思ったとおり、フランカフランコの乗った車は少一時間もしないうちに僕のセーフハウスに到着した。 そのまま出迎えても良かったのだけれど、初印象で仕事の出来る人間を印象付けたかったから敢えて警戒した振りをする。「フランカとフランコだね」 サングラスを掛けた男女は車から降りることなく僕の様子を伺っていた。なる程、賢い選択だと思う。これなら仮に僕に襲われても直ぐに逃げ出すことが出来るから。「あなたがピノッキオ? 随分若いのね」 フランカが車から降りて僕に握手を求めてきた。こういった社交辞令をこなすのも大切なことなので一応返しておく。「ああ。皆からはそう呼ばれている」 彼女を取り合えず先にセーフハウスに招きいれ、僕はフランコを車のガレージまで案内することにした。 至極普通に助手席に乗ってくる僕にフランコは驚いていたみたいだけど、彼が僕のことをどう思っているのか何となくわかった。「イメージと全然違うな」「なに? 樫の木みたいに何も喋れないと思った?」 ガレージからセーフハウスに上る階段の途中でフランコがそんなことを言った。僕は上手くピノッキオという人物を演じているつもりなのだけれど、何処かで違和感が生じるような、そんな行動を取ってしまっているのかもしれない。「俺は少しこの家の間取りを調べたい。立ち入り禁止の場所とかあるか?」「いや、とくにないよ。ただ余り窓際に立たないで。外から見られると不味いかもしれない」「どういうことだ?」「いつ誰がどこから見ているのかわからないってことさ」 フランコは何処か納得できないといった顔をしていたけど、僕は気がつかない風を装ってフランカがいるであろう問題の部屋に向かった。「ピノッキオ、これは今晩の食材じゃないわよね」 嫌悪感を少しも隠そうとせず、フランカは冷蔵庫の前に立っていた。どうやら彼女を先に招き入れると勝手に冷蔵庫を開けてしまうらしい。(原作では先にフランコが入ってきた)「身元不明の泥棒でね。いきなり殴りかかってきたから殺した」 死体の手首を取り、フランカが何か検分を始める。どうやら彼女も何か身元がわかるようなものを探しているようだ。「フランコ、どう思う?」「そいつが誰にしろ早くここを立ち去るべきだな。死体は別の人間を呼び寄せる」 まあフランコの言うとおり、僕自身も早く場所を変えるべきだと思う。この男が公社の工作員だと知っているからなお更だ。 けれど変わりの場所はまだ用意されておらず、フランカに隠れ家を提供してくれと頼むのも不自然に思われた。 また不謹慎だと思うけれども、公社出身の原作キャラをまだ目にしていない僕は、純粋な好奇心からトリエラと会ってみたいと思うようになっていた。まず負けることは無いだろうという変わった自信もそれを後押しする。「数日中に始末屋がくるよ」 だから口から出てきたのは原作どおりの一言で、フランカフランコももう数日だけならと、このセーフハウスの滞在を了承した。 僕は白々しくそれがいいよと告げて、タバコを吸うべくフランカのいない隣の談話室へ引きこもることにした。 コーエンの部屋から見つかったのは、電話番号を残したであろうメモとスーツケースから出てきた童話の本だった。 ヒルシャーさんが下のフロントへ番号を調べに行ったので、私はコーエンが何かメモでも書いていないか探すために、「ピノッキオ」の絵本を捲っていた。 そこにはこう書かれている。 ピノッキオは不思議な薪から生まれたあやつり人形。 彼は自分を作ってくれたお爺さんに恩返しをしたいと考えるが、頭の中まで樫の木なのでいつも事件を起こしてばかり。 ついには自身の起こした事件によってお爺さんと別れ離れになってしまい、 ピノッキオは彼を捜しに冒険の旅へ出る。 冒険の末にお爺さんと再会したピノッキオは青い髪の仙女の力を借りて人間の子供に生まれ変わる…… めでたし、めでたし。 読了後、本を閉じた私は思わず声を上げていた。「ふざけた話だ」 タバコを咥え、ぼうっとこれからのことを考えていたらフランコに喧嘩を売られた。彼が言うには、お前のことは余り信用していない。俺たちは基本的に誰とも組まない、ということらしい。 それはそれでカチンとくる一言だったけど、プロの姿勢と思えば当たり前のことなので、特に怒りを表したりはしない。 しかしながらフランコはそんな僕の態度が気に食わなかったのか、さらに突っかかってきた。「お前、腕はいいのか」 ふむ、と一瞬だけ考える。 それは僕が強いかどうかというものではなく、原作のピノッキオと比べてどれくらい強いのか、というものだった。 叔父さんに拾われた時点で、自分がピノッキオであることを悟った僕はとにかくナイフの扱いだけを訓練し続けた。この体にナイフを扱わせると超一流であることは分かっていたことなので、長所を伸ばそうとしたのだ。 結果、ナイフの扱いは原作に比べて異色ない……下手をすれば原作を凌駕するような域に達したと思う。 それでも銃やその他の銃器の扱いが並になった気がするので、総合力では甲乙付けがたくなってしまった。「腕なら自信があるよ」 ただここで自信がないと言っても全く意味がないことなので、一応こう答えておく。 するとフランコは原作どおりに僕へ銃を突きつけてきた。「……お前ならこれをどうする」 撃たないとわかっているのでナイフを抜いたりしない。それでも手首に忍ばした一本をスライドさせて、いつでも投擲できるようにした。「本気で言ってるの? 瞬きする間に殺せるよ」「もしこれが10メートル離れていたら?」「九メートル寄る」「口で言うのは簡単だ」 そっとフランコが引き金に力を入れるのが確認できた。ここまでほぼ原作通りの会話だけれども、緊張感は少し増しているように思う。 僕はこのやり取りを終わらせるべく、次の台詞を続けることにした。「君は歩くときに左足を引き摺る癖がある。古傷でもあるんだろ? そこに付け込もうかな」「試してみようか?」 これだけ言ってもフランコは引かない。これはもう僕が引くしかないようだ。「いいよ、別に。叔父さんは君たちを手伝えと言ったんだ。僕は孝行息子だから君たちと揉め事を起こしたくない」 それだけ告げて、僕は一人散歩するべくセーフハウスを後にしたのだった。 アウローラは大好きなピーノに会えるかもしれないという淡い期待を抱いて路地をうろうろしていた。 すると彼女の願いは適ったのか、向こうの通りから歩いてくるピーノが目に入った。「ピーノ! お買い物行ってきたの?」 見れば彼は左手に買い物鞄を下げており、中にチーズやワインを詰め込んでいた。この時間から買い物に出ていることから、お客さんでも来ているのかもしれないとアウローラは考えた。「ねえピーノ、お客さんが来ているのならお母さんに頼んで何か作ってあげようか?」 善意からの申し出だったが、ピーノは何処か居心地が悪そうに視線を逸らしていた。如何したのかと尋ねてみれば、近いうちに引っ越すかもしれないので自分の周りをうろつくのは止めたほうがよいと言われた。「ごめんね、アウローラ」 そのままピーノは彼の家に去っていく。 何処か悲しそうなその背中を、彼女は服の裾を握り締めながら見つめていた。