お別れの言葉も、涙でグチャグチャになって満足に言えなかった。 後悔する暇もなく、兄さんに連れられて森に入って行く。 暗くて不気味な森を進む内に、私はあっという間に方向感覚が無くなってしまった。 ネクロとウンディーネは把握してるんだけど、どっちにしても心細い事この上ない。 握りしめられている兄さんの手だけが温かかった。 泣きながら森の中を歩く内に、私も段々落ち着いてくる。 涙こそまだ止まってないものの、少しは前向きに考える事ができるようになってきた。 一種の逃避だったのかもしれないけどね…暗い事ばかり考えてると、歩く事もできなくなりそうだったし。 兄さんが私を元気づけようと、あれやこれやと話しかけてくれたのも大きい。 …うん、森の動物さん達とは仲良くしたいな。 結局、その日はずっと歩き続けて、疲れてきた頃には日も沈み、森が真っ暗になってしまった。 あれは本当に怖かった…。 兄さんと一緒じゃなかったら、絶対に本気で泣いていた。 家出した時の森も暗かったけど、あれは桁が違う。 何せ月の明かりも殆ど入って来なかった。 ネクロが出してくれた灯りのおかげで、暗いのは軽減された……光というのが生き物にとってどれだけ重要なのか、実に沁みて理解した一時だった。 小さな光を前にして、お婆さん達が持たせてくれた荷物から寝袋と毛布を取りだして、二人でそれに包る。 晩御飯は冷めてしまったアップルパイ。 もう…少なくとも当分は、出来たてアツアツのを食べられないのだと思うと、また涙が溢れそうになった。 兄さんに心配かけさせたくないから、何とか堪えたけど。 食事を終えてしまえば、後はもう寝るだけだった。 お風呂も無ければ、遊ぶ体力も無いし、お爺さんもお婆さんも構ってくれない。 やる事が無い。 …でも、あの寝袋は良かったなぁ…。 小さなスペースに兄さんと二人で潜りこんだから、思いっきり密着して、ちょっとだけ窮屈だったのはマイナスだけども動けないのが逆に『一緒』って感じを……。 …それより。 兄さんと密着して、退屈を紛らわせながら、私は改めてお爺さん達と別れる時に感じた『喜び』が何だったのか考えていた。 私と兄さんが同じように、ギアの衝動を堪えていたのが嬉しい、と言う訳じゃない。 それとは別だ。 ……兄さんと別れなくても良かったから? それは確かに嬉しいけど、私にとって兄さんと一緒に居るのはデフォルトだ。 別れるのを不満に思う事はあっても、別れなくていいのを明確に喜ぶかなぁ…? …じゃあ、私のせいで兄さんを村から引き離す必要が無くなるのを喜んだ? ………違う……けど、何か少し感じるモノがある。 よくよく考えてみれば、もしも兄さんがギアの衝動を感じてなかったら、いずれ私のせいで村から兄さんを引き離す事になっていたかもしれない。 何れ致命的な事をしてしまいそうな程には不安だったし、お婆さんに相談したばかりとはいえ、自分から村を離なければならないんじゃないかと言う考えは捨ててなかった。 でも、もしその時になったら…多分、兄さんは私と一緒に来てくれただろう。 これは私の自惚れじゃないと思う……想いたい。 勿論、一緒に居てくれる事はほぼ無条件で嬉しい。 だけど、それが『私のせいで村に居られなくなったからじゃないか』と思うと……きっと負い目を感じてしまう。 でも、そうはならなかった。 兄さんも私と同じように、村に居る事を危険を想い始めていたんだろう。 なら、村から出たのは私のせいじゃなく、兄さんのせいじゃなく、そして私の為でも兄さんの為でもある……私達は、同じで、対等だ。 ああ、これは結構…嬉しいかもしれない。 兄さんと『同じ』だし、私が心配していた事が一つ消えたんだから。 もしも、私が他の人達を疎ましく思い、時に傷つけそうな衝動があったと知られても…兄さんは私を嫌わないでいてくれる、きっと。 だって『同じ』だから。 同じように衝動を抱えて、それを抑え込もうとしている者同士だから。 そこまで考えて。 今度こそ、私は閃いた。 閃いてしまった。 何故私が、村を去り、お爺さんお婆さんと別れる事すら喜ばしいと感じていたのか。 さっき、私が考えた事…それが答えだった。『私が他の人達を疎ましく思い』 …そう、これが。 これが答えだった。 …元々、お婆さんに相談した事だった。 私と兄さんの時間を邪魔されると、どうしようもないくらいに苛立ってしまう。 だけど……こうなってしまえば、森の奥に引っ込んでしまえば……それはきっと無くなるだろう。 この森には、きっと私達以外には誰も居ない。 誰も居ないのだから、私と兄さんの時間を邪魔される事も、きっと無い。 動物は居るかもしれないけど、多分言葉を話せるのは居ないだろう。 もう、兄さんとの時間を邪魔されて苛立つ事は無い。 少なくとも、村に居た頃よりは減るだろう。 そうだ。 私は結局、友達も、家族も、兄さん以外の全てを疎ましく思って。 それらが全て無くなってしまう事を、確かに喜んだのだ。 