「やよい。二回戦のくじを引いてきなさい」「え、いいの」 決勝一回戦がすべて終わり、ベスト8までが揃った。このドリームフェスタは、一回戦、二回戦、三回戦と毎回組み合わせを変えるため、直前の対策が難しい。 ハニーキャッツ<Fランク>が、二回戦で当たるのは、ナナクサ<Bランク>、クララララス<Dランク)、トゥルーホワイト<Aランク>、とらじまー<Eランク>、はーみっとすぱいす<Cランク>、雪華 <Bランク>、サザンクロス<Eランク>の、七チームのうちのいずれか。「アンタが、一番当たりたくないのは?」「ここまでくると、全部手ごわいに決まってるが、Bランク以上は、いくらハンデがあるとはいえ、当たりたくないな。あー、去年までハンデが一ランクにつき40ポイントだったのに、なんで減るかなー」「ってことは、菊地真のトゥルーホワイト。あと、秋月律子率いるナナクサ。あと、瀬名遼子の、雪華のみっつ?」「で、伊織。おまえはどうだ? 一回戦を見て、気になるとところはあったか?」「そうね、一ユニットあげるなら、Dランクのクララララスよね、やっぱり」「ふむ。なるほど」 正直、伊織がどんな名前を挙げても、驚きはさほどない。 ここまで昇ってくるユニットなら、すべて人の目に留まるだけのものはもっている。いくつか、クララララスのステージを見て、彼女なりにビリビリときた直感があったのだろう。 「連中、一回戦で、ハンデがあったとはいえ、Bランクのホワイトクローバーを倒しているのよ。ホワイトクローバーって、たしか本命のひとつでしょ。なんたって、ブルーラインプロダクションの推薦枠を勝ち取ってくるんだから」「ああ、ここまで来るとランクなんて、まったくアテにならないな。クララララスがBランク相当の力を持っているとすると、ハンデがある分、たしかにド本命だ」 それに、クララララスは、ここ数ヶ月の軌跡を見るに、ギュンと上に伸びている。彼女たちにとって、おそらくは今、この瞬間が黄金期なのだろう。闘えば、おそらく勢いでは負ける。「で、アンタはどうなのよ。気になるところはあるの?」「ひとまず、戦力分析をしてみた。ひとまず目を通しておけ」 俺は、手にしたバインダーを渡す。 開くと、サザンクロスとハニーキャッツを除いた、6ユニットのメモが纏められている。美希美心のサザンクロスは、あえて記す必要もないだろう。手強さは、彼女たちが一番わかっているはず。 トゥルーホワイト<Aランク> Aランクアイドルである、菊地真と萩原雪歩のユニット。現在、萩原雪歩はプラチナリーグより失踪中。菊地真の中性的な容姿で、ファンの九割が、女性だとされている。菊地真のハスキーな声と容姿は、独自なファンを大量に生み出し、いまもなお増殖しているらしい。ファンからの呼ばれ方は、『王子様』。プラチナリーグには、5000人近いアイドルがいるが、キャラがまったくかぶらないのはこの娘だけ。 クララララス<Dランク> 平均年齢15.6歳。某有名バンドのバックダンサーやら、元おやすみ少女、身長172センチの元バレーボール少女など、全員が個性的な六人組。楽器演奏できるリーダーを中心に、チームワークで勝負とのこと。 全員がまだ学生で、夏休みには全国のスズキ電機のキャンペーンガールとして、すべての店舗でライブを敢行予定。みんな見にきてね。 ナナクサ<Bランク> プロデューサー、秋月律子の率いる七人組ユニット。平均年齢16.7歳。メンバーは、せりか なずな ごじょう はこべ ほとけ すずな すずしろの、七人。 Bランクでも、五本の指に数えられるぐらいの実力派、有名ユニット。リップシンクを使わず、すべて生歌。 コンサートではすべて生バンドを使う本格派。ブルーラインプロダクションでは、魔王エンジェルと並ぶ最有力ユニット。 