拶にでも行くかとも思いもしたが、わざわざ試合の観戦中にする事でもないかと思い、こうして時間を潰していたのだ。
横の席にはエクレウスの聖衣箱が置かれているが、店内の客達もまさかこんなところで聖闘士が暇潰しをしているなどとは思ってもいないのか。
せいぜいが宣伝スタッフかバイト、その程度の関係者としか認識されていないようで、話し掛けられたりサインを求められる、などと言う事は今のところ一度もなかった。
市の聖闘士らしからぬ緩やかな攻撃は隠された毒の爪を突き立てるための誘い。
その誘いに乗った氷河は左手に毒の爪を突き立てられてしまう。
氷河の反撃により市は右腕を凍りつかされてしまうが、それでも氷河の胸部、即頭部への攻撃に成功する。
致命の攻撃を三発与えた事で己の勝利を市は確信する。
しかし、
「数秒で死に至る、そんな毒なら“もうとっくに終わっている”だろ?」
氷河には何の変化も見られず、爪を突き立てたはずのキグナスの聖衣には傷一つ付いてはいない。
動揺を隠せない市に氷河が答えを示した。
ヒドラの牙は、突き立てたはずの爪は、その全てが氷河の身体に触れる事なく凍りつかされていた事を。
『な、なんだ? 氷河のまわりに大粒の雪の結晶が見える……。こ、これは幻覚か!?』
『東シベリア海から北極圏にかけては雪が結晶のまま空から落ちて来る。キラキラと光り輝きながら降り積もるその様はまさしく宝石の墓場。しかし、その美しさは生物にとっては死と隣り合わせ……』
そして、結着が迫る。
『だから、北極圏の人間はその光景を賛美と恐ろしさの念を込めて“こう呼ぶ”のだ――“ダイヤモンドダスト”!!』
氷河は黄金聖闘士カミュの弟子であり、その闘法も師と同じ。
原子運動を低下させる事により生み出された凍気を操る。
『う、うわあああーーーーっ!!』
氷河が突き出した拳から放たれた凍気の波がダイヤモンドダストを纏って市へと迫り、瞬く間にヒドラの聖衣を凍結させる。
そして、凍りついた敵を空を引き裂く聖闘士の拳が――破壊するのだ。
『ヒドラ、ダメージ強のためキグナス二回戦進出決定です』
即座にコンピューターが試合続行不可能を判断。
聖衣を破壊されてリングに昏倒する市に対し、氷河の勝利が宣言された。
モニターでは担架に載せられて退場する市が映された後、解説者達によってVTRによる試合の検証が始まっていた。
偉い学者さんやらその道の権威さんとやらがあーだーこーだと議論を交わしているのは“ショー”なのだから仕方が無いとしても、常識を背負った彼らに非常識の存在である聖闘士がどれ程理解できるのかと海斗は素直に疑問に思う。理解させてどうするつもりなのか、とも。
「相手を掴みに行く檄や、接近戦型の星矢辺りとは相性が良かったんだろうけどな」
もし自分が相手なら、と想像して――
「……あ~、喰らいそうだな、毒。ひどい初見殺しだ。まさか地上の愛と平和を護る聖闘士が毒を使うなんて……意外でもないか」
神話の中でも神や英雄が毒を使う事はざらにあり、黄金聖闘士のアフロディーテも毒使いのようなものだったと思い出す。
そんな事をつらつらと考えていた海斗であったが、
「!?」
不意に、得体の知れぬ違和感に囚われた。
聖衣箱に手をかけて立ち上がると油断なく周囲を見渡す。
客達が何事かと海斗に視線を向けていたが、そんな事に構っている余裕はない。
「あ、あの。お客様?」
たまたま近くを通りがかったウエイトレスが海斗に声をかけた、その時であった。
店内のテーブルに置かれた、あるいは客達の手にしていたカップが、グラスが、皿が、音を立てて一斉に砕け散ったのだ。
「――ッ!?」