兄さん以外は、誰も要らない…それは確かに私の本音だった。 それに気付いた時は、体が震えた。 自分の浅ましさに、醜さに、知らず知らずの内に涙が溢れた。 幸い、兄さんはもう眠っていて……知られずに済んだ事と、もし見られてもお婆さん達と離れた寂しさだと思ってくれるだろうと考えてホッとした自分が嫌いだった。 その次の日、兄さんについて森の中にあるらしい遺跡っていうのを目指して歩いた。 足元はデコボコしてるし暗いしで歩きにくい事この上なかったんだけど、それはむしろありがたいくらい。 昨晩気付いた、嫌な考えから目を離していられるから。 兄さんに連れられて辿り着いたのは、森の中に大きく開けた広場と、見るからに古くてボロボロになっている石の建物。 そこに燦々と光が差し込んできていて、最初に広場に出た時には思わず目が眩み、それから回復したら暗い考えも忘れて見とれてしまった。 それくらいに綺麗な光景だった……今となっては、もう見慣れちゃってそんなに感動できなくなったんだけど。 暗い森から抜けだした、相対効果とかもあったんだろうなぁ…気分的にも、暗い状態から一時的に解放されたからスッキリしたと言うか何と言うか…。 一時的とはいえ立ち直った私。 ハシャいでいるように見えたんだと思う。 兄さんは、私が元気なうちに色々とやっておこうと思ったみたい。 寝床の確保とか、遺跡の掃除とか、水場を探したり、食料を集めたり…。 まぁ、やっておきたかった事の半分も完遂できなかったけどね。 私も兄さんも、森に来たばかりで要領が分からなかったし。 それでも、やる事があれば、動きまわっていれば気は紛れる。 悩みを忘れてあれやこれやと戸惑いながら、一つ一つやるべき事をやって行く内に、私は大分立ち直っていた。 自分で言うのもなんだけど、私は割と楽観的な方だ…と自分では思っている。 考え方よりも、どっちかと言うと立ち直りの速さ的な意味で。 自分ではね。 どう言う訳か、周りからはそう見えないらしいんだけど。 そりゃあ、確かに落ち込んだりもするし、自分の本心に気付いて物凄く暗くなっちゃったよ? でも、それって誰だって同じ事を感じると思う。 …自分の自覚してない、とても醜い一面に出会う時…それは、人生で一番恐ろしい瞬間の一つ。 どんな人でも、暗くならずには、或いはダメージを受けない訳が無い。 …お爺さんからの受け売りだけどね。 そうでなくても、美味しい物を食べてお腹が膨れれば、人間誰だって幾らか前向きになるものだ。 と言うか、もっと正確に表現すれば、一々落ち込んでいる暇が無かったとも言える。 些細な事から重要な事まで、やるべき事は沢山あった。 食料集め、地理の把握、水場の確保、遺跡の掃除、動物達の餌付け、その他諸々…。 食料集めと水場の確保以外は、明確なタイムリミットは無かったけど。 逆に水場の確保は本当に急ぎだった。 食べ物は荷物の中にそこそこあったけど、水はね……。 節約すれば暫くは持つけど、二人で使おうと思ったらちょっと足りないくらい。 こればっかりは本当に急ぎだ。 数日間は雨が降りそうにない天気だったから尚更。 とにかく、日々の生活に追われてたおかげで、私は何とか立ち直れた。 慣れてしまえば、この森での生活は村に居た頃よりも快適だった事もある。 友達が居ないのは寂しいけれど、それは動物達との触れ合いが癒してくれた。 何と言っても……こういう思考が自分で嫌だったのだけど……兄さん以外に人が居ない。 ある意味、ずーっと二人きりの時間が続く訳だ。 私にとって、これ以上のカンフル剤は無いと断言できる。 益々深みに嵌っているような気はするけど、兄さんに嵌るのだったらむしろ誇れる。 何せ私は、村の友達が言ってたけど兄さん大好きな『ぶらこん』だ。 自分でもどうかと思う事はあるが、明るい気持ちで物事を考えれば色々な事を前向きにとらえる事ができるようになるものだ。 自覚した当初はあんなに自己嫌悪に陥ったというのに、今では「そういう一面もある」「それが私の全てじゃない」と考えられるようになっていた。 実際、村から離れる事を嬉しいと思ったのは確かだったけど、寂しさも同等以上に感じていたんだしね。 それが事実というのもあるし、住む場所が場所だから他人の邪魔とか水が差されたりする事もなく、嫌な一面が全然表に出て来なかったから、意識せずに済んだのも理由の一つだろう。 森を歩きまわるのにもすっかり慣れた頃。 私は一つの不満を持っていた。 それは何かと言うと、兄さんが一緒にお風呂…と言っても水浴びだけど…に入ってくれない事だ。 なんでかって言うのは、一応聞かされている。 今一実感はわかないけど、私達くらいの年齢…と言っても実際には3歳未満で、体は13歳くらいなんだけど…になると、男の人と女の人は一緒にお風呂には入らなくなるらしい。 それは「恥ずかしい」事で、「はしたない」事なんだそうだ。 