冒険者の宿に泊まった一行は、翌朝酒場で合流した。
奥のテーブルで軽い朝食を食べた後、コーヒーや紅茶を飲みながら本日の予定を確認した。
昨日の戦闘で僅かにケガが残っていた戦士組も、簡易寝台で寝たおかげで完全な状態に戻っている。
本日の目標としてはレベルをあげる事。 昨日の戦闘でレベルアップまでの経験値は約半分ほど溜まっており、可能だと思われた。
ただし、無茶しないでエルとノムの呪文が切れたら帰還する。
また今後の為にも今日は各自で判断し、特殊な行動をする時は宣言すること。
宝箱も本日は無視する事。
全滅したパーティの事も念頭に入れて、可能なら助ける事。
このような事を決めてから、一同はギルガメッシュの酒場を後にした。
迷宮の入り口には、昨日と同じくクサナギがいた。
「やあ皆さん、お早うございます。 よく眠れましたか」
一同も挨拶を返す。
「昨日全滅したパーティは、もう救出されましたよ。 報奨金狙いで早朝から入ったパーティがいましたしね。 まあ救われる人がいるのだから問題ありませんが」
クサナギの言葉にヒューマは軽くうなずく。
(結果は良い事だが・・・あまり好きになれない行動だな。 それとも僕が甘いのかな)
「皆さんはレスキュー隊への依頼はされますか? 昨日説明した通り値段は100Gになってますが」
一同は相談したが、ぎりぎりのお金しか無い事と、遠出をしない限り他のパーティからの救出の可能性が高そうなので、断った。
そして一行は昨日と同じ『狂王の試練場』のメッセージを聞きながら地下に潜っていった。
地下に降りた一行は、昨日と違う東の通路を進むことにした。
50メートルも進むと通路は行き止まり、左手に扉があった。
一行はお互いに頷いてから、昨日と同じ様に玄室に突入した。
部屋には緑色の皮膚を持つ犬のような生き物が6匹いた。
名前は『人間型の生き物』としか出ていないが、戦闘訓練でも相手をした【コボルト】だろう。
前衛の3人はさっと部屋に展開し、持ち場を決めた。
一番最初に行動できたのはシンだった。
昨日は動けても待機するしかなかったが、今日は小型の弓を強く引き絞って、中央のコボルトめがけて矢を放つ。
矢は見事にコボルトの胸元に突き刺さり、絶命させた。
「よし!」
昨日散々味わった焦燥感はもはや無い。
シンはさらに矢をつがえようとする。
コボルトの1匹がヒューマに攻撃を仕掛けるが、ヒューマは軽く避けそれをかわす。
次にエルが指示される前に『カティノ』を唱えた。
今回はよく効き、4匹が眠った。
「やった!」
エルが嬉しそうに叫ぶ。 昨日のローグへのかかり具合が気になっていたのだ。
寝てる2匹をユマとヒューマが仕留める。
ドワは起きているコボルトに対し、力任せにロングソードを横殴りに振るうが、粗末ながらも盾で防がれてしまう。
(ち! やっぱりAIなのによく動きやがる)
ドワは生きているかの様に振舞う敵を見て、あらためてそう思う。
全員が行動した後、次に最初に動いたのはユマだった。
なるべく昨日教わった動きができるように、剣を滑らせるように斬りかかった。
ユマの攻撃は敵の肩の皮膚を切り裂いたが、まだ仕留めるには至らなかった。
(でも、昨日より腕が重くない)
教わった技術が自分に合っている事にユマは嬉しさを覚えた。
次にシンが寝ている敵に向かって矢を放つが、外れてしまう。
(昨日は動かない的にはほとんど当てられたのにな! やっぱり戦闘中は慌てるな)
切りかかってきたコボルトの剣を、ドワが盾ではじき飛ばす。
体勢が崩れた敵にすかさず剣で切りつけ、止めを刺す。
最後にまだ寝ている1匹にヒューマが攻撃を仕掛け、これは仕留める。
全員が動き終わったあと、寝ていた最後の1匹が頭を振りながら起き出していた。
だが動き出す前に、シンの矢が突き刺さり、止めをユマが決め戦闘は終わった。
「ふう、無傷で凌げたのは上出来だったね。 エルのカティノのおかげかな」
「そ、そんな事ないって。 みんなすごかったじゃない!」
ヒューマの声にエルが答えるが、照れているのは間違いない。
ドワがシンに声をかける。
「シン、 弓 いい感じだな」
「うん 練習した甲斐があったよ。 先制攻撃できそうなのは利点だな」
シンは練習に付き合ってくれたコトハに感謝した。
ついでに最後の胸に当たった光景も思い出してしまい、頭を振って失礼な考えを振り払う。
出てきた宝箱は打ち合わせ通り無視して、一行は部屋を出る。
階段の方に通路を戻っていると、暗闇に歩いてくる一団が見えた。
「他のパーティかしら?」
「そうかもしれないわね」
エルの声にユマが返す。
シン達はその場に留まって、人影が来るのを待つ。
しかし、現れたのは骸骨の集団だった。
「みんな! 戦闘態勢に!」
ヒューマの声が上がり、一同は慌てて武器を構えようとした。
(油断していた!)