側に立っていたウエイトレスが息をのんだのが海斗には分った。間もなく悲鳴を上げるであろう事も。
想像したのであろう、破片によって裂傷を負う自分の姿を。赤に染まる店内を。
ウエイトレスだけではない。店内にいる客達も騒ぎ立てる。
それまでのほんの僅かな間に海斗は動いた。
飛散する破片のことごとくを拳撃によって粉砕し、撃ち落とす。
舞い上がった粉塵は、拳圧によって巻き起こされた風の流れに乗って店外へ。
そうして、店内に悲鳴が上がった時には全てが終わっていた。
負傷者は出たものの、誰もが想像した惨状には程遠く。
『――間もなく、二回戦ペガサス対ドラゴンの試合を行います』
無言となった店内に、次の試合の開始を告げるアナウンスだけがやけに大きく鳴り響く。
彼らが状況を、事態を理解できず目の前の現実に言葉を失っている間に、海斗は素早く聖衣箱を担ぐと騒ぎを察して集まり始めた人々の間をぬってコロッセオの外へと駆け出していた。
コロッセオの周囲には万を超える人々が集まっており、最初こそその雑踏を掻き分けて走っていた海斗であったが、やがて面倒臭いとばかりにアスファルトを蹴って群衆の海を飛び越える。
駆け抜けた後はちょっとした騒ぎになっているようだったが構ってはいられない。
文字通り風を切る海斗。その視線の先には見覚えのある人影があった。
黒いタキシードに白いラインの入ったシルクハット。
(あの時の違和感はやっぱりテメエか! 生きていやがったとはなぁ、オッサン!)
二年前、ギガスとの戦いの際に海斗が出会った冥闘士――メフィストフェレス。
あの時、ギャラクシアンエクスプロージョンでトアスもろともに吹き飛ばしたと思っていたが、こうして目の前にいる以上倒せてはいなかったという事。
「久しぶりだなぁ兄ちゃん。元気そうで何よりだ。チョイと見ねえ間に大きくなったもんだ」
さんざん邪魔をされ、苦汁を飲ましてくれた相手を間違うはずもない。
メフィストフェレスは時折り小馬鹿にしたように速度を落として振り返り、海斗との距離が縮まれば加速して引き離そうとする。
(野郎ッ!)
噛み締めた口元からギリッと音が漏れた。
それに構わず、海斗は一心にただ駆ける。逃すものか、と。
「そうそう。そのままついて来な。あんな所よりもよっぽど楽しい事が待ってるぜ?」
誘われている事は分っていたが、だからといってあの場でどうこう出来るはずもなく、頼れるような相手もいない。
いつしか、周囲からは音が消え、色が消えていた。
自分とメフィストフェレス以外はモノクロの世界。
そして、メフィストフェレスが振り返り、ニヤリと笑った。
「ま、この辺でいいか。適度に広く、適度に遠い」
足を止めたメフィストフェレスを警戒しつつ、海斗は周囲に気を配る。
海と港と船舶、そして積み上げられた大量のコンテナと巨大な倉庫群。そこは誰がどう見ても埠頭だった。
しかし、そこに人の気配はない。
いないわけではない。誰一人として動いていないのだ。
「そう言えば、まだちゃんと名乗っていなかったっけなァ。知っての通りオレは冥闘士だ。天魁星メフィストフェレス。気軽にメフィストって呼んでくれりゃいいさ」
見せ付けるように身ぶり手ぶりを大袈裟に、慇懃無礼に一礼したメフィストはそう告げるとパチンと指を鳴らした。
その直後、ゾクリと海斗の背筋に悪寒が走り、脳裏には刃で貫かれた自分の姿を幻視する。
拙いと思うよりも速く身体が動く。
ドンという音を立てて砕け散るコンクリート。それまで海斗が立っていた場所にはくっきりと十字の傷跡が刻み込まれていた。
「クッ、何だったんだ? あ、あれは!?」
十字の中心に突き立てられたモノを見て海斗が目を見開く。