でも、私達よりもずっと年上のお爺さんとお婆さんは、私達と一緒にお風呂に入ってたよ……夫婦ならいい? じゃあお婆さんと兄さん、お爺さんと私は……年齢にもよるけど孫が相手ならいい? …理解できない。 だったら私達で夫婦になれないんだろうか、と思ったけど、確か兄妹では結婚は出来なかった筈……どうしてだろう。 でもオママゴトではいつも兄さんのお嫁さんだったけど………何か遊んでる時に、よく空を向いて止まってたんだよね、兄さんだけ。 あれは何をしてたんだろう……今でも時々止まるし。 それはともかく、兄さんは私に「恥じらい」とか「淑女のたしなみ」とか、そーいう何かを教えようとしている。 とは言っても、それは理屈でどうにか出来るモノじゃなくて、感性と言うか認識と言うか、そういうのでどうにかしないといけない。 私としては、教えてくれるのはありがたいけど、どうしたらいいのか全く分からない。 別に鬱陶しいとか迷惑だとか押しつけだとか、そんな事は全く思っていない。 むしろ兄さんが私の知らない『何か』を教えてくれると言うのなら、どれだけ時間がかかっても、どれだけ苦労を重ねてもそれを全て受け入れるだろう。 何故なら……それだけ、私は兄さんに近付けるから。 私の本当の望みに、『兄さんになりたい』と言う未だ叶える方法すらみつからない望みに、少しだけでも近付けるからだ。 だから、兄さんの言いたい事、教えたい事を私が理解できない事が、焦れったくて仕方が無い。 勿論、私が「恥じらい」を覚えれば、兄さんが私を褒めてくれるかもしれない、私をもっと好きになってくれるかもしれない、と言う期待もある。 良く分からないけど、ウンディーネ曰く『男性は女性の恥じらう姿に強い劣情と保護欲を感じる』らしい。 保護欲はともかく劣情って何?と聞いたら、『自分のモノにして無茶苦茶に可愛がりたいと思う事です』……うん、それは是非ともやってほしい。 それにしても…そっか、『私が兄さんの物になる』っていう方法もあるんだ。 私が兄さんになるよりも、そっちの方が簡単かもしれない。 あ、でもだったら逆に、兄さんを私の物にするって事もできるんだろうか? ………いいかも。 取りあえず、「恥じらい」を練習して、兄さんの劣情をもっと煽ろうと決めた。 …でも、理解できてないモノを練習するのも難しいなぁ。 だけども、もっと難しいのが…その「恥じらい」をするべきシーン(これもどういうタイミングか良く分からない)での、兄さんに対する反応。 『悲鳴を上げながら吹き飛ばす』。 …これ、結構難しくない? 悲鳴を上げるのは…まぁ、いい。 お芝居は下手だけど、悲鳴は悲鳴だ。 要は声を上げればいい。 タイミングさえ間違えなければ、後は何とかなる…つまりは私が忘れなければいいだけの話だ。 だけど、吹き飛ばすっていうのは…。 私は兄さんを攻撃するような事、したくないよ。 吹き飛ばすって事は、人間一人を浮かせて飛ばすくらいの威力が無いといけない筈。 どう考えても、受ければちょっとどころじゃなく痛いだろう。 軽く叩くくらいならいいけども…。 そもそも、世間一般では本当にそれが普通の対応なんだろうか? 人間1人を吹き飛ばせるような攻撃が、ギアでもない普通の…特に鍛えてもいない女の人に出来るんだろうか。 出来たら出来たで、それを受けた男の人は無事なんだろうか……下手をしなくても、死人が出そうな気がするんだけど。 それとも、世間一般の男の人はそれでも平気なくらいに頑丈なんだろうか? …もしそうだったら、ギアはそんなに恐がられないし、人身事故で死人は中々出ないと思う。 奥が深い……要研究だ。 研究をコッソリ続けて数日。 取りあえず、『肌を多く見せる時には恥じらう』という結論を出した。 次は「恥じらう」ポーズの練習に移ろうと思う。 …でも、恥ずかしい時のポーズって………うーん、改めて言われると難しい。 こう、恥ずかしいと言うか穴があったら入りたくなっちゃうような感じ? むぅ……頭を抱えて小さくなればいいんだろうか? そんな事を考えながら、夜の水場で体を洗っていた時だ。 幾つかポーズを考えてみて、どれも何か違う気がして頭を抱えていた。 …普段とはちょっと違う事をしているけれど、普段と同じ水浴びだった……のに。「……!!!」『ディズィー!』『兄に何かあったか!?』 突然、森の中から…多分兄さんが居る辺りから、急激に大きくなった圧迫感。 私はそういう感覚には強くないけど、言われなくても一発で分かる。 ただ事じゃない、物凄く強いエネルギー。 ネクロやウンディーネに何か言われるまでもない。 私はすぐに駆け出した。 木々を掻き分け、自分が空を飛べる事も忘れて、ただ兄さんの元へ一直線に走る。 走っているのはそう長くない時間だったけど、いつの間にか私は服を纏っていた…そう言えば、慌てて出てきたから裸だったなぁ…。 兄さんがバトルコスチュームと呼んでいる、黒を基調にした服だ……そう言えば、コレも肌の露出が多い……『恥じらう』べき格好だろうか? そんな事は後でいいか、とにかく兄さんの元へ! 