とらじまー<Eランク> プラチナリーグに所属するアイドルの中で、最古参に近いふたり組ユニット。ふたりともアイドルをはじめてから四年経っている。表舞台に一度も出てきていないため、詳しい資料無し。 雪華<Bランク> 瀬名遼子ひとりのアイドルユニット。元は五人いた。平均年齢は16歳。とても目つきが悪く、Sだと誤解されやすい。目つきが悪いのは、実は近眼なので目を細めているだけ。目上に対する口のきき方がなってない。人をなめくじを見るような汚らわしい視線で見てくれていた。ギガスプロの推薦枠を勝ち取っている。ポスト如月千早。 はーみっとすぱいす<Cランク> 日曜朝八時半からやってる『超ゼツ紅蓮グランパステル』の声優さんたちが緊急結成したユニット。一年ものアニメなので、アニメ終了と同時に解散予定。四月からはじまったアニメなので、結成してまだ三ヶ月ちょっと。ちなみに平均年齢34歳。(自称で換算すると17,8歳)「こんな感じだ。なにか言いたいことはないか?」「うーん。言っちゃうと、いちいち最後にオチつけるのってどうかと思うな」「そうね。しかもスベってるし」「ねえおでこちゃん。この中で、戦いたくないのは?」「雪華、あたりがアブなさそうな気がしてきたわ。見なさいよこのメモ。戦力分析とかじゃなくて、プロデューサーの恨みつらみとかしか書いてないじゃない。危ないわよ。プロデューサーが、昔やったことに天誅がくだるのはともかくとして、そのとばっちりをうけて、負けたらどうするのよ」「うん。やっぱりそうだよね。じゃあ、一番当たりたくないのが雪華ってことで」「ええ、そういうことで」「なにがそういうことで、だ。おまえら」 なにげに息ぴったりだなこいつら。 伊織は、いつのまにか煙みたいに現れている美希に、驚く様子もない。一瞬、わずかに、片眉をしかめて見せただけだった。たしかに、こんなことで驚いていては美希とは付き合ってられない。「しかし、どいつもこいつもくせ者揃いね。当たった時点で、即死するのもいくつかいるし」「どれと当たるのかな?」「まあ、ともかく。対戦相手は、すぐに決まる」 ──二階のプレミア席から、会場の光が一番つよい場所へ、目線を移す。ステージの上で、動きがあった。 未だ醒めやらぬ熱をかき消すようにして、マイクを通した司会の声が会場を圧する。 これから、二回戦のくじ引きが行われる。 ステージの上に用意されているのは、商店街の福引きでよく見かける、正六角形の箱にハンドルがついてるアレだった。 ガラポンともいう。 ちなみに正式名称は、新井式廻轉抽籤器というらしい。よくわからん。 やよいの背丈ほどもある巨大ガラポン。 これで、二回戦の相手が決まる。ステージのうえには、それぞれのユニットの代表者がひとりずつ立っていた。 ガラポンの中には、1から8までの数字が割り振られており、トーナメント表の空白を埋めていくかたちになる。 ハンドルを廻すのは、一回戦第一試合の勝者から。つまりは、ハニーキャッツのことであり、やよいがガチガチになりながら前に出て行く。 やよいが目を閉じていた。 おまもりを握りしめて、精神集中をしている。 くじ運は大切だ。いいところを引いてもらわないといけないが、せめて菊地真のトゥルーホワイトだけは避けてくれ。 中の珠がこすれ合う音を立てて、ハンドルが軋むような音を立てて、やよいの祈りが、耳鳴りを生むような錯覚があって、そして、排出口から出てきたのは、ビリヤードボールほどの大きさの珠。 色は赤。 ──番号は、5番。 そして、その結果は以下のようになった。 決勝二回戦第一試合。 雪華<Bランク> VS サザンクロス<Eランク> 決勝二回戦第二試合。 トゥルーホワイト<Aランク> VS ナナクサ<Bランク> 決勝二回戦第三試合。 ハニーキャッツ<Fランク> VS とらじまー<Eランク> 決勝二回戦第四試合。 