シン達は通路にも敵が出る可能性を失念していた。
このままでは先制攻撃を受けるかもしれないとシンは考えていた。
しかし、一行の考えとは別に、その骸骨達は武器さえ構えずに無造作に歩いてきて、シン達の前で止まった。
頭上には【がいこつ】とだけ出ているが、実際の名前は違うのかもしれない。
骨だけでできている体は不気味な事この上ない。
顔にぽっかりと開いた目があったはずの空洞は、どこを見ているかも分からない。
そのまま攻撃をしてこない敵を見て、(何かおかしい)と一同は思った。
「みんなはそのまま待機していてくれ」
そう言うとヒューマは油断なくじりじりと近づくが、敵は変わらず反応をしてこない。
少しそのままでいた敵は、ヒューマを避け横を通り過ぎ、そのまま一同の横も通り過ぎて行った。
背中を無防備に向ける敵たちに対し、シンはチャンスかもしれないと思い、一同に声をかけた。
「今攻撃を仕掛ければ、かなり楽そうだがどうする?」
シンの発言に、ヒューマ、ドワ、ユマ、ノムが反対した。
敵対していない者に攻撃するのは気分が良くないらしい。
どちらでも構わなかったシンとエルは、皆がそう言うのであればと同意した。
「モンスターも敵対するだけじゃないみたいだね。 こういうのもイベントなのかな?」
「うーん どうだろうな。 この辺は他のパーティからも情報を集めてみるか」
ヒューマの問にシンは答えた。
「それよりも、今後は通路で敵に襲われる可能性もあるかもしれないぞ」
「うん これからは通路を歩く際にも対応できる体勢はとっておこうか」
ドワの発言にヒューマは答え、皆もうなずいた。
一行はそのまま階段を通り過ぎ、北に向かって道なりに歩き、昨日の最初に入った部屋の前まできた。
ドワが扉を蹴破り、そのまま全員で突入した。
中には先ほどと同じ骸骨の集団がいた。
全部で7匹おり、今度は初めから明らかな敵対行動をとっている。
頭上には【アンデッドコボルド】の文字があり、どうやら先ほどの犬型のコボルドの死体らしい。
「今度は敵さんやる気のようだな!」
ドワの叫びをかわきりに戦闘が始まった。
「敵の数が多いな!」
シンは叫びながら弓をつがえ、右端の敵に向かって矢を放つ。
矢は吸い込まれるように1匹の頭に命中し、半ば砕くがその動きは止まらない。
「さすがに死んでいるだけあって、あれくらいじゃ死なないらしいぞ!」
シンは皆に警告する。
骸骨の内2匹が先頭のドワに斬りかかってきた。
ドワは1匹の攻撃は盾で防ぐが、もう1匹の攻撃が避けれず、脇腹に傷を負った。
「ディスペル使うねー」
ノムが使えそうな敵には使うという作戦の元、手を掲げて「DISPELL」と唱えた。
【DISPELL】ディスペル アンデットを浄化するが、経験値は入らない。 プリーストはレベル1、ビショップはレベル4、ロードはレベル9から使える
全ての骸骨の足元から柔らかい光が立ち昇り、魔力を遮断する事に成功した3体が力を失い足元に崩れていった。
「ノム! ナイス!」
カティノは効かない為ハリトの呪文を使おうか迷っていたエルは、ノムの行動に声をかけ待機することに決めた。
ヒューマが斬りかかるが盾で防がれ、ユマは胴体に攻撃を当て骨を数本飛ばすが、まだ倒れない。
そのヒューマに2匹が、ユマに1匹が攻撃をしてきて、2人とも傷を負った。
戦士3人はまだHPに余裕があるが、敵もディスペルで倒した3体以外はまだ残っている。
ヒューマはもう一度ディスペルをしようかと考えるが、倒さない限り成長も無いのも事実と思い直す。
次のターン次第で決めようと思い皆に指示を出す。
「このまま倒すぞ! 後衛は待機しててくれ!」
また最初に動けるようになったシンは、最初に自分が攻撃した骸骨めがけてもう一度矢を放つ。
今度は胴体の真ん中に命中し、体を支えきれなくなった敵は崩れ落ちていく。
次にユマも手傷を負わせた敵に再度斬りかかり、今度は胴体ごと切断できこれも倒す。
敵1体がドワに斬りかかるが、ドワはこれを避ける。
ヒューマがその敵に横から斬り込み、頭頂から叩き潰すように粉砕した。
最後の1体はそのヒューマに剣を刺し込んできて、今度は少し深い傷を負わせた
それを見たノムは咄嗟に「DIOS」を唱え、ヒューマの傷が少し戻った。
やっと動く事ができたドワは盾を構え、骸骨に突進した。
