生きて生きて、生き抜いて、全てを失って死んだあとはどこにいくんだろう。 漠然とそんなことを考えながら、私は隣に腰掛けるブリジットを見る。 射撃訓練で少しだけ上がった息と、頬を滴る汗が美しい。でも彼女の顔色に生気は無く、澄んだ黒色の瞳は人形の硝子眼のように何も映していなかった。 いつのまにか帰って来た私の大切な人は、もう人ではなくなっていた。 いや、もともと義体という人ならざるものだった私たちだったけどここまで酷くは無かった。 クラエスやぺトラ、ビーチェの問いかけにも応答しないし、もちろん私の顔なんて全く見てくれない。 時たま担当官のアルフォドさんを視線で追い、頬を赤く染めているけど、それはブリジットが見せていた反応とは似ても似つかない。 彼女はもっと深いところで、誰にも見せないところで、誰よりも担当官を愛していた。 ブリジットはいつもアルフォドさんの愚痴ばかり零していた。 でも私は知っている。 彼女が初めて貰った、プレゼントである日記帳をとても大切にしている事。 アルフォドさんが差し入れるお菓子は全部食べていたこと。 何かとても悲しいことがあったときは、猫のように甘えて彼の腕の中で泣いていたこと。 これがが愛と言わなければ、ギリシャの哲学者たちを全て私は敵に回しても良いと思う。 でも哲学者じゃなくて、大人たちを敵に回してしまったブリジットにもう逃げ道は残されていない。彼女はブリジットというただの人形で、私たちが知っている猫のようだったあの子はもう死んでしまった。 お墓もお葬式も何もないけれど、ブリジットが戻ってくることは永久にない。 彼女と仲違をしたあの日から開いてしまった心の隙間を、私は隣のブリジットに身を寄せることで埋めようとする。 綺麗な眉根を顰めて私から離れた猫は、当てもないくせに公社の雑木林に消えていった。 びっくりするくらい真っ白な手で、銃のスライドを引く。 中に込められた弾の重みを感じながら引き金を引く。 小さなマズルフラッシュと大きな反動がやって来て弾痕は的から大きく外れていた。 こういうとき、ブリジットはどうするのだろうかとトリエラはため息をつく。雑木林に消えた猫はまだ帰ってはこない。 ただ、もし仮に帰って来たとしても、今の彼女に教えを請うことがどれほど無謀なことなのかはわかっている。 すっかり苦手になってしまったハンドガンの射撃を諦めてトリエラはウィンチェスターに持ち替えた。 体調が悪化の一途をたどるアンジェリカに、気の沈んだままのクラエスなど頭の痛いことはたくさんあるけど、これを持っている時は全てを忘れられる。 いや、正確にはブリジットのこと以外は忘れられるのだろうか。 これを携えて彼女の背中を守っていたのはもう遠い昔のこと。 二度と戻らない泡沫で素晴らしかった日々に涙は止まらない。 カツン、とトリエラの背後に人が立つ。 振り返ってみれば、憔悴しきった顔でこちらを見つめるアルフォドがいた。 彼は視線だけでブリジットの痕跡を探し、ゲージに置かれたままのシグを拾い上げた。 自分を神様のように敬愛し続ける人形が、人だったころに与えたもの。 その冷たさと重さを握りしめながら、彼は雑木林の方へ歩いて行った。 ついに最後まで、トリエラはアルフォドに声を掛けることが出来なかった。