『第十六回目高槻やよいのWEBテレビ』出張版だったが、実に滑らかに廻っていた。真と雪歩に関わっていたために、準備不足というか、あまり細かいところを練りこまないで本番を迎えたところもあるのだが、それも盛り上げる素材のひとつ、と前向きに考えることにしよう。 もちろん口には出さない。 伊織に血祭りに挙げられるだろうから。 ステージ上ではいつもの長屋セットのうえで、美希、伊織、やよい、真による時間を区切ってのフリートークタイムが続いていた。 司会進行役の伊織の突っ込みは冴え渡っているし、三人に真もよく馴染んでいた。今日も、よくやよいがイジられている。いつもどおり美希がぶっとんでいる。 話の話題は、俺が特注したやよいのステージ衣装のことに移っていた。「イメージとしては、お姫様でまとめてみたらしいわよ」「お姫さまっていうか、これはなにか違うと思うんだけど」 やよいは舞台の上で、まともに座るのにも苦労する有様だった。 全身をデコレーションされて、ウェディングドレスよりふた周りほど煌びやかで豪華なドレスに身を包んでいる。 よく見てみると、円形上のシルエットになっておりドレスとしての機能を残していない。もはや衣装というよりもウェディングドレスというよりも、ウェディングケーキを頭からかぶったようになっていた。仮装に近いが、むしろ被り物である。そこにいろいろラメと電飾を散りばめているみたいな説明で、イメージが伝わるだろうか。 「プロデューサー的には、全長十八メートルの『機動戦士やよい』が最初にやりたかったんだけど、予算的な問題で取りやめになったらしいわ」「もうわけがわからないんだけど」 やよいがぼやいていた。 ウェディングケーキのコスプレをさせられて、その認識はまったくもって正しいはずだった。「だって、これ。20キロ近くあるんだよ。どうやって踊るのこれ」「えーと、ミキとおでこちゃんが代わりに踊って、やよいは座って上半身だけ合わせてくれればいいって」「なにかなっとくいかないよう」 かくして、やよい祭り第二戦、『高槻やよいVS菊地真』は始まってしまう。もう結果はわかっていると思うので、最初に言ってしまおう。 84対16でやよいが勝つ。 カメラはやよいに寄っている。 ステージ最上部の玉座に座っているだけだ。 ただ高槻やよいが杖の先端を床に叩きつけるごとに、バックダンサーたちが前後に入れ替わる。 最前列で、美希と伊織が跳ね回っている。 やよいが動けないために、ふたりに動きは激し目だった。ステージを前後に使って、ピンと張った両腕を、美しく伸ばしている。デザインを決めて、このステージから投入することになったハニーキャッツ専用ステージ衣装を身に纏って、猫耳と猫手袋と尻尾をファンの目に晒していた。 まるで絵本の世界だった。パステルでポップな世界が、LEDスクリーンに投影されて飽きることがない。高槻やよいは手にした魔法の杖ひとつで、その世界を自在に操っている。『キラメキラリ』が転調を迎えるとともに、ステージ前方に仕込まれた舞台装置からシャボン玉が吹き上がる。 完璧なステージだった。もっともこの状況で少々の失敗など、なんの影響ももたらさない。あらかじめ決められた絶対的な勝者として、高槻やよいはそんな領域にいない。転ぼうと歌詞を飛ばそうと、やよいの輝きはそんなもので押さえ込めない。「ギターソロ。カモンなのーっ!!」 美希が右腕を虚空に掲げた。 最後のサビに、玉座に座っていたやよいがドレスをキャストオフする。ステージが始まって、最大の歓声が漏れた。美希伊織とお揃いのハニーキャッツ用ステージ衣装に身を包んで、高槻やよいの『キラメキラリ』は集結部へと収束していく。 ああやだやだ。 目下、うちのやよいはますまず化け物じみてきている。同じ土俵に立ってすらいない。よって、本来Aランクアイドルを相手にするのに必要な最低限の緊張感すらない。 存在のケタが違う。 高槻やよいは、本日もキレが落ちていない。 予想を裏切ることなく、高槻やよいは菊地真のエース曲『迷走Mind』を下す。