何本か木を蹴り倒したような気がしないでもないけど(後から確認したらヒビで済んでたから、倒してはいなかったね)、とにかく走りに走って兄さんの所に辿り着く。「兄さん!」「ぬあ!? どうした!? 何かに襲われたのか!?」「兄さんこそ! 襲われたのは兄さんじゃない!?」「…………え?」『兄様、一体何事ですか!? 先程、兄様のエネルギー反応が急激に昂って放出されるのを感知しましたが』『周囲に敵の反応は無い…。 兄も特に襲撃を受けた様子は無いが……』 …当の兄さんは、ノホホンとした様子だった。 むしろ普段よりも落ち着いていて、そこはかとなく満足感を漂わせているような気が…。 一体何が?『もしや…兄、ギアの戦闘衝動を抑えられなかったのか!?』「! 兄さん、しっかりして! お婆ちゃんだって言ってたじゃない、その衝動に耐えないと…」「ちっ、違う違う違う! そんなモンに呑まれてないから!? あれは単なるアレだ、そう、なんつーかその新機能テストと言うか!」 少なくとも、私の感じたエネルギーは錯覚だった訳じゃない。 兄さんが何かやったらしくて、大量のエネルギーが放出された残滓が残っている。 と言うか、森の中を駆ける間に、光線が空に向かって放たれるのを見た…あれは間違いなく兄さんの仕業だ。 この森に、あれほどのエネルギーを放てるようなイキモノは、ギア以外に居ない………筈、多分、うん。 色々とこの森は、世間知らずの私でもオカシイと思う事が沢山あるけど、そういう事にしておこう。「そう……よかった……」『うむ…』『心配をかけさせないでくださいよ、兄様…』 ネクロとウンディーネも、少々刺々しい。 当たり前だよね、それだけ大慌てしてすっ飛んできたんだから。 拗ねたように羽型に戻る。 とりあえず、なんか腹が立ってきた。 私達に心配させておいて、何をノホホンとしてるのかな。 …苛々してきたけど、ホッとしてもいた。 とにもかくにも、兄さんには怪我は無かったんだし。 うん、気が抜けた…。 溜息を吐くと、全身から力が抜けたのが自分でも分かる。 せめてもう一言二言文句を言ってやろうと兄さんを見たら、何か目を丸くして棒立ちになっていた。 ? どうしたのかな? 私をジッと見てるけど……? そう言えば、さっきからスースーするような………。「……………」「……………」 …あ、私、裸? これって『恥じらう』格好? で、でもどうすれば……。 ポーズだってまだ研究中だし、ええと具体的にどうすればいいのか、頭が真っ白になって何も浮かばない---! あ、ちょ、ネクロ? どうしたの…ってその光はナニ!? あ、ちょっ、ちょっ、ああーーーーー!!!! …兄さんが吹っ飛んでいった。 結局怪我は無かったから良かったものの、ネクロったら…。『ああいう風に対応しろ、と常々言っていたのは兄自身だろう。 何の問題もない』「それはそうだけど…」『全く、兄様と来たら……ああいう場面ではすぐに眼を逸らすのが紳士というものではないですか。 …いえでも、迷わずそれをされたら逆に女のプライドが…』「ウンディーネ、兄さんは悪くないよ…心配させられたのは、ちょっと腹が立ったけど」 兄さんが水浴びに行っている間に、改めてあの時どうすればよかったのか考えてみる。 やっぱり、兄さんを攻撃するような事は気分が良くない。 それに言われていたような反応もできなかった。 頭の中に幾つか「こうすればいい」っていう候補はあったんだけど、頭が真っ白になっててそれどころじゃ……あれ? そもそも、どうして私はあんなに慌ててたんだろう? 兄さんに裸を見られるなんて、子供の頃からほぼ毎日の事だったのに。 お爺さんやお婆さんと一緒にお風呂に入って、洗いっこしたりもした。 その時には、あんな風に頭が真っ白になる事なんか全然なかった。 むしろ楽しくて、楽しすぎてお風呂の後に目が冴えて眠れなくなったくらい。 ……分からないや。 考えても分からないなら、これ以上考えても無駄だね。 今後の課題って事で、後回しにしよう。 それよりも、今度同じような状況になった時、ちゃんと対応できるように作戦を考えておかないと。 まず、対応するべき場面や格好と、その場面になりそうな状況を分類して把握して…。 兄さんが水浴びから戻って来るまでの間、あんなのはどうだ、こんなのはどうだと考え続けていた。 それから数日。 なんか兄さんが妙に落ち着いていたような気もするけど、まぁいい事だ。 普段の何処かコミカルと言うかジョークっぽい雰囲気を漂わせてる兄さんもいいけど、こういう兄さんも好きだな。 兄さんだったら何でもいいって訳じゃないけどさ。 それに…何だか、兄さんが私を見る視線がちょっと変わった気がする。 以前と変わらず大事にしてくれるのは分かるんだけど、何て言うか…ちょっと、「大事」の方向が違っているような…。 かく言う私自身も、ちょっと…兄さんに向ける目が変わったような気がする。 具体的にどうとは分からないけど…。 