自分の執筆スケジュールとしてましては。
忙しくなってきたので、日曜に一気に書き上げることにしてます。
それから友人に文章を送って、駄目出しをくらいます。それから友人と「じゃあ、お前が書けや」「俺には文才がないんだよ!」みたいな喧嘩をしながら、推敲していきます。
で、色々書き足していって、水曜完成。木曜更新みたいな流れです。
趣味で書いているので、無理はしない程度に更新していきます。
よろしくお願いします。
この作品は完全に作者の趣味で書きました。
深い考察など一切ない、パラレルワールドのギアスです。
キャラ設定や世界観、その他が崩れていると嫌な方はお帰りください。
別にいいやっていう心の広大な方だけお読みください。
更新は毎週木曜か日曜の深夜とします。
イエメン州州都アデンの、捕虜収容所。
戦時下にあってもかなり厳重な部類に入る牢屋の中に、サウードは入れられていた。アラビア連合の切り札でもある彼は、サウジアラビア州軍について貴重な情報を得ているものとして、ブリタニアに厳しい尋問を受けていた。
取調べは数日に渡り、休む時間は一刻もない。
疲れ果てたその身体を、再び狭苦しい牢に放り込まれたサウードは、ここにきて初めて自白剤をうたれた。抵抗するが、だんだんと頭が真っ白になってくる。
それから数時間、過度な投薬による頭痛がひどく、牢獄の中、悶え苦しんでいたサウードに、その夜、カーンという男が訪ねてきた。顔中に髭をはやした、熊のような巨体の男だった。
苦しんでいるサウードを、部下と一緒に愉快そうに見つめている。
「―――なるほど。いい面構えしてやがる」
顎を軍靴で突かれ、上に持ち上げられた感覚がある。振り払う力もなく、相手の顔を睨みつける体力も残されていなかった。頭に霧がかったようなモヤが湧いていて、考える力を根こそぎ奪われていた。
「ええ。アラブ人は皆、精強で知られる砂漠の民ですからな」
「強いと言っても、……こうも反抗的ではな。現にこいつ、身体さえ動かせれば、俺の首を取りに来る気満々の目をしてやがる。もう少し従順そうな奴なら、使い道もあったろうに。さて、代わりになりそうなのを探すか」
「いえ、お待ちを。今現在この収容所にいるアラビア兵を束ねているのは彼です。この男、使い方を間違えねば、必ずやカーン様のお役に立つでしょう」
「ほう。たかがアラブ兵一人を高く評価したものだな。こやつなんぞアラビア王からすれば、捨駒の一つに過ぎんではないか」
「いいえ、カーン様。たかがアラブ兵一人だからこそ、この男はルルーシュを殺す最強の刃となるのです。確かに今の此奴には何もできますまい。鎖に繋がれ、過度な尋問で死ぬ可能性すらありえます。そんな明日の命をも知れぬ者だからこそ、ルルーシュは完全に油断し、隙を見せることになるでしょう」
「ふん、ではせいぜい期待しておくとしよう。この男のことはラッセル、お前に任せた。俺は最後の仕込みに入ってくる」
そう言い捨てて、カーンが足早に去っていくのがわかった。
「さて、と」
それからサウードは、ラッセルというカーンの軍師的な立場にいる男に、いきなり冷水を浴びせられた。薬で発熱した身体をいきなり覚まされて、サウードは飛び上がりそうなほどに驚いた。
しかし、段々と意識が正常に戻っていくのを感じる。
腕に太い錠を巻かれ、足に枷をつけられたサウードは、怒りに震えながら相手に射殺すような視線を向けた。
ラッセルは青白い顔をした、書生風の優男だった。
「まるで獣だな。これ以上近づいては噛みつかれそうだ」
「……ぐっ、ブリタニアの犬め。殺してやるぞ」
「ほう。もう意識がはっきりしてきたのか」
ラッセルはいかにも文官のようで、戦闘の心得など微塵もなさそうだった。
武装も腰のホルスターにある拳銃一丁のようで、いかにも無用心である。
「わたしを恨むのは筋違いだぞ、サウード。お前が投獄され、このような目に合っているのも、全てはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。あの男のせいではないか」
「……なに?」
この言葉には、サウードも少しばかり驚いた。
自国の皇子に敬称もつけず、呼び捨てとは。
「先のカーンとか言う男との会話、朧気ながら覚えているぞ。貴様ら、反乱でも起こすつもりなのか?」
「―――反乱? プ、アハハハハハ!」
ラッセルはか細そい身体をくの字に折り曲げ、心底面白いと笑い出した。
「違う違う。たかが元傭兵のわたし達が、超大国ブリタニアに向かって反旗を翻すなどありえない。カーン様が殺したいのはルルーシュ一人だけだ」
「それが謀反とどう違う!」
「あのルルーシュ皇子は、ブリタニアの皇族方にとっても悩みの種でな。まあ、そこらへんはお前のような馬鹿な捕虜が知るようなことではない。お前は黙ってわたしの言う事に従っておればいいのだ」
「……糞食らえだな」
このラッセルという男、典型的なナルシストだ。それも自分の容姿ではなく、能力に酔っているタイプである。自分の頭脳、軍略に自信があり、人間を駒扱いして悦に浸る外道であろう。こういった連中をサウードはたくさん見てきたから分かる。
ラッセルは戦いを、自分の能力を証明する為の、ゲームみたいにしか思っていない。
(こんな奴らのっ、ゲーム盤で動く駒になど、死んでもなってたまるか!)
