ガンスリ劇場いいいいいいいやったああああああああああ!!「ねえ、クラエス。なんかシャワールームから叫び声が聞こえるんだけど。具体的にはエルザ」「そっとしてあげなさいトリエラ。あの子は今、百合的喜びと本編退場の悲しみの狭間で戦っているのだから」「あはははは、ではガンスリ劇場、今回は季節はずれネタです(少し後ろめたいブリジット)」「……あら? 私とのデートは?(クラエス)」 ばれん、たいん!「あらブリジット、アルフォドさんにキッチンを借りたみたいだけど何を作ってるの?」「あ、エルザか。えへへへ、これはね、チョコレートを作ってるの」 PIYOPIYOとヒヨコの描かれたエプロンを身に纏い、ブリジットが鍋をかき混ぜていた。エルザが少し背を伸ばして覗き込んでみるとチョコレートが湯煎されている。「? どうしてこんな時期にチョコレートを作っているの?」「あれ、バレンタインって知らない?」 ヘラに付いたチョコレートを舐め、ブリジットが問う。 エルザは知らないわ、と首を振った。「毎年2月14日はね、女の子が好きな男の人にチョコレートを渡す日なの。まあ最近はお世話になってる人にも贈るから、アルフォドさんにあげようかと」「ふーん、成る程ね。でも女の子から女の子に渡したりはしないの?」「一応友達チョコレート、略して友チョコみたいなのはあるよ。読んで字の如く友達の同性に贈ることが出来ます」 ブリジットの説明を聞いたエルザは二つのことを考えていた。一つは自分がブリジットにチョコレートを贈れば喜んでもらえるかどうか。これに関しては元々甘党のブリジット故に無条件で喜んでもらえるだろう。まあ若干餌付けみたいで理想とは違うが。 二つ目はブリジットが自分にチョコレートをくれるかどうかだ。むしろこれが本題といえる。優しいブリジットのことだからくれるにはくれるだろう。だがそこに宿された気持ちにラブ分が入っていないと本編から退けられた身としてはいささか――いや、かなり堪えるものがあった。 だからエルザはバレンタイン前の男子の挙動不審さをそのまま体現しながらブリジットに問うた。「あ、あのね、ぶ、ブリジット。あなたは私のことが好き?」 遠まわしに聞こうとして、ど真ん中ストレートを投げ込んでしまったことが悔やまれる。これでは思春期の男子どころかただの不審者ではないか。 だがブリジットの天然と純粋さはエルザの予想を遥かに超えていた。「うん、大好きだよ」 ぐさっ、と見えない言葉の槍が突き刺さった。思えばこのやりたい放題が出来る劇場で自分は敬愛するブリジットに何をしてきたか。 お菓子を出汁に調教したこともあった。 ブリジットの盗撮写真を買い漁った。ブリジットを題材にした発禁本を買い漁った。MC漬けにしてズボンを脱がせた。MCを言い訳に貞操を奪ったこともある。「さ、最低だ。わたし……!」 くら、とエルザが地に四肢を付く。苦しくも本編でブリジットを救い上げた体勢そのものだったが、そこにあるのは達成感と慈悲ではなく、自己嫌悪と劣情であった。「あのー、エルザ? どしたの?」 ああ、心配そうに覗き込んでくるブリジットが眩しい。この汚れてしまった身と心に染み入るようだった。エルザは悟る。自分はこの汚れキャラポジションから脱却しない限り、ブリジットのチョコレートを受け取る資格はないのだと。 だから彼女は薄っすらと目尻に涙を浮かべながら、ブリジットに告げた。「ごめんなさい、ブリジット。私は暫くあなたの目の前から消えるわ。そして綺麗になって戻ってくるから……」「え? 意味が全くわからないんだけど……」「さようなら」 そうやって、エルザはブリジットの目の前から姿を消した。ブリジットは困惑顔を浮かべながらも再びチョコレートを作る作業に戻るのだった。「で、感動の別れを果たして綺麗になって戻ってくるつもりだったのが、お姉さま成分が足りなさ過ぎて三日と持たなかったと」「はい、その通りで御座います。クラエス様」「ふーん、こんな微妙なオチな話をするために私のデートを次回に伸ばしたのね」「いえ、滅相も無いですクラエス様」 暗い部屋の片隅でエルザは正座をしていた。ブリジットの元を離れ、暫くは寮を流浪していたエルザだったがクラエスの言うとおり三日坊主きっかりで限界が来ていた。「まあ今回の騒動は多めに見てあげるわ。あなたのお陰で面白いものが見れたし」「面白いもの?」「そう。面白いもの。あなたがブリジットのチョコレートを味見しなかった所為で沢山の犠牲者が出たわ」「ひょっとして凄く不味かったとか?」「それもあったけど、やはり一番は寝取られの業ね……」「?」 満面の笑みが、目の前にある。「アルフォドさん、これどうぞ」 アルフォドは悶えていた。それはブリジットのチョコレートが鉄の味がしたとか、そういった些細な問題ではない。むしろそんなもの、今までの不遇に比べれば安いものだった。 アルフォドは生まれて初めて、自分の意義を知っていた。「ピノッキオにブリジットを掻っ攫われて彼是二話。あの屈辱はこの日の為にあったのだ!」 そう、それはブリジットから手作りのチョコレートを貰ったという感動。食育の大切さを教えようと煙たがられ、ブリジットの所為でラウーロに愚痴を言われていた自分はもういない。 今ここにいるのは義体からバレンタインを頂いた担当官――勝ち組のアルフォドなのだ。「さあ、ブリジット。何でも好きなものを言いなさい。今から買いに行こう!」 深夜、アルフォドの執務室で携帯電話を操作するブリジットがいる。「あ、もしもしアルフレッド? ブリジットだよ。チョコレート届いた?」「え? 包装が懲りすぎて面倒くさい? ……うう、ごめんなさい」「でも一つしかないハート型を使って凄く頑張ったんだから! 味は良かったでしょ」「あ、そうなの……。美味しくなかったんだ……。アルフォドさんで試してみたんだけど……」「え、本当! わかった! 来年も頑張って贈るね!」「ううん。大丈夫。アルフォドさんには内緒だから! うん、そう。じゃあおやすみなさい!」「明日も、電話するからね!」 通話終了。「……え、何これ?」「何って、ブリジットの携帯電話の通話記録よ。ついこの間からアルフレッドという青年と仲が良いの」「ブリジットの猫撫で声って初めて聞いた……」「というわけでアルフォドさんに贈られたのはダミーで、こちらが本命でしたっと」「このことはアルフォドさん知ってるの?」「教えられるわけ無いでしょ。あの人、嬉しすぎてヒルシャーさんたちに凄く自慢してたのだから」「……何か本編の欝成分がこちらに伝染してない?」「馬鹿ねエルザ。これ程面白いことは滅多にないわ」「は?」「このエピソードを同人にして売り出してみなさい。幾ら儲かるか検討も付かないわ。これはビジネスチャンスなのよ」「……どうしよう、クラエスがここまでゲスだとは思わなかった……」「ふふふふ、最高の褒め言葉だわエルザ」 そんなんだから、デートエピソードが飛ばされるんだと、口が裂けても言えないエルザだった。