強いて原因を考えるとすれば、裸を見られた事と、兄さんの視線が変わった事? ん~……裸を見られた事自体は、そんなにショックでも重要な感じもしないんだけど。 どっちかと言うと、兄さんの視線の方が重要だと思う。 私は、兄さんでありたいと願い、ずっと兄さんを見続けてきた。 兄さんが変化すれば、私もそれを真似るように変化する…私自身に自覚は殆ど無いのだけど、多分そう言う感じになっている。 だから、私の兄さんに向ける気持ちが少し変わったのだとしたら、それは兄さんも同時に変わっている訳で。 自分の事をよく考えてみれば、兄さんの視線がどんな風に変わったのかも、少しくらいは分かるんじゃないかと思った。 あんまり過信はできないけどね。 私は、兄さんと離れて食料を探す時間に、自分がどう変わったのか考察した。 難しい事を考えるのはあまり得意ではないけど、何せこの森で暮らしていると時間だけは掃いて捨てる程ある。 木々のザワメキに耳を澄ましながら、私は考える。 私が兄さんを見る目が変わった…。 私から見る兄さんは、どんな風に変わった? …そう、少し落ち着いた。 ………落ち着いた、と言うのも少し違う気がする。 ずっと前から、それこそ村に居た頃、物ごころついた頃から知らないうちに掛けられていたフィルターが、突然無くなったかのような感じがする。 そう、前までは鮮明に明確に見えていると思っていたけど、今にして思えば微細なノイズが走っていた。 僅かにブレて輪郭を見誤っていたのが、綺麗に見えるようになった。 …直感……みたいなモノだけど、そんな気がする。 これは…一体何だろう? 兄さんがもっと素敵になるのは大歓迎だけど、その理由や切欠が分からないし、兄さん自身は変わってなくて私の視点が変わっただけなのか、それともやっぱり兄さんが素敵になったのか。 その辺の事をハッキリさせておきたい。 だけども、結局答えは出なかった。 どーしても、個人的な感情に流されて兄さんが本当に素敵になった方向に考えてしまう。 …うん、これは仕方ないね。 それが正解って事にしておこう。 それから数日。 ファウスト先生がやって来た。 お医者様が来てくれるのはありがたい事だし、お爺さんやお婆さんの手紙も持ってきてくれるから感謝してるんだけど…。 やっぱり、私と兄さん以外に誰かが居ると思うと、どうにも疎ましく感じてしまう。 それを勘付かれるのがイヤで、私は兄さんとファウスト先生から離れていた。 健康診断とやらに興味はあったけど、それってファウスト先生が兄さんの体をいじり回すって事でしょ? …後でこんな事言ったら、兄さんに頼むから言い方を変えてくれって泣きつかれた。 私としても、正直不愉快な言い方だし……うん、とにかくあちこち触診するんだよね。 …なんかこう、それだけでもムカつく。 兄さんに好き勝手に触れるなんて……私だってしてないのに。 頼めばOKしてくれると思うけど、恥ずかしいから言えないのに。 とにもかくにも、私は健康診断を遠慮して1人で出歩いていた。 …噂に聞いた「注射」をされそうでイヤだったのもある。 1人で出歩きながら、私は考える。 ファウスト先生はこれまでも何度か来てくれたけど……その度に感じる疎ましさは、何だか妙に強くなっている気がする。 勿論、それを表には出さないけど。 疎ましく感じるだけではなくて歓迎する気持ちもあるけど。 時折、何か理由をつけてファウスト先生を吹き飛ばしてしまいたくなる。 ……ダメだな、私。 村から出ても、全然変わってない。 落ち込みそうになって、私は気分を変えようと思い、いつも水浴びしている池に向かう。 まだ少し水は冷たかったけど、その分スッキリできた。 …明るいうちから水浴びっていうのも、結構気持ちがいいね。 冷たい水と、暖かい日光が何とも…。 兄さんが『朝風呂昼風呂は至高』って言ってたけど、心底納得してしまいそうだ。 まぁ、兄さんは冷たい水よりも暖かいお湯を使ったお風呂の事を言ってるみたいだったけど。 スッキリした気分で体を洗っていると……ふとデジャ・ビュ。(あれ…前にもこんな事があったような…?) こんな事も何も、水浴びだったら毎日してる訳だけど。 首を傾げた途端に。「………! また!?」『何事だ!?』『いいから急ぎますよ!』 いつだったかのように、兄さんとファウスト先生が居る方向から強いエネルギーが膨れ上がった。 何かあったのか。 まさかファウスト先生に襲われ……いやいやいや、ファウスト先生と一緒に何かに襲われたのか。 チャンスがあればファウスト先生をドカンと………錯乱してるなぁ私。 でも体は真っすぐ兄さん達の方に走っていた。 いつの間にかバトルコスチュームになっていて、服を着るのも忘れていた身としてはありがたい。 何度か跳躍して木々を飛び越えて、兄さんの元へ……の途中に、何かファウスト先生が天地逆になって何処かへ吹き飛んで行くのが見えた。 …とても強いらしいファウスト先生をあんなに吹き飛ばすなんて……。 