はーみっとすぱいす<Cランク> VS クララララス<Dランク>「俺たちにとっては、それなりにいいところを引いたな。この段階で、菊地真と秋月律子のどちらかが消えてくれるのは、願ったり叶ったりだ」 因縁の対決でもある。 闘いは白熱するだろうし、好カードといっていいだろう。「それより、私たちの相手よ。とらじまーって、どうなの?」 とらじまー<Eランク>。 ドリームフェスタで、昇格点を稼いで、すでにハニーキャッツは、事実上のEランクになっている。 なら、同じEランクなど相手にもならない。 ──普通は、そう考える。 けれど。 そんななにももたないただのEランクユニットが、600人参加のうち、ベスト8にまで昇ってこれるはずがない。 カモりやすい相手なのか、それとも、全力を賭して闘わねばならない強敵なのか。伊織の質問はつまり、そういうことだろう。「あ、ああっ、ミキ、すごいことに気づいちゃったかも」 ずっと、とらじまーのデータを見ていた美希が、すっとんきょうな声をあげた。 なによ、と聞き返す伊織に、美希はぷるぷると震えながら、「とらじまーとハニーキャッツ。虎と猫だと、虎の方が強いんじゃないかな」「あのね。この期に及んで、やよいみたいなことを言わないでくれる?」 そもそも、このユニット名つけたのアンタでしょうが、と伊織はつぶやいた。「いや、美希の言うことはとりたてて間違ってない。次の試合は、虎と猫の戦いになる」「はぁ?」「それと、美希はそろそろ帰ってくれ。これからの話は、他チームに聞かれたくない」「えー、なんかズルい」「べつに意地悪で言ってるわけじゃない。俺だって、さっきのステージのこととか、千早がどうしたとか聞かないだろう」 それは、さして意味のあるような言葉ではなかったはずだったが。「あ、うん」 不意に、美希が纏っている空気が、穴の開いた風船のようにしぼんだ。 ──あれ、あれあれ。 まさか、本当にか。 どういう経緯でそうなったかわからないが、あのステージに、千早の手が入っているのは間違いがないようだった。「というわけで、対とらじまー戦の説明をはじめる」「はーいっ」「はいはい」 やよいが元気いっぱいに、伊織がけだるそうに返事をする。「とらじまーだが、二人組のユニットだ。どちらも19歳。エース曲はオリジナル曲は、ひとつもない。Cランクに昇った形跡もなく、プラチナリーグができた以前からいる稀少なアイドルなんだが、脚光を浴びることなく、ずっと日陰にいた。四年間、デビューから花開くこともなく、このプラチナリーグが、最初の晴れ舞台みたいだ」 伊織とやよいが、うっわーっという顔をしている。「なんだ。ここは喜ぶところだぞ。喜べ。快哉をあげろ。あちらに大舞台の経験がない分、こっちが有利だ」「いや、私たちも同じ立場だったからわかるけど、日陰のまま四年も耐えるなんて、常軌を逸してるわよ。芸人とかと違って、アイドルには、再ブレイクのチャンスなんて、ほとんどないんだから」「そ、そうですよ」 アイドルにとって、年齢は千金に等しい。 どれだけ練習を積み重ねようが、どれほど技量をあげようと、若さ、という絶対の基準が、すべてを掻っ攫ってしまう。鮮度、というのはアイドルにとって、もっとも大事な要素である。「年に新人が600人入って、その九割が一年で消えていく業界だからな。売れずに四年しがみつく、って相当な覚悟がないと、たしかにできない」「まあ、それはいいわ。なにを考えてたかなんて、本人たち以外には知りようがない。それよりも、そんな日陰にいた連中が、突然、どうやってここまで昇ってきたのか。マグレてってわけじゃないんでしょ?」 伊織が、足を組み替えた。「とらじまーの連中に、『なにが』あったの?」「なにが、っていうかな。爆発的なカンフル剤があった。