女子十二楽坊が、ジャスラックのせいで引退に追い込まれて、会社ごと潰された──、というのはあまり知られていない話だった。 詳細はこうだ。 販売レーベルは、女子十二楽坊のセカンドアルバムを企画した。 それを、コンサートのDVDをおまけにつけて、2980円で発売する。(普通なら、コンサートのDVDだけで5000円近くはする) もとよりギリギリの値段であり、利益は最初から度外視していた。これでも、当初の予定では、わずかながらも利益を得られる予定だった。 ──ところが。 ひとつ、思いもしないところに盲点があった。 おまけでつけたコンサートのDVD。 コンサートの収録時間は100分。そして、ジャスラックの規定にある著作権料金の、一分間の料金は4円。そしてコンサートの収録時間は100分。 繰り返すが、セカンドアルバムの値段は2980円。 4かける100分で、400円。 セカンドアルバムの方も合わせると、著作権の金額だけで、合計500円近くにもなる。 事実上、販売価格の五分の一が、著作権料でもっていかれることになった。 料金の、二重取りのようなものである。 当然、こんなので利益が出るはずもなく、ほどなく──その会社は倒産した、というわけだった。「というわけでだ。 アイドルの歌う楽曲については、プラチナリーグが一括で管理している。ジャスラックが嫌いというより、(もちろん俺は嫌いだが)この仕組みだと映像とライブ映像が命綱のプラチナリーグは、ジャスラックに参入できない、ってわけだ」「で、アンタなにが言いたいのよ」 俺の前振りが、伊織が煩わしいようだった。「うん、つまりだ。登録された曲であれば、プラチナリーグで使う限り、特に許可いらないし、著作権も発生しない。 アイドルたちが、ほかのアイドルたちの曲を使いまくっているのは、こういうカラクリだ」 俺はそう言って、クルマに付いたモニターを凝視している美希を見下ろした。『涙のハリケーン』 とあるCランクアイドルユニットの曲だった。 名曲に近いのだが、歌っているアイドルユニットがそれほど有名でないために、埋もれている曲という雰囲気があった。 ぶつぶつと呟く美希の表情には、僅かながら焦りのようなものが浮かんでいる。「ううんっ。ちょっと、手間取りそうなの」「当然だろう。まがりなりにプロなんだ。一目でまねされるようなことはやらないだろう」 とはいえ、コピーだけなら、美希ならやりきるだろう。本能だけだとはいえ、星井美希の底は、それほど浅くはない。「エクササイズは、ちゃんとやらせてるだろ」「あれって、ただの準備運動じゃないんですか?」「へえ」 とぼけたことを言うやよいの頭をシェイクしてやる。「な、なにするんですかー」 ふらふらになったやよいの抗議を遮って、俺は続けた。「いいか。やよい。エクササイズというのは──ええと、あずささん……説明お願いします」「はいー」 後ろの席から、あずささんが出てきた。「ええと、うーん。なんて言ったらいいかしら。エクササイズっていうのはねー。 アイドルたちの全身をキレイに見せるために、関節と筋肉の稼働限界範囲までを、使い切るための訓練……っていうところかしら」「はー、え、あれ?」 やよいが頭を抱えていた。 わかっていないらしい。 ちなみに、やよいに前に見せて貰った一学期の成績表は、目を覆いたくような結果だった。果たしてこれでアイドルとかやっていていいのだろうかと思うほどに。「──そうね。折り紙にたとえると分かりやすいかしら。ツルをキレイに折るためには、ちゃんと紙に折り目をつけることが大事でしょう?」「そうね。それが?」 伊織が備え付けのキャビネットから、冷えたラムネを取り出す。「それと同じよ。エクササイズは準備運動とはまったく違うわ。 折り目をつけておくことで、美希ちゃんたちの身体に、ダンスに沿った動きの癖をつけるの。 そのために、エクササイズには普段やらないような、全身をキレイに見せるための動きを詰め込んであるのよ」 あずささんが、目を閉じて続ける。