もしも誰かが襲って来たのだとしたら、私だけでどうにかできるだろうか? 兄さんの元へ辿り着くのが遅れてでも、ファウスト先生を確保して連れてくるべきか。 それとも、ファウスト先生なら多分自分で戻ってこられるだろうから、すぐにでも兄さんの元へ駆け付けて敵(多分)に対抗するべきか。 私としては兄さんの元に一直線に行きたいのだけれど、こういう時こそ冷静に動かないと最悪の展開になる、とお爺さんが狩りの話をしていた時に教えてくれた。 私は迷い、羽の姿になっているネクロとウンディーネに問いかけようとした時点で…すぐに不要になった。 天地逆で飛ばされていたファウスト先生は、放物線の頂点に差し掛かる辺りでクルリと回転して上下が正しくなり、手元のカバンから傘を取りだしたと思ったら風に吹かれるように何処かへ飛んでいってしまった。 るーらら~、なんて歌声まで聞こえる。 …なんか、大丈夫そう。 ファウスト先生が通常運行で去って行ったし、ひょっとしてあんまり危険じゃない? でも心配は心配だった。 エネルギーが膨れ上がったあの場所には、確かに兄さんが1人で立っている。 息が荒くなっているのが、遠目から見てとれた。 やっぱり、何かに襲われたんだろうか? そう思うと、いても立ってもいられなくなる…ファウスト先生まで疑わしく思えてくるくらいに。「兄さん!」「ディズィー?」 「どうした、何かに襲われたのか!?」「兄さんこそ何があったの!」『兄よ、先程突然エネルギーが高まっただろう。 明らかに本気での戦闘行為だ。 しかも、ドクター・ファウストが猛烈な勢いで吹き飛ばされていくのが見えた。 一体何があったのだ?』 飛ばされて行くというか、途中から自分で飛んでたけどね。『兄様…ひょっとして、ファウスト先生は敵に襲われたのですか? あのファウスト先生を吹き飛ばすとは、かなりの手練…。 くっ、もう追手がかかるとは…』「あ、あーいやその、ね? アレはそういうんじゃなくて、その……身体測定に気合いが入りすぎて…」『……身体測定、ですか?』 測定…って、心臓の音を聞いたりするんだよね? どんな風に気合いが入りすぎたら、あんな風になるんだろうか。 首を傾げる私達に、兄さんが説明してくれる。 …ファウスト先生に襲われたんじゃないかという疑念は、ある意味正解だったらしい。 正確には、兄さんから襲いかかったみたいだけど。 まぁ、とにかく危険な事は無かったらしい。 ほんとにもう、心配させないでよ…。 これで2回目じゃないの。「ま、それはそれとして……ディズィー、いつまでそのカッコで居るんだ? 俺としては眼福なんだけど」「え?」 …あ。 バトルコスチュームのままだった………そ、そうだ今まで練習してたポーズで! 内またになって、体をすぼめて、胸を抑えて……こ、こう、かな?「……あ、あぅ」 不安混じりに兄さんの顔を見る。 ……な、なんか凄い事になってた。 表情とか特に変わってないように見えるんだけど、雰囲気が凄かった。 何か異常にスーパーハイテンション状態。 兄さんの後ろに、何か妙な幻すら見えたような……つ、つまり成功? よ、よし、このまま第二弾を…ネクロ、ウンディーネ、一緒にお願い!「に、兄さんのバカぁっ!!」『兄様、見ないでくださいましっ!』『よくわからんが、こうすればいいのだな』 不必要なまでに力が入っていた気がしないでもないけど、私の叫びと同時にネクロとウンディーネが光線を発射。 見事に兄さんは吹き飛ばされた。 空高く吹き飛んで、何故かグルグル回りながら顔面から地面に落下する……ちょ、兄さーーん!? …あ、何かサムズアップしてる……大丈夫そうだね、よかった…。 でも手当てしてから膝枕しないと。 兄さんをいつもの寝床に運んで、膝枕。 改めて怪我が無いのを確認して(鼻血も出てない)、安堵の息を吐いた。 しかし、すぐに不安が浮かんでくる。 …兄さんは、あんな事をした私達を怒らないだろうか?「…ウンディーネ、本当にこれで良かったの? ナッシュを吹き飛ばすなんて…」『いいのです。 男性は女性の恥じらう姿に強い劣情と保護欲を感じると、家に居る間に蒐集した文献にありました。 これで兄様の心は、グッとディズィーを女性として認識した筈です』 …そういうものなのかなぁ…。 やっぱり、私にはよく分からない。『うむ…よくは分からんが、あのように対処しろと常々兄自身が言っていたからな。 少なくとも、ディズィーの株が下がる事はない。 …それに、ディズィーが最後の動きをした後に兄の体温と心音の速さが急速に上昇した。 少なからず、性的な興奮かそれに近い状態にあったかと思われる』 そうなの? それって、私がお婆さんのアップルパイを食べる前にヨダレが溢れてくるのと同じようなモノ? 兄さんにとって、私がそんな感じなら…嬉しいな。「そう…ふふっ、これでナッシュともっと仲良くなれるんだ…。 それにしても、まさかファウスト先生を吹き飛ばしちゃうなんて」『大分激しく争ったようですね。 