盾ごとぶつかり敵の体勢を崩した後、ロングソードを横に振るい、かなりの骨を崩したが、まだ敵は倒れなかった。
次に最初に動けたのはヒューマで、走り込んでから残っていた骨の部分に器用に剣を当て、敵を沈めるのに成功し戦闘が終了した。
「骨になってからの方がこいつら強いな!」
ドワの言うとおり、骨になった方がしぶとい感じを一同は受けていた。
「ケガを治そうかー?」
ノムの問に、一番HPが低くなっていたヒューマはうなずいた。
「すまないが僕をお願いできるかな。 今の状態だと1人でも倒れるとやばそうだし」
ドワとユマもうなずいたのでノムはヒューマにディオスをかけ、全快までいかないが大方の怪我が治癒した。
「さてと、今日はまだ2戦しかしてないが、回復を使い切ったので無理をしたくないと思うんだ。 皆が良ければ戻ろうと思うんだが」
ヒューマの案はもっともである。
エルのカティノはまだ1回使えるが、今の様なアンデッド系だと分が悪い。
シンも皆に言った。
「経験値的には後1回ぐらいで全員レベルが上がりそうだが、ヒューマの言うとおり無理はよそうか」
確かに一番成長が早いシーフのシンはもちろん、遅いメイジのエルも上がりそうではあった。
一行はシン達の意見に賛成し、宝箱をあとにし部屋を出た。
階段までの通路を戻っていると、暗闇に浮かぶ人影があった。
「戦闘態勢!」
ヒューマの声に今度は素早く武器を構える一同。
その前に出てきたのは昨日と同じローグの集団であった。
そのローグ4人はさっき通路であったアンデッドコボルドと違い、攻撃を仕掛ける体勢をとっていた。
ヒューマの合図で生き残りを掛けての戦闘が始まった。
最初に動けたシンは弓を引き、左端の敵を狙って矢を撃つ。
あっさりと避けられて、シンは狙いが甘かった事を知る。
(動く先を狙うんだ!)
ローグ2体がそれぞれドワとヒューマを狙って斬ってきたが、2人とも盾をうまく使って攻撃を受け止める。
ユマが1体を狙い、片手で持ったロングソードをぶつけるのではなくて、引くようにして切る。
その刃は鎧で止まったにもかかわらず、意外な深さで敵の体を切り裂いた。
ユマは一激でいけるとは思ってなかったが、そのままローグは力無く倒れた。
(少し・・・感触が分かったかも)
ここでエルの『カティノ』が完成し、3体の内2体が意識を失った。
すかさずヒューマとドワが攻撃し、ヒューマの攻撃では死ななかったが、ドワは見事に止めを刺すことに成功した。
残りは眠り続ける傷を負った1体と、無傷な1体。
次にも最初に動けたシンは、慎重に狙いを定め、眠っているローグに矢を当てた。
体に深く刺さったローグはそれで動きを止めた。
残り1体がドワに剣を振るい、盾が間に合わなかったドワにかなりの勢いで当たり、深いダメージを与えた。
(くっ これは次はやばいかもしれないな)
一瞬昨日の事を思い出すドワの前で、飛び出したユマがなでるように斬り込み、これに相当のダメージを与えていた。
(ユマは1日で成長したな)
ヒューマはそう思いながら、ふらつくローグの頭部に剣を振り下ろし、戦闘を終了させた。
一同はその後階段まで無事に到着し、待ち望んだ日の元に帰る事ができた
クサナギに挨拶をし、皆は酒場で休む事にした。
「みんな、お疲れ様。 2回目の迷宮も何とか無事に終わったね。 最後の戦闘で全員レベルアップが可能になったらしいから、明日の午前中はその確認をしよう」
「そうね。 私やノムは新しい呪文を覚えるかもしれないから、訓練所で使い方の確認してからの方が良いと思うわ」
エルの意見に、ノムも頷く。
「うんー 訓練では覚えてる呪文しか使ってないからー 練習はいると思うよー」
「ちなみに俺達戦士組はレベルアップするとどんどんHPが増えるらしいから、戦闘がかなり楽になるらしいぞ」
ドワの声にユマもうなずき同意を表す。
(そういや・・・シーフはレベルが上がるとどうなのかな? 俺も明日は確認しとかないとな)
シンは皆の声を聞きながらシーフクラスで確認しようと思っていた。
そして冒険3日目が過ぎようとしていた。
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今回の1Fのモンスターの簡易HPデータ
コボルド HP:3~7(2D3+1)
アンデッドコボルド HP:4~8(2D3+2)
少しだけアンデッドコボルドの方が強い感じですね。