「折り目をつけないでツルを組み上げようとしても、上手くいかないでしょう? それと同じよ。そのうち、ステージに立つだけで、自動的にツルを組み上げられるようになるわ」「そんな意味があったわけね」 伊織が腕を組んでいる。 細い足をシートの端まで伸ばしていた。それだけの広さがあるこの車は、水瀬家と外を繋ぐ馬車(リムジン)としてのそれだった。 ちなみに、伊織の執事である新堂さんが運転手を務めている。と いうかこのやたら腹の長い車、普通免許で運転できるんだろうか?「ぜんぜんわかんない」 さすがに、美希の集中力が切れかかっていた。「対象の輪郭線だけを、見てるからじゃないかしら。 目を閉じて、筋肉の動きをイメージして、重心を常にどこに置くかを考えてみるといいわ」「あ、そっか。力の流れを盗むんだね」 コツを掴んだのか、ふんふんふーん、と鼻歌と肩の動きだけで、美希はモニターの中の動きをトレースしていた。 「そこ。見たままをコピーしないの。 踊るときに、どこに力が入っているのかを見るの。コツを言うなら、聞こえてくる音を、どう『使っているか』。もちろん、対象も完璧であるはずがないから、足りない分は想像力で補完する必要があるわ」「それが難しいよね。やってるけど──」 ぐちぐち言いながらも、美希は一分ごとに踊りの精度を上げていた。完璧にはまだほど遠いが、数分前には素人だったいうのが信じられないほどに。 ドリームフェスタの予選まで、あと三日もある。 それで、星井美希というアイドルは、完全に仕上がるだろう。 なんの不足もない。 秋月律子を、あとは叩きのめすだけだった。 蓋を開けてみれば、なんかとんでもないことになっていた。 なにげにルールは変則的だった。 一時期のバラエティクイズや、高校生クイズのような感じといえばいいか。 ドリームフェスタの予選は、やよいの地元である竹取商店街で行われる。 そこにいる商店街の人々に投票用紙を渡し、竹取商店街全域をステージに見立てて、アイドルたちのアピールタイムが行われていた。 「アイドルに必要な、一瞬で観客の心を掴む技術が必要、ってことですね」 秋月律子が、俺の目の前まで歩いてきていた。 いつもは、お世辞にも盛況とはいえない商店街は、今日だけは真っ直ぐ歩くのもむずかしいほどだった。「ああ、これが俺の予想用紙だ。伊織、預かっておけ」「は? なんで私が」 同じテーブルで、伊織が嫌そうな顔をしていた。「こういうのは第三者が持っておくものだろ」「私もお願いするわ」 俺と律子の、この予選の順位の予想用紙を、伊織に預けておく。「でも、いい天気ですよね」 やよいが、ごま団子を右手に持ちながら、抜けるような蒼天を見上げた。竹取商店街は、ショッピングモールになっていて、肉屋、八百屋、ラーメン店に靴屋、CDショップ、本屋やらなにやらがそこに固まっている。「ええと、伊織。あなたは、参加しなくていいの?」「このルールは、私の独壇場だもの。三分あれば終わるわよ。どのみち、投票用紙は最後に回収するんでしょ?」 余裕。 傲慢ともとれる、水瀬伊織の自信がそこにあった。 が──、実行できなければただの道化ではあるのだが。「それで、肝心の星井美希は、どこに?」「あの人混みだろう。まあ、十票ぐらいなら問題なくとれるんじゃないか?」 俺は人混みで沸いている場所を指した。 人の壁に遮られて、彼女の様子をうかがうことはできない。ちなみに、菊池真は招待選手として予選を免除されているため、ここにはいない。「すごい熱気ですよ。私、ここがこんな混んでいるの、見たことがありません」 やよいが、バナナ菓子を口に入れながら、きょろきょろと周りを見渡す。 俺はテーブルの上に積まれたお菓子に手を伸ばす。 笹かまチーズ、 竹取饅頭、 あと、スイカがまるごとテーブルに乗っていて、今にも転がり落ちそうだった。 ちなみに、今現在にも、どんどん増えている。 その商店街の人たちが、必ずやよいに声をかけていっていた。 天真爛漫な受け答えは、高槻やよいが──この竹取商店街のアイドルで在ることを象徴するようだった。 この一事だけを見て、すでに勝敗は決しているといえる。