まぁ、だからこそ私達も大慌てで向かったのですが…。 それにしても、バトルコスチュームになっている事に気付いた一瞬でよくあそこまで演技が出来たものです。 未だに、兄様の言う情操教育は理解できてないのでしょう?』「それは……確かにまだだけど。 でも、ナッシュの教えてくれる事だもの。 絶対に覚えるわ。 ナッシュが教えてくれる事、与えてくれるもの、全部全部全部全部全部全部全部全部全部……」 そう、全て、全て全て全て全て何もかもを。 そうすれば、私には兄さんにまた一歩近付ける。 兄さんが知っている事を同じように全て知れば、私は兄さんと同じに近付ける。 知識だけじゃない、考え方も、モノの見方も、全てを知りたい、身につけたいんだ。 そう言えば、前にチラッと聞いただけだけど、兄さんの頭の中には思考ログと呼ばれるデータがあって、兄さんが今まで何を考えたのかの記録があるそうだ。 それを見られれば、もっと兄さんの事が分かるだろうか。 私の事が沢山書いてあったら嬉しいな…。 …あれ、でもよく考えたら、それだけじゃ『同じ』にはなれない…。 だって、私が兄さんの事を全て知って同じにしたとしても、兄さんは私の知っている事を全て知っている訳じゃないんだから。 でも…兄さんが私の知っている事を全て知るまで、どれくらいの時間が必要だろう。 毎日毎日語り明かして、今まで生きてきた人生全てを語り明かして。 またそれを聞いた兄さんが、何を思ったかを語って。 そしてまたそれを聞いた私が語る。 延々と続く螺旋回廊。 『同じ』になる事はきっとできない。(…でも、それもいいかもしれない…。 そうすれば、私と兄さんはずっと私達以外の何物にも目を向けない…)『…ディズィー、まだ“やんでれ”に目覚めるには時期が早いですよ』『む、兄が起きそうだ。 この話題はここまでだな』 妄想とも言える想像に浸っていた私は、ウンディーネの声で我に帰った。 うん、兄さんも起きそうだし、妄想は一日1時間までだよね。 兄さんは毎日8時間くらいやってるそうだけど、私はまだそこまで出来ないな……『同じ』になる道は遠い。 その日から暫く時間が経った。 普段のように食料を集めたり、お爺さん達に送る手紙の内容を考えたり。 それから、兄さんが言う「恥じらい」の研究も少しは進んだ……ような気がする。 日々の生活で、色々と試しているのだけど……何だか、スカートを抑えたりすると兄さんが喜んでいるよーな気がする。 これも「恥じらい」に分類されるんだろうか? でもスカートを抑える動作自体は前からやってたし………? ああ、ひょっとしてこの前のバトルコスチュームでの動作で、私が「恥じらい」を覚えていると思って、今までとは違う視線で見るようになったんだろうか? そう言えば、他にも色々と私の些細な行動に反応するようになったような…。 むぅ、奥が深い…。 えー、とにかく、暫くは平凡な、二人だけの日々が続いた。 その時間がどれだけ至福だったのか、私は語る言葉を持たない。 だけども、その幸せの時間は唐突に終わりを迎えた。 兄さんの口から、他の人の事が出てきたのだ。 何でも、その人(?)は幽霊で、何故か昼間っから森の中で倒れていた人と一緒に遭遇したとか。 …久しぶりに本気でイラッとした。 や、それよりも兄さんが取り憑かれたりしてないかの確認の方が先だったけども。 ……体のあっちこっちにモリシオとかしてみた……効果があるのかは分からないけど、とりあえず憑かれてはいなかった。 むぅ、ここに住むようになってから、村に居た頃見たいに邪魔される事って殆ど無かったから…。 ま、結局その人は森の外に放り出してきて、幽霊さんも居なくなったらしいけど。 『邪魔者』が居なくなってから改めて考えてみれば、平穏で幸せではあるけど退屈でもあった生活のアクシデント。 アレコレ話すのは、意外と退屈凌ぎになった。 存在すら知らなかった『亜種』というヒト(?)達の事も知る事が出来た。 吸血鬼とか……まぁ、興味はあるかな。 あくまでちょっと会ってみる程度、私達の生活に干渉されたくはないけども。 ……うん、困ってるなら助けてあげたいっていうのも有る。 現状だと、私達が助けられる方になっちゃうだろうけどね。 それにしても、兄さんからエネルギーを受け取る、かぁ…。 ちょっとどころじゃなく羨ましいかも。 ネクロとウンディーネに言わせると、一番受け取っているのは紛れもなく私達らしいんだけども。 でも私にとっては、兄さんの側に居ると心地よいのは物心ついて以来の常識だし、それがエネルギー波だって言われても困る。 エネルギー波をエネルギー波として感知できない……悔しいけど、それは兄さんも同じだから妥協する。 受け取ったエネルギーは一体どうなっているのかと聞いた事があるけど、多分私を成長させているんだろう、とネクロは言っていた。 どんな方向に成長させるのかは分からないけども。 …でも、早く大人になりたいな。 そうすれば、誰かが森に入って来ても、すぐに排除できるかもしれない。 