ブリタニアに良いように使われるくらいなら、ここで死んだ方がましだった。
(いざ!)と死の覚悟を決める……。
サウードが身体をバネのように使い、相手の細首へ噛み付くため、牙をむこうとしたその時だった。
「―――おっと。下手な真似はしないことだ!」
殺気を感じたのだろうか、ラッセルはその場を飛び退いた。
どうやら警戒心だけは強いらしい。捨て身にでたサウードを恐れてか、銃を片手に距離をとってしまった。
「い、いいだろう。我らの作戦に従うのであれば、ことが済み次第、お前たちの仲間全てサウジアラビア州に返してやろう。分からんか? 自由の身にしてやろうと言っておるのだ。簡単なことだ。交換条件だよ。ルルーシュの首と引換にお前達は釈放される。そういった司法取引だと理解したまえ」
「待て」
「これは破格の条件だろう! お前たちは憎き敵国の皇子を討てて、その首を持ってサウジアラビアへ凱旋できるのだ! なぁに、恐れる必要はない。ただお前たちは、わたしの言うなりの人形となって、従っておればそれで済む話なのだ! よって―――」
「待てと言っているのだ! 貴様本気でそれが可能だと思っているのか!」
サウードは知らず怒鳴り声を上げていた。その迫力に後ずさるラッセルの前で、苛立たしげに唸り声をあげる。
「ブリタニアの中でもたかが下っ端の分際で、あのルルーシュという皇子を出し抜けると本気で思っているのか? そしてお前に言われるがまま従えば、俺たち全員を解放するだと? いったい、お前に何の権限があってそんなことを言っている! 俺たちをそこらの野良犬と一緒にするなよ、我らが忠誠はアラビア王家にのみ向かっている。貴様のような阿呆の言うことになど、一々付き合ってられんわ!」
ラッセルは丸腰のサウード相手に、そのプレッシャーのみで気圧されていた。戦場を知る者と知らぬ者との差にできた、威圧感がじわじわと室内を飲み込んで行く。
「お、落ち着け、サウード! まあ、待てと言うに! そ、そんな簡単に決断を下していいのかな? この話を聞かせた上で、お前たちが従わぬとあれば、カーン様はそれこそ殺せとご命じになるだろう。お前の決断が部下全員を殺すのだ! わかったか!」
「ふんっ、最初からそう言って脅しつければ話は早かったのだ。それでこそ、俺がすべきことも定まろうというもの!」
サウードは唇から犬歯を剥き出しにして、獰猛に笑った。
「いいだろう。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを殺すのを手伝ってやる。そして返す刃でお前たちの首を撥ね、砂漠に捨ててやろう。この季節だ。すぐに干からびて良いミイラになるだろうよ」
『コ―ドギアス・中から変えるしかないルルーシュ』
『第八話』
アデン第二滑走路に、迷い込んできた一羽の小鳥がある。
地面を走る振動に気づいたのか、一二回首を傾げると、すぐさま飛んで行ってしまった。
その直後、風を蹴立てて、疾走してくる巨大な鋼鉄の騎士。ブリタニアの紋章にある青と白のペイントがなされたグラスゴー。
名誉ブリタニア人のナイトメア部隊である。
片手に持った、新装備のランスを振り回し、砂の斜面を滑りおりていく。
ルルーシュは、強烈な陽の光を全身に浴びながら、その訓練風景を見ていた。
先頭を走り部下を率いるは、トーマという北欧系の顔立ちをした男で、冷静な観察眼となかなかの操縦技術をもっている。しかし、今日はその冷静さがなく、後ろに続く部下を引きずるように、突出しすぎている。トーマが急制動をかけるのを、他の数機が慌ててブレーキをかけ、もたもたと旋回運動に入っていた。
一旦、帰着してドッグに入ってきた彼らのうち、ルルーシュが叱責したのはやはりトーマに対してだった。
「なんだ今の訓練は! 他の者にもっと気を配れ! お前はナイトメアで戦いたいのか、サーカスをしたいのかどっちだ!」
「も、申し訳ありません!」
アデン基地の最高司令官であり、ブリタニア皇子でもあるルルーシュに攻め立てられ、トーマは慌てて頭を下げた。しかし、ルルーシュの叱責は止まらない。
アラビア半島南はなんとか支配下におさまりそうだが、まだ北にはサウジアラビアが余力を残して立ちふさがっている。
ここで気を緩めるわけにはいかないのだ。
「それにしても、今の操縦はひどいものだったぞ。いつもの冷静なお前はどこに―――」
その時だった。
気落ちし、ますます小さくなるトーマに、見かねた同僚が助け舟をよこしたのだ。