84対16のスコアで、永遠に記録に残る審判が下される。Aランクアイドル同士のエース曲を鍔競り合わせ、出たこの結果はそのままアイドルのランク付けと直結する。 高槻やよいは二戦目、三戦目を待つまでもなく、菊地真というアイドルを完全に葬り去った。ここから繰り広げられるのは、誰の目にも明らかな、一方的な消化試合だけだ。『Inferno』 俺の余裕綽綽の態度というか、どちらに肩入れするでもないコウモリな態度は、次の菊地真のステージで突き崩されることになる。二戦目は、トゥルーホワイト(菊地真)の先行だった。 ――リハーサルと違う。「二曲目と、三曲目が入れ替わっている」 ジャッジに提出したのは先ほどのことだった。 その際には、間違いなく『Tear』が二曲目だった。それが組み替えられていた。運営側のミスでないとすれば、犯人は明らかだ。曲の順番を操作できる相手などひとりしかいない。トゥルーホワイト(菊地真)の、本来のプロデューサー。「どういうことです。羽住社長?」「内緒にしていてすまなかった。だが、実はすでに『ブルーライン』から萩原雪歩の引渡しについて打診されていてね。すでに話はついている」「は?」「先方から出してきた条件は、このことを君と真に伝えないということだ」 羽住社長は、わけのわからないことを言った。 考える。より考える。謀られた、ということは想像がつく。誰かは知らないが俺の描いた絵図に干渉してきたということも。俺が外側から干渉しようとしたら、さらにその裏を突かれた。となれば、俺がなにを考えているのかを知っていなければならない。ワークス外部で俺がトゥルーホワイトを復活させようとしていることを知っているのは、羽住社長と、真と、雪歩と、雪歩の家族と、そしてもうひとりだけ。 俺のLEDスクリーンが、人の姿を映し出す。 少女のシルエット。 影絵に似た髪の長い少女は、長らく見てきた幻影だった。プラチナリーグで、根強く囁かれる都市伝説(ネットロア)ですらある。 発生源はわからない。 だが、誰ともなくファンの間で囁かれた話は、圧倒的な指示をもって広まっていった。電子の海に沈む歌姫。データの切れ端を結晶にして、生まれでた虚空の女神。 ただの人工物に神が宿ったとされるひとつの伝説。パソコンのなかの電子生命体が命を宿し、ファンに歌を届けている。やがて、電子の海に消えゆくことを運命と受け取めて。だからこそ、その歌声は、こんなにも多くの人の胸を打つのだと。『Inferno』 それは『ふたり』のステージだった。 菊地真のステージを後押しするように、萩原雪歩の声がスピーカーから流れている。菊地真と『YUKINO』の共演だった。 熱を帯びた声音が、曲の盛り上がりとともに頂点に達する。 Aランクアイドルふたりを掛け合わせる。 なるほど。 これはすごいことだ。俺が菊地真と萩原雪歩に期待したこととはまったく別のベクトルをむいているが、いいんじゃないだろうか。新鮮でもあるし、予想戦闘力30の『ゲンキトリッパー』ぐらいなら、ギリギリ叩き潰せるだろう。「なにがやりたいんだこれは?」 だが―― 見る限り、やっていることにセンスの欠片もない。 なにがやりたいのかもさっぱりだ。これではただの菊地真と『YUKINO』を足しただけだ。トゥルーホワイトの魅力を、半分も引き出せていない。 さて、声はすれど姿は見えず。 萩原雪歩はどこに行ったやら。プラチナリーグでは生歌しか認められていない。だから、萩原雪歩がゴーストシンガーの立場にあるとしても、この会場のどこかで歌っているはずだった。「理由なんてないわ。観客に落ち着く時間を与えているだけよ」「…………」 ――舞台裏に、第三者の介入があった。 露出度の高いレザースーツを身にまとっていた。 やたら破壊力のある胸の谷間までおしげもなく曝け出している。年齢はおそらく二十前後か。やけにおっぱいが大きい。 飽きるほどに見た。プラチナリーグを少しでも知るものならば、彼女を知らないものはいない。正体不明のアイドルとして、液晶画面の中の牢獄で、世の男たちにラブソングを囁いてきていた。 