何より、兄さんももっと私を見てくれるかもしれない。 「恥じらい」の事を研究する時にウンディーネから聞いたんだけど、「恥じらい」は基本的に大人やお姉さんがやった方が効果が高いらしい。 兄さんに、私をもっと好きになってもらう一番有効な手段なんだから、もっと研鑽しないと。 それに、大人になったら出来る、特別な愛情表現があるらしい。 村に居た頃に、「しんこんさん」に聞いた事だ。 私にはまだ早い、と言って頭を撫でてくれたっけ……子供扱いされて、ちょっと膨れたけども。 あの時の表情は、とっても幸せそうだった…見ているだけで、羨ましくなるくらいに。 実際、その後のオママゴトでは兄さんを相手に新婚さんごっこしてたっけ。 どんなモノなのか想像もつかないけど、いつかは…。 …でも兄さん、やり方知ってるかなぁ……ネクロやウンディーネも具体的な方法は教えてくれないし。 私は知らない、もしも兄さんも知らないで、ネクロとウンディーネも教えてくれなかったら…誰か他の人に聞かなきゃいけないんだよね。 ………ファウスト先生に聞くの? でも、教えてくれた人は「男の人には、アブナイから聞いちゃいけません」って言ってたしなぁ……兄さんが私を傷つけようとする筈ないから、兄さんに聞くのはいいと思うんだ。 日々そんな事を考えていると、私の体は急激に成長していた。 最初は全然気付かなかったけど、今となっては一目瞭然。 兄さんと同じくらいの背丈だったのに、今では明らかに兄さんよりも頭一つ分以上大きい。 …そりゃあ、早く大人になりたいとは思ってたけども。 正直言って、私には不満だった。 私は、「兄さんと一緒に」大人になりたかったんだ。 何度も言うように、私は兄さんと同じでいたい。 今まで、私と兄さんの背丈はほぼ一緒だった。 顔付きも、双子(多分)だから似通っていた。 それだけに、本来なら違うのが当たり前であっても、同じであったのが違うようになってしまうのが不満だった。 背丈だけじゃない。 顔付きも体も、兄さんとは違う女性特有の丸み(ウンディーネがこう表現していた)を帯びるようになっている。 不満は一杯あるけど、自分の体に文句を言ったところで背が縮む筈もない。 増して、急激な成長の原因は、兄さんから受け取ったエネルギー波によって私の「大人になりたい」という願いが実現してしまった事、とネクロは推測している。 事実かどうかはともかくとして、文句も言えないじゃないの。 それと…気になっているのだけど、兄さんは何故背が伸びないのだろうか? 背が伸びないだけじゃない。 どうも、兄さんの体は一定以上に成長していないみたい。 どう見積もっても、17、18歳に届かない。 成長の限界が来たのではなくて、成長そのものが止まった、といった感じ。 当て推量ならある。 私が早く大人になりたいと思っていたのとは逆に、兄さんは成長したくないのではないか…いや、それだけなんだけどね? 根拠とか無いし。 私の方が背が高いって事、結構気にしてるみたいだから、不本意な状況ではあるんだろう。 でも、兄さんの体が成長しなくなった理由が一番手っ取り早く説明できるんだよねぇ…。 ギアとしての体が兄さんの意思を汲み取ったのか、兄さんから漏れ出るエネルギー波が兄さん自身にも影響を及ぼしたのか。 どっちにしても、兄さん自身が育たない事を望んだんじゃないか……それも、十中八九無意識に……と、私は考えている。 …ま、それはそれとして…。 私は、この頃から少し考え方が変わり始めていた。 今までのように、『兄さんになりたい』という願望が消えた訳じゃない。 だから私と兄さんの違いになっている、背丈の差についての不満も消えた訳じゃない。 訳じゃないんだけども…。(………ちっちゃい兄さん、可愛いかも…) あからさまにちっちゃいと言える程小さくはないんだけど、私よりちょっと小さな兄さん。 …立って向かい合ったら、ちょっと見降ろす私と、ちょっと上目遣いになる兄さん。 …ナデナデしてくれる時に、ちょっと背伸びをする兄さん。 …並んで歩く時に、歩幅の違いで置いて行かれまいとちょっと早足になる兄さん。 …添い寝する時、ギュッと抱きつくと体を全部包みこめそうな兄さん。 ………はぅ…………かぁいいなぁ……。 時々、兄さんの目の前で身悶えしてしまいそうになる…恥ずかしいから何とか堪えてるけど。 こんなにかぁいい兄さんが見られるなら、体の違いも、まぁ悪くはないかな? …思えば、これが私の願望を変える切欠になった事だったんだろう。 そう言えば、兄さんの側に居ると、最近は何だか体温が上昇したような感覚に陥る事がある。 頭がボーッとして、息が少し荒くなって、ちょっと汗が滲んで…。 風邪じゃあないみたいだけど、一体どうしたんだろう?<アトガキ>HPの方で、投げっぱなし上等・ネタバレ上等で、先週のアトガキの東方SSを書いてみようかな、と。詳しくはHPの日記に書いてますが、実行するかは不明。投稿時PV272924。