「いやぁ、すみませんね、ルルーシュ殿下。こいつ彼女ができたんで、舞い上がっちまってるんですよ」
「お、おい! トーゴ!」
勝手に秘密を暴露されたトーマは、慌ててお調子者のトーゴの口をふさいだ。小さいながら、何機ものナイトメアを格納しているKMF格納庫。整備班や技師からもあちこちにトーマを祝福する拍手が聞こえた。口の汚い中年の男など、皇子がいる前なのに、下ネタで笑いをとっている。戦争ばかりしていて、皆娯楽に飢えていたのであろう。連日連夜、トーマを連れての飲み会まで開いているらしい。
「ほう。トーマ、女ができたのか?」
ルルーシュもなぜか怒る気が失せてしまっていた。指揮官として注意しなければならないはずなのに、祝福すべき気持ちになったのだ。
「相手は誰だ? この基地内にいるのか」
「あ、えっと。……はい。まだ管制見習いの、ジェシカという名なのですが……」
皇子に対して黙秘できないトーマは、渋々ながら名前を告げる。その顔は可哀想に真っ赤になっていた。
他の皆も相手の女の名前を聞くのは初めてなのか、とてつもなく驚いた顔をしている。
いや、驚きすぎだ。
皆が皆、飛び出るかというほど、目を大きく開けていた。
しかし―――、それは単純に驚愕からのものではなかった。
もっと複雑な、恐怖まで感じるほどの理由があったのだ。
「お、おい。トーマ……。ジェシカ……様、って、ブリタニア人じゃないか!」
(―――ほう?)
ルルーシュの眉も一瞬ぴくりと動いた。
部下一人一人の士気をいつも確かめていた彼でも、これは予想外のことだった。
「あ、ああ。しかも、騎士侯の娘さんだぞ」
「貴族のご令嬢に手を出すなんて……、お前、死ぬ気か!」
祝福の声が、次々に非難の声に変わっていく。その中心でトーマは為す術なく、沈痛な面持ちで下を向いていた。
好きならば仕方ないというが、貴族はまずい。
親が娘に手を出したのが名誉ブリタニア人だとバレれば、トーマを不敬罪で起訴することも考えられる。
ルルーシュも、これにはただ驚いていた。
まさか、保守的だと思っていたトーマが、これほどまで激情家だったとは。
恋の為に全てを捨てる覚悟でもないと、こんなことはできようはずがなかったから。
相手のジェシカという女を、ルルーシュも幾度か艦橋で見たことがあった。別にさほど美しい女性とは思わなかったが、そこそこ使える部下だと思った印象だけはある。
「好きになっちまったものはしょうがないだろう!」
周りの非難の声を振りほどくように、トーマが去っていってしまう。
それをルルーシュはやや呆れたような目で見ていた。
(やれやれ。恋とは厄介なものなんだな。あれほど冷静だったトーマをここまで狂わせて、惑わせるとは……。C.Cといい、女はよくわからんな)
だが、ルルーシュの顔には笑みがあった。
(いつ死ぬかもわからないこの戦場で、恋にうつつを抜かせるのも強さ、かな。あいつには世話になってるし、できるだけ力になってやるか)
恋のキューピットなど冗談ではないが、ジェシカの家に取りなしてやるくらいの権力はルルーシュにもある。いざとなれば、この戦場で手柄を立てたトーマを、騎士侯にしてやるくらいはできるかもしれない。本国貴族から色々文句が来そうだが、これまで付き合ってくれた恩返しだと思えば安いものだ。
「さて」ルルーシュは荒れた場を取り繕うように、声を張った。
「トーマのことは僕の方でも何とかしてみる。整備班は仕事に戻れ! 僕も久しぶりにナイトメア訓練でも―――」
練兵場に隣接する第二KMF格納庫の方を見やったルルーシュだが、ちょうどそこに、二人の女性がこちらへ向かってくる最中だった。
噂をすれば何とやら……。
先頭をずんずん歩く、パイロットスーツを着ているのはC.Cだ。その後ろをヴィレッタが追ってくる。
「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止です! おやめください、C.C様!」
「別にいいだろう、これくらい。私を腫れ物扱いするお前たちに見せてやろう。私が本気を出せば、ラウンズとだって戦えるということをな」
ルルーシュは瞳孔が開ききった体のまま、その場で硬直していた。何個もの事象を同時に処理できる脅威的頭脳を持つ彼だが、この場合、全ての能力をフルに使っても理解できなかった。
(なぜ、C.Cがここにいる! いや、それよりも、なぜヴィレッタがこの女を様付けで呼んでいるのか。なぜパイロットスーツを着ているのか、大人しく部屋にいろと言っておいたはずなのに、なぜこんな所をほいほいと歩いている!)
