「ふ、ふふふふふふふふふふふ。天よ叫べ、地よ轟け。うふふふふふふふ。長い雌伏のときを経て、ついに、ついにこの私の時代がやってきたわ。おほほほほほほほ。──さあ、行くのよ美心。そして美希。くしゅしゅしゅしゅしゅしゅ。この私の誇りと(荒ぶる鷹のポーズ)、美心のランクアップと(舞い踊る恋爛漫のポーズ)、私のエリシオンちゃんのローンのためにっ」 びしっ、と天に指を突きつけて、藪下さんが高らかに吼えていた。 いちいち、センテンスごとにポーズを変えている。なんていうか独創的だった。子供がひきつけを起こして、赤ん坊が泣き出すみたいな感じ。 藪下さんは、テンションが限界突破しておかしくなっている。動きにモザイク入れたほうがいいかも。「はあ。それで、藪下さん。でしたか?」「そうよ。うぷっ、げほっ、げほっ。そういえば、どうして如月千早さんがここにいるのかしら」 ひとり暴走していた藪下さんが、千早さんを視界に捉えた。 ソファーに座り直して、水分を補給している。無駄にはしゃぎすぎて、呼吸器がついていかなかったみたい。 千早さんは、そんな藪下さんに、全力で置いてけぼりにされていた。「千早さん。ミキの師匠さんなの」「ふぅん。そうなの」 藪下さんは、千早さんには、あまり興味がないようだった。さっきから、ずっと別のところに視線を向けていた。「むー」 藪下さんは、ずっとミキの胸を凝視していた。「──なぜ、美希にユニットの誘いを?」 怜悧な声が、私の耳朶をたたいた。 千早さんは、どうやら藪下さんに、探りを入れてみているみたいだった。捨て猫の飼い主をさがす拾い主、みたいな気持ち、なのかな。 誰でも抱く疑問。 藪下さんは、こちらの要求は、すべて呑んでくれていた。 このユニットが、一日限りで終わるだろうコトも、藪下さんの想定の内みたいだった。 「そこから話すべきかしらね。星井美希。はじめてこの子を見たときに思ったのよ。なに、この「あふぅ」と鳴く、ひたすらかわいいだけの生き物は、と。そのときに思ったの。この子を、美心と組ませたいって」「はぁ。それは、いったいなぜ?」 千早さんは、わけがわからないって顔をしている。 よかった。 藪下さんの言っていることがわからないの、ミキだけじゃなかったみたい。「私はね、こう思ったの。星井美希と、ユニットを組ませれば、きっと美心も本物になれる。むしろ、この娘しかいない。佐野美心というアイドルは自分の意志で、実力より数ランク落ちる評価に甘んじているけど、そうよ。自分よりも、はるかにやる気なさそうな子と組めば、さしもの美心も、尻に火がつくはず──って」「………………………」「………………………」 千早さんは無言だった。 私も、さっきの選択を早まったかなと思い始めている。 今さらだけど、プロデューサーの仕事してるひとに、マトモなひとっていないのかな? とにかく、渡りに船だと思ってたのはこっちだけじゃなくって、あっちにもメリットがある話らしい。「……思ったよりはマトモな理由だったんですね」「なにを言っているの。私が、この私が、このおっぱいに釣られたとでも思っていたの?」「そうじゃないんですか?」「違うわよ。ぜんぜんちっとも、これっぽっちもそんなことはないと断言できるような気もしないでもないわ(すりすりすりすり)」 うわ。 ぎゅむっと、絞るように胸を揉まれた。「プロデューサー。星井さんの胸に顔を埋めながら言っても、まったく説得力がないんですが」 美心はジト目だった。 私のおっぱいに顔を埋めようとする藪下さんを、諦めたように見ている。「だって、おっぱいよ。Fカップおっぱいが目の前にあるのよ。普通の人間なら揉むでしょ。顔を埋めるでしょ。常識的に考えて(すりすりすりすり)」「プロデューサー。あまり恥を晒すのは。如月さんもいるんですから」「わかったわもう。妬いてるのね。かわいいったらもう。安心して。舐めたり吸ったり舌先で転がしたりは、美心にしかしないから(すりすりすりすり)」「そんなことされた覚えはありません」「ひどいわ。美心。あんなに熱く燃え上がった夜を、忘れてしまったというのっ!!」「誤解されるからやめてくださいっ。どうしていつのまにか既成事実が成立してるんですかっ!!」「思ってたんだけど、美心って突っ込み気質だよね」 地味っぽい子だと思ったら、きちんとツッコミができるみたいだった。 美心は「私がツッコミ?」と呟いて、がーんがーんと頭を抱えている。 そろそろ離れてほしいな。 と思っていたら、藪下さんは服のホコリを払う仕草をしてから、ソファーに座り直した。「さて、振り付けやらなにやら、仕込まなければならないことはたくさんあるわ。頑張りましょう。美希と美心は私が見たところだと、相性ばっちりよ」「ボケと突っ込みだからでしょうか?」 千早さんがめんどくさそうに言う。 わぁ、ツッコミの数が多い。いつもはツッコミがおでこちゃんだけだから、テンポはいいんだけどワンパターンなんだよね。「それもあるわ。でも美希の力もある。きっと、美心とうまく行くでしょう。君のプロデューサーには、恥をかかせない。美希、君は本物よ。 誰にでも、それがわかる。殺し文句なんかじゃあない。君には、見るものを納得させるだけの力がある。おっぱいとか。おっぱいとか。美希の魅力は十分よ。おっぱいとか」「プロデューサー。おっぱいって今日何回言いました?」「美心。なにかせせこましいわよ。