黒光する鳥人のオブジェ。
冥界の鉱物によって造られた魔鳥の鎧。
「ガルーダの冥衣!?」
海斗の驚愕の声に応じるかのように、ガルーダの冥衣が赤黒い炎のような妖しい輝きを放ちながら弾け飛ぶ。
「まさか、いや、だとすればッ!!」
海斗は即座に聖衣箱に手をかけると、エクレウスのレリーフに備えられた取っ手を引いた。
解放された聖衣箱から噴き上がる天馬のビジョンが音を立てて弾け飛ぶ。
海斗の身体に次々と装着されるエクレウスの聖衣。
二年前に致命的なダメージを負った聖衣はムウ達の手によって再び命を吹き込まれ新たなる姿と共に復活を果たす。
その外観はもはや白銀聖衣と等しく、曲線を多用し身体に密着するように纏われたそれは、奇しくも千年前の聖戦時のエクレウスの聖衣と同じ姿をしていた。
「ほう、それが貴様の、エクレウスの聖衣か。二年前に破壊されたと聞いていたが……。どうやら杞憂であった様だな」
身構える海斗の目の前で、ガルーダの冥衣を装着した冥闘士がゆっくりと歩み寄って来た。
全身を完全に覆い尽くす冥衣によって、海斗よりも一回りも二回りも大きく見えたが、ソレを差し引いても長身である。
サークレット状のエクレウスの聖衣の頭部とは異なり、ガルーダの冥衣の頭部は完全な兜状。
そのために目の前の冥闘士の顔は分らなかったが、その声と雰囲気から青年であろう事が分った。
「ソイツは当代の天雄星、ガルーダの冥闘士さ。強いぜぇ? 何せ冥界三巨頭のお一人様だ」
「ガルーダとなり得る者は二人もいらん。この手で貴様を倒した時こそ、オレは真のガルーダとなる。安心しろ、奴には手は出させん。これはオレと貴様の闘いだからな」
「今回はどうしてもお前さんと戦いたいって言うからさァ」
こうして場を設けさせてもらったワケだ。
そう言うと、メフィストは海斗達に背を向けて歩き出す。
「ま、ここは軸がズレているから多少派手に暴れたところで大した影響は出やしない。安心してやり合いな。エクレウス、お前さんも格下相手にやり合うよりは楽しめるだろ?」
それじゃあ、と。メフィストはそう言って手を振りながらこの場から姿を消した。
しかし、海斗の耳には去り際に呟かれた声がハッキリと届いていた。
『ここで死ぬならそこまでだ。せいぜい頑張りな』
「――ッ!? メフィスト!!」
叫び、咄嗟に振り返ろうとした海斗。しかし、
「これから――」
その僅かな逡巡が、ガルーダにとっては大きな隙となる。
「――闘おうという相手を前に余所見とは」
「な――に!?」
海斗自身、己の速度に対しては少なからず自信があった。
自分が最速だ、と言うつもりはない。事実、二年前にはトアスに速度において負けているし、拳速で言えばアルデバランには勝てないと思っている。
それでも相手の動きを捉えきれない事はない、と思っていた。
いくら虚を突かれたとはいえ、こうして“両肩を掴まれるまで”接近に気が付けなかった事実が、海斗の行動を確実に遅らせる。
「クッ、何だと、か、身体が動かない!?」
そのミスに海斗が気付いた時はもう遅かった。
幾重にも重なった円環が海斗の身体を締め付けて拘束し、その自由を完全に奪い取る。
「アイアコス。それが貴様を倒す者の名だ。受けよ――“ガルーダフラップ”!!」
「う、おおおおおおおっ!?」
天へと向かい落ちる。そう形容出来るほどの勢いを持って、海斗の身体が地面ごと巻き上げられるかのように上空へと放り投げられた。
「三秒後、貴様はここに落ちて来る」
そう言って、アイアコスが地面に十字の傷を刻み込む。
「この十字が貴様の墓標よ」
『3』
『2』
『1』
「――ゼロ、だ」