「しっかし、美希も含めてだけど。あいつら、芸がないわね」 伊織があきれたように言った。「へえ、どういうことだ?」「単に仕込まれた芸を披露するなら、猿にだってできるじゃない。あいつら、趣旨ちゃんとわかってるのかしら」 伊織が両手のひらを上に向けた。 なるほど。伊織の言いたいことはわかった。「気づく人は気づいているはずですけど。 これが、アイドルとしての優劣を競うものではないことに」 律子の台詞は、さすがに現在のトップアイドルを擁するプロデューサーらしい見解だった。「ふぅん」「ばらしてしまえば、私の予想一位は、高槻やよいです」 こちらを、挑むような視線。「まあ、俺も似たようなものだが」 俺は肩をすくめてそれを受け流した。「今、ライブをしているアイドルたちの大半は、気づいていないんでしょうね。 あれは局地戦です。制してもそれほど有利にはならない。この勝負で一番に必要なのは、まずは名前を覚えてもらうこと。そして──」「自分が、どれだけこの商店街に貢献できるか示すこと、だろ?」 商店街の人にとっては、どのアイドルが勝つかが重要じゃない。これをどう商売につなげられるかどうかだ。なら、地元出身のやよいは、それだけで有利だった。 まあ、やよいがなにげなく呟いた、『私、この商店街のアイドルですし』が、この事態のすべてを一言で総括しているといえるかもしれない。 律子としても、事前の聞き込みで足を使ったのだろう。一日でも訪れていれば、高槻やよいがどれだけこの商店街の人々に愛されているかを目にできるはずだ。「さて、投票用紙って、全部で何枚だっけ?」「500枚だな。まあ、投票しないでゴミ箱に捨てる人やら、無記名投票やらがいくらかあるだろうから、有効投票数はもっと減るだろうけど」「ってことは、あと400票ぐらいしかないじゃない」 伊織は、そう言った。 その数字はどこから出てきた?「決まってるでしょ。今の、やよいの得票数が、68票だからよ」 テーブルの上にごっちゃと積み上げられた商店街の人々からの献上品と、高槻やよいの名前が書かれた投票用紙を指さした。 つまりは、すでに全投票数の十分の一以上を、やよいひとりで獲得していることになる。 ダントツの一位であることは間違いない。 ちなみに、予選の参加者は百七十人近くで。 このCグループ合格者は、上位二十名になる。「そろそろ私の出番ね。仕込みも終わってるし、伊織ちゃんの可愛さを世界に知らしめないといけないわ」 いつも通りウサちゃんを握りしめて、満を持してという感じで水瀬伊織が立ち上がる。「それで伊織。結局なにする気だ」 あまりに自信満々なので、結局聞けずにいたのだが。「あそこらへんが──」 伊織は、通りを挟んだ向こう側にある、古い家屋を指さす。「爆発するわ」 さらっと、あまりにさらっと言うので、そのまま流しそうになった。「はあ?」「みんなびっくりすること間違いなしね。ハリウッドの爆破班を集めるのに苦労したけど、もう爆薬はセットしてあるから、周囲に迷惑かけることなくやれるわ」 いや、お前の存在が一番迷惑だ、と突っ込みを入れたかった。 伊織が、遠隔の爆破スイッチのようなものを手にしたのを、見て──「却下」 スイッチを取り上げる。「なんでよっ!!」「言わなきゃわからんのかお前はっ!!」 怒鳴ってしまう。「認められるかそんなんっ!! 正攻法でやれっ!!」「むー」 伊織がぶーたれていた。「だいたい、伊織。 お前言ってただろ。やよいの笑顔と、お前の可愛さがあれば、Aランクなんて楽勝だって。その言葉が嘘でないなら、どうにでもなるはずだが」「なんで知ってるのよそれっ!」 伊織が、顔を真っ赤にしていた。「正攻法、正攻法ね。まあ、それでもいいかしら」 伊織の含み笑い。 なにやら、思いついたらしい。「伊織ちゃん。もしかして、アレ?」 アレってのがなんだかわからないが、やよいが軽く引いていることからするに、なにかよほどのことなのだろう。「ええ、アレよ」「あ、あわわわわわわわ……」 それを聞いて、やよいが怯えていた。