インターネット配信。 訴求力のあるアイドルを前面に出した番組構成で、ただ放送設備のある場所にアイドルを呼んで、カメラの前で三十分ほどしゃべらせるだけなんて番組もあれば、この『高槻やよいのやよい式WEBテレビ』みたいにスタジオを借り切って、チケット制の公開収録で行われる場合もある。 音声だけにとどまらず、スタジオ全体の雰囲気を流し、ユーストで流す例もあるが、この番組はあらかじめ公開録画し、編集のあとで流すというオーソドックスな方法をとっている。ウェブに挙げられた動画は、各ポータルサイトに上げられ、視聴者のところに届くことになる。 このハニーキャッツの共演が看板番組でやれればいいのだが、今の私と美希のランクと知名度では、それも望むべくもない。 やよいの個人番組だからこそ通用するやり方で、これ以上はどうやっても入り込む余地はない。これよりランクの高い仕事なんて、私には廻ってこない。今の高槻やよいは、CM単価が2000万を超えている。そんなアイドルと同じ番組に出られているだけで、奇跡みたいなものだ。「うむ。この『高槻やよいのやよい式WEBテレビ』。なかなか業界でも好評でな。Aランクアイドルを肴に好き放題するというとても潔い番組だ。ああ、菊地真に無断で突撃生取材を仕掛けてから、各Aランクアイドルに出演を断られまくってな。困ったなぁ、次の生贄はだれにしようかなぁ」 満足げにプロデューサーは、事務所のパソコンから画面を映し、嬉々としてろくでもない計画をたてている。やはりここで土に葬ったほうが世界人類のために有益だと思えてくる。この変わらなさは、頼もしいといえなくもないが。「やよいの一時間番組なのに、やよい本人が三分しか出てないのをうまくごまかせてるわね」「うむ。尺を稼ぐための定番だからな。今のやよいのスケジュールで、こんな番組を入れるのは問題だったが、うまく誤魔化せただろう?」 私の言葉は、皮肉そのものだったが、プロデューサーは、わかってて受け流している。「そろそろ、我慢の限界みたいなんだけど」 私は、カツカツと靴の踵で、事務所の床を鳴らした。「伊織。その癖はみっともないからやめなさい」「ああもうっ」 私と美希は、三ヶ月で、Dランクアイドルにまで上がってはいたが、このままのペースだとやよいに追いつくのに何年かかるのかわからない。「思い切った手とかうてないの? やよいに追いつくために」「アイドルも商品だ。商品には需要と供給というものがあってだな。お前ら三人組が、どれだけ望まれているか、ちょっとテストをしてみたんだが」「いつの間に」「いや、今回の放送でだ。動画の前半を後半に分けて、再生数を比べてみたんだが、やよいの出てくる前半だけ再生数が跳ね上がって、後半は再生数が前半の二割しかないぞ」「ぐぬぅ」「後半が前半に比べて再生数は落ちるのは普通だが、それでも五割はキープしないとな。どうにかハニーキャッツになにかの価値があることを示さないと、高槻やよいの良さを殺すだけだ」「ふーん。大変だね」 美希は、他人事のように、ソファーに寝転がりながら水羊羹をかじっていた。「美希。ずいぶんと高そうな菓子だが、どうしたんだそれ?」「おでこちゃんがくれたの」「安い買収方法だなおい」 プロデューサーが、呆れたように私を睨んでくる。 とりあえず、効果的だというところは間違いない。もとより無茶なことを要求しているという自覚はある。ならば、せめて数の上だけでも優位に立っておくべきだ。「そういうわけで、ミキはおでこちゃんの味方することに決めたの。それでおにーさんは、三人で活動することに反対なの?」「反対か。反対ね。特に言うまでもないだろう? 高槻やよいは、Aランクアイドルとして、あれで完成している。いったいどこのだれが、そこに足を引っ張ることが目に見えているDランクアイドルふたりを足そうと思う? そもそも、これを言うんなら逆だろう。たとえば、やよいのランクが低すぎて、正当に評価されていないからという理由で引っ張り上げるのならともかく、自分たちがやよいに追いつけないからとか、どれだけ図々しいんだ」「む。言いすぎじゃない?」「この程度のことは、これから聞きたくないぐらい言われることになるだろう。伊織の提案を呑むのなら」「でも、ほら。三人で歌うなら、やよいひとりの時とは全然違うステージになると思うし、ファンのみんなもわかってくれるんじゃないかな」 美希がプロデューサーに食い下がっている。 ここは、水羊羹の力ではなく、ユニットとしての責任感から来ているのだと信じたいところだった。「そんなの、もうやっただろう。前回の放送の最後に、三人で。新曲まで用意してやったな。それで、どうだ。大した反応がないぞ。むしろ、やよいのソロがなかったっていう苦情のほうが多かった」「ちょ、そんなの初耳なんだけど?」「さっき入ってきたデータだしな。というか、想像以上に効果がなかったので、今回、相当になりふり構わない手を使ったんだが、なにも変わらなそうだな」「っていうより、おにーさん。もしかして」「ああ、伊織がやってほしいと今頼みにきたようなことは、とっくにやってる。やよいの腹肉つまみなんて裏技を使ったしな。というよりは、打てるべき手はすべて打ってる。三人で歌わせるだけで、ファンがその価値に気づくなんてことは。なかったな、残念なことに」 プロデューサーは、安い椅子に腰掛けたまま背もたれを軋ませた。「つまり」「ああ、仕掛けた策のことごとくが、まったく効果がない。やよいに追いつく方法すら見つけられない。これ以上、時間と手間をつぎ込んでも効果があるとは思えない。一緒にAランクに昇れる可能性なんて、一パーセントもないだろうな」 沈黙が落ちた。 突き付けられた、針の先のような可能性。 はたから見れば、絶望的な状況。八方ふさがりとでもいうのかもしれない。もっとも、私にはまったくそんな実感はないが。「身の振り方を、考える時期かもな」「え?」「お前たちには、やよいを諦めるという選択肢もある。ひとりなら、そこそこの位置にまで昇れるだろう。このままこだわり続ける限り、伊織。お前のアイドルとしての一生は、やよいを追いかけるだけで終わってしまう。お前は、おまえ自身を目指しているんだろう?」 正論。 その忠告は、きっと正しい。 珍しく、プロデューサーが、私を心配してくれているのもわかってる。「うるさいわね」 私の答えは変わらない。 そんなことで悩む時期は、すでに過ぎた。 「そんなこと、私は最初に考えたわよ。たくさんの、やよいのファンの期待を裏切って、迷惑をかけることになる。そういうことを、全部考えて、最後にそういう結論を出したの。私に批判が集まるのなら、全部捻じ伏せるだけ。プライドも、自分の夢も、誰にも渡さない。私の夢を好きにしていいのは私だけよ。どんな人間が下す評価も、それを止められたりしない。私の夢は私が決めるわ。だって、全部、私のものだもの」 絶句していた。 プロデューサーも、美希もなにも言い返せずに、口をあけている。「いますぐに跪いて、協力させてくださいと言いなさい」「あのねおでこちゃん。それ、あんまりだと思うよ?」 美希は、白けた様子だった。 プロデューサーは、気味の悪ささえ感じる冷笑を浮かべている。「……………………」