今まで食べたパンの数を数えることに、なんの意味があるの? 一緒に叫びましょう。おっぱいおっぱい(力強く手を振り上げながら)」「おっぱいおっぱい?(戸惑いがちに手を振り上げながら)」「誰もが、プロデューサーのようにおおらかに(故意的表現)生きられるわけじゃあないです。それと美希さん。同調しないでください」「あれ、叫ばなくていいの?」「やめてくださいお願いですから」「むー、そういうものかしら」 藪下さんは、瞳をぱちくりとさせたあとで、「それより、美希ってば、自分探しの途中らしいわね」「うん」 いきなり、こっちに話が振られる。「じゃあ、そんなのぱぱっと自分のしらない自分を見つけちゃいましょう。くるくるくるって、回転ドアみたいに人生観を変えちゃいなさい」「藪下さん。簡単に言うよね」「あなたならできるわよ。大丈夫、私が保障するわ」「それに、なにか根拠が?」 千早さんは、半眼になっている。「あるわよ。だって、ユニットとしてふたりをまとめるのは、私の仕事なのよ? 私以外に、だれがそれを保障してくれるの?」「………………」 千早さんが、口をへの字に曲げた。 はじめての、プロデューサーとしての、まともな言葉に、反論が思いつかないみたい。べつに千早さんが悪いわけじゃないと思うけど。「……あれごめんね。気分を悪くした?」「……いえ、よく知っている誰かを相手している気になっただけです」 ため息をついて、千早さんはドリンクバーのグラスに指を滑らせている。「ああ。そうなの──?」 藪下さんはちょっと怪訝そうな顔をしたあとで、そう高くない天井の下、靴下でテーブルの上に乗って、言った。「才能を花束みたく束ねて、才能を一本化する。中心にしたい花を一番目立つ位置に、同じ色を添える時には、なるべくカタチが違うもの同士を加える。片方がブルーなら、もう片方はオレンジを基調にすると双方が映える。赤に青はあんまり合わないわ。赤に合わせるなら、緑か水色ね。最後にアクセントとして、白も加えましょう。──こんな風に、これが私の仕事だもの。長続きするかまでは私の手には負えないけれど、今回それは考えなくて良いみたいだし」「藪下さん。よろしくね」「はぁ。美希がいいというのなら、私は止められないけれど」「ああ、あとね、言い忘れてたことなかったかしら。ええ、あ、そうだ。美心は隠れ巨乳よ」「──え、ええっほんとにっ!!」 思わず、大声を出してしまう。「プロデューサーッ!!」「美心ったら地味目な顔して、服の下に凶悪なものを隠しもっているのよ。ほら、カマトトぶっているけど、なかなかダイナマイトよ」 藪下さんは、息を吸うように自然に、美心の胸を揉んでいた。「プロデューサー? 今度言ったらグーで殴りますよ?」「ぶーぶーぶー、プロデューサー虐待はんたーい」 藪下さんは、子供のように口を尖らせていた。「あの、話題がループしていますが」「そうね。これから短い間とはいえ、ユニットを組むわけだけど、あなたたちから質問はない?」「藪下さんは、ホンモノじゃないよね。冗談と見せかけて、本気で胸を揉んでたりとか」「ないわね。私のセクハラはただの趣味よ」 堂々と言い切られた。「むしろ、本気がどうかとかの問題なのかしら?」 千早さんは首をかしげていた。「美心は?」「どうして私にも聞くんですか。ありません。そういうのは天海さんと西園寺社長だけです」 あ、美心が、ふりかかった疑惑をなすりつけてる。 「さあ、ドリームフェスタで優勝して、一気に全国区よ。名を上げるの、これ以上の舞台はないわ」「──うん」「──はい」「………………ええ」 一歩引いた千早さんは、ミキたち三人の視線に晒されて、呟くように点呼に答えていた。「ユニット名は、サザンクロス。そして、課題曲はRelation」「……私の、曲ですか?」「だって、如月千早が目の前にいるんだもの。なにか利用しちゃった方がいいじゃないの」「──別に構いませんが、そんな便利なものでしょうか?」「いいじゃない。お祭りなんだから、楽しまなきゃ。それに、自分の歌なら存分に口を出せるでしょう?」「はい。そうかもしれません」 渋々ながら千早さんが納得すると、藪下さんがまとめに入った。「こうして、波乱はあったが、トラブルを一丸になって乗り越えたことにより、サザンクロスの三人はより結束を強めるのだった。ゆけゆけサザンクロス。負けるなサザンクロス。 行くのよ美心。そして美希。この私の誇りと美心のランクアップと、私のエリシオンちゃんのローンのためにっ」「あの、プロデューサー。話がまったく進んでないような」 美心が言った。 うん、どこかで聞いた話だった。 三回ぐらい話がループしていた気がする。「いえあの、それより、サザンクロスって、私も入っているのでしょうか?」 千早さんが、挙手をしてた。 こうして見ると、千早さん。問題児を抱えた学級委員長みたい。「当たり前でしょう。三かける三が九でサザンクロスなのに、一人減ったらサザンクロスにならないでしょう?」「そんな理由でッ!!」「三人が三倍の力をだして、九のパワーで相手をぶちのめすって感じ。さっき思いついたの」「あの、プロデューサー。南十字星はまったく関係ないと?」「私は、むしろ、アメリカ海軍旗の別名からとったものかと」「なによなによ。とっさの思いつきにしてはいい名前じゃないの」 ぶー、と私が当面世話になる、サザンクロスのプロデューサーが、わかりやすく拗ねていた。