とらじまーと戦ううえで、まず警戒しなければならないのが、担当プロデューサーだ。なにせ、俺より格上だからな」「格上って、A級プロデューサーより上って、いるの?」「いない。制度上はな。ただ、俺はこの世界でやってたったの三年だ。俺より上なんて、いくらでもいるだろう。なお、そのプロデューサーは、とらじまーの所属プロダクションが、他の分野からスカウトしてきた、とっておきらしい。普段から男子高校生を六十人ぐらい管理しつつ、相手チームの偵察や戦術を部員たちに徹底させ、ときには鑑別所から部員を引っ張ってきていたとか。で、五年でその弱小高を、甲子園に出場できるぐらいまで押し上げている」 華々しい経歴だった。 いくつか雑誌やテレビなどにとりあげられて、地元だと英雄扱いだと聞いている。「えーと、ってことはつまり」「うむ。相手は、元、高校野球の監督だ。プラチナリーグでの戦績は、まだ未知だが、甲子園がプラチナリーグより下だってことはないだろう」「じゃあ、とらじまーは?」「最初は、希望者が四十人近くいたらしいが、厳しい指導方法に、ほとんどリタイアしたと聞く。最後に残ったのが、あのとらじまーのふたりって、ことだな」「うわ、なんていうか、形容しがたいっていうか、ええと、これどう表現するべきなの?」 伊織は顔をしかめた。 ハニーキャッツと、境遇的に被るところがいくつかある。 半年ほど、Fランクから上がれなかったやよい。 有能で敏腕なプロデューサーが入ったことにより、その状況から抜け出せたことも似てはいる。「ん、一番めんどくさそうな相手ってことにしとくか」「そっか。でも、それって、どう戦えばいいんだろ」「残った中で、一番強いのがトゥルーホワイトよね?」「うん」「ああ、総合力ならナナクサか。才能だけ見れば、サザンクロス。ネタ度とファンの濃さならはーみっとすぱいすで、歌のうまさなら雪華、勢いがあって、いま一番伸びている時期なのが、クララララス」「そして、一番勝つことに餓えているのが、とらじまー、ってことね」 沈黙。 空白。 そういうものを経て、脳裏に浮かぶモノ。 それは、このユニットとしての課題。「これに対して、ハニーキャッツの売りはなんだ?」 俺の問いに対して、「伊織ちゃんのかわいさと、私の笑顔」 が、やよいの答えで。「水瀬伊織と、高槻やよいがいること。言い換えれば、あの連中の中で、一番魅力的なのが、私たちってことよ」 が、伊織の答えだった。 ふたりとも、即答かよ。そんな簡単な問題じゃなかったはずなのだが。──しかも、その答えには文句のつけようもない。「そういうことだな。ってわけで、『Do-dai』を使う」「でも、あれ。決勝用の曲なんじゃ」「一番の振り付けしか完成してないんだけど、あれ。単調にならない?」「そのへんは気にしなくていい。この曲だけで3タテするつもりでいろ。もとより、余力を残すつもりはない。相手の担当プロデューサー次第で、どういうステージになるのがまだ読めないからな。やよいも、ホントに面倒なところを引いてきてくれた」「う」 俺がやよいの髪をわしゃわしゃすると、彼女は少し怯んだようだった。「ずいぶんと、よけいな面倒をかけてくれるな」 ──わしゃわしゃわしゃわしゃ。「ちょっと、プロデューサー。やよいは悪くないでしょ!!」「くくくくく、まったくしょうがないなぁ。俺がいないとなんにもできないんだからなぁ。ああ、面倒くさいなぁ。でも仕方ないよなぁ。やよいがめんどくさいところを引いて来ちゃったせいなんだもんなぁー。尻ぬぐいしてやらないといけないよなぁ。あっはっはっはっはっはっは」 ──わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。 「か、髪がー。セットした髪がーっ!!」「プロデューサー。元から邪悪な顔が、もっと邪悪になってるわよ」