「おお、ルルーシュ。退屈だったから来てやったぞ」
「来てやったじゃないだろう。部屋で大人しくしてろって、言っておいただろうが!」
ドッグの中が俄に騒然となった。
今のルルーシュとC.Cの会話は、何も知らない人間が聞くと、恋人同士のやりとりにしか思えない内容だったからだ。
「いやはや、恋の季節だねぇ」
「俺、ルルーシュ殿下は将来、モニカ様かアーニャ様とくっつくと思ってたよ」
「俺もだ。ここにきて新たなダークホースの出現だな」
ルルーシュは勝手なことばかり言っている整備班の連中をきつく睨みつけた。
皇子の雷を恐れてか、皆がそそくさと仕事に戻っていった。
しかし、その場に残ったどこか浮かれた空気は、消えそうになかった。
恐れていたことが、現実になろうとしている。
ルルーシュ皇子の恋人発覚、この噂は一日で基地中全てに広まった。
「退屈だ……」
ドッグの騒ぎから五日間。
C.Cはルルーシュの部屋にずっと閉じ込められていた。最高級の調度品に囲まれ、三食昼寝付きの宿を手に入れたことは、彼女にとって幸いなことだったが、さすがに五日間一つの部屋に監禁ともなれば退屈にもなってくる。ルルーシュも気の毒に思ったのか、毎日チェスやらショウギやら、色々持ってきてくれるが、全て彼の得意なゲームばかりだ。
負けず嫌いなルルーシュは、決してC.Cに勝ちを譲らない。
ボードゲームに飽き、外に行きたくなるのも時間の問題だった。
『やれやれ。今日もルルーシュ殿下は部屋を掃除させてくれないようだよ』
『そりゃ、あんた。もうあのお方も十五歳。お年頃なんだよ』
『まあ、こっちは仕事が減って嬉しいかぎりだけどさ』
そろそろ陽も暮れようという頃合いになって、ルルーシュの部屋を掃除しにきた家政婦たちが、部屋の外で笑い合っているのがわかる。雇用対策の一つとして、名誉ブリタニア人の政庁登用で採用されたアラブ人女性たちだ。給料はそれなりに良いようで、「皇子万歳!」「今日は肉でも買って帰ろうかしらね」と浮かれた会話を続けている。
気楽に街に遊び行って、恐らくピザをたらふく食べているであろう彼女達がひどく羨ましい。
確かにルルーシュが、C.Cの存在を他人に知られないよう努力しているのは知ってるし、もう手遅れだと思うが、その気持ちは理解できる。しかし―――。
「―――手錠をつけるのはひどくないか?」
C.Cの手には固く頑丈な鎖付きの手枷がついていた。
部屋の中はどこにでも行けるようになっているが、部屋の外には決して出れない長さの鎖になっている。
「酷いのはどっちだ! 言いつけを破って、勝手に基地内を歩き回りやがって……」
執務机に突っ伏していたルルーシュが、ひどく億劫そうにそう怒鳴った。
備え付けのノートパソコンで、ネットの情報でも拾い集めているのか、その瞳が左右上下に素早く動いている。
現在C.Cの立場は微妙なところにあった。
基地内で好きなように、行動していた結果がこれだ。
曰く。
皇子の妾妃である。
皇子の護衛。
皇子の雇ったメイド。
実は凄腕のナイトメアパイロット。
このような噂が一人歩きし、基地内で彼女は一躍有名人となっていた。なにせルルーシュの部屋に四六時中一緒におり、それを咎められないC.Cは、皇子にとって特別な女性なのだと勘違いされても仕方ない状況だ。さらに、体術にも優れ、ナイトメア操縦技術はラウンズ級ともなれば、その存在を特別視する輩も大勢現れてくる。ヴィレッタなども気を使って、深夜になると仕事をあまりまわさなくなってきた。
完全に誤解されているが、C.Cは別にそんな些事など興味はない。
「言いたい奴には言わせておけばいいだろう」
C.Cはベッドと鎖で繋がれた手錠を忌々しく睨みつけ、低い唸り声を漏らしてベッドへ身を投げ出した。ボフンとスプリングが揺れて、シーツが乱れた。もうこのベッドはC.Cの所有物みたいになっていた。そのくせ、掃除をするのは、いつもルルーシュである。
可哀想に、彼はいつもソファで寝ていた。
「ルルーシュ、何をそんなに苛々しているんだ?」
「お前の存在全てに苛々してるよ!」
即怒鳴り返してくるルルーシュのツッコミの早さで、彼がどれほど苛々しているかが理解できよう。
C.Cはそんな空気を変えようと彼女なりに努力していた。
「そうか。まあ、冗談はこれくらいにしてだな」
「いや、冗談じゃないんだがな。……皇子というのはお前が思っているよりも、体面を気にするもんなんだよ」
「クロヴィスなどは好き放題やっているようだが……」