今もLEDスクリーンで物憂げな表情を見せながら、肩まで届く軽いウェイブのかかったブラウンヘアーをなびかせていた。傾国と表現されるほどに際立った容姿は、画面の向こうからこの世界に降り立って、より可憐さを増しているように見える。 だが、彼女がそこにいることにまったく違和感がない。 数年かけたイメージ戦略に、どっぷりと腰までつかってしまっていたらしい。どこででも、何時ででも、俺はどんな人ごみのなかにあっても、彼女の姿を見つけ出すことができる。「――『YUKINO』か」 萩原雪歩ではない。 正真正銘の、――本物だ。 俺の胸を打ったのは、驚きではない。納得だった。「つまり、『YUKINO』は、二人組みのユニットだったということか」「いいえ。雪歩ならユニット登録はしていないわよ。雪歩のやっていたことはゴーストシンガーだけど、ああいうバックダンサーとしての舞台装置みたいな感じね」 ああ、そういう絵図を書くつもりか。 ここから、ルール上、少々ややこしい話になる。 いくつか、説明が必要だろう。 この菊地真と『YUKINO』のステージをどういう風に成立させるのかがキモだ。いくつか超えなければならないルールがある。 菊地真と萩原雪歩であるのなら、これはまったく問題ない。最初から菊地真は、トゥルーホワイトとして登録しているし、それはファンの間でも周知の事実だった。どこで萩原雪歩がステージに乱入してきても、まったく問題がないようになっている。 もともと、Aランクアイドル同士の戦いにおけるレギュレーションは、ひどく緩い。 持ち込める装置は制限されている。だが、これはどちらかというと会場であるアリーナ自体のキャパから来るものだ。 大きなルールとしては、ライブ(生歌)であることのみ。他には何の掣肘を加えられる心配はない。ステージそのものを番組ジャックしても、どこからも問題はこない。ストライクゾーンぎりぎりを掠めるスローカーブは職人芸なのだと、勝手にそういう訳としておく。 その上で、 今回の『YUKINO』の乱入は認められるのか。 そもそも、『YUKINO』自体の、ゴーストシンガーなんて認められるのか。萩原雪歩が『YUKINO』だったというのならまったく問題はない。歌うべき人間に、影絵としてモデル担当がついているということで押し通すことができるだろう。ただ、目の前のこの娘が『YUKINO』だというなら、歌のひとつも歌っていないのなら、せめて『YUKINO』は二人組だったのだとアナウンスしておく必要性が生じる。でなければ、プラチナムポイントが分配できない。 さて、ファンが彼女の理屈を認めるのか。 イエスかノーか。 「ノーだな」 なんでもあり。イコールやりたいほうだいとはいかない。 『YUKINO』のユニットとしての在り方は、明らかにグレーゾーンを飛び越えている。多方面から批判をうけるのは避けられないだろう。「この二戦目のステージは成立させられるだろうが、今までの行動のすべてを否定しているに等しいな。もっとうまいやりかたなんて、いくらでもあったんじゃないのか?」「いいえ、これでいいの」 これは、私が受けるべき罰なのだと、彼女はそう言った。私が悪いのだと。私が弱かったのだと。これは私の罪で、私の夢だと。「誰でもなくて、私のせいよ」 夢を抱き、夢に押しつぶされて、夢にもがいている。 そんな印象を受ける。まるで、プライドの塊のような娘だった。伊織と気が合いそうだ。 「一度だけでもいいから、ステージ上だけに限らない。人生っていう舞台の上で、失敗に大して言い訳のきかない、そんなこわいステージを演じたかったの。かけられた魔法が解けた私が、どれだけのものを演じられるのか」 俺は眉をひそめた。 わけがわからない。 二戦目の『Inferno』と『ゲンキトリッパー』は、高槻やよいと菊地真の対決は、58対42で白黒がついた。菊地真は、これで一勝一敗まで勝負を引き戻したことになる。 ステージをまぶしげなものとして見守る視線。 それが、とある少女と重なったのは、俺の気のせいだったのだろうか?