C.Cはルルーシュの愚兄の女性関係の過去を語ってみせた。
マリアンヌがゲラゲラ笑って言っていたのを、思い出したのだ。
「どこで調べた、そんな情報……。まあ、いい。あの兄上が女性にだらしないのは昔からだからな」
「なるほど。家柄の差か……。マリアンヌは庶民上がりだったからな」
クロヴィスは第三皇子であり、その後ろ盾がしっかりしているので、多少のスキャンダルなどは、秘密裏にもみ消してしまえるのだろう。だが、ルルーシュはそうはいかない。ちょっとしたミスでも皇族会議で叩かれて、一気に悪評を流されてしまいかねなかった。
特に女性関係での問題は、皇族間で意外と根が深い。
現在長兄オデュッセウスや第二王子シュナイゼルなどの力の強い兄たちに、特定の女性がおらず、子供もいない状況が続いていて、ここで下位の皇子が勝手に結婚し、子供を作ることはできなかった。皇位継承順位が狂ってしまうような行いはできるだけ避ける。
それが宮殿内でしぶとく生き抜く最低限のルールだ。
「……別に母さんが庶民だから、全てが弱いわけじゃなかったさ。アッシュフォードが後援にいてくれた時は、もっとましな立場だったしな」
「今はジェレミアやキューエルらが後援なのだろう?」
「ああ。あいつらには何かと迷惑をかけているが、正直に言うと、後援として彼らの家柄は少し弱い。権力というものは、金のあるところに湧いてくる。今の僕には圧倒的に資金的余裕がないんだ」
「ビスマルクは?」
「あいつは駄目だ。金の無心などしようものなら、ボコボコにされる」
「ふっ。なんだ、あいつ。お前の父親にでもなったつもりでいるのか」
ビスマルクは一切、ルルーシュを甘やかしてこなかったらしい。まあ、あの潔癖な男らしい選択だ。C.Cは良く顔を見知った仏頂面の男を影で笑ってやった。どうやらあの唐変木、本気でルルーシュのことを教育していたらしい。
「それでか。さっきからずっとマウスをカチカチと……」
ルルーシュはさっきからずっと、パソコンと向きあって株のトレードに夢中になっていた。
「フハハハ! 金儲けとは意外に簡単なものだな!」と、怪しげな高笑いをあげている。
元々経済的知識も先物取引などの市場感覚も豊かなルルーシュのことだ。面白いほど儲かるのだろう。
「株はただの趣味だ。今は僕個人のスポンサーになってくれそうな大貴族や会社を探している最中だ」
「おい、政務はどうした? 今朝ヴィレッタが大量に書類を持ってきていたが……」
最近ヴィレッタも、C.Cがここにいるのが慣れたのか、朝になると平然とこの部屋に書類を持ってくるようになった。
哀れにもヴィレッタも今やC.Cのパシリ要員になっていた。ピザや、インターネットで注文した衣服などを、彼女に取りに行かせている。
「何を言っている、C.C。仕事は午前中のうちに終わらせただろう」
「そうだったか。……ふんっ、可愛気のない男だ」
金儲けに夢中になって、C.Cの話をぞんざいに聞いているルルーシュに、段々と腹がたってきた。ただでさえ、退屈なのだ。話にくらい付き合ってくれても罰は当たりはすまい。
しかし―――。
(うん?)
「―――ふっ」
その時だった。いつも小生意気な笑みを浮かべて、他を見下ろすようなこの男が、年相応の笑顔を浮かべたのは。
何かネットのブログのようなぺージを見て、くすくすと笑っている。
ベッドから跳ね降りて、C.Cも液晶画面を覗き込んでみる。
(この女は確か……)
そこには、ルルーシュの親友であるという、アーニャのHPが映し出されていた。
恐らくフランスかドイツの渓谷地帯だろう美しい山々を背景に、ジノ、モニカ、アーニャの三人が写真で手を降っている。彼らの足元にはEUの主力機体の残骸が散らばっていた。
どうやら戦勝報告のようだった。
シュナイゼルの指揮のもと、ビスマルクの部隊に配属され、順調に手柄をたてているという報告が詳細に書かれていた。
「前言撤回だ。意外と可愛いところがあるじゃないか、お前も」
「……何を言っている、C.C」
「ブログか。いや、まるで交換日記のようじゃないか」
「やめろ。恥ずかしい言い方をするな」
ルルーシュは本気で照れているようだった。ぼそぼそと言葉少なげに、反論を試みている。
アーニャという女にせがまれて、仕方なく作ったという自分のブログに、お返しの日記を書き込んでいるらしい。やるとなったら、とことん凝るというルルーシュである。そのHPはコンテンツが意外に豊富で、ゴシック調の黒い装飾に、この男らしい趣味が伺えた。
しかし、文量は多いのだが、写真は少く、どこか彩りに欠けているように感じられた。
そこでC.Cの心に悪戯心が芽生えた。
(ふむ。後で私が少しいじってやるとするか)
C.Cは深く考えることなく、後々ルルーシュとC.Cが少し映った写真を載せてしまうことになるのだが。それを見たモニカが怒りで卒倒するのは、また別の話だ。
「なるほど。そいつらがお前の仲間か」
「ん? ああ。友達だよ」
「ラウンズ候補の友人が三人もいるとはな。これはさぞ心強いだろうな」
「……否定はしないよ。だが、彼らはここにはいない。よって盤上には含めない」
ルルーシュの瞳に獰猛な獣のような色が帯びてくる。
机の上に置いてあったチェス台にある、ポーンの駒を手で弄び始めた。
「この基地内にいる兵士は皆、僕個人の兵士というわけではない。本当の忠誠を誓ってくれるのは純血派と、トーマたち名誉ブリタニア人部隊だけ。彼らを仮にナイトと、ビショップだとしたら、果たして僕のクイーンやルークはどこにいるのかな。ポーンはたくさん盤面にあるが、―――裏切り者も混じっている」
「実に複雑な戦局だな。敵よりも味方の駒にキングが苦しめられているとは……」
C.Cは皮肉げに笑って、黒のキングの側にあるポーンの駒を手にとった。
手錠を掛けられた手で、器用に駒をクルクル回してみる。
「黒の陣営にいるこの駒の幾つかが、自らのキングに槍を向けているというわけだ」
「ああ、背後から常に狙っている。この駒がクロヴィスくらいの実力なら、楽に勝てよう。だが、僕は絶対に楽観視はしない。この戦力でシュナイゼルを墜とすくらいの覚悟で望むぞ」
ルルーシュには過去、シュナイゼルとのチェスの勝負で負け続けた苦い記憶がある。
「くくく」と不敵に笑い、足を組み替えた。
「ふんっ、当面のアラビア侵攻はこれでいい。次は味方集めと反逆者狩りが急務になってくるな。カラレスも僕の足元が固まる前に絶対に動き出してくるはずだ。全てはこれからさ」
「二週間後だったか。アラビア連合軍との和平会談は」
「そうだ。表向きはな」
ルルーシュは盤面場の敵軍である、白のキングに視線をうつした。
表向きは和平会談、その実は降伏に向けての交渉である。
ほぼ半数以上の州を支配下におかれたこの状況でなら、交渉をルルーシュ優位で進めることができるだろう。狙うはサウジアラビアの軍事力の縮小。いくらか時間がかかるが、あの王国を骨抜きにするにはこれが一番である。アラビア王は強力な力を背景に民衆を支配しているので、その力をまず削ぎにかかるわけだ。
ここで、C.C自身、あまり意図しなかったことだが、知らず言葉が漏れていた。
「……仲間集めか。どうだ、ルルーシュ。お前が本物のクイーンを見つけるまで、私がクイーンのかわりになってやろうか」
「―――何?」
ルルーシュが驚いた顔でこちらを向いた。
C.C自身、あまりこの皇子に深く関わるつもりはなかったのだが、ついその場のノリで口に出てしまったのだ。
(む……。これではマリアンヌにまた馬鹿にされそうだな)
『―――どう、私の息子。中々いい男でしょう? やっぱり母親の教育が良かったせいね』
案の定、茶化すような声が頭の中で聞こえてきた。
彼女はいつでも、C.Cと連絡をとれる立場にある。
―――死んだはずのマリアンヌ。
本来ならば、もう二度と会えないはずの彼女が、C.Cの頭の中に現実に存在していた。
これもギアスの力。C.Cが彼女に渡した異能の力である。
(―――人前では話しかけてこない約束だろうが)
『あらら。ごめんなさい』
C.Cはマリアンヌを無視して、ルルーシュに向き直る。
その瞳には、『ルルーシュを契約者候補としてしか見ない』という、冷酷でありながら、強い意味を込めていた。
「勘違いするなよ。別にお前がどんな運命を辿ろうが、私は一向に構わないんだ。ただ一宿一飯の礼というものがあるだろう。要するにそれだ」
「……はぁ? いきなり何を言っているんだ、お前は」
「ふんっ、不愉快だ! 私はもう眠る。いい加減手錠をはずせ!」
「お、おい。いきなり何を怒っている! おい、C.C! ぐはっ」
ルルーシュを殴りつけ、無理矢理鍵を奪って、乱暴に手錠をゴミ箱に放り投げる。そして身体全体で倒れこむようにして、C.Cはベッドにうつ伏せになった。
『くすくす』
マリアンヌの静かな笑い声が、いつまでも耳に響いていた。
オマーンとドバイが同時に降伏を宣言した。両州とも、占領したのはジェレミア・ゴットバルト指揮する純血派の部隊が中心だった。
アラビア連合軍総帥並びに、アラビア国王ファイサル・メハドが、その知らせを受け取ったのは、サウジアラビア州歴史記念館の中であった。
初代アブドルアジース国王より、何世紀も続く我が国の偉大さを噛みしめていたのだ。
「ブリタニア皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアから、和平会談の申し入れだと?」
「は」
「使者が来たのか? そんな知らせは受け取ってはおらんぞ」
「いえ、今朝方の通信で……」
「なにぃ」
ファイサルは周囲の衛兵たちや官僚に睨みをくれた。国と国の会談を設けるならば、それ相応の礼儀でもって、正式な使者を立てるべきであろう。この王は相手がどのような強国であっても、馬鹿にされるのは死んでも我慢ならない性格の持ち主であった。
暗殺を常に警戒する神経質さと、たやすく激怒してしまう熱しやすい性格の、コントラストが印象的な国王である。
「それが……」
報告にきた官僚が青い顔をして、ファイサルの前に跪く。
「ブリタニアに捕虜になっている者のうち、数名が釈放されるので、受け取りに来て欲しいとの内容も含まれておりまして……」
「それを早く言え」と乱暴な手つきで、差し出された電報の紙を奪い取った。
ファイサル・メハド。当年六十一の、アラビア王国国王であり、先祖代々続く強力な財政を武器に、中東の覇者と名乗りを挙げいている猛将でもある。
大柄な恰幅のいい体格で、真っ赤な血をイメージしたターバンを頭に巻いている。とがった鷹のような目をしたこの老人だが、まだまだ精力的で野心に満ちた顔をしていた。
「州境、いやサウジアラビア南部にて会談、か。完全に敵軍射程距離内ではないか。これは完全になめられておるわ」
先の奇襲作戦の敗北は敵を侮った官僚たちのせいである。跪いて震えている部下ににらみをきかせながら、ファイサルは電報紙を細切れに引き裂いた。後ろで控えていた侍女がその紙片を丁寧に片付けて行く。
「―――王よ」
ファイサルの横に控えていた老人たち数人が、部屋を出て行く国王を追いかけていく。どれも七十を超えたアラビア連合の長老たちだ。軍略に乏しいファイサルの軍師としての役割を果たしている。
「で、どうなさいます? やはり、この会談には応じられませんか」
「当然だ。どうせ経済封鎖を解いてやるから、降伏しろとでも言うつもりであろう。ブリキの小僧が粋がりおって。たかがサウード一人を倒し、巡洋艦二隻沈めたくらいで、もう勝ったつもりか!」
「サウード殿は有能な将ですぞ。返してもらえるものなら返してもらいなされ」
王の怒りに少しも臆した様子がない長老たち。
彼らは幼少の頃から、ファイサルを支え続けた腹心の部下でもあったからだ。こういった諫言を平然と行える部下がいる軍は強い。それは何百年と続いたアラビア王家の歴史でも証明されている。
「では、この王たる俺が、たかが十五のガキに頭を下げねばならぬと言うのか!」
「ルルーシュ皇子。聞いた噂よりも、格段に優秀な少年のようですな。うつけと評しているブリタニア本国からの情報は、間違いであったとのことでしょう。かの皇子と本気で戦を構えるよりは、こちらから話し合いのテーブルに付いた方が得策かもしれませんぞ」
「では、会談にはお前たちのいずれかが出席せよ。俺は絶対に行かんからな!」
「……相変わらず負けず嫌いなお方ですな。大人気ない」
「うるさい! アフリカもブリタニアといよいよ事を構えようかという頃合、これ以上アラビア半島に長く駐留するのは、奴らにとって不利。ルルーシュ皇子が馬鹿でなければ、ここでの勝利でひとまず戦を終わりにしたいと思っているはずだ。だが、ここにきて和平などと冗談ではないぞ! 奴ら皆殺しにしてくれるわ!」
「ほう。王はブリタニア本国からの援軍はないとお考えですか?」
「うむ。実はなカラレスとかいうブリタニアからの裏切り者がな。先日俺に暗号通信でルルーシュ暗殺の協力を頼んできおった。かの皇子が本国から嫌われておるのは事実のようじゃぞ」
「ふゥむ……」
長老たちは考えこんでしまった。
対してファイサルの顔は、獰猛な笑みで満ちている。
顔面を染めていた苛立ちがもうとうに消えており、目の前に見えるのは勝利の二文字だけである。
(この勝負、勝ったな。ルルーシュが暗殺されれば、後はカラレスとかいう無能者の首をこの手で引きちぎってくれるわ。するとどうだ! オマーンやドバイといった領土も俺がまとめて併合できるではないか!)
連合を組んでおきながら大した戦も交えずに、降伏した両州をファイサルは許すつもりはなかった。首長全員、処刑してやるつもりだ。そしてアラビア半島を、サウジアラビアで統一するという、初代王家からの悲願を果たすのだ。
「ファイサル王、ともあれ、アデンにはルルーシュ皇子率いる隊がわずかに数百しかおりませぬ。すでに我らと戦争になって一ヶ月は経とうというのに、草からの報告によれば、アデンにまったく動きはない様子。ファイサル王、ここは会談に儂ら全員で望み、敵の出方を直接窺ってみようかと思っております。よろしいでしょうか?」
「うむ。会談の結果がどうなるにせよ、俺は戦の準備を整えておこう。中華連邦インド省から横流ししてきた新型ナイトメア、あれを使うぞ」
「はっ、承知しました」
長年オマーンやイラクと戦い続けてきたファイサルである。たとえ世界の三分の一を占有するブリタニアだろうと、自分の剛腕で押し返せると信じていた。
このどこか暴れん坊だが、強力な力で臣下を引っ張り続ける中東の覇者。
彼がルルーシュの目下の敵であった。
アラビア連合国との和平会談への出立まで残された時間、ルルーシュは自室に届けられる機密の情報の洪水に溺れていた。
書類には誰彼がどこぞのレストランで、どういった話をしていたかなど、細かく全てリストアップしている。
普通スパイというものは、敵国に対して放つものであろう。
だが、ルルーシュは自分の統治エリアに、スパイを放っていたのだった。
C.Cもその書類に、めんどくさそうだが、目を通している。何も働かない彼女にピザを毎日恵んでやるのが、馬鹿らしくなったからだ。今のルルーシュに二ートを優しく養ってやるほどの心の余裕はないのである。今、C.Cはルルーシュの補佐官兼、護衛官としていた。
書類には、和平会談に同行する兵士たちのうち、カラレスと繋がりのある者、カリーヌ子飼いの者たちなどの名前がリストアップされている。
そこにカラレスの部隊の中に、カーンという名前があった。
雇ったスパイに特に集中的に調べさせた結果、ここ最近何かと動きまわっている怪しい人物らしい。
騎士であるカーン自身で捕虜を尋問したり、昔仲間の傭兵団と密に連絡を取り合っている。彼らの会話の全部が全部盗聴できたわけではないが、和平会談で何かアクションをとってくるだろうことは、何となくだが把握できた。
この和平会談ではサウジアラビア側に、サウードたち捕虜を返還するよう準備が進められている。そして会談中は兵士たちの武器が没収され、ルルーシュも一番無防備になっている頃合いだ。
十中八九、ここでカーンは仕掛けてくるのだろう。
「フハハハ! 甘く見られたものだな。この程度の策で僕を殺そうとは……」
「ルルーシュ。お前のまわりの貴族は、腹が黒い奴らばっかりなんだな」
C.Cが呆れたように、もはやブラックリストと化した書類を投げ捨てた。
ルルーシュは全てにおいて、自軍の動きは把握していた。
暗殺者たちは、ルルーシュを殺すため、色々と動いていたが、いずれもルルーシュの手の平の上で踊っていただけだったのだ。情報戦でこの皇子に勝てる者など、果たしてこの世にいるのだろうか、という手並みだ。
「くくく、貴族と言っても、事情が色々とおありになるらしい」
「だが、お前の本当に知りたがって情報はどこにも載っていないな」
「……ああ。それだけが残念だよ」
本当に知りたい情報とは、―――カラレスがルルーシュ暗殺に関わっているという事実である。カーンがいくらカラレスの騎士だとしても、それだけで全ての責任がカラレスにあるとは実証できないのだ。
「ん? ルルーシュ、代わりに面白い情報が入ったぞ」
「どうした?」
C.Cがルルーシュにその分厚い書類を放り投げてくる。
ルルーシュはそれをキャッチし、ぱらぱらと内容を見ると、驚きで目が丸くなってしまった。
「ブリタニアの業者が、アラビア半島北部―――つまりはサウジアラビア諸国と、ブリタニアとの貿易が禁じられている今、ナイトメアを横流しして売買を繰り返しているだと? ほう、インドからのKMFパーツの輸出を大量に行っているな。間違いなく違法だ」
「ルルーシュ、その業者、ここイエメン州のエリア内でも活動しているらしいぞ」
「大胆な密輸業者だな。僕の膝下のアデンで売買とは」
「今度行くジザンに、その業者の巨大なコンテナがあるらしい」
「そうか」
書類を閉じて、ルルーシュはテーブルの上に足を投げ出した。
「おい、私には行儀を注意しておいて」とC.Cが無作法を咎めてくる。しかし、こうも殺伐とした世界だ。ルルーシュの心が荒れてくるのも無理はない。誰が味方で誰が敵なのか。
もしかしたら、まわり全てが敵で、今にも銃で狙われているかもしれない。そんな恐怖を今まで味わってきた。
(―――母上が死んでからずっとだ)
(僕の命は、僕から全てを奪った者に対する、復讐の為に使うつもりだった。だが、ここにきて味方が増えた。誰が敵か、味方なのか、早期に発見しないと、頭がおかしくなりそうだ)
――――疑心暗鬼、それは王をも殺せる必殺の毒である。
誰も信じることができなくなった者は、いずれ滅びさるのみだ。
「―――やはり、お前にギアスは必要だと思うが……」
C.Cの静かな、そして僅かに悲しげな声は、ルルーシュに聞こえることはなく、彼女は自分に与えられた仕事に没頭